大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
看板を上げてからある程度時が経った頃。
室内に確かに効いてきた暖房のかすかな風を背中で感じながら、エイスリン先生の動静を探ってみる。
「
親満和了りからの二本場を荒牌流局してからの三本場。
じゃらじゃらと小気味良い音を遠くに、彼女はあからさまに肩を落としていた。
その様子を麻雀で言う一番身近な現象で例えるのならば、ペンチャン89を払った瞬間に7を持ってきた時の様な、何とも言えない寂寥感──いや、筆舌に尽くし難い裏目の侘しさだろうか。
適当に言ったが、詳しくは分からない。
が、とりあえず気落ちしているのは事実である。
ふーむ。どうしたものか……。
今の彼女は精神的にブレている状況なのは違いない。
近年、メディアなどで『麻雀とは一打一打に精神的な攻撃要素を伴う競技だ』なんて大々的に謳われているが、そこまで大げさな話では無いと自分は思っている。麻雀の打ち筋、という物がそこに大きく関わってくるからだ。
麻雀の打ち筋──それは人それぞれであり、ここで言うオカルトがその支柱となっている人も居るが、最後まで突き通せる事が出来る人はなかなか居ない。慣れていなければ、まず精神的な部分でセオリーが崩れ去る。
一番に想定出来るのは負けが込んでいる時だろうか。
いわゆるキレ打ち……とは少し違うだろうが、意図しないノイズによって場況の適正な判断が出来なくなっているのは同じだ。
麻雀において冷静さは絶対のものである。技術がどんなに優れていても平常心を保てなければ無用の長物であるし、どんなに運が良くても突っ張れる意思が無ければ途中で崩れてしまう。
強者は雀力は当然、得てして精神的強者でもあるのだ。そこそこ麻雀を嗜んだ者なら誰しもが一度は経験した事があるだろう、東発で親倍追っかけリーチに振り込んで絶対絶命の0点スタート。そんな絶望的な状況でも、強者ならば決して諦めずに何度でも蘇ってくる。鳴いて早和了りをしてリーチ供託分を稼いでしまえばもう止まらない。最善の手組みを一筋の光明に
これがどれ程までに恐ろしい事か。オカルトもデジタルも関係無い、ただの心の持ちようだと言うのに。
色々考えてみたが、要は一局に一喜一憂するのは良いけれどもいつまでもそれを引き摺るのはいけない、という事だ。
「
依然として今のエイスリン先生の打ち筋を何が揺るがしているのかは分からない。それならば、自分は彼女に発破を掛けるだけだ。そうでなければ張り合いが無いというもの。
問題は今が対局中で、言葉のキャッチボールが難しい状況だということだが……。
よし決めた。
秘蔵の一発芸を華麗に決めて、彼女を迷わす暗雲を晴らしてあげましょう。
◇
東二局三本場。
自家 配牌 ドラ{中}
{二九⑥⑦469南西北北白白} ツモ{四}
ドラが役牌な以上、面前では少々速度が厳しそうな三向聴の手だが、役牌とオタ風が配牌で対子。{白}を鳴いた後にリーチを受けても{北}があるので守備力には問題無い。とりあえず連荘したいので、{白}が序盤に切られれば速攻を目指す事にしよう。萬子以外が和了りの待ち牌に成れば、だいたいはアレが出来る。
昔、雀荘の営業が終わってから夜な夜な練習して、誰にも見せる事無く燻っていたあの芸を、お披露目する事が出来る。う~ん、反応が楽しみだ。
六巡目 手牌
{⑥⑦⑧34北北} {横三二四} {白白横白}
前々巡に{3}くっつきの聴牌。待ちがとても素晴らしい。場況良い悪いでは無く、{34}の盲牌し易いリャンメン待ちが最高だ。
早いリーチは14ソーと言われる位には{23}の{2}は彫りが特徴的で盲牌が一番簡単な牌である。逆側の{5}は初見では少々{⑤}辺りと勘違いしがちだが、そこら辺は慣れているので問題は無い。
ツモ山に手を伸ばす。持ってきた牌は見ずとも分かる、とても分かり易い牌。
自分は次にツモってくる牌が何か、完全に分かるといった全雀士垂涎ものの特殊能力は無いので、予め勢いを付けるといった事は難しい。意気揚々と格好付けて持ってきたのが違う和了り牌だったら、目も当てられないほど恥ずかしいし……。
でも、それが確定した後なら真似する事だって出来る。
よし。一発芸──いきます。
「...?」
「ん、どうした?」
山から牌を掴んだまましばらく
局の合間に行われている不自然な動作に、同卓者が不審がっているが気にしない。
必要なのは3つの要素。一つは牌に与えられる力。それは放つ距離に相関関係を持っている。遠すぎても近すぎてもダメ。
そして基点となる軸。出来るだけ軸を正確にし、慣性モーメントの量を減らさなければいけない。
最後にちょっとしたオカルト。これは成功すれば自然と付いてくるので何の問題もない。
準備は完璧だ。
「...!」
「……?」
対面に居るエイスリン先生はその異変に既に気が付いていた。やはりこういう系統に足を踏み入れている以上、察知が早い。
牌を掴んだ手が、緩やかな風を纏い始める。
「ん……風が吹いてるな。暖房のか?」
「それにしては、少し冷たい様な」
「...!!」
それはやがて強かな風へと変貌を遂げた。うねるような風では無く、寂れた東北の軒にするりと入り込む隙間風でも無い。一点から放たれる確かな風。
空気が、空が、変わった。
「いや、これは……」
「この風はッ……!」
ここまで来れば対面に座っているエイスリン先生だけでは無く、横に座っている二人も出処を感知した様だった。
幾分、今日は風が騒がしい。
宙を舞うその風の勢いを殺す事無く、真上から。
緩やかに、それでいて確かな力をもって。
「ツモ」
擲つ様に、真下へと。
確かな軸を持たせ、横移動しない様に。
そして、既に吹き荒れるまでに成っていた暴風の力を伴いながら。
目一杯に回転させる。
{⑥⑦⑧34北北} {横三二四} {白白横白} ツモ{2}
レースカーのホイールの様に。もしくは、ヘリのテールローターの様に。凄まじい速度で、牌が卓上で高速回転する。ギュルギュルと音をたてながら、緑色の円を描いている。不可視なはずの風が、空を切る様に漂っている。
揺蕩う小さな雷雲が牌の周りを泳ぎ、放電した。
「800オール」
手牌を倒しながら右手を前に出し、強風を卓全体へと
瞬間風速およそ、20m/毎秒以上。台風並みの風が、嵐となって巻き起こった。身体は吹き飛ばされ無いにしても、真正面から顔を背けずに風を受け止めるのはほぼ不可能だろう。
「
「ちょっ……」
「ヅラが飛んじゃう!」
皆が一様に、腕で波を堰き止めようとした。しかし、間から入り込む水流の様な風が、それを執拗に阻止してしまう。そうなってしまえば、ただ流されるまで。
「...」
波動を複数回に分け飛ばした後、牌の回転が止まる。やがて、吹き荒れる風が止んだ。
牌の向きは……よし、ちゃんと手牌と一緒の向きだ。
トルネードツモ。ソレが自分の秘蔵していた一発芸である。
ふふん、どうだろうか。驚いただろうか。
「
「どうやって風出してるんだよ……」
「……糊がちゃんと効いてて良かった……」
同卓者の顔を見やれば、答えは火を見るよりも明らかだった。よしよし。磨き抜かれた匠の妙技にしっかりと恐れおののいていますね。久しぶりにやって見たが、成功して良かった。どうやら腕は衰えていないらしい。
「どこでそんな変なのを覚えて来たんだ……」
風でよれた服を整え直したおっさんが、呆れた様な表情でこちらへ問いかけてくる。むむ、変なのとは失礼な。
先程披露したこのトルネードツモは、元は公式麻雀プロリーグの下位クラスに所属していたとあるプロの持ちネタであった。
まだ見ぬ新世界。時はおよそ、麻雀を知って間もない昔へと遡る。
それは、午後の昼ドラを眺めるかの様に、適当に人気の無い二軍プロ達の試合を何となく見ていたころ。
己の目の前で確かに巻き起こったのだ──
見え見えの混一のみ、いわゆるバカ混を和了ったとあるプロ。負けが混んでいる中、久方ぶりの和了に狂気乱舞したのだろう、過剰だと審判に止められるまで、相手を威圧する程の暴風を垂れ流しながらトルネードツモを行っていた。
その傍若無人たる姿や、当時の自分は強く惹かれたものだった。
何度も1シーンを再生した後、その芸を何とかして盗もうと、あらゆる記録媒体に保存しながら、過去に遡って360度全てを解析した。解析をしながら、自分も同じ所作を繰り返した。
そんなくだらない特訓をする事早一年。
何とか取得する事は出来たものの、麻雀の上達に全く関わらない事柄だと知り、正気に戻った。
そのプロはいつの間にか実力を悟ったのか、プロを辞めていた。
悲しい。
「変な方向に努力してるんだなお前……」
いわゆる和了演出というヤツだが、プロの上位層は余りやろうとはしない。理由は簡単、やり過ぎるとウザがられるからだ。単純明快である。映像映えするんだけどなあ……。
一度だけ、公式の上位対局でキレた選手同士で戦争が勃発した事が有ったが……いや~、あれは凄かった。
もはや魑魅魍魎と言ってもいいだろう、八百万の神を召喚しながらバトルし合うのは流石に真似出来ない。
「
渾身の技を見たエイスリン先生は、落としていた肩を元に戻していた。
そして、にこやかに笑っている。
「
彼女を見やれば、一発芸は中々に衝撃的だった様で、もはや気落ちした様子は見られない。どうやら奮起したみたいだ。
いや~良かった、良かった。
「お、おい。少しは出す風を自重しろ……また留学生ちゃんに同じ事繰り返すのか……?」
が、しかし。
長年の成果の結実に唸っていれば、下家に座る英語おっさんから咎める様な目線と共に誹られた。
えっ、どうして。今回は何も悪い事はやっていないのに。手加減も何もしていない本気モードですよ。
「よーく見てみろ……」
「見てみろ、と?」
おっさんに言われるままにエイスリン先生の方へと視線を飛ばす。
ふむ。見たところ、少し髪がほつれている以外普段の彼女と変わらない様な……。
うん?
「風が強すぎだ馬鹿……」
対面に座るエイスリン先生は、丁度風下の位置にあたる。どうやらそのせいで強風が直撃してしまった様で、彼女の自慢のブロンドヘアは少々纏まりを無くしていた。整っていた筈の髪、その所々が乱れてしまっている。
あわわ……。これ自分のせいですね。
「
ぼさぼさ髪のエイスリン先生は、何やら吹っ切れたという表情をしながら牌を自動卓の底へと流し込んでいく。
「
底知れぬ威圧感の元、彼女が声をあげれば、止まっていた時間が動き出した。何かに恐ろしいものに強いられるかの様に、他家の手牌もせっせと卓の中へと仕舞い込まれる。一発芸は果たして成功したのか、それとも失敗したのか。どっちなのかは、分からない。
でも一つだけ、分かる事はある。
うーん……。怖いのです……。
「
自然由来では無い独特な寒さに打ち震えていれば、エイスリン先生に、早くしろと促された。
はい。
そういえば、まだ勝負の途中だった。
◇
東二局四本場。
「
エイスリン 河
{発19二①横⑧}
対面から一段目の早いリーチ。
自家 手牌 七巡目 ドラ{⑨}
{四五六④⑤⑨⑨34赤5688} ツモ{⑦}
河が強すぎて手牌構成が分からない……。恐らく順子手なのだろうが、巡目が浅く、他家の河から参考に出来る情報も限られている。
現物が何も無いので今は押すしか無いのだが、一応三色ドラドラの一向聴で、紛れもない勝負手である。かなりのトップ目なので無理をしない麻雀を打ちたいが、高速高打点の同卓者がいる以上、点差なんてすぐに返されてしまうだろう。稼げる時は出来るだけ稼いでおきたい。
通っている筋もまだまだ多くは無く、ダブル無筋以外の放銃率はそれほどでも無い。
が、ここで来たのはドラそばの{⑦}。通りそうではあるが、万が一という事もあるのでちょっと怖い。……{⑦}ぐらいは許してくれませんかね。
えいっ。
打{⑦}
「...」
反応を伺う様に、河へこっそり打牌する。
ロンの声は掛からない。
よし、セーフ。
ツモ番が回ってきた下家のおっさんは、そこそこ手が良いのだろうか、現物を切る事無く中筋の④を河へと切り出していく。
平和系のリャンメン待ちが多いエイスリン先生には、比較的筋が通り易いので有効な戦術である。
何とか凌ぎながら聴牌までは辿り着きたいが……。
「
しかし対面から聞こえてくる無慈悲なパッツモの発声。
そりゃないですよ。
親被りは満貫まで……。満貫まででお願いします……。
エイスリン 手牌 裏ドラ{⑧}
{五赤五六七八②③④⑦⑧456} ツモ{⑥}
「
手牌が倒される。
裏ドラ表示牌は{⑦}。メンタンピンツモ一発ドラドラで跳満。
跳満モロ親被りである。い、痛すぎる……。
め、メゲるわ……。
点差は今の所、こんな風になっている。
東2局4本場終了時
北家 お客さん :15700
東家 星川 :34300
南家 おっさん :14700
西家 エイスリン :35300
あれ、今の和了りで捲られてますね。
おかしいな、結構リードしていたはずなのに……。
「
ほつれ髪のエイスリン先生はトップ宣言をする。
それはもう、満面の笑みを浮かべながら。
「
ついでに勝利宣言もしている。翻訳を介さずとも雰囲気で理解した。
ま、まだ東2局が終わったばかりだし……。
適当に和了ればすぐにまた逆転出来る点差だから……。
「
エイスリン先生の掛け声と共に、じゃらじゃらと自動卓の中へ牌が押し込まれる。
だいぶ連荘したが、まだ東3局なのか。
とりあえず、これからの局の振る舞いを考えてみる。
残りおよそ6局。この中で良い配牌を毎度掴むか、他家に流して貰い、エイスリン先生に和了らせないのが最善。
うーん、難しい。
東3局 親 おっさん
上がってきた配牌を見やる。
速攻かそれとも面前か。
配牌
{一三七③⑧⑨147南西白発}
あっ。とってもすごい配牌だ。
よし、大人しくしていよう。
特殊タグで牌画像を回す事には成功したのですが、途中で画像が途切れてしまうばかりか速度も遅かったので導入するのはやめときました
咲の世界では、ツモった時のエフェクトは練習すれば誰でも会得できるものとする