未知の次元世界探査という人類の悲願を背負い、ついに抜錨した『第一次次元世界探査艦隊』。
しかし、その華々しい出航の裏では、かくれんぼの最中に誤って資材コンテナに閉じ込められた星奈、リンネ、愛里寿の三人が、総旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』にそのまま積み込まれてしまうという前代未聞の「密航事件」が発生していた。
無事に最初の調査対象である自然保護世界「エラトラ星系」へと次元跳躍を果たした艦隊は、仮拠点設営のために手つかずの自然が残る惑星へと降下する。
だが、その足元の原生林では、欲望に駆られた時空管理局の局員たちによって、希少な「幻獣生物」である極小サイズの竜人の少女と翼の生えた子熊の密猟が行われていた。
魔法による攻撃で額を深く切り裂かれ、逃げ場を失った二体の幻獣は、間一髪のところでアクエリアスの探査艇『コスモハウンド』の空コンテナに身を隠し、艦の格納庫へと運ばれる。
格納庫へ探検に訪れていた星奈たちは、暗がりで怯えきった小さな二体を発見する。
人間を激しく警戒する竜人の少女だったが、自分たちを純粋に心配する三人の温かい言葉と瞳に触れ、ついに助けを求めた。
三人は血を流し瀕死の状態だった子熊を抱え、医務室へと急行。
当直の医務官による迅速な処置によって子熊は無事に一命を取り留め、竜人の少女は自分たちを救ってくれた「優しい人間」たちの存在に、大粒の涙を流して感謝するのだった。
予定外の密航者である三人の子供たちと、予定外の小さな客人である二体の幻獣。
交わるはずのなかった命の出会いが、未知なる探査任務に新たな波乱の幕開けを告げようとしていた――。
ラボラトリー・アクエリアス 艦内通路
「……まったく。民間人の子供たちが三人、手違いで積み込まれていたというだけでも頭の痛い問題なのに、今度はコスモハウンドのコンテナから『別の密航者』が医務室に運び込まれたですって?」
藤堂早紀は、前を歩きながら深々とため息をついた。
長官の娘として、そしてこの巨大な探査艦隊の司令官として、常に冷静沈着であることを心がけている彼女だが、初任務早々に次々と起こる想定外の事態には、さすがに眉間を揉み解さずにはいられなかった。
「はい……。しかも、当直の医務官からの報告によれば、その『密航者』はどうやら未知の野生生物のようで……星奈ちゃんたちが発見して連れてきたそうです」
早紀の後ろを小走りで追う副長のギンガが、手元のタブレット端末を確認しながら申し訳なさそうに答える。
「やれやれ……子供たちの好奇心は底なしね。とはいえ、未開の惑星の野生動物だと地球には無い未知のウイルスや病原菌を持っている可能性もあるわ。念のため、私が直接状況を確認する」
早紀はキリッと表情を引き締めると、医務室の自動ドアの前に立ち、スイッチを押した。
プシュゥッ、と軽い音を立ててドアが開く。
「藤堂艦長! それに、月村副長も……」
医務官が敬礼して二人を迎える。
その傍らには、すっかり安心した様子で椅子に座る星奈、リンネ、愛里寿の三人がいた。
「ご苦労様。それで、その……新たな密航者というのは……」
早紀が視線を処置台へと向けた瞬間、彼女の言葉はピタリと止まった。
「なっ……!?」
厳格な早紀の目が、信じられないものを見るように限界まで見開かれる。
処置台の上ですやすやと眠っているのは、背中にふさふさとした鳥のような翼を生やした、豆柴サイズの愛らしい小熊。
そして、その脇の医療用トレイの上にちょこんと座り、不安そうにこちらを見上げているのは――ティンカーベルほどの妖精サイズでありながら、角と尻尾、そしてドラゴンのような翼を持つチャイナドレスの少女だった。
「な、なにこれ?……作り物のロボット……じゃないわね。呼吸しているし生き物みたいね……?」
早紀は呆然と呟きながら、恐る恐る近づいた。
「あ、あの! 艦長さん!」
リンネが慌てて立ち上がり、早紀と小さな竜人の少女の間に立つようにして口を開いた。
「この子たち、私たちが格納庫の空コンテナの中で見つけたんです! クマちゃんは頭から血を流して倒れていて……それで、急いで医務室に連れてきました!」
「そう……この子たちが、あなたたちが見つけたという……」
早紀は状況を飲み込もうと努めながら、副長のギンガへと振り返った。
「副長。あなたは元・時空管理局の捜査官だったわね。あちらの『魔法世界』には、このような……翼の生えた熊や、人間の姿をした極小の竜が存在するの?」
問われたギンガもまた、驚きに目を見張ったまま首を横に振った。
「いえ……魔法世界において、『竜』や『幻獣』の類は確かに存在します。ですが、あのように翼の生えた熊の姿をした幻獣は記録で見たことがありません。それに……」
ギンガは竜人の少女をじっと見つめる。
「『竜』と言っても、一般的な竜は巨大な爬虫類型の姿が主流です。あの子のように、人間と竜の特徴を併せ持ち、さらに妖精のように小さな『竜人』の姿をした存在など……少なくとも、私の知る限りでは初めて見ました」
「そう……完全な未知の固有種というわけね」
早紀は小さく頷くと、竜人の少女と視線を合わせた。
警戒されないよう、少し腰を落として目線を同じ高さにする。
「私はこの船の責任者、藤堂早紀です。怪我の治療が終わって落ち着いたところ悪いけれど……あなたたちに何があったのか、教えてもらえるかしら?」
「あ、あなたは……偉い人、なの?」
竜人の少女は、おずおずと問い返した。
「ええ。あなたたちに危害を加えるつもりはないわ。約束する」
早紀の静かで、しかし嘘のない誠実な声色に、竜人の少女は少しだけ強張らせていた肩の力を抜いた。
「……私たち、ずっとこの森で、静かに暮らしていたの。他の動物たちと一緒に。でも……さっき、突然『怖い人間たち』がたくさんやってきたの」
竜人少女の言葉に、医務室の空気がピンと張り詰める。
「怖い人間? 私たちの調査隊のことかしら?」
「違う! あなたたちじゃないわ!」
竜人の少女は首を横に強く振り、処置台で眠る小熊の傷――額の十字傷を指差した。
「その人間たちは、手に『杖』みたいなものを持っていて……そこから光の刃や光る縄みたいなものを飛ばしてきたの‥『高く売れるから捕まえろ』 って……! この子の頭の傷も、その人間たちが放った光でつけられたものよ!」
怒りと悲しみで声を震わせる竜人の少女。
その証言を聞いた瞬間、ギンガの顔色が変わった。
「手に杖を持ち、光の刃や縄を放つ……魔導師。それに、幻獣の密猟……」
ギンガは嫌な予感に駆られ、すぐさま自身の情報端末を操作した。
時空管理局のデータベースから、ある特定の制服の画像データを呼び出し、空中にホログラムとして投影する。
それは、時空管理局における特定部隊――主に次元海や辺境世界の警備・調査を担当する部門の局員たちが着用する制服だった。
「ねぇ……あなたたちを襲ってきた人間は、こういう服を着ていなかった?」
ギンガが尋ねると、ホログラムの制服を見た竜人の少女はビクッと体を震わせ、悲鳴のような声を上げた。
「そ、そいつらよ! 顔は違うけど、着ていた服も持っていた杖も同じだった!」
「……っ! やっぱり……」
ギンガは唇を強く噛み締めた。
「どういうこと?副長。彼らは時空管理局の人間だというの?」
早紀が鋭い視線を向ける。
「はい。間違いありません。彼らは時空管理局の局員です……ですが、ここは管理局が『自然保護世界』として指定し、立ち入りを厳しく制限しているはずのエラトラ星系です。本来なら、局員であってもおいそれと出入りできる場所ではありません」
ギンガの言葉に、早紀の顔に険しい影が落ちた。
「なるほど……正規の任務ではなく、希少な生物を狙った一部の腐敗した局員たちによる不法な『密猟』というわけね。どこの世界にも、私利私欲で動く愚か者はいるということか」
早紀は立ち上がり、腕を組んで思案を巡らせた。
「艦長……これは非常にまずい状況です」
ギンガが声を潜めて進言する。
「もし、この惑星上に時空管理局の局員――それも密猟を行っているような輩が潜伏しているとなれば、彼らが乗ってきた次元艦船が近くに停泊している可能性が高い。彼らの魔法の索敵網に、この巨大な『ラボラトリー・アクエリアス』の存在が探知されるのは時間の問題です」
「ええ。おまけに、彼らが狙っていた獲物を私たちが匿っているとなれば、面倒なトラブルに発展しかねない。ただでさえ、私たち地球防衛軍の次元探査は極秘裏に進められている作戦。管理局の局員に見つかれば、本局に増援を呼ばれ、外交問題に発展するリスクもあるわ」
早紀の決断は早かった。
長官である父譲りの、戦場における危機察知能力が警鐘を鳴らしている。
「月村副長、直ちに第一艦橋へ戻るわよ。地表で調査を行っている各部隊に、作業を中断して即時帰投するよう通達して。大至急、この星系から離脱するわ」
「了解しました!」
早紀は医務官と星奈たちに向き直った。
「先生、その子たちの保護と治療を引き続き頼むわ。月村さんたちも、この子たちを不安にさせないよう、一緒にいてあげてちょうだい」
「はいっ! 任せてください、艦長さん!」
星奈が力強く頷く。
「頼んだわよ」
短い言葉を残し、早紀とギンガは慌ただしく医務室を後にした。
ラボラトリー・アクエリアス 艦橋
「こちらラボラトリー・アクエリアス!各探査チームは直ちに撤収せよ!繰り返す…!」
早紀の指示を受けた通信長の無線が飛ぶ。
万が一にも管理局員に発見されたら面倒な事態になることは確実だったからだ。
いくら相手が腐った管理局員であったとしても、あれこれ理由をつけて拘束されたらたまったものではないし、ラボラトリー・アクエリアスを接収するなんて言われれば、軍事機密保護の為に応戦する必要が出てくるのだ。
「衛星軌道上の艦隊に時空管理局の次元航行艦を捕捉したか再確認を要請してください!」
「陸戦隊は万が一に備えて即応体制を取らせます!私の部屋からフィフティ・キャリバーを持ってきなさい!!」
「えぇっ!?あれ使うんですかぁ!?」
ギンガは探査艦隊の各艦に時空管理局の次元航行艦の艦影を捕捉した艦が無いか確認を急がせていたが、陸戦隊隊長でもある結月ゆかりは艦内の陸戦隊及び保安課に即応体制を取らせるとともに部下に対して自分の部屋にあるM2ブローニング重機関銃を持ってこさせるように指示して部下が仰天していた。
実際問題、彼女はM2ブローニング重機関銃を愛用していてどこから仕入れた上に持ち込んだのか、自室にM2ブローニング重機関銃HBを一丁用意し、弾薬もしっかり用意していたのだ。
その会話を聞いてギンガはおろか早紀も内心冷や汗しかなかった。
(ちょ!!ゆかりさん!?M2という銃器は50口径の重機関銃だって束さんから教わっていますけど…。あれ三脚を使うか車両に固定して射撃する奴ですよね!?まさか一人で扱うつもりなんですか!?)
ギンガは内心そうツッコむしかなかったが、それはともかく今は離脱が最優先であった。
「衛星軌道上の金剛改型装甲巡洋艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』より入電!ラボラトリー・アクエリアスの位置から十五キロほど南にL級次元航行艦を発見!」
「なんですって!?」
「しかし、進路は本艦よりも南にとっている為、重なる可能性は低いかと」
この時、密漁に近い行動をしていた管理局員たちは、珍しい魔法生物を追っている暇はなくなっていたのだ。
なんせ、リンディにこれまでの密漁行為がバレてしまい、呼び出しを食らって慌てて帰還していたのだ。
出頭に応じないと犯罪者として処断すると言われたので、局員たちではなく艦長がビビったのだ。
艦長は半分脅される形で同行して艦を動かしていたので、反発する局員たちを黙らせて無理やり艦を戻したのだった。
まぁ、そのおかげでラボラトリー・アクエリアス及び、第一次次元世界探査艦隊の存在が露呈することは無かったのだった。
ラボラトリー・アクエリアス 艦橋
「L級次元航行艦、次元跳躍への予備動作を確認……跳躍しました! 本星系から完全にロスト。時空管理局の反応は完全に消滅しました!」
レーダー管制を担当する要員の報告が艦橋に響き渡ると、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
「……ふぅ~どうやら、運が味方してくれたようね」
藤堂早紀は司令席の背もたれに深く体を預け、小さく安堵の息を吐き出した。
初任務から時空管理局との武力衝突という最悪のシナリオは、どうやら避けられたらしい。
「全くです……肝が冷えましたよ。でも、どうして彼らは急に撤退を?」
ギンガがタブレット端末を下ろしながら、不思議そうに首を傾げる。
「さあね。内輪揉めか、あるいは本部に悪事がバレて慌てて逃げ帰ったか……いずれにせよ、私たちにとっては好都合よ」
早紀がそう推測していると、不満そうな声が艦橋の隅から聞こえてきた。
「えぇ~なんだ。私の『重機関銃(ブローニング)ちゃん』の出番はなしですかぁ。せっかくピカピカに磨いておいたのに‥‥、残念ですねぇ」
いつの間にか自分と同等サイズの巨大なM2ブローニング重機関銃の銃身を撫でながら、結月ゆかりが心底残念そうにため息をついていた。
「ゆ、ゆかりさん! そもそも艦内でそんな重火器を撃とうとしないでください! 流れ弾で艦の設備が壊れたらどうするんですか!」
ギンガが慌ててツッコミを入れる。
その光景に、緊張していた艦橋要員たちからも思わず苦笑いが漏れた。
「とはいえ、危険が完全に去ったわけではないわ。彼らがこの星系の環境データを持ち帰っていれば、いずれ正規の調査隊が来る可能性もある。……各探査チームの収容状況は?」
早紀が表情を引き締め直して問う。
「現在、地表に降下していた全チームのコスモハウンド、及び無人探査機の収容が完了しました。いつでも次元跳躍への移行が可能です」
「結構。予定を前倒しして、直ちにエラトラ星系から離脱。マーズをはじめとする各艦と合流後、次の指定座標へ向けて次元跳躍を開始してちょうだい」
「了解! 機関始動、次元波動エンジン出力上昇!」
ラボラトリー・アクエリアスの巨大な船体がゆっくりと高度を上げ、大気圏を突破していく。
惑星の豊かな緑と青い湖が、次第に宇宙の闇へと遠ざかっていった。
ラボラトリー・アクエリアス 医務室
「……ん、揺れが収まったようですね」
星奈が医務室の丸窓から外を覗き込むと、そこにはすでに無数の星々が瞬く深宇宙の景色が広がっていた。
『全艦に通達。本艦はこれよりマーズ等の別働隊と合流し、エラトラ星系を離脱。次の探査座標への次元跳躍準備に入る』
艦内アナウンスを聞いて、星奈、リンネ、愛里寿の三人は顔を見合わせて微笑んだ。
「もう大丈夫みたいだよ。あの怖い人たちは、どっかに行っちゃったって」
リンネが、処置台の脇で不安そうに身を寄せ合っている竜人の少女に優しく語りかける。
「本当……? もう、誰も追いかけてこないの?」
「うん、本当。この船の艦長さん……さっきの藤堂さんが、すっごく遠くまで逃げてくれるから。だから、もう安心していいんだよ」
愛里寿もふわりと微笑みながら、竜人少女の小さな頭を指先でそっと撫でた。
「キュ……」
ちょうどその時、麻酔が切れたのか、処置台の上で眠っていた小熊がゆっくりと目を開けた。
額の十字傷はすっかり塞がり、呼吸も規則的になっている。
「あ……っ! よかった、気がついたのね!」
竜人の少女はパタパタと翼を羽ばたかせ、小熊の鼻先にしがみついてポロポロと涙を流した。
小熊もまた、安心したように少女の頬をペロリと舐める。
「よかったぁ……。クマちゃん、すっかり元気になったみたいですね」
リンネがその光景を見て、嬉しそうに両手を合わせた。
「本当に、どうやって恩返ししたらいいか……。私、人間のこと、みんな欲張りで怖い生き物だと思ってた。でも……あなたたちは違うのね」
竜人の少女は涙を拭い、星奈たち三人を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう。私……あなたたちに出会えて、本当によかった」
「えへへ、どういたしまして!」
リンネが照れくさそうに笑う。
その後、次元跳躍への準備が進む中、医務室の丸窓から見える星々の光は、艦の加速と共に流れるような光の帯へと変わりつつあった。
すっかり意識を取り戻し、処置台の上で尻尾を揺らしながらじゃれつく小熊の姿を見て、星奈たちもホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし、星奈の表情には、どこか晴れない影が落ちていた。
彼女は窓の外の宇宙を一度見つめ、それから思い切ったように竜人の少女に問いかけた。
「……本当に、これで良かったのでしょうか?」
「えっ?」
不意の問いかけに、竜人の少女が小熊を撫でていた手を止め、不思議そうに首を傾げる。
リンネと愛里寿も、星奈の言葉の真意に気づき、少しだけ切なそうな顔をした。
「さっき艦長さんが言っていたでしょう? あの悪い人たちがまた来るかもしれないから、あの星系からは離れると‥‥」
星奈は、申し訳なさそうに視線を落とす。
「それはつまり、あなたたちがずっと暮らしていた『生まれ故郷』から、すっごく遠く離れちゃうってことです。思わぬアクシデントだったとはいえ……もうお家に帰れなくなっちゃったのかもしれません。家族や仲間にも会えないのでは…?」
「星奈ちゃん……」
星奈の優しさゆえの罪悪感に、リンネもぎゅっと手を握りしめる。
自分たちは「迷子」になっても、いつかは地球の家族の元へ帰れるかもしれない。
けれど、この小さな二体の幻獣は、文字通り故郷の星そのものを捨ててきてしまったのだ。
医務室に、ほんの少しだけ重い沈黙が落ちた。
竜人の少女は、自分の足元で甘えるようにすり寄ってくる小熊の頭を撫でながら、静かに伏し目がちになった。
「……確かに、ずっと一緒に居たあの豊かな自然とお別れすることになっちゃったのは、少し寂しいわ」
「キュゥ……」
小熊も、主人の感情を読み取ったのか、少しだけ悲しそうな声を上げる。
「申し訳ありません……私たちが、もっと違う方法で助けられていたら……」
星奈が涙ぐみそうになったその時、竜人の少女はパタパタと小さな翼を動かし、星奈の目の前の高さまでふわりと飛んできた。
そして、星奈の鼻先を小さな両手でペチッと軽く挟み込む。
「あたっ!?」
「謝らないでよ。私、あなたたちには感謝しかしてないんだから」
竜人の少女は、先ほどまでの悲しげな表情を拭い去り、真っ直ぐで力強い瞳を星奈たちに向けた。
「あのままあの星に居残っていたら、どうなっていたと思う? あの悪い人間たちが、また大勢でやってきて今度こそ捕まって、一生冷たい檻の中に閉じ込められるか……最悪、殺されていたわ」
少女の言葉には、身をもって人間の欲望の恐ろしさを知った者ならではの切実さがあった。
「でも、今は違う。あなたたちみたいに、見ず知らずの私たちの為に必死に泣いて、怪我を治してくれる『本当に優しい人間』に出会えた。あの艦長さんたちだって、私たちを守るために危険を冒して船を出してくれたんでしょ?」
竜人の少女は、今度は愛里寿やリンネの顔も順番に見つめて、ふわりと微笑んだ。
「それに、この大きくて頑丈な鉄の船の中にいれば、もう魔法の杖で撃たれることも、命を狙われることもない。生命の安全がちゃんと保障されているのよ。だから……私は、信用できるあなたたちや、この艦の人たちと一緒にいる道を選んだの。後悔なんてしてないわ」
その真っ直ぐな言葉に、星奈たちの目から自然と涙が溢れそうになった。
「……そうですか」
星奈は鼻をすすりながら、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、これからはずっと一緒だね! 私、リンネ! リンネ・ベルリネッタだよ。こっちは星奈ちゃんで、こっちが愛里寿ちゃん!」
「よろしくね。えっと……お名前、なんて呼べばいいかな?」
愛里寿が優しく問いかけると、竜人の少女は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「私に名前はないの。そもそも幻獣に名前をつける習慣なんてないから。この子もないわ」
「ええっ、そうなんですか!? とすると、私たちがつけてもいいのですか!?」
星奈が目を輝かせて身を乗り出す。
「え? う、うん。あなたたちがつけてくれるなら……嬉しい、かな」
「わ、分かりました! で、では……!」
医務室には、先ほどまでのしんみりした空気が嘘のように、元気な子供たちの明るい笑い声が響き渡り始めた。
生まれ故郷を離れるという大きな犠牲を払いながらも、小さな幻獣たちは確かな「安息の場所」を見つけた。
そして、予定外の密航者であった三人の少女たちにも、未知の宇宙を共に旅する新たな「家族」ができたのである。
次回 種族と契約