内惑星艦隊の奮闘   作:島田愛里寿

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第百八十四話 種族と契約

未知なる次元世界への探査任務を帯び、大宇宙へと漕ぎ出した『第一次次元世界探査艦隊』。

 

しかし、総旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』には、出航前のトラブルから思わぬ「密航者」となってしまった星奈、リンネ、愛里寿の三人の少女たちが乗船していた。

 

最初の目的地である自然保護世界「エラトラ星系」へと降り立った艦隊だったが、そこでは一部の腐敗した時空管理局の局員たちによる、希少な幻獣生物の不法な密猟が行われていた。

 

密猟者の放った魔法によって傷つき、逃げ場を失って艦の格納庫へと紛れ込んだ極小サイズの竜人の少女と翼の生えた子熊を、星奈たちは間一髪のところで発見し保護する。

 

事態の報告を受けた藤堂艦長は、極秘任務を帯びた探査艦隊が時空管理局と接触する危険性を瞬時に察知。無用な武力衝突や外交トラブルを避けるため、即座に地表の探査チームを収容し、エラトラ星系からの緊急離脱を決断する。

 

艦隊は間一髪のところで密猟者たちの艦をやり過ごし、星系外への脱出に成功した。

 

一方、医務室では治療を終えた幻獣たちと星奈たちが言葉を交わしていた。

 

故郷の星を永遠に離れることになってしまった彼らを思い、星奈たちは胸を痛める。

 

しかし、人間の強欲な恐ろしさを身をもって知った竜人の少女は、それでも自分たちを命がけで救ってくれた星奈たち「優しい人間」を信じ、共に安全なこの艦で生きていく道を選んだと笑顔で語った。

 

名前を持たないという小さな二体の幻獣に、新たな名前をプレゼントすることになった星奈たち。

 

予期せぬ子供たちの密航から始まり、今度はかけがえのない新たな「家族」を迎えることとなったラボラトリー・アクエリアスは、次なる未知の宙域を目指して次元跳躍の光の中へと進んでいく――。

 

 

時空管理局本局 リンディ・ハラオウン提督 執務室

 

異次元空間に浮かぶ巨大な建造物、時空管理局本局。

 

その一角にある広々とした執務室は、普段であれば温和な提督の醸し出す穏やかな空気に包まれているはずの場所である。

 

しかし、今の執務室の空気は、まるで吹雪の吹き荒れる雪山のように冷たかった。

 

「‥‥この報告書の内容は、全て事実なの?」

 

デスクの奥に座るリンディは、手元の電子タブレットから目を離さずに、低く静かな声で問いかけた。

 

その声には、彼女が普段見せるような優しい響きは微塵も含まれていなかった。

むしろ、抑えきれない怒りがマグマのように静かに煮え滾っているのが分かる。

 

デスクの脇に立つ秘書官は、普段の明るい態度を完全に封印し、緊張で背筋をピンと伸ばしたまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「は、はい……。該当のL級次元航行艦を本局に強制帰還させ、乗艦していた局員全員のデバイスの記録及び、艦の航行ログを解析した結果です。彼らは間違いなく、『エラトラ星系』の惑星地表に降下していました」

 

秘書官の報告を聞き、リンディはゆっくりとタブレットをデスクに置いた。

 

「エラトラ星系は、豊かな自然と希少な原生生物が多数生息していることから、管理局本局が厳重な『自然保護世界』として指定し、無断の立ち入りを固く禁じている星です。それなのに……」

 

リンディは組んだ両手の上に顎を乗せ、目を伏せた。

 

「あろうことか、次元世界の平和と秩序を守るべき時空管理局の局員が、私利私欲のためにその星へ不法侵入し、希少な幻獣生物の『密猟』を行っていたなんて‥‥」

 

リンディの傍らには、彼女の好物である「砂糖をたっぷりと入れた緑茶」が淹れられたティーカップが置かれていた。

 

しかし、彼女はそれに一口も手をつけておらず、すっかり湯気も消え失せ、冷めきっていた。

 

(提督が、お茶に手もつけないなんて……よっぽど怒っている……っ)

 

秘書官は内心で震え上がった。

 

温厚な人物ほど、本気で怒った時は恐ろしい。

 

今のリンディからは、魔法を使わずとも周囲の空間を圧迫するような凄まじいプレッシャーが放たれていた。

 

「しかも、対象を捕獲するために、魔法の杖(デバイス)で高威力の攻撃魔法を放ったという記録も残っています。無抵抗な野生の幻獣を金づるとしてしか見ず、怪我をさせることも厭わなかった……。言語道断です。管理局の理念を根底から汚す、許しがたい暴挙です」

 

静かな口調の中にも、刃のような鋭さが混じる。

 

時空管理局は、数多の次元世界を管理・保護する強大な力を持つがゆえに、局員一人一人の倫理観と自律が何よりも求められる。

 

その力を私欲のために、しかも弱い立場にある生物を傷つけるために使ったとなれば、リンディが激怒するのも当然であった。

 

「直ちに法務部へ連絡しなさい。今回の件に関与した局員は全員、懲戒免職とした上で、特別査問委員会に送致します。密猟の罪だけでなく、デバイスの不正使用、および職権濫用の罪で徹底的に裁きます」

 

「了解しました! ええっと……彼らを乗せていたL級艦の艦長についてはどうしますか? 彼は『局員たちに脅されて、仕方なく艦を出した』と供述しているようですが……」

 

「艦長も同罪です」

 

リンディはピシャリと言い放った。

 

「脅されたからといって、保護世界への不法侵入と密猟を黙認し、足代わりとして艦を動かした責任は極めて重い。艦長としての適性を完全に欠いています。厳重な処罰を下すよう、手配をお願いします」

 

「は、はいっ! すぐに手配します!」

 

秘書官が敬礼をして通信端末を操作しようとした時、リンディがふと、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あっちょっと待って」

 

「はい?なんでしょう?」

 

「報告書の最後にある、この局員たちの供述の記述についてなんだけど‥‥」

 

「えっ? あっ、はい。逃がした幻獣についての供述ですね?」

 

秘書官は手元の資料を見返した。

 

「局員たちの供述によれば、彼らは幻獣をあと一歩のところまで追い詰めていたみたいです。ですが、『突如として上空から耳を劈くような轟音と凄まじい突風が吹き荒れ、視界を奪われた』と……そして、砂煙が晴れた時には、魔法の索敵網からも幻獣の気配が完全に消失していたそうです」

 

リンディは眉間に皺を寄せ、冷めきった緑茶のカップを見つめた。

 

「突風と轟音……。そして、完全な気配の消失。対象の幻獣は、高度な転移魔法や隠蔽魔法を使える個体だったのでしょうか?」

 

「幻獣生物とは言え、そのような高度な魔法を行使できるとは考えにくいわね」

 

「では、何故……」

 

リンディの脳裏に、一つの疑念が浮かび上がった。

 

単なる気象現象だろうか? いや、それだけで魔法の索敵網から完全に気配が消え失せるはずがない。

 

まるで、幻獣たちが『何らかの強固な結界の中』か『魔法探知の届かない異空間』にそっくりそのまま保護されてしまったかのような――。

 

(まさか……あの時、エラトラ星系には彼ら以外の『何者か』が存在し、幻獣を連れ去った……あるいは、助け出したというの?)

 

だとすれば、その「何者か」は、時空管理局の次元航行艦のセンサーにも引っかからないほどの高度なステルス技術か、全く異なる規格のテクノロジーを持っていることになる。

 

「念のため、この『突風と轟音』の件について、環境局にエラトラ星系の気象データの解析を依頼して頂戴。ただの自然現象ならそれで良いのだけど、何だか嫌な予感と言うか、胸騒ぎがするのよ‥‥」

 

「わかりました。すぐに要請を出しておきます」

 

「よろしく‥‥はぁ~全く、頭の痛い問題ばかりね」

 

リンディは深々とため息をつき、ようやく冷めた緑茶を一口飲んだ。その甘ったるい味さえも、今の彼女の憂鬱な気分を晴らすことはできなかった。

 

時空管理局の高級幹部であるリンディの鋭い直感は、エラトラ星系で起きた微かな「違和感」を見逃さなかった。

 

しかし、この時の彼女でさえ、その正体が魔法世界とは全く異なる次元からやってきた「地球防衛軍の超巨大探査艦隊」であり、彼らがすでに未知なる海へと航海を始めていることまでは、知る由もなかったのである。

 

 

時空管理局の高級幹部であるリンディが、一部の腐敗した局員たちが引き起こした不祥事と、謎めいた現象に対して頭を抱えていた頃。

 

その「謎の現象」の張本人である超巨大探査艦『ラボラトリー・アクエリアス』の医務室では、和やかな空気が流れていた。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 医務室

 

「ねえねえ、さっき名前はないって言っていたけど、『種族』の名前みたいなものもないの? 地球だと、犬とか猫とか、そういうグループの名前があるんだけど?」

 

リンネが処置台の縁から身を乗り出し、竜人の少女に尋ねた。

 

「しゅぞく? うーん……私とこの子は全然違う見た目だけど、森のみんなからはただ『幻獣』って呼ばれていたわ。私たち自身も、自分たちが何ていう生き物なのかは知らないの」

 

竜人の少女は小さな首を傾げながら答える。

 

そもそも彼女らの暮らしていた自然界には、細かな分類や名前をつけるという概念自体が存在しなかったのだ。

 

「成程‥‥。とすると、私たちは新種を発見したことになりますね」

 

星奈の言葉を聞いたリンネはパッと顔を輝かせた。

 

「地球のルールだとね、新種の生物を発見した人には、その種族に名前をつける権利があるんだよ! だから、私たちが二人の種族の名前を考えてあげる!」

 

「本当!? えへへ、なんだかワクワクするわね」

 

竜人の少女も、星奈の提案に嬉しそうにパタパタと翼を揺らす。

 

「じゃあ、まずはクマちゃんの方から……」

 

リンネが、処置台の上でゴロゴロと喉を鳴らしている子熊を見つめた。

 

「お顔がとっても小さくて可愛いし、背中には妖精さんみたいな立派な翼が生えているね」

 

「うん。だから、種族名は『フェアリー・ショートフェイス・ベアー』なんてどうかな?」

 

愛里寿が落ち着いたトーンで提案した。

 

「フェアリー・ショートフェイス・ベアー! カッコいいし、可愛い! ぴったりだね!」

 

星奈もリンネも大賛成だ。子熊も自分のことだと分かったのか、「キュウ!」と元気よく鳴いて見せた。

 

「次は私の番ね! どんな名前になるのかしら?」

 

竜人の少女は期待に満ちた瞳で三人を交互に見上げる。

 

「ええっと……着ているお洋服が、中国のチャイナドレスみたいだよね。なんだか魔法使いっていうより、『仙人』や『仙術士』みたいな不思議な雰囲気があるし」

 

リンネが少女の姿を観察しながら呟く。

 

「それに、立派な角と翼、それに尻尾は『竜(龍)』の証だよね。だったら……仙人と竜を合わせて、『仙竜(せんりゅう)』っていうのはどうかな?」

 

愛里寿の言葉に、星奈がポンと手を打った。

 

「『仙竜』! 成程…確かに強そうな雰囲気があります! あなたの種族は、今日から『仙竜』ですね」

 

「仙竜……うん、すっごく気に入ったわ! ありがとう!」

 

少女は自分の新しい種族名に大満足の様子で、空中でくるりと宙返りをした。

 

「でも、これはあくまで『種族』の名前だからね。今度は、二人だけの『個人の名前』をつけなくちゃ」

 

星奈が腕組みをしてウンウンと唸る。

 

「あの、クマちゃんの名前なんだけど……私、つけたい名前があるの」

 

控えめに手を挙げたのは愛里寿だった。

 

「おおっ、愛里寿ちゃん、何かいいアイデアがあるの?」

 

「うん。この子の名前……『ヴォイテク』はどうかな?」

 

「ヴォイテク? なんだか強そうな響きだね。どういう意味なの?」

 

リンネが不思議そうに尋ねると、愛里寿はふわりと微笑んで説明を始めた。

 

「第二次世界大戦の時にね、ポーランド軍に所属していた実在のシリアヒグマの名前なの。兵隊さんたちと一緒に荷物や弾薬を運んで大活躍して、なんと『伍長』の階級まで持っていた、とっても立派で賢いクマさんなんだよ」

 

「ええっ! クマさんが軍隊で伍長さんだったの!? すごーい!」

 

リンネが目を丸くして驚く。

 

「私も束姉さんから聞いたことがありますね」

 

「この子も、小さな体で一生懸命に怪我を乗り越えた強い子だから……ヴォイテクみたいに、優しくて勇敢な子になってほしいなって思って」

 

星奈の回答に愛里寿がそっと子熊の頭を撫でると、子熊は気持ちよさそうに目を細め、愛里寿の手のひらに頬をすり寄せた。

 

「キュァ、キュッ!」

 

その様子は、間違いなく新しい名前を喜んでいるように見えた。

 

「決まりだね! あなたは今日から『ヴォイテク』だよ!」

 

星奈が笑顔で宣言する。

 

「じゃあ、あとは仙竜ちゃんの名前だね。どんなのがいいかなぁ……」

 

「そうね、ヴォイテクがかっこいい名前だから、私も素敵な名前がいいな!」

 

四人が和気あいあいと頭を悩ませていた、まさにその時だった。

 

プシュゥッ、と医務室の自動ドアが開いた。

 

「もう、三人ともこんなところで何しているの? 探したのよ」

 

少し呆れたような声と共に姿を見せたのは、ラボラトリー・アクエリアス戦術長であるティアナ・ランスターだった。

 

「あっ、ティアナさん!」

 

「お昼ご飯の時間になっても食堂に来ないから、迷子にでもなったのかと思って――」

 

言いかけながら医務室の中へと足を踏み入れたティアナの言葉は、そこでピタリと止まった。

 

彼女の視線の先には、処置台の上で愛里寿に撫でられている翼の生えた豆柴サイズの子熊(ヴォイテク)と宙に浮きながらこちらを不思議そうに見つめる妖精サイズの竜人の少女(仙竜)がいた。

 

「…………えっ?」

 

ティアナは目を瞬かせ、三人と二匹(?)を交互に見比べた。

 

そして、自分の目をこすり、もう一度見る。

 

「ええええええっ!?」

 

医務室に、ティアナの素っ頓狂な叫び声が響き渡った。

 

「な、なによこの子たち!? 翼の生えたクマ!? それに、極小サイズの竜人!? あんたたち、どこからこんな……っていうか、生きているわよね!?」

 

「あはは……ティアナさん、落ち着いて」

 

驚きのあまり後ずさるティアナに、星奈が苦笑いしながら駆け寄る。

 

「実はかくかくしかじかで、私たちが格納庫のコンテナに隠れていたこの子たちを見つけたんです」

 

星奈、愛里寿、リンネの三人は、事の顛末をティアナに説明した。

 

エラトラ星系で時空管理局の悪い局員たちが密猟を行っていたこと。

 

怪我をして逃げ込んできた二体を助けたこと。

 

そして、藤堂艦長やギンガ副長も事情を把握し、この子たちを保護して星系から離脱したこと。

 

「な、なるほど……」

 

全てを聞き終えたティアナは、大きなため息をつきながら額を押さえた。

 

「管理局の腐敗局員による密猟……ね。全く、どこの世界にもしょうもない連中はいるものね。それにしても、藤堂艦長も思い切った決断をしたわね。下手をすれば外交問題どころの騒ぎじゃないわよ」

 

元は魔法世界の事情にも通じているティアナだけに、事態の深刻さはすぐに理解できた。

 

しかし、それと同時に目の前で無邪気に自分たちを見つめる幻獣たちの姿を見て、彼女の口元も自然と綻んだ。

 

「まあ、この子たちを見捨てなかったのは、あんたたちも艦長も立派だったわ。結果オーライってやつね」

 

ティアナはしゃがみ込み、空中に浮かぶ仙竜の少女と視線を合わせた。

 

「初めまして。私はティアナ。ティアナ・ランスターよ。この船の戦闘をつかさどる部門のトップのお仕事をしているの。よろしくね」

 

「ティアナね! 私は……えっと、今はまだ名前を考えてもらっているところなの! 種族は『仙竜』よ!」

 

元気いっぱいに答える少女に、ティアナはクスッと笑った。

 

「そう。じゃあ、お腹も空いたことだし、食堂に行きながら名前の続きを考えましょうか。特製のランチプレートが冷めちゃうわよ」

 

「わぁい、ご飯! 行こう行こう!」

 

星奈たちは嬉しそうに立ち上がり、ヴォイテクをそっと抱き上げた。

 

予定外の出会いから始まった彼らの旅は、また一人、頼もしい仲間を交えて、さらに賑やかなものになろうとしていた。

 

「あ、そうそう! 言い忘れてたけど、その子たちは食堂には連れて行けないわよ?」

 

うきうきとヴォイテクを抱き上げようとした星奈たちに、ティアナが人差し指を立てて制した。

 

「ええっ!? なんでですか、ティアナさん?」

 

星奈が不満そうに声をあげる。

 

「当然でしょう。この艦は軍艦で、しかも宇宙船なの。食品衛生管理の基準は厳格だし、いくら治療が終わったとはいえ、まだ詳細な検疫が終わっていない異星生物をいきなり大勢の人間が食事をする場所に連れて行くわけにはいかないわ」

 

「うぐ……言われてみれば、確かにその通りですね……」

 

愛里寿も冷静になって頷いた。いくら可愛らしくても、衛生面や安全面の規律は守らなければならない。

 

「えーっ……! 私もお腹空いたのに、お留守番なの……?」

 

仙竜の少女が、両翼をスンと落としてショボンとする。

 

「君たちの食事は、私が責任を持って専用の安全な栄養フードを用意するよ」

 

医務官が優しく笑いながら、小さな器に動物用のペースト状サプリメントとフレッシュフルーツを用意してくれた。ヴォイテクは匂いを嗅ぐと、嬉しそうに「キュッ!」と鳴いてペロペロと舐め始めている。

 

「ほら、ヴォイテクも美味しそうに食べているわ。貴女も先生の言うことを聞いてお留守番していてね。ご飯が終わったら、すぐに戻ってくるから!」

 

「……うん、分かったわ! 美味しいご飯、買ってきて(?)ね!」

 

ティアナの言葉に、仙竜の少女もようやく笑顔を取り戻した。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 乗員食堂

 

広々とした乗員食堂は、非番のクルーや整備兵たちで賑わっていた。

トレーにのせられた本日の特製ランチプレート――香ばしく焼かれたステーキと温かいスープ、新鮮な野菜サラダ――を前に、星奈、リンネ、愛里寿の三人は目を輝かせていた。

 

「「「いただきます!」」」

 

元気に手を合わせ、モグモグと料理を口に運ぶ。出航のドタバタや医務室でのハラハラ続きだっただけに、温かい食事は体に沁み渡るようだった。

 

「ふう……美味しかったぁ!」

 

リンネがスープを飲み干して満足そうに息をつくと、向かいに座っていたティアナが、フッと懐かしそうな目を細めた。

 

「どうしたんですか、ティアナさん? 遠い目をして……」

 

星奈が首を傾げると、ティアナはアイスコーヒーのグラスを揺らしながら口を開いた。

 

「ううん……さっき医務室でヴォイテクたちの姿を見て、昔の同僚の事を思い出してね‥‥」

 

「昔の同僚?」

 

「どんな人だったんですか?」

 

「私がかつて時空管理局の『機動六課』っていう特別部隊に所属していた頃、キャロ・ル・ルシエっていう、すっごく優しい女の子がいたの」

 

ティアナは、遠いミッドチルダでの青春の日々に思いを馳せるように語り始めた。

 

「キャロは『竜召喚士っていう珍しい能力の持ち主でね。彼女には『フリード』っていう、小柄な飛竜の相棒がいたのよ。普段はヴォイテクと同じくらいの大きさで可愛らしい竜なんだけど……キャロがピンチになると、彼女の魔法に合わせて巨大で頼もしい大竜に変身するの」

 

「へぇぇっ!大きな竜に変身するんですか!? すごい!」

 

リンネが身を乗り出す。「そう。キャロとフリードは、ただの『飼い主とペット』じゃなかった。魂の深いところで結びついた、かけがえのない『パートナー』だったの」

 

「パートナー……」

 

愛里寿がその言葉を噛みしめるように呟いた。

 

「魔法世界……特に竜や幻獣が存在する世界ではね、人とそうした高位の生物が心を通わせる時に『契約』を結ぶ文化があるのよ」

 

「契約……って、お約束のことですか?」

 

リンネの問いに、ティアナは頷いた。

 

「そう。お互いを唯一無二の存在として認め合い、絆を深めるための儀式みたいなものね。契約を結ぶことで、言葉が通じなくても感情を共有できたり、魔法の力で傷を癒やし合ったり、時にはお互いの能力を限界以上に引き出すことができるようになるの」

 

ティアナの言葉を聞きながら、星奈たちの脳裏には、先ほど医務室で出会った小さな仙竜の少女とヴォイテクの姿が浮かんでいた。

 

自分たちを信じて、恐怖を乗り越えて助けを求めてくれた二匹。

そして、彼らに新しい名前をつけようとしている自分たち。

 

「……あの、ティアナさん」

 

星奈が真っ直ぐな瞳でティアナを見つめた。

 

「私たちも……あの子たちと『契約』できるのでしょうか? ただ助けただけじゃなくて、あの子たちの本当の『相棒』になれるのですか…?」

 

その瞳には、単なる好奇心ではなく、責任感と強い愛情が宿っていた。

 

ティアナは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに目を細め、星奈の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

「ええ、もちろんよ。言葉や生まれた世界が違っても、大切なのは『あの子を守りたい』『ずっと一緒にいたい』っていう純粋な気持ちだからね。あんたたちなら、きっと素敵なパートナーになれるわ」

 

「「「……はいっ!」」」

 

星奈、リンネ、愛里寿の三人は、顔を見合わせて力強く頷き合った。

 

「さあ、そうと決まれば、早くご飯を食べて医務室に戻りましょう! 仙竜ちゃんの名前の続きも、早く考えてあげなくちゃ!」

 

「そうですね! ヴォイテクもお腹を空かせて待っているかもしれませんし!」

 

一気に元気を取り戻した少女たちは、残りのランチを急いで口に運ぶのだった。

 

未知の宙域へと進む探査戦艦の片隅で、少女たちと小さな幻獣たちの間に、新たな「絆」の芽が静かに、しかし確かに芽生えようとしていた。

 

「ただいまー! お留守番、お疲れ様!」

 

昼食を終え、急ぎ足で医務室に戻ってきた星奈たちが声をかけると、処置台の上で丸くなっていた二匹がパッと顔を上げた。

 

「あ、おかえりなさい! ご飯、すっごく美味しかったわ!」

 

「キュウ!」

 

仙竜の少女は満腹になったお腹をさすりながら宙を舞い、ヴォイテクは愛里寿の足元にすり寄ってきた。

 

「ふふっ、二人ともお利口さんにしてたみたいね」

 

ティアナが微笑ましく見守る中、星奈は少し居住まいを正して、仙竜の少女とヴォイテクに向き直った。

 

「あのね、二人にお話があるのです。実はさっき、ティアナさんから『契約』っていうのを聞いたの」

 

「けいやく?」

 

首を傾げる仙竜の少女に、星奈と愛里寿は「契約」――互いを唯一無二のパートナーとして認め合い、心と絆を深く結びつける儀式――について一生懸命に説明した。

 

「私たちは、これからもずっと一緒にいたいって思ってる。ただ助けただけじゃなくて、本当の家族みたいに。だから、私たちと『契約』してくれませんか?」

 

星奈の真っ直ぐな言葉を聞き、仙竜の少女は少しだけ目を丸くした。

 

そして、隣にいるヴォイテクと顔を見合わせる。

 

「……私たち、本当は人間がすっごく怖かったの。でも、星奈たちみたいな『優しい人間』がいることも知ったわ。命をかけて助けてくれたあなたたちとなら……ううん、あなたたちとだから、これからもずっと一緒にいたい。だから、喜んで『けいやく』するわ!」

 

「キュァ!」

 

ヴォイテクも力強く鳴いて、愛里寿の手に自分の小さな前足を乗せた。彼らもまた、命の恩人であり、これから共に生きていく少女たちとの絆を望んでいたのだ。

 

「やったぁ! ありがとう!」

 

星奈は喜んで飛び跳ねた後、クルッとティアナの方を振り返った。

 

「それでティアナさん! その『契約』って、具体的にどうやるんですか!? 握手? それとも魔法の呪文とかあるんですか?」

 

「えっ……?」

 

星奈の勢いに、ティアナは一瞬言葉を詰まらせた。

 

「あー……ごめん。実は私、キャロがフリードとどうやって契約したのか、その瞬間の場面は直接見てないのよね。だから、正確な儀式の方法は分からないの」

 

「えええっ!? そんなぁ!」

 

ズコーッと崩れ落ちるリンネ。

 

「で、でもね! 大切なのは形式じゃないはずよ。互いを想う心と……そう、お互いの『魔力』を通じ合わせるイメージを持てば、自然と道は開けるんじゃないかしら。ほら、強く念じてみて!」

 

ティアナは苦し紛れに、しかし真剣な表情でアドバイスを送った。

 

「心と魔力を通じ合わせる……」

 

愛里寿がそっと目を閉じ、自分の前足を預けているヴォイテクの温もりを手のひらに感じ取った。

 

(ヴォイテク……あなたが安心できるように。ずっと一緒に、歩んでいけるように……)

 

愛里寿の優しく穏やかな想いが、ヴォイテクへと流れ込んでいく。

 

すると次の瞬間、愛里寿の手とヴォイテクの前足が触れ合っている部分から、淡く温かい緑色の光が溢れ出した。

 

「わっ……光った!」

 

リンネが驚きの声を上げる。

 

光は二人の体をふんわりと包み込み、やがて小さな光の粒子となって空中に溶けていった。

 

 

目を開けた愛里寿とヴォイテクは、言葉を交わさずとも互いの心が通じ合っていることを確信し、満面の笑みを浮かべた。

 

「成功だね、ヴォイテク」

 

「キュンッ!」

 

「すごい……! じゃあ、次は私たちだね!」

 

星奈は仙竜の少女と向かい合い、両手を差し出した。

 

少女もその小さな両手を、星奈の手のひらに重ねる。

 

「いくよ……心と魔力を、一つに……!」

 

星奈が自身のデバイスに込められた魔力と、心の奥底にある熱い想いを少女へと注ぎ込む。

 

仙竜の少女が持つ固有の魔力と、星奈の魔力が波長を合わせ、深く同調していくのが分かった。

 

カァァァッ……!

 

眩い黄金色の光が医務室を照らし出す。それは愛里寿たちの時よりもずっと力強く、それでいて温かな光だった。

 

光が収まると、星奈と少女の間には、目に見えない強固な絆のパスが繋がっていた。

 

「わぁ……なんか、心の中がポカポカする! あなたの気持ち、直接伝わってくるみたい!」

 

「私も! 星奈のワクワクしてる気持ちが分かるわ!」

 

二人は手を取り合って、くるくるとその場で回って喜んだ。

 

「驚いたわね……」

 

その様子を見ていたティアナは、目を丸くして感嘆の息を漏らした。

 

星奈と仙竜の少女の契約は、魔力同士の強い同調が引き金になったことが見て取れた。

 

しかし、ティアナが驚いたのはそれだけではない。

 

(てっきり、デバイスを持っていて魔力の扱いに慣れている星奈とリンネが成功して、愛里寿ちゃんは苦労するかもって思ってたんだけど……まさか、愛里寿ちゃんがあんなにすんなりと契約を成功させるなんて)

 

純粋な心の結びつきだけでも、契約は成り立つ。愛里寿とヴォイテクの姿は、それを証明していた。

 

「……よかったね、星奈ちゃん、愛里寿ちゃん」

 

一人契約の相手がいなかったリンネは、二人の成功を心から喜びつつも、自分の両手を見つめてほんの少しだけ寂しそうな笑顔を見せた。

 

その様子に気づいたティアナは、リンネの肩に優しく手を置いた。

 

「リンネちゃん、焦る必要はないわ。私たちの旅はまだ始まったばかり‥‥この先、まだまだたくさんの未知の星に行って、いろんな幻獣や生物と出会うはずだから。きっとリンネちゃんにも、運命のパートナーが見つかる可能性は十分にあるわ」

 

「ティアナさん……はい! そうですよね、これからの探査が楽しみです!」

 

ティアナの励ましに、リンネの表情はすぐにパッと明るくなった。

 

「あ、名前!」

 

星奈がポンと手を打った。

 

「クマちゃんは『ヴォイテク』になったけど、あなたの名前、まだ決まってなかったよね」

 

リンネは、新たにパートナーとなった仙竜の少女を真っ直ぐに見つめた。

 

「うん! 私に、星奈が名前をつけて!」

 

「分かりました……あなたを見つけた時、鱗や翼が夜空の星みたいにキラキラしていて、とっても綺麗だなって思ったのです。それに、いろんな色の光をまとっているみたいでしたので……」

 

星奈は少しだけ照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。

 

「『星彩(せいさい)』っていうのはどうでしょう? 星のように美しく彩る、っていう意味なのですが……」

 

「星彩……せいさい……」

 

少女はその響きを口の中で何度も転がすように呟いた。

 

そして、パァッと顔を輝かせて、星奈の胸元へと飛び込んだ。

 

「すっごく素敵な名前! 私、今日から『星彩』よ! ありがとう、星奈!」

 

「ふふふ、よろしくお願いします、星彩!」

 

予期せぬ密航から始まり、密猟者からの救出、そして新たな絆の結実。

 

医務室には、ヴォイテクを抱きしめる愛里寿、星彩と笑い合う星奈、そしてそれを温かく見守るリンネとティアナの明るい笑い声が響いていた。

 

次なる未知なる宙域を目指し、次元跳躍の光の中を進む『ラボラトリー・アクエリアス』。

 

彼女たちの冒険は、かけがえのない「家族」を迎えて、さらに輝きを増していくのだった。

 

 




次回 資源星系・領海侵犯
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