編成会議から数週間後、
東京湾には多数の艦艇が集結していた。
その中でも特に目立ち、注目を集めるのはジュピター級超大型調査採掘艦のマーズである。
月基地にて建造されていたラボラトリー・アクエリアスもコーティング作業が終了してグラーフ・ツェッペリンと共に東京湾に到着しており、各艦は次元世界への探査任務の為の準備に大忙しであった。
「これが、ラボラトリー・アクエリアス…」
ラボラトリー・アクエリアスの副長に任命されたギンガは、士官服を着て港に来ていた。
しかし、そんな彼女も入港してきたラボラトリー・アクエリアスの威容に圧倒されていた。
第三艦橋と船体下部の第五艦橋の特異性は特に目を引き、探査任務用の調査機器を搭載していることから、ドームのような形状になっていると束から事前に聞いてはいたが、その異質さはやはり気になってしまう。
「あれ?ギンガさん!?」
「え?」
その最中、自身の名前を呼ばれたので、視線を移したらそこにはティアナと神堂、シャルロットが防衛軍の軍服を着て立っていた。
「え?ティアナに神堂さんにシャルロットさん?なんでここに??」
「なんでって、私はラボラトリー・アクエリアスの戦術長に任命されたからでして…」
「ええ!?」
ティアナの返答にギンガは驚いたが、
「わ、私はラボラトリー・アクエリアスの機関長に…」
「私はラボラトリー・アクエリアスIS(インフィニット・ストラトス)隊の隊長に任命されました!」
神堂とシャルロットの配属先にも驚くことになった。
「それで、ギンガさんはなんでここに?」
「わ、私もラボラトリー・アクエリアスの副長に任命されたから‥‥」
「ええ!?そうだったんですか!?」
ギンガの返答に今度は三人が驚くこととなった。
しかし、その際に背後でラボラトリー・アクエリアスに積み込まれている資材の箱の中の一つを特段誰も確認していなかったことが、後々大問題になったのだが、この時はまだ誰も知らなかった。
さて、湾内に来たグラーフ・ツェッペリンの艦橋では坂本とミーナが会話をしていた。
装甲戦闘空母グラーフ・ツェッペリン 艦橋
「いやはや、まさかこれほどの規模になるとはな‥‥」
「全くね?最初はラボラトリー・アクエリアスとグラーフ・ツェッペリンだけで行くものだと思っていたのだけど…」
坂本の言葉にミーナも少し呆れながらそう返す。
なんせ、今回の調査船団はジュピター級超大型調査採掘艦マーズに艦載されている艦載艦のバラクーダ級砲艦『エレバス』及び『ロバーツ』を除いたとしても、
超大型調査採掘艦一隻
探査戦艦一隻
新型戦艦二隻
改良型無人戦艦一隻
最新鋭装甲戦闘空母一隻
救難艦一隻
改ドレッドノート級多目的艦一隻
超質量物質捕獲艦一隻
新型駆逐艦三隻
装甲巡洋艦一隻
重雷装駆逐艦四隻
最新鋭防空巡洋艦二隻
次元潜航艦一隻
という、戦艦及び戦艦に匹敵する火力を持った艦だけでも五~六隻、巡洋艦クラスに相当する艦は三隻、駆逐艦は七隻、次元潜航艦一隻、非武装艦二隻という大所帯だ。
挙句の果てにジュピター級超大型調査採掘艦自体も一応は非武装ということになってはいるが、それはあくまでも表向きであり、コーティング作業の際に艤装工事が遅れていた為に大急ぎで各種自衛火器を設置する工事を行わせたことによって自衛用のVLSやパルスレーザー砲塔、ミサイル発射管も装備している。
おまけに艦載艦のバラクーダ級砲艦『エレバス』及び『ロバーツ』も近代化改修が施されており、機動性の改修と火器管制システムの大改修を実施したために即席の小型防空砲艦としての運用も可能となっており、船体の規模に見合うかは分からないがジュピター級超大型調査採掘艦にもある程度の火力はあるわけだ。
はっきり言って、はたから見たら調査艦隊と言うよりは遠征部隊のような編制のせいでミーナも苦笑いしかないのだ。
「そういえば、この艦隊の司令官は藤堂長官の娘さんだそうよ?」
「おお、長官の娘さんか。なら信頼できるが、実力があるか楽しみでもあるな」
そう言い、坂本は制服の襟を直しながら艦橋を退室し、ラボラトリー・アクエリアスにて行われる予定の艦長会議に参加するための準備を始めた。
さて、そのラボラトリー・アクエリアスの第一艦橋では各役職者たちが挨拶を交わしていた。
「つ、月村ギンガです!ラボラトリー・アクエリアスの副長を拝命し、着任しました」
「ご苦労様、私が艦長の藤堂早紀よ。よろしくね、月村さん。今回の作戦は未知の海へと船出への航海だから、何があるのか分からない‥‥貴女の手腕を頼りにしているわ」
「は、はい!!こちらこそ、よろしくお願いします!!」
そうギンガに返した紫色系のロングヘアの女性こそ、この次元世界探査艦隊司令官にしてラボラトリー・アクエリアスの艦長である藤堂早紀である。
彼女は宇宙戦士訓練学校を優秀な成績で卒業したものの、ガトランティス戦役直後だったことも相まって、長らく司令部勤務となっていた。
一時期は改オマハ級巡洋艦の原型となったオマハ級巡洋艦『オマハ』(主砲が連装ではなく三連装になっている)の艦長も務めていたものの、艦長職の経験はその一度きりな上に短期間だったこともあってか、軍内部では不安視する声もあったが、優秀な士官を遊ばせておく余裕がないことや、藤堂長官の娘と言う立ち位置から外交交渉の際にもいろいろと優位に働くだろうという意見もあり、艦長を拝命したわけである。
「こ、航空隊無人機『ムニン』管制機のムニンです!」
「…同じく無人機『フギン』管制機のフギンだ」
そう言うのは暗黒星団帝国本星への遠征にも同行した無人機であるADF-11F「レーベン」の管制機である自立思考型AIの『フギン』『ムニン』である。
この二体は完全自立型アンドロイド計画の先駆け的な存在であったが、ムニンはともかく、フギンはその軍人気質とそっけなさが災いし、対人コミュニケーションのデータが全くと言っていいほど取れていなかったのだ。
何とかムニンのデータを応用し、今回開発され、マーズに動員された自立型アンドロイド兵、仮呼称『イリスシリーズ』の開発は成功。
とはいえ、それでもデータが欲しいと月村財閥の技術部門からせがまれた為に今回もう一体のアンドロイドが共に動員されることとなったのだ。
「う~」
「え?」
「う~、あ~、う~」
「え、えっと??」
そのもう一体の自立型アンドロイドがこの『フラン』である。
「イリスシリーズ」の完成前に試作された戦闘用アンドロイドの一体なのだが、発音システムの設計において担当者が盛大にミスったせいでまともに話せず、仕草や唸り声に近い声で判断するしかないという大問題を抱えている。
とはいえ、仕草をみれば何を言いたいのか分かるのや、「愛着がわくからいいでしょ!」という一人の担当者の良く分からない理屈から修理が行われないまま、艦隊にデータ取りに同行させられることとなってしまった。
「う~、う~」
「え、えっと?『よろしく』ってことかしら?」
「う~」
戦術長になったティアナもフランの言葉には四苦八苦しているが、何とか理解しているようだ。
「ラボラトリー・アクエリアス航海長の市瀬美奈です」
「同じく砲術長の桜乃そらです」
「航空隊隊長兼陸戦隊隊長の結月ゆかりです」
他にも航海長に市瀬美奈、砲術長に桜乃そら、航空隊隊長兼陸戦隊隊長に結月ゆかりがそれぞれ自己紹介をした。
さて、少し時間をもどして基地周辺に視点を移す。
ギンガがラボラトリー・アクエリアスの下に行った頃、昴、星奈、リンネ、愛里寿は関係者の親族として今日の式典会場に来ていた。
しかし、まだ式典開始まで時間があり、暇を持て余していた彼女たちはかくれんぼをしていた。
「もー、本当にどこ行っちゃったんだよ、三人とも……」
東京湾のドック周辺、コンテナが山積みにされた区画で、昴は困り果てたように周囲を見回していた。
かくれんぼを始めたのはいいものの、いくら探しても星奈、リンネ、愛里寿の姿が見当たらないのだ。
(いくら何でも隠れすぎじゃない? もう出航前の式典が始まっちゃう時間なのに……)
昴が焦りを感じ始めたその時、遠くから式典の開始を告げるファンファーレが鳴り響いた。
「あちゃー、始まっちゃった! もう、あとでたっぷり怒るからね!」
仕方なく、昴は探すのを諦めて式典会場の方へと駆け出していった。
その背後で、彼女が探し回っていた巨大なカーゴコンテナの一つが、大型のクレーンに吊り上げられ、ゆっくりと『ラボラトリー・アクエリアス』の搬入口へと吸い込まれていくのを、誰も気に留める者はいなかった。
コンテナの内部。
暗闇の中、資材の隙間に身を潜めていた三人は、突然の揺れと浮遊感に小さく悲鳴を上げた。
「きゃっ!? な、何事ですか!?」
星奈が慌てて資材の箱にしがみつく。
「わわっ、動いている……? もしかして、この箱ごと運ばれているの!?」
リンネも目を丸くして、コンテナの薄暗い天井を見上げた。
「……どうやら、クレーンで吊り上げられているみたいですね」
愛里寿は冷静に状況を分析しつつ、タブレット端末を取り出して現在位置を確認しようとしたが、分厚い金属の壁に阻まれて電波が届かない。
「なんですって!? どこに連れて行かれる貨物なんですか!?」
「す、昴さん、早く見つけてー!」
パニックになりかける星奈とリンネ。
その直後、ガクン! という大きな衝撃と共にコンテナが床に降ろされ、周囲から『ウィーン』という重厚なハッチが閉まる音が響いた。
そして、わずかに聞こえてくるのは、規則的な機械の駆動音と、微かな空調の音だけになった。
「……どうやら、どこかの船の中に積み込まれてしまったようですね。この振動の感じからして、かなり大型の艦……」
星奈が冷静に推測を口にする。
「ここから出られないの!? 誰かー! 助けてー!」
リンネがコンテナの壁をドンドンと叩くが、分厚い装甲に覆われた艦内では、その音が外に漏れることはなかった。
一方、そんな事は露知らず、ラボラトリー・アクエリアスの第一艦橋では、艦長会議に向けて最後のブリーフィングが行われていた。
「――以上が、各艦の初期配置および次元跳躍(ディメンション・ジャンプ)のシークエンスとなります。各部、抜かりはないわね?」
藤堂早紀が、凛とした声で各セクションのチーフたちに確認をとる。
「はっ。機関部、いつでも出力全開可能です」
「戦術および火器管制システム、オールグリーンです」
各部署からの力強い返答に、早紀は満足げに頷いた。
(初めての大役……。父の名に恥じぬよう、そして何より、この艦隊の乗組員全員を無事に地球へ帰還させるために、私は絶対に失敗するわけにはいかない)
早紀が内心で強く決意を固めていると、副長席のギンガがタブレット端末を見ながら少しだけ眉をひそめた。
「藤堂艦長。先ほど搬入された物資のリストに、少しだけイレギュラーな重量増加の数値が検出されているようですが……」
「重量増加? 計算違いかしら。誤差の範囲内?」
「は、はい。艦の総質量からすれば、ごくわずかな数値ですが……第3カーゴブロックのコンテナの一つが、規定値より数十キロほど重いようです」
「数十キロ……念のため、出航後に手が空いた人員を向かわせて中身を確認しておいてちょうだい。密航者や危険物なら厄介よ」
「了解しました」
(まさか、この中に……なんてことはないですよね)
ギンガは一瞬だけ嫌な予感を覚えたが、すぐに出航の忙しさにその考えを打ち消した。
そして、艦隊総旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』の艦内スピーカーから、司令官である藤堂早紀の力強い号令が響き渡る。
『全艦に告ぐ! これより我ら第一次次元世界探査艦隊は、次元の海へと抜錨する! 全艦、次元跳躍機関、始動!』
「次元跳躍機関、臨界点まであと10秒!」
航海長の市瀬美奈が叫ぶ。
「5、4、3、2、1……ジャンプ!!」
早紀の号令と共に、アクエリアスをはじめとする巨大な艦隊群は、まばゆい光に包まれながら次元の断層へと飛び込んでいった。
地球圏を離れ、未知の世界へと続く虹色のトンネルの中を、艦隊は突き進んでいく。
その頃、第3カーゴブロックのコンテナの中では。
「うわああああっ!? なになに!? なんか外がピカピカ光ってない!?」
コンテナの隙間から漏れる次元空間の光を見て、リンネがパニックを起こしていた。
「お腹……お腹がムカムカしますね……」
次元跳躍特有の浮遊感に、星奈が目を回して倒れ込む。
「……どうやら私たち、本当に未知の世界への探査の旅に同行することになってしまったようですね」
愛里寿だけが、冷静に、しかしどこか呆れたようにため息をついていた。
第一次次元世界探査艦隊の記念すべき出航は、思いがけない「密航者」たちを乗せたまま、波乱の幕開けを迎えることとなったのだった。
東京湾の特設式典会場。
空を覆っていたまばゆい次元跳躍の光が収まり、巨大な大艦隊が完全にその姿を消すと、会場を埋め尽くしていた見送りの群衆からは割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
人類の新たなる希望を乗せた大航海の始まり。
その歴史的瞬間を見届けた関係者家族の待機エリアでも、多くの人々が興奮冷めやらぬ様子で空を見上げていた。
「いやぁ、本当に凄い光景だったね……」
昴もまた、空を見上げながらぽつりと呟いた。だが、その顔にはどこか焦りの色が浮かんでいる。
式典が終わり、艦隊が出航してしまったというのに、一緒にいたはずの星奈、リンネ、そして愛里寿の三人が一向に姿を現さないのだ。
(いくら何でも、もう出てきてもいい頃だよね? まさか、迷子に……?)
そんな嫌な予感が頭をよぎった矢先、背後から声をかけられた。
「昴。お疲れ様、素晴らしい式典だったわね……ところで、星奈たちはどこに行ったの?」
振り返ると、そこには星奈の保護者的立場でもある忍と箒、そして愛里寿の養母である千代が立っていた。
「あ……し、忍さん。箒さんに、千代さん……」
昴は引きつった笑みを浮かべながら後ずさる。
「あら? 愛里寿は昴さんと一緒にいると思っていたのですが……見当たりませんね?」
千代が不思議そうに周囲を見渡す。普段の穏やかな笑みは崩していないが、どこか心配そうな気配が漂っていた。
「あの……それがですね……」
昴が言い淀んでいると、箒が腕を組み、ジト目を向けてきた。
「昴、まさか目を離したのか? 式典の前には必ず合流するように言っておいただろう」
「ち、違うんです! 目を離したっていうか……その、式典が始まる前まで、みんなでかくれんぼをしていて……」
「かくれんぼ?」
忍が怪訝そうに眉をひそめる。
「はい……。それで、私が鬼だったんですけど、三人が本気で隠れちゃって全然見つからなくて。そうこうしている内に式典のファンファーレが鳴っちゃったから、てっきり三人も隠れるのをやめて、こっちに来ているものだとばかり……」
昴の言い訳を聞いて、大人三人の顔色が一瞬にして変わった。
「ちょっと待ちなさい。じゃあ、あの子たちは式典の間中、ずっと隠れたままだったっていうの!?」
忍が声を荒げる。
「……昴。最後に三人を見たのはどこだ?」
箒の声音が一段と低く、深刻なものになった。
「えっと……確か、第三ドックの近くの、資材コンテナがたくさん積んであるエリアで……」
その言葉を聞いた瞬間、千代の持っていた扇子がポトリと地面に落ちた。
「コンテナ……。昴さん、まさかとは思いますが……そのコンテナは、どちらの艦に積み込まれる予定のものでしたか?」
千代の顔から完全に笑みが消え去り、静かだが恐ろしいプレッシャーが放たれる。
昴は顔面を蒼白にしながら、震える指で、先ほどまで『ラボラトリー・アクエリアス』が停泊していた、今はもぬけの殻となっているバースを指差した。
「あ、あの巨大な探査戦艦の……搬入口に、どんどん吸い込まれていくのを……見ました……」
沈黙が落ちた。
東京湾の潮風が吹き抜ける中、残された四人の間に絶望的な推測がパズルのように組み合わさっていく。
(まさか……かくれんぼでコンテナの中に隠れて、そのまま……!?)
「……っ! 束!警備隊に連絡を! 今すぐ周辺の防犯カメラの映像を確認して!!」
「は、はい!?」
真っ先に我に返った忍が血相を変え。偶々近くにいてディアーチェと次の予定を確認していた束を呼びつけ、警備員のもとへ走り出す。
「私も手伝おう! 万が一、港のどこかで迷っているだけかもしれないからな!」
箒も焦燥感を露わにして駆け出した。
「愛里寿……無事でいてちょうだい……」
千代は青ざめた顔で両手を強く握り締め、祈るように空を見上げた。
「ど、どうしよう……私のせいだ! 私がちゃんと最後まで探していれば……!」
昴はその場にへたり込み、頭を抱えた。
彼女たちの最悪の予想は見事に的中している。
しかし、次元の断層を越えて未知の海へと旅立った大艦隊を、今から呼び戻す術など、この地球圏のどこにも存在しなかった。
華々しい出航の裏で起きた、前代未聞の密航事件。
事態の収拾を図るべく地球側の防衛軍司令部が大混乱に陥るのは、ここからわずか数十分後のことであった。
次回 密航者発見