大天使エイスリンちゃんに罵倒されながら国際交流する話 作:アライ
エイスリンちゃんに後々、自分から『特急券だよ~』とスラングで言って貰う為に前話の展開を変えました
雀荘の開店時間が終わりを告げ、鈍い鈴の音が取り敢えず鳴る心配が無くなるであろう頃。
場代の清算を済ませ、お客さんを全て店の外に追い出せば今日の業務は終わりだ。
「久々に楽しませてもらったわ。今日はアタリの日だったか」
「すげえ強かったしな。留学生ちゃんもまた明日相手してくれや~」
「明日は代休だから来ても空いてないぞ」
「そうだった」
「
ずらずらと揃わない足先が音を立て、順番待ちをしている列の間を縫ってくる。今日はついぞ雪が降ることは無かったが、やはり隙間より入ってくる冬風は健在だ。
最後に強く肌を撫でる風が震わせたと思えば、揺れる鈴の音と共に戸は閉じられた。
「やっと出ていったか」
「
さて、お客さんが居なくなったから次は店仕舞いだ。
何故か閉店ギリギリまで多くの人が残っていたから、その分今日は後片付けが大変だ。どうしてでしょうね。
……いやまあ、理由は分かっている。
そこに居る女の子のお陰様である。
エイスリン先生。
ホームステイしにきた留学生の子というだけでも珍しいというのに、麻雀が打ててしかも強いときた。そうなれば、いつもよりも観客が多く最後まで残っていても可笑しくはない。
異国の少女の闘牌に誰もが目を奪われていたのだろう、彼女の周りには人が集っていた。極上の牌姿を次々と描き出すその姿は、きっと誰しもが憧れるものだったに違いない。
まあ、それはともかくとして。
「つ、疲れた……」
「
ぐったりと麻雀卓の上に倒れ伏す。麻雀牌を自動卓から取り出そうとして、へなった。
まさか一日中麻雀を打つことに成るとは思わなかった。もうクタクタである。殆どの局……否、全部か。この雀荘の開店時間内全てで、自分は見に回る事無く麻雀を打ち続けていた。
対面で心配そうにこちらを覗いてくる子と一緒に。
……エイスリン先生も同じ位に打ち続けていた筈なのに、どうしてこんなにも元気なんでしょうかね……。
今日一日だけで飛行機に揺られながらおよそ地球の五分の一を移動した筈なのに、まだまだその表情には疲れは見えない。
ニュージーランドの民は一体どれほど無尽蔵なんだろうか……。
「疲れた……」
「
エイスリン先生の言い回しがちょっと変わった。正直、どれ程の違いがあるか分からないが、心配してくれている事だけは分かる。
ううむ。今日はもう閉店後に掃除とかしているパワーは無いな。取り敢えず、やらなければならない事だけをやっておこう。
自動卓の配牌ボタンをポチりと押して、自動卓の底から麻雀牌を取り出す。
「
そうすれば、エイスリン先生が驚きの念を隠さずにこちらへ向けてきた。
違います。打ちません。
底から出てきた四つの山と四人分の配牌を崩し、鳴いた時の様に隅っこへ集める。横に十七枚集めながら順番に縦に積み上げていけば、綺麗な長方形を描いてくれた。正直、これだけは絶対にやっておかないといけない。
いつの間にか隣に来ていたエイスリン先生は、これから何が起こるのか予想がついていない様だった。その目をまんまるにしている。
ふふ。見ておくがいい、この職人芸を。
牌の裏面を濡れた手拭きで強く拭い、乾いた布巾で空拭きをする。
倒れた牌を壁を使って引き起こし、こちらへ引き込みながらもう一度濡れた手拭きで拭い、空拭きをする。この時、決して一つ足りとも横の連なりを崩してはならない。バラバラの牌を一つの直線と見做して、全てを同期させる。
その後牌を逆側に倒し、牌の表面を開かせる。萬子と筒子、索子に風牌や役牌。様々な柄がお出迎えしてくれた。色取り取りで散らばっていたり、重なっていたり。この17×8の姿は普通の麻雀とは全く仕様が違う、四川省でよく見る形か。表と裏。やる事は変わらない。
また、濡らしては拭くを繰り返す。そして同期させて、側面を磨く。麻雀牌はサイコロと同じく六つの面を持つ六面体。この一連の動作も六回必要になる。
最後に隅に寄せ、下からザルで掬い上げる様にして麻雀牌を囲いで取れば、はいオシマイ。冬場は自動卓に突っ込め無いので、外の籠に入れて終了だ。
何てことはない、いつもの洗牌だったが、今日は観客がいるので少し気持ち早めにやってみた。
どうだろうかこの職人技。余りにも華麗で驚いたか。
「
反応を伺う為にエイスリン先生の方を向けば、彼女は少し嘲笑った様な表情をしていた。
レイト……遅い。遅い……? この自分が……?
「
誰を指しているのかは分からないが、比べられているのは分かった。
遅いって、マジですか。掛かった時間は三分弱なんですが、これでも遅いと申すのか。
世の中には二分かそこらで終わらせてしまう人も居るので、まだまだその域に達していないと言われればそうなのだろうが……。
自動洗浄機のパイスター使わずにやったんだから、褒めてくれても良いじゃないか。
もういい。実家へ帰らせて頂きます。
残りはまあ、父にやって貰うことにしよう。少なくとも、自分よりは早い。
「
店のシャッターを降ろし、暗がりを背に雀荘を後にすれば、エイスリン先生がほてほてと続いてきた。流石に闇の中に締め出される事は無いと分かってるのか、ゆったりとした脚取りで光の先を辿っていた。
中々にずぶといな。
◇
今日はさっさと風呂入って寝よう。そして、素敵な夢を存分に見て朝を迎えるんだ。
そんな風に考えながら炬燵に入る。入っている。
あぁ……あったかい……。
「
対面からあがる声が、その想いと共鳴している。確かにあったかい……。
このままでは思わず寝てしまいそうだ。炬燵で寝たら脱水症状になってしまいかねないのに……眠くて、眠くて堪らない……。
「
そんな姿を目敏く捉えたのか、エイスリン先生がずかずかと炬燵の中に割り込み、こちらを眠りの園から引き離そうと脚で蹴りを入れてくる。
ああいたい。脛を的確に蹴らないでください。おかげで目が覚めました。
「
ようやく時刻は六時半を過ぎたといった所だ。こんなに早くに寝てしまったら深夜辺りに起きる事になるのだろうか。
流石にそこまでグッスリという訳では無いだろうが、夕食を抜くのは不味いかもしれない。
ホームステイ初日から、ステイ先の家族が晩餐に一人欠席とかいかんでしょ。これから先が思いやられますね。
「
エイスリン先生は何やら微笑みながら言っていた。自分のリスニング力は壊滅的なので、気を回していないと英会話は左右の耳を通してすり抜けていくだけだ。正直な所、聞き取れなかった。
そんな様子を見るや、いささか気に障ったのか、彼女はムッとおっかない顔をした。愛用のペンを取り、肌身放さず身につけていたホワイトボードに何やら描き連ねている。慣れた手付きで数分の内に描きあげてしまった彼女は、くるりと画板を回し成果物をこちらに見せてきた。
絵の中には、自動卓を囲み楽しそうに麻雀を打っている人が居た。その中には特徴ある人物が二人、エフェクト付きで雀卓に強打をしていた。よくこの雀荘が強打OKなの分かったな。
絵は文字程に物を言う。ここまでやられたら、流石に言いたい事が察せない自分では無い。
まあ、そのなんだ。感謝は受け取って置こう。
「
そんな想いをどういう訳か言葉も無しに感じ取ったエイスリン先生は、ふんすと鼻息を伴いながらドヤ顔をしてきた。
こ、コイツ……。
イラっとしたが、怒るパワーも残ってなかったのでそのままにしておくことにした。
「
「
「
「
「
夜の席。
普段は使われる事の無い一方が客人で埋まり、食卓は賑やかな物となっていた。
今日の夕食はハンバーグらしい。ハンバーグは確か、ドイツ発祥の肉料理だったか。挽き肉とみじん切りにした野菜を練り混ぜ、パン粉と塩を加えて卵などを下地にしながらフライパンで焼き固めた物である。外国発祥の料理ではあるが、好みや材料で独特な進化を遂げ元のハンバーグステーキとは全く別物になってしまっているらしい。自分は大根おろしにすだちが効いたポン酢をかけるのが好きである。ああ、たまらない。
「
いつの間にか帰ってきて、食卓に着いていた父がこちらへ何か問いかけてくる。
父さん、自分英語分かりません。先程から三人で盛り上がっている所、申し訳ないんですが全くついて行けていません。
「日本語でお願いします」
「すまん」
そう押せば、父は事のあらましを説明してくれた。
どうやら迎えに行った筈の父とエイスリン先生が別々になっていたのは、はぐれてしまったかららしい。空港まで行き出迎えたのは良かったものの、帰路につく途中に土産屋が並ぶ商店街に何故か寄り道し、その買い物ではぐれ、居場所が分からなくなってしまったのだ。それで一人ぼっちになってしまい困ったエイスリン先生は、ステイ先の住所だけは知っていたので、地図アプリに住所を入力してここまで辿り着いたというワケだ。
こういう時はまず一番に連絡を取ることを最優先しなければならないのだろうが、彼女も慣れない異国の地でほとほと困り果てて、思考が回っていなかったのかもしれない。ある程度見回して付き人の姿が無い事に気が付いたエイスリン先生は一人、地図が示す道を辿りながらキャリーバッグを引いてきたのだ。まあずっと外で立っているのは寒いし、その選択は何もおかしな事ではない。
それにしてもよく迷わなかったな……。商店街からこの家まではある程度近いとはいえ、通りにある慣れない田舎道はそこそこ迷う可能性はある。やはりグー◯ルマップは最高という事か。
「彼女と一緒に麻雀を打ってました」
「お、お前……」
何をしていたのか? 麻雀をしていました。
そう伝えれば、父は何か雷にでも打たれたのだろうか、激しく打ち震えた。
「父さんはな、昼からずっと……尋ね人を探していたんだぞ。ホームステイ初日に寄宿人が居なくなってしまったなんて、どれほどの大問題になるか……」
「それは父さんの所為でしょうに」
「そうだった……」
父はエイスリン先生とはぐれてから今に至るまでずっと近辺を探していたのだろう。どこに行ってしまったのか分からず、ずっと。そりゃまあ初日からホームステイする子が居なくなってしまったら大問題だ。焦る気持ちも手に取る様に分かる。
しかし悲しいかな、尋ね人は既に目的地に辿り着いていた。
どちらが先にはぐれたかは推測でしか無いが、恐らく父の方だろう。ノリノリで土産を選ぼうとして夢中になってどこかへ行ってしまう父の姿は家族旅行等で度々見かけている。なんというすれ違いだろうか。
「まあ、自分も麻雀打ってないで、連絡の一つでもしておくべきでした」
そんな事を適当に言いながら会話を受け流す。お腹空いた。
今日の行動をよくよく省みてみれば、知らなかったとはいえ雀荘に連れてきてずっと麻雀させてたし、電話するタイミングを失わせた責は自分にもあるかもしれない。まあ……でも、こういうのは言わない方が良い物だ。我ながら屑である。
せっかく据えられたご飯がこのままでは冷めてしまうかもしれないので、機を見計らって箸を伸ばす。少し押し込む様にして切り離せば、美味しそうな肉汁が溢れ出てきた。それを白く輝く岩手産のお米と共に口へと放り込む。
う~ん。とっても美味しいね。シャキっとしたお米と肉汁が絶妙なハーモニーを奏でている。
「...!」
場をガン無視して美味しさを顔で表していたら、少しバツが悪そうにしながら対面に座っていたエイスリン先生が目を見開いた。まあ当事者だから、お話を無視して食べ進めるという訳にも行かないだろう。しかし鉄は熱い内に打てとある様に、ご飯も温かい内に食べた方が良いのである。物事には時期があり、いつ何時とも好機を逸してはならないのだ。うん、美味しい。
そんな風に箸を勧めていたらエイスリン先生は我慢できなくなったのか、食器を手にとってハンバーグを切り分け始めた。彼女が扱うのはフォークとナイフのカトラリー。昼食の時もそうだったが、国が違えばこういう所でも文化の違いが明確に表れてくるものである。
手前にナイフを引いてフォークでハンバーグを取れば、彼女は口へ食事を運んだ。
「
そうすれば、エイスリン先生は抑え難い喜びを満面の笑みとして一目で分かる程にその頬に浮かべた。
ヤミーと言っている。少し縮めて繋げればヤムヤムである。美味しい物を食べた時はこうやって言うのか。
「ま、まあエイスリンちゃんも喜んでるみたいだから、私達も食べましょうよ~」
「ああ……それもそうだな」
そんな彼女の笑みを皮切りにして、止まっていた食卓は再び進み始めた。
「すまん、折角の食卓の時間を止めてしまって。今回の件の責任は全て父さんにある。この埋め合わせはいつか必ずしよう。ウィッシュアートちゃんが居る内に、必ず」
「そうね。私にも少なからず責任はあるから……。これからもいっぱい、エイスリンちゃんに満足して貰える様なご飯を作るからね?」
父さんと母さんはそうやって強くエイスリン先生に誓っていた。責任感がとても強いことで。
しかし、彼女は日本語はまだ分からない様なのだが大丈夫だろうか。英語で誓わなければいけないのに。
「
さすれば、エイスリン先生がこちらへ疑問の眼差しを飛ばしてきた。
こちらに英語で聞かれても困る。
う~ん、前途多難だ。
何となくハンバーグに添えられていたブロッコリーを口へと運ぶ。
すると、程よい独特の苦味が広がった。
一日が終わらないッ