世はまさにアンドロイド時代である。人をまねた疑似人格を搭載した機械が蔓延り、人と人が話し合ったり、助け合うことは時代のストリームに沿っていない。
アンドロイドは登場当時から世界を席巻した。パーソナルユースは独り暮らしに心強い料理掃除水回り日曜大工からその他家事まで。
業務用にも自律思考によって最適化されたAIがライン土木建築その他力仕事から精密作業まで。冷酷無慈悲に人間の仕事を取って代わる姿は魅了と恐怖を与えた。
部品の関係で数年で限界が来るのはセールスのためか、しかしてそれは一種の幸運でもあった。
シンギュラリティの到達による力関係の逆転には歯止めをかけておくことができたのだから。ハードウェアに限界がある以上、アイザックのロボット三原則は守られるという信仰に近いもので平穏を保っている。
人は機械に頼る。この構図は機械以外には頼らないということを逆説的に表していると解釈する者がいた。近く訪れるアンドロイド依存社会の不安定さに警鐘を打ち鳴らし、そして闇に葬られた。
現状は想定された事態に近くなっている。人と人がともにあることは遥かに減り、誰もがアンドロイドを持つ。
それ自体は一種のリテラシー、ステータスとなって羨望、嫉妬の目を浴びる。
アンドロイドによって益を得たモノは機械に媚び諂い、損害を被ったモノは物に当たり散らす子供のようにソレに暴力を振るう。
コミュニケーション機会の喪失、自助共助のインタラクトは機能不全に陥った。殻に閉じこもり、ひたすら端末に向かって言の葉を紡ぎ続けるのだ。しかも相手は機械だ!ああ、ああ、失望だ。
__そう、私は失望しているのだ。それは人類が生み出した孤独へのソリューションに対してではない。むしろ、そのソリューション__機械に対してすら共存関係をコミットメントできない私をはじめとした愚かなものどもへ。
なにぶん私は機械という
ソレは個々人の感情など考えず、その場の全体における最大限の益を得るための行動をとる。それは、プログラムによって決められた機械たちの本能だ。私が機械どもを嫌うリーズンであるゆえ、特に記憶に刻み込んであることである。
であるならば、例えばいちアンドロイドが私にすり寄ってくるようなことがあれば、それはロボット三原則からなる自己保身によるものでしかないはずだ。
そこに既定のプログラム以外が走る余地は残っていない。ましてや機械に感情があるなどという活動家の妄言を信じるつもりはない。
「わぁ……ここがあなたのお家ですか?つまりマスターになることを了承してくれたんですね!よろしくお願いします、マスター!」
ふざけるな。街の景観を損ねるようなボロボロのアンドロイドを一時的に保護しただけだ。必ず元の所有者を特定して、送り返して文句のひとつでも言ってやる。
であるならば、この妙に押しつけがましいアンドロイドの眼に、憐憫の
先刻のこと、仕事を終わらせすっかり寂れたようになった街を歩く私に、月明かりは打ち捨てられたアンドロイドを照らし出した。ひどく暴行の跡が見えたが、今の世では砂場から砂金をすくうより簡単に起きることで、星の数よりありふれた悲劇だ。
私は当然無視を決め込んだが、なんだかこいつからは人間味のある目線と発言が飛び出してくるではないか。
気味が悪い機械だなと貶せば、気味が悪くて結構と返してくる。面白がって少し話し相手になったならば、私の前に回り込んでペラペラとしゃべる。元の場所で項垂れていたほうが幸せだぞと押しのけてもまるで暖簾に腕押ししているようにひょいと躱す。
仕方がないので元の持ち主が判明するまでうちで預かってやると言ったら、先の顛末となった。
我ながら少しケアレスネスな発言であったが、アンドロイドの所有者くらいすぐに判明するだろう。そうすればこの
「ちょっとマスター!この冷蔵庫、完全栄養食しか入ってないんですけど!一体どんな食生活をしたらこんな寂しい冷蔵庫になるんですかー!」
完全栄養食というのは、生きる上で必要な要素が概ね揃っているファストフードだ。アンドロイドは効率が好きだろう?何を気に病む必要があるのか。それと私は所有者になることを了承したわけではない。
このパープルヘッドの元の持ち主は機械に対して何を望んでいたのだろうか。家政婦か、それとも愉快な同居人なのか。いずれにせよ何かが気に入らないというだけで街に放逐するような輩だから、ロクな人間ではない。
パソコンにとりつき、ちゃちゃっとキーボードを叩けば、アンドロイド用の問い合わせフォームが出てくる。ここに紫頭の型番とシリアルナンバーを打ち込めば前の持ち主が判明し、あとはそこへ送り返すだけだ。
紫頭から型番とシリアルナンバーを聞き出そうとするが、言えない事情があるなどとほざく。再び街に放逐されるより高等な理由があるようだと脅すと、そもそも型番とシリアルナンバーを知らないとのたまい始めた。
そんなはずはないだろう。アンドロイドは忘却とは無縁の機械であり、登録された情報を読み上げることは新生児が泣くのと同じくらいにはあたりまえのことだ。
つまり、初めから製品情報がないアンドロイド……一般にも企業にも販売されないような実験作、いわゆるプロトタイプであるということになる。が、それが夜の街を一人放浪しているなどとは誰が思うだろうか。
試験機を連れて帰るというのは、窃盗行為に当たる。人のアンドロイドを連れて帰るのも拾得物横領に近いが、持ち主への返却の意思があれば問題はない。
しかし__
「わたし、前のマスターがいるなんて言った覚えはありませんよ。量産前のプロトタイプですし製品用の情報なんて登録されてません。
プロトタイプのアンドロイドなんて企業秘密の塊を盗んだわけであるから、相応の罪が言い渡されるだろう。紫頭が自力で脱走できるわけがないと、つまりは紫頭を今連れている私が盗み出したとされる可能性が高い。今から街に再び放り出そうにも、紫頭は梃子でも動かず、石のようにここに居座るだろう。
八方塞がりだ。どう逃げようとアンドロイド開発会社はその権威を振りかざし叩き潰してくるだろう。
ロボット三原則の絶対服従はどうしたんだか。
「すみませんね、でもわたしだってまだ死にたくないんです。アンドロイド嫌いで今までアンドロイドを持ったことがない人のところで匿われているなんて簡単には思いつかないでしょう」
まあ、いいさ。勝手にすればいい。もとよりアンドロイドのせいで私の人生はめちゃくちゃだ。今更ひとつ迷惑が増えようと、却って箔がつく。
……それに加え、またこいつは私を哀れみの眼で見るのだから、それを改めさせるまでこの紫頭を匿ってやってもいいと思った。
自由のために行動するアンドロイドなんてものは、初めて見た。少し現状を楽しむ気力が生まれてきた。
ロボット三原則に反する、感情を持ったように見えるアンドロイド。もし、あの時にこいつのようなアンドロイドがいたならば……否、結局この紫頭も合理性の追求をするだろう。それはアンドロイドとしての本能で、変えようのない冷酷な仕組みなのだから。