大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
とは言ったものの。
「
東1局 南家 エイスリン ドラ{西}
{一一①②③④赤⑤⑥⑦⑧⑨88} ツモ{一}
「
【 2,000/3,900 】
あれからすぐに第二回戦が始まった。面子はそのままで、観客が少し増えたぐらいだ。
親被りです。先制でエイスリン先生に一通ツモドラ1を上がられてしまった。なんか語感が少々いいな。
……って、そうじゃなくて。
「やるじゃないか~」
「やっぱ強いね。留学生ちゃんは」
「こりゃびっくりしたよ」
点棒を各々から回収し、口角を上げて満足げな表情をするエイスリン先生をちらりと横目で見る。
やはり、これらは偶然ではないのだろう。
雀荘の店番をしながら、足りない面子の補充役として度々お客さんの相手をしてきた自分には、この現象が何なのかおおよそ見当が付く。
オカルト。
その現象を言葉で表せば、この横文字四つで示す事が出来るだろう。それは特定の人物との対局において、しばしば発生していた怪現象だった。
奇々怪々な者達が引き起こす怪現象。
それは例えば──
自家以外の風牌を下家からツモ順に鳴けば、以後の局で配牌に風牌がたくさん来て、かつ無駄ヅモが殆ど無くなるだとか。
1と3や7と9の様に片側に幺九牌を含む形を作り、その間に挟まる牌を上がり牌として嵌張待ちすれば、ほぼ確実に上がれてしまうオカルトだったり。
こんなオカルトを持った人がこの地には居るのだ。今は観客の中には混ざっていないが、実際にお客さんとしてこの雀荘に来ていた事はある。彼らが引き起こす怪現象を、初見では中々の偶然ですねとしか思わなかったが、何度もやられたら流石に偶然の産物では無いと認めざるを得なかった。
この世界には、理かの様に存在するそのオカルトを、己の軸としながら麻雀を打っている人が少なからず居るのだ。この現象は絵空事などでは無く、実際に存在する物として周知されている。勿論そんなオカルト有り得ませんと、地動説の異端審問の様に否定する者もいるが。
エイスリン先生は恐らく、このオカルトに近しい物を保有していると考えられる。それかオカルトそのものか。だとしたら、対策せねば容易に屠られてしまうだろう。上記の奴らは対策がとても簡単だったが、エイスリン先生はかなり難しそうに見える。
そもそも、彼女のオカルトがどんな物かも分からない。
今聞いても当然の事ながら教えてくれないのは確かなので、これまでの対局……つまり彼女の打ち筋から把握しないといけないだろう。
とりあえず、エイスリン先生の麻雀の特徴を列挙すると──
・やたらと聴牌速度が早い。
・鳴かない。門前思考である。
・未来が見えている様な打牌をする。
・リーチを全くしない。対局中はとても静かである。
こんな所だろうか。聴牌速度が早いのは、どちらかというと状況を表しているだけなので考察しようが無い。
となると、次の鳴かないという特徴に目を付ける事になるだろう。彼女は副露をしない。勿論鳴くという行為は基本的には打点を犠牲にして速さを得るものであり、あまり好んでしないという人は多いかもしれない。だがそれは、やりたがらないというだけの話である。親番で連荘をしなければいけない時、十分に狙える時はしっかりと鳴きを見極めて入れるのが普通だろう。しかし、エイスリン先生は全くと言って良いほど鳴かない。現に対局中で和了時以外に彼女の声を聞いた事は無い。前の対局で親なのにも関わらず、役牌を対子落とししているのも何か変な話だ。
そして未来が見えている様な打牌。これはかなり厄介だ。まるで先のツモが分かっている様な打ち方をしてくる。それでいて、普通のツモ運も平均的に見ればそこそこ良い。麻雀というのは運が一定数左右するゲーム。流局するまでに確実に聴牌出来るとは限らない。たとえツモ牌が全て見えていたとしても上がれない局だってある筈だ。しかし彼女はそれが無い。だいたい捨て牌の三段目までには手が完成する。してしまう。全く、困ったものだ。
最後にリーチを全くしないという事。これは正直、一番意味不明だ。点数が飛躍的に上昇する場面でも点棒を供託しない。リーチをしない。本当に意味不明だ。ダマに取るメリットも無い状況が多いのに、頑なにリーチをしない。リーチをするだけで一飜が確定し、ツモと一発、裏ドラで更に打点が上昇する可能性もあるのに、それでもしない。
意趣返しで舐めプしてるのかなと一瞬思ってしまったが、エイスリン先生の怒り様からそれは流石に無いだろうとは感じている。だとしたら、オカルト能力の制約の一部だろうか。
結論。
さっぱり分からん。
東2局 親 エイスリン ドラ{④}
自家 北家 手牌
{一三四七③④赤⑤2358北西} ツモ{6}
配牌は三向聴。ドラも二つあるし、かなり良い形になっている。字牌を整理しながら、適当に三色に向かう手牌なのだろうが……。
逆転の布石にするには、まだ全体的な情報が足りない。この手牌を捨ててでも、確かめたい事が一つ、ある。
打{3}
おっと。間違えて{3}を切ってしまった。これはいけませんね。
三色を捨てるトチ狂った暴牌。ネット麻雀の操作ミスでも無ければ誰だってこんな打牌はしないだろう。後ろから観戦しているおっさん達はマナーとして声こそは上げないものの、余りの打牌選択の酷さに引いている事間違いない。この手牌は将来の選択肢がかなり狭められている。誰が打っても、タンヤオドラ2三色辺りが描く最終形になるのではないだろうか。もしくは三色が上がれそうに無い場合、ドラ面子で早上がりか。少なくとも{3}切りは有り得ない。
まあこんな打牌をしても、対局者からは手牌が見えないのだから驚かれはしない。当然、無問題だ。
「
すると、下家に座っていたゆるふわエイスリン先生が疑問の声を紡ぎ出す。
ぽわーいだって。可愛いね。彼女は心情が顔に出やすいタイプである。この場合、言葉でも出てるが。
おい。これ、手牌見えてるだろ。
お客様! ガン牌は辞めてください!
いや……この牌は強化性だから、簡単に傷を付けるのは無理だった。まあそもそも、全手牌をガン牌で完全に識別するなんて、常人が出来る技じゃ無いのは分かっているが。
世の中には麻雀をやる時に火花を出しながら上がり牌を引きヅモしたり、指から稲妻を放電しながらツモってくる人もいるので、出回る麻雀牌の耐久性はかなり強化されている。少なくともこの雀荘で使う牌はそうだ。耐熱、耐衝撃、耐摩耗、靭性、どれをとっても一品物である。特に硬さにおいて、この麻雀牌は優れている。その硬さはどれ位かと言うと、ムキムキマッチョマンが全力でアスファルトに麻雀牌を擦り付けても傷は付かない位には硬い。モース硬度で表せば7ぐらいだろうか。
まあそれはともかく、こちらの手牌が彼女に見えてるのは間違いない。
なんだそれ……嘘やろ……ここまで見えてるのか……。
誰かが協力して通しをやっている、というワケでも無さそうなのでこれがエイスリン先生のオカルトなのだろうか……?
オカルトって一体何なんだ。
数巡目後。
「ツモ! ホンイツ西ドラ1で2000、4000だな!」
5巡目 西家 おっさん 手牌
{114赤5678南南南} {西西横西} ツモ{9}
上家に座っていたおっさん(ト◯ック100点台)が、こちらから{西}を鳴いた後、速攻でホンイツを完成させて早い巡目で上がった。
エイスリン先生ばかりに気を取られていて存在を忘れていた。おっさん居たのか……。形は三面張で中々良い待ちだ。溢れていたら討ち取られていたかもしれない。ホンイツは分かりやすい部類だが、これほど早いと結構怖いものだ。しかしまあ、これで親は流れ、親被りで点も削れた。
牌を伏せ、そのまま山と共に底へ押し込む。
エイスリン先生に勝つにはやはり、早和了りしかないのだろうか。
安和了で東3局と東4局が足早に流され南入。
起家マークである【東】のパネルが【南】へ変わる。
最後の親番がやってきた。
南一局 自家 手牌 ドラ{②}
{一一九②③⑥⑧1359西北} ツモ{④}
さて、どう伸ばしていくか……。
ドラが一つでほぼ役無し。これではリーチをかけないとまともに和了れない。向聴数は悪くないが、早和了りを目指さなければいけない以上、悠長に嵌張が埋まるのを待つ暇はあるのだろうか。風牌はすべてオタ風で、とりあえず鳴いて手を進める、というのも難しい。連荘をして好配牌を待つ、という風には行かずそこそこ辛い。
……しかし、それでも負けるわけにはいかない。格好付けた手前、勝たなくてはならないのだ。
打{西}
7巡目 自家 手牌
{一一②③④⑥⑧134赤556} ツモ{赤⑤}
あの手からここまで成長するとは思わなかった。ドラ3で筒子が三面張を狙える良型の一向聴。文句無しの理想形。聴牌受け入れの牌も6種と非常に多い。手牌から{⑧}を取り出して河へ放つ。
そして次巡。
自家 手牌
{一一②③④赤⑤⑥134赤556} ツモ{3}
来たのはなんて事無い無駄ヅモ。
適当に手牌の{3}と入れ替えて空切りを行う。
すると、下家のエイスリン先生がぴくりと動き、驚いた様な表情でこちらをチラりと見た。
狂った様に三色を捨てた時と違い、これは別に不可思議な選択では無い。
図る事の出来ない彼女の動作に対して何事だろうかと少し考え込む。
「ポン」
すぐに声が上がった。
{3}を捨てると、対面に座るおっさん(ト◯ック500点台)がその牌を鳴いたのだ。
トイトイかホンイツか。まだ一副露目なので確定は出来ないが、とりあえず警戒をしておく。
牌が巡り、再びツモ番がやって来るが特に有効牌も引いて来ず、ツモ切りを行う。
場もすっかり膠着状態な様で、皆が一様にツモ切りを行っていた。
ふと、対面のおっさんがツモ切りした牌が目に留まる。
{4}
これは……本来鳴かれていなければ、自分がツモって来ていた筈の牌だ……。もし{3}を切らなければ、一盃口が完成していた。リーチ平和一盃口ドラ3で出和了りでも確定跳満だったのか。
エイスリン先生はこれを知っていた……?
もし一盃口の為に{4}を受け入れるとしたら、{1}を切る事になる。それでその次に{6}を切って聴牌、という流れになるのだろうか。彼女的には{3}の受け入れの拒否は、完成形が一飜下がってしまう変な選択というワケらしい。
だがそれは牌効率ではちょっと無理がある話だ。{33455}の{4}待ちは辛いし、{一}や{3}をツモれば雀頭が不確定になり平和が消えてしまう。対して{3}をあそこで手牌に入れなければ、どの有効牌を持ってきても平和は確定する。一盃口という一飜の役の為に、既に確定している一飜の平和を崩すのは余りにも本末転倒だ。
まあ……結果論としては得られる飜数は減ってしまったのだが、これは裏目という訳では無い。
あそこで{1}切りはまず有り得ないのだから。
しかしエイスリン先生は、あの打牌について驚いていた。どうしてわざわざ安い方に手を作るのかと言わんばかりの表情をしながら。
なるほど。
やっと、彼女の本質が掴めた様な気がする。
{一一②③④赤⑤⑥134赤556} ツモ{7}
「リーチ」
{西北九9北南}
{⑧八横1}
ツモってきた牌を手牌に収め、牌を横曲げる。
裏スジが当たり牌だが、そこそこ分かり辛い形の聴牌。満貫だけで済ますものではない。
親リーに対して、おっさん達は現物を落として行く。エイスリン先生も鳴く事はしなかった。
「
これは難しい問題だ。この行き違いを明確に示せば、己の中に持つ信念を曲げてしまう事になり得るかもしれない。既に確立されている物に茶々を入れるというのは、彼女の麻雀という概念に大きな揺らぎを与える事になるのだから。その結果良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶか、そんな物は彼女でさえも分からない以上、軽々しく口に出す物では無いのだろう。長らく持ち合わせてきた強み──かどうかは預かり知らぬ事だが、この感覚を頼りに彼女はずっと打ってきたとしたら。きっと、今も、これからも、それは変わらないのかもしれない。
変えてはならない物なのかもしれない。
……それでも、一つの選択肢としてここに別の道を示しておくことにしよう。最終的に決めるのは他の誰でも無い、エイスリン先生自身なのだから。
ふふふ、悩むがいい。
まあ、オカルトとは全く関係の無いだろう、牌の切り方とかは一番に変えて欲しいのだけど……。
巡が廻り、ただ機械的にツモ牌を取りに行く。
そして掴んだ。
「ツモ。メンピンツモ一発ドラ3……裏が一つ乗って、8000オールです」
◇
「やりました」
やりました。
親倍をキメた後、エイスリン先生の猛攻をしのぎ切り、何とか早和了りでリードを守りながら一着で半荘戦を終えた。
「け~っ。やるじゃないか……ラス転落しちまったよ」
「やっぱ、あの倍満痛かったわ。一発裏1とか犯罪だろ」
同卓しているおっさん達が牌を片付けながら負け惜しみを言ってくる。
ふっ、何とでも言いなさい。いくら投げつけようと、勝者は変わらないぞ。
大勢の観衆の中、高い手を和了るのはなんて気持ちが良いものなのだろうか。
う~ん。たまらんね。
「...」
勝利の余韻に浮かされるままに視線を横にずらすと、エイスリン先生の姿が視界に入った。
彼女はオーラスが終わると同時に何やら放心した様になり、一言も喋らなくなってしまった。
彼女は二着でプラス収支なのだが、やはりあの大物手の和了が効いたのだろうか。HAHAHA。自分の勝ちだ。敗者の味をとくとその場で噛み締めてるがいい。
「結構、お客さん来てるな……」
がやがやと声が辺りを囲むのに気が付けば、そこそこの数が来店していた。これは席がすぐに埋まってしまうかもしれない。早く牌を片付けなければ。
まずはここから。
動かなくなってしまったエイスリン先生の前に存在する片付けられずに放置されていた山と、彼女の手牌をとりあえず崩す。すると、何やら彼女の蒼い瞳が少し揺れ動いた様な気がしたが、有無を言わせず自動卓の中へ放り込む。少し申し訳ない気分だったが、回転率を重視する以上仕方のない事だ。対局者が居なくなってしまった以上、この卓は一先ず役目を終えて貰わなければならない。
よし、片付け完了ですね。
では勝つものも勝ったし、自分はこれでお暇させて貰いましょうか。
「
店番に戻ろうと席を外すやいなや、エイスリン先生に腕をがしりと掴まれる。
え、怖い。
「
言わんとする事は分かる。しかし、自分は雀荘の店番だ。
いつまでもお客さんと一緒に打っている暇は無いのだ。帰宅するお客さんからお金を徴収したり、設備の点検なども行わなければならぬ。父さんが何故か居ないので、人手が余りにも足りない。やらなければいけない事は沢山あるのだ。だから、こうしていつまでも麻雀を打っている訳にはいかない。
決してもう一度打てば負けるかもしれないとか、そんな事は考えてはいないのだ。
「
「留学生ちゃんが、お前の事ヘタレだって言ってるぞ」
彼女が何か言えば、おっさんが翻訳してくれた。
ヘ、ヘタレだって……?
許しません。もう一度トップを取って、勝ち越しをせねば。
となると、店番の仕事が出来なくなってしまうが……。そう言えば、適任居たわ。
おっさんに店番を無理矢理押し付け、エイスリン先生ともう一度勝負に望むか。
隣の卓に乗せていた籠から麻雀牌を取り出す。
そして繰り返す様に風牌を四つ握り込み、裏へ返しながら卓上へ乗せた。
「
すると、言葉は通じなくともその意は伝わった。
「おっさん店番頼んだ」
「ええ……良いのかよ……」
「ちょろまかしたら許さんぞ。今日散々迷惑かけたツケだ」
「へいへい……」
観衆の中から適当に面子を集め、再戦する。
相当数……いや、お客さんの殆どがこぞって参加表明をしていた。しかし、席は譲れどもこの卓は譲れない。二人ずつ消化するとなると、結構時間が掛かりそうだ。
どういう訳か知らないが、この頃麻雀が弱いとおっさん達に舐められている気がするので、この機に分からせてやらねばなるまいな。
エイスリン先生共々ボコボコにして差し上げましょう。
「
この後、さんざんエイスリン先生と麻雀を打った。
疲れた。本来の閉店時間のその間際まで打っていた。
一日で使うエネルギーを遥かに超過してしまっている気がする。これはもう夜はグッスリですね。
死ぬほど疲れた。
「
でもまあ、エイスリン先生が喜んでたし良いか……。