内惑星艦隊の奮闘   作:島田愛里寿

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第百九十三話 拠点攻略へ

未知の生体兵器「エクリプスウイルス」と、次元犯罪者カレン・フッケバインを追う特務六課は、別次元から現れた「地球防衛宇宙軍」の巨大探査艦隊と遭遇した。

 

重傷を負いながらも交渉に尽力した八神はやての誠意と、管理局内部のタカ派の暴走を毅然と封じ込めたリンディ提督の覚悟。

 

対極の立場にある二人の指揮官の歩み寄りにより、時空管理局と防衛軍との間に奇跡的な「対等な共闘関係」が結ばれる。

 

両組織のデータを統合した結果、カレンの潜伏先が第93管理外世界の放棄された資源採掘宙域であることを特定。

 

彼女が旧時代のマスドライバーを利用し、魔力を喰らい増殖するウイルスを多次元世界へ同時散布しようとしている最悪のシナリオが浮上する。

 

未曾有のバイオハザードを阻止すべく、防衛軍の物理滅菌と特務六課の魔法による遅滞戦術を組み合わせた合同作戦が発動された。

 

出撃の直前、厳重な警備の中で足止めを受けていたスバルは、防衛軍の戦術長となっていたかつての相棒・ティアナの導きにより旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』へ乗艦し、そこで副長を務める最愛の姉・ギンガと涙の再会を果たす。

 

しかし感動も束の間、世界を救うため、そして姉の背中を守るため、スバルは特務六課のフロントアタッカーとして前線に立つ決意を固めた。

 

 

時空管理局本局の医療フロア。

 

静寂が支配する特別集中治療室のベッドで、八神はやては体中に接続された医療チューブと魔法計測器の光に囲まれながら、悔しげに天井を見上げていた。

 

「ほんま、情けない話やな……。大事な時に隊長がこんなザマやなんて」

 

「そんなこと言わないで、はやてちゃん。はやてちゃんが命懸けで繋いでくれたからこそ、あの防衛軍の人たちとちゃんと話ができたんだよ」

 

ベッドの脇で優しくその手を握る高町なのはが、温かい微笑みを向ける。

 

その隣には、気遣わしげな表情を浮かべるフェイト・テスタロッサ・ハラオウンの姿もあった。

 

「はやて、本局のことはリンディ母さんたちに任せて、今は療養に専念して。私たちが必ず、カレン・フッケバインの野望を阻止して見せるから」

 

「……頼むで、二人とも。それと、キャロとエリオのことも見たってな」

 

はやては深く息を吐き、自責の念を押し殺すように二人をしっかりと見据えた。

 

今回の作戦において、特務六課の現場指揮はなのはとフェイトに委ねられる。

 

目的地である第93管理外世界へ向かうのは、なのは、フェイト、そして竜召喚士のキャロ・ル・ルシエと前衛士型のエリオ・モンディアルの4名。

 

彼女たちはクロノ・ハラオウンが艦長を務める次元航行艦『クラウディア』に乗艦し、地球防衛宇宙軍の第一次次元世界探査艦隊と足並みを揃えて出撃することになっていた。

 

「そろそろ時間だね。行こう、フェイトちゃん」

 

「うん。はやて、行ってくるね」

 

「気ぃつけてな……みんないってらっしゃい」

 

はやての祈りに背中を押され、なのはたちはクラウディアの待機区画へと向かった。

 

ただ、この時、クラウディアの艦内にスバルの姿が無かった。

 

彼女の居場所をなのはたちが知るのはそれから少し経ってからだった。

 

 

防衛軍の艦艇と共に宇宙空間を航行するクラウディア。

 

そんな中、フェイトは艦橋へ呼ばれる。

 

何事かと思いきや、ラボラトリー・アクエリアスからフェイト宛てに通信が届いていた。

 

フェイトはコンソールに表示された暗号通信の着信メッセージに応答した。

 

モニターに映ったのは、防衛軍の士官服に身を包んだかつての仲間——ティアナ・ランスターだった。

 

『フェイトさん、お忙しいところ申し訳ありません、ラボラトリー・アクエリアス戦術長のティアナです』

 

「ん?ティアナ、どうしたの?」

 

『実は事後報告になってしまって大変恐縮なのですが、こちらの権限で、特務六課所属のスバル・ナカジマ士長を連絡員兼合同作戦の増援として、我が艦『ラボラトリー・アクエリアス』に乗艦させました』

 

「えっ?スバルを?なるほど、道理でさっきからスバルの姿が見えないと思った」

 

驚きに目を見張るフェイトに、ティアナは苦笑交じりに事情を説明した。

 

『本局の厳重な警備を強行突破しかけていたところを、私が身柄を確保したんです。彼女の熱意と、何より当艦の副長であり、スバルの姉でもあるギンガさんとの再会、そして前線での近接制圧能力を考慮し、合同作戦許可証の発行手順を踏んで正式に連れてきました。なのはさんたちにも、その旨をお伝えいただけると助かります』

 

「そうだったんだ……ふふ、スバルらしいね。分かったよ、なのはたちにも伝えておくね。スバルのこと、よろしくね、ティアナ」

 

『はい。前線の連携は私とスバルにお任せください。それでは、現場宙域で』

 

通信が切れると、フェイトは「やっぱりあの二人はどこにいても名コンビだな」と深く胸を撫で下ろした。

 

その頃、青い次元波を切り裂いて進む地球防衛宇宙軍の旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』。

 

広々とした士官食堂の片隅で、スバルとギンガは二人分の温かいカフェオレをテーブルに置き、向かい合って座っていた。

 

出撃前のわずかな休憩時間‥‥周囲には防衛軍のクルーたちが静かに談笑しているが、二人の間には他人が立ち入れない密度の高い時間が流れていた。

 

「へえ……じゃあ、機動六課が解散した後は、スバルは本局の特別救助隊(特救)に入ったんだ」

 

「うん! 人命救助の最前線で、マッハキャリバーと一緒にあちこちの災害現場に飛び込んでたよ。……あ、それとね、ギン姉! 六課が解散した後、スカリエッティの事件で保護されたナンバーズの何人かを、お父さんがナカジマ家の養子として引き取ったんだよ!」

 

「ええっ!? 本当に!?」

 

ギンガが目を丸くすると、スバルは嬉しそうに頷いた。

 

「うん! ノーヴェやディエチたちが妹になってさ。最初はぎこちなかったけど、今じゃすっかり賑やかなナカジマ家なんだよ。ギン姉が帰ってきたら、びっくりすると思うな!」

 

「そう……お父さんも、スバルも、みんな優しいね。本当に素敵な家族が増えたんだ……」

 

妹の成長と温かい家庭の話題に、ギンガの瞳が和らぐ。

 

だが、今度はスバルの番だった。

 

「ねぇ、ギン姉。ギン姉の方はどうだったの? 姿を消してから、ずっと心配だったんだよ……」

 

スバルの問いかけに、ギンガはカップを置き、少し遠い目をしながら語り始めた。

 

「……私が次元漂流で辿り着いたのは、この地球防衛宇宙軍が存在する世界だったの。でもね、スバル……そこは、私たちが過ごしてきた世界とは比べものにならないくらい、凄惨な戦いの連続だったわ」

 

「凄惨な戦い……?」

 

「最初に漂流した時、その世界は『ガミラス』という外宇宙からの侵略を受けていてね。遊星爆弾で地球の海は干上がり、人類の生存期限は『あと一年』まで追い詰められていたの」

 

「い、一年!?」

 

スバルは息を呑んだ。星一つが滅びかけるなど、管理局の歴史でも滅多にない未曾有の危機だ。

 

「なんとかその危機を脱したと思ったら、その翌年にはアンドロメダ星雲から『彗星帝国』という巨大な侵略者が現れて……その後も、地球を直接占領された『暗黒星団帝国』との死闘。私はガミラスとの戦争の中で救われ、軍人として生きる道を選んだんだけど……毎日が命懸けだったわ」

 

息を吐く間もない絶望的な戦乱の歴史を聞かされ、スバルは背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。

 

そんな過酷な世界で、姉はたった一人で戦い抜いてきたのだ。

 

「でもね、スバル。つい最近……もっと信じられない出来事があったの」

 

ギンガは懐から防衛軍仕様の個人端末を取り出し、スバルに見せた。

 

「研修で過去の平行世界へ偶然次元漂流した時……そこで、何者かに洗脳されて刺客として送り込まれた『お母さん』と戦って、無事に保護したの」

 

「……は? お、お母さんって……本当に!?」

 

スバルは立ち上がりそうになるのを必死に抑え、信じられないという顔で画面を凝視した。

 

そこに映し出されていたのは、見慣れた防衛軍の制服を着たギンガと、その隣で優しく穏やかに微笑む、紛れもない二人の実の母親——クイント・ナカジマの姿だった。

 

「そ、それじゃあ……! ギン姉の居る地球には、お母さんも居るって事!?」

 

スバルの声が思わず裏返る。ギンガは苦笑しながら手を横に振った。

 

「正確には私たちの世界のお母さんじゃなくて、平行世界のお母さんになるけどね‥‥。でも、記憶も優しさも、私の知っているお母さんそのものだったわ。今は安全な施設で療養しながら、元気に暮らしているの」

 

「平行世界でも……お母さんは、お母さんだよ……っ!」

 

スバルの目から、じわじわと涙が溢れ出してきた。

 

幼い頃に死別し、面影しか覚えていない愛する母親。

 

それが異世界の地球で生きている。ギンガが羨ましくてたまらなかった。

 

そして同時に、スバルの胸の奥で、今まで考えたこともなかった猛烈な『思い』が芽生えていた。

 

(……この事件が終わったら、お父さんやナカジマ家のみんなにも話して……全員で、ギン姉やお母さんの居る地球に住むのもアリなんじゃないかな……?)

 

管理局の枠組みを超え、異世界の地球へと移住——いわば「亡命」に近い大胆な未来予想図が、スバルの頭をよぎった。

 

だが、今はその夢を胸の奥にそっと仕舞い込み、スバルは力強く微笑んだ。

 

「絶対に、この戦いを終わらせようね。ギン姉!」

 

「ええ、絶対にね。スバル」

 

一方、次元航行艦『クラウディア』のブリッジ横の待機室。

 

フェイトからスバルの件を聞かされたなのは、キャロ、エリオの三人は、それぞれ驚きと納得の混ざった表情を浮かべていた。

 

「ふふっ、やっぱりスバルはどこに行ってもスバルだね!」

 

なのはが手をポンと叩き、心底楽しそうに笑った。

 

「本局の厳重な警戒線を突破しようとするなんて、相変わらず猪突猛進なんだから。でも、ティアナがいてくれて本当によかったな」

 

「はい。ティアナさんがいてくれたおかげで、正式な連絡員として乗艦できたみたいです」

 

フェイトが頷くと、エリオが頼もしそうに腕を組んだ。

 

「でも、スバルさんが向こうの旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』にいてくれるなら、前線の近接戦闘や緊急時の連携はバッチリですね! スバルさんの突進力は一番頼りになりますから」

 

「はい! ティアナさんとも一緒ですし心強いです!」

 

キャロも胸の前で手を組み、嬉しそうに目を輝かせた。

 

視点は再び、青き次元の海を往く地球防衛宇宙軍旗艦『ラボラトリー・アクエリアス』の士官食堂へと戻る。

 

出撃前の静かな時間、ギンガとスバルが互いの空白の時間を埋めるように語り合っていると、食堂の入り口から賑やかな足音が近づいてきた。

 

「あー、やっぱり食堂(ここ)にいましたね、ギンガ副長!」

 

「もうすぐ作戦空域に着くから、少し休憩しておこうと思って」

 

声をかけてきたのは、防衛軍の制服(子供仕様)に身を包んだ星奈、リンネ、愛里寿の三人だった。

 

そして彼女たちの肩や頭の上、あるいは足元には、数十センチほどの小さな妖精のような姿をした星彩と鳳仙、そして愛らしい小熊のような姿をしたヴォイテクがちょこんと付き従っていた。

 

「あれ? ギンガ副長、その人は……」

 

愛里寿が不思議そうに小首を傾げる。

 

星奈とリンネも、ギンガの向かいに座るスバルの姿を見て目を丸くした。

 

スバルが着ているのは防衛軍の制服ではなく、紛れもない時空管理局の局員服だったからだ。

 

「あれ? なんで管理局の人がウチの艦に乗っているんですか?」

 

リンネが素直な疑問を口にした瞬間、星奈の肩に座っていた星彩と、足元のヴォイテクの態度が露骨に硬化した。

 

「……管理局の人間、だと?」

 

「きゅ、きゅるるぅぅ……!」

 

星彩は小さな手をギュッと握りしめていつでも気を練れる構えをとり、ヴォイテクは愛里寿の足元に隠れるようにして低い唸り声を上げた。

 

その小さな身体から発せられるのは、明らかな敵意と警戒心だった。

 

「ひゃわっ!? ど、どうしたの?二人とも、急に怖い顔して……」

 

鳳仙がオロオロと飛び回りながら、星彩とヴォイテクの顔を覗き込む。

 

「鳳仙、お前は知らないだろうけどな……私たちは少し前に、あそこの『時空管理局員』を名乗るクズどもに密猟されそうになったんだよ! 希少な能力があるとか言って、道具みたいに売り捌こうとしやがって……!」

 

星彩の言葉に、ヴォイテクも「きゅーっ!」と抗議するように鳴く。

 

過去に管理局の腐敗した一部の者、あるいは名を騙る悪党から酷い目に遭わされていたのだ。

 

「ええっ!? そんな酷いことを……じゃあ、その人が一緒に居て大丈夫なの!? 急に網とか出して捕まえたりしない!?」

 

鳳仙が怯えたようにリンネの後ろへ隠れ、チラチラとスバルを窺う。

 

「あ、あはは……なんか、すごく警戒されちゃっているね……」

 

スバルは頬を掻きながら、困ったように苦笑した。

 

すると、ギンガが優しく微笑みながら、怯える小さな彼女たちに向かって手で制した。

 

「大丈夫よ、星彩、ヴォイテク、それに鳳仙も。彼女は悪い管理局の人間じゃないわ。それに……私の、大切な『妹』なの」

 

「「「ええっ!?」」」

 

星奈たち三人が驚きの声を上げる。

 

「妹って……ギンガ副長の!? じゃあ、この人が……」

 

「うん。特務六課所属、スバル・ナカジマだよ。こっちではギン姉がいつもお世話になってます!」

 

スバルが立ち上がり、ペコリと元気よく頭を下げた。

 

「そ、そうだったんですね! 副長から『生き別れの妹がいる』っていう話は聞いていましたけど、まさか特務六課の人だったなんて……あっ、それじゃあ、ティアナ戦術長ともお知り合いですか?」

 

星奈の問いに、スバルはニカッと笑う。

 

「知り合いっていうか、あたしとティアは機動六課時代からの相棒(パートナー)だよ! さっきも、この艦に乗るためにティアが本局の警備を突破してくれたんだ」

 

「なるほど、戦術長の元相棒……あのお二人の繋がりはそういう事だったんですね」

 

愛里寿が納得したように頷く。

 

ギンガの妹であり、ティアナの相棒。

 

それを聞いた星彩たちも、「この人は自分たちを密猟するような悪党ではない」と悟ったのか、スッと警戒を解いた。

 

「なんだ……副長の妹なら、最初からそう言ってくれよ」

 

「きゅ〜」

 

星彩が腕を組んでため息をつき、ヴォイテクも安心したように愛里寿の足元から這い出してきた。

 

スバルはホッと胸を撫で下ろしながら、申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんね、怖い思いさせちゃって。あたしたちの組織の名前を騙ったり、権力を悪用して酷いことする奴らがいたのは事実だから……もし今度そんな奴らが現れたら、あたしが真っ先にブッ飛ばしてあげるから安心してね!」

 

スバルの真っ直ぐで裏表のない言葉に、星奈たちは顔を見合わせてクスッと笑った。

 

「ふふ、やっぱりティアナ戦術長の相棒さんですね。心強いです」

 

リンネが微笑みながら言う。しかし、彼女たちは少しだけ残念そうな顔をした。

 

「でも……せっかく元機動六課の人が来てくれたなら、キャロさんにもお会いしたかったですね」

 

「え、キャロに?」

 

スバルが目を瞬かせると、星奈が頷いた。

 

「はい。ティアナ戦術長から、機動六課には『竜召喚士』の女の子がいるって聞いていたんです。幻獣や竜と心を通わせる優しい子だって。もしそのキャロさんがいるなら、是非ともこの子たちを会わせてみたくて……」

 

「ああ、そういうことか! キャロなら今、あたしたちの隊長やフェイトさんたちと一緒に、管理局の『クラウディア』って艦に乗って、この艦隊と一緒に目的地に向かっているよ」

 

「本当ですか!? じゃあ、すぐ近くに……!」

 

「うん。今回の作戦が無事に終わって、もし時間があったら絶対会わせるよ! キャロも、珍しいお友達に会えたら絶対に喜ぶから!」

 

スバルが太鼓判を押すと、星奈たちはパッと顔を輝かせ、「是非お願いします!」と声を弾ませた。

 

「ところで、さっきから気になっていたんだけど‥‥」

 

スバルは身を乗り出し、星奈たちの周りをパタパタと飛んだり歩いたりしている小さな三人に視線を向けた。

 

「その、リィン曹長みたいな……ちっちゃい子達は、誰なの?」

 

スバルの言葉に、星彩がフンッと胸を張る。

 

「リィン曹長が誰かは知らないが、私は星彩! こっちはヴォイテクと鳳仙だ。私たちはただのマスコットじゃない。これでも立派な戦力なんだからな!」

 

「きゅるっ!」

 

「よ、よろしくおねがいしますぅ……」

 

星彩がビシッとポーズを決め、ヴォイテクが敬礼のような仕草をし、鳳仙がペコリとお辞儀をする。

 

「星彩たちは、私たちのサポートをしてくれる大切なパートナーなんですよ。キャロさんに会いたかったのも、彼女ならこの子たちの言葉や気持ちをもっと深く理解してくれるんじゃないかなって思って」

 

愛里寿が優しくヴォイテクの頭を撫でながら説明した。

 

「へえー! すごいね、みんな! キャロの相棒のフリードリヒなんか、最初はちっちゃくて可愛かったのに、今はめちゃくちゃ大きくてカッコいい竜になっちゃったからさ。キャロも絶対にみんなのこと気に入るよ!」

 

スバルが目を輝かせながらそう言うと、食堂の空気は出撃前の緊張を忘れるほど和やかなものになった。

 

しかし、その穏やかな時間は、艦内スピーカーから鳴り響いた無機質な電子音によって破られた。

 

『——全艦、第一種戦闘配置。目標宙域、第93管理外世界・旧資源採掘宙域への次元跳躍アウト、10秒前。各員、衝撃に備えよ——』

 

ティアナの凛としたアナウンスが艦内に響き渡る。

 

「……着いたね。お喋りはここまでだ」

 

ギンガが立ち上がり、副長としての鋭い顔つきに切り替わる。

 

スバルもまた、先ほどまでの無邪気な笑顔を消し、特務六課のフロントアタッカーとしての闘志をその目に宿した。

 

「うん。行こう、ギン姉!」

 

多次元世界へのウイルス散布を企む凶悪な次元犯罪者、カレン・フッケバイン。

 

かつてないバイオハザードの脅威を前に、魔法と科学の合同艦隊が、決戦の宙域へと姿を現そうとしていた。

 

 

その頃、決戦の宙域へと向かう艦隊から遠く離れた、地球。

 

とある特別医療施設の一室で、一人の女性が窓から外の景色を見つめていた。

 

高く澄み渡った青空と、眼下に広がる見知らぬ都市の街並み。

彼女の故郷であるミッドチルダとは、似ているようで全く違う発展を遂げた文明の風景。

 

彼女の名前は、クイント・ナカジマ。

 

次元漂流の果てに何者かに洗脳され、刺客として利用されていたところを、地球防衛宇宙軍の副長であるギンガに保護された、「過去の平行世界」の住人であり、ギンガとスバルの養母でもある。

 

尤もギンガとスバルの誕生についてはクイントのDNAが使用されていたので、実質母親と言っても過言ではない。

 

「……綺麗な空ね」

 

クイントはぽつりと呟き、そっと自身の胸に手を当てた。

洗脳による身体への負荷と怪我の治療は順調に進み、医師からは「あと数日以内には退院出来ますよ」と告げられている。

 

しかし、彼女の心は重く沈んでいた。

 

退院日が迫るにつれ、現実的な問題が彼女に重くのしかかっていたのだ。

 

ここは彼女の知る世界ではなく、地球連邦が統括する異世界の地球だ。

 

現状、この地球と彼女の故郷であるミッドチルダとの間に国交は存在しない。

 

そもそも彼女は「過去の平行世界」から連れてこられた存在であり、元の時間軸、元の世界へ送り届ける技術など、今の防衛軍にも時空管理局にも存在しなかった。

 

(退院したところで、私に何ができるの……?)

 

防衛軍も無闇に彼女を放り出すようなことはしないだろうが、身分証も戸籍もない異世界人を、いつまでも軍の施設で養うわけにはいかない。

 

着の身着のまま、常識も違う未知の世界へ放り出される未来が、すぐそこまで迫っていた。

 

コンコン、と。

 

不安に押し潰されそうになっていたクイントの思考を遮るように、軽快なノックの音が響いた。

 

「はーい、失礼するよー!」

 

返事を待つことなく扉を開けて顔を出したのは、防衛軍の女性用士官服を身に纏った月村束であった。

 

「あら、月村さん……」

 

「やっほー、クイントさん! 調子はどうかな? うんうん、顔色もだいぶ良くなったみたいだね!」

 

束は飄々とした態度のまま、手に持っていた見舞いのフルーツバスケットをサイドテーブルにコトリと置いた。

 

彼女は防衛軍の艦隊司令兼艦長と言う軍の中でもそれなりの地位に就いているのだが、治療中も何度か顔を出してくれていたため、クイントも彼女のマイペースな性格には慣れつつあった。

 

「わざわざお見舞い、ありがとうございます。おかげさまで、もうすぐ退院できそうだとお医者様にも言われました」

 

「そっかそっか、それはめでたい! ……で?」

 

束はパイプ椅子を引っ張ってきてクイントのベッドの脇に座ると、ふいにそのヘラヘラとした笑顔から、真剣な——しかし底抜けに優しい瞳へと表情を変えた。

 

「ここを出た後、クイントさんはどうするつもりかな?」

 

「……」

 

図星を突かれ、クイントは伏し目がちに膝の上で手を握りしめた。

 

「正直に言うと……途方に暮れています。私の帰る場所は、この世界のどこにもありませんから。次元を超えて地球の生活圏に放り出されても、生きていく術すら……」

 

「だよねぇ。ミッドチルダに帰還する手段はゼロだし、防衛軍の保護プログラムも永続的なものじゃない。かといって、魔法の知識を持つ凄腕の魔導師を着の身着のまま見知らぬ世界の社会にポンと放り出すのも危険すぎる」

 

束は顎に手を当ててウンウンと頷きながら、クイントの直面している八方塞がりの状況を的確に代弁した。

 

「でもね、安心して!ちゃーんと名案があるんだな、これが!」

 

「名案……ですか?」

 

「うん。クイントさん、退院したらウチに来ないかな?」

 

「月村さんの家……?」

 

聞き慣れない名前に、クイントは小さく首を傾げた。

 

「私のお家なんだけどね。すーっごく大きなお屋敷でさ、お部屋なんて余りまくっているの! メイドさんたちもみんないい人だし、当主の忍さんも、クイントさんの事情を話したら『ぜひうちで引き取らせてください』って言ってくれているんだよ」

 

「そんな……! 見ず知らずの私なんかが、そんなご厚意に甘えるわけには……!」

 

クイントが慌てて辞退しようとすると、束は人差し指を立てて彼女の唇の前にスッと差し出し、言葉を制した。

 

「遠慮は無用だよ。月村家はね、ギンガちゃんたちとも縁が深いお家なの。それに……ギンガちゃん、今も命懸けでとある任務に就いるでしょう?」

 

「ギンガが……」

 

娘の名前が出た瞬間、クイントの瞳が微かに揺れた。

 

「あのね、クイントさん。あの子は一人でこの世界に流れ着いて、血の滲むような思いで軍人として生きてきた。でも、過酷な戦いの中で、あの子が帰ってきて『ただいま』って言える家族は、この地球にはいなかったんだよ」

 

束の静かな声が、クイントの胸に深く染み込んでいく。

 

「貴女が平行世界の存在だとしても……クイントさんは、ギンガちゃんのお母さんである事にかわりないんだよ。あの子が戦いから帰ってきた時、お母さんが待っていてくれる家がある。それって、あの子にとってどれだけ救いになるか……クイントさんなら、わかるでしょ?」

 

「あの子が、帰ってくる場所……」

 

クイントの脳裏に、洗脳から解かれた直後の光景が蘇った。

 

ボロボロになった自分を抱きしめ、大粒の涙を流しながら「お母さん」と泣きじゃくっていた、防衛軍の制服姿の娘。

 

自分が知る幼いギンガよりずっと大人びていたけれど、その温もりも、涙の熱さも、紛れもなく自分の愛する娘のものだった。

 

平行世界であれ、母親としての想いに変わりはない。

 

娘が生きるこの世界で、少しでも彼女の支えになれるのなら。

 

娘が帰ってくる場所を、この手で作ることができるのなら。

 

「……いいんでしょうか。私なんかで……」

 

クイントの目から、ほろりと一粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「なんか、じゃないよ。クイントさんしか出来ないんだよ。」

 

行く当てもなく、孤独に押し潰されそうになっていた彼女の目の前に、一条の温かな光が差し込んだ瞬間だった。

 

「……束さん。月村家の皆様に、どうかお伝えください。身の回りのお世話から家の雑務まで、何でもやります。どうか、私を……そのお家に、置いてください」

 

深々と頭を下げるクイントに、束はパッといつもの明るい笑顔を咲かせた。

 

「んふふ、契約成立だね! 雑務なんてしなくていいから、美味しいお茶の淹れ方でもメイドのノエルちゃんたちに教わってよ。退院の日は、私が車で迎えに来るからね!」

 

束は力強くサムズアップをして見せると、「それじゃ、準備よろしく!」と嵐のように病室を去っていった。

 

静けさを取り戻した病室で、クイントは再び窓の外の青空を見上げた。

 

先ほどまでとは違い、その景色はどこか温かく、希望に満ちて見えた。

 




次回 敵地調査
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