青く冷たい月光が、暗い夜を静かに映し出す。風さえ声を顰めるような、無音の帷が降りた街。春の夜空は、しかし身を切るように冷たい。無機質な暗い星灯りは雪雲にも似て、冷たい神秘を帯びている。明るすぎる月明かりは、ただ満月によるだけのものではなく。そこには、人の生み出す灯りが、何一つ存在していなかった。
そこには、無数の死が横たわっていた。
かつて商店だった瓦礫。潰れた小さな一軒家。土埃に煤けた硝子片。へし折れた電柱群。血の沼に沈んだ、小さく愛らしい花壇。
数えきれない、ヒュージたちの倒れ骸。
それらはあるべき姿を、命を失った遺骸たち。星光に彩られた、「喪失」たちの無縁墓地だった。
そして、成れ果てた骸どもに囲まれるように、1つの命がそこに在った。
聞こえるのは、湿った音。
しとり、しとり。滴るような水音は、生者の足音。
薄い月明かりが影を映し、その者の姿を暴いた。
悍ましい、夥しい血の沼を渡り歩くそれは、白い装束を纏った、ただ1人の人間であった。
月明かりは弱々しく、素性の判別は不可能だ。ただ、その双眸だけが、奇妙なーーまるで月のような蒼光を湛えて輝いている。薄明かりを照り返すのは、べったりと全身に飛び散った、大量の死血。髪は艶やかで長く、華奢な肢体は一見して少女のようであった。
しかし、纏う氷のような気配は明確に語る。
即ち、「生者、近寄る勿れ」と。
尋常な者が醸す空気とは、かけ離れていた。
佩いた一振りの刀と、死血濡れの装束が語る。殺戮の主は、まさにこの者であった。
血沼の対岸へ着いた彼/彼女は、ついと踵を返し、群れ成す骸たちに語りかける。
「眠るがいい。今は、せめて安らかに」
少女とも、少年ともつかぬ声が、凛と響く。
殺戮の主の声音には、しかし祈りにも似た悼みだけが篭っていた。
口をつぐみ、祈るーー黙祷する姿は、まるで死神か、あるいは墓守のようで。冒涜的な光景が、まるで神聖なる儀式の場であるような錯覚さえある。
否、事実そうなのだろう。伏せられた眼には、ただ別れを哀悼する思いだけが込められていた。
見れば、奇妙なことに、彼/彼女の目から、蒼い輝きが失せていた。暗がりで表情はもう見えない。
時間にして、およそ1分ほどであろうか。彼/彼女は、やがてその場を去っていった。残ったのは、ただ無音と月夜だけである。
静寂は、祈りにも似ている。それは何か懸想を込める類ではない、ただ無色の祈りであろう。
不思議な、しかし厳かな。地獄を弔う、夜の一幕であった。
筆記者のことづて
鳳仙花:花言葉は「短気」「私に触れないで」
月や夜空の描写は描くだけで神秘が増すので、厨二病患者にはとてもありがたいですね。
1000文字以上の制限きついです。