緋弾のアリア 雀蜂の二十六刻印   作:ドレスデン

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現在進行な時間

――――2年A組教室――――

 

「何かあったのかな?」

 

 教室の壁に備え付けられた丸い時計を見ながら不知火が首を傾げた。

 その横では伽耶と武藤は暇そうに五目並べをしている。

 

「放送で先生全員に召集かかってたからなぁ、ってまた負けたっ!」

「武藤は勝ちにこだわりすぎ、手が単純すぎるよ」

「まだだ、もう一回勝負だ」

「え、まだやるの? 別に暇だから良いけど・・・・・・」

 

 千切ったノートに丸を書きつつ伽耶も退屈そうに教室を見渡す。

 ホームルーム開始予定時刻からすでに1時間は経っていた。

 だが、教室にいた担任は予鈴の前に入った校内放送で出ていったきり戻ってこず、教室は生徒の喋り声で埋め尽くされている。

 

「そーいや伽耶、キンジはどう見えた?」

 

 五目並べも六回戦目で飽きが来て、適当な話をしながら暇を殺しはじめた。

 身近な話から今日の天気まで話し、種が尽きたころ急に武藤が話題を切り出す。

 

「どう見えたって聞かれても普通としか・・・・・・

 やる気というか元気がなさそうだったけど」

 

 机に両肘をついて指を組み、その上に顔を乗せて伽耶は視線をガラスの向こうにある青空を眺めている。

 伽耶や不知火はキンジに白雪という恋人未満幼なじみ以上の人物を知っているので、恋愛対象として勘定はない。

 武藤は諦めていないようだが。

 

「まあ、そう見えるよな」

 

 実際の第一印象は暗い、だったがそれを言うわけにもいかず、伽耶は水を濁した。

 武藤のほうも答えの内容をだいたい予想していたのか、伽耶の返答に言葉を付け足さず、話を本題へと引きずり込んだ。

 

「じゃあこの写真を見てどう思う?」

 

 武藤が一枚の写真を取り出す。

 それを受け取った伽耶は不思議に思い目を細めたが、一瞬であることに気がついた。

 写真には制服姿で集まった数十人の生徒が写されていた。綺麗に並んではおらず、各々がもしくは数人がポーズを取りながら正面を見ている。

 その中には不知火・武藤と肩を組みながら笑っているキンジの姿があった。

 

「え、これキンジなの?」

 

 今のキンジと写真の人物は似て非なる存在だと、伽耶には見えた。

 

「ここ最近なんだ、遠山君が落ち込んだのは。昔はもっと元気で誰よりも武偵に憧れを持っていたんだけど・・・・・・」

「持ってた? それって過去形なの?」

「うん、実は――――」

 

 昔を思い出すように、目を数年前に向けながら不知火がキンジの昔を話していく。

 話によれば代々家系が悪と戦う立場に身を置いてきたためキンジは武偵を選んだという。

 父や兄も似た道を進んでいたらしい、その後ろ姿を彼は必死で追いかけていた。

 

「明るくて、人一倍努力してる奴だったぜ」

 

 不知火の話に付け足すように武藤も言葉を続けた。

 中学時代から学年では周りとは頭一つ分抜き出ていて、模擬戦では負けを知らなかったという。

 放課後はよく遅くまで技術の研磨と向上に励んでいたらしい。

 けれど、高校一年の冬を越えた頃から彼は変わった。

 元は強襲課に在籍していた彼は専門の授業を休むようになり、最終的には最後の試験を欠席。

 今では比較的争いの少なく、一般の学校に近い環境の探偵課に移ったという。

 

「でも、身内に何かあってから変わったんだ遠山君は。

 詳しいことは分からないけど、ある日を境に周りと距離を置くようになってんだよ。

 でも何があったか知らないし、聞いて良いのか分からないから僕達としては不安なんだ。

 一人で抱え込んでないかって」

「そうなんだ」

 

 話を聞いていた伽耶はキンジの少し前の姿を知ることとなった。

 彼ら二人が話している内容が嘘だと思えないし、虚偽を言う必要性も感じられない。

 だが、一つ引っかかるものがあった。

 

「なるほどね。

 でもさ、キンジの昔話は分かったけど・・・・・・それを私に話したのはなんで?」

 

 知り合いの昔話など、昨日今日に来た人間に話すものではない。

 仮にもキンジと伽耶がある程度お互いを知った頃に、不知火や武藤が昔話を教えるのならわかる。

 だがしかし、二人が出会ったのは少し前のこと。

 伽耶は違和感を覚えずにいられなかった。

 

「いや、それが昨日のことなんだが、キンジとメールのやり取りをしててさ、その中でこの前の依頼の話題にもなったんだよ。

 その内容に一つに伽耶のことを『なんとなく気の合いそうな人間』って言ってたんだぜ。

 アイツが人のことでメールするなんて珍しいからな、そのお相手に少しはキンジのことを知ってもらおうと思っただけだぜ。

 まあ、そんなに深くは考える必要ないからな

 ところで――――ぶほべっ!!」

 

 話題を切り替えようとした武藤に容赦ない目潰しが襲いかかった。

 携帯の画面を見ていた伽耶が視線を前方へ向けた際の一撃だ。

 

「いきなり何しやがる!?」

「それは私の台詞かな? なに下着を覗いてやがる」

 

 両肘を付いて机にもたれていたので、伽耶の制服は弛み襟首に覗ける隙間ができていたのだ。

 

「ある意味武藤が一番男子っぽいね、発情した犬」

 

 下着を見られることを伽耶は気にしないが、ジロジロと見せ物みたいに眺められるのも好みではない。

 暇だから放った一撃とも言えるだろう。

 

「お前が前かがみで机に肘付いてんのが悪いんだろうがっ」

「そっか、じゃあ何か相応の対価を払ってもうおうかな?

 パンチ、オア、キック?」

 

 伽耶が目が笑ってない笑顔で人差し指と中指をたてる。

 蹴られるのも悪くないと一瞬考えた武藤だが、伽耶だと本気で洒落にならないので慌てて両手を上げて降伏の意を示す。

 

「ぬいぬいー、その子もしかして転校生ー?」

 

 遠くの席で話していた女子の一人がこちらに向かってくる。

 ツーサイドアップの金髪に至る所にフリフリの装飾が付けられた制服(一応原型は留めている)を身につけた元気そうな少女だ。

 

「うん、そうだよ。この人が八雲 伽耶さん」

 

 不知火が受け答えたからには『ぬいぬい』と言うのは彼のあだ名なのだろうか。

 

「おぉ、やっぱり! 私は峰 理子だよ。よろしくねっ」

「う、うん、よろしく(うわぁ・・・・・・おっきい)」

 

 溢れんばかりの笑顔と元気さで手を握る理子と握手する伽耶の目線はある一点に集中していた。

 それは理子という少女の胸だ。

 身長はそれほど高いわけでもない、だがその二つの実は制服の下からでも確かに存在を主張している。

 

「うーん、伽耶って名前だからぁ・・・・・・

 伽耶っちは可愛くないし、かややはあややと被っちゃうし・・・・・・

 かややん、だね! うん、これで決まりっ」

 

 顎の下に人差し指を当てて考えを口に漏らしていた理子により伽耶のあだ名が決定された。

 

「って、かややん涎(よだれ)出てるよっ! 大丈夫!?」

「えっ!?」

 

 自分のあだ名が考えられていたにも関わらず、伽耶の頭は目の前の美少女理子のことで一杯であった。

 部屋に連れ込むか、それとも遊びに行って――――など少し妄想にふけっていたため、一人自分の世界を旅行していた。

 同じクラスなので着替えが楽しみだ、等とも。

 

「ごめん、ごめん。そのフリフリの服可愛いね。

 自分で作ったの?」

 

 口の端から垂れていた液体を急いで拭き取り、自分の妄想を悟られまいと切り替えしざまに相手への質問を送る。

 ある意味では手練れだ。

 

「おぉ、ついにこの服の魅力を理解してくれる人がっ!

 今日のはクラシカル系の落ち着い雰囲気を取り入れつつ、スカートの長さとフリルの幅を調節して今風のアレンジをしてるんだよ。

 今は白ロリ風のアレンジとパンク系のアレンジの二つを作ってるんだけど――――」

 

 飼い主に飛びつく子犬のような勢いで話し出す理子。

 その目は小動物のように輝き、語る熱さからは乙女の情熱を感じ取れる。

 

「うん、うん。そうなんだ、なるほど白は綺麗よね」

 

 伽耶はファッションセンスなど無く、用語も知らない。

 なのでもちろん理子の行っている言葉の大半は理解不能だが、上手に相づちを打ち相手の饒舌を終わらせない。

 その間は楽しめるから。

 

「このフリルを付けるのも悩んだんだけど、やっぱり全体的な柔らかさを出すためには――――」

 

 話している理子も上機嫌なのか服の細かいところまで、自分の考えと努力を説明してくれる。

 相手が少々興奮して警戒心を緩めているのを利用し、伽耶は太股の上に理子を座らせる。

 

「確かにフワフワしてる、柔らかーい」

 

 理子が指さして説明する箇所を伽耶は右手の指で柔らかく触れたり、なでたりする。

 反対側の左腕は相手をしっかりと抱くために理子の細く柔らかい腰に回っているけれど。

 

「かややんも今度着てみる?

 いろいろ種類があるから似合うの絶対あるよ!」

「うん、いいよー」

 

 伽耶の答えは空返事だが、理子は興奮しているのか気が付かない。

 体の次は髪、抱き抱える振りをしてオレンジ系のさっぱりとして元気な香りを堪能する伽耶。理子自身に雰囲気も活発で明るい、柑橘系の果物の匂いと良く合う。

 

「可愛いのと綺麗なのと落ち着いたのなら、どれがいいかなー?」

「理子は可愛いのが似合うと思うよ」

「ちがうよー、かややんが着るのやつだよ」

「それなら落ち着いてるのかな」

 

 いつもは初対面の人を家族名で呼ぶ伽耶も初めから名前で呼んでいる。

 それだけ、理子の人柄は周りとの距離を縮めやすいものだと言える。

 伽耶と理子の姿は端から見れば仲の良い姉妹かそのように見えるだろう。

 

「それとオススメのお店があるんだけど――――

 あ、先生来ちゃった」

 

 後小一時間は話せたはずだが、担任の到着により伽耶の膝の上から理子が行ってしまう。

 さっきまでは早く来ないかなと思っていた担任が今は憎々しく思えてしまうこの不思議。

 

「女っていいな」

 

 武藤がボヤきながら席に戻り、また後でと不知火も席に戻る。

 入ってきた担任は教室を見回した後、真っ直ぐに伽耶の元へと早足でやってきた。

 そしてこう言った。

 

「ごめんね八雲さん、あなたの教室は本当はC組だった」

「ふへっ?」

 

 伽耶の口から思わず間抜けな言葉が飛び出す。

 

「いやー実は昨日の夜に学校のパソコンがダウンしてね。

 ちょうど新しく入力してたあなたの情報が間違って登録されてたみたい。

 さっき回復した時にエラーが出てきて発見したのよ、ごめんね」

「あ・・・・・・はい、わかりました。すぐに新しい教室に移動ですか?」

「そうしてもらえると助かるわ」

 

 機械の不具合なら仕方がないと立ち上がり、伽耶は別の部屋に向かう、理子が手を振っていたので軽く手を振って教室を出た。

 

「えっうそ、キンジ? 今着いたの?」

 

 廊下に出てすぐに出会ったのは、書類の束を小脇に挟んだキンジの姿だった。

 

「ああ・・・・・・いろいろあってな」

 

 お世辞にも元気いっぱいといえる顔ではなく、全体的に暗い雰囲気を醸し出しているので、口にせずとも何らかのことが――――少なくともよいことではない――――が合ったということは伽耶もすぐに気がつく。

 何があったのか詳細を聞きたく思ったが、自分も別のクラスに移動しなければならないしキンジもHRが始まる教室に遅れるわけにも行かない。

 

「色々聞きたいけど、また後の方がいいかな?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

 

 結局すぐに別れ詳しい話はせず二人は別々の教室にはいっていった。

 その後は向こうも忙しかったらしく、出会うのは放課後になり、今こうして詳しい話を聞いたところだった。

 

 

 

 

――――放課後――――

 

 放課後になり、伽耶は校舎の中を歩き回っていた。

 もしもの時の脱出経路や不振な点、身を隠しやすい場所を探すためだ。

 そして、自分に与えられた任務を全うするためでもあった。

 中隊からの命令は武偵校内の調査だ。

 集めれる情報なら何でもという意向らしいが、重要度別に収集するべきものが決められている。

 一番優先して集めるべき情報は反社会的な活動や集団を形成しようとする人物の発見と通達だ。

 

 学校という檻の中で育った学生には社会的経験が少ない。そのため大人よりも騙しやすく、大人より行動力があるためオカルト的な宗教団体や政治団体に洗脳されやすい。

 学校の友人から友人へ、そしてその友人の友人へ。などと思想が伝達することも希ではない。もし普通の学校にいる学生達が運動を起こしても警察の機動隊や公安部で対処することができる。

 だが、ここは武偵校。すなわち戦闘能力を有する生徒が大勢いるのだ。集団で暴走されては国家の秩序に関わる。

 

「ん、あれは・・・・・・キンジ?」

 

 校内を探索していた伽耶が見つけたのは意気消沈したキンジの姿だった。

 少し見ただけでも分かるほどに彼は肩を落として暗い雰囲気を纏っている。

 今日は大幅に遅刻してきてその時も青い顔をしていたのを思い出す。

 

「落ち込んでいるけど、どうしたの?」

「あ? ああ、伽耶か……」

 

 少しとは言え一緒に行動した仲であるし、この先の任務で貴重な情報源になるかもしれない存在である。

 何があったのかを聞きたいという興味もあったので、伽耶は話しかけることにしたのだ。

 だが想像以上にキンジの気分は悪いようで、話が続けられるかどうか一瞬で不安になる伽耶がいた。

 

「ちょっと悪いことが立て続けに起きて……な。

 話は朝チャリに乗ったところから始まるんだが――――」

 

 話しかけたが次の言葉が見つからず冷や汗を垂らす伽耶にキンジが暗いながらも今朝の出来事を話していく。

 人間悩みを話すと楽になれる。

 不満を一方的に話せる相手が現れたのだ、意外とキンジは長く喋る。

 言葉は説明というより愚痴の連続だが、ある程度の流れは理解できた。

 きっと誰かに不満を漏らしたかったのだろう、教室に到着してからの話も混ざっていた。

 

「なるほど、キンジの登校中にそんなことがあったんだ」

「ああ。ていうか、人事みたいに言うなよ。これでも割とキツかったんだぞ?」

「いや、その元気がない目を見ればしんどいのはすぐにわかる。まあ落ち込まないで。

 これでも飲んでゆっくり聞かせてよ」

 

 イスに座りため息をつくキンジに紅茶を出しながら、机を挟んで対面に座る。

 夕日が窓から空間全体を赤く染め、放課後特有の気が緩まった柔らかさの中に二人は座っていた。

 伽耶は鞄の中から小さな保温ボトルを取り出し紙コップに注ぎキンジの前に置く。

 会話の内容は今日の朝のことであり、キンジが教室に来るまでと、その後のことだった。

 

「ちょっと冷めてるのは許してね」

「さんきゅ、伽耶は紅茶を入れる趣味でも?」

「んーまあ、お遊び程度に。手間がかかるからティーバックで入れるのが大半だけど。

 一応日本で有名なホテルのブレンドで、ベースはダージリン。ストレートでも、意外とミルクも合うはずだよ」

「そんな説明、言われても分からねえよ」

 

 伽耶の説明を半分聞き流しながらキンジは目の前に出されたカップを手に取り口を付ける。

 爽やかですっきりとした味が口に広がっていく。

 後にくるほどの粘りの強い味はなく、綺麗な後味だった。

 

「新学期初めから運がなさすぎだろ」

 

 ぼそりと呟くようにキンジは今日の出来事を嘆いた。

 伽耶も話を聞き、キンジの不幸にある程度同情もしていた。

 

 どうやら自転車で登校中に何者かに襲われ、そして偶然出会った少女と一緒に襲撃者を退けた。

 だが、その過程で起きた出来事でその少女を怒らしてしまった。

 さらにその少女が自分と同じクラスの転校生だったらしく、直ぐに一悶着起こしてしまう。

 その結果、穏やかにひっそりと学生生活を送りたかったキンジの夢は新学期初日に潰えたらしい。

 そういえば、転入生は二人居ると武藤が言っていた。

 だとすればキンジと出会ったのが伽耶とは別のもう一人だと言うことになる。

 その少女が同じクラスで、新学期早々に険悪な関係。

 

「それはご愁傷様です」

「ははは……そうだよなぁ」

 

 生気のない目をした遠山が首を回し、今まで頬杖をついていて見えなかった顔の右半分が姿を現す。

 そこには季節外れの大きな紅葉が描かれていた。

 

「秋の赤染めはまだまだ先ですよー」

「そいつの平手打ちが季節を変えたんだよ、まだ痛いんだぜ」

 

 赤く染まる肌をさすりながらため息をつく。

 殴られた主な原因はクラスの一人が放った軽口らしく、キンジは完全なとばっちりだった。

 

「ところで話を戻すけど、その襲撃って変じゃないかな?

 わざわざ武偵の卵が沢山いる、その教師達も大勢いる場所で襲うなんて。

 無計画で無謀な人間が起こしたと思えないよね」

 

 笑っていた伽耶の目尻が少し鋭くなる。

 伽耶としてはキンジと少女の出会いより、その襲撃事件が気になるのだ。

 

「ああ、もしかしたら・・・・・・たぶん高い確率で武偵殺しだと思う。

 それに武偵のテリトリーで仕掛けてくるってことは、無謀かそれとも相応の力がある奴か、どっちかだな」

 

 話しているうちに事態の悪さにキンジは頭を抱える。

 無人の追走機、仕掛けられた爆弾、もし出会った少女に助けてもらえなければ最悪の状況もあり得た。

 だが、なぜ狙われる?

 それが彼には分からない。

 

「一番不思議なのは無人機かな、そういった高価な物が個人で用意できるとは考えにくいけど」

「今鑑識科で調べてもらってる。

 もし相手が個人じゃなかったら、それこそ何で俺が狙われるのか分からん」

「心当たりは? たとえば身内に――――」

 

 身内に心当たりはある?

 そう聞きかけた口を両の手で慌てて押さえる。

 午前中に不知火達から聞いたことを思い出したからだ。

 身内に事故があってから、キンジは暗くなったと。

 仲の良い友人である武藤や不知火でさえ、彼に聞くことを躊躇っていた。

 ならば自分も聞くべきじゃない、そう伽耶は判断した。

 たとえ武偵殺しと関係なくてもだ。

 

「ごめん、なんでもない。

 私はもう帰るね。キンジも帰る?」

 

 伽耶としては襲撃の件についてもっと聞きたかった。

 だが、会話の流れを切ってしまいで話を続ける雰囲気ではなくなってしまった。

 

「俺はもうちょっと後で教務科に行かなきゃならん」

 

 始末書と思われる書類を疎ましい目で眺めながらペンを弄んでいる。

 

「じゃあ、また明日」

 

 紅茶の入った保温容器を鞄に仕舞い、伽耶はその場を後にした。

 

 

――――女子寮 廊下――――

 

 

 学校から戻った伽耶が部屋の扉を開けたのと、隣の住人が出てくるのは同時だった。

 

「あっ!」

 

 どんな人が隣人なのか気になって目を向けると知っている顔がそこにあった。

 

「もしかして神崎さん?」

「アリアでいいわよ。そっちは伽耶ね? 駅で別れて以来かしら?」

 

 隣に住んでいるのは新幹線の中で出会った少女、アリアだった。

 特徴的な緋色のツインテールはしっかりと記憶に残っている。

 

「アリアもここの生徒だったの?」

「いいえ違うわ。転校してきたのよ、前はロンドンに居たわ」

「そうなんだ・・・・・・ってことは、武藤が言ってた転入生ってあなた?」

「武藤は知らないけど、転入生なら私であってるわよ」

 

 ふと伽耶が目線をアリアの足下に向けると、そこにはトランプの柄が描かれたトランクが用意されている。

 運ばれてきた荷物、というよりも今から出ていく用意にしか見えない。

 

「どこかに出掛けるの?」

「まあ、そんなところかしら」

 

 伽耶の一言になぜかアリアの返事が険しくなる。

 

「あっ!」

 

 その時、伽耶の脳裏に紅葉の形が思い浮かぶ。

 

「キンジを平手で打ったのってあなた!?」

「あれはアイツが悪いのよ!!」

 

 間髪入れずに、アリアが顔を真っ赤にして声を上げる。

 踏んじゃいけない所に足を入れてしまったと思う伽耶だが後の祭り。

 さすがに廊下で話を続けるのも気が引け、アリアにも落ち着いてもらうため、伽耶は自室に彼女を招き入れた。

 そして半刻、キンジから聞いた話とほぼ同じ内容をアリアから説明してもらうことになる。

 

「アイツは私の胸に触った謝罪もなしに勝手に飛び出て、帰ってきたらすぐにどっか逃げてったのよ。

 それに胸を触っただけじゃなくて、私を小学生と間違えたし!

 言動がいきなり変わったかと思えば、教室ではまた最初に戻ってるし。

 あまつさえ私をからかったのよっ!」

 

 話の点でキンジと大きく異なるのは、胸を触られた事と年齢を間違えられた事に非常に重点を置くことだ。

 

(でも、どちらかと言うと、胸を触ったことを何事もなかったかのように振る舞われたことが気に食わないのでは?)

 

 アリアの話によるとキンジはある弁解をしたらしい。

 だが、その内容がいけなかった。

 

 俺は中学生を襲ったりしない。

 年下を脱がしたりしない。

 年齢が離れすぎているから――――安心していい。

 

 これがアリアの逆鱗に触れたのだ。

 乙女にとって聖域でもある胸部に触れた上、それについての謝罪が子供への対応。

 まるで触ったことに何ら罪悪感を抱いていない。

 

「はあ、はあ・・・・・・こんなところかしら」

 

 話している間に怒りが再燃したのか、途中からアリアの言葉には熱が籠もっていた。

 喉も渇いているらしく、長い話の間に冷めた紅茶を一気に飲み干してしまう。

 

「今、新しいの淹れるね」

 

 アリアの怒気に圧されて若干引いていた伽耶がいそいそとキッチンへ向かう。

 茶葉で淹れたいところだが、荷物になるので本部に置いてきてしまっている。

 今、手元にはティーバックの物しかない。

 リッジウェイのダージリンかロウレイズのアッサムブレンドか・・・・・・

 どちらもミルクに合うが、やはりアリアがイギリス人だからリッジウェイだろうか。

 少し悩んでリッジウェイのティーバックを取り出す。

 

 温めておいたカップにバックを入れ、沸騰したお湯を勢い良く注ぐ。

 熱湯に含まれる空気で茶葉をしっかり上下に動かす、これが茶葉の香りと味を十二分に引き出すのに大切だ。

 そして裏返したソーサーでカップに蓋をする。

 蒸らす時間もストレートとミルクでは異なる。

 ミルクを入れるときには、紅茶の存在感を出すために長く蒸らして茶葉から香りと味をしっかり引き出す。

 

「美味しいわね。ミルクと砂糖の量も最高よ。

 お店で出せるんじゃないかしら?」

「そう? そう言ってもらえるのはとても嬉しいかな。

 ところで・・・・・・あの大きな荷物はどうしたの?」

 

 茶葉から香るほのかな甘みを携えた紅にアリアが口をつける。

 先ほどまで高ぶっていた精神も少し落ち着く。

 そこを見計らって伽耶はアリアに聞いたのだ。

 玄関に鎮座する大きな荷物はいったい何のためなのかを。

 

「キンジの所に行くのよ。

 そしてアイツを私のパートナーにするの」

「えっ!?」

 

 今し方、散々に文句を付けていた相手の所に行くとアリアは言う。

 さらには自分の相棒にするのが目的で。

 

「ちょっとまって、仲が悪い――――じゃなくて殴った相手じゃないの!?

 行って朝の件を話し合うのならわかるけど、パートナーにするってどう言うこと!?」

 

 パートナーとは普通、助け合い協力する間柄の人間を指す。

 なので通常は仲の良く、もしくは馬の合う関係の者と成立する。

 だが、アリアが相手に選んだのは親しいわけでも気が合うわけでもなく、悶着を起こし壁のある相手なのだ。

 さすがに伽耶も驚きを隠せない。

 

「もちろん朝の事はしっかり謝らせるわ。

 けど、アイツはあたしのパートナーにする。

 私はずっと探してたのよ、相応のパートナーを。

 そして今日見つけた、それがアイツなのよ」

「え? ふさわしいってわかるの?」

 

 話の流れを聞くに、キンジとアリアがまともに話し合った時間があるとは思えない。

 それでも、相手が自分と組むに値すると判断できるのか。

 疑問を浮かべる伽耶に、アリアは驚きの答えを出す。

 

「直感よ。私は自分の肌で感じるものを信じているの。

 今までも勘を外したことはないわ。

 私にはわかるの。

 彼を私のパートナーにするべきだって」

 

 アリアの考え、それは正しくもあり危うくもある。

 過去の偉人に直感を信じる者は多くいた。

 そして成功し名を轟かせた。

 だが、その多くが直感を信じて失敗する。

 

「そうなんだ、なんだが不思議に思う。

 私は応援しかできないけど・・・・・・がんばってね」

 

 その緋色の目には強い意思が宿っていた。

 誰かが忠告しても助言しても、色あせることは無いだろう。

 

「良いお茶だったわ、ありがとね」

 

 玄関でアリアを見送り、伽耶はソファに体を預ける。

 ぼんやりと天井を見上げた後、右手を銃に運ぶ。

 RHSホルスターの安全装置を人差し指で押して引き抜く。

 

「あれ? なんで始業式の時間にアリアは外に居たんだろう?」

 

 今日聞いた話を紙に書いて整理していると、ある疑問が浮かぶ。

 キンジは襲撃を受けて始業式に遅れた。

 襲撃を受けた時間は始業式の最中、つまり在校生・新入生・編入生の全てがそこに集まっているはず。

 もちろんアリアもその例外ではない。

 しかしアリアはキンジと出会い襲撃者を撃退している。

 

(キンジは偶然だっていってたけど……アリアが式に出ていないのは何で?)

 

 普通に考えればアリアが学校の外に居ることはなかったはず。

 遅刻してきた可能性も考えられる、しかしキンジの話では校門付近で出会ったという。

 まるで襲撃を知っていて待ち構えていたようにしかみえない。

 

(アリアの自作自演……でもないか。それだとパートナー云々やその後の喧嘩の辻褄が合わないし……

 そもそも襲撃犯は『武偵殺し』の手口だって判断されてた)

 

 鑑識科は調査の結果、犯人は武偵殺しだと断定したらしい。

 武偵を狙って襲う人間、個人なのか複数なのか、同一犯かそれとも別か。

 伽耶も中隊に情報提供を要請している。

 新しい情報が入ればすぐに回してくれるはずだ。

 

(ん? そもそも何で私は武偵殺しを調べてるんだっけ?)

 

 頭の隅に何かが引っかかる。

 そう、伽耶も武偵殺しを知っていて、それについて少しだが調べている。

 

「そうだ、アリアに教えてもらったんだ!」

 

 思い出したのは電車の中で、アリアとの会話。

 その時に伽耶は武偵殺しが有名であると聞いた。

 そしてアリアはその件に関して詳しいと言っていたのを覚えている。

 

(もしかしたら、何か重要な情報を握っているかもしれない)

 

 その後の伽耶がとった行動は早い。

 自室から工具を幾つか取り出すと、ベランダ経由でアリアの部屋に侵入する。

 アリアは大きな荷物を持っていたので少なくともすぐには帰ってこないはず。

 白い手袋をつけ形跡を残さないようにゆっくりと部屋を物色していく。

 まずはアリアの自室。

 

(英字の書類が幾つかある。あ、クローゼット!)

 

 紙は持ち帰ると気づかれるかもしれないので高画質のカメラで撮影しデジタル化した情報に置き換える。

 が、その次に伽耶が手を着けたのは何の関係性もない場所だった。

 その中でも下着が入っている箇所を何故か伽耶は綿密に調べている。

 

(どれもトランプの柄だけど・・・・・・オーダーメイドだよね、これ。

 明らかに生地の質がいい・・・・・・程良い伸び具合だ)

 

 端から見れば確実に変質者のアレだが、伽耶はお構いなしだ。

 白、黒、ピンク、水玉、縞、その他にも色々ある。

 散々物色した後で伽耶はあることを思いつく。

 

(一つぐらい・・・・・・バレないよね。

 使って無さそうなのを少しだけ・・・・・・)

 

 もう情報収集などそっちのけ。

 自分の私利私欲で動いている。

 

(右から二番目の列の後ろから二つ目が他と違って片付けられてから動いてる形跡がないっ)

 

 まず、全体をみる。

 出し入れしていれば周りのものも微妙に崩れていく。

 つまり、畳まれてから型崩れしていない物はあまり使っていない証拠だ。

 結果、伽耶は薄い黒色の物を上下セットで拝借。

 ついでに幾つも替えがあるオーバーニーソックスも一組頂くことにした。

 

(これはあくまでも武偵の内部情報の調査の一環。

 だから仕方のないことだよね)

 

 そんな内部過ぎる情報を何に使う?

 という根本的な考えを無視して伽耶は満足げにアリアの部屋を後にする。

 

(後はパソコンかな?)

 

 リビングには学校から支給されるパソコンが用意されているが、アリアは自分の物を使っているらしい。

 備品扱いのパソコンは隣のステンレスラックに積み上げられ、机の上には高そうな海外製の物が置かれている。

 そのパソコンからはケーブルが伸び、足下に設置されている大きなアンテナを付けた受信機らしきものと接続されている。

 

(怪しい・・・・・・)

 

 手暗闇にならないように窓側に置かれたパソコンはベランダから入ってすぐだ。

 普通は一番はじめに目に入る。

 

(とりあえず起動させてみよっか)

 

 粘着性のあるセロファンのテープを取り出し、キーボードの一つ一つを調べていく。

 ボードやデスクの上に埃が乗っておらず、説明書が目の前に置かれていることから推測してまだ置いたのは昨日か今日のついさっきだろう。

 押したボードはパスワードやIDの文字くらいのはず。

 

(良かった、まだそんなに使ってない)

 

 背中のバックパックからノートパソコンを取り出し、アリアのものと有線で接続する。

 プログラムソフトを起動し指紋が出てきたキーを打ち込んでいく。

 後はソフトが打ち込まれた文字を自動で文字列化し、パスワードを幾つも入力していく。

 一分ほどでロックは解除され、ホーム画面が表示される。

 有線で繋いだ自分のパソコンでデータ抽出用のプログラムを立ち上げ、アリアのものから情報を拾い上げていく。

 意外に情報量が大きいのか処理時間は10分ほどある。

 

(他に何かあるかな・・・・・・)

 

 所有していた弾薬からアリアが45口径の銃を使っていることはわかった。

 欧州、アリアは住んでいた英国で多くの功績を挙げていたということも知ることができた。

 部屋の片隅に置かれた段ボール箱の中に幾つもの賞やメダルがあったのだ。

 だが、それらは乱雑に投げ入れられていた。

 アリアがその名誉に何の関心も無いというように。

 

(アリアは何のために日本へ?

 何のために武偵をしているの?

 パートナーはどうして必要?)

 

 調べて自分の疑念を解消するのが目的だった。

 だがアリアへの疑問は深まるばかり。

 考えているうちに時間は過ぎ、処理完了を示すウインドが表示されていた。

 パソコンの電源を落とし、部屋を後にする。

 

 持ち帰ったデータは中隊本部で調べてもらえばいい。

 現時点で少しだけわかったことがある。

 それはアリアが武偵という立場を目的のための手段としていることだった。

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