内惑星艦隊の奮闘   作:島田愛里寿

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お待たせしました!


第百九十一話 対話

突然の対空戦闘を強いられた第一次次元世界探査艦隊。

 

その後、特務六課との対談を行い、双方の情報交換を行った。

 

「つまり…あなた方の根拠地へ同行し、そこで事情聴取を受けろと?」

 

「あくまで任意と言う形はとります。一応、ここは管理局の管轄域ですので…」

 

「しかし、我々は地球連邦の正規軍です。よって不当な拘留は拒否いたします。それに事情聴取はあくまでも任意なのですよね?ならば、拒否します」

 

「あ、あの。あくまで事情聴取でして‥‥」

 

「そもそも、我々が認識している限り、この世界の主権を時空管理局へ委譲したという国家間合意は存在していません。この宙域が貴局の管轄域であるという明確な証拠がない以上、応じる義務はないはずですが?」

 

「こちらでは、この世界は管理局の管理世界として登録されています。ですから、規定上は本局での対応が必要になってしまうんです……」

 

藤堂となのはの話し合いは平行線をたどっており、なのはが四苦八苦していた。

 

防衛軍側としては、接触の許可は下りてはいたが面倒な事態になるからわざわざ接触を避けていたのに、突然次元航行を強制解除された挙句、戦闘に巻き込まれるし、時空管理局からの事情聴取の為に艦隊全艦を”海“の根拠地である本局に連れてきてほしいとまで言われたのだ。

 

そりゃ、艦隊を預かる藤堂としては拒否したい。

 

一方、なのはとしても管理局員として、今回の事態の収拾の為に双方の事情を聴いて報告をまとめる必要がある。

 

本来であれば、特務六課課長の八神はやての仕事なのだが、はやてはフッケバインの女首領に胸を貫かれて治療中。

 

幸い、命に別状はなく、貫かれた直後も少しは動けて指示も出せていたそうなので、治療が終わればベッドの上から普通に会話が出来るようになるとのことだ。

 

とはいえ、今はまだ治療中。

 

その為、なのはとフェイトが藤堂ら地球防衛軍の艦隊幹部たちと会議を行い、説得しなければならないのだが、これが一筋縄ではいかないのだ。

 

そもそも、防衛軍側としてはこれまで管理局員が地球連邦の主権領域内で起こしてきた事件のせいで管理局に対していいイメージを持っておらず、管理局を軍隊ではなく治安組織として見ているのだ。

 

また、他国の主権領域に艦艇が侵入したら、警告などを発することは地球もやっているのでそこは納得できる。

 

しかし、この星の主権が時空管理局に委譲されているという国家間合意の存在を防衛軍は知らないため、ここは自治区に近い存在と見ていた。

 

その為、時空管理局の本局ではなく、この星の政府機関に説明すればいいと考えていたのだ。

 

だが、この星は時空管理局の管理下にある管理世界‥‥時空管理局側の理屈では、管理局本局で取り調べるのが道理なのだ。

 

法体系や政治的認識が全く異なっているため、双方とも正論を言っているつもりなのだが、折り合いが合わない状態なわけである。

 

「えっと、ティアナはどうして此処に居るの?」

 

一方、フェイトはティアナに話しかけて、自分たちがミッドチルダに戻った後、ティアナの身に何があって今、此処に居るのかを尋ねる。

 

「え、え~と、あの後正式に防衛軍に志願しまして、その後に配属されたのがこの艦隊だったんですよ。あと、何で次元転移が解除されたのかはこっちも不明でして…」

 

「ティアナ……本当に自分の意思で?」

 

フェイトは、教え子がいつの間にか自分たちの元を離れ、別世界の正規軍に入っていたという事実に、複雑な表情を浮かべて確認した。

 

「はい。自分で決めました」

 

ティアナの迷いのない真っ直ぐな瞳を見て、フェイトはそれ以上は何も言えず、ただ小さく頷いた。

 

そのためか、フェイトとティアナの会話の方がスムーズに進んでいる有様である。

 

一方、アースラⅡとラボラトリー・アクエリアスが接舷している関係で双方の乗員が警戒しつつも交流を始めていたのだが、

 

「おや?昴にそっくりな方が居ますね?」

 

「あっ、本当だ!大きな昴さんだ!」

 

「えっ?」

 

スバル・ナカジマは突然そう声を掛けられ、後ろを見たら見覚えのある姿をした少女二人ともう一人の少女がいた。

 

「えっ?短髪のちっちゃななのはさん!?」

 

スバルは星奈の姿を見て驚く。

 

「あっ、失礼しました。私、高町星奈と申します」

 

「私はリンネ・ベルリネッタです」

 

「‥‥島田愛里寿」

 

「え!?高町!?リンネ・ベルリネッタ!?それに何で私の名前を!?もしかして、ティアから聞いたの!?」

 

スバルは驚いた。

 

リンネに関してはヴィヴィオの紹介で以前に知り合った格闘技の選手と同じ名前の少女な上に、なのはにそっくりな少女はなのはと同じ高町という苗字だ。

 

驚かないわけがない。

 

それに何故か自分の名前を知っているのだ。

 

「いえ、私の義理の妹も『昴』という名前なんです。私よりも年下ですが、元気一杯な少女ですよ?」

 

「そ、そうなんだ…同姓同名で、姿も似ているってこと……?」

 

星奈の言葉にスバルは驚きしかなかった。別世界では、自分と同じ名前の人物が家族として存在しているというのだ。

 

「あっ、あと、ギンガさんにも雰囲気が似ている」

 

リンネがポロっと口にした名前にスバルが反応する。

 

「えっ?今何て‥‥」

 

スバルは、思わず身を乗り出した。信じられない言葉を聞いたかのように、その目は大きく見開かれている。

 

「え? ああ、えっと……ギンガさん。昴さんと箒さんの御姉さんで、名字は月村です」

 

リンネが不思議そうに首を傾げながら答えると、スバルは雷に打たれたように立ち尽くした。

 

(ギンガ……)

 

その名前は、スバルにとって忘れようにも忘れられない、最愛の姉の名前だった。

 

機動六課が設立されるより前。ある事件の捜査中に起きた大規模な次元震。それに巻き込まれた姉は、懸命の捜索も虚しく『死亡判定』が下されていた。

 

だが、その絶望の淵からスバルを救い上げたのは、別次元の地球——通称『もう一つの地球』から帰還したフェイトがもたらした、一筋の光だった。

 

『ギンガは生きているわ。あっちの地球で、元気に過ごしていた』

 

その報告を聞いた時の、膝から崩れ落ちるほどの安堵感は今でも忘れられない。いつか必ず会いに行く。そう心に誓い、スバルは今日まで過酷な任務を耐え抜いてきたのだ。

 

そして今、目の前にいる別次元の少女たちが、その『ギンガ』の名前を口にした。

 

「っ……! ね、ねえ! そのギンガさんって、どんな人!? 背が高くて、青い髪で、格闘技が得意で……すごく優しくて、かっこいい人じゃなかった!?」

 

スバルは勢いよくリンネの両肩を掴み、身を乗り出して捲し立てた。

 

「わわっ!? え、ええと……」

 

突然の剣幕にリンネが戸惑う中、横にいた星奈が柔らかく微笑んで口を開く。

 

「はい。その通りです」

 

「やっぱり……!ギン姉だ」

スバルの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。姉が、別の世界で確かに生きていて、こうして新しい出会いをし、誰かの『家族(妹)』として慕われている。その事実が、スバルの心を温かいもので満たしていった。

 

「あの、もしかして……スバルさんは、ギンガさんの……?」

 

「うんっ……私、スバル・ナカジマ! ギンガの……ギンガ・ナカジマの、本当の妹だよっ!」

 

涙を拭いながら、スバルは満面の笑みで答えた。

 

「本当の妹……! そ、そうだったんですか……!」

 

星奈も驚きに目を見開く。彼女の世界での『中島昴』は、確かに義妹として一緒に育ってきたが、目の前のこの少女こそが、ギンガの本来の血を分けた妹なのだ。

 

「……奇遇。世界は狭い」

 

愛里寿がぽつりと呟き、リンネも納得したように頷く。

 

「なるほど……それで雰囲気が似ていたんですね」

 

「ギン姉‥‥」

 

スバルは胸元をぎゅっと握りしめた。離れ離れになっても、姉は自分を想ってくれていた。

 

「ねえ、星奈ちゃん……リンネちゃん、愛里寿ちゃん。お姉ちゃんのこと、もっと教えて! あっちでどんな風に過ごしているの?

 

元気にしている? ちゃんとご飯食べている!?」

 

「ギンガさんは結構食べている方ですね」

 

「うん。あれは凄い‥‥」

 

「というか、ギンガさん、この艦に居ますよ」

 

「えっ?」

 

リンネの言葉にスバルは目が点になる。

 

「ギンガさんはこの艦の副長‥‥艦の№2にあたる人です」

 

「ええええええっー!!」

 

星奈の言葉にスバルは思わず大声を上げた。

 

 

さて、会議に視点を戻そう。

 

一向に会議が進まない為、一計を案じたティアナがグラーフ・ツェッペリンから坂本美緒艦長とミーナ副長兼航空隊総隊長を招集した。

 

「‥‥成程?つまり、エクリプスウイルスという危険なウイルスの感染が広がっており、それも散発的で、その対応中であったと?」

 

「はい。そう言うことになります」

 

冷静沈着かつ、政治的な交渉にも長けているミーナがなのはと話し合い始めたことによってなんとか会談が進み始めた。

 

藤堂は艦隊を守るという責任感が強いことから、まずは艦隊や乗員の安全と機密保持を第一に考えてしまい譲歩を考えなかったのだ。

 

その点、ミーナはまずは主権国家の軍隊であることや、機密保持の観点から管理局の施設に入港するのは本国にお伺いを立てないといけないと説明。

 

なのはも独断で決められることではないので、はやてが目を覚ましてから本局に連絡を入れたほうが良いと何とか落ち着いて判断し、情報の共有を開始した。

 

この時、艦橋で藤堂の代わりに指揮を執っていたギンガは束から『藤堂ちゃんは何かと抱え込むタイプだからしっかり支えてあげてね~♪』と言われていたことを思い出し、

 

(確かに束さんの言う通りだったな…気を付けないと…!)

 

と決意を新たにしていた。

 

「ん?ちょっと待て。そのエクリプスウイルスとやらはどうやって感染するんだ??」

 

美緒はふと抱いた疑問をなのはにぶつけた。

 

「え、えっと…。そこらへんはまだこちらでも分かっていなくてですね…」

 

「襲撃を受けた村々や街の生存者からの聴取や検査でも異常は見つかっていないんですよ…」

 

なのはとフェイトはそう回答するしかなかった。

 

実際問題、どうやって感染するのかは不明だからだ。

 

「藤堂司令、すると先に戦闘を行った貴艦のティアナ戦術長やIS部隊、本艦の航空隊の隊員らも感染している可能性があるのでは…?」

 

「あっ…」

 

美緒の指摘に藤堂は冷や汗を流した。

 

バン!

 

「ラボラトリー・アクエリアス及び接舷中のアースラⅡ、グラーフ・ツェッペリンの艦内の各所を閉鎖!医務班は急ぎ防疫装備!!艦内の消毒・殺菌と乗員のメディカルチェックを実行しなさい!」

 

ミーナが慌てて机をたたきながら立ち上がり、偶々近くにいたティアナに指示をした。

 

「ええ!?そんないきなり…!」

 

「ぐずぐずして乗組員たちに感染する方がやっかいよ!それにティアナ戦術長!あなたも感染者に接触した人間なのよ!デュノア隊長やIS部隊と共に今すぐ医務室で精密検査を受けなさい!!今すぐに!!!」

 

「はっはいぃぃ!!」

 

ミーナの覇気に慌てたティアナはすぐさま医務室に向かった。

 

数分後、

 

『艦内消毒作業を開始します。人体への影響はありません』

 

シューッ……

 

「ええ!?何事!?」

 

突然船外服を着た防衛軍の軍人たちがアースラⅡに入って来たと思ったら、白い微細な霧を噴霧し始めたのだ。

 

局員たちは慌てるが、シャマルが事情を聞いたら消毒剤だと判明。

 

シャマルからは感染者と接触しても感染した前例はないとの連絡を受けるが、ミーナは防疫の観点からは必須の処置だと一歩も譲らず、第一次次元世界探査艦隊全艦で防疫処理が始まった。

 

ラボラトリー・アクエリアス 医務室

 

「は~い。ちょっとちくっとしますよ~」

 

「うぅぅぅ…」

 

リンネは注射を受けていた。

 

血液検査に唾液検査等のウイルス感染を確認できる手法はミーナの指示ですべて実施されており、星奈や愛里寿も問答無用で検査中である。

 

星彩やヴォイテク、鳳仙に関しては今のタイミングで管理局員に見つかったらいろいろと面倒なことになるとの判断からアースラⅡが接舷したタイミングで艦内の別の場所に匿われており、そこでも検査を受けたが特段問題なかったとのこと。

 

この状態は各艦ともに同じ状態である。地球連邦軍は、過去の宇宙航海や異星文明との接触で幾度も未知の病原体・生物災害に直面してきた。

 

そのため「未知の感染症を艦内に持ち込ませない」という軍隊文化が形成されており、このような感染系のウイルスが艦内に持ち込まれた際には艦内の消毒・殺菌を実施するとともに乗員たちの健康診断を実施することとなっているのだ。

 

「ちょっと、ティアナさん! 暴れないでください! 採血の針がズレます!」

 

「い、痛い、痛い、痛い! わ、分かっているから、もう少し優しくしてよぉ!」

 

ラボラトリー・アクエリアスの医務室の奥、簡易的な隔離スペースでは、ティアナの悲鳴に近い声が響いていた。

 

トーマと直接交戦し、至近距離で刃を交えた彼女とシャルロット、そしてIS部隊の隊員たちは、念には念を入れての精密検査と消毒のフルコースを味わわされていた。

 

「まったく……ミーナ副長の『防疫モード』に入った時の徹底ぶりは相変わらずですね」

 

隣のベッドで腕をまくりながら、シャルロットが苦笑交じりに呟く。

 

彼女もまた、念入りな検査を受けている最中だった。

 

「でも、未知のウイルスと聞いて即座に全艦規模の防疫体制を敷けるなんて……防衛軍の危機管理能力って、本当にすごいわね」

 

ようやく採血が終わり、アルコール綿で腕を押さえながらティアナがため息をつく。

 

時空管理局も未知のアーティファクトやロストロギアを扱うため、それなりの防疫マニュアルはある。

 

だが、現場の判断一つで、数千人規模の艦隊全艦の行動を即座に制限し、一斉消毒と検査を強制執行するような強権的なシステムはない。

 

(管理局とは、そもそも想定しているリスクと責任の種類が違うんだ。艦隊全体を一つの閉鎖環境として扱い、それを守る……)

 

ティアナは、自身の古巣と今の居場所との組織としての目的や思想の違いを、改めて肌で感じていた。

 

一方、アースラⅡの艦橋。

 

「……すごい徹底ぶりだね」

 

「うん。私たち治安組織とは、根本的な思想が違うみたい」

 

なのはとフェイトは、窓の向こうで消毒剤を撒きながら艦内を駆け回る防衛軍の防疫部隊を、半ば呆然と見つめていた。

 

シャマルが「空気感染の事例はない」と説明しても、「万が一があってからでは遅い」と一蹴されたのだ。未知の脅威に対する彼らのパラノイアにも近い警戒心は、幾度も滅亡の危機を乗り越えてきた『地球』という星の軍隊ゆえの防衛本能だった。

 

「藤堂司令もミーナさんも、第一に考えているのは『自分たちの艦隊と乗員を守る』こと。だから、得体の知れない私たちの本局へノコノコついて行くわけにはいかない……正論だよね」

 

なのはが、少しだけ疲れたように肩を落とした。

 

話し合いの中で見えたのは、敵意ではなく、純粋な警戒と責任感。だからこそ、武力や権威で押し切ることはできない。

 

「ティアナが間に入ってくれなかったら、もっとこじれていたかもしれないね」

 

フェイトの言葉に、なのはも深く頷く。

 

「うん。はやてちゃんが目覚めるまで、私たちが何とかして……」

 

その時、なのはのデバイスであるレイジングハートから通信音が鳴った。

 

『――なのはちゃん、フェイトちゃん。聞こえる?』

 

「シャマル先生? どうかしたの?」

 

通信の向こうから聞こえるシャマルの声は、安堵で微かに震えていた。

 

『はやてちゃんが……目を覚ましたわ』

 

「本当!?」

 

なのはとフェイトは顔を見合わせ、弾かれたように医務室へと駆け出した。

 

アースラⅡの重患用医務室。

 

厳重な防護服を着た防衛軍の医療スタッフが消毒を終えて退出した後の静かな室内で、八神はやてはゆっくりと目を開けた。

 

「……あれ?私……?」

 

「はやて!」

 

「はやてちゃん、よかった……!」

 

駆け込んできた二人の顔を見て、はやては状況を飲み込もうと僅かに眉をひそめる。

 

腹部を貫かれた激痛の記憶が蘇り、思わず顔をしかめたが、シャマルの懸命な治癒魔法と高度な医療機器のおかげで、最悪の事態は脱していた。

 

「なのは、フェイト……心配かけたなぁ。そんで、状況は? あのカレンとかいう首領と、トーマ君は……?」

 

掠れた声で問いかけるはやてに、なのはたちはこれまでの経緯を手短に説明した。

 

トーマの保護に成功したこと。カレンとフッケバインを取り逃がしたこと。

 

そして――突然現れた『地球防衛宇宙軍』の巨大艦隊と衝突し、現在絶賛、交渉が難航していること。

 

「……なるほどな。突然現れた上に、管理局の事情聴取を蹴飛ばすほど肝の据わった軍隊さん、か」

 

はやては痛む腹部を庇いながらも、少しだけ口角を上げた。

 

「しかも、ティアナがそっちの所属になっとるなんて……こりゃあ、私が寝転がっとる場合やないな」

 

「だ、駄目だよはやてちゃん! まだ絶対安静で――」

 

「分かっとるよ、なのは。直接出向くのは無理や。せやけど、ベッドの上から通信越しに挨拶くらいはできるやろ?」

 

はやての瞳には、特務六課の部隊長としての鋭い光が戻っていた。

 

「相手さんがそれだけ筋の通った『軍隊』なんやったら、こっちも指揮官として、ちゃんと礼を尽くして話し合わなあかん。……フェイトちゃん、通信回線を繋いでくれるか?

 

藤堂司令……やったかな。直接、話をさせてもらうわ」

 

数分後、ラボラトリー・アクエリアスの会議室に設置された大型モニターに、通信回線を通じてアースラⅡの医務室の映像が映し出された。

 

ベッドの上に身を起こしているのは、顔色こそ酷く蒼白であるものの、特務六課部隊長としての威厳と静かな覇気を纏った八神はやての姿だった。

 

傍らには、心配そうに彼女を支えるなのはとフェイトが控えている。

 

『初めまして、やな。時空管理局・特務六課部隊長の、八神はやてと言います。この度は、うちの局員たちが不躾な対応をしてしまい、ほんまに申し訳ありませんでした』

 

画面越しに深々と頭を下げるはやての姿に、藤堂をはじめとする探査艦隊の幹部たちは僅かに目を丸くした。

 

治安維持組織の高官であり、なおかつ先ほどの戦闘で致命傷に近い傷を負ったばかりの人間が、開口一番に誠意ある謝罪を口にしたからだ。

 

「……地球防衛宇宙軍、第一次次元世界探査艦隊司令の藤堂早紀です。重傷と伺っていましたが、直接の通信とは恐れ入ります。ですが、謝罪を受け入れたからといって、我々が貴局の法治下に服するわけではありません」

 

藤堂の声音は依然として硬く、警戒を解いていない。

 

はやては苦しげに息を吐きながらも、困ったような、それでいて親しみを含んだ笑みを浮かべた。

 

『ええ、分かっとります。そちらさんは主権国家の正規軍。いくらここが私たちの管轄宙域やからと言うて、見ず知らずの警察組織に「はいそうですか」とついて行くわけにはいかん。司令として、部下と艦を守るための当然の判断やと思います』

 

相手の立場と正当性を完全に肯定するはやての言葉に、藤堂は微かに眉を動かした。

 

なのはとの平行線だった対話とは異なり、はやては明確に「軍の論理」を理解した上で話を進めようとしていた。

 

『ただ、現状はお互いにとってあまりに分が悪い。そちらも正体不明のウイルスや、カレン・フッケバインという危険な次元犯罪者と遭遇してしまった。情報が圧倒的に足りてへんはずです。……そこで、一つ提案があるんです』

 

はやてが交渉のカードを切ろうとしたその時、探査艦隊側で静かに戦況と政治的状況を見極めていたミーナ・ディートリンデ・ヴィルケが、スッと一歩前へ出た。

 

「藤堂司令。私見を述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……ミーナ副長。構いません、言ってください」

 

ミーナはモニターの向こうのはやてを一度鋭く見据え、それから藤堂へと視線を向けた。

 

「八神部隊長の仰る通り、我々は現在、極めて情報が不足しています。エクリプスウイルスという未知の脅威、そして先ほど交戦した異常な戦闘力を持つ集団。これらに対処するためには、時空管理局が持つデータが不可欠です。それに、このままこの宙域で孤立を続ければ、不用意な戦闘を再び招きかねません」

 

ミーナの冷静な分析に、藤堂は沈黙する。それは藤堂自身も理解しているジレンマだった。

 

安全のために接触を避けたいが、安全を確保するためには情報が必要なのだ。

 

「無論、無条件での降伏や拘留など言語道断です。ですが……向こうが我々を『容疑者』ではなく、『独立した軍隊たる客人』、あるいは『共通の脅威に対する協力者』として迎えるのであれば、本局へ赴き情報交換の場を設けることは、艦隊の生存戦略として理にかなっていると考えます」

 

ミーナのその言葉は、藤堂の頑なな態度を軟化させるための完璧な「とりなし」だった。

 

政治的交渉に長けたミーナは、管理局側の顔を立てつつ、防衛軍側の実利と尊厳を守る落としどころを提示したのだ。

 

その言葉を受け、はやては我が意を得たりと深く頷いた。

 

『ミーナ副長さんの仰る通りです。ですから、時空管理局として以下の条件を確約します。第一に、そちらの艦隊および全乗員の身柄の拘束、強制的な取り調べは一切行いません。あくまで任意の『情報交換会議』という形をとらせていただきます』

 

はやては痛む腹部を庇うように片手を添えながらも、言葉には力を込めた。

 

『第二に、機密保持の徹底。そちらの艦艇の構造や、IS部隊などの未知の技術に対して、管理局側からの不当な干渉や情報開示の強要は行いません。少なくとも特務六課として、そちらの機密保持と身柄の安全については責任を持って対応します』

 

その堂々たる宣言に、なのはとフェイトは驚きつつも、はやてへの強い信頼の眼差しを向けた。

 

(藤堂ちゃんは、責任感が強いから何でも一人で抱え込もうとする……)

 

同席していたギンガは、束からの忠告を思い出しながら、藤堂の背中を見つめた。

 

(司令、ここは八神部隊長の言葉を信じて、少しだけ肩の荷を下ろしてください……!)

 

藤堂は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 

自分たちの艦隊を守るという絶対の使命。

 

未知の宇宙空間での孤立。迫り来るウイルスの影。

 

そして、モニター越しに見える、重傷を押してまで誠意を見せる同年代の少女の覚悟。

 

数秒の沈黙の後、藤堂はゆっくりと目を開き、はやてを真っ直ぐに見据えた。

 

「……条件は、理解しました。特務六課部隊長、八神はやて殿の言葉と、その覚悟を信じましょう。機密保持の徹底、そして全乗員への不当な拘束を行わないこと。これが遵守されるのであれば……条件付きではありますが、貴局本局への同行に同意します」

 

藤堂の言葉に、探査艦隊のブリッジに張り詰めていた空気が、ふっとわずかに緩んだ。

 

「ただし」と、藤堂は釘を刺すように語気を強める。

「この条件が少しでも破られた場合、我々はそれを明らかな敵対行為と見なし、自艦防衛のために如何なる手段をとっても艦隊を離脱させます。その点だけはお忘れなく」

 

『ええ、重々承知の上です……信じてくれて、おおきにな、藤堂司令』

 

はやてはベッドの上で、ようやく心底からの安堵の笑みを浮かべた。

 

その直後、「痛っ……」と顔をしかめ、すぐさまなのはとフェイトに「ほら、無理するから!」「もう横になって、はやて!」と左右から慌てて寝かしつけられる微笑ましい光景がモニターに映し出された。

 

それを見た藤堂も、張り詰めていた表情をわずかに崩し、小さく息を吐いた。

 

「坂本艦長、月村副長。艦隊各艦に伝達。本艦隊はこれより、特務六課アースラⅡと共に、時空管理局本局へ向かう。各艦、第一種警戒態勢は維持しつつ、航路の同期準備に入れ」

 

「了解しました、司令」

 

「はっ!」

 

かくして、最悪の形での衝突を免れた二つの勢力は、互いに拭いきれない警戒心を抱えながらも、一つの目的地に向けて共に歩みを進めることとなった。

 

「痛っ……」

 

通信が切れた直後、気を張っていたはやてが顔をしかめ、ベッドの上で力なく身を沈めた。

 

「ほら、無理するから!」

 

「もう横になって、はやて。よく頑張ったね……」

 

なのはとフェイトが左右から慌ててはやての身体を支え、そっとシーツを掛け直す。

 

致命傷は免れたとはいえ、カレンの一撃ははやての魔力結合組織にまで深いダメージを残している。

 

本来なら数日は絶対安静の身なのだ。

 

「ごめん、二人とも……でも、もう一件だけ、通信を繋いでほしいんや」

 

「えっ? まだ休まないの!?」

 

「あかんのよ。向こうさんが条件を飲んでくれた以上、受け入れるこっちの『本局』に話を通しとかんと……相手が相手だけに、下手したら大惨事になる」

 

はやての真剣な眼差しに、フェイトは小さく息を吐いて頷き、再び通信コンソールを操作した。

 

数分後。時空管理局本局、執務室。

 

『リンディさん』

 

「はやてちゃん?」

 

モニターに映し出された映像を見た瞬間、温和なリンディの顔が驚愕に凍りついた。

 

画面の向こうにいる八神はやては、痛々しい医療機器に囲まれ、何重にも包帯を巻かれた血の気のない姿だったからだ。

 

「はやてちゃん!? その怪我は一体……!? 特務六課の部隊長が、それほどの重傷を負うなんて何があったの!?」

 

『驚かせてすんません。エクリプス絡みの事件の追跡中、『フッケバイン』の首領にやられました。カレン・フッケバイン……底知れん化け物です。シグナムたちも重傷で、今、治療を受けています』

 

「そんな……」

 

リンディは息を呑んだ。六課のトップエースたちが揃って重傷を負わされるなど、尋常な事態ではない。

だが、はやての報告がもたらした『驚き』は、それだけでは終わらなかった。

 

『カレンの件も急ぎ報告せなあかんのですが、それ以上に厄介……いや、重大な事態が起きています。現在、アースラⅡは本局へ向けて帰還中ですが、道連れ……いえ、お客さんを連れて行くことになりました』

 

「お客さん……? 状況からして、次元犯罪者ではないわね?」

 

『ええ。――『地球防衛宇宙軍』。別次元の地球における、主権国家の正規軍が運用する宇宙艦隊です』

 

「……はい?」

 

リンディの口から、間の抜けた声が漏れた。

 

時空管理局が管理する第97管理外世界『地球』とは別の、未知の次元にある地球の軍隊。

 

しかも、艦隊規模の戦力‥‥

 

はやては、防衛軍の艦隊が突如出現した経緯、トーマの暴走を巡る一連の騒動、そして先ほどの藤堂司令とのギリギリの交渉内容を手短に、かつ正確に報告した。

 

『……というわけで、向こうの艦隊全艦が本局に入港します。条件は『乗員の不当な身柄拘束の禁止』と『軍事機密の保持』。あくまで任意の情報交換という名目です。少なくとも六課としてその条件で合意しました』

 

「はやてちゃん、そこまで約束したの!?……」

 

リンディは思わず頭を抱えそうになった。

 

「全艦隊って……戦艦や空母が揃った艦隊を、全部本局の港湾に入れるというの!?」

 

リンディは艦隊の規模を想像し、一度絶句した。

 

カレンという特級の次元犯罪者の出現。

はやてを始めとする六課の壊滅的被害。

 

そこへ来て、未知の次元の『地球』の軍隊、しかも巨大な艦隊が、本局に直接乗り込んでくるというのだ。

 

二重、三重の意味での想定外の報告に、歴戦の提督であるリンディでさえ目眩を覚えた。

 

『リンディさん。向こうの艦隊は、戦艦から空母まで揃った純粋な物理兵器の塊です。しかも、私たちの知らない未知の技術(IS)も運用しています……絶対に、相手の機嫌を損ねるような真似はせんといてください。約束を破れば、向こうは実力行使で艦隊を離脱させると明言しています』

 

「……分かったわ。よくそこまでの交渉をまとめてくれたわね。あとの受け入れ態勢はこちらで整えます。はやてちゃんはとにかく休んで」

 

『すんません、リンディさん。……後のことは、お願いします』

 

通信が切れ、モニターが暗転する。

 

静まり返った執務室で、リンディは組んだ両手に顎を乗せ、深く、重い思案に沈んだ。

 

(未知の次元の地球……そして、強力な武装を持った宇宙艦隊……)

 

時空管理局は広大な次元世界を管理する強大な組織だが、それゆえに内部には様々な派閥と思惑が渦巻いている。

 

リンディが今、最も恐れたのは、外から来る『防衛軍』の存在そのものではなかった。

 

(本局内にいる一部の『はねっかえり』や、過激なタカ派の連中……彼らがこの話を嗅ぎつければ、どう動くか?)

 

容易に想像がついた。

「未登録の違法兵器だ」「管理外世界の野蛮な軍隊だ」などと大義名分を掲げ、彼らの持つ未知の技術――空母やISといった兵器を接収、あるいは拿捕しようと企むに決まっている。

 

管理局の力を過信し、自分たちが宇宙のルールだと勘違いしている馬鹿な連中が、本局には少なからず存在するのだ。

 

もし、そんな連中が防衛軍の艦隊に手を出せばどうなるか。

 

藤堂司令の言葉を借りるまでもなく、彼らは『自衛』のために徹底抗戦するだろう。

 

本局港湾部で大規模な交戦が起きれば、先ほどの戦闘で、強大な次元犯罪者と交戦した直後の正規軍艦隊が相手だ。本局そのものが深刻な損害を受けることになる。

 

「……冗談じゃないわね。そんなことで本局を火の海にされてたまるもんですか」

 

リンディは鋭い目つきで立ち上がると、執務室の直通回線を勢いよく開いた。

 

「直ちに次元港湾部の第一から第三ドックを完全封鎖! 特務六課のアースラⅡと、彼らに同伴するゲストの艦隊を受け入れます!

 

港湾部の警備レベルを最大に引き上げ、私の直属の武装隊を配置しなさい!」

 

『ゲ、ゲストの艦隊!? アースラⅡと一緒に来るんですか!? 警備レベル最大って、相手はそんなに危険な連中なんですか……?』

 

「対象は外部からの侵入者じゃないわ。本局に居る『身内』の方よ!!」

『……えっ?』

 

「いいこと、技術部の連中や、監査部のタカ派の連中を絶対にドックへ近づけないで。入港する艦隊に対して、不当な干渉や武装解除を要求しようとする輩が出たら、相手の階級を問わず即座に拘束しなさい……これは時空管理局の存亡に関わる事態よ。絶対に、艦隊の人間を『挑発』させないでちょうだい!」

 

リンディのただならぬ剣幕に、秘書官も息を呑み、即座に敬礼の姿勢をとる気配が伝わってきた。

 

『りょ、了解しました! 直ちに港湾部の封鎖と内部警戒網を敷きます!』

 

通信を切り、リンディは大きく息を吐き出した。

 

未知のウイルスの脅威、恐るべき次元犯罪者、そして突如現れた別次元の正規軍。

 

「……クロノが次元航行部隊の提督で助かったわ。彼にも根回しをしておかないと……」

 

地球防衛宇宙軍という、管理局の常識が一切通じない巨大な火薬庫。

 

その到着を前に、時空管理局本局は水面下でかつてないほどのピリピリとした警戒態勢――それも「身内」へ向けられた異様な警戒態勢へと突入していった。




次回 時空管理局へ
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