大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
著作権は切れている筈なのでセーフ
霊的ヴィジョンの旅へ、いざ行かん
「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。エイスリンさんそうでしょう」
「
物語の一遍に記された偉大なる先人作家の文を拝借して答えれば、何言ってるのという表情を返されてしまった。
だって、本当にそう書いてあるんだもん。いや、最後の人物名だけは勝手に変えたが。
今自分達が居るのは、岩手で有名な文豪──その生涯と軌跡を祀り、記念した資料館である。
柏木平の観光を終えればだいぶ時間が余ったので、持て余すのも何だという話になり少し遠くの地までやってきた。といっても、車で三十分くらいの所だが。
宮守含むこの岩手県は街興しの為に様々な施策を行ってきたが、それを軽く
その前座として、作家が生涯書いた作品や人となりを記したこの記念館へとやって来た。
少しシックな印象を第一に与えるこの館は、生前作家の心象世界に在った理想郷を第一に表しているらしい。
橋梁共々こちらも有名な所であり、当然外国人観光客の想定もしてある様で、案内や文字盤には英語がしっかりと記されていた。
ご丁寧な事に音声による解説も多言語対応しているみたいで、力の入れようがよく伝わってくる。
とはいえ、流石に掲げられていた小説中の文全てを対応するのは中々難しい様だ。
「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、その一つ一つの小さな星はみんなその川のそこの砂や砂利の粒にもあたるわけです」
「
展示されている絵の中には、小説の一場面を表したものがあった。動物の様な──それでいて致命的に何かが違う形容詞し難い登場人物が、天に瞬く星々について話を聞かされている。中々に目を引く絵柄だがしかし、内容の英訳は付いていない。単純に内容が気になっているのだろうし、絵描きとしての側面でも何か感じ取る物があるのだろう、その絵を見たエイスリン先生は何やらそわそわしていた。
そこで、何となく書かれていた日本語文を音読してみた。
結果は案の定、うまく伝わらなかった。
ジョバンニの様にはいかないのである。
「
チェスの指し手を悩む鏡の国のアリスの様に、エイスリン先生は考え込んでしまった。ううむ、言語の違いとはやはり難しいものである。音読してなんだが、正直自分もあまり内容はよく分からなかった。
かの作家による小説には、星に纏わる物がとても多い。銀河に架かるSL列車の名前を冠するこれだってそうだし、超新星爆発の様に確かな存在を満天の空の中に刻み込んだ暗褐色の鳥の話だってそうだ。それはこの岩手の寒空に浮かぶ天の川が、日本で見上げる事が出来る物の中で一番美しいと作家が感じていたからだとか……。まあ岩手出身なのもあるだろうが。
星が名字に付いている家名を持つ身としては、こういう類の物をしっかりと噛み砕いて説明したくなる物だが、生憎今の自分にはそういうスキルが足りない。英語力もしかり、基本的な国語力もしかり。
悲しいかな。
「こういう時は身近な物に例えて見るのがいいんじゃないか? そうすれば単純な単語の羅列でも伝わるものだ」
そう悩んでいれば、父が一つ提案をしてきた。確かに文学小説とは比喩表現の連続である。絵の様に一を聞けば十を知ることが出来ない──というのは絵画に造詣が深くないから軽々と言える事なのだろうが、文字が大半を占める小説ではやはり情景描写に比喩が多くなる。
この記念館での題材である星。それを身近な物で置き換えてみろとの事らしい。
え、思いつかないのですが。
「ま、麻雀でしょうか……?」
自分の中で一番身近なといえば、麻雀である。それが何か星と関係する要素が有るのですかね……?
う~ん、一応考えてみるが……。
一番に思いつくものとすればローカル役である大七星だろうか。麻雀とは数牌役牌どちらも富に関わる物だと言われているが、これは星という名が付いている通り役牌を七つの星に見立てた物である。そのまんまやんけと言われればそうなのだが、{白発中}が的を射る矢を表していたり風牌が季節を表す花牌から分岐していたりと、牌の由来から考えてみると全く違ったルーツを持っている事が分かる。
本来のこの麻雀には存在しなかった役なのだろうか、リーチ後の一発の様に遠い異国から輸入されてきた物なのかもしれない。まあローカル役だった筈の一発は、今では普段の麻雀でも普通に一翻の役として取り入れられているが。
……後は、
だいたいこんな所だろう。割と関連する物は多くは無かったのだが、これ以上どう例えろと。
「別にそこまで真面目に由来がある物を引っ張って来なくていいぞ」
そんな事を述べれば、素気なくされた。
ええ……結構頑張って思い浮かべてみたのに。酷い話である。
「感性を用いた比喩表現なら幾らでも例えられるだろう。例えば、四人麻雀なら136枚の牌を使って行う競技とされている。それは幾星霜経とうと変わらない不変の物だ。この136枚の牌を星の数とおいてみれば、それらしい情景が思い浮かんでくるというものだ」
不満の意思表明をすれば、至って簡単な話だと言われながら例えを返されてしまった。
「その136の幾多もの星を掬いながら天の河へと放ち、星空へと願って理想の形を追い求める。そんな麻雀における星とは一つずつの小さなものに過ぎないが、無くては成らない──欠けては成らないモノとして、確かにそこにある」
思案にくれた面持ちの父がそんな風に例えてくれた。関連する言葉が宇宙に漂う星屑の様にそこかしこに散りばめられている。厨二病が紡ぎ出したポエムですか。
……中々に詩的な表現だ。きっと今の自分では小一時間頭を回しても捻り出せないフレーズだろう。
く、悔しいです……。
「お前はよく麻雀でこっ酷く負けた時に、ただの絵合わせゲームだからと言ってよく悔しがっているが、それに習えば星集めをしている様なものだ。水面に映った月が掬えるのならば、それよりも小さな星を掬う事なんて造作も無い事。そうだろう?」
何とも聞こえの良い言葉が後には連ねられる。脳のリソースを回さずともすんなりと頭の中へと入っていく──そんな感覚が自分を襲った。もしかして父は詐欺師の才能が有るのでは無いだろうか。この言い回しといい、ちょっとグレーな雀荘を営んでいる事といい、何か裏では悪い事をしているのでは無いかと心配になってくる。
「そんな事をウィッシュアートちゃんに言えば良いんだ」
言えば良いと……随分と簡単に言いますね。確かに中々に痛いポエムでも場所と時を考えれば、まるで大衆面前で行われるどこか合衆国の大統領による演説の様に、人の心へと直接響くモノへと変貌を遂げるだろう。
しかし、父は……父さんは一つ、大切な事を忘れている。
「英語話せないんですけど」
「あっ、すまん」
英語が話せて当然の空間に置かれていたのだから、父もそれが当たり前の感覚となっていたのだろう。とても気まずい空気が、辺りを包み込んで来ました。
たとえ痛くてくっさい物だとしても、いつか英文でポエムを書ける位には英語が上達したいものだ。まずは単語からかな……。まだ雀荘の手伝いぐらいでしか働いていないが、今の御時世日本語だけで食っていける様な世の中じゃなさそうな気がしてきた。
麻雀というのは今や、世界的な競技と言われる程である。海外の愛好者も開拓中ではあるものの、非常に多いとされている。多芸多趣味なこの世で、大多数の共通の趣味に成り得る物が存在するのはとても恵まれた事なのだろう。現に言語が全く伝わらない留学生とも、麻雀を通して対話出来ている。しかし、それは麻雀が打てる人全てに共通するモノ。それに胡座をかいていては、いつか足元を掬われてしまうだろう。
世知辛い世の中である。
「
「
「
「
「
「
そんな事を考えていれば、母とエイスリン先生が何やら談話していた。
「何を喋っているのでしょうか」
「あー……ええとな、小説の翻訳版が家に置かれていたみたいだ」
オーノー……なんてこったい。
「
エイスリン先生がそんな様子に感付いたのか、何やら気を遣ってくる。いえいえ、大丈夫ですよ。
……自分の行動をよくよく省みてみれば、中々に恥ずかしい。穴があれば入りたい気分である。
こういう時は偉大なる先人の名言を借りるのが良いだろう。名言を引用していれば、たとえどんな浅学の身でも、どこか賢く見えるというのだから安いものだ。
雨にも負けず、風にも負けず、宮守のクッソ寒い冬にも負けず。
丈夫な体を持ち、慾はなく、いつも英語をしっかりと話せる……そういうものに、自分はなりたい。
うん、成れるといいですね。
この後は、エイスリン先生と共にしっかりと星が織り成す世界を観光して回った。
◇
冬の日の入りは基本的にかなり早い。特に東北地方はそれが顕著である。岩手はだいたい五時手前には日が沈んでしまう。これでも一日の三分の一ぐらいしか太陽が出ていない一月の真冬よりかはマシなのだけれども。
どういう事かと言うと……今日のトリとして赴いた宮守川橋梁──その地に着いた時には既に辺りはそこそこ暗くなってしまっていた。
しかし、これは好都合でもある。
目の前にある、緩やかな半円を描きながら成り立つ石造りの橋梁は鉄道用のアーチ橋だ。そしてSL銀河の名を冠する蒸気機関車が今でも通行するとおり、この橋は銀河に纏わる話に事欠かない。濃い青鋼の夜に、億万の蛍
……というのは
「
蒼の色は夜空に架かる銀河の色を表している。この橋梁では街の人達の粋な図らいにて、題材にした小説と同じ様に光によって蒼く彩られる時がある。いわゆるライトアップである。歴史的建造物でもあるこのめがね橋は、夜間景観を際立たせるこの演出にて、小説の一場面にも劣らない幻想的な雰囲気を辺り一面へと醸し出すのだ。
エイスリン先生はそんなおとぎ話の様な光景を前に、目を輝かせていた。
「
この宮守の地での……いや、岩手での一番の観光地を偏に表せばここ一つに尽きる。アーチの模型が実際に作られてしまう程、この景観は歴史を示す遺産としての価値を大きく持つのだ。有り体に言えば、この地に来れば観光はもう終わったようなモノである。いわば終点という感じだろうか。この地には怪奇譚に纏わる観光地がたくさん有るからこれで終わりという訳では無いが。
だが、このめがね橋で見れる光景に勝る物は他には無いに違いない。
地が蒼く輝くのならば天だって同じ。
この場所が絶景と言われているのは、岩手の澄んだ美しい星空を同時に眺められるからである。
相乗効果というヤツだろう、新しく灼いたばかりの青鋼の空を眺めれば、銀河に架かる橋に鉄道が汽笛を鳴らしながら揺蕩っているような──そんな気分にさせてくれるのだ。
意識せずとも視界に入るだろう、しかし上を向けば、より満天の星空が──
「
満天の星空が。
「
見え、ない。
雲に隠れて、見えない……ッ!
銀河線路の代わりに空に架かるは、淀む様な灰白色の層雲。
それは岩手に限らず、北に住んでいれば嫌でも体験出来る自然現象。
ヤツが来る……ッ!
ああもう最悪だよ……。間が余りにも悪すぎる。
「
雪が降る、降ってしまう。
朝起きるのが辛いほどの寒々とした日常が、明日からやって来るのか……。
勘弁してくれえ……。
まあ、今はそんな事よりも重要な話があるのだが……。
「
大きく広がる雲によって起こり得るこの現象は一度起きればかなりの間続き、星空をずっと覆い隠してしまう。
とすれば、自慢の澄んだ星空も眺められなくなるというモノだ。
折角エイスリン先生に観光に来て貰ったというのになんたる不運だろうか。
いや、まあ天気予報で前兆はあった気もしないでもないが、それにしても今は無いだろう。
きっと彼女もぼんやりとした空しか見上げられず、がっかりしているに違いない。
恐る恐るエイスリン先生の反応を見やる。
「
が、予想したものとは格別違っていた。
地上より照らされて奇妙に揺らめく灰白色の空を見上げながら。
「
天よりしんしんと降り注ぐ白い雪を試しに手で取ってみて。
「
体温で熱で融解するのを眺めていた。
次々と吸い込まれる様に降り頻る雪を、じっと眺めていた。
「
ブロンドの髪が小さく濡れそぼっているのも気にせず、雪へと身を任せている。ちょうど近くに雪除けに最適な掘っ立て小屋が在るにも関わらず、ただただ受け止めているだけだった。
「
そう言いながら、無垢に笑っていた。