緋弾のアリア 雀蜂の二十六刻印   作:ドレスデン

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第一章
窮地に陥る登校


――――始業式当日――――

 

 白い壁にかけられた時計の分針と時針は一直線になっており秒針だけが忙しく動いている。

 針の動く音に混じってキーボードとマウスを叩く音が部屋の中で響く。

 

 淹(い)れたての紅茶をテーブルに置いて、パソコンで何かを調べている伽耶が座っていた。

 ストレートではなくミルクティーで飲むのが好きで、有名なダージリンではなく様々な形で楽しめるディンブラの葉を使っている。

 渋みの少なく飲みやすく、朝の起きたばかりの舌にはちょうど良い。

 

「割と有名なのかな・・・・・・」

 

 画面には2つのウインドが開かれており、どちらも文字のみの文章情報だ。

 その見出し文には少し大きめの字体で『武偵殺しと思われる事件の詳細』とかかれている。

 

 伽耶が読んでいるのは中隊から送られてきた文章情報だ。

 1つは警察庁から、もう一つは武偵局から入手したものを編集したらしい。

 先日に新幹線で隣に座った可愛らしい少女も知っていた『武偵殺し』について伽耶は調べている。

 武藤に誘われて参加した依頼で相手の一人が銃を持っていた。

 突発的な行動であったし、すぐに取り押さえた。加えて最初から武偵を狙っていた人間ではない。

 武偵殺しとは無関係そうだったが、なんとなく気になって中隊から情報を回して貰ったのだ。

 

「死者が出る出ないや襲撃方法は様々だけど、武偵を標的にしているのは同じ分類にしてあるのか。

 最悪なのは武偵同士の撃ち合い・・・・・・

 犯行動機が判明しているのも不明なのもあるのかな」

 

 悪事を働く人間にとって白い側に立つ武偵は目の上のコブであるのは間違いがない。

 最悪の状況は黒い側の武偵が追ってきた武偵を殺す、なんてこともあったようだ。

 

 武偵とはあくまで『金で動く』というのが基本だ。

 金銭――――それは多くの人間の心を欲望に染めてきた。

 良識のある人でもわずかな心の隙間に入り込まれる時がある。

 それが行動の原理となっているなら、言うまでもないだろう。

 

 だが、これは何も武偵に限ったことではない。

 政治家や警察、企業の社長、宗教団体、どれにも金に心を奪われた者はいた。

 だから、何かの職業だから、という定義はない。

 起きてしまうのは必然だからだ。

 

「まあ、ここまで有名なら知ってなかったら逆に変か。

 調べてよかったっと」

 

 ふと伽耶が顔を上げると時計の針が45分を指していた。

 見ているデータを完全に消去して軽い食事を用意する。

 フレンチトーストのパンと焼いたベーコンを胃に収め、冷めた紅茶を飲み終える。

 鏡の前で軽く髪を整え、目の下や唇の色を見て体調を確認していく。

 

「これで準備よしっと」

 

 そう呟いて伽耶が最後に用意したのは一風変わった首飾りだった。

 菱形の透明な強化プラスチックに包まれた弾薬が一つ眠っている。

 一種のお守りともいえるそれを首の後ろで留め、襟から服の中に仕舞うと伽耶は部屋を後にした。

 

 

 

 

――――教室:二年A組――――

 

 

「キンジ・・・・・・一体なにをしてるのかな?」

 

 入学式に並んだ生徒の列にキンジの姿はなく、新しいクラスにも彼は姿を現さない。

 

「あれ、伽耶も姿を見てない? 僕と武藤君も見てないのだけれど」

 

 クラスの窓側列最後尾に座る伽耶の席を中心に不知火と武藤が集まっている。

 HRまでの間に始まった他愛ない雑談の最中だ。

 

「寝坊でもしたんじゃねーの?」

「そうかなぁ、今は星伽さんも居るはずだし。

 朝は起こしてもらってるはずだけど・・・・・・」

「なに!? あんにゃろ、一度ローラーで轢き殺してやろうか!!」

 

 不知火から得た新情報に激高する武藤。

 彼は何かと轢き殺すという言葉を連呼する。

 

「ふーん、武藤は白雪さんのことが好きなの?」

 

 伽耶が適当な憶測を展開する。

 

「いや、そんなっ・・・・・・うん、嫌いな訳でもない! いやしかし――――」

 

 一人問答を始める武藤。

 が、その様子を伽耶も不知火も見てはいない。

 

「そういえば伽耶さん。

 この前の依頼で押収した銃だけど盗品ではなく違法輸入された物だったみたい。

 学校の鑑識科で調べて、その後は武偵局に情報を警察庁に押収品を回したらしいよ。

 組織的な集団から流出した可能性が高いらしい」

「そうなんだ。まあ、銃火器の密輸は単独では難しいしね。

 あれ? じゃあこの学校には今は何の証拠もないの?」

「物としては残ってないけど、鑑識科と学校の中央コンピュータにデータ化して残してあるはずだよ。

 中央には他の科もアクセスして閲覧できるようになっているから後で確認しとくといいよ」

 

 いくら武偵校といっても子供は子供、組織的で高度な犯罪が絡んでいると教師陣が判断すれば、武偵局と警察に事件や証拠品は移される。

 もちろん事件解決の際には情報提供者として報償を貰うことができるが。

 

「――――だから俺は星伽さんを尊敬しているっ!」

「「えっ!?」」

 

 武藤はついに自問自答の中で己の答えを見つけた。

 しかし、伽耶と不知火は先日の依頼の件に関心を移していたので、途中経過を全く聞いていない。

 

「星伽さんが好きかどうか、聞いたのはお前だろう伽耶!」

 

 武藤が目尻に男の涙を浮かべながら伽耶を指さす。

 

「あ~、ごめん。一応・・・・・・尊敬を持っているということで、ファイナルアンサー?」

「そうだ。

 所で前回の件は星伽さんの好感度をあげる目的もあったが・・・・・・星伽さん何か俺について話してないか?」

 

 以外と早くに立ち直った武藤が自信の計画を暴露しつつ伽耶に問いつめる。

 

「ちょっと、近い近い。それに怖い」

 

 どうどう、と武藤をなだめつつ星伽の会話や行動を思い出していく。

 車で彼女の視線は常に――――遠山の横顔に。

 菓子や茶の継ぎ足しも――――遠山の皿とコップに

 話しかける対象も常に――――遠山本人に。

 部屋での会話の中心は――――遠山と自分の出会い等。

 乱闘中のカバー範囲は――――遠山の背後中心。

 総評・・・・・・

 

「言わないでおきます」

「なにいい!?」

 

 武藤のギラつく視線から申し訳なさそうに目を泳がす伽耶。

 だが、漢武藤は簡単には引き下がらない。

 

「いや、一言くらい何か言ってたはずだ!

 何度も話しかけて、荷物も運んで、格闘でも多くの相手を倒したんだぞ!

 マジで何か言ってなかったか!?」

 

 確かに武藤は良い間隔で星伽に会話を振り、場を盛り上げつつ素朴な好感度をあげていた。

 荷物等の持ち運びも星伽を含め女子全員分を運んでいた。

 だが、しかし

 

「岩の崖は登れても、鉄の壁に手の着け所は無いでしょう」

「それって可能性ゼロってことか!?」

 

 伽耶の両肩に手を置いたまま武藤がうなだれる。

 

「俺は・・・・・・俺には恋人が作れないのか!」

「諦めないで行けば大丈夫だと思うけど・・・・・・」

「じゃあ、伽耶は俺と――――」

「ごめんそれは無理ですっ」

「NOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 

 武藤の暴走を伽耶は笑顔で一蹴した。

 

「それにしても担任の先生遅いね。

 何かあったのかな?

 ホームルーム開始が遅れるって放送してたけど」

 

 不知火が腕時計を見ながら、担任が未だに顔を見せないことに疑念を浮かべる。

 

「たぶん、事件か何かあったんじゃないかな」

 

 伽耶の言葉は、適当だったが的を得ていた。

 

 

 

 

――――時間は戻り学園島内――――

 

 朝食を食べ終えたキンジは7時58分発のバスには十分間に合うことを確認すると、自分の目の前にいる人物に出ていくよう催促する。

 

「俺はメールを見てから出る。お前は先に行ってろ」

「あ、じゃあその間にお部屋の掃除とか――――」

「そういうのはいいから」

 

 何とかキンジと一緒に登校しようと食い下がる白雪だが、だからといって相手に嫌われるのも良くない。

 少し気を落としつつも、先に部屋を出て学校へと向かっていった。

 

「ふう・・・・・・」

 

 部屋に自分以外の人間がいなくなると、ようやくキンジは心を安らげた。

 人付き合いが――――特に女子との付き合いが――――苦手な彼にとって、白雪が朝食を持って来ることは嫌悪こそしていないが、どこか煩わしいものなのだ。

 

 今日は始業式なので特に用意するものはない、パソコンを立ち上げて新着のメールと気になるサイトを閲覧していく。

 ネットには様々な情報が多対多の形で随時更新されていく、見出しが気になったり、リンクを飛んでいくとあっと言う間に時間は過ぎる。

 

「あっ、時間が・・・・・・」

 

 画面の右下、デジタルで表示されている時間は7時55分。三分後に出るバスには乗り遅れてしまう。

 電源を落としてため息をつくと、キンジは机から自転車の鍵を取り出し、玄関へ向かう。

 

「初日からついてないな」

 

 靴を履きながら頭を抱える彼だった。

 だが。これから起きることに、さらに嘆くことになるとは夢にも思ってなかっただろう。

 

 

 武偵校が位置するのは人工的に作られた島の上だ。

 南北2キロ、東西500メートルで、道路とモノレールが東京とつながっている。

 

 校舎と寮以外には、学生を主な客層とした飲食店やファッション店など様々な建物が並ぶ。

 だが今はまだ朝が早い、どこのコンビニなどを除いてほとんどの店は準備中なのかシャッターを下ろしていた。

 

「間に合うか?」

 

 それなりに時間が迫っているキンジは、自転車を漕ぐことに意識を集中していた。

 だから、店の前に不自然に止まっていたトラックの横を――――その店の窓には閉店と張り紙があったのに――――通り過ぎてしまった。

 

「あいつがターゲット?」

 

 そのトラックの運転手は黒ガラスの向こうを通り過ぎていった少年を横目に見ながら呟いた。

 

「そーそー、あの子だよ。私たちの教授が言ってたの」

「私たちでではく、あなたのでしょ?

 私個人は関係ないよ、そっちの組織とは」

 

 助手席に座る方は陽気で、もう片方はいたって冷静に言葉を返していた。

 返事をしたと言うよりも、運転手の人間はとても面倒そうに返しただけらしい。

 

「もー、つれないなー。もうちょっと親しくしてくれても良いのにー」

「それよりも用があるなら早くして、喋るだけなら車出すよ?」

「わー、ごめんごめんっ。すぐにするからさ」

 

 苛ついているのか、語気を強めて運転手が何かを催促する。

 あわてた方がノートパソコンを開く、待機させていたのかすぐに画面が光をともす。

 二、三度キーを叩くとトラックの後部荷台扉が開き、中から怪しげな機械が道路へと降り立った。

 

「後は、シナリオ通り行くのかなー? どう思う?」

「知らない、そんなのどうなっても構わないし。

 私の組織の意向がなかったらこんな事につきあわない」

「ふーん、それって私の組織とは仲良くしないってこと?」

 

 さっきまでの陽気な雰囲気はどこに行ったのか、助手座の人間から殺伐とした冷たさがにじみ出る。

 だが、運転手の人間は動じず、淡々と自分の考えを口にするまでだった。

 

「さあね、でも邪魔するなら誰だろうと私は撃つよ」

「なかなか強気だね。でも……」

 

 相手の言葉を聞き終わるか終わらないかのうちに、運転席に座る人は車を動かした。

 

 

 

 

「なんなんだよ、これ!?」

 

 キンジが自分の異変に気づいたときには既に銃口が向けられた時だった。

 自転車を漕ぐ自分の後ろに続く五体の怪しげな機械。

 四台は二つの車輪と細長い棒を持ち、その棒のちょうど人の胴体くらいの高さに一丁ずつ短機関銃を備えている。

 そして真後ろで追走してくるものには、他とは異なりアンテナや複数のカメラが搭載されていた。

 

「これって、無人なのか!?」

 

 苛立ちから言葉が声に出てしまっている。

 学校が見えてきて少し自転車の速度を落として周りを見たとき、すでにキンジは無人の機械に囲まれていた。

 

「畜生がっ!」

 

 追ってきている中で真後ろにいるカメラとアンテナを付けたものが、自分の状況と他の機械への命令を出しているのだろうと見当を付ける。

 指令機を壊すためにキンジが右手を懐の拳銃に伸ばそうとすると、右隣にいた無人の機械が前数メートルに向かって威嚇するように銃弾を放った。

 

「今のは警告 次 射殺する 速度落とすな 走れ」

 

 誰かの声を切りとり、変声機にかけたような機械の声。

 全力で足を回すキンジの額に嫌な汗が混じる。

 

(これって、武偵殺しの模倣犯!?)

 

 キンジの頭に最近起きていた事件のことが思い出される。

 武偵を対象にした複数の事件のこと。

 単に武偵の人間を弄ぶだけのものから最悪の事態では死者も出ていたはずだった。

 そしてその牙が今自分に突きつけられている。

 右と左を向いても真っ黒な穴をあけた銃口が冷たく狙いを定めていた。

 

(何で俺が!? どうして!? なぜ!?

 それに実行犯が捕まったんじゃないのか!?)

 

 疑問が頭の中を埋め尽くし飛び回るが、自分を狙う四つの照準は少しも逸れてはくれない。

 何の解決策も見いだせないまま、キンジは謎の機械を連れたまま全力でグランドへと続く校門を通り抜けようとしていた。

 

「そこのアンタ、そのまま真っ直ぐ! 動くんじゃないわよっ!」

 

 校門まで後20メートル程と言うところで、突然誰かの声が響きわたる。

 高くよく通る声、キンジが顔を上げると片膝をつき両手で大きな銃を構える少女が校門にいた。

 

「何を――――」

 

 するつもりだ、と叫んだキンジの声は鳴り響いた銃声に消し去られた。

 数えること五回の発砲はキンジの真横の二輪の機械を打ち壊し、肩すれすれを通過した弾丸は背後の二つを、そして自転車を漕ぐ足と車体の間を縫うように抜けた最後の弾は指示を出していたものを破壊した。

 高い射撃技術と集中力、そして人が居るという重圧に負けない精神力を持たなければできる芸当ではない。

 

「スピードを落とさないで直進しなさい!」

 

 横を通過したキンジの自転車の荷台に少女は飛び乗ると銃でグランドの隅を指し示す。

 

「直進ってどうして!?」

「まだ、さっきの変なのが居るのよ! あの倉庫に隠れるの!」

「隠れるったって体育倉庫には鍵がかかってるぞ!」

「閉じているなら開ければいいのよ! GO! GO! GO!」

 

 少女はキンジにそう言うと、残り少なくなった拳銃の弾倉を取り出し新しいのに取り替えると、不規則に揺れる荷台の上から、照準を合わせる。

 

「開けるってお前まさか撃つ気か?」

「そうよ! 風穴開けてやるんだからっ」

 

 そう宣言すると、少女は引き金を絞った。

 ドアの施錠を吹き飛ばし、四つの車輪を壊し、ドアの中央に二つの風穴を開ける。

 支えを失ったドアはゆっくりと暗い倉庫の中へと倒れていく。

 だが自転車の速度は速く、倒れきる前に鉄の扉に突っ込むことになった。

 

 前輪が大きくひしゃげ、サドルから投げ出されて中を浮く。

 時間がゆっくり進むかのように感じ、キンジは大きなマットの上に体をうちつけた。

 

「むっ! ふがっ」

 

 マットの感触とは違う何かがキンジの顔を覆っていた。

 人肌のほのかな温もりと、わずかに感じるやわらかさ。

 顔を上げるとキンジは少女を押し倒す形で、その小さな可愛らしい胸に顔をうずめていた。

 

「あ、あんた、いきなりこんなっ!」

 

 投げ出されたために仕方がなかったとはいえ胸に顔を埋められて喜ぶ女性はいない。

 

「ちょっと聞いてるの!? いい加減退きなさいよっ!」

 

 少女が怒りを露わにしても男は声も出さず微動だにしない。

 だがそれは、気絶しているわけでも、その状態に悦を覚えているわけでもない。

 脳下垂体から出された神経伝達が受容体に作用し、脳は麻酔をかけらたように多幸感を膨らませる。同時に血液中の糖濃度も密になっていく。

 交感神経にも刺激は届く、心臓の鼓動が拍子を上げていき、瞳が大きく見開かれる。

 

「このへんた----」

 

 顔を真っ赤に染めあげ、自分に覆い被さる男を叩きどかそうとした少女の言葉が途切れる。

 

「え、や、ちょっと!?」

 

 いきなり抱きあげられ、入り口から離れた平均台の上に座らされて驚いたからだ。

 

「美しいお嬢さんは安全なところで。野暮な争いは俺だけで十分さ」

 

 少女の目の前には先ほどまでの雰囲気とは違う、静かでそれでいて躍動する覇気を出す少年が立っていた。

 目は研ぎ澄まされ、歩く一歩一歩が流水のようなしなやかさ。

 倉庫から出ると自分に向かって銃を積んだ二輪の機械が走ってくるところだった。

 

(当たらない、当たるわけがない)

 

 一台だけ先行してきた車両の銃が七つの銃弾を吐き出す。

 だが、キンジは少し体を傾けるだけで、弾の間に入り込みその全てを避けてしまった。

 

(これで、終わらせるっ)

 

 愛銃を引き抜くと、キンジは今自分を撃った車両に向けて終局への一撃を放つ。

 短機関銃を固定している金具を打ち抜き、銃を空中へと跳ね上げる。

 キンジの方へ向かっていた車両の銃なので慣性の力は走る方向。

 

 すなわち、空中に飛ばされた銃はそのままキンジの元へと進んでいく。

 左手で受け止めると、そのまま横なぎに撃ち払う。

 次の瞬間には七台あった車両全てが破片をまき散らして静まり返っていた。

 

「あ、あんた凄いわね。いい腕じゃない」

「君の射撃センスに比べたらまだまださ。

 あんなに正確に撃てる人を見たことがないよ。

 君のお陰で助かったよ、お嬢さん」

 

 いつもとは異なる口調と態度を見せるキンジは跳び箱に隠れるアリアに事態の終わりを告げる。

 

「ちょっと待ってなさい、今――――」

 

 先ほどの衝撃でスカートの留め金が壊れたアリアは何とか直そうと狭い箱の中で苦戦する。

 その様子を見ていたキンジは、布と金属の当たる音、そして少女が出てこないことから何が起きたのかを推測した。

 

「これを使うといい」

 

 ズボンのベルト外して跳び箱に投げ入れる。

 簡易の応急処置を施した少女は隠れていた場所から出ると、倉庫の入り口へと向かう。

 

「で、さっきのはどういうつもりだったの?」

 

 目の端をつり上げながら少女が詰問する。

 

「さっき?」

 

 何を言っているのか分からないと肩をすくめるキンジに少女が眉をしかめる。

 本当に忘れたの? と怒りを込めた目線を飛ばし始めた。

 さすがに少女の気迫に押され、キンジは何が原因かを記憶から探し始める。

 そして、その原因らしきものはすぐに見つかった。

 

「君の胸に顔をうずめたことは謝る。

 だがしかし、誤解はしないでほしいんだ」

「誤解・・・・・・ですって?」

 

 明らかに青筋を額に浮かべる少女は目の前にいる男、遠山キンジに今にも飛びかからんとしている。

 

「ああ、確かに君に失礼なことをしてしまった。

 だがあれは不慮の事故なんだ。

 倉庫の中へ投げ出されたときに偶然だ起きた、決してやましい気持ちがあったわけじゃない」

 

「そう、なるほどね・・・・・・」

 

 キンジの説得に、多少の苛立ちを残しながらも少女はその怒りを少しずつ沈めていく。

 怒髪天をついていた緋色の髪は穏やかさを取り戻し、小さく花も恥じらう可愛らしい顔に戻りつつあった。

 だが、続く遠山の言葉は完全に地雷を踏んだ。

 

「そして冷静に考えてくれ、俺は高校生だ。

 小さな子に手を出すなんてありえない。

 だから――――」

 

 安心していい、と最後までキンジは言い切れなかった。

 いや、正確には遮られたのだ、少女から再び滲みだした殺気と怒気によって。

 

「私は小さい子なんかじゃないっ!」

 

 今にも火山が爆発寸前にまで場の空気が逆戻りし、キンジは焦っていた。

 

「いや、小さい子っていうのは君の外見じゃない。

 俺より年下って意味で言ったんだ。

 君は中等部の子だろ? だから――――」

 

 キンジが言葉を発するよりも速く、少女は身を屈め一気に距離を詰めた。

 襟首を掴んで引き寄せ、相手を背中の上に乗せて、重心の移動と共に投げ飛ばす。

 

「あたしは高二だっ!」

 

 受け身をとり、転がって距離をとり立ち上がったキンジに少女が叫んだ。

 今の発言から怒りの原因が、自分の年齢が実際より低くみられていたことにあるようだ。

 

「強制猥褻罪で逮捕してやるんだからぁ!」

 

 止めの一撃を仕掛けに走り込む少女。

 だが、キンジは焦ることもなく少女に背を向けると、一気に駆けだした。

 

「ごめんよ、子猫ちゃん。

 女の子に手を挙げることはできないから、俺は逃げさせてもらうよっ」

「あんた何言ってーーーーきゃんっ!」

 

 キンジを追いかけようとした少女は足下を転がる何かに滑り、綺麗な円を描くようにその細い足を空高くあげながら転倒した。

 頭こそ打たなかったものの、顔を上げるとキンジの姿は見えなくなっていた。

 

 地面に散りばめられているのは少女が使う銃の弾薬。

 投げ飛ばされたときに盗られたものだ。

 少し呆けたように脱力していた少女は二本のツインテールを揺らしながら急に立ち上がり、キンジが逃げた方向へ顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

「この変態男! あんたにでっかい風穴あけてやるんだからっ!」

 

 これが物語を進める歯車の少年と少女が出会った最初であった。

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