冬休み。
闇の鏡を通り、地元の地を数か月ぶりに立った。
煉瓦道に降り立って直後、ぱらぱら音を立てながら雨粒が散り始める。
僕はカバンから折り畳み傘を取り出し、家路を急いだ。
他の通行者達が小さな悲鳴をあげながら通り過ぎていく。
だんだんに雨は大振りになり、空の向こうで雷鳴が点滅した。
急ごうと脚を早めたその時、目の前に誰かが立ち塞がった。
眉を顰め見上げるとそこには見知った顔があった。
「お帰りリドル。」
一瞬、トレイかと思った。
「た、ただいま。」
父が穏やかな微笑みで目の前に立っていた。
驚いてる僕から荷物を取り、先を歩く。
こんな風に父に迎えに来てもらうのは初めてだった。
何を話せばいいか分からない。
父は医者として毎日母よりも忙しく動いていたし、いたとしても何時も母と言い争っていた。
埒が明かなくなると、何時も書斎に一人籠ってしまう。
自分の中の父の記憶を急いで辿っても、難しそうな顔をしている処しか思いだせない。
確かに目の前の父は父なのに、そう思えなかった。
「ごめんな。この前は母さんといけなくて。」
”この前”と言うのが、僕がオーバーブロットした後の事を指してるのは直ぐわかった。
「いえ。」
普段余り離さないので電話の受付の様な返事になってしまった。
「メンタルケアはちゃんと受けたんだろ?」
「はい」
その時の事は余り思いだしたく無い。
学校側に施設へ呼ばれた母が僕のメンタルケア担当者に凄い権幕で詰め寄ったからだ。
思い出すと、ずんと心が重くなる。
今更、そんな風に背中を向けたまま謝る何てずるいじゃないか。
「仕方ないよね。お父様はお母様が恐いんだから。」
父が立ち止まる。
雨の中、傘を持ったまま。
まずい。
反射的にそう思い、右足を一歩引いた。
父が振り返る。
見なくても難しい顔をして口端を下げてるのが分かる。
父は何も言わず、ただ身体を斜めに構える僕の顔を覗き込んだ。
身体が小さく震える。
「ごめんな」
自分の耳を疑った。
「ごめんな。お父さんはお母さんに嫌われたくないんだ。」
父を見ると、何時もの難しい顔をしていた。
だけど、何故だか今は悲し気に見える。
思えば父も母の教育方針に賛同していたなら、一緒になって僕にもっと厳しくするなり、もっと大袈裟に誉めるなりしていたのかも知れない。
父は今まで、何を思い、そして今更何の為に僕を迎えに来たんだろう。
「リドル」
雨音で声が遮られ、間々あって父に向き直る。
「母さん仕事で今日は遅くなるそうなんだ。ステーキとケーキ食べに行かないか?」
その日初めて父と共犯になった。