大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
遠野物語の読解に時間がかかりました
12月の月初め、その第一日。
宮守の地からおよそ30分間の経路を経て、岩手県東部にある遠野へと辿り着いていた。
ここは前に時間の都合上、回ることが出来なかった場所。今日は雪も強く無く、絶好の観光日和だということで、行楽の決行日と成ったのだった。
「
前日の夜に僅かながら雪が降っていたのか、残雪が少し残るアスファルトの大地に、エイスリン先生がぽふりと車から降り立った。
今日は日曜日。丁度彼女がホームステイしに来てから一週間が経っている。およそ寒々とした岩手の地に慣れてきた頃だとは思うが、吹雪く程に強い豪雪は未だ訪れては居ない。一度空が曇れば、平均気温は氷点下へ達し、積雪は10cmを優に超える──そんないつもの冬が来る前に、彼女に観光案内を出来たのは僥倖だと言えるだろう。
「スタッドレスタイヤがちゃんと効いてて良かった良かった。例年に比べて、今年は雪が降るのが遅くて」
車のエンジンを止めた父は、特徴的な深い溝があるタイヤを見て、そう言った。通称冬タイヤである雪道用のこのタイヤは、土地の気候差は有るものの東北では一般的に10月の初旬から車に付けられ始める。やはり雪が降る時期が早い地域ではタイヤの交換時期も早いが、どういう訳か今年は雪がお披露目されるのがだいぶ遅かった。そういう事も有って、父は割りと心配だったらしい。
そこそこ毎年手伝わされる身としては、まあ分からなくも無い。
「
そうしていれば、遠野に着くなり彼等がお出迎えしてくれた。
独特のイントネーションが伝えている通り、この場所には河童ことカッパが多い。
ご当地マスコットキャラクターの看板にカッパ、建物の造形にもカッパ、石像や石碑にもいて、駐車場のコーンにも勿論居る。この遠野という土地はとにかくカッパが多い。街を見渡してみれば、必ずどこかにカッパに関連する物が存在する程である。
言わずもがな、ここは日本の民間信仰の中でも人智を超える存在が良く信じられている土地だ。
「
カッパと聞けば、緑色もしくは赤色の水生生物の様な身に、短い嘴と広い水かき。頭頂部にこれ見よがしに存在するお皿みたいななにか。そしてキュウリ大好き。
日本では殆どの人が姿形を見聞きした事があるだろう有名な空想上の生き物だが、どうやらエイスリン先生も初めて見る訳ではないらしい。アニメやら何やらで、デフォルメされた妖怪を見る事が有ったのだろうか、そこら中にいるその存在を、まるで己の記憶と照らし合わせる様にしてまじまじと眺めていた。
それにしても、いつ見ても特徴的な造形をしている生き物である。どう見ても実在しないと分かっている筈なのに、市が大真面目に捕獲許可証なんて物を発行しているのだから不思議な話だ。
「
エイスリン先生が、英語で書かれたパンフレットを手に取っている。最近、この辺りは観光業にも力を入れている様で、しっかりと多言語対応は成されているらしい。
しかし、こう大々的に捕獲賞金を押し出してくるのはいかがなものか……。
「
そんな事を考えていれば、エイスリン先生に何やら尋ねられた。
恐らく、カッパを探しに行かないのかと聞かれているのだろう。
う~ん……。こういうのは否定から入るとつれないヤツだと思われてしまうから、ノった方が良いのだろうが……。
「
ちょっと渋っていたのが表に出ていたのか、すぐに悟られる。
いや、だって最初から存在しないの分かり切ってるし……。
「
「
「父さん、二人は何を言っているのでしょうか」
「お前が、カッパ捕獲許可証持ってるのバラされてるぞ」
「ちょっ」
果たしていつの頃だったか。今となってはもう思い出せないが、そういう伝承や風土記における存在を信じていた時もあった。それがいわゆる、許可証という名残りである。
別になんて事は無い、遠野に関わりの有る子なら誰しもが持っている普遍的な物だ。裏表紙には、必ず生け捕りにしなくてはならないだの、釣りの際に扱う様な金具を使ってはいけないだの、中々に厳しいコンプライアンスを求められる文章が載っているヤツである。たとえもしカッパが居ても、これだけ厳格だったら取るものも取れないハズだ。
して、それは遥か昔に何となく貰っただけの物である。今は別に、使っている訳ではない。
「
「
「お前が、まだ使っているのバラされてるぞ」
「ちょっ」
そうしていれば、すぐにバラされた。
なんて事を……。
「
エイスリン先生は
これはあれだ、まだお化けなんか信じているのw?みたいな事を言っているのかもしれない。
いや別に、これを見せると遠野市では結構な所で商品の割引が効くから……。だから、持っているだけなんだ……。
まあ、宮守から遠野はそこそこ距離が有るのであまり使う事は無いのだけれども。
「という事を彼女に伝えてください」
「分かったわ~。
「
ちょうど近くに居た母に通訳を頼んで見れば、恐らくちゃんと真実が伝えられたのだろう、エイスリン先生は和やかな面持ちをしていた。
いや~良かった良かった。一時期はどうなるかと思いました。
「
そして、うんうんと頭を振って頷いている。
それはまるで、事のあらましを全て把握している時の様な感じである。
んん?
「通訳はいつの時代も度し難いな……」
「どういう事でしょうか?」
何やら会話の流れが分からなくなってきたので、とりあえず聞いてみる。
「お前にはいつか、ちゃんとした英語のリスニングを覚えて貰わないとな……」
「……はい?」
すると、何やら思案顔の父が現れた。
どういう事なのか、これが全く分からない。
◇
人智を超えた存在、いわゆる妖怪がこの遠野の地に多いとなると、やはり流行るのは怪談である。一般的に夏に行うのが主流とされている怪奇現象を元にした民話伝承。しかし、冬にやってはいけないという決まり事は無い。
遠野の北の地にある古民家、そこにある郷土歴史博物館へと自分たちはやってきた。ここには古来よりの岩手の民族文化を記した書物や、妖怪に関する逸話など様々なオカルト的要素が存在する。
猫騙しされた時の様な突発的な驚愕では無く、朝の大地に巻き起こる底冷えする様なじわじわと来る恐怖と驚きを、是非エイスリン先生に楽しんでもらおう。
観光客である彼女を連れながら、無形文化遺産でもある茅葺きの屋根を持つ家に入る。現代で一番初めに目にされる事が多いのは、白川郷にある集落の家々だろうか。水分に強い天然素材である茅を使った天井の下には、やはり寒い冬を凌ぐ為の囲炉裏が存在する。
で、今はちょうどその寒い冬の時期。
という訳でしっかり整備されており、まだまだ現役である囲炉裏に火を付けて貰い、しばしの間暖を取る事にした。
「
ならしによって綺麗な線形に描かれた灰を下にして、黒炭がぼうぼうと燃えている。火種を元にして暖まるというのは古来より伝わる原始的な暖の取り方で、今や生活必需品となってしまっている炬燵とはだいぶ勝手が違うものの、やはり暖かい物は暖かい。エイスリン先生も炉から発せられる心安らぐ熱気に遠くから手を当てて暖を取っている。
昔はこういう囲炉裏の上に
……そういえば、何か忘れているような。
「
ふと、記憶を辿っていれば、少し焦った様な声がした。
エイスリン先生が、部屋の隅にある行灯の後ろを指さしている。
「
おっ、居ますね。カッパと並んでここの名物である、座敷わらし。それが置行灯の影となって、光と共に揺らめいていた。
流石に実在するものが都合良くここに居るハズも無いので、あくまで伝承を模っただけの市松人形である。海外ならビスク・ドールと言い換えられよう、この雅な浴衣を来た
「
物に魂が宿る、いわゆる
そうだ、思い出した。彼女を怪談で怖がらせる為にここに来たんだった。
ふっふ~ん。怖いのかな?
怖いのですか?
「
煽ろうにも英語の語彙が足りなかったので、身振り手振りで嘲笑の意を表していれば、見事伝わった。
怖さでぷるぷると震えていた彼女は、今度は別の感情でぷるぷる震えている。
それが何なのかは預かり知らぬ事だが、どうやら自分が煽ったせいで、人形の神秘性から来る物恐ろしさを完全に雲散霧消させてしまった様だ。
これは本来の目的で言えば、失敗ですね。
「
必死に己の感情を取り繕うとするエイスリン先生。これはまあ、しょうがないですね。
誰もが最初はこうなるものだ。
極めて精巧に作られた存在でありながら、どことなく掛け離れた印象を与える人形。不気味の谷に近い本能的な忌避感を覚えるコレに、初見で驚くなと言われるほうが難しいのだ。
だから、怖くてもしょうがない。うん。
「
心の中で腕を組みながら訳知り顔で頷いていれば、それを表情から見透かしたのか、遺憾の意を表したエイスリン先生が現れた。
ふふん。怖くない、怖くない。
「
「お、どうしました?」
「どうどう~。そこまでそこまで」
言葉の裏の意味で煽るという高度なテクニックを使っていると、まるで暴れ馬を落ち着かせるかの様に母が間に入ってきた。
「
「
「
そして何か英語を話せば、エイスリン先生は落ち着いた。
う~ん、カッパの時に煽られたお返し(後で知らされた)とは言え、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
反省である。
「
「
「
「
「
ちょっとだけ自省していれば、また二人だけで英会話の世界に入ってしまった。
何を言っているかは当然の事ながら分からないが、話の流れからして隅っこにいるあの妖怪の事を言っているのは間違いない。
座敷わらし。
それは端的に言えば、家の中で見つけた者には幸福が訪れる、または富をもたらしてくれると
なぜ過去か、と言われたら時代によって価値観が推移してきたからである。
昔の遠野では今の日本の国民的な競技である麻雀が、取り分け他の地域よりも盛んに行われていた。麻雀がどんなルーツでこの地にやってきたのか、何も知る術は残っていないが、住民のほとんどが熱狂していたのは確かである。
麻雀はどの時代も運が大きく作用するギャンブル的要素が強いゲーム。そんな中で、幸福や富をもたらす妖怪が現れたら人はソレをどう思うか、答えはとても簡単である。
いつしか座敷わらしは、雀士のツキを左右する麻雀の神様と言われる様になってしまっていた。こじつけも甚だしい。
とはいえ、今でも願掛けという形でこの座敷わらしを信仰している者は結構居る。やはりそれだけ麻雀の『流れ』を感じさせる要素が、現代には溢れかえっているのだろう。
だいたいオカルトのせい。
「
「
母からそんな事を教え込まれたのだろうか、何やら少しだけ考え込んだエイスリン先生は、さっきまで怖がっていた存在へと向き直った。
「
となると、やる事は一つ。
願掛けだ。
彼女は、麻雀の妖怪である座敷わらしへと麻雀の思いを伝えるのだろう。恐らくは天運だとか、流れだとか、その辺だろうか。
最近の彼女は、オカルト全開中でも中々に運が悪かったので、厄払いにはぴったりかもしれない。
ふふ。とにかく頑張りたまえ。少しでも運が改善する事を、こちらからも願っていよう。
「
「
果たして何を願っていたのか、今の自分には理解する事が出来なかったが──
好戦的な笑みを浮かべていた事だけは分かった。