大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話   作:アライ

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このエイスリンちゃんはまだ日本語が話せません。

都合により冬休みが早く始まり、長くなっています。


邂逅

 岩手。それは東北地方に所在する県であり、都道府県の中では北海道に次いで二番目に大きいとされている。山地が多く緑豊かで自然に囲まれている所──といえば聞こえは良いが、実態は悲惨なものである。

 

 まず、人が少な過ぎる。県内ほぼ全域で人口が流出し続けている。過去の五年間の増減率の分布表を描き、減少を赤、増加を青として、その濃淡で岩手を表せば、まるで殺人現場に残った血糊の様に一面が濃く真っ赤っかになる。これは酷い。

 割合では無く実際の人口密度で見ても、それは無残という一言に尽きる。試される大地である北海道に次いで、二番目に人の密度が少ない。なぜここまでに北海道と張り合っているのか。

 

 そして次に、未開の地が多すぎる。群馬を笑っていられない程に多すぎる。野放図に広がる茶色と緑のコントラストは、遥か遠くの山々へ連なる程に広がっていて、まさに留まることを知らない。余りにも人の手が入らない場所が多い所為か、マヨヒガ(迷い家)と言う伝説までできてしまっている。その家は神域より降り立った幻とされ、もし限りある短い刻の中で訪れる事ができた者には、富や幸せを存分に与えてくれる──そんな御伽噺だ。おおよそ勧善懲悪の様なそれがストーリーに付随してくるのだろうが、こんな与太話を正気にする奴なんて一人もいない。探そうとした時点で、まず迷って死ぬ。そもそも無欲な奴じゃないと行けないとか言われている。どうすればいいのだろうか。

 

 そんな訳で今の岩手の状況は、まさに過疎という二文字に集約されてしまっている。少子高齢化の推移も激しく、今年もまた一つ、廃校してしまった学び舎があるらしい。大人達は合併やら統合やらで必死に人数を維持しているが、それもいつ崩れるか分からない。

 じりじりと擦り減る様な現状だが、諦め切れないのだろう。岩手──この宮守の地を皆が皆、かけがえのない大切な物だと思っているのだから。

 

 そんなどうしようも無い事を考えながら、日々惰眠を謳歌していた時。

 11月25日。ちょうど学業に区切りが付いて、冬休みに入った所だった。

 

【これから我が家は、ホームステイする子を迎え入れる事になる。来たらちゃんと挨拶するんだぞ】

 

 11時過ぎ。唐突に携帯電話に着信が来た。見出しは簡潔であり、本文を見ずともおおよそは把握できる。

 炬燵に入っていると、温度差でどうにも背筋が冷たくなるものだ。最近ではそんな背中を守る為に、敷布団の様に上半身に着る事が出来るヤツもあるらしいが、下手に水分補給を怠ると昇天しかねない。遥か二千年前より更に前からこの地に住む者は上手いこと寒さを凌ぐ方法を探してきたのだろうが、文明が発達した今でもそれは変わらないのかもしれない。

 

「何のご冗談を……」

 

 夏先に吹き荒ぶ岩手のやませや、反対側にあるオホーツクの海よりも寒いですよと思えば、ここに居ない筈の父がけらけらと笑った気がした。父は早朝、何やら忙しそうに行き先も伝えずに出ていってしまったが、なるほどこんな厄介事が有ったのか。流石に無視する訳には行かないので、連絡を見る事にした。

 

【ニュージーランドから来た子だ。その子の親がお父さんの仕事場での昔馴染みでな……仕事が終われば、よく麻雀を打ちにいったものだった】

 

 台の上に置かれていた籠から小さな蜜柑を取り出し、乱暴に剥いてから丸ごと口の中に放り込む。すると少しだけ思考が纏まった。

 冗談だろう、という問い掛けを発しても虚空にすげなく返されるだけだろう。父が打った無機質な文字の羅列からは、嘘を言っている様には全く感じられなかった。

 

【そう、New Zealandだ】

 

 寄宿とはニワカには信じがたいものの、百歩譲ってニュージーランドというのはまあ分からなくも無い。自分が在籍している学校は町おこし──になるかどうかは預かり知らぬ事だが、交換留学制度をニュージーランドと提携している。姉妹都市ならぬ姉妹校という奴だ。果たして今に至るまで一度もそれは成立した事は無かったが、制度自体はでかでかと校舎の廊下に張り出され、皆に周知されていた物だった。それが今回初めて活用されたという事なのだろうか。現実は定かでは無いが、その様に予測すると落ち着くというものだ。

 

 ホームステイされるに当たって、部屋が無いという訳では無い。地方で在りながら、父が持つこの家はそこそこ裕福だった。それもその筈、父は一戸建ての一階部分で雀荘を営んでいた。

 麻雀は国民的……いや、世界的な競技だ。まごう事なき確かなルーツを持ち、実際に卓上で行うかどうか関わらず、それを飯の種にする人はとても多い。麻雀のプロは勿論、批評家や評論家、初歩的な入門書から選手のインタビュー記事が載った雑誌まで、一稼業だけで数億単位の金が動く。それほどまでに麻雀とは大人気なのだ。

 故に父の雀荘はそこそこ繁盛している。

 

 短期とはいえ、恐らく留学生と呼べるのだろう。して、その人はいつ来るのだろうか。

 

【ちなみに今日来るぞ】

「今日?!」

 

 唐突。余りにも早すぎる。予め、その問いを予測していたのだろう、父の連ねた文字の先には既に答えが書いてあった。

 日本とニュージーランドは赤道を軸にするとまさに反対で、飛行機を使って来るとしてもおよそ半日は掛かるだろうし、常時渡航している筈も無い。そもそも岩手とニュージーランド間で、直通の便が無い。何の連絡も無しというのは有り得ないので、こちら側に報が届いていたとなると我が父は今日になるまで隠していたという事になる。なぜ言わなかったんだろうか、これが分からない。

 

 ──英語話せないんですが

 

 ニュージーランドの公用語は英語。

 ここに居ない父に怨嗟の念をぶん投げたくなる。もし言えるならば、閉鎖的な空間で育ったよく分からない英語のスラング──それと共に。しかし、そんな事をしたとしてもただただ虚しくなるだけだろう。父は当然の事ながら英語ペラペラである。仕事場で馴染みがある外人と、英語無しでコミュニケーションを取るというのは中々難しいのだから、使えない方がおかしいのだ。日本の中ならば日本語だけ使えれば良い、という簡単な話では無い御時世らしいのだから。

 対して自分は、英語をまだ齧り始めたばかりである。単語はそこそこ知っているが、日常会話に繋げられる程の自力が無い。たとえ突然英語で挨拶をされても、ハローぐらいしか返せないだろう。何も考えてないから、それしか出て来ないのだ。賽を回す様に頭も回せる事が出来たら良いのだが、現実は思考停止である。

 だがしかし。万が一その子が英語と共に日本語も扱えるというバイリンガルなら話は別だ。過不足はあれど、第二言語で意思疎通をする事ができるかもしれない。

 

【ちなみに、そのホームステイするっていう子は……日本語を喋る事が出来るのですかね?】

 

 最後まで読み終え、事実確認の為に返信を行う。

 

【No】

 

 すると、たった二文字のアルファベットが返ってきた。

 知っていた。

 当たり前だ。語学留学だろうに、最初から日本語堪能だったら留学する意味が全く無い。

 でも少しぐらいは喋れる事を期待していたり、していなかったり。

 

「受け入れる準備と、開店もしなければなあ……」

 

 兎に角、もう決まってしまった事はしょうがない。急な話だが、実際受け入れ自体が不可能という訳では無いのだ。意思疎通の問題が有るだけで、後の生活は割と何とかなってしまうかもしれない。

 

 ……

 

 いや、コミュニケーションは一番重要視される要素だから意思疎通が図れないと非常に不味いだろう。それを踏まえずに何とかなるとは、なんと楽観的なのだろうか。圧倒的ラスの状況で牌効率無視して無理矢理国士に向かう奴並みに無謀だ。

 もうここまで来たら引く事はできないから、憂うだけ無駄なのかもしれないが。

 

 気を取り直す。

 どうしようも無いものはとりあえず置いといて、今は開店の準備をしなければならないだろう。最近の宮守は雪こそ降っていないがそこそこ寒く、この雀荘は客足を考慮して午後を少し過ぎてからの営業となっていた。父が居ない間は自分が店番を任されているので、サボるという選択肢は取れない。とは言っても、店番なんて殆どやる事は無いのだが。

 常連さんがいつものメンバーでちまちま打っているのを眺めるだけである。そこには何の労苦も無い。ただ、ドラが乗れば跳ねたのにとか、スーアン聴牌だったのにとか、そんな取り留めのない会話を聞き流していればいいのだ。後は、卓に着きながらカップ麺を食う奴に対して溢さん様に注意したりとか、だいたいそんなものだ。

 

「はあ、準備するか……」

 

 だいぶ良い感じに温まってきたコタツを抜けるのは中々に辛いが致し方あるまい。

 密閉された居間を抜け、開店準備をする為に廊下へと降りる。ここは日が少ししか当たらない所為なのか、通路へと出ただけで寒気が襲ってきた。家の内側ですらこうなのだ、一体外はどれだけ寒いのか想像するだけでも恐ろしい。早く雀荘に移動して、暖房ガンガンに効かせねば。

 背後からじわじわと責め立てる寒さに追われながら道を進む。

 

 

 

 ふと、木が軋む様な音が聞こえた。

 発生場所は恐らく、玄関の方から。

 

 

 

 

 居る……。

 なんか居る!

 なんか、玄関の前に居るッ!

 

 都会の家がどうなのかは知らないが、基本的に田舎の家は呼び鈴を鳴らさずとも、外に佇む来訪者の音がまる聞こえになってしまう。端的に言うと、気配が察知できてしまうという事である。

 まず父では無いだろう。父ならばすぐに鍵を開けて入ってくる。母は普通に家の中に居るのでありえない。いつもの雀荘のおっさん達もまずここには来ない。

 となると、流れからして一人だけ。

 

 嘘でしょ、もう来たのですか。

 

「あ、開けたくない……」

 

 開けたくないけど、開けなければならない。扉の手前で立ち往生しているという事は、どうやって訪問を知らせるのか分からずにほとほと困り果てているのだろう。日本式の呼び鈴とニュージーランドのチャイムは違うのかもしれない。

 英語、全く分からない。本当に挨拶はハローでいいのだろうか? そもそも年齢が幾つだとか、男か女かすらも分からない。

 

 ええい、なる様にするしかないか。

 ともかく外に居る来訪者はこのクッソ寒い宮守の冬に凍えている事だろう。

 現実はどうであれ、早く家の中に迎え入れなければ。

 

 

 可能な限り急いで玄関へと向かう。半透明の扉の先に見えたシルエットは少し小さい気がした。

 

 簡易的な鍵を開け少し引きずる様にして扉を横にすると、最近誰かが油を打ったのだろうか、がらがらとした特有の音を立てる事も無くすっと静かにそれは開かれた。

 

 

 

Why is it so bloody cold?(なんでこんなにも寒いの?)

 

 目の前には異邦人の女の子が居た。

 

 

Is this the right place?(ここで合ってるのかな。)

 

 平面に浮き上がった石畳を因幡の白兎がごとく渡り歩いている。一つ、また一つと飛び移るたびに、手編みだろうか柔らかそうなマフラーが跳ねた。

 唐突な邂逅だったが、余りにも静寂のままに戸が開かれたのか、それともひゅうひゅうとなる風音が邪魔したのか、その子は全くこちらに気が付かなかった。どういう訳か、彼方の方角を向いている。

 この辺では絶対に見る事が出来ない細やかな金糸。首筋を冷たく滑る風によって(なび)いたそれは、まるで草葉の上で揺蕩う朝露の様に光っている。

 

Stupid gate...(邪魔な扉だなあ……) don't be so stuck-u—?!(お高くとまらないでほし……?!)

 

 扉の突破法を探していたのか、わちゃわちゃとしていたその子は、ようやくこちらに気が付いた。

 

 こちらを貫いてくる碧。すっと底が見えてしまうのではないかと錯覚する程に澄んだその瞳は、時間が忘れ去られたどこか遠い異国の湖水を想起させてくる。止まった時の中に一枚の葉が落ちたのか、波紋を描きながら視点が震えた。

 それと同時に、白く張った肌が静かに揺れ動く。それは、ここ宮守の銀雪が降り注いだとしても熱に溶かされず、そのまま同化してしまうのでは無いかと錯覚する程に透き通っていた。

 

 いやあ(OH)、この子が自分の中でウワサになっていたニュージーランドの子ですね。間違いない。

 うんうんと頷いていると、その子は何やら戸惑った表情をしながら覗いてくる。

 

um...(えっと……)

「……」

 

 ふむ。ファーコートだろうか、この金髪碧眼の女の子が着ている防寒具はそこそこに厚みがあって暖かそうだが、枝木を枯らしてしまう程にこごえるこの地の風を防ぐには少々足りないか。

 このまま外で何もせずに突っ立っていたら、寒さで凍ってしまいかねない。だとしたら、すぐに迎え入れるべきなのだろうが……。

 

「...」

「──」

 

 気まずい。震える程に冷たい風が、戸から這い寄り存分に吹き荒ぶ。

 当然だろう、お互い会話の(ka)の字もまだまともに交わしていないのだ。もし日本人が相手なら、

 

 いらっしゃい。本日はこの寒い中、ご足労頂きありがとうございます。

 ささ、温かいお茶を用意していますので、是非上がってください。

 

 ……という感じで、トントン拍子で迎え入れる事ができるだろう。

 しかし、相手は外国人である。前述した言の葉を正しく英語に直すなんて、自分には不可能だ。

 

「...」

「──」

 

 点も文字も何も無い、ただ一つの平行線。

 とても気まずい。

 いや、そもそも父さんはどこへ行ったのだろう。このニュージーランドの子を迎えに早朝出て行ったのでは無かったのか。なぜこんな事になっているのだ。

 

 こうなったら。こうなってしまったらもう、手段は一つのみ。

 挨拶の魔法だけだ。誰に話しても必ず決まった答えを返してくれるだろう、万国共通のもの。ハローといえば、ハローと返ってくるのみ。

 そんな魔法を、渾身の力を込めて言い放った。

 

 

 

「は、ヘロー……」

 

 

 

 噛んだ。焦り過ぎて、思いっきり挨拶の魔法を噛んでしまった。

 

「...」

「……」

 

 運否天賦の大勝負で錯和をしてしまった様なものだ。

 これでは魔法の効力も無くなってしまうかもしれない。思わず、心の中でさめざめと泣いた。

 

 

「...pff(ぷっ)

「……!!」

 

 その様子を見たニュージーランドの女の子は吹き出すような声音を上げた後、手に掴んでいたキャリーバッグから何やら真紅のペンとホワイトボードの様な物を取り出した。そして、どこぞの死の秘宝の様にペンをこちらへ勢いよく(ふる)ったと思えば、急にポーズを解いてすらすらともう一つの板の上に筆記体で文字を連ね始める。

 やたら達筆だった。

 

 

Is this a native Japanese greeting?それは挨拶なの?

 

 

 

 少しにやにやと、小さく笑いながら。

 

 間違いなく、煽られている。

 

 




Just Aislinn.

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