内惑星艦隊の奮闘   作:島田愛里寿

226 / 230
第百八十七話 接触

さて、第一次次元世界探査艦隊は資源惑星での調査を終え、再度次元転移を実行。

 

とある自然豊かな惑星の上空に達した。

 

しかし…

 

晴風型重雷装駆逐艦 『晴風』

【挿絵表示】

 

『長距離レーダーの不調、依然直りませ~ん!』

 

晴風は全探査艦隊の先遣艦としてこの海が多い惑星の空を飛行していたのだが、惑星に降下した際にこの星の鳥とバードストライクを起こした為、空間レーダーが不調を起こしてしまったのだ。

 

和住媛萌応急長が、応急班を率いて大気圏航行中に危険であるにも関わらず、必死に修理を行った。

【挿絵表示】

 

しかし、近距離はともかく長距離探査のシステムの不調が一向に治らず、船務長の宇田慧はレーダー担当として必死に機器を操作しているが、上手く行かず、和住も悲鳴に近い報告をあげていた。

 

「ハァ~全く…ついてない…」

 

「うぃ」

 

副長の宗谷ましろは口癖の『ついてない』を言いつつも、操艦を行っており、その言葉に武御雷から移動してきた立石志摩も口癖の『うぃ』を言っていた。

 

立石は武御雷では、砲術長の朝田の補佐をしていたが、暗黒星団帝国との戦いの後に行われた防衛軍の再編に伴い、晴風の砲術長に就任していたのだ。

【挿絵表示】

 

親友の西崎芽依は彼女と再会できたことを喜んでいたが、他の晴風の面々は立石の砲術指揮の高さに舌を巻く結果となった。

 

とはいえ、普段はカレー好きな口数の少ない女性士官であるので、すぐになじんだのだが…

 

現在、晴風は雲海の空を航行しており、目視での周辺警戒を行わなかければならず、後続として沖風、天津風、時津風と続いている。

 

本来であれば、沖風を前衛に変更するべきなのであるが、この雲海地帯はどういうわけか空間レーダー以外の探査システムが上手く働かず、追尾システムを今さら停止するわけにもいかないのでとにかく雲海を突破するまではこの状態で動くしかないのだ。

 

「うん?」

 

艦橋上部の観測室から艦の前方を索敵していた野間マチコは何かを感じ取り、眼鏡をはずして前方に目を凝らしていると…

 

「っ…!?」

 

前方に船影を視認した。

 

晴風 艦橋

 

『警報!前方より不明船!!』

 

「っ!?面舵一杯!回避に移る!!沖風、天津風、時津風にも伝えろ!!」

 

ましろはそう言いながら操舵ハンドルを回した。

 

晴風の転舵直後、そこには謎の船舶…次元世界の次元航行貨物船が現れた。

 

相手も相当慌てているようで、必死に別の方向に進路を変更しようとしていた。

 

なんせ、所属不明の四隻の大型艦の他にその背後から大量の艦船の反応を探知したのだ。

 

その貨物船の船長はすぐさま時空管理局に通報した。

 

 

次元航行艦 クラウディア

【挿絵表示】

 

「何?所属不明の大型艦多数??」

 

クロノはその報告にやっと目的の相手を捕捉したと判断した。

 

「場所は?」

 

「ここから近いです!!」

 

「よし、急ぐぞ!!」

 

(もしかしたら、我々が追跡している謎の航跡と何か関係があるのかもしれない)

 

クラウディアは直ちに向かった。

 

一方、ラボラトリー・アクエリアス側も大慌てであった。

 

探査艦隊は、この星もほぼ無人の宙域だと判断していたのだ。

 

にもかかわらず、次元貨物船と先遣艦の晴風や沖風、天津風、時津風がニアミスしたと言うのだ。

 

地球連邦防衛宇宙海軍上層部からは時空管理局と接触しても構わないと言われてはいたが、藤堂としては可能な限り時空管理局との接触は避けたかった。

 

調査任務に支障が出るし、何より面倒な事態になるからだ。

 

「各艦、直ちに衛星軌道上へ移動!次元転移の準備に入れ!」

 

「了解!各艦に伝達!!」

 

「と、藤堂司令!マーズの星野艦長より、即座の転舵には時間が掛かると!」

 

ギンガは藤堂に星野からの情報を伝える。

 

そう。マーズはその巨体から大気圏内での航行には大きな難があり、防衛軍側でも大気圏内で運用試験は行ってこなかった。

 

その実地試験もかねて今回は全次元世界探査艦隊所属艦艇を大気圏内で艦隊行動を行わせていたのだが、マーズの巨大な船体は大気圏内では動きが宇宙空間時よりも鈍重な為、衛星軌道上への移動が手こずってしまっているのだ。

 

「移動可能な艦から移動を開始!マーズと本艦は殿となる!!」

 

藤堂の指示を受けた各艦は独自に衛星軌道上への移動を開始。「ちはや」や「おうみ」、「神威」を先陣として『長波』『清霜』『陽炎』が護衛として移動、『長門』、『マサチューセッツ』、『グラーフ・ツェッペリン』、『アドミラル・グラーフ・シュペー』もそれに続いた。

 

『アルフェラッツ』と『パスカルメイジ』は『晴風』『沖風』『天津風』『時津風』らと合流して移動を開始した。

 

最後にマーズとラボラトリー・アクエリアス、そして改クレイモア級超弩級自動戦艦BBB-14『草薙(くさなぎ)』が『SS伊400』と共に移動を開始することになったが、そこについにクラウディアに見つかった。

 

 

クラウディア 艦橋

 

「前方に大型艦を確認!!」

 

「な、なんだ!?あの巨艦は!?」

 

クラウディアの副長はマーズの巨体に仰天していた。

 

なんせ、マーズは㎞クラスの大きさだ。

 

クラウディアから見れば、マーズはもはや一隻の艦というより、巨大なコロニーのような宇宙施設そのものに見えた。

 

「直ちに停船信号を送れ!あのマークは地球連邦の物のはずだ!英語と日本語で送れ!!」

 

クロノはそう指示するが、マーズとラボラトリー・アクエリアス、草薙、伊400の方が僅かに動きが早かった。

 

クラウディアが通信を送る前に四隻はすぐさま衛星軌道上へ移動を開始し、手早く次元転移を行った。

 

「逃げられました!」

 

「トレースを行え!本艦も追いかけるぞ!!」

 

クロノは即座にそう指示した。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 艦橋

 

ワープによる異次元空間の波に突入し、周囲の景色が通常空間から異次元空間へ変わったのを確認すると、藤堂艦長は静かに息を吐き、指揮席の背もたれに体を預けた。

 

「なんとか離脱できたか。マーズの星野艦長も、大気圏内でのあの巨体の操艦、肝を冷やしただろうな」

 

「はい。ですが、離脱の直前、完全に相手のセンサーに捕捉されていました。映像データ、メインモニターに出します」

 

副長であるギンガ・ナカジマの操作により、スクリーンには衛星軌道上へ上がる直前に後方から迫ってきていた白い巡航艦の姿が映し出された。

 

「‥‥副長、あの艦に見覚えは?」

 

藤堂の問いに、ギンガは真剣な面持ちで頷いた。

 

「はい。時空管理局の次元航行艦です。形状からXV級次元航行艦かと推測されます。おそらく、我々がエラトラ星系に残した痕跡を辿って追跡してきたのでしょう」

 

「なるほど。向こうの警察機構のエリート殿というわけか」

 

藤堂が顎を撫でていると、通信士が声を上げた。

 

「司令! 離脱の寸前、該当の艦から通信信号を受信していました。解析の結果……言語は『英語』および『日本語』。我々の艦体に描かれた地球連邦のマークを認識し、停船と通信を求めていたようです」

 

「ほう。時空管理局は、我々の言語と『地球連邦』という存在をすでに把握しているのか?」

 

「はい。これまで何度か管理局と接触がありますし、次元漂流者や捕虜の引き渡しを公式に行っていましたから‥‥」

 

藤堂は鋭い視線をモニターに向けた。

 

防衛軍の上層部からは「必要であれば接触も可」と許可を得ている。

 

しかし、現状は純粋な探査任務の真っ最中であり、しかも相手はエラトラ星系での密猟事件のような内部の腐敗を抱えている組織だ。

 

かの組織に所属している皆が皆、腐敗している者とは限らない。

 

だが、今ここで正面から接触すれば、面倒な政治的・外交的トラブルに巻き込まれるのは火を見るより明らかだった。

 

「今はまだ、その時ではないな。各艦、このまま次元跳躍を維持。相手の追跡を振り切るよう、航路を複雑化させろ」

 

「了解!」

 

ギンガがテキパキと指示を出す中、彼女は内心で少しだけ焦りを感じていた。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 居住区・ラウンジ

 

一方、艦橋での緊迫したやり取りを知らない星奈たちは、突然の急上昇と次元跳躍の微細な振動に目を丸くしていた。

 

「わわっ、急にフワッて浮く感じがしましたね!」

 

リンネがテーブルに置かれたジュースのグラスを慌てて押さえる。

 

「キュゥッ!?」

 

「大丈夫だよ、ヴォイテク。ちょっと揺れただけだからね」

 

愛里寿は驚いて身をすくませた子熊のヴォイテクを優しく胸に抱き寄せ、その背中を撫でた。

 

「何かあったのでしょうか? さっきまで、青い空と雲が見えていたのに……もう超空間に入ってしまいましたね?」

 

星奈が窓の外を流れる極彩色の光の帯を不思議そうに見つめる。

 

その時、ラウンジの自動ドアが開き、少し息を切らせたティアナが入ってきた。

 

「ごめん、ごめん、みんな無事? 急な加速で驚かせちゃったわね」

 

「ティアナさん。あの、外に何かいたのですか?」

 

星奈の問いに、ティアナは少し困ったような、苦笑いを浮かべた。

 

「ええ……ちょっとね。予定外の『お客さん』と鉢合わせしそうになっちゃって、艦長が急いで逃げる判断をしたのよ」

 

「お客さん……? もしかして、また悪い密猟者の人たちですか!?」

 

星奈の肩に乗っていた仙竜の少女、星彩がビクッと翼を震わせる。

 

「ううん、違うわ。多分だけど……」

 

ティアナは言葉を選びながら答えた。

 

(XV級の次元航行艦が出張ってくるなんて‥‥間違いなく、エラトラ星系の件で本局が動いている。艦隊の存在がバレるのは時間の問題ね)

 

「多分ならどうして逃げるんですか?」

 

リンネが小首を傾げる。

 

「大人の事情ってやつよ。この艦隊は、まだいろんな世界に知られちゃいけない『秘密の任務』をしている最中だからね。お互いにびっくりしないように、今は隠れんぼしているの」

 

ティアナがウインクをして見せると、星奈たちは「なるほどー」と素直に頷いた。

 

「隠れんぼなら、絶対に逃げ切らないとですね!」

 

「キュウ!」

 

リンネとヴォイテクの元気な声に、ティアナは苦笑しながらも、「ええ、絶対に捕まらないように祈っていてね」と内心の冷や汗を隠して答えた。

 

 

クラウディア 艦橋

 

同じ頃、追跡を開始したクラウディアの艦橋では、クロノ・ハラオウンがスクリーンに映る巨大な次元航跡を険しい表情で睨みつけていた。

 

「対象艦隊、依然として次元空間を高速で移動中! 航路を複雑化させていますが、質量が大きすぎるためトレースは完全に可能です!」

 

オペレーターの報告にクロノは無意識にコンソールの縁を強く握りしめた。

 

「あれほど巨大なキロメートル級の戦艦を、大気圏内からあれほどスムーズに、しかも一瞬で次元跳躍させるだと……?

ミッドチルダの最新鋭艦でも、あれほどの質量を制御するのは不可能に近いぞ」

 

クロノの驚愕はもっともだった。魔法技術をベースとする時空管理局の常識から見ても、先ほどの『マーズ』や『ラボラトリー・アクエリアス』が見せた機動とシステムは、完全に異次元のテクノロジーだった。

 

「提督。先ほど送った通信信号への応答は、一切ありませんでした。しかし、彼らの艦体に描かれていたマークは、間違いなく我々のデータベースにある『地球連邦』のものと一致します」

 

「やはりそうか……」

 

クロノは低く唸った。

 

地球連邦‥‥かつてフェイトやティアナたちが次元漂流したもう一つの地球‥‥

 

その技術は時空管理局が持っている技術力を優に超える技術を持っている。

 

「彼らは明らかに我々の通信を受信し、こちらを認識した上で、あえて接触を避けて逃亡した。となれば、単なる迷子や民間船ではない。高度に組織化された艦隊だ」

 

なぜ彼らはこれほど大規模な艦隊を編成し、未知の次元世界を飛び回っているのか?

 

エクリプスウイルスの蔓延と何か関係があるのか?

 

それとも、全く別の目的があるのか?

 

「ここで逃がせば、次いつ接触できるか分からない。この次元の波を越えた先がどこであろうと、必ず追いつくぞ。最大戦速を維持しろ!」

 

「了解! 最大戦速!」

 

クラウディアの機関が限界まで唸りを上げる。

 

逃げる地球連邦防衛宇宙海軍の『第一次次元世界探査艦隊』と、それを追う時空管理局のエリート指揮官。

 

光のトンネルの中で繰り広げられる、次元を超えたチェイスは、まだ始まったばかりであった。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 艦橋

 

「司令! 後方のXV級次元航行艦、依然として当艦隊の航跡をトレースしています! 距離、徐々に縮まっています!」

 

オペレーターからの緊迫した報告に、藤堂は腕を組んだまま鋭い視線をモニターへと向けた。

 

「随分としつこいな……しかし、乗員は中々優秀みたいだな……」

 

藤堂は相手の執念と操艦技術の高さを内心で評価しつつも、ここで捕まるわけにはいかないと決断を下した。

 

「これ以上の鬼ごっこは不毛だな。艦隊の存在を見られた以上、いずれ正式な接触は避けられないだろうが……」

 

藤堂は通信コンソールを開き、各艦への指示を飛ばした。

 

「『パスカルメイジ』および『アルフェラッツ』に指示! 次元空間対応型のアクティブ・ジャミングを展開。同時に質量デコイを散布し、偽装航跡を複数構築しろ。本隊はジャミング展開と同時に次元深度を一気に深め、別宙域へと離脱する!」

 

逃げ切れるうちには徹底的に逃げる事にした。

 

「了解! パスカルメイジ、アルフェラッツに電子戦システム起動を指示します!」

 

ギンガが力強く応答し、コンソールの上で指を走らせた。

 

 

クラウディア 艦橋

 

「提督!対象艦隊との距離、さらに詰まりま――っ!?」

 

その時、クラウディアのレーダーコンソールに向かっていたオペレーターが悲鳴のような声を上げた。

 

メインスクリーンに表示されていた巨大な次元航跡の光帯が、突如として無数に分裂し、四方八方へと散開し始めたのだ。

 

「何が起きた!?」

 

クロノが身を乗り出すと、オペレーターは信じられないものを見るような目でデータを読み上げた。

 

「た、対象の次元波形が分裂! 4、8、16……さらに増殖しています! 全方位に同規模の質量反応! 本物と識別不可能です!」

 

「次元空間内での広域ジャミングと質量デコイだと……っ!?」

 

クロノの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 

通常空間ならいざ知らず、次元の波が荒れ狂う超空間内でこれほど精密かつ大規模な電子戦(ECM)を行うなど、時空管理局の技術を以てしても至難の業である。

 

「提督、本命の反応を見失いました! 全ての波形が徐々に散逸していきます……対象艦隊の航跡、完全にロスト! 現時点で追跡不能です!」

 

スクリーンから光の帯が次々と消え去り、後には静寂な次元空間のノイズだけが残された。

 

またしても追跡を振り切られたのだ。

 

しかも圧倒的な技術力を見せつけられる形で‥‥

 

「……機関出力低下。通常航行に戻せ」

 

クロノは静かに息を吐き、指揮席に深く腰を下ろした。

 

(やはり、もう一つの地球と我々管理局とでは技術の差が有り過ぎる‥‥)

 

悔しさはあったが、それ以上に、相手が「反撃」ではなく「電子戦とデコイによる離脱」を選んだ事実が、彼の思考を冷静にさせていた。

 

(あれほどの戦力がありながら、一切の攻撃を行わずに逃走を選んだ。やはり、彼らに明確な敵意はないと言うのか……?)

 

(ならば一体彼らは何の目的で‥‥?)

 

クロノが考え込んでいると、

 

「提督、どうしますか?一連の出来事を本局へ報告しますか?」

 

オペレーターがクロノに尋ねる。

 

「‥‥いや、これは後で僕が報告書を作成して統括官に提出する」

 

クロノは一連の出来事をリンディと一部の信頼できる者だけに伝える事にした。

 

あまり大々的に報告をすると、管理局の全艦艇で追跡をしかねない。

 

もしも強硬派な指揮官が乗艦する艦が接触すれば戦闘は避けることが出来ない。

 

そうなれば双方に被害が及ぶ。

 

そもそも今回の任務はエラトラ星系での謎の現象解明が任務だった。

 

その現象の正体が地球連邦の宇宙艦船が引き起こした事だと結論付けた。

 

ならば、これ以上の追跡は無用だ。

 

クロノは本局への帰投命令を出した。

 

 

時空管理局本局 執務室

 

クロノからの報告書に目を通していたリンディは、静かに息を吐き出した。

 

「……やっぱり、あの時の違和感は間違いじゃなかったのね」

 

エラトラ星系での大規模な質量反応。それが未知の超巨大艦隊によるものだという報告に、リンディの表情は険しい。

 

「でも、クロノが追跡を打ち切ったということは……少なくとも、彼らは明確な敵意を持っているわけではないのかしら?」

 

彼女はモニターに映る『地球連邦』のエンブレムを見つめながら、かつて接触した異世界の者たちに思いを馳せた。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 艦橋

 

「次元ジャミングおよび質量デコイ、正常に機能。後方のXV級次元航行艦の追跡反応……完全にロストしました。振り切りました!」

 

ギンガの報告がブリッジに響くと、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

 

藤堂は腕を組み、静かに息を吐き出す。

 

「よし。各艦、現在の次元深度を維持しつつ、予定の第4合流ポイントへ向かえ。パスカルメイジとアルフェラッツの電子戦部隊には『よくやった』と伝えておいてくれ」

 

「了解しました!」

 

ギンガはコンソールに向かいながら、今回の功労者たちに通信を送った。

 

 

ラボラトリー・アクエリアス 居住区・ラウンジ

 

「……ふぅっ」

 

端末で艦橋からの『追跡機ロスト、通常巡航へ移行』の暗号通知を受け取ったティアナは、誰にも気づかれないように小さく、けれど深い安堵の溜息を漏らした。

 

「ティアナさん? どうかしたのですか?」

 

星奈が不思議そうに首を傾げると、ティアナはいつもの明るい笑顔を作ってパチンとウインクをした。

 

「ううん、何でもないわ! 今、艦長から連絡があってね。無事に『隠れんぼ』、大成功で逃げ切ったみたいよ!」

 

「おおっ! やりましたね!」

 

「やったー! 艦長さんたち、すごい、すごい!」

 

「キュウッ!」

 

星奈とリンネ、そして愛里寿の腕の中でヴォイテクが嬉しそうに歓声を上げる。

 

星彩もパタパタと翼を羽ばたかせて喜んでいる。彼女たちにとって、この宇宙を股にかけた大逃走劇も、まだスリル満点な冒険のワンシーンに過ぎないのだ。

 

(この子たちの笑顔を守るためにも、面倒な政治問題にはまだ巻き込ませられないものね。……でも、本局に尻尾を掴まれた以上、これからの航海はもっと慎重にいかないと)

 

ティアナは子供たちの無邪気な姿に癒されつつも、気を引き締め直した。

 

 

晴風型重雷装駆逐艦『晴風』 艦橋

 

一方、合流ポイントへ向けて次元空間を航行する先遣艦『晴風』の艦橋では、乗組員たちがどっと疲れたように肩を落としていた。

 

「はぁ~……全く、ついてない……」

 

副長の宗谷ましろは、操舵輪から手を離して深々とシートに沈み込んだ。

 

長距離レーダーが故障し、目視と手動での索敵を強いられている最中に未知の船と遭遇し、さらには味方艦隊の緊急次元跳躍にタイミングを合わせて飛び込まなければならなかったのだ。

 

一歩間違えれば次元の波に飲まれていたかもしれない。

 

「うぃ。でも、なんとか間に合ってよかった」

 

砲術長の立石志摩が、いつものように短く相槌を打つ。

 

「しかし、あの追跡船……時空管理局って言いましたっけ? 随分と洗練されたデザインでしたね?うちの防衛軍のゴツい船とは大違いですよ…」

 

船務長の宇田慧が機器の調整を続けながらぼやくと、ましろは小さく頷いた。

 

「ええ。でも、相手の素性が分からない以上、藤堂司令の接触回避の判断は正しいわ。……和住さん、レーダーの復旧は急がせて。これ以上、目隠し状態で次元世界を飛ぶのは御免だからね」

 

「わ、分かってまーす! 応急班、フル稼働でやっていますから~!」

 

通信機越しに聞こえる和住の悲鳴に、艦橋内に苦笑いが広がり、遅れて来た艦長の岬明乃が困惑してしまった。

 

時空管理局本局 特務六課専用艦『アースラⅡ』

【挿絵表示】

 

ミッドチルダの軌道上に停泊する最新鋭艦『アースラⅡ』の執務室。

 

そこには、新設された特務六課の部隊長であるはやてと、なのは、そしてフェイトの三人が集まっていた。

 

「……これが、クロノ君から送られてきたエラトラ星系周辺の調査報告書と追跡データの詳細や」

 

はやてが真剣な表情で空間モニターに資料を展開する。

 

そこには、エラトラ星系に残された巨大な質量痕跡とクラウディアのセンサーが辛うじて捉えた『キロメートル級の超巨大艦』の不鮮明なシルエットが映し出されていた。

 

「これ……魔法技術の船じゃない。それにこの大きさ、ちょっと規格外すぎるよ……!」

 

なのはが息を呑む。

 

「クロノ君の報告によれば、相手は次元空間内で極めて高度なジャミングと質量デコイを展開して、クラウディアの追跡を完全に振り切ったらしい……魔法抜きで、それだけの次元電子戦をやってのける技術力。そして何より……」

 

はやてがモニターの一部を拡大する。

 

そこに映っていたのは、逃走した艦の装甲に描かれていたエンブレムだった。

 

「っ……!! このマーク……!」

 

フェイトの瞳が大きく見開かれた。

 

「フェイトちゃん、心当たりがあるんか?」

 

「……ええ。間違いないわ。私が次元漂流して、ティアナたちが残る決断をした、あの世界の……地球連邦の防衛軍のマークよ」

 

フェイトの言葉に、執務室に静寂が落ちた。

 

かつて殉職したと思われていたギンガが生き、ティアナが自らの意思で残った、もう一つの強大な世界。

 

「つまり、その『地球連邦』の大艦隊が、今この次元世界を大々的に動き回っとるっちゅうことやな……」

 

はやては険しい顔つきになった。

 

「単なる探査か、それともエクリプスウイルスやフッケバインの動きと何か関係があるのか……いずれにせよ、彼らの動きを無視するわけにはいかへん」

 

はやては立ち上がり、なのはとフェイトを力強く見つめた。

 

「特務六課の初仕事や。エクリプス、フッケバインの捜査と並行して、この『地球連邦の探査艦隊』の目的と行方を追う。みんな、準備はええな?」

 

「うん! 全力でいくよ!」

 

「ええ、もちろん!」

 

かつての仲間たちが属する未知の艦隊と、次元世界の平和を守る特務六課。

 

二つの運命の糸が、静かに、だが確実に交差しようとしていた。

 

異次元空間に存在する”海“の総本山である本局‥‥

 

その広大な格納庫に降り立ったスバル・ナカジマは、見上げるような天井と最新鋭の設備を前に、感嘆の息を漏らした。

 

「大きいな……これが、私たちの新しい『家』……アースラⅡ」

 

救助隊の制服から支給されたばかりの特務六課の真新しい隊服に身を包んだスバルは、右手に提げたボストンバッグを握り直す。

 

胸の奥では、相棒であるインテリジェントデバイス『マッハ・キャリバー』が、主の静かな高揚に応えるように微かな鼓動を打っていた。

 

港湾特別救助隊での日々も誇り高き任務だった。

 

だが、こうして再び前線の戦闘部隊――それも、かつて自分のすべてを叩き込んでくれた隊長たちが率いる部隊に招集されたとなれば、自然と背筋が伸びる。

 

スバルが力強い足取りで艦の奥へと進むと、

 

「スバル!」

 

ブリーフィングルームの自動ドアが開いた瞬間、懐かしく温かい声がスバルを出迎えた。

 

振り返った先には、不屈のエースであるなのはと執務官服に身を包んだフェイトが優しい笑顔を浮かべて立っていた。

 

「なのはさん! フェイトさん! スバル・ナカジマ、只今をもって特務六課に着任しました!」

 

ビシッと敬礼を決めるスバルに、なのははクスッと笑ってその肩を優しく叩いた。

 

「ふふっ、堅苦しい挨拶は抜きでいいよ。レスキューでのスバルの活躍、ずっと聞いていたからね。また一緒に飛べることになって、すごく嬉しいな」

 

「私もよ、スバル。あなたが来てくれて本当に心強いわ」

 

フェイトも目を細めて歓迎する。

 

その傍らから、「おーっ、スバルじゃん! 久しぶりッスねー!」と元気な声が飛んできた。

 

元ナンバーズのウェンディと、チンク、ディエチの三人だ。

 

「ウェンディ! チンクにディエチも! そっか、みんなも特務六課に配属されたんだね」

 

「ああ。またお前とドンパチやることになるとはな。背中、預けさせてもらうぞ」

 

チンクがニヤリと笑い、ディエチも静かに頷く。

 

かつての機動六課の絆と、かつては敵対したものの今は頼もしい家族となった者たち。

 

この顔ぶれを見るだけで、スバルの心に熱い闘志が湧き上がってくる。

 

「……うん。みんな、揃ったみたいやね」

 

そこへ、部隊長であるはやてが、リィンフォースⅡを伴って入室してきた。

 

室内の空気が、一瞬にして和やかなものから「実戦部隊」のそれへと引き締まる。

 

「スバル、出向要請に応えてくれておおきにな。休む間もなくてすまんけど……早速、特務六課の初仕事について説明させてもらうで」

 

大型モニターに映し出されたのは、エクリプスウイルス感染者に関連する被害データ、そして……クロノから送られてきたばかりの、不鮮明な巨大艦影のデータだった。

 

「現在、次元世界各地でエクリプスウイルスやフッケバインの暗躍が問題になっとる。うちらの主任務は彼らの捜査と制圧や。……せやけど、もう一つ。並行して追わなあかん『謎の勢力』が現れた」

 

はやての説明に、スバルは真剣な表情でモニターを見つめる。

 

「魔法技術を持たず、しかし我々の最新鋭艦を凌駕する次元航行技術と巨大な質量を持つ大艦隊……。彼らは昨日、エラトラ星系でクロノ提督の追跡を電子戦で完全に振り切って、いずこかへと消えたんや」

 

「魔法を使わない……大艦隊……?」

 

スバルが呟くと、フェイトが一歩前に進み出た。

 

その表情には、どこか複雑な感情が入り混じっている。

 

「スバル……クロノが接触したその艦隊の装甲には、このエンブレムが描かれていたわ」

 

モニターの映像が切り替わり、一つのマークが拡大表示される。

 

それを見た瞬間、スバルの心臓がドクン、と大きく跳ねた。

 

「っ……!! これって……!」

 

息を呑むスバル。

 

それは、フェイトがかつて密かにスバルの実家を訪れ、手渡してくれた写真――そこで微笑む姉・ギンガが着ていた軍服の肩に輝いていたマークと、全く同じものだった。

 

「……『地球連邦』」

 

フェイトが静かにその名を口にする。

 

スバルの両手が、無意識のうちにきつく握りしめられた。

 

(地球連邦……ギン姉とティアがいる世界……その艦隊が、今この次元に来ているの……!?)

 

「彼らの目的は今のところ不明や。敵対する意思はないようやけど、この不安定な情勢下で放置するわけにはいかへん。特務六課は、エクリプスの捜査網を広げつつ、この『地球連邦』の探査艦隊の行方も追う」

 

はやての言葉が、スバルの胸に深く突き刺さる。

 

未知のウイルス。謎の犯罪集団。

 

そして、姉とかつての相棒がいる世界の艦隊‥‥

 

「……やります。任務ですから。エクリプスの捜査も、そして……この艦隊の調査も」

 

スバルは顔を上げ、迷いのない真っ直ぐな瞳ではやてたちを見据えた。

 

自分の中に渦巻く個人的な感情を必死に抑え込み、スバルは真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

 

スバルの内に秘められた真実の想い。それを誰よりも知るフェイトだけが、小さく頷きを返した。

 

特務六課の歯車が、今、力強く回り始める。




次回 新たな拾い物
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。