緋弾のアリア 雀蜂の二十六刻印   作:ドレスデン

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弾薬は薬室へ

 3月の春の朝はまだ肌寒い。

 だがそれは黒く全てを飲み込むような冷たく鋭い冬のものではなく、訪れる命の息吹をその中に感じさせている。

 冬に空からの光は十分に得られない。二酸化炭素と水から栄養分を満足には合成できないため葉が枯れて裸になった枝だけの校庭の木に、小さいものではあるが新しい緑が顔を出している。

 太陽の光を効率よく浴びようとするためか、新芽は上を向いていて眼下の建物で連なる発砲音が聞こえても素知らぬ顔をしていた。

 

「狙いはまあまあかな?」

 

 銃を握った右手に添えるようにして左手を重ね、反動を受け止めるために少しだけ重心を前に向けているのは伽耶だった。

 銃口から硝煙の臭いと熱気の揺らぎが見えるところから考えて先ほどの射撃は彼女のものだろう。

 欧州で昔は一般的だった鉤爪式の弾倉止めと直線的な姿を持つスイス製の拳銃が伽耶の愛用しているものだ。

 

 上に張ったワイヤーが金属の摩擦音を立てて伽耶が今撃ったばかりの標的を手元に巻き戻す。

 5発撃って大体直径30ミリに収まっている、標的までの距離は10メートルだったので拳銃でこれだけの制度なら上々だろう。

 弾倉を抜いてスライドを引ききり留め金をかけトレーの上に置く。

 

「あ、八雲(やくも)さんおはよう。早いね」

 

 床に落ちた空薬夾を箒で掃いていた伽耶に不知火が声をかける。

 

「おはよう、そっちも早いと思うよ? まだ8時前だし。

 射撃の練習?」

 

 射撃場に来たのだから十中八九そうだろうと予想はつくが社交辞令みたいなものであり、不知火も軽く肯定の返事をする。

 先ほどまで撃っていた銃を左脇下のホルスターに収め、またねと不知火に言って伽耶がその場を離れようとしたときだった、誰かが大きな足音を立てながら走ってきたのだ。

 

「おい不知火! 今から一つ依頼(クエスト)こなさねえか?

 ちょうどいい感じの報酬がでるやつを見つけたぜ。

 おっと----伽耶もいたのか。ちょうどいい、そっちも一緒にどうだ?」

 

 身の丈190を越える武藤からすれば女子の中でも高い方の身長に位置する175近い伽耶のことも小さかったのだろうか入ってきた瞬間では目線が合わなかった。

 ちなみに武藤とは昨日出会ったときにメールのアドレスを交換しており、寝る前に少しやりとりをした。その際に呼びにくい名字の八雲より伽耶で良いかと聞かれたので、良いよと言ったらそれ以降は伽耶で呼び名が定着した。

 まあ、彼女自身どちらで呼ばれても気にしない性格なので別に確認をとらなくてもよかったのだが。

 

「内容にもよるけど、よっぽど面倒なのでなければ」

 

 なぜ、ちょうど良かったのか不明だが伽耶はほぼ了承の意向を示した。

 

「僕は良いよ、一体何を受けたの?」

「おう、これだ。ちょいと荒いが報酬もまあまあで依頼元がしっかりしてる。場所も近いから、俺が車で全員送れるぜ」

 

 そう言いながら武藤が手に持っていたB5サイズの表面を集まってきた二人に見せる。

 

「「暴走族退治?」」

 

 一通り読み終えた伽耶と不知火の言葉が重なった。

 二人の反応が予想通りだったのか、親指を立てて武藤はしたり顔をする。この様子から察するに最初から誘う面子は決まっていたらしい。

 そう言えば昨日、武藤からは暇があったら一緒に依頼をやってみないかと誘われていたことを彼女は思い出す。

 

「募集人数は四人だから後はキンジで決まりだな。

 装備課の倉庫から適当に車借りてくるから、午後に寮前集合な」

 

 頭数が揃うことを確証したのか握り拳を叩くと武藤はどこかへ走り去っていく、ここに来て話してから五分と経ってない嵐の如き流れだった。

 

「いやあ凄いね、こっちが突っ込む暇もなかった」

「そうだね。僕もちょっと驚いたけど大体いつもあんな感じだよ。ところで八雲さんは予定とか大丈夫だったの?」

「ん、まあ私も始業式まで特に用事がないから。

 軽く一、二泊するのには驚いたけど」

 

「彼のことだから一応旅館は男女別にすると思うけど。

 女の子は不安じゃない? 一人だけって言うのは」

「あいにく誘う当てはいないかな。まあ、襲ってきたらやり返すだけの手腕は見せてあげるよ。

 じゃあ、ちょっと支度するから寮に帰るね。

 場所はどこだっけ?」

 

 午後に寮前と武藤は言っていたが、正確な時間は何時なのか、それに来たばかりの伽耶にとってはどの寮の前なのかわからない。

 

「それなら僕が迎えに行くよ。用意が終わったら連絡してくれたらいいからさ」

「ありがと、じゃあそうする」

 

 不知火とアドレスを交換した後、伽耶は寮の自室に戻り直ぐに中隊に連絡を入れた。

 最初は通信班の通信使と話し、そして中隊の戦闘部隊指揮官である天田に線が入れ替わる。

 

『状況は理解した、誘われた依頼への参加は許可をする。

 それとだが、武偵としての活動なら重大な件以外は定期報告文にまとめて送ってこい。逐次の知らせは不要だ』「了解。通信を切ります」

 

 ふう、と一息つくと伽耶は通信機をしまい用意に取りかかる。

 替えの下着と洗面用具類、軽い治療品とノートパソコンを一台は既に旅行カバンに詰めたばかり。後は銃器の準備と点検だけだった。

 

「武偵って人を殺しちゃいけないらしいから・・・・・・」

 

 などと独り呟きつつ持ってきた短機関銃の銃身とそれを覆う外装を取り外し、別に要している者を取り付けていく。この銃、MPXと呼ばれるSIG SAUER社の物は部品を変えることによって三種の銃弾と五つの姿を形成する(ほとんどがMP5の派生型と似ているが)。

 伽耶が選んだのは反動の制御が容易でなおかつ命中精度を高めることができる銃身と銃口制退器(マズルブレーキ)が大きくなった騎兵銃型MPXーCを組み立てた。

 

 伽耶が得意とするのは速さだ。

 それはただ動きが速いと言うだけではない、多目標の致命範囲への連続的な高速射撃が得意なのだ。

 持ち前の反射神経と組織によって改造され強化された体<義体>による発達した神経系の反応によってのものだ。

 狙いこそ若干甘くなるが、確実に相手が死に至るそれでいて一瞬で反撃不能にする撃ち方なのだ。

 基本的に全・半自動式の銃で用い、肺と心臓が集まる胸部へ二発、反動で少しあがった銃口から頭部への一発が放たれる。三、四人程なら数秒で制圧してしまう。

 

「とりあえず殺さないように気を付けないと」

 

 隊の中で一般教養は他のヴェスパと呼ばれる義体達と比べ高い方だとして彼女が潜入任務に選ばれたが、小さい頃から受けた訓練は体に殺人の術を刷り込んだ。

 自分で抑制をかけないと狙いを付けた相手を確実に射殺しまう、それは出発前に厳重に注意を受けた。

 武偵や警察を含む零中隊の存在を知らぬ一般の人間に殺人の現場を見られてはないと。

 

「さて、用意は終わったと不知火君にメールしようかな」

 

 組み上げた銃を施錠付きのガンケースに入れてスマートフォンを手に取る。

 暫くするとメールが返って来た。

 

『わかりました。今から迎えに行きます。

 追伸 メンバーに女子二人増えました。

 合計六人で依頼を受けます』

「ふへ? 誰か増えたの?」

 

 誰なのかと疑問に思いつつ下に降りると、寮の前で四人の人が立っていた。

 その内の三人は知っている、笑顔でこっちだよと手を挙げて呼んでいる不知火、予定より早く車を借り出して車を持ってきた武藤、そして若干ふてくされた顔で腕を組み立っているのは遠山。だが、その遠山に寄り添う形、言うなればとても近い距離に立っている女子生徒がいた。

 着ている学校指定の防弾服は伽耶と同じ。長い髪は膝まであるが当たる太陽の光が眩しいくらい輝いて反射するのはきっと念入りに行き届いた手入れとその人の真面目さと丁寧さを表しているようだ。

 ややふっくらとしていて少し垂れた目の端は、白く透き通った肌に紺色の目をした東洋の美と言えるような少女だ。

 

「初めまして、星伽白雪です。八雲伽耶さんですよね?」

 

 その黒髪の少女は星伽白雪と名乗り、伽耶を正面に捉える。周りの三人の誰かに名前を聞いたのか、白雪は伽耶の名前を知っていた。

 

「そうですよ、初めまして星伽さん。今日からよろしくね・・・・・・って言いたいのだけど」

 

 なぜか辺りをきょろきょろ見渡す伽耶。

 

「後の一人は? 私を含めて六人と聞いたけど?」

 

 そう、不知火からのメールには女子が二人増え、合計六人の面子が揃ったと聞いた。

 だが集合場所には後の一人は誰だと探す伽耶、昨日と同じく若干面倒くさそうに腕を組んで立っている遠山、その遠山に普通なら近いと思われる距離でうれしそうに立っている白雪。

 爽やかな笑顔を浮かべている不知火と依頼の受注責任者となっているためやる気満々で指を鳴らしている武藤だけだった。

 

「私はここなのだ。気づかないなんてひどいのだ」

「え? どこ?」

 

 どこからか声が聞こえるが姿が見えない。

 戸惑う伽耶の前に突然小柄な少女が現れた。

 いや、性格には武藤の後から現れたのだ。

 

「ああ、ごめんね。武藤の後にいたから気づかなかったの。それにしても小さくて可愛いい、何年生かな?」

 

 小さい子をあやすように語りかける伽耶に少女がむすっと頬を膨らませる。

 

「年下のように扱われている気がするのだ」

「え、もしかして同い年?」

 

 すうと顔を上げた時に目線の合った遠山が苦笑しつつ頷く。

 本当なのか、と伽耶の右肩に掛けられていたリュックがずれ落ちる。

 

「装備課の平賀文なのだ。以後は年下と間違えないでほしいのだ」

 

 多少怒りながらも平賀という少女は胸を張りながら自己紹介をする。多少なり体を大きく見せようとした行動だが伽耶にとっては逆効果で寧ろ子供っぽくて可愛い子と認識されてしまう。

 

「んじゃ、まあこれが今回のメンバーだ。とりあえず車に乗り込もうぜ」

「ちょっと待って武藤、こっちこっち」

 

 なぜか伽耶が電柱の陰から武藤を手招きする。

 

「なんだ伽耶?」

「今回の依頼というのは暴走族退治だったはずよね?

 私はあの二人に面識がないけど、片方は確実にアウトだよ。ていうか女の子を駆り出して大丈夫なの?」

 

 端から見れば女が男を電柱の裏に呼び出して、内緒の話をしている様に見えるが、他の面々は大体わかっているのか準備された車に乗り込んでいく。

 

「安心しろ伽耶、平賀さんは後方支援だ。というか女子を出していけないならお前もアウトだ。

 それに星伽さんはああ見えて滅法強い、それにキンジのことがあるから簡単には外れてくれないぞ。

 まあ、とにかく車に乗ろうぜ」

「わかった、じゃあ乗るけど・・・・・・」

 

 と何かを言いかけて伽耶が立ち止まる。

 急に動きを止めた伽耶に不思議がる武藤だが、彼女の目線の先には何の変哲もない白い車があるだけだ。

 

「どうした伽耶、なんか問題でもあったのか?」

「あ、いや、白い車って苦手でね。なんでか知らないけど。ごめんごめん、すぐに乗るから」

「そうか・・・・・・まあ、わりいな会ったばっかりでそういった物の趣味とか気にせず選んじまった」

 

 素直に謝る武藤だったが、気にしないでとだけ告げて伽耶も乗り込んだ。運転席に武藤が座り、一同は目的地へと出発した。

 

 

----移動中 車内----

 

「う~、これなのだっ!!」

「残念、こっちが本命ね。じゃ、次はこっちの番だから」

「あー! 待つのだ、混ぜてからにするのだ!」

 

 ババ抜きで盛り上がる一行の姿があった。

 高速を使って一気に行くこともできたが、せっかくの春休みで時間もあるのだからと下道を通っての半分旅行が実施されている。

 一番はじめに上がったのは白雪、の手札を取る遠山でその次に白雪。

 三番手に助手席に座る不知火が上がり、伽耶と平賀の一騎打ちとなる。

 

「とりゃ、これがハートAだ」

「ああ、作戦は完璧だったはずなのだ~」

 

 確率二分の一に作戦もなにも有ったものではないと思うが、平賀は心底悔しそうに前方のシートを叩く。

 

「次は大富豪で勝負なのだ。もちろん都落ちありなのだよ!」

 

 以外と立ち直りは速い方なのかすぐに顔を上げると、別の遊びを提案する。。

 出発してから二時間ほど経ち、ほぼ初対面に近い面々の性格やどういった才能の持ち主なのかを伽耶は少しだが知ることができた。

 

 まず、車を運転する武藤の技術が高いと言うことはすぐにわかった。移動する車内にいてもほとんど揺れを感じないのがそう判断できる理由である。

 最初は速いのが好きで乗るという行動が好きと聞いた伽耶はスピード狂かと少し警戒したがそんなことはなかった。

 彼の運転は道や信号に車のエンジンとタイヤの動きを的確に合わせたものであり、八人乗りの二列目のシート上に広げたカードが散らかることがなく、ストレスを感じない。

 

「伽耶さんお茶は飲みますか?」

「じゃあもらいましょうか。あ、白雪さんはこのお菓子いる? チョコクッキーなんだけど」

「はい、頂きます」

 

 次に白雪である。彼女のことは会ったときから好印象を持った伽耶だがその通りである。

 清楚な雰囲気と気品があるが、それは近づきがたいものではなく周りを和やかにさせる物であって、伽耶も安心して話せる存在だった。

 隣に座る遠山と仲がよいのか、彼の持つ紙コップの中身が無くなればすぐに気がついたり、シャツの襟の乱れを直したりしていた。

 

 そしてその遠山であるが、彼の印象は最初とは全く違った。初めは暗い奴かと思った伽耶だったが、車内でのトランプゲームには参加し、他愛のない会話や質問にも言葉数こそ少ないがしっかりと答えてくれる。

 やがて伽耶が朧気ながらに気づいたのは、彼が暗いのは何か心に引っかかっているからでは、ということだった。

 だがそれは、あくまでも伽耶個人の直感であり遠山と話した内容などではなく、その喋り方や雰囲気からだけなので確証はない。

 

「これは不知火君の分なのだ」

「うん、ありがとう。ところで、階段はありなのかな?」

「もちろん有りで行くのだ!」

 

 不知火は見かけ通りと言ってしまえるほど社交性があり周りに対する配慮を欠かさない。

 実際、他の面々とは初対面に等しい伽耶との間を取り持ってくれたのは彼だ。何となく気まずくて最初は会話にあまり入らなかった伽耶に、皆の出会いや過去の話を自然な流れで気かせてくれたおかげで彼女は無理なく輪にはいることができた。

 

「次は文ちゃんの番ね・・・・・・って寝てる!?」

「すぴー、すぴゅるるる~」

 

 現在子供のように寝ている平賀がなぜ来たのかも伽耶は知ることができた。

 今回の依頼は暴走族の取り締まりであり、対象の違法行動を証拠として押さえる必要がある。それには動画として彼らを撮影するのが一番確実だ。 

 そのためカメラを車載するのだが、本来なら前方にのみ配置するのものを彼女は武藤が頼んでから一時間足らずで四方向に設置したらしく、同行するのはそれの操作と故障時のためらしい。

 同学年の中では飛び抜けて機械工作に強いらしく、仕事の依頼は同じ兵粘学部の車両課のみならず、強襲課の無線インカムや銃器の修理・使用者への最適化、その他にも色々と仕事が回ってきているらしい。

 が、凄いということは理解できたが、未だに伽耶は平賀のことを年下としか見ることができなかった。

 

「で、武藤、後どれ位で着くんだ?」

「どうしたキンジ、女子も一緒なのに楽しくないのか?

 あと1時間ちょっとってところだから、我慢してくれ」

「お前は何でそういう・・・・・・言うだけ無駄か」

 

 武藤の軽口を無視してクラブの8を遠山が出して流れが変わる。

 結局その後、2とジョーカーのツーペア、7渡しに1のスリーペアと連続で主導権を握った遠山が勝利した。

 

 その後1時間ほど車は移動していった。

 

 

 

 夕焼けの赤色がまだ薄い頃に依頼主の元へ到着する。

 市の市長が今回の依頼者であり、伽耶達は小さな役所に来ていた。

 

「----です。以上が私たちの提示できる情報でした。

 他に何かありますか?」

 

 対象の暴走族が通る道とその時間帯、借用できる施設や装備・予算など50を少し過ぎたくらいの白髪の混じった男性が説明を終える。

 市の規模は大きくもなく小さくもない。

 完璧に近代化されていないが、主要な都市に繋がる四車線の国道が通っており、その筋を中心に商業地が発達している。

 医療設備や消防、下水処理場などもある、いわば中都市規模の大きさはある。

 

「大丈夫です。少しこの部屋を借りて話し合ってもいいですか?」

「わかりました。私は市長室に居りますので、ご用があれば出入り口にある立て掛けの電話をご利用ください」

 

 大人とのやり取りに不知火の丁寧な口調は適している。

 彼にしっかりとチームの窓口を勤めていただき、一同は机上の地図に視線を移す。

 

「で、武藤は何か案でもあるんだろうな?

 一応は言い出しっぺなんだからな」

 

 地図上に予想される対象の動きを示す薄い赤色の線を遠山が目で追っていく。

 

「おう、もちろんだ。

 たいていこう言う奴らは頭に血が上りやすい。

 だから相手を挑発して都合の良い場所まで誘導する」

 

 青のマーカーを手に取り武藤が地図に一つ丸を付ける。

 

「高速と地元の連中が集まって人数が最大になる地点から百メートル先で待機。相手が見えたら法定速度で奴らの前を走る」

 

 書いた丸印から赤の線と平行に真っ直ぐ伸ばしていく。

 

「たぶん、すぐに俺たちの車を取り囲んで蛇行運転や走行妨害を繰り返すだろう」

 

 今度は相手の動きを示す黄色い線を入れる。

 

「こちらも数回クラクションを鳴らして相手を誘う。

 そしたら、ここで左折する。たぶん、相手も左折させようと道を邪魔するだろう」

 

 青い線は交差点で左に折れ、数百メートル進んだ後に市営の大きな公園の駐車場で終点を示す×印を付けた。

 

「ここで、対象を無力化できる。

 まあ速い話がここで喧嘩だ。

 広いし時間的に人気もない、車も単車もそのまま乗り込める。これがネットで探した上からの航空写真だ」

 

 写真に芝生や砂地を複合した公園と利用者の駐車場。

 駐車料金を取っていないため簡単に入れるらしい。

 

「ここに相手が来るのは確かなのかな?」

 

 武藤の作戦を聞いていた伽耶が確実性を問う。

 

「ああ。この連中が喧嘩するときは常にここらしい。

 人数は20前後らしい。決めるのは俺たちの立ち回りだろう」

 

 写真の駐車場を印刷した別紙を武藤が取り出し、そこに青と赤の円いチップを各3枚ずつおく。

 

「平賀は車内で鍵締めて待機。人質はしゃれにならないぜ」

 

 赤色のチップを一枚摘み、ミニチュアカーの上に置く。

 

「星伽さんは遠山と一緒に中衛、まあ前衛の裏を取らさないようにしてくれ」

 

 車を背中にしつつ、赤と青二枚が置かれる。

 

「で、俺と不知火と伽耶が前衛なんだが・・・・・・

 前、右、左のどれに誰が行く?」

「一応強襲課の僕が前に行かしてもらうよ。

 八雲さんも強襲課らしいけど・・・・・・いくら適性テストを受けて編入したっていっても日が浅いから右で良い?」 

 

 人は大体右利きであり、戦う際は向かって左側にいる対象へ右腕を繰り出すことを無意識に得意とする。

 すなわち、三人の中で右に位置すれば、相手集団の右側から攻めることができ戦いやすい。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて右に行かしてもらうね。

 でも、武藤は良いのかな?

 所属は車両科のはずたよね」

「ああその点は安心して良いぞ。コイツはそんなにヤワじゃない」

 

 武藤に代わってキンジが答える。

 特に深い意味もなく、伽耶もそれ以上話題を広げない。

 その他の面々も概ね了承したらしく、役所を後にする。

 

 

----旅館----

 

「連中が現れんのは午前一時近くだからそれまでホテルのんびりしといてくれ」

 

 武藤は予約したのは市の中心から若干外れた旅館だった。

 おりよく3人部屋だったらしく2つ用意して女子と男子で分かれた。

 

「おお~、露天風呂もあるらしいのだ。

 白雪ちゃん、伽耶ちゃん今から行くのだ!」

 

 室内に置かれた旅館の案内を見ていた平賀が洗面用具をいそいそと取り出し部屋を飛び出ていく。

 

「待って待って、依頼が終わってからにしよう。

 2日分の予約は取ってあるらしいから明日のお昼で良いんじゃないかな」

 

 後ろから襟首を掴んで伽耶が室内に連れ戻す。

 

「うぅ~、まあ仕方ないのだ。

 明日のお昼まで我慢するのだ」

 

 ぷくっと頬を膨らませる平賀。

 その首を掴みながら部屋に運ぶ伽耶の姿は、巣から脱走した好奇心旺盛な子猫を連れ戻す母猫のようだった。

 

「あの、伽耶さん・・・・・・下を・・・・・・」

 

 白雪が少し頬を赤らめ、伽耶の姿に戸惑いを感じている。

 と言うのも、部屋に瞬間から伽耶は制服を脱いでタイツにシャツだけ羽織ってくつろいでいる。

 あまつさえその姿で平賀を捕まえに部屋を出たのだ。

 同じ女性として白雪には信じられない。

 

「ん?」

 

 部屋の隅で他の白雪に背を向けて拳銃を触っていた伽耶が顔だけ振り返る。

 その目は何かあったの? とでも言っているようで本人は自分の服装に疑問はないらしい。

 背中に掛かるくらいまで伸びた黒に近い茶髪に、紺色の目。

 化粧っけのない顔だが、輪郭がはっきりとしており悪くない。

 そんな伽耶が服装に頓着なのは、そういったことを気にする環境に居なかったからだ。

 

「二人とも時間までのんびり休むのかな?」

 

 拳銃をホルスターに納めた伽耶が二人に向きなおる。

 壁に背中を預けて、程良く柔らかそうな脚を軽く伸ばす。

 

「そうですね、何かをするにも微妙な時間ですし。

 とりあえずはここに居ます。

 あ、でもキンちゃんがメールを見てくれたら・・・・・・」

 

 粗野な姿の伽耶とは対照的に、白雪は座布団の上で正座して真っ直ぐ背筋を伸ばしてお札らしき紙を机においたりめくり返したりして時間を過ごしていた。

 時折、側に置いてある携帯に目線を落とすのは誰かの返事を待っているのだろう。

 キンジの名前が出た辺りで顔を赤くして言葉を濁した。

 

「で、この子は私の膝の上で寝てるけど・・・・・・」

 

 先ほどまで伽耶の持つ拳銃に興味を示し、隣で私が整備したいと工具を片手に元気だった平賀は膝の上で小さな寝息を立てている。

 珍しい銃なので技術者の血が騒いだのかもしれない。

 

 確かに伽耶の拳銃は基礎設計が古い、構造も簡素で今のものと比べ銃身が若干長い。

 能動的に撃鉄を安全な形で落とす仕組みもないので、薬室に弾薬を込めた状態で持ち歩くには、指で撃鉄を押さえながらゆっくりと手動でおろすしかない。

 先ほど伽耶が背を向けていたのはその作業をしていたからである。

 一応は撃針との間に樹脂製の板を挟んで暴発への対策はしているが危険であるのに代わりはない。

 銃を扱っている最中は決して味方に銃口を向けてはいけないからだ。

 

「伽耶さんの膝の上は心地良いのでしょう」

 

 さあね、と白雪の言葉に返して平賀の頭に手を置く。

 その後は他愛もない雑談を交わして時間を潰した。

 

 

----公道上 車内----

 

「武藤の予想通りかな。結構来てるよ」

 

 八人乗りの最高列に座って後ろを見ていた伽耶が依頼の対象が来たことを告げる。

 遠くからでもわかる多数のバイクの無駄に鳴らすエンジンの音とライトの光が紛れもない証拠だ。

 

「おっそうか、んじゃ出すぜ」

 

 キーを捻り路肩に止めていた車を移動させていく。

 

「数も予想通り。後はしっかりと武藤君の作戦通り相手が動くかだね?」

「そうしてもらわないと面倒だ」

 

 集団の人数は二十名強はいるだろう。

 自分達なりの存在意義を求めているのか、それとも孤独でいる事への反動から来た集まりなのか、皆一般の社会には受け入れられない身なりをしている。

 

「八雲さんも落ち着いてますね」

「ん、特になんにも感じないからかな。

 あと私のことは伽耶でもいいよ、八雲ってなんか言いづらそうだし」

 

 案の定と言うべきか、道を制限速度よりやや遅めで走っていた自分達の車は囲まれた。

 挑発するかの様に車体に接近してクラクションを鳴らし、唾を吐き掛け、あげくには缶やタバコを投げつけてくる始末だ。

 

 普通は快く思わないし、よい心地ではない。

 が、さすがは武偵の生徒なのか車内の空気はほとんど変わらない。

 もちろん相手の動きに目を配わせ注意を払っているが、至って落ち着いている。

 やる気満々の武藤から、さっさと終わらせようという感じのキンジまで色々だった。

 その中でも伽耶は呆れている方だ。

 世の中こんな奴らもいるものなんだと。

 

「うーわ、やっぱ愛車で来なくてよかったぜ。

 こんなんに傷つけられたらたまったもんじゃないからな」

「むとーくん、この車は装備科所有のものなのだ。

 破損のお金はきっちり払ってもらうのだ」

「ありゃりゃ、さすが平賀さん。抜け目ないっすね」

 

 武藤の目論見通り、喧噪を立てる集団の固まりは交差点を左に折れ公園へと一直線の道に入る。

 反対車線への進入や二人乗り、その他の違反もばっちり車載カメラに納め後は捕まえるだけだ。

 

「全員そろそろ準備しとけよ。

 もうちょいで駐車場に着くからな」

「うん、わかった」「はあ、了解」「はい、大丈夫です」「ん、準備万端」

 

 降りる四名の声がバラバラに返ってくる。

 手を刃物から守るためのザイロン繊維の薄い手袋をはめて伽耶は軽く腕を伸ばして筋肉をほぐす。

 他の面々も準備を終えた頃に、車は駐車場に入った。

 

 伽耶達の乗った車を中心に半円を描くように暴走族のバイクが止まっていく。

 運転席を出た武藤に続いて武偵の一行が車から出て、それと退治するように族の集団がバイクから降りてくる。

 

「俺からいえるのは怪我しないようにな。

 やり方は各自、自由にやっちまえ!」

 

 武藤の言葉を合図に両者の第一陣が接触する。

 最前列に並んだ三人の中央にいる不知火の戦い方は投げ技と打撃技を織り交ぜた戦い方で一人一人を確実にしとめていく。

 相手に背中を取られないよう立ち位置に注意し常に相手と向かい合う形で勝負している。

 とても効率がよく、そして相手への攻撃も少ないて済む。

 

 変わって武藤は力技でねじ伏せる傾向にある。

 身長と腕力を生かし力強いストレートとキックとを決めていく。

 猪突猛進と言うべきか、とにかく相手を蹴り散らしていく戦い方だ。

 が、その反面周りが若干見えていないのか、その背中をキンジが支える形になっている。

 

「あいつ・・・・・・凄いな」

 

 そのキンジが向かってきた相手の右腕を掴み引き寄せ首に鋭い首刀を入れ昏倒させながら呟く。

 その目は開始二分足らずで七人の相手を地面に沈めて八人目に左のフックで顎を打ち抜き、よろけたところに股間への鋭い蹴りを決めた伽耶を見ていた。

 

「あいつ、女のくせにばりツエえぞ!」

「ざけんな、喧嘩で負けられっか!」

 

 叫びながら跳び蹴りを繰り出す相手に向きなおり、体の重心を右に傾けて避けて、そのまますれ違い様に右の裏拳を胸部に叩き込む。

 飛んでいる体は助走の慣性に従って前に飛んでいるだけであり、伽耶に加えられた反対方向への力に負けて地面に落とされる。

 立ち上がる前に伽耶の左膝が顔面を鼻の骨を砕き意識が途切れた。

 

 伽耶の戦い方に特別なものはない、何かの流派であるとか、自分の編み出した技があるわけでもない。

 競技や警察、軍のどれでも教えられる戦いの基礎を忠実に守った戦いであるのだ。

 相手の間合いで戦わない、攻撃を受け止めたりしない、急所へ鋭い打撃を加える。

 その他にもある格闘戦の常識をしっかり体に染み込ませ、無駄のない動きと自分への打撃を最小限に押さえるのが伽耶の戦いだ。

 

「畜生がっ!」

 

 上から降り下ろされるバットを後ろに一歩退いてやり過ごし、相手の上半身が完全に無防備になった所で右のストレートが右の鎖骨を折る。

 痛みで武器を手放したせいで隙ができた腹部の鳩尾に強烈な左足が繰り出される。強烈な痛みに肺の空気を入れ替える横隔膜の動きが止まり、痛みと息苦しさに悶えながら男が倒れる。

 

「あの女(あま)やべえぞ!」

 

 伽耶に対峙して十秒と耐えられる相手はおらず、二十数名いたにも関わらず立っているのは残り二人だった。

 その内の片方が懐から折りたたみの刃物を取り出し振り上げながら向かってくる。

 だが伽耶はたとえ目の前の相手が獲物を持っても動じることなく右手で相手の攻撃を封じた。

 降り下ろされる右腕の軌道を捕らえナイフを握る相手の右手首を掴み親指の付け根を押して手を強制的に開かせる。

 痛みで男が相手が武器を落としたところで体を右腕ごと自分の左側に引っ張りこみ、左膝を股間にめり込ます。

 

「ぐおっ!」

 

 男の性器は熱を避けるために体から突起を作る形で存在しており、多数の敏感な神経が密集している。

 まともに打撃が入ればしばらくは行動できないだろう。

 

「後一人、抵抗しなければ楽にすむけど?」

 

 今まで無言で相手を倒していた伽耶が初めて口を開く。

 相手側に立っているのは一人であり、こちらは五人。

 戦力的に抵抗の無意味を相手に告げるためだろう。

 だが、両手で握り拳を作り、顔の前で構える姿勢を崩さないところを見る限り、楽にするとは一撃で済ましてやるという意味になるだろう。

 現に伽耶の体は相手にしっかり向いている。

 

「ふっざけんな! 掛かって来いや!!」

 

 おそらく最後の一人は格闘技を少しは噛んでいるのか、他の物と違い構えながら伽耶との間合いを慎重にとっていく。そして、お互い間合いの一歩外で相手とにらみ合う形で動かなくなる。

 男は一気に決めるつもりであったが、伽耶の構えに動けなくなっていた。先ほどまでの動きを見ていた彼には伽耶が左足を重心にして戦っているように見えた。

 だから彼は右足を少し前に出して重心を移し、曲げていた腰を少し伸ばして間合いの長い蹴りを繰り出す姿勢をとっていた。

 だが、今の伽耶は右足を前にを置いている。それに若干後ろに重心があるところを見ると相手の蹴りを予測しているようにも見えた。

 攻撃を出すには相手の体の置き方が有利すぎる。

 

「くたばれやああ!」

 

 だが、それでも男は左足の蹴りを繰り出した。

 伽耶は余裕を持った動きでそれを回避し、左足を一歩踏み込んで間合いを詰める。左足を中心に体重をかけ、腰を左に捻り、右肩を回し、右腕を伸ばす。

 渾身の右ストレートが相手の助骨をへし折り、最後の標的が冷たいコンクリートの上に崩れ落ちる。

 

「これで終わりかな?」

「以外とエグい倒し方だな伽耶。

 まあ、そいつでラストだから依頼は無事完了だな。

 後は手錠で縛って武偵局支部に引き渡すか。

 おいキンジ、護送車の手配をしてくれよ」

 

 武偵が捕まえた犯罪者などは組織的な物でなければ警察ではなく近くにある武偵局の支部などに引き渡す。

 そのため、支部には収容人数が異なる大小の護送車が揃っており、登録されている武偵からの要請があれば来てくれる。

 もちろん相手も武偵なので諸手数料はいるが、今回は依頼主が運搬料を負担してくれるらしい。

 

「はい、その地点でお願いします。

 人数は26名。単車が18台あります・・・・・・」

 

 携帯で電話をしているキンジの後ろで車のドアが開き、中から平賀がプラスチックワイヤーの手錠が詰まった箱を持ちながら降りてくる。

 

「文、伏せてっ!!」

 

 その手錠を受け取りに来た伽耶が突然平賀を押し倒し、倒れ様に一度発砲する。

 背後にある車の窓ガラスに放射状のひび割れが入った音がしたときに全員が何者からかの発砲と、それに対する伽耶の応射に気づく。

 

「動くなっ」

 

 素早い動作で拳銃を取りだしたキンジと不知火が撃たれて苦しむ男に照準をつける。

 伽耶の銃弾は相手の右肩を貫いており、その男のそばに銃口から硝煙を上げるリボルバーが落ちている。

 

「そのまま動かず、じっとしていなさい」

 

 不知火が慎重に近づき、銃を持っていない左手で男の銃を回収。キンジは不知火の右斜め後ろから援護する形で相手に銃口を向け続けている。

 武藤が後ろから手錠をかけ相手を無力化した。

 

「他は持ってなさそうね」

「伽耶の方は無かったか、俺も無かった。

 不知火とキンジはどうだ?」

「こっちも不知火もない。どうやらソイツだけだ。

 にしてもこのリボルバー、アメリカで人気のある44マグナムの奴じゃないか?

 違法所持のやつかもしれないな」

 

 手錠をかけて一人ずつ持ち物を調べ上げ、銃を持っていたのは一人だけなことは判明した。

 

「あれ、不知火君それちょっと貸してくれない?」

 

 自動車の窓ガラスにつけられた弾痕を見ていた伽耶が不知火から拳銃を受け取る。

 

「これ、やっぱり中古品だ。色々な部品消耗してるし製造番号も削り取られてる。

 正規の販売品じゃないのは確かだね」

 

 サムピースを押し込んで弾倉を左に出す、軽く回してもわかるくらいに回る縁が歪んで見える。

 窓につけられた弾痕も綺麗な円ではなく、弾丸が斜めに当たったのか楕円を描いている。

 銃身に刻まれた螺旋が消耗している証拠だ。

 

「まあ、大口径の銃ってたいてい頭の悪い馬鹿の持ち物だけど・・・・・・あれ?」

「どうしたのだ?」

「いや、グリップの所に何か文字を彫った痕があるんだけど、文は読める?」

 

 弾倉から残弾を落とし、平賀にグリップを向ける。

 

「う~ん、よくわからないのだ。

 武偵校に戻って鑑識科(レピア)に頼むのが早いと思うのだ」

 

 相当傷んでいたのか木製の部分であるため文字は薄れていてよく読めず、ビニールの袋にに入れて持ち帰ることにした。

 その数分後に護送車が到着し依頼は完了。

 その後は報酬を貰い、一件落着。

 

「白雪ちゃん、伽耶ちゃん、露天風呂に行くのだ!」

 

 ホテルに戻った後、平賀の誘いで夜の景色を湯船で楽しみ過ごした。

 茹で上がった平賀を伽耶が可愛がったのはまた別の話。

 それから数日間は特に何もなく、始業式を迎えることになった。

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