大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
鳴きが入ると他家の巡目とずれてしまうのです
翌朝。
朝食を取ってしばらくしたら、いつもの様に雀荘の開店準備を父と始める時間だ。
恐らく今日もメンツとして参戦するだろう、エイスリン先生を呼びに彼女の部屋へと行く。
それ故に彼女の存在は、常連客の間では周知の事実である。
もはや看板娘的な感じになってしまっているのだが、彼女はあまり気にしていないらしい。
麻雀を打てればそれでいいのだとか。エイスリン先生、雀傑である。
「
そんな事を考えながら扉をノックすれば、即座に開かれた。
快活なソプラノボイスが同時に──いや、それよりも前に。
どうやら部屋を出ていく寸前だったらしい。
「
両手の拳を身体の前にグッと握り、自信満々といった様子でお出迎えしてくれた。
語尾が弾んでいて、何やら
まさかオカルトだろうか。
思わずひりつく様な冷気に当てられた気分になった。冷涼な東北の暁とは別の類いの寒さである。
麻雀限定じゃなくて、平時でもこうして感じられるとは。
オカルトってなんだろう。
「
尽きぬ疑問に悶々としていれば、意気揚々としたエイスリン先生がこちらの腕を取って雀荘へと導いてきた。
今日はやたらと押しが強いですね。
「
足音と反発するリノリウムの床が、不規則で心地良い音を奏でている。
連れていくつもりが、逆に連れていかれてしまった。
◇
なるほど。
そういう事だったのか。
「
相変わらず自信に満ち溢れた様子で、ふんすと鼻息を立てるエイスリン先生。
自動宅の中で音を立てながら混ぜられていく牌の音へと、無意識の内に耳を傾けている。
今の自分は、彼女と同じ麻雀卓へと着いていた。開店一番に来てくれたお客さんを横に添えながら。
う~ん、朝一に打つのはいつぶりだろうか。
幾分まだ寒いので打つにしても暖房が効いてからにしようと考えていたのだが、どうしてもとエイスリン先生に言われて今の状況へと至る。
彼女とは幾度と無く卓を囲んで来たが、ほとんど着順は自分の方が上だった。オカルトが鳴きで消えてしまう可能性がある以上、和了れる時はさっさと和了るという鳴きを多用する現代の麻雀観念とはとても相性が悪く、ヒラで長く打たざるをえなかったという事が背景に有るのは明白だが……。
どうやらエイスリン先生のオカルトは消耗性らしく、一日の初めに打つ麻雀が一番効果を発揮できるらしい。
ここから導き出される彼女の意思は一つ。
お前をボコる(意訳)、と言う事である。
ふむふむ、なるほど。
「
ファーコートの毛皮の先を、愛玩動物の背を撫でているかの様な手回しで弄りながら。
どこかの民謡だろうか、やけに特徴的な抑揚が有る鼻歌を交えている。
まるでその先に佇む勝利の存在を疑ってはいない。
「
ほうほう、そうですか。
確かに彼女と初めて麻雀を打った時は、こちらは成す術もなくボコられてしまったのは事実。
だがしかーし。それはただただ調子が悪かっただけである。
麻雀というゲームは運に大きく影響されるもの。あの半荘戦ではツキが無かったのだろう、いわゆる無理ラスという奴である。
決してエイスリン先生のオカルトにいい様にしてやられたワケでは無いのだ。
なのに彼女はどういうワケか、勝てると思い込んでいる。余裕綽々といった様子でこちらへ笑みを飛ばしてくる。
ふ~ん。そうですか。
よし、もう許せません。
勝ちます。必ず勝ちます。
「という事を彼女に伝えてください。あと、一緒に煽りも込めといてください」
「え、いいのか」
都合よく英語が得意な客が同卓していたので、意思表示の為に通訳して貰った。エイスリン先生と初めて打った時に騒動の原因となったおっさんである。今日は平日だが、有給休暇でも取ったのだろうか。まあ、それはどうでもいいか。
いつもの様に四つの風牌を取り出し、卓の上へ不規則に並べる。
ふはは……簡単に勝てるとは思わないで欲しい。
「
最後に残った{南}の牌を掴み終えると、やたらと強気な面持ちのエイスリン先生が現れた。
彼女は{北}の牌を引いている。ラス親だ。
この雀荘ではオーラスの親に限り、和了り止めが出来るようになっている。
数千万に渡る膨大な対局量のデータを取っているネット麻雀によれば、この和了り止めを採用している場合、最終的に一位を取る座席は圧倒的に北家が多くなっている。これは別にオカルトでも何でも無く、目に見える形となって示されている確かな事実だ。麻雀を始めたばかりの初心を秘めた者達が集まる卓でも、何千戦を生き抜いた強者が集う卓であろうとも、それは統計としてはっきりと表れている。
代わりに親被りによる四位率もラス親は多いのだが……まあ、一位率に比べれば僅差みたいなものである。
そんな比較的有利な状況になりやすい北家を引いたエイスリン先生だが、果たしてこれがどう影響してくるのか……。
「
「
気合十分なエイスリン先生が挑戦的な笑みを浮かべた。
どんな事を言ったのか知らないが、煽りにも屈せず、未来に広がる勝利を依然として疑っていない。
ふ~ん。そうでなくては。
よし、さっそくボコボコにしてあげましょう。
◇
「
八巡目にして、対面に座るエイスリン先生からリーチがかかる。
自家(南家)手牌 ドラ{1}
{七八④⑤⑦⑨223456中}
先制リーチ。今日の彼女は鳴かれても全く問題は無いのだろう、容赦の無い宣言だ。
とりあえず、リーチ者である彼女の河を見てみた。
エイスリン 河
{東中西5四三}
{3横九}
う~ん……。
彼女の河はとても恐ろしい。鳴かれたく無い役牌の先切りはまあ普通なのだが、{四三}の両面ターツ落としがちょー怖い。
彼女のオカルトは未来先々のツモが見えてしまうモノだが、恐らく順子に成らないのが分かっていたのだろう、大胆に処理をしてしまっている。両面ターツが外された場合、普通ならば手牌には他の好形両面が残っているはず。すると、普段よりもスジが押しやすくなりそうだが……。
自家(南家)手牌 九巡目
{七八④⑤⑦⑨223456中} ツモ{9}
厳しい。
というか、そもそも無理ですねこれ。ボコボコにするなんて言ってすみませんでした。
この巡目でドラ無し役無し二向聴。持ってきた無筋の{9}を何の考えも無しに押すような手では無い。一応頑張れば形式聴牌を取れるかどうか、という位だろうか。素直にオリ気味で回し打ちします。
「ノーテン」
「ノーテン」
「ノーテン」
「
中々に濃い河をしていたのもあって、皆リーチに対してオリていたらしい。
結果はエイスリン先生の一人テンパイである。
ノーテン罰符を徴収していく彼女を横目に、倒された手牌を確認してみる。
エイスリン 手牌
{七八九③③⑦⑦⑧⑧⑨⑨78}
メンピン一盃口確定役で、ドラ表示牌とはいえ高目三色の恐ろしい待ち。
彼女の傾向からしてダマの選択肢も有る手だが、どうやら理想は高いらしい。
東発、そして裏やツモなどの要素が入れば跳満も十分に視野に入る手故に、勝負に打って出たというワケか。ふむふむ。
それはともかくとして……。
自家 手牌
{六七④⑤⑥⑨2246699}
伏せた手牌をこっそり起こし、少し眺めてから麻雀卓の底へと流し込んだ。
リーチ後一発で掴まされてたのか。全く、怖いですね……。
上家と下家がどうだったのか知る由は無いが、自分だけでエイスリン先生の和了り牌を四つも止めてしまっている事になる。ツモられなかっただけ運が良いのか、それとも彼女の運が悪いだけなのか……。
まあとりあえず、上家の親が流れたので次は自分が親番だ。
東2局一本場。
自家(東家)配牌 ドラ{8}
{一二四五七七①③24南中中} ツモ{中}
ドラが索子なのが少し残念だが、なかなか配牌は良い。
そして第一ツモで{中}の暗刻の出来上がり。これはもう混一色まっしぐらの手だろう。
対面に居るエイスリン先生も心なしか、少しムムっとなっている様な気がする。
この対局はだいぶ席順に助けられているとつくづく思いますね……。
彼女の平時での打ち筋を見るにどんな場合でも和了り一直線で、まだ『絞り』の概念をどういうモノかあまり把握していない様に見えていたが、上家に座られていたら流石に萬子と字牌を絞られていたかもしれない。ペン{三}辺りは鳴かないとだいたい厳しいのだから。
打{①}
端牌から打ち出していく。最初はこんな所で良いだろう。いずれ染め手だと全員にバレバレになるので、出来るだけ情報は隠しておきたい。
手牌 九巡目
{四五七七九⑨東南中中中} チー{横三一二}
打{⑨}
急所のペン{三}を何とか上家から鳴いて、萬子と字牌だけに整理しきった形。
河があからさまに染め手だと公言しているので、そろそろ鳴くのは厳しくなってきたか。
それでも形は悪くないので、聴牌までには辿り着けそうだ。
ここで、場の状況を一度見直してみる。
上家と下家は切り出しと牌の並びからあまり早そうには見えないが……。
問題は対面に座っている彼女である。
エイスリン 河
{西赤5⑥4三①}
{91}
今回も河が濃い。
この中で、{⑥}{4}{三}{1}が手出しで、後がツモ切りである。中々に意味不明な切り出しだが、考えられる手役は一応ある。というか、七対子ぐらいしか無いのではないだろうか。
すると第二打{赤5}がツモ切りなのが少し不可解だが……。縦に重ならないと分かっているのならば、要らないのかもしれない。
手牌 十巡目
{四五七七九東南中中中} {横三一二} ツモ{①}
持ってきた筒子をツモ切りして河へと送る。
もしチートイだとしたら字牌はかなり危険になってしまうが、親でこの手はオリたくないものだ。{東}か{赤五}、もしくは少し薄いが、一通に関連する牌を引いてくれば満貫も見える。
……う~ん、エイスリン先生はもう張っているんだろうか。
張ってるんだろうなあ……。
手牌 十一巡目
{四五七七九東南中中中} {横三一二} ツモ{東}
次巡、{東}が重なった。ここで少し長考。
一応一向聴だが、手なりに進めると{南}が出ていく事になる。
この{南}は生牌なのだが……果たしてどうなるか……。
……ええい、考えていても仕方がない。当たるなら当たってみて欲しい。
いや、ごめんなさい。やっぱり当たらないで……。
打{南}
……
……どうだろうか?
対面に座る彼女を見やる。
「...!」
切られた{南}を見て、エイスリン先生はぴくりと反応したが、ロンの声はかからなかった。
ついでに下家に鳴かれる事も無かった。
よし、セーフ。いや~良かった良かった。
彼女の手組みの早さを鑑みれば、ここで余る{南}で当たってもおかしくは無かった。
巡り合わせが良かっただけなのかもしれないが、これで一歩前進である。
対面に座るエイスリン先生のツモ番。
持ってきたツモ牌を手牌の横に置いた彼女は、手牌とツモ牌を見比べながら少し考え込んでいた。オカルト全開のエイスリン先生はいつもあまり長考せずに牌を切り出すので、これはとても珍しい状況である。果たして一体何を思案しているのだろうか。
およそ数十秒。
だいぶ考え込んだ後ツモを手牌に取り込み、代わりに手出しを行った。
出てきたのは{東}。マジですか。
まさか一番欲しい所が出てくるとは思わなかったので、少し遅れてから鳴きを入れる。
手牌
{四五七七九中中中} {横三一二} {東横東東}
打{九}
他家から見てもダブ東ホンイツで満貫確定の仕掛けである。
う~ん、最高だ。{中}の暗刻があるので、もし{赤五}が引ければ跳満も見える。これはぜひとも和了りたい。
……それにしても、一体なぜエイスリン先生は{東}を出してきたのだろうか。オカルト発動中なら{東}の対子が有る事を知っているハズなのに、それを止めずに牌を切り出してきた。
この{東}は先ほどの{南}と同じく生牌だったので、あからさまな染め手をしている親には大本命の所である。ついうっかり、というのも考え辛い話だ。
だとすれば、何か深い意図が有っての事だと思うが……。
手牌 十三巡目
{四五七七中中中} {横三一二} {東横東東} ツモ{⑧}
次巡。
持ってきたツモは無駄ヅモ。何か怖いんですけれど……。
同じくこれも生牌だが……えっ、これチートイに当たるんですか?
いやいや、そんなまさか……。
そんなオカルト有り得ません。
エイスリン 河
{西赤5⑥4三①}
{91③②(東)1}
気になって彼女の河を見てみるが、印象としてはやはり怖い。
一枚目の{1}以降、{東}の手出し以外はツモ切りである。チートイ聴牌だとしたら、待ちを変えた事になるが……というか、{1}が裏目っていないだろうか。
うーむ、全く分からん。
……考えても仕方ない。もういいや、行こう。
たとえこの{⑧}が当たりだと分かっていても、この状況なら絶対押す。自分は今に至るまで、そうやって麻雀を打って来たのだから、今更変えろと言われても変えられないのだ。
エイスリン先生どころか他家にも危ない牌だが、ここは退けない。
打{⑧}
そっと牌を河へ置く。もしこれが当たり牌ならば気付かずに見逃してほしい、そんな意思を存分に込めながら。
……
その牌を見て少し下家に座るお客さんが反応したが、何もせずに次のツモを取りにいった。
鳴ける牌だったのかそれは分からないが、ロンの声はこの牌にもかからなかった。
……あれ?
手牌 十四巡目
{四五七七中中中} {横三一二} {東横東東} ツモ{六}
そのまた次巡。
「あっ、ツモ。4100オールです……」
普通に和了り牌をツモってきた。親の満貫である。
てっきり何かエイスリン先生に企みがあって、手のひらの上で踊らされているのだと思っていたが、特に何も起こらずにそのまま和了ってしまった。
あれ?
「
何やら気落ちしているエイスリン先生と他二人から点棒を貰うと、親の連荘が始まった。
思考が纏まらないまま、牌が自動卓の中へと流れ込んでいく。
一体、何が起こっているんだろう。