大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
身近に有って、いつも何気なく目にしている物。
無いと果てしなく困る訳でも無く、ただそこに有るだけのモノ。
ある日突然それが失われ、何とも言えない喪失感に耐えきれずいざ補おうと思っても名前が分からない。
そういう類のヤツは結構ある筈だ。
『お前は今まで食ったパンに付いていた止め具の名前を知っているか』
『知りません』
「
雀荘が休みである土曜日。
何やら聞きたい事が有るエイスリン先生に部屋へと呼び出され、そして開口一番に問い質された。
比較的簡単な英語なので流石に聞き取れるが、しかし答えるのはとても難しい。
彼女が指差す先に有るのは、
別に初めて見たモノじゃない。プラネタリウムが定期的に開催されている市中の科学館の表玄関には、よくこれが飾られているし、そもそもこの家に昔から放置されているのをずっと前から知っている。
『いつも目にしてるあれ、バッグ・クロージャーって名前らしいぞ』
『知りません』
だがしかし、名前が分からない。ド忘れしたとかそういうのじゃなくて、どうやら最初から名前が何なのか、全くもって知らないらしい。
ナニコレ?
多分天体に関する物だとは思うのだが、英語名どころか日本語名も分からない。
『ちなみに埼玉県でしか製造されていないらしい』
『知りません』
ああ、もう。脳内に雑音が……ッ!
「
「だ、ダイジョウブです……」
先日だったか、それとも一昨日だったか。
客のおっさんから唐突に聞かされた明日から全く使えない知識が、どういう訳か今に至るまで物凄くインパクトに残っていた。それが恐らく、いつも目にしていて、それでいて名前がいつも分からないこの物体へと結びいたのだろう。勘弁して欲しい。
唐突に頭を抱えだすその姿は、どうみても異常者である。
折角、知恵を捻り出して考えようとしているのに。
冷静に……極めて冷静になれ……。
「そう、クールに……」
「
深呼吸をして……深くため息を付く。
エイスリン先生が変な物を見る様な目をしている。
よし、落ち着いた。
「アイムオーケー……」
「
ふむ。改めて観察し直して見よう。
何というか、この地球儀もどきは骨董品の様な気がする。外国語で言うならアンティークだ。こういう値打ち物には大抵、保証書というかタグ付けがされている筈だが……流石に古すぎてどこにも見当たらない。どうしたものか。
「
……よく見てみれば、何やら環状になったリングには【Zona Torrida】や【Zona Temp Settent】みたいに英語らしきものが書かれているが、エイスリン先生にも読めてはいない様だ。となると、派生した別の言語辺りだろうか。う~ん、分かりません。
こうなってしまえばもう、解決の手段は一つしか無い。
「文明の利器……もとい文明の力の出番だ」
ポケットからスマホを取り出して写真を一枚頂戴する。最近やたら扱う頻度が多い様に感じるが、便利なのだから仕方がない。
ぱぱっとグー○ル先生の画像検索に掛ければ、一発で結果が出た。
【
丁寧な事に画像付きで検索結果が出てくれる辺り、最近のAIは精度も愛想も良いらしい。
しかし渾天儀、ねぇ……。初めて名前を知ったぞ。
まあ日本語名はともかく、英語ではアーミラリ?スフィアと言うみたいだ。
「
検索結果画面をエイスリン先生に見せてみれば、得心が行った──という感じでは無かった。
う~ん、これは多分伝わっていない。こういう時は、万が一誤翻訳して間違った情報を渡してもアレだし、彼女自身に読み解いて貰う事にしよう。
幸運な事に、情報集積サイトであるインターネット百科事典ではこの渾天儀に対する解説、その英語版のリンクが存在していた。
いつの間にか直通になっていたSNSアプリを通して、彼女の元へとそれを送ってみる。
何も言わずに送ったので、エイスリン先生は唐突に来たメッセージに驚きはしたものの、すぐに続く先を読み始めた。
「
さすれば、興味のそそられる内容だったのか、傍から見て分かる程に熱心に読み始めていた。
果たしてどんな内容が書いてあるのか、こちらも詳しく知りたくなってくるが、残念な事に日本語版の内容は定義の説明が何やらあやふやな感じだった。
これはアレですね。数百万以上もの編集者が存在する百科事典でも、専門性が高い分野の場合、ほぼ英語版のサイトをまるまる機械翻訳して移し替えた物になってしまうんですよね。自分、知ってます。
エイスリン先生が今閲覧しているサイトは多言語対応とはいえ、やはり情報量は英語で書かれた物の方が多い。
たまーに調べ物をしていた時に、参照出来る日本語文が無く、(英語版)のみしか無かった時の心境や何度思い出しても泣けてくる。
「
しばらく経った後。
辿り着いた文面を全て読み終えたのか、納得した様な面持ちでエイスリン先生は頷き始めた。
『
そして、何やら変な事を翻訳アプリで送ってきた。
占星術師って、星座を使って占う人の事……?
突然何を言い出すんでしょうか、この人は。
『
何も言葉を返していないのにも関わらずムッとなってしまったエイスリン先生は、途端に踵を返すと、本棚の奥底へ仕舞われていた古めかしい本を頑張って取り出していた。
目の前に示されるは、
めっちゃ胡散臭い。
『
エイスリン先生は構わず、本棚から取った書物を横へ並べていく。全てが皆、英語で書かれていて自分には全く読めない物だ。
タイトルのイラストから辛うじて彼女の言う通り星座に関する物なのは分かるが。
『
この本が仕舞われている書斎は言わずもがな、祖父母が使っていた物である。確かにこうして星占いに纏わる本がたくさんある以上、親族に天文学にお熱だった人もいるかもしれない。
初めてこの家にホームステイしに来てから度々──いや、結構ガッツリ読んでいたのだろう、エイスリン先生は自信を持った面持ちで己の推測の正しさに唸っていた。
う~ん……。こうして見れば、祖父母の生前の人となりが何となく分かってくる様な気がする。
近くの物置とか漁ってみれば、星や天体を観測する為の望遠鏡とかも見つかるかもしれないですね。
明日から12月に入る。雀荘休業中はどうせやる事も無いので、遺跡荒らしに向かうのも一興というものだろう。
だがそうやって発掘物を見つけ星を眺めようにも、この所は連日雪模様。夜も小さな雪が降り続いて止まない。幸い翌日に雪かきが必要とされる程では無いものの、当然の事ながら降っている間は空は曇っていて、天に星々が見える事は無い。
「
こればかりはもう御心の機嫌次第でどうしようもない。願わくば、透いた満天の空が見える事を祈るばかりである。
◇
冬の寒気がそろそろ強まる頃。自動卓は余り耐寒性が無いため、使わない物は仕舞っておく必要がある。
パパっとキャスターに乗せて片付けた後、少しだけ喉が渇いたので控室で休憩を取る事にした。
気温の影響で何もせずともキンキンに冷えてしまっている水を喉へと通していれば、ふと疑問が思い浮かんでくる。
一体なぜ、エイスリン先生は占星術なんて物に興味を持っていたのだろうか。別に星占い自体は朝のニュースでその日の運勢が毎回占われる位には普及しているので、何となくだとしても変な話では無いが、あそこまで熱心なのは何か他に理由がありそうだ。
『
『
そんな取り留めの無い疑問を何となく聞いてみれば、しっかりと反応は帰ってきた。
『
『
いろいろたくさん。そんな風に付け加えながら、彼女は話を伝えてくる。
『
『
「
パイプ椅子にちょこんと座りながら、エイスリン先生は籠へ収められていた麻雀牌を眺めていた。
計136枚の牌が、縦横綺麗に整列させられている。
「
四角四面で堅苦しい程に敷き詰められたその麻雀牌達は、決して何が起ころうともその場で入れ替わったりなどしなさそうだが、現実の麻雀では違う話。因果が捻じ曲げられ、おおよそ薄い確率の現象がいとも容易く手繰り寄せられる。それはもはや偶然では表しきれないくらいに意図的で、恣意的だ。
それが何か、超常的な存在により引き起こされた物だと断定づけても、納得がいってしまう可能性があるのが、現実の麻雀の恐ろしい所である。
「
「
そんな風に思案しながら、再びこちらへ向き直ってきた。
途中で彼女の英語がリスニングに変わってしまったので、詳しい事は途中で分からなくなってしまったが、恐らく昔聞かされたおとぎ話にスピリチュアル的な思いを抱いているのだろう。それが今回、関連が有りそうな星々に繋がりの有る渾天儀を見て、想起されたというワケらしい。
う~ん、そんなオカルト有り得ません。
とは言えないよなぁ……。
テレビで行われている麻雀対局では目に見えて分かる形で物理法則を無視した牌捌きをしている人だっているし、神様の様な存在を召喚している雀士だって居るのだ。別にエイスリン先生が超常的な何かを星占いによって感じ取っても何らおかしくは無い。
彼女が言うオカルトとは一体何なのか。
その答えを導き出すのは麻雀で勝つ事よりも難しそうだ。
でも、とりあえず彼女自身の話は置いといて。いつかはこの宮守の宙に浮かぶ、澄んだ星空を存分に見上げて欲しいものである。
ここ最近、ほんとに曇りか雪しか降っていないので……。