時空管理局所属のXV級次元航行艦、クラウディアに見つかったものの、何とか逃げ切った第一次次元世界探査艦隊。
しかし、地球連邦のマークは確認されてしまい、それはリンディを通して信頼のおける管理局員たちの間で共有された。
リンディから情報を共有された管理局員の中には、八神はやて率いる機動六課――現在はエクリプスウイルス関連の事件対応を想定して再編・組織された特務六課のメンバーも含まれており、彼らもまた、この次元世界探査艦隊の捜索を行うことが決定していた。
クラウディアとの接触から三日後‥‥
第18管理外世界 イスタ
「これは‥‥」
「ひどいね‥‥」
チンクとディエチは、第18管理外世界のイスタにおいて発生した村落襲撃事件の現地で調査に当たっていた。
この村は中規模の村落であり、住民は百人に近かった。
しかし、それがたった一夜で、母と娘の二名を残して全滅した。
現地に急行した管理局の衛生部隊や事件調査部隊が調査を進めているが、村落は半分が謎の大爆発で吹き飛んでおり、残っている建物も大なり小なり破壊されていた。
生き残った母と娘はPTSDを発症しかけており、女性の医官たちが何とか落ち着かせていた。
「そうです…男と女の二人組が、この村を…土地と村の皆を一瞬で…」
「うぅ…」
ディエチに事情を話す母と娘はかなりの怪我をしており、入院措置にならなかったのは奇跡だと治療をした医官は語っていた。
「失礼、犯人たちは一体どうやってこのような行為を?」
「お、女の方は黒い本を持っていて、男の方は奇妙な形をした銃を持っていました…」
「…それは、これか?」
チンクは母の証言を聞いてとある写真を見せた。
それはこれまでの調査や追跡の過程で押収した証拠品の写真である。
そこにはリボルバー拳銃の銃身にサバイバルナイフよりも刃がとがった銃剣を装着したようなものと、黒く真ん中に十字架のような銀の装飾が付いた本が写っていた。
「っ!そ、それ、それです!刀の付いているその銃!!」
その後、母と娘は過呼吸になってしまったので、事情聴取は終了となった。
「……やっぱり、エクリプス保有者の可能性が高いね?」
「ああ。あの武器……これまで確認されたEC兵器(ディバイダー)と特徴が一致している。フッケバインとの関係はまだ分からんが、調査を進めるぞ、ディエチ」
「勿論」
そして、ルヴェラという管理世界にあるルヴェラ鉱山遺跡。
この遺跡に未届で建設されていた施設は襲撃を受けており、その調査に来ていたシグナムとアギトはその被害を見て回っていた。
「襲撃があったのは昨日の深夜だ。現状、施設の職員側に死者は無し。もっとも、重軽傷者は出ているけどな。侵入者は経路上の電子錠を、警報を鳴らすことなく次々と解除しながら進み、誰にも見つからずに一直線に進行。対象と接触しているのを見た施設の責任者が部下の制止を無視して危険物処理のプラズマジェットを起動。その直後に大爆発が発生した。これが現状分かっていることだぜ、シグナム」
「そうか…」
「なぁ、あいつらにしてはかなり静かに事を済ませているな?本当にあいつらなのか?」
アギトはシグナムにそう疑問をぶつける。
これまで、フッケバインという組織の連中が起こしてきた事件の記録を見て来た彼女としては、余りにもスムーズかつ静かに事を進めたことに違和感を覚えたのだ。
「そうだな。だが、我々の任務はEC兵器…ディバイダー保有者の確保だ。相手が誰であろうと、保有者であれば容赦はしないさ」
こうして特務六課の面々は各地でエクリプスウイルスとエクリプスウイルスを活用したEC兵器、ディバイダー保有者の捜索を進めていた。
その頃、第一次次元世界探査艦隊は次元転移後に予定していた集結ポイントに各艦が集結し、各艦の損傷などを確認していた。
特段異常が無かったので、次の惑星探査を行うこととなった。
次の惑星は土星の様な輪を有した緑色の惑星である。
この星に関しては時空管理局の資料でも特に名称が決まっていなかったので、地球側もE-281という味気ない名称で通すこととなっていた。
装甲戦闘空母グラーフ・ツェッペリン
「ふぃ~いや~、こういった調査任務は気楽でいいね~」
「こら、ハルトマン!真面目にやらんか!!」
エーリカとバルクホルンはグラーフ・ツェッペリン級装甲戦闘空母『グラーフ・ツェッペリン』の艦内からE-281星の自然環境の監視を行っていた。
「でもさ~トゥルーデ?いくら、これまでの調査の過程で侵入者?を許してきたからって、艦を星の大気圏内に入れてしばらくの間は上陸の前に艦から調査を行うって少し慎重すぎない?」
「馬鹿者、慎重すぎるに越したことは無いだろう!初回ではあくまでも原住動物で、知性もあったからよかったのであって、万が一にも敵対的な工作員や未知のウイルスが艦内に持ち込まれたどうする!!」
バルクホルンの主張は理にかなっており、藤堂の指示をしっかりと把握していた。
ヴォイテクと星彩(せいさい)に関しては体内に怪しいウイルスを保菌してはいなかったし、特段敵対意識もなかったので問題は無かったが、艦内に検査前に現地の生物を連れ込んだ事案自体が艦隊の上層部で問題視されていたのだ。
そのため、まずは探査艇であるコスモハウンドと調査隊を降ろすのではなく、艦による大気圏内を飛行しつつデータのある程度の収集、そして問題がなさそうだと判断してから調査班を降下させることになったのだ。
ラボラトリー・アクエリアス 艦内
ゾクッ!
「‥っ!?」
「おや?星彩、どうかしましたか?」
「い、いや、なんか今、嫌な予感がして‥‥」
星奈は星彩が何かビクッとしていたので理由を聞くと、星彩自身にも理由は分からなかったが、野生の勘とも言うべき感覚が何かを捉えていたようだった。
その後、周辺に特段の異常がないことが確認され、惑星の各地にコスモハウンドと調査部隊が降下した。
自然の植物などのサンプルや液体の採取。
動植物の写真や映像の撮影を積極的に行った。
今回の調査では特段の問題もなく、時空管理局の接触もなかったため、数日間、思いっきり調査が出来た。
この結果には藤堂も安堵し、各班の撤収も迅速に行われると思っていた。
実際、ギンガもそう考えていた。
‥‥またもや、ラボラトリー・アクエリアスに次々と帰還するコスモハウンドの内の一機に謎の生物が張り付いていて、密航を図っているとは夢にも思わなかったのである。
E-281の鬱蒼とした熱帯雨林のような森林地帯。
E-281の大気圏内を多数の宇宙艦艇が航行して地上のスキャンを行っていた頃。
「あそこなら、もう同族からも攻撃されないかもしれない‥‥」
その木々の枝葉の影から、息を殺して探査艇『コスモハウンド』を見つめる一つの影があった。
少女であった。
しかし、ただの人間ではない。
その大きさは星彩と同じくらいの大きさで、彼女の背中には、自身の身丈ほどもある巨大で美しい鳥の翼が生えている。
身に纏うのは、炎や不死鳥を思わせる意匠が施された、フリルの多い豪奢なドレス。
それは衣服というよりも、彼女自身の体の一部であるかのように自然に馴染んでいた。
頭部には愛らしいツインテールのように結われた髪と、小さな角のような飾り。
そして腰のあたりからは、孔雀のように長く優雅な尾羽が幾筋も伸びている。
その姿はまさに地球の神話に伝わる『朱雀』を思わせるような神秘的な容姿である。
だが、その美しい容貌とは裏腹に、少女の瞳には深い悲壮感と怯えの色が浮かんでいた。
(……あの中に入れば、空に浮かぶあの大きな『鉄の島』に行ける……)
少女は木々の隙間から、遥か上空――大気圏内を警戒飛行する『グラーフ・ツェッペリン』や『ラボラトリー・アクエリアス』の巨大なシルエットを見上げていた。
彼女はこの星の原住生物の突然変異体、あるいは特別な個体であった。
しかし、そのあまりに特異で人間じみた姿や、強い力を持つがゆえに、同族たちからは『異端者』として迫害され、群れを追われて孤独に逃げ惑う日々を送っていたのだ。
(あそこなら……空のずっと向こうへ行けるなら、もう同族からも攻撃されないかもしれない。石を投げられることも、痛い思いをすることもない……!)
少女が固く決意したその時、眼下で作業をしていた防衛軍の調査隊員たちが、採集したサンプルケースを持ってコスモハウンドへと戻っていくのが見えた。
「よし、サンプルの回収は完了だ! 周辺に大型の肉食獣や、怪しい生物の反応もなし!」
「いやー、良かった、良かった。これで艦長に『また怪しい生き物を連れ込んだのか!』って大目玉を食らわずに済むぜ」
「全くだ。さ、さっさと母艦に帰ってシャワー浴びようぜ」
隊員たちが笑い合いながら機内に乗り込み、ハッチが重々しい音を立てて閉まり始める。
垂直離着陸用のスラスターが青白い光を放ち、周囲の草木を強風で吹き飛ばした。
(行っちゃう……私を、置いていかないで……!)
少女は意を決して木から飛び降りた。
背中の巨大な翼を広げ、風の抵抗を巧みに操りながら、滑空するような滑らかな動きで上昇を始めたコスモハウンドへと接近する。
ドンッ!
「ん? 今、機体の底に何かぶつかったか!?」
「鳥でも当たったんだろう。この星、やたらとデカい鳥が多いしな。センサーに異常はない、このまま軌道上のアクエリアスへ帰還する」
機内の隊員たちがバードストライクだと勘違いして計器に目を戻した頃。
機体の底面、着陸脚の格納スペースの僅かな死角に、少女は自らの鋭い鉤爪を装甲の継ぎ目にガッチリと食い込ませ、必死にしがみついていた。
(よしっ……しがみつけた……!)
激しい風圧と、大気圏を離脱する際の猛烈なGが少女の小さな体を襲う。
しかし、その小さな身体からは想像もつかないほど強靭な翼と鉤爪が彼女を機体にしっかりと繋ぎ止めていた。
彼女は歯を食いしばり、長い尾羽を機体に巻き付けるようにして耐え抜いた。
自分を虐げてきたこの星から逃れ、新たな安住の地を得るために‥‥
ラボラトリー・アクエリアス 艦橋
「探査部隊、全機帰還しました。サンプルにも異常なウイルス反応などは検出されていません」
オペレーターの報告に、藤堂はホッと安堵の息を漏らした。
「よし。これで一安心だな。グラーフ・ツェッペリンのバルクホルン大尉の懸念事項もクリアできたわけだ」
「ええ。これまでの星では、なぜか未知の生物と遭遇しては連れ帰るパターンが定着しかけていましたからね。今回は本当に、何事もなくて良かったです」
ギンガも苦笑しながら同意した。
まさか、自分たちが「何事もなかった」と安心しきっているその足元――格納庫で、とんでもない事態が進行しているとは夢にも思わずに‥‥
ラボラトリー・アクエリアス 第一格納庫
プシューッという排気音と共に、コスモハウンドのエンジンが完全に停止した。
整備員たちが機体の点検に向かい、調査隊員たちが足早にエリアから立ち去っていく。
周囲の人影がまばらになった瞬間。
機体の底面から、ふわりと音もなく一つの影が舞い降りた。
「……ここが、空に浮かんでいた鉄の島の中……すごい……」
無事に密航を成功させた朱雀を思わせる少女は、見渡す限りの金属の壁と、見たこともない機械群を前に、目を輝かせていた。
だが、その緊張の糸が切れたのか、お腹から「きゅるるるる……」と可愛らしい音が鳴る。
「お腹、空いちゃった……どこかに食べ物は……」
少女が周囲をキョロキョロと見回そうと振り返った、その時だった。
「――ねぇ。あなた、どこから入ってきたの?」
「ひゃうっ!?」
不意に背後から声をかけられ、少女は背中の翼と羽をビクッと逆立てた。
恐る恐る振り返ると、そこには不思議そうに首を傾げる地球人の二人の少女――星奈と愛里寿、子熊のヴォイテク、そして……。
「んんー? あんた、どう見てもこの船の乗組員じゃないわね? っていうか、なんかアタシと同類の匂いがするんだけど!」
星奈の肩から飛び立ち、警戒するように周囲を飛び回る仙竜の少女、星彩の姿があった。
星彩は鼻をヒクヒクとさせながら、少女をジト目で睨みつける。
「い、いやっ! 私はその、決して怪しい者じゃなくて……!」
「キュウ?」
ヴォイテクがトコトコと近づき、少女の匂いを嗅ぐ。
「わわっ、食べないで……っ!」
「あっ、ごめんなさい! ヴォイテクはただ挨拶しているだけなんです」
愛里寿が慌ててヴォイテクを抱き上げると、少女に向かって優しく微笑んだ。
「あの、もしかして……さっき着艦したあの船にくっついて、この星から来たんですか?」
「……っ」
少女はビクビクしながらも、星奈たちから悪意がないことを感じ取ったのか、こくりと小さく頷いた。
「そっかぁ……星奈さん、どうする? 艦長さんたち、『もう変な生き物を拾ってきちゃダメ』って言っていたよね……?」
「ちょっとアタシたちを変な生き物扱いされても困るんだけど!?」
星彩が抗議するように声を上げる。
「でも、このままだと防衛軍のおっかない人たちに見つかって、解剖とかされちゃうんじゃないの?」
そして、星彩が物騒な予測をたてる。
「そ、そんなのダメです! ええと……」
星奈は少し悩んだ後、ポンと手を打った。
「と、とりあえず、私の部屋に行きましょう! お腹、空いているんですよね? お菓子なら少しありますから!」
「えっ……? あ、あの……いいの……?」
「はい! 私は星奈。こっちは星彩とヴォイテク」
「私は愛里寿。あなたのお名前は?」
「私……名前は、ないの。群れのみんなからは『バケモノ』って呼ばれていたから……」
寂しそうに伏せられた目を見て、星奈の胸がキュッと締め付けられる。
「バケモノなんかじゃありません! とっても綺麗で、かっこいい羽だと思います! ……ええと、じゃあ、新しいお名前を皆で考えましょう!とりあえず、急いで隠れないと!」
「そうね、私たちの部屋に行きましょう!!」
星奈は少女の手を取ると、整備員たちの目を盗んで居住区へと足早に駆け出した。
こうして、厳重な警戒態勢を敷いていたにも関わらず、ラボラトリー・アクエリアスはまたしても『新たな拾い物』をその懐に抱え込んでしまったのである。
艦長である藤堂、副長であるギンガがこの事実を知って頭を抱えるのは、もう少しだけ先の話であった。
ラボラトリー・アクエリアスの居住区へと続く通路。
星奈たちは、巡回する警備ドローンや乗組員たちの目を盗みながら、迷路のような艦内を慎重に進んでいた。
「こっちです、あまり羽音を立てないように……」
「う、うん……っ」
少女は、大きな翼と長い尾羽を必死に身に寄せながら、星奈の背後を飛んで追いかける。
(すごく明るくて、暖かい……)
これまで鬱蒼とした森の中で、同族から石を投げられ怯えながら生きてきた彼女にとって、艦内の清潔で無機質な空間は、まるで安全な魔法の城のように見えた。
星彩は通路の角を曲がる際には先回りして人の気配がないか確認するなど、彼女なりに気を配ってくれていた。
ヴォイテクも少女の近くに寄り添い、安心させるように時折そのフリルの裾を鼻先でツンツンと小突いている。
やがて、一行は誰にも見つかることなく無事に星奈の個室へと辿り着いた。
シューッという音と共に電子ドアが閉まり、ロックがかかる。
「ふぅ~……無事に着きました。さぁ、もう大丈夫ですよ」
星奈がホッと息をつき、部屋の奥へと視線を向けた直後だった。
「おかえり、星奈、愛里寿。随分と慌てて帰ってきたみたいだけど……って、えっ?」
自室のベッドには、読書中のリンネが腰掛けていた。
彼女は出迎えるように立ち上がったものの、二人の背後に隠れるようにしている巨大な翼を持った見知らぬ少女の姿に目を丸くした。
「ちょっと待って。部屋を出る前はそんな子いなかったよね? その、立派な羽の生えた子は一体……?」
「あっ、リンネさん! ええと、実はですね……!」
困惑するリンネに対し、愛里寿が身振り手振りを交えながら、格納庫での一部始終を説明し始める。
愛里寿がリンネに訳を話している間、星奈はすぐさま引き出しを開け、保存食用に配給されていたクッキーやドライフルーツ、そして甘い果実水をテーブルに並べた。
「とりあえず、これをどうぞ! あまり豪華なものじゃなくてごめんなさい」
「あ……ありがとう……」
少女は恐る恐るクッキーに手を伸ばし、小さな口でサクリと齧った。
途端に、その赤い瞳が見開かれる。
「……おいしい。こんなに甘くて、ホロホロする食べ物、初めて……っ!」
「キュウ!」
感動のあまりボロボロと大粒の涙をこぼしながら、両手でクッキーを頬張る少女。その姿を見て、星彩が呆れたように、しかしどこか優しい声でため息をついた。
「どんだけひもじい思いをしてきたのよ……。ほら、喉に詰まらせないように水も飲みなさいよね」
「う、うんっ……おいしい、おいしいよぉ……」
ここ数日、まともに食事すら満足に取れずに逃げ回っていた彼女にとって、人間の作った甘いお菓子は、まさに夢のような味だったのだ。
食事のペースが落ち着いたところで、星奈は微笑みながら切り出した。
「落ち着きましたか? ……それじゃあ、あなたのお名前を決めましょう。ずっと『あなた』じゃ、不便ですから」
「私の名前……」
少女はぱちくりと瞬きをする。
これまで『バケモノ』としか呼ばれてこなかった彼女にとって、自分だけの名前をもらえるというのは信じられないことだった。
「うーん、そうですねぇ。赤い羽だから……アカネちゃんとか?」
「星奈さん、それはちょっとそのまんますぎない?」
星奈の提案に愛里寿が苦笑いしながらツッコミを入れる。
そんなやり取りを見守っていたリンネが、ふと口を開いた。
彼女の視線は、少女の美しくも力強い炎のような翼に向けられている。
「……『鳳仙(ほうせん)』」
「えっ?」
リンネの静かな声に、全員の視線が集まる。
「鳳凰の『鳳』に、星彩みたいな神仙の『仙』。君のその翼、すごく綺麗で、まるで伝説の神鳥みたいだから。……『鳳仙(ほうせん)』‥なんてどうかな?」
リンネは少女と目線を合わせるように、優しく微笑みかけた。
かつてクラスメイトから虐められていた自分と、群れから迫害されてきたというこの少女の境遇が、どこか重なって見えたのかもしれない。
「ほう、せん……」
少女はその響きを、大切な宝物を確かめるように口の中で何度か繰り返した。
「私の、名前……。鳳仙。うん……すごく、かっこいい……!」
涙で潤んでいた赤い瞳に、パッと明るい光が灯る。
「気に入ってくれたみたいだね、鳳仙」
「うんっ! ありがとう、リンネ!」
鳳仙は満面の笑みを浮かべ、長い尾羽を嬉しそうにパタパタと揺らした。
その無邪気な姿を見て、リンネの口元にも自然と柔らかな笑みがこぼれる。
(この子は、昔の私と同じだ……。一人ぼっちで、怯えていて……)
リンネは、そっと鳳仙の頭に手を伸ばした。
ビクッと肩を揺らした鳳仙だったが、リンネの手が優しく撫でてくれるのだと分かると、緊張を解き、子猫のように目を細めてすり寄ってきた。
「鳳仙。君は、これからどうしたい? もし帰りたい場所があるなら……」
「帰りたくない……っ」
鳳仙はリンネの服の袖をギュッと掴んだ。
「帰ったら、また仲間たちからバケモノって言われて、いじめられる!!……一人は、もう嫌だ……」
震える声で訴える鳳仙。
その小さな手から伝わる恐怖と孤独の温度に、リンネは明確な決意を固めた。
「……なら、私のところに来る?」
「えっ……?」
「私と一緒にいれば、もう誰にも石なんて投げさせない。私が君を守る……私の『家族(パートナー)』に、ならない?」
リンネの真っ直ぐな言葉に、鳳仙は目を見開く。
星奈や愛里寿も、リンネの思いがけない提案に驚きつつも、温かい眼差しで二人を見守っていた。
「ぱ、パートナー……?」
「うん。私も一応魔法使いだから、君みたいな立派な羽を持つ子が、正式な『使い魔』として契約してくれたら、すごく心強いんだけど‥‥」
リンネが優しく微笑みかけると、鳳仙の目から再びポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
しかしそれは、先ほどまでの恐怖や悲しみの涙ではなかった。
「なるっ……! 私、リンネのパートナーになる……!」
鳳仙がリンネの胸に飛び込むと、二人の間に淡く温かい魔力の光がフワリと舞い散った。
それは、主と使い魔の間に新たな契約(絆)が結ばれた、美しくも確かな瞬間だった。
「ちょっと、ちょっと、感動的なのはいいんだけどさぁ~……」
星彩が、あえて空気を読まずにジト目を向ける。
「この子を船に置くってことは、当然あのおっかない人たちに説明しなきゃいけないのよね?」
「キュウ……」
星彩の言葉に、ヴォイテクも同意するように鳴いた。
その瞬間、星奈と愛里寿の顔からスッと血の気が引く。
「あ……っ! そ、そうですよ! 藤堂艦長やギンガ副長、それに……グラーフ・ツェッペリンのバルクホルンさんたちになんて言い訳を……!」
「絶対、ただじゃ済まないわね、これ……」
パニックになりかける星奈と愛里寿に対し、リンネだけは至極冷静だった。
「大丈夫。私が拾った、私の使い魔だってちゃんと説明して、私が責任を持つから」
「そ、そう?」
リンネは鳳仙の背中をポンポンと叩きながら、頼もしくそう宣言した。
――しかし、事態は彼女たちが考えるよりも早く、そして思わぬ形で動くことになる。
「ごちそうさま……あ、あの……」
鳳仙はテーブルの上のクッキーやドライフルーツをあっという間に平らげると、名残惜しそうに空になったお皿を見つめた。
きゅるるるる~……
再び、彼女のお腹から可愛らしい、しかし切実な音が鳴り響く。
星彩とほぼ同じ大きさとはいえ、飢えに苦しんでいた幻獣の少女にとって、部屋にあった少しばかりの保存食では、到底お腹を満たすことはできなかったようだ。
「あはは……さすがにこれだけじゃ足りないみたいですね」
星奈が苦笑いを浮かべる。
「よし、じゃあ食堂に行って、もう少しお腹にたまりそうなものを調達してこよう」
「そうですね。私たちのご飯という事にすれば、少し多めに持ち出しても誤魔化せるはずです」
リンネと愛里寿の提案に星奈も頷いた。
「鳳仙ちゃん、少しだけここで待っていてね。絶対に外に出ちゃダメだよ?」
「星彩、ヴォイテク。鳳仙の面倒をしっかり見ていてね」
「うんっ、いい子で待っている!」
「任せなさい」
「キュウ!!」
鳳仙の傍に残る星彩とヴォイテクに留守番を頼み、星奈、愛里寿、リンネの三人は部屋を出て足早に食堂へと向かった。
しかし、その道中の彼女たちの様子は、どうにも不自然であった。
周囲をキョロキョロと警戒して見回し、誰かとすれ違うたびにビクッと肩を揺らす。
さらには食堂の配膳エリアで、普段の彼女たちなら絶対に選ばないような量のパンやフルーツ、肉料理などをトレイに山盛りに乗せていたのである。
(……あの三人、コソコソと一体何をやっているのかしら?)
その挙動不審な姿を、偶然通りかかったティアナが怪訝そうな目で見つめていた。
堂々としていれば気づかなかったのだが、三人はまだ子供‥‥。
後ろめたい隠し事があればどうしてもそれが行動に出てしまう。
ティアナは三人の行動に不信感を抱き、気配を絶ち、密かに三人の後を尾行し始めた。
まさかティアナにつけられているとは気づかず、三人は逃げるように星奈の部屋へと戻っていく。
「ただいま、鳳仙! 食べ物をいっぱい持ってきたわよ!」
「わぁ~……! ありがとう、リンネ!」
シューッ、と電子ドアが閉まる直前。
「――貴女たち、随分と楽しそうなパーティーをしているわね。私にも、そのお客さんを紹介してくれないかしら?」
「「「えっ!?」」」
開いたままのドアの隙間から、腕を組んだティアナがスッと部屋の中へ入り込んできた。
ティアナの鋭い視線が、ベッドの上に座る翼を持った少女――鳳仙を的確に捉える。
「ひゃうっ!?」
見知らぬ人間の登場に、鳳仙は怯えてリンネの背中に隠れた。
「やっぱり……星彩みたいな、妖精か幻獣の類ね」
ティアナは呆れたように大きなため息をついた。
「ティ、ティアナさん! これは、その……!」
「違うんです、この子は悪い子じゃなくて……!」
星奈と愛里寿が慌てて弁解しようとするが、ティアナはビシッと指を突きつけてそれを制止した。
「言い訳は後よ。あなたたち、未知の星から未検疫の生物を艦に持ち込むことがどれだけ危険なルール違反か分かっているの!? バルクホルン大尉があれだけ口酸っぱく言っていたのに……!」
厳しく注意するティアナの言葉に、三人はシュンと肩を落とす。
「……でも、この子は私が拾ったの。悪いようにはさせないし、私が責任を持つわ」
リンネが鳳仙を庇うように前に出たが、ティアナの表情は崩れない。
「貴女たちの気持ちは分かるし、責任感も立派だけど、艦の安全管理の手続きは別よ……すぐに上層部と医務室に報告させてもらうわ」
ティアナは手元の端末を操作し、直ちに艦橋へと通信を繋いだ。
ラボラトリー・アクエリアス 艦橋
「――というわけで、星奈の部屋にて未登録の幻獣生物を保護しました。早急な対応をお願いします」
ティアナからの淡々とした報告を聞いて。
「…………は?」
藤堂の口から、間の抜けた声が漏れた。
未知の生物。
星奈の部屋。
この二つのキーワードが結びついた瞬間、藤堂と、隣にいたギンガ副長の脳裏に、これまでの『拾い物』たち(星彩やヴォイテク)の顔が走馬灯のように駆け巡った。
「ま、まさか……」
「……また、やっちゃいましたか……あの娘たちは……」
艦橋に、重苦しい沈黙が降り下りる。
数十分前までの「今回は何事もなくて良かった」という安堵は完全に消え去り、藤堂は深く、深く頭を抱え込んだ。
「……副長。至急、星奈さんたちの部屋へ向かってくれ……それと医務室でも検査の用意を‥‥」
「バルクホルン大尉には何と?」
「バルクホルン大尉には、まだ内緒だ……」
「了解しました、艦長……胃薬、後でもらっていいですか……?」
二人の重大なる頭痛の種がまた一つ増え、この後、リンネの堂々たる「私の使い魔宣言」を聞いてさらに激しく頭を抱えることになる。
次回 ニアミスによる戦闘