さて、月面にて地球とガルマン・ガミラスの外交交渉が進められ、地球・ガルマン・ガミラス間での戦争の火種になりかねない事件が月基地の将兵たちの必死の努力で阻止されていた頃。
地球が鹵獲し、性能試験中だったXV級次元航行艦のアルカンシェルの光を見て腰を抜かしたボローズが率いるボラー連邦軍辺境巡視艦隊584はバース星系すら通り抜け、一路ボラー星系へと進路を取り、可能な限り全速で帰国の道についていた。
そんな中、艦隊司令官であり、政治将校でもあるボローズは落ち着かない様子で旗艦であるガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」艦橋内を歩き回っていた。
ガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」 艦橋
コッコッコッコッコッコッコ…!!
「ぼ、ボローズ様。一体どうされたのですか?」
側近のレバルスはボローズの様子に違和感しか覚えていなかった。
ウラリアの魔女
この存在は現在のボラー連邦になる以前の星間国家であるボラー帝国時代よりも前…。
ボラー勃興以前から言い伝えられてきた伝説だ。
『ウラリアの魔女。そう呼ばれる魔女たちは次元の海なる空間を航行し、魔法のごとき技術や技を操る。魔女たちはその恐るべき力で数多の星々を支配下に置き、我らボラーも奴隷としていた。しかし、ある時。シャルバートなる星間国家との戦いに敗れ、星々の支配を一旦辞め、銀河系中心部へと姿を消した。しかし、油断するな。彼らはシャルバートやそのほかの星間国家を恐れたわけではない。
彼らの星の配下の惑星のいくつかと戦争が起こったからである。
シャルバートが忽然と姿を消し、その軍事力無き今、魔女たちは虎視眈々と再び目覚め、行動を起こす機会を狙っている。
魔女たちを恐れよ。
寒冷化に悩むのであれば外に希望を見いだせ』
これがその伝説である。
この伝説は民衆の間ではほとんどただのおとぎ話として扱われてきた。
しかし、ボラー帝国時代。
帝国の調査団が銀河系中心部近郊の惑星の鉱物資源調査から帰国して以降、ボラーは伝統的に銀河系中心部を避け、外縁部等の開拓・侵略・植民地化を推し進めていったのだ。
帝国時代ではこの伝説がボラーの拡大政策を後押しするきっかけとなったが、十数年前に発生した革命によってこの『ウラリアの魔女伝説』は否定されたのだ。
「ボローズ様、ウラリアの魔女はボラー星系特有の自然現象です。何かの見間違い違いに違いありませんよ」
レバルスの言葉は今の一般的なボラー連邦の一介の政治将校たちの常識であった。
「見間違い?自然現象だと?」
しかし、ボローズは違った。
元々、ガルマン星の総督という立場であったことや、祖父から伝えられ、若き頃に実際にウラリアの魔女の痕跡を目撃した彼だから言えるのだ。
「貴様…それは本気で言っているのか??」
ボローズはそう言いながらあるパネルを操作した。
彼はとある機密にアクセスしていたのだ。
それはボラー連邦軍内でも、本国軍のみかつその中でも一部の高官や軍人にのみアクセスできる機密ランクのデータであった。
「魔女はいる。実在している‥‥!」
そう言ってレバルスと艦長のグダンに見せた。
「なっ!?」
「なぁ!?」
それはかつて帝政時代の調査団が発見した壁画と宇宙船の残骸である。
壁画には謎の杖や地球の中世の騎士のような甲冑を着た人間たちが光線のようなものを撃ちあっていたり、剣で戦い、光の弾を撃ちあっているような描写である。
そして残骸もどこか地球圏で目撃した新兵器を搭載した実験艦のような船の面影があった。
実はこの星の残骸や壁画は時空管理局やミッドチルダの歴史学者が見たら興奮するどころの話ではない代物であった。
壁画の絵は古代ベルカ戦いを描いた物やかつてプレシア・テスタロッサがアリシア蘇生の為に目指していたアルハザードのことなども記載されていたのだ。
おまけに宇宙船の残骸は時空管理局ならロストロギアに直ちに指定するであろうアルハザード製の次元航行艦であったのだ。
しかし、ボラー連邦はそんなことは知らない。
ボローズはレバルスとグダンに見せたことを口止めしつつ、一応心が落ち着いたので本国への報告書を作成していた。
まずは、リベリア星第一艦隊がガルマン・ガミラスの艦隊を追跡して監視拠点を離れ、とある星系の星系国家の艦隊、もしくはガルマン・ガミラスの艦隊に返り討ちに合って全滅した可能性があること、
そして、その国家の艦艇の中にかの『ウラリアの魔女』が用いていたと思われる船に酷似した船とウラリアの魔女の光に酷似した光学兵器を放ったと記載した。
とはいえ、ボローズはあくまでも自身の見解としてウラリアの魔女と星系国家の関係性はおそらく無きに等しく、拾った残骸をリバースエンジニアリングしていたのではないか?という事実をほぼつかんだような個人の意見も書き加え、ガルマン・ガミラスとその星系国家が手を結ぶ可能性が高いと付け加えた。
ガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」の艦橋には、航宙艦特有の低い駆動音だけが響き、重苦しい沈黙が落ちていた。
グダン艦長と側近のレバルスは、モニターに映し出された信じがたい光景――おとぎ話だと思っていた「ウラリアの魔女」の痕跡――から目を離せずにいた。
「……ば、馬鹿な。中世の騎士のような装甲で、宇宙空間を飛び、光線を放つだと? それにあの残骸……我々が先ほど地球圏で見た、あの忌まわしい新型艦の構造に酷似しているではないか……!」
グダンが脂汗を滲ませながら呻くように言うと、レバルスもまた、先ほどまでの強気な態度はどこへやら、顔面を蒼白にして震えていた。
「ボ、ボローズ様……では、あの地球の新型艦が放った光は、自然現象などではなく……その『魔女』の力だとでも仰るのですか!? 地球は、その恐るべき伝説の悪魔どもと手を結んだと!?」
ボローズは二人の反応を見て、自分の認識が間違っていなかったことを確信した。同時に、胃の腑が鉛のように重くなるのを感じた。
「そうだ。あの忌々しい地球人どもは、我々ボラーが忌避してきた銀河中心部の禁忌に触れ、あろうことかその技術――いや、『魔力』と呼ぶべきものを手に入れたに違いない」
ボローズは素早くパネルを操作し、機密データを深い階層へと封印し直した。
「いいか、お前たち。今見たことは絶対に他言無用だ。もしこの情報が下士官や水兵たちに漏れれば、艦隊は恐慌状態に陥る。それ以上に……」
ボローズは声を潜め、獲物を狙う爬虫類のような鋭い目を二人に向けた。
「革命思想に反する『おとぎ話』を吹聴したとして、我々は本国に帰る前に政治警察(秘密警察)に粛清されることになろう。命が惜しければ、口には固くチャックをしておくことだ」
「は、ははっ! もちろんであります!」
「命に代えましても!」
二人が直立不動で敬礼するのを見届けると、ボローズは自分の指揮官席へと深く腰掛け、大きく息を吐き出した。
心臓の鼓動はようやく正常なリズムを取り戻しつつあったが、彼の頭脳はフル回転で働き始めていた。
(さて……ベムラーゼ首相に、この事態をどう報告したものか……)
ボローズは目の前の端末に報告書のテキストを打ち込みながら、密かに舌打ちをした。
ありのままに「地球が魔女の力を手に入れました。恐ろしかったので逃げてきました」などと書けば、ベムラーゼ首相は激怒し、即座にボローズを反逆的逃亡罪で銃殺刑に処すだろう。
あの冷酷無比な独裁者は、結果しか見ないのだ。
(言葉を選ばねばならん。「魔女」や「魔法」というオカルトじみた単語は一切排除する。あくまで科学的、かつ軍事的な脅威として報告するのだ)
彼はキーボードを叩き、文面を練り上げていく。
【最重要機密報告:辺境巡視艦隊584司令 ボローズより、ベムラーゼ首相閣下へ】
偉大なるボラー連邦の指導者、ベムラーゼ首相閣下。
我々辺境巡視艦隊は、地球圏近傍における偵察任務中、地球軍の極秘実験に遭遇いたしました。
地球軍は現在、未知の超高次元エネルギー兵器を搭載した新型艦の開発に成功しつつあります。
その破壊力と空間歪曲能力は、我々が知る波動砲やブラックホール砲の類を凌駕する、規格外の代物でありました。
私は、この未知のテクノロジーの痕跡が、かつて帝国時代に旧特務調査団が発見した『銀河系中心部の超高度古代文明(コードネーム:ウラリア)』の遺物と合致すると推測しております。
地球がこの超技術を完全に実用化すれば、ガルマン・ガミラスのみならず、我々ボラー連邦にとっても極めて重大な脅威となることは明白です。
故に小官は、無用な交戦による艦隊の損耗とデータ喪失を避けるため、一刻も早くこの重大な軍事機密を本国へ持ち帰るべく、名誉ある戦略的転進を決断いたしました。
全ては、ボラー連邦の永遠なる栄光と、ベムラーゼ首相閣下の絶対的勝利のために。
(よし、これならいい。私の撤退は単なる逃亡ではなく、連邦の危機を救うための英断だったとアピールできる)
ボローズは報告書を暗号化し、本国への超空間通信パルスとして送信予約のセットを完了した。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じながらも、彼は自らの政治的立ち回りに少しだけ安堵した。
「グダン艦長」
「はっ、ボローズ様」
「現在の航行速度は?」
「最大戦速、ワープを連続使用してボラー星系へ急行中です。後方からの追跡反応はありません。ガルマン・ガミラスも地球も、我々を追う余裕はないようです」
「よろしい。機関部には無理をさせても構わん。さらに速度を上げろ」
ボローズは艦橋のメインスクリーンに映る、流れる星々の光を睨みつけた。
(ウラリアの魔女……アルハザードの遺産……それが地球の手に落ちたというのか?いや、あるいは魔女どもが再び目覚め、地球を利用しているのか……?)
かつて祖父から聞かされ、若き日にその目で見た遺跡の残骸が、ボローズの脳裏にフラッシュバックする。
(地球の奴らめ……触れてはならぬパンドラの箱を開けたな。だが、最後に笑うのは我々ボラー連邦だ。ベムラーゼ首相がこの情報を得れば、必ずや大艦隊を動かし、あの忌まわしい星ごと消し飛ばすはずだ)
「急げ……急いで帰還するのだ……!」
ボローズの焦燥と恐怖、そして歪んだ野心が交錯する中、ガノンダ型航宙母艦「ラブロコフ」率いるボラー連邦艦隊は、暗黒の宇宙空間を母星に向けてひた走っていた。
「通信カプセル、射出! 本国への暗号化パルス、正常に送信されました!」
ラブロコフのオペレーターの報告を聞き、ボローズは座席の肘掛けを強く握りしめた。
(これでいい……。ベムラーゼ首相とて、この『ウラリアの超技術』という文言を見れば、単なる局地的な敗北ではないと理解するはず。むしろ、ガルマン・ガミラスと地球が手を結ぶ前に、全軍を挙げて太陽系を圧殺せねばならんと考えるに違いない。その先鋒を務めるのは私ではない、本国の主力艦隊だ……!)
「グダン艦長、リベリア星の残党どもはどうなった?」
「ハッ、リベリア第一艦隊は依然として音信不通。おそらく、地球の『魔女の罠』にかかり、一瞬で消滅したものと思われます」
「フン、無能な属国人が自業自得の最期を遂げたか。我々は彼らの犠牲を無駄にせず、大いなる危機を本国に伝えたのだ。全艦、これより連続ワープに入る! 反転、急げ!」
ボラー連邦辺境巡視艦隊584は、暗黒の次元の海を激しい光とともに疾走し、太陽系から完全にその姿を消した。
彼らが持ち帰る「尾ひれのついた恐怖」が、本国でどのような嵐を呼ぶかも知らずに‥‥
一方、ボラー連邦が恐怖に震えて逃げ出していた頃、月面の表側にある地球防衛軍・月基地(ルナベース)にある居住区では、また別の意味で騒がしい空気が流れていた。
ミーナの「特製ポトフ」によるバイオハザードからようやく生還し、医務室のベッドから解放されたばかりの隊員たちが、食堂の片隅で集まってヒソヒソと噂話をしていたのである。
「ねぇねぇ! 聞いた? 今、グラナダのドックに、あのガルマン・ガミラスの偉い人たちが来ているんだって!」
無邪気に身を乗り出したのはフランチェスカ・ルッキーニだった。
彼女はポトフの臭いを嗅いだだけで逃亡したため、一番の健康体である。
「ああ、噂になっているな。イスカンダル救援の際、ヤマトを助けてくれたデスラー総統の娘さんが、特使として直々に赴いているらしい」
シャーリー(シャーロット・E・イェーガー)が、整備中の自作工具をいじりながら答える。
「デスラー総統の‥娘さん……」
その言葉に、包帯を巻いた宮藤芳佳がピクリと反応した。
彼女は例のポトフを興味本位から一口舐めて数時間昏睡していたが、驚異的な回復力でなんとか復帰していた。
「お姫様ってことだよね? ガミラスのお姫様って……どんな人なのかな。やっぱり、その……おっぱいとかおっきいのかな!?」
「ちょっとルッキーニちゃん、何を言い出すの!?」
「だって気になるじゃん! 宇宙の人だよ!? シャーリーより大きかったら、もう大気圏突き抜けて宇宙規模ってことだし!」
「何に勝とうとしているのよ、貴女は!?」
ペリーヌが激怒して机を叩くが、隣の宮藤の目はすでに怪しく輝いていた。
「う、宇宙規模の……おっぱい……ガミラスの科学力や、あの青い肌の秘密が、そこに詰まっているかもしれませんよ!!」
「宮藤さん! 貴女まで何をトチ狂ったことを言っているのですか!?‥‥って、貴女、目が据わっていますわよ!?」
「お前たち、そこまでにしろ」
重々しい声とともに、部屋に入ってきたのは坂本美緒だった。
その表情はいつになく険しい。
「相手はガルマン・ガミラス帝国の総統閣下のご令嬢で、総統特使だ。我が地球連邦の命運を分ける外交交渉の真っ最中なんだぞ。万が一にも、不敬な言動や……ましてや、お前たちが『お胸の調査』などと称して接近し、失礼を働けば、一個人の責任では済まない。最悪の場合、地球とガルマン・ガミラスとの星間戦争の再開になりかねん」
「「「「うっ……」」」」
美緒のドスの利いた一喝に、宮藤たちは一斉に縮こまった。
「現在、グラナダの特使滞在エリアは関係者以外完全に立ち入り禁止だ。ミーナの料理禁止令と同時に、『特使への接近禁止命令』が出ている。会いたい気持ちは分かるが、大人しくしていろ」
美緒がそう言い残して去っていくと、ルッキーニは不満げに頬を膨らませた。
「チェー、ケチ。ちょっと見るくらい減るもんじゃないのに。せっかく月の裏側まで来ているのに‥‥あぁ~会えないなんてモヤモヤするー!」
「でも、確かに私たちは軍人だもんね……お仕事の邪魔をしちゃダメだよ。ましてや戦争の原因になるなんてもってのほかだよ、ルッキーニちゃん」
「‥‥」
リーネが優しく諭すが、宮藤もまた、遠いグラナダの方向に視線を向けながら、「宇宙の神秘」への未練を断ち切れずに溜息をつくのだった。
それから数時間後‥‥
モヤモヤが限界に達したルッキーニは、「ちょっと格納庫の様子を見てくる!」と言い残し、宮藤を引っ張って居住区を抜け出した。
もちろん、美緒の目を盗んで、グラナダへと続く連絡通路の近くまで様子を見に行くためだ。
「ちょっと、ちょっと、ルッキーニちゃん、やっぱりマズいってば! 坂本中佐に怒られちゃうよ!」
「大丈夫、大丈夫! 通路のガラス窓から、ドックに停まっているっていうカッコいいお船を遠くから見るだけだから!」
二人が忍び足で連絡通路のキャットウォークを進み、グラナダドックを一望できる展望ラウンジの陰に隠れた、その時だった。
「――まぁ、この『てりやき』というソースは、実に素晴らしい味わいですわね」
「はい、ジュラ様。地球の食文化も、侮れないものがあります。この肉の焼き加減、我が軍の戦地食とは比べものになりません」
聞き慣れない、しかし極めて気品のある鈴を転がすような声。
宮藤とルッキーニが息を殺して物陰から覗き込むと、そこには地球連邦軍のアイロ艦長が設営させた、臨時のオープンエア・テラスのような休憩スペースがあった。
そのテラス席に座っていたのは、肌の色は地球人類と同じ色なのだが、耳はおとぎ話や伝説に登場するエルフと言われる種族に似た長く尖った耳を持ち、誰もが見惚れるような美貌を持った金髪の少女――ガルマン・ガミラス帝国総統特使、ジュラ。
そしてその傍らで、大真面目な顔でハンバーガーを頬張っている赤い髪の女性士官、メルダ・ディッツであった。
「わぁ~……綺麗な人……」
「ルッキーニちゃん、静かに‥‥」
ルッキーニが思わず声を漏らしそうになり、宮藤が慌ててその口を抑える。
そして、宮藤の視線は自然とジュラの胸元へと向いた。
(……お、おっきい……! シャーリーさんとはまた違う、なんていうか、すごく高貴で、しなやかで、完璧なバランスの……さすが宇宙のお姫様……!)
(さ、触ってみたい‥‥けど、そんな事すれば戦争になっちゃうから、せめてこの目に焼き付けておかないと!!)
(あれ?でも、あの人たち、一人はガミラス人っぽいけど、もう一人は肌の色が青くない‥‥)
(ガミラスの人でも肌の色が違う人が居るんだ‥‥)
宮藤の脳内で謎の感動と疑問が巻き起こっていると、突然、ジュラが食べる手を止め、ふっと宮藤たちの隠れている物陰へと視線を向けた。
「……? ジュラ様、どうなされましたか?」
メルダが不審そうに尋ねるが、ジュラはくすりと悪戯っぽく微笑んだ。
彼女の母譲りの「心を読み取る能力(サトリ)」が、物陰から注がれる、あまりにも純粋で、かつ「ものすごく俗っぽい(主に胸に対する)感嘆の念」を正確に捉えていた。
(あら……可愛らしいお客様が、覗き見をしていらっしゃるのね)
ジュラは怒るどころか、地球の若い戦士たちが自分に強い興味を抱いてくれていることを嬉しく思った。
彼女たちの心に、かつてのガミラスに対する憎悪や敵意は微塵もなく、ただただ純粋な好奇心(と、お胸への憧れ)だけが存在していたからだ。
ジュラはそっと立ち上がると、アイロ艦長が用意してくれた地球の高級チョコレートの詰まった小箱を手に取り、メルダに言った。
「メルダ、あちらの物陰の近くにあるテーブルに、このお菓子を置いてきてくださらない? 少し、お腹がいっぱいになってしまいましたの」
「は? はあ、畏まりました」
(なんで、あんな所に?)
メルダが不思議そうに首を傾げながらも、宮藤たちの隠れているすぐ近くのテーブルに箱を置き、ジュラのもとへ戻っていく。
ジュラは遠目から、宮藤とルッキーニに向けて、そっと人差し指を唇に当てて「内緒ね」というようにウインクをしてみせた。
「「……ッ!」」
宮藤とルッキーニの心臓が跳ね上がる。
見つかった、という恐怖よりも、その圧倒的な優しさと美しさに、完全に心を奪われてしまったのだ。
ガルマン・ガミラスの外交特使と地球の女性軍人‥‥
言葉を交わすことは許されない立場同士だったが、残された甘いチョコレートの箱を抱きしめながら、宮藤とルッキーニは「ガミラスの人たちとも、きっと仲良くなれる」と、確かな確信を胸に抱くのだった。
国境も、星間国家の思惑も超えて、月面の裏側で小さな和解の種が芽吹いた瞬間であった。
次回 訓練学校卒業