大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
昼の手前。
エイスリン先生に観光をして貰おう、という提案の話を聞いた父は、すぐに行こうと言い出した。
外へ飛び出たかと思えば、家庭用である四ドアの普通自動車を車庫から取り出した後、家族である母と自分、そして彼女を乗せてそれを走らせ始めたのだった。
「遠野郷の方はちょっと遠いから、もっと早い時刻から出ないとな……また別の日に行こうか」
車に揺られながら後部座席からカーナビを見ると、車は宮守の南の方へと向かっていた。どうやら国道283号の上を通っている様だ。ここは宮守と柏木平を繋ぐ釜石線が横に連なる時がある道路である。
道の駅へと向かう電車が対向から来て、ちょうどすれ違っていた。法定速度とはいえ、すれ違う場合での通過算で考えればそれは一瞬の事だ。かまいたちの様に風を切り裂く音が、極端に高低差を伴って外れへと流れていく。多分、ドップラー効果というヤツだろう。
「
後部座席──自分から見れば横に、エイスリン先生は座っている。
シートベルトを少し窮屈そうに付けながら、移りゆく景色を車窓から眺めていた。
三人家族故に後ろ側の席が両方とも埋まる事は基本的に無かったので、彼女が座っているだけでも何か新鮮な心地がしてくるものだ。
「そろそろ着くぞ~」
宮守の地は観光地が割りと在るとはいえ、各所在地はそこそこ離れている。一日に行ける場所には限りがあるだろう。それならば、一つ一つの観光をより楽しんで貰えばいいだけの話である。
国道を右折すれば、蒼色に開けた空と
◇
ここ宮守に限らず東北地方の
紅葉の絨毯と言えばその通りなのだが、見晴らしのいい大地が満遍なく燃える様な色に染まっている景色は中々に良いモノである。
だが、上流を田瀬湖として流れる猿ヶ石川の展望として傍に佇む木々は全てが落葉してしまい、少しだけ物悲しい雰囲気になっていた。
「ちょうど過渡期って感じみたいだな。イチョウもここには在るから、よく映えるのだが」
父がそう言っていた。
まあそれはしょうがない事だろう。紅葉の景色を是非見て欲しかったが、時期が少々悪かったか。それでも、鮮やかな
「
エイスリン先生は、この柏木平の観光地のシンボルである、羽の無い塔風車の様な木造りの家を眺めていた。ここはどこか、昔住んでいた人が感じられる様な匠の
「
牧歌的な喜び、というのだろうか。飾り気が無く、ありのままの自然を残したこの地は、時間が非常に緩やかに感じられる穏やかな場所である。
宮守は基本的に人口密度は高くない為市街が騒然としているという訳ではないが、一番のゆとりがある空間と言えば、やはりここ以外には存在しないだろう。
しかし、賑やかさが完全に無いという訳でもない。
今日は月曜日なので人は少ないが、土日となるとレクリエーション大会などが行われる。特に夏の間に行われる、
広々とした空間があるならば、存分に使わなければ損という物なのだろう。
「もう昼か。よし、バーベキューやるぞ~」
そんな事を思っていれば、お昼の時間がやって来た。
どうやら今日はここで食べるらしい。
ステンレス製の折りたたみが出来るバーベキューコンロを車のトランクから取り出した父は、軍手を付けながら火バサミで黒炭を埋め尽くす様に並べていく。
ここは絶好のBBQスポットを謳っているだけあり、様々な器具の貸出が可能だ。流石に食材は各自で持ち込まなければならないが、そこそこの人数が居ると必要量がかなり多くなってしまう炭を、予め用意する事無くその場で借りられるのは良い事である。
すでに炭の下に置かれていた固形の着火剤に点火がされた。
「
すると、独特の香りを持つ煙が発煙して辺りへ広がっていった。
……いや、だいぶ違った。思いっきり自分が立っている場所へ煙が集中している。どうやら自分は風下の場所に居る様だ。バーベキューの風情として楽しめなくもないが、少々煙たい。
「ほら、やりなさい」
そう評していれば、母からうちわが渡された。
うーん、これはアレをやれという事ですね間違いない。
僅かに揺らめく種火を風で吹き飛ばしてしまわない様に、それでいて着実に酸素を送る様に、微調整を怠らずパタパタとうちわを動かした。いわゆる火起こしというヤツだ。
中々に大変だが次第に火が広がっていくのを見れば、何とも言えない達成感が自身の中に満たされていくというものである。
「
そんな素朴な感情を
うちわと言えば、普通は夏によく使う物である。クーラーや扇風機といった家庭用品が台頭してからは数は減ったものの、依然として夏における避暑の代名詞として名高い。そんなうちわがこうやって寒い冬でも関係無く使われるのは、しみじみと感じ入るものがある。扇げば暑し、宮守の冬。
うん、中々に煙たい。
炭火の中に内包された赤い火が、尽きる事の無い程に爛々と燃え始めたら準備は完了だ。上からバーベキュー用の目が細かな網を乗せれば、もう焼く事は出来る。
少々疲れた。
「二人ともありがとう~。まずは野菜から焼くね」
前日に予め切り揃えられていたのだろう、玉ねぎやトウモロコシ、かぼちゃやピーマンといった定番の野菜から、良く宮守産として街中で宣伝されている新鮮なキャベツまで、いろいろな野菜が適量に分けられて串へと捺さっている。
野菜とは少し違うが、自分の好みである舞茸やえのき茸もしっかりと用意してあった。ホイルで包めば焼けるのが比較的早いので、前菜としても楽しめる優れものである。
「
向かってくる煙をどうにか躱していれば中々に大変だったのだろう、エイスリン先生は額に滲んだ汗を鬱陶しそうに拭っていた。
「きのこ系統とキャベツはもう良さそうだ。タレは複数用意してあるから好きなのを使ってくれ」
バーベキュー等でよく使われる紙皿を取って、そこに焼肉のタレの蓋を開けた。タレを複数使って変化を楽しむ場合、本来ならば塩ダレの様なさっぱりとした物から使うのが普通だが、自分は最初からガッツリ濃い目のを使うタイプだ。小麦と大豆から作られた辛口の醤油ダレを皿の底に投下すれば準備完了である。
よし、一番乗りだ。
「
程よいくらいに焦げ目が付いたキノコを早速とって、軽くタレに浸す。
そして、それを高らかに口へと運んだ。う~ん、美味しい。
キノコ系は小さい物だとあまり味がしないと言われているが、味がせずともシャキシャキとしたこの歯触りが良いのである。最高だ。
「
一人で勝手に楽しんでいればそれを見とがめたエイスリン先生が、負けじとばかりに良い感じに焼けた野菜を網台から取った。
あ、箸を使ってる。
「
箸を捌いた彼女は期待の面構を全面に押し出しながら、野菜を口へと運んだ。慣れた様な手付きであった。
厚みをある程度含む食材であればフォークでもいけそうだが、やはりバーベキュー用の野菜といった火がよく通る様に分けられた食材だと難しいのだろう。とすれば、箸を使わなければいけないのだが、結構すらりとエイスリン先生は事をいなしてしまった。ニュージーランドに箸文化は無い筈だが、予習済みという事か。彼女は勤勉である。
「よし、そろそろ肉を焼き始めるぞ」
野菜を焼き始めてからある程度経ったので、具合と合わせて肉が網へと投下された。メインディッシュが到来したという訳だ。牛の肩ロースやモモ、カルビといった物から、割と珍しい部位である鳥のせせりといった物まで用意してある。
そして、それ抜きでは宮守や遠野を語れないある動物のお肉。
「ラム肉もあるからな」
確か齢によって区別されるのだったか、羊肉にはラムとマトンがあるが、若い方がラム肉となる。岩手では、このラム肉が盛んに食されているのだ。ジンギスカンといった鍋料理からステーキの様な鉄板料理まで、様々な種類の料理がこの地域では充実している。街を征けば、羊肉を扱った料亭がすぐ目に入るだろう。
母が作る料理でも結構な頻度で出てくるので、羊肉は日本の一般的な家庭料理用食材かと思っていた時期もあったがしかし、日本では北海道はともかくとして、この羊肉はあまり家庭の食卓にはのぼらないらしい。
一体何故、この地域だけよく食べられているのだろうか。
「
牛肉や鶏肉と違い、独特な厚みがあるラム肉。常々の物として見る様な、そんな含みを以ってエイスリン先生はその肉を眺めていた。
「
「
「ニュージーランドは羊肉の輸出量が多いからな」
そんな疑問を持っていれば、答えの要素となる鍵を父は答えてくれた。
「宮守や遠野でよく食べられている羊はここの地域でもよく飼育されているが、流石に全てを自給するのは難しいからな。ニュージーランドからの輸入に頼っている部分もあるという訳だ」
この地では一般的な羊肉食。そこでエイスリン先生の祖国であるニュージーランドが出てくるのか。
日本とニュージーランドという遠い国同士で、何故交流があったのかずっと分からなかったが、こういう所で関わりが有ったんですね。全く以って知らなかった。
お肉で始まった国際交流、という可能性も無きにしもあらず。
「ちなみにこの地域で羊肉がよく食べられているのは、ただ単純に羊をたくさん飼っていて、ふと食べてみたら美味しかったからだ」
それはまあ、どうでもいい話だ。
「そろそろ焼けたぞ。食べ頃だ」
ラム肉という物は牛肉と同じ様にレアの焼き方が大丈夫なお肉である。バーベキューでは少し加減が難しいものの、中にしっかりと熱を通しながら表面だけを焼く、という手段は十分可能だ。
ジューシーで肉汁溢れる柔らかな食感を楽しめるのは、ラム肉の良い所である。心地の良い炭と煙による香りを楽しみながら、いい感じに焼けたラム肉を勧められる通りに取って、いただく。
少し箸で掴んだだけで柔らかく弾んだ。こんな風に揺蕩うお肉が、不味いわけが無い。
特性のタレを付けて口に運べば閃耀が走った。
ああ堪らない。
口の中でまろやかな肉の旨味が広がっていく。肉の繊維を噛みしめれば、僅かな抵抗と共に唾液を誘引させる程の感触と味わいが増していった。柔らかな霜降りは雪の様にふわりと溶け、決して飽きさせる事のない充実した食を与えてくれる。
美味しい食肉を構成する要素は柔らかさと風味だと言われているが、確かにその通りなのだろう。一口食べれば、すぐにそれを味覚で理解した。
「
エイスリン先生もそれを満遍なく楽しんでいた。
まるで人間火力発電所の様である。
「まだまだ控えはあるからね。今日いっぱい楽しんでいってね~」
母が言う通り、まだ沢山食材は残っている様だった。野菜にお肉に、何故かイカの様な魚介類まである。
それはともかくとして、どうやら今日は最高のバーベキュー日和らしい。
腹八分目では収まらない程に食べ尽くそうと思った。
◇
「
存分に楽しんだバーベキューの後片付けをエイスリン先生と共に手伝っていた。
バーベキューの片付けで一番大変なのは炭関係だろう。火を止めて十分ほど放置しても再燃する事がままあるのだ。となると、水に入れるのが一番早いか。
二人で火種が若干残った炭を水が張ったバケツの中に突っ込んで、消火作業を行っていく。炭は自然へそのまま還らないので地面に捨てる訳にはいかない。幸いな事に近場で炭を燃えるゴミとして引き取ってくれる場所があるらしいので、処理には困らなそうだが。
最後の始末を終えるまでが、バーベキューなのである。
それにしても、食べ過ぎたかもしれない。
「午後はサイクリングでもしようと思ってたけど、これじゃ無理そうね~」
母がそう呟いた。流石にこれだけの量を胃に収めながら食後の運動をするとなると厳しいものがある。
う~ん少し食べ疲れた。そうだ、片付けも一通り済んだ事だし、少し横になる事にしよう。
ちょうど近くに猿ヶ石川を一望できるいい感じの傾斜を持った坂が有ったので、そこに寝転ぶ事にした。
アニメや映画でよくある、河川敷の草むらで腕を後ろに組みながらぼけーっとしている感覚だ。
なんて
「
そうしていれば後ろからエイスリン先生がやって来た。
ウェイトという単語が聞こえたので、多分太るぞとか言われているのだろう。
あれは迷信だから、うん……。
「
もしかしたら科学的根拠が有るかもしれないと内心ひやひやしていたら、当の本人である彼女が何故か同じ様に横に並んで寝転がってきた。
あれ、太るとかいっていませんでしたかね……?
……まあ、いいか。
「
川のほとりには白く長い羽を持った小鳥が留まっていた。あれは確かエナガだったか、留鳥ではあるがここら辺ではあまり見ない珍しい鳥である。
自分は牧歌的な暮らしが好きだ。素朴で田舎らしいといえばそうなのだが、こんな風にゆったりとしていて、時間の感覚が曖昧になってしまう様な──
そう思えるこの地が、かけがえのない物として何よりも好きである。
それは横に誰が居ようとも、変わらない思いだ。
岩手に行ったら、まずはご当地名物である羊肉を食べたいですね~
地域について勉強しながら書くのは、大変で時間がかかるものだけど楽しいです