大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
それは彼女が最初に触れた麻雀が海外でかつて流行したアメリカ式の麻雀だったから、という設定にこの小説ではしています
アメリカ式では、牌を捨てる時に向きや並びを考慮せずに自由に捨てていいのです
他家が捨てた牌と重なってもOK
後で誰が捨てたのか分からなくなるのも仕様なのです
誤字報告ありがとうございます。
今日の雀荘業務が終了した。時刻にして午後五時程である。
あと数日で十二月に入るこの宮守の地は、やはり東北故に日が沈むのが早い。午後四時に近付けば空一面が夕暮れに染まり、ちょっとしたらもう辺りは暗くなってしまう。この節目がちょうど一年で、一番早く日の入りが来る頃だろうか。本格的に冬が来る一月でもこんなに早く日没にはならない。
「ああ、もうこんな時間か」
「この頃一日が早くて堪らねえわ」
流石に真っ暗闇になっても雀荘の営業を続けるわけにはいかないので、基本的に冬の間は短縮営業となる。
この辺は比較的街灯が多いとはいえ、それでも雪が降り積もった後の道を暗く視界が悪い中で、何の不自由も無く歩けというのは少し難しい話がある。そこで、来てくれたお客さんへの配慮という事で営荘時間の短縮が行われるというワケだ。
まあ真実は、ただ時短営業がしたいだけらしいが……。
「今回は中々決着がつかなかったな」
「そういえば、これどうすればいいんだ?」
だが今日は想像以上に半荘戦が伸びてしまった。
この雀荘では南4局が終わった時にトップが30000点以下の場合、西場へと入るルールを取っている。誰が30000点を超えてかつ、上がり止め有りの親の連荘条件を満たさないのならば、その場で終わるサドンデスなのだが、それはもう滅茶苦茶に長引いた。そのせいで営業終了時刻をがっつり過ぎている。
「あー……とりあえずそのまんまにしといてください」
副露して晒されまくった手牌と三段目までぎっしり詰まった河の処遇を聞かれたので、放置しといてと答えておいた。これからいつも通り洗牌を行う事になるわけだが、確かに一度雀卓に突っ込んで整列させておいたほうがやり易い。
でもラストがだいぶ過ぎてしまったし、お客さんには気にせずに早く帰って貰う事にしよう。
別に疲れたからさっさと帰れと暗に言っているわけでは無い。本当です。
「そうか。なら俺達は帰らさせてもらうわ」
「マスターお疲れです」
「留学生ちゃんも最後まで付き合ってくれてありがとうな」
ちなみに西入したメンツの中にエイスリン先生が居た。恐らく西場の押し引きの経験が無かったのだろう、最後まで攻めあぐねていた感じだった。自分は後ろから見ていただけだったが、西場は確かに難しい。ひりつく様な競りの局面が多いこの場は、一番己の自力が出る所だと思っている。
あまり高い点を必要とされない平たい状況となるため、鳴き麻雀になってしまう事が多い西場は副露後の手出しから最終形を逆算する河読みの技術が大きく問われるのだ。普段はなんて事のない1000点や2000点の和了りも決定打になりかねないのだから、押しと引きの観念も変わってくるというものである。
「
ぺこりと一礼をするエイスリン先生。初日ではぶっ通しで麻雀を打っても元気いっぱいだった彼女だったが、流石にその表情には疲れが見える。
ちりんと扉の鈴の音が響き渡りお客さんが帰っていくのを見届ければ、エイスリン先生はかすかな息を吐いた。そして洋服のポケットから真っ白い花柄のハンカチを取り出し、額に浮かんていた汗を拭っている。
「
思いのほか暖房が効いていたのか、それとも勝負の熱に浮かされていたのか。緊張から解放されたエイスリン先生は、水分補給をするために流れるようにサイドテーブルに置かれた紙コップを取ったが、しかし中身は切れていた。どうやらいつの間にか飲み干してしまっていた様だった。
水を採るのも忘れてしまうほど熱中してしまう人は、彼女に限らずお客さんにも多い。夏場の代名詞だけの存在の様に捉えられている熱中症だが、冬でも容赦無くなる時はなるので水分補給はしっかりと行って欲しいものだ。
「
そう思えば、飲み物を取りにいったのだろう、すたすたと紙コップを持ってドリンクバーがある方へと行ってしまった。
さて。一段落ついた事だし、片付けるとしますか。
手牌と山を崩しながら自動卓の底へと突っ込んでいく。
二人分の手牌を崩し終えた後、恐るべき光景が目に留まった。
河
{西北1中東白}
{①1⑨292}
{2⑨9} ※きたない
手牌
{三四六七八4赤5発④④} {横⑧⑥⑦}
先ほどまで順位を争っていた雀士の手牌と河が目に入ってくる。
生牌の発をしっかり最後まで止めてて偉いですね。
……じゃなくって。
どうしてこんなにも捨て牌が並べられた河がガタガタになっているのだろうか。
分からん。さっぱり分からん。
各段目の一番最初の牌──ここで言う{西}{①}、三枚目の{2}のような左端に来る牌を全員に見えやすい様にど真ん中に置く人も結構お客さんに居るが、それでも最後はきっちり整列させている。
なのにこの河はどうだろうか。牌の隙間が所々空いていて、全くと言っていいほど統一感が無い。
二段目の一番右の{2}なんかは結構酷い。もう60度くらい右に曲がればリーチの宣言牌になってしまう位には斜めっている。
ああもうだめ、辛抱なりません。
一段目の基礎の土台を横から押して綺麗に並べなおす。そうすれば牌が擦れ合う度に小気味良い音が鳴り響き、充足感を満たしてくれた。
ほんの数十秒間の工程を経れば、ほら。
河
{西北1中東白}
{①1⑨292}
{2⑨9} ※きれい
綺麗に並べられた河のお出迎えである。
うん、やっぱこれだね。
やはりきちんと整列してこそ、麻雀の河だと自分は思うのだ。
牌が纏まれば、同じく思考も纏まる。クリーンな思索と共に完成形の未来図を描く事が出来れば、とても幸せな事に違いない。うーん最高だ。
「
そんな事を考えていれば声がした。元を辿れば、紙コップを慎重そうに二つ持っているエイスリン先生がそこには居る。
心なしか引き気味だった。
「
すぐに変異に気が付いたのだろう、視線が綺麗に整えられた河へと向かっている。
言わずもがな、この席はさっきまで彼女が座っていたばかりの席である。
「
エイスリン先生は理解が出来ない、といった面持ちだった。確かに。
この後、普通に崩して自動卓の中に突っ込むので、整列させる意味が有るのかと聞かれたら全く無い。
なんでこんな事しているのだろう。自分で自分が分かりませんね。
「
エイスリン先生は未だ残されている下家の河と今しがた整列させられた河を交互に見ると、少し不満げな顔をしながら何かをこちらへ問うてきた。
直感で意訳を試みれば、なんか文句あるのかこのやろー、って感じだろうか。
……すみません、適当な事を言いました。
「
心の中で平謝りしていれば、しゅんとしたエイスリン先生が現れた。客観的に見て、自身の河がきたないのは彼女も分かっているのだろう。縦長に仕切られた京都の平安京の様な牌達を、その境目を辿りながらただ眺めている。
見せ付けるつもりは無かったものの、どうやら思い至らせる形になってしまった様だ。
うーん、どうしよう。
どうにも思考が纏まらなかったので、手前に積まれた山から一つ牌を取ってみる。特に理由は無かった。ただ何となくである。丁度崩されずに残っていたこの山は、ほぼ流局手前のツモ牌の山だった。確かエイスリン先生の上家が最後に放銃して終わったので、ここで持ってきた牌は彼女のツモである。持ってきたのは{6}だった。
残りツモも少ないけど{発}は切れないから、親の聴牌頼みで{④}の対子落としになるのだろうか。河を崩しちゃったので、情報は少ないが多分合っているハズ。
そんな事を考えながら、{④}を切り出してみた。
あ、やばい。
今のマナ悪の極みじゃないか……。
無意識にやっていたので途中まで自分でも気が付いていなかったが、ツモ牌を持ってきた時に小手返しを行ってしまっていた。
小手返しというのは、ツモ牌と手牌の右端を瞬時に入れ替えて手出しかツモ切りかを分からなくする行為の事である。戦略的にはかなり有効な行為なのだが、公式の対局などでは結構禁止されている事が多い。だいたいは何でも有りとはいえ、この雀荘でも小手返しはマナーとして、友人間での対局以外は制限されている。理由はイカサマ疑惑を誘発し易い行為だから、と言えば分かりやすいだろうか。引きヅモ強打なんでも有りの雀荘だが、これだけはアカン。
小手返しを使って出来るイカサマの簡単な例を挙げてみれば、
{一二三六七八九九④⑤⑥35}
こんな風カンチャン待ちの聴牌をしていたら、見事{4}を持って来て和了。役は面前ツモのみ。しかし、ここで小手返しを行ってツモと端牌を入れ替えると、
{一二三六七八九九④⑤⑥34} ツモ{5}
あら不思議。平和が付きましたね。
この牌姿ではほとんど点数に変わりは無いが、後一つ翻が増えれば点数が跳ね上がるという時には無視できない影響を及ぼしてしまう。まあ、和了り時にしなければいいだけの話なのだが、それでも面倒事がやってくる可能性はある。牌が擦れ合って、カチャカチャと結構煩い音もなるし。
そんなわけで、小手返しはここの雀荘では基本的に禁止されているのだ。
……で、なぜこんな不要な物を自分が覚えているかというと……。
手出しかツモ切りか、どちらとも分からせずに
いやー、恥ずかしい。穴が有ったら入りたい気分だ。
「
そんな風に過去の自分を省みていれば、何故かエイスリン先生はキラキラとした目でこちらを覗いていた。
まるで、教えてくれと言わんばかりの表情を伴いながら。
えっ。
いやいや、これを教えるわけには……。
「
流石に身振り手振りだけでは説明のしようが無かったので、翻訳アプリを使わさせて貰う。それが諍いの種に偶になる事を説明すれば、分かったという面持ちをしながら引き下がってくれた。
……まあ小手返しに憧れるのは分かる。たった数秒の、目にも留まらない程の速さを持った牌の交換。自分は確か、サマを糧として渡り歩く
でも今の御時世、これを学んでも役立つ事は無いかと思います……。
「
エイスリン先生が言葉を続ける。
翻訳アプリを見れば、もう一回牌を切って見てと書かれていた。
え、このまま切ると少牌になるんですが。
「
自動配牌卓を扱っているので親番で割とありがちな少牌という状況が頭の中で想起されるが、エイスリン先生は構わず切ってくれとこちらへ伝えてきた。
本能的な抵抗は有るが、先ほどと同じ様に{④}を河へ切り出してみる。対子落としだ。
う~ん? これがどうしたと言うのだろうか。
彼女に目をやってみれば、何やら関心を持ったという風だった。
一体何が琴線に触れたというのか、これが分からない。
「
エイスリン先生はそう言って、今しがた牌を切ったこちらの指を見つめていた。
牌の……切り方?
◇
いわゆる外切りと言われる牌の切り方を使って手牌を次々と切り出していけば、エイスリン先生は歓声に沸いていた。
これは一番使われる事の多い一般的な牌の切り方である。シンプルかつ見栄えが良いという事で、麻雀番組でもよく使われているものだ。確かにこれを身に付ければ、自然とガタガタな彼女の捨て牌も綺麗になる事だろう。
とりあえず彼女には後ろに待機して、ゆっくりと切るモーションを眺めて貰う事にする。
まずは初めから。
牌の上半分を親指と人差し指で軽く摘まむ様にして持ち上げる。ここのコツとして、少し斜めにしながら親指を牌の左端に掛けるとやり易くなるだろう。そして次に中指を牌の右端に付け、側面を回転させる。牌が上を向いたら親指を外して、今度は人差し指と薬指で牌を挟み込み、河へと捨てる。後はそのまま添えられた中指を使って並べられた牌の横へとスライドすれば、外切り終了だ。
一連の動作を翻訳するのは無理なので、指の動きだけを見て貰う事にした。本音を言うと、言葉で説明するのは日本語でも難しい。
「
席を譲れば、エイスリン先生は先ほどの動作を模倣し始めた。しかし、親指から牌を離す所で上手く持ち替えられずに手がぷるぷると震えている。
ああそこ、一番難しい所なんですよね。
自分も覚え始めは苦労したものだった。
「
何度も繰り返し、しかし持ち変える所で詰まってしまう。彼女はそれも気にせず、何度も捨てた牌を手牌に戻してきては、もう一度河へと切り捨てる。
麻雀は別に河の綺麗さが問われる競技では無いので、実力に関わってくる部分とは言えないのだが、それでも譲れない思いという物があるのだろう。とても熱心に切っては捨て、拾っては切り、を繰り返している。
やがて数十回と失敗を繰り返した後。
「
初めて綺麗に成功した。歪な河に、一際目立つ一輪の花の如く牌が綺麗に置かれている。
自分の目から見ても、澱みの無い流れる様な打牌だったと言えるものだった。
「
続けて同じ様に切り出すが、喜びも束の間、次の打牌は先程の様には上手くは行かなかった。
だがしかし。彼女が落ち込む事もなかった。
まだ人となりを完全に知る事は出来ていないが、麻雀という分野に限らずエイスリン先生は少し頑固な所がある。それが浮き彫りになったのだろう、貪欲さとも言えようそれは決して悪い事では無い。情熱に転化して表れた今回は、むしろ良い事だとも言える。成長を横から見ているというのも中々に良いものだと思う。
彼女が望むのならば、麻雀という枠組みの中で教えられる事は全て教えよう。取捨選択はあるだろうし、勿論彼女自身で行わなければならない事だが、今後の糧となる事を大いに願って。
……これではまるで麻雀の先生をやっている様な物である。どっちが先生か分かりませんね。
まあ、こっちは彼女の事を勝手に英語の先生扱いしているだけなのだが……。
……それはともかくとして。
【まだ実戦では使わない方がいいかな。試してみるのも止めた方がいいかも】
【
機械越しにその旨を伝えれば、エイスリン先生は疑問の声をあげた。
意識がそちらに向いているうちは、止めて置いた方が良いだろう。やはり麻雀という競技上、意識が勝負の本質とは別の方向へ向いてしまうのは好ましくは無い。
頑張って綺麗に牌を切ったけれどもそれがリーチ者の当たり牌でした、みたいなのが起きたらとても悲しい事になってしまうのだ。
無意識に切れる様になって、初めてそれは使いこなせる様になったと言えるだろう。
「
心の底から這い出た心理。それが翻訳を介さずとも、手に取るように理解できた。
分かる。