――――東京へ向かう新幹線の中――――
窓の外を流れる景色にはしゃぐ子供、わずかな睡眠時間として眠るサラリーマン、旅行を楽しむ老夫婦。
車内には多くはないが色々な乗客が居て、その中の一人に伽耶がいた。
席は二人掛けが二列に並んでいる形で、伽耶は車両の先頭左側に座って遠くの景色に目を向けていた。
着ているのは先日渡された武偵校の制服で、手には入学案内のパンフレットを握っている。
視線を窓の外に向けてはいるが、二重になった彼女の輪郭が薄いガラスに映るだけ。
その横顔は安堵と不安が入り交じった複雑な表情だった。
(渡された銃は良いんだけど・・・・・・)
安堵の理由は渡された銃にあるようだ。
足下に置いてある黒く四角いケースには、今回の任務において伽耶の主兵装にある新世代型の短機関銃(サブ・マシンガン)が納められている。
スイスの国営企業が大本だったSIG SAUER社製の短機関銃だ、同国内の銃器で有名なHK社のものと酷似しているが作動方式は別物である。
伽耶の所属する部隊では9×19ミリのものであれば拳銃は好きなものを使えるので、スイス製のやや古い拳銃をいつも身につけている。
(でも、一番の問題は学生生活かなぁ・・・・・・)
そう、伽耶が不安に思っているのは学生として生活である。
組織の兵士として暮らしてきた彼女には学校に行った経験がない。そんな彼女が今回の任務に選ばれたのには理由があった。
武偵の存在は既に社会に進出している。
そういった外に出ている武偵については、伽耶の所属する組織『零中隊』が持つ諜報員が接触・潜入を行っていてある程度の情報は集めることが出来る状態になる。
だが、学校という閉鎖された空間に常駐するには教師または生徒という立場でないと勝手が悪い。
あいにく中隊に教師として潜入できる人材がおらず、生徒として潜入できるであろう伽耶に白羽の矢がたったのだ。
主に調べることは武偵というものを育成する機関がどれだけの水準で訓練を行っているかということ。それと、極端な思想を持った人間が現れていないかを調べることだ。
(誰か一人くらいバックアップで来てくれたらと安心できたんだけど・・・・・・)
悩んでいても仕方がないと考えを打ち切り、先ほど駅の売店で買った新聞に目を向ける。ちょうど政治関係の紙面を読み終えた頃に、伽耶は誰かに声をかけられた。
「ねえアンタ、東京武偵校の生徒?」
男ではなく女の声、それも音質的には高い。
紙に向けていた目を車内へと向けると、通路に一人の少女がたっていた。
「まあ一応・・・・・・たぶん」
「たぶん?」
伽耶が自信なさげに答えたからか、相手は不思議そうに首を傾げた。その首の動きにつられ、二本のツインテールが揺れる。
背は低い、小学生くらいの身長だ。
けれどその目と雰囲気は子供じみたものではない、たぶん伽耶と同じか少し下くらいだろう。
ただ、一瞬見ただけでもその赤く輝く少女の目は、とても印象的であった。
「あーいや、一応は武偵校の生徒になってるかな。けど転入書類の受理が終わったのが昨日で明日の入学式から正式のはず」
「転入? 一般の高校からの?」
「そう、通信制の一般私学から転入してきたの」
実は嘘だ、通信制の高校になど伽耶は通っていない。
ただ、武偵校への転入の際、今まで学校に通っていない日本人など変だ、という理由で偽装した学歴だ。
中隊が綿密に作ったのか、小学校から用意されていた。
閉校し休校状態である私立学校の利権と名前を買収して作ったのでそう簡単に裏が取れないようにしてある。
「珍しいわね・・・・・・それはそうとして、隣、いいかしら」
ふと車内を見てみると、座席はほとんど埋まっていた。
どの席に座っても隣に人が居る、だったら同じ制服の人間が隣にいたほうがが不自然ではない。
たぶん、そういう理由で少女は伽耶の隣に来たのだろう。困ることもないので、伽耶も簡単に了承した。
荷物を棚に上げると、少女は小さい体をシートの預ける。
一瞬、空気が流れて少女から甘い香りが漂ってきて伽耶の鼻をかすめた。
「そういえば、あんたの名前は?」
やや強めの口調で対等な関係を意識した発言は、謙虚で下手に出る日本人ではなく西洋系の人間を連想させる。
「私は八雲 伽耶 。そっちは? どこかの国のハーフっぽいけれど」
「クォーターよ、私の名前は神崎・H・アリア。
理由があってイギリスか東京武偵校に来たの」
「イギリスからかぁ、まあ何かあったらその時はよろしく」
「ええ、こちらこそよろしくね」
ふとアリアは目を伽耶が手にしている新聞へと移した。
そこには大きく『武偵殺しの模倣犯か!?』という題が載せられていた。
「ん? 見る?」
その視線に気づいた伽耶が新聞をアリアに傾ける。
「いいわよ、私は武偵殺しに詳しいから」
「そうなんだ、その武偵殺しって結構有名なのかな?」
何気ない気持ちで聞いた彼女だが、アリアは驚いていた。
「あんた、武偵殺しについて何も知らないの?」
「え? あっ・・・・・・」
伽耶の額に脂汗が流れる。
武偵にとって『武偵殺し』とは有名なものらしい。
名前に武偵とまで入っているのだから、少し考えれば関係があるとすぐにわかるはず。だが、まだ完全に武偵になり切れていない彼女はつい聞いてしまったのだ。
(まずい、不審に思われるかな?)
武偵ならば知っているはずの情報を知らないとなれば怪しまれる。
そうなると今後の情報収集に支障が出たり、身元を徹底的に探られるかもしれない。
任務の失敗を早くも感じ、伽耶は背中に冷たいものを感じていた。
だが、その心配も少女の次の言葉でかき消された。
「まあ、一般の高校から転入してきたばかりだったら知らないかもしれないわね・・・・・・
けど、そういった情報は仕入れておくべきよ?」
どうやらアリアは一般の高校から転入したから知らないと判断したらしい。
「これからはちゃんと調べとく、アドバイスありがとう」
2人の会話はそこでが切りよく終わり、伽耶は本、アリアも英字で書かれた本を取りだしたので、それ以上の会話はなかった。
駅にて新幹線を降りると、アリアとも分かれた。
彼女は一人、紙に書かれた住所を頼りに、これから自分が泊まる寮を目指す。
与えられた任務。それを全うするために。
それが自分にできるかどうかわからないけれども。
――――東京武偵校 敷地内――――
右手に持った地図を見ながら軽快に目的地まで移動していた
事前に渡された案内によると自分の部屋はこの建ち並ぶ建物のどれからしい。
(同じような寮がズラリ、これが画一化って言うものかぁ)
などと現代日本の効率主義に影響された建築物を感嘆する伽耶だが、早い話どの寮に行けばいいのかわからないのである。
とは言うものの各館の前には女子寮か男子寮か、それが何号館なのかを示す文字が壁に掘られているので、面倒だけれども荷物のはいった大きなリュックを背負い、左手に銃を納める黒いガンケースを持ちながら一つずつ確認していくことにした。
「向こうの並びか・・・・・・」
調べ初めて約20分後、自分が調べていた建物が全て男子寮だったことを知り時間の無駄だったと軽く肩を落とす伽耶がいた。
とはいえ目的の場所は大体わかったのだ、後は二車線挟んだ向こうの建物群を調べれば済む話。
周りを見渡して車が来てないこと確かめて渡ろうとしたとき、伽耶は誰かに声をかけられた。
「君、もしかして二年の編入生?」
「えっ?」
少し茶色がかった髪を大げさに揺らしながら伽耶が振り返るとそこには三人の少年がいた。
「道に迷っているように、もしかしてと思ったんだけど」
「あはは、その通りちょっと迷ってた。けど、大体の場所はわかったから大丈夫だよ・・・・・・ってなんで編入生ってわかったのかな?」
まだ自己紹介も済んでいないうちに自分が転校生だということをなぜ知っているのか伽耶が尋ねる。
「いやあ二年では有名なんだぜ、この春に二人の編入生が第二学年に編入してくるって。まあ、一人は海外の武偵校からの転校らしいけどな。
見たところ日本人っぽいってことは一般の高校から来た方の奴だろ?」
と、話を切り込んできたのは背が高く声の大きい男だった。いかにも男っぽいガサツな話し方と陽気さはその人となりを大言しているようだ。
若干相手の調子に気圧されながらも伽耶が肯定すると、さらに相手は続ける。
「つーことはあれか、一般からの編入にも関わらず中央の試験パスして教育基礎課程免除って資格取ったらしいな。
もう依頼は何かやったりしたのか?」
「依頼はまだかな。ところでそんなに有名なの、私?」
伽耶は武偵校へ二年からの編入という形になっている。本来なら武偵になるには中等部からか高等部一年から在籍するのが通常で、一般からなら高校一年に編入する。
だが、政府管轄下の武偵局での実技テストと国家公安委員会による筆記面接・及び身元調査を合格した者は、その能力に値する武偵の立場を用意される。
これは武装探偵が、この国において公的に武装を許可された職業としては立場がまだ不十分であるため(正式に認可されてから年月が浅いため)、優秀な人材を確保する目的のものである。
それを利用して伽耶は、比較的自由な学年である高等部二年に編入したのだ。中隊からの情報操作で実技試験以外は伽耶の知らないうちに書類が処理されていたが。
「おう、そりゃ少しは噂になるぜ。他にもお前みたいなのがいるらしいが、やっぱ一般からの編入はな。
そーいや、名前いうの忘れてたな。
俺は武藤剛気、んでコイツが不知火亮で、この根暗が遠山金次だ。まだ、春休みも残ってるし暇があったら組んでみようぜ」
互いに自己紹介を機会を逸していたが武藤が絶妙な話の流れで組み込んだのでそれに乗って伽耶も名前と未だはっきりとはわからない自分の寮の場所を聞いた。
「ああその館ならあれだぜ、この道路渡って二つ目の建物だ」
「ありがと。そういえば三人は・・・・・・えーと武藤君と不知火君そして遠山君は何をしてたのかな?
今は春休みで、学校も休みだと思うけど」
「ん、まあ学校自体はねえけどテクニック落としたくないからな、ちょっと愛車を飛ばしてるだけだぜ。
不知火は射撃で、キンジは・・・・・・呼び出しだっけか、教務課に?」
「そんなところだ」
武藤が斜め左後ろに位置する少年に明るく聞いたが、帰ってきた言葉は存分に素っ気ないものだった。伽耶にとっては初めて聞く遠山キンジの声であり、その印象は暗く愛想がないと評価せざるを得なかった。
だが、武藤や不知火といった友人らしき人物と一緒に帰っているのを見る限り絶対的に無愛想なわけではないだろう。恐らくは人見知りか警戒しているのかどちらかだろう、そう判断して伽耶は道案内の礼を述べるとその場で三人と別れた。
――――女子寮 自室――――
(入学式まで一週間弱あるけど・・・・・・)
背負っていた大きなからリュックから日用品を取り出して仕舞っていく。そんなに荷物があるわけではなく、見かけより幾分軽い。
もう一つある手提げの黒いガンケースには戦闘用の装備一式が入っていて、そちらは重量感がある。
短機関銃とモジュール化されたその銃の各部品、9ミリ用と.357SIG用の二種類が用意されていた。
拳銃は左脇下に提げているのが一丁と装弾数の多い近代戦に適したものがケースの中に一丁入っている。
その他は主に通信機器と二台のノートパソコン、銃の整備具などだった。一通り片づけが終わったとき、不意に中隊からの支給品である通信機が鳴った。
「こちらヴェスパ3です、どうぞ」
『本部からヴェスパ3へ。どうだ、寮にはもう着いたか?』
通信の主は中隊の司令官からだった。
「はい。到着しました。
任務遂行に支障はなさそうです」
『わかった。だが、気張りすぎるなよ?
お前は施設で戦闘訓練と最低限の学習しか終えていない。一般的な常識と教養にズレがあるはずだ。
素性が疑われることのないよう、ある程度は肩の力を抜いて動け。こちらからは以上だ』
「了解しました。交信を閉じます」
通信を切った伽耶は暫くそのまま動かない。
やはり任務に対して不安があるのだろう、少しばかり物思いにふけった後、するべきことは直ぐに実行しようと少しだけ残った荷物も片づけることにした。
(考えても仕方がないか)
あれこれ悩んでも仕方がないので、最後の荷物――――趣味で読む本と紅茶のセットを取り出し机に置く。
銃器を仕舞う箱の鍵を確認し、寝ている際の護身用のナイフを懐にいれ、小部屋をでる。
片づけにを終えたときには時刻は零時。
一段階明かりを落としたリビングの電灯の下には誰もいない。テレビを見る習慣はなく、そのまま寝室に移動し眠りにつく。
初めて組織から離れて寝る状況に若干の戸惑いを覚える伽耶だったが、すぐに浅い寝息をたてるようになった。
これから起きること、それは時間が過ぎればわかる。
だから、あれこれ悩んでも仕方がない。
そう思ったのだろう彼女は。
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