宿スレDQ3ネタ投下まとめ(仮タイトル)   作:Rasny

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Stage.10 事情それぞれ

 <GAME SIDE>

 

 

 勇者資格の本試験までまだ若干の日にちがあったから、まずは当初の予定通りエジンベアに直行した。ゲームのルールなんて知るかいな。こっちは常識に合わせて行動してるんだ、それで通らなきゃゲームがおかしいっつーの。

 というわけで、例の差別主義な門番。やっぱり通せんぼをしてきたんだけど、

「ロマリア国王から事前に書状が送られてるはずだけど? ここにあるポルトガ王の紹介状も疑うわけ? エジンベアは二国の王を敵に回す気か? 国際問題だぞ? あんたごときが責任取れんの? ああコラ?」

 詰め寄ってやったら、泡食って上司に報告しにいった。こっちは「アルスが襲われて意識不明」なんて話をユリコに聞いた上、彼女からの連絡待ちの状態でイライラしてるんだ。余計な神経を使わせるな。

 んで、王様から地下への立入許可をもらったはいいけど、これまた予想通りというか。縦横一〇〇マスくらいの広大な地下室に、池やらドクロマークのタイルやらが点在し、動かす岩も五〇個以上という超難解なパズルになっていた。

 徹夜で解いて「渇きの壺」をゲット。賢さ245をナメんなよ。

 その後、即行でアリアハンにルーラして一泊。明日の早朝にランシールに向かえば、ギリギリ本試験の前日までに到着する予定だ。

 ちなみに、ランシールの本試験は、言わずもがな、例の「一人でお使いできるかな?」な単身洞窟攻略だ。通常、神殿へ入るには「最後の鍵」が必要なのだが、試験のときは特別に開けてもらえるとのこと。ここはゲーム本来のストーリーを無視してもOKらしい。

 どうもこの旅は、フラグが立つ基準がよくわからない。ストーリー外のショートカットが使えるなら素直に使わせてもらうが、またあとで面倒になるのは嫌だなー。

 

   ◇

 

 そんなこんなで、僕たちは久々にアリアハンに帰ってきた。

 仲間はそれぞれの家に帰り、僕は今、アルスの実家に戻っている。目の前にはDQ版お母さん。

 もちろん実のお母さんを騙すわけにもいかないから、エリスたち同様、彼女にも僕がニセモノであることは出発前に説明している。出がけの慌ただしいときに、いきなり重大な話を告げるのも申し訳ないと思ったんだけど、その時のDQ版お母さんの反応は以下の通り。

「あらまぁ、ちっとも気付かなかったわ。言われてみれば、確かに少し違うかしらね」

 さすが勇者の母。

 ちなみに彼女の名前は「サヤ」さん。突然現れた怪しい異世界人にも関わらず、また笑顔で出迎えてくれたサヤお母さんに、「こんな素敵な人が僕のお母さんだったらいいな」と素直に話したら、「嬉しいわ」とまたギュっとされました。ちょっと照れるなー。

 そしてもうひとり。

「タツミ君、と言ったかな。旅はどうじゃね?」

 これまたのんびりしたお人柄のデニーおじいちゃんが、夕食のテーブルを挟んで聞いてきた。僕はヘニョにちぎったパンをやりながら、事前に用意しているセリフを答える。

「アルス君が一級討伐士の資格を取ってくれていたお陰で、とても順調ですよ。仲間も彼を取り戻そうと、一丸となって協力してくれてますし」

「そうかそうか。しかしあの子も、元気でいるのかのう」

 自慢の孫が消えたんだ、やっぱり心配だよね。本当のことを教えてあげたいけど……

 

【本人は豆乳に花見に大はしゃぎな挙げ句、サイコな男に襲われて意識不明らしいです】

 

 ……やっぱり事実を告げるのは僕にはムリです。代わりにアルスをヨイショしておく。

「彼はルビス様に選ばれた、かけがえのない世界でただ一人の勇者です。きっとご無事でいらっしゃいますよ。——すみません、僕ごときが彼を(かた)るのは申し訳ないのですが」

「いいえ、あの子のために頑張ってくれているんですもの。さ、おかわりはどう?」

 フワンと笑顔を向けてくれるサヤお母さん。そのあたたかい笑みが逆に心苦しい。僕は明日の準備を理由に早々に席を辞して、ヘニョを連れて二階に上がった。

 

 久しぶりに戻ってきたアルスの部屋は、急の帰宅であるにも関わらず、きれいに掃除されていた。

 出るときはゆっくりする余裕もなかったけど、こうして見てみると、文化の違いはあれど年頃の男の子らしい部屋だと思う。壁には剣と盾の飾り。怪物と闘う勇ましい騎士の絵がピンで留めてあって(ポスターみたいなものかな)、落書きを消した跡とか、なにかおもしろくないことがあって暴れたのかヘコんでるところもあったり。

 ロダムに取ってくるよう言われた「一級討伐士」の仮免許証を探す。知らないで置いて出てしまったもので、本試験で必要とのこと。

 それは机の引き出しの中にすぐ見つかった。金色のプレートに彫られている名前は、

 

【Arsed Deny Rangbart】

 

 アルセッド=D=ランバート。

 一六歳という史上最年少の若さで、特別職一級討伐士の一次試験に合格した、アリアハンの天才少年。世界的にも有名な討伐士オルテガ=S=ランバートの息子ということもあって、冒険が始まる前から伝説が始まっちゃってるような人物。

 

 ……なんだそうだ、実は。改めて話を聞くと、とんでもないヤツだったんだねー。周囲の反応から薄々感じてはいたけど、まさかここまでとは。彼のネームバリューの高さも、これで納得がいったよ。

 

 アルスという少年が、このあと本当に伝説の英雄になれることを、僕は知っている。

 家族から愛されて、世界から愛されて。普通の少年らしい一面を持ちながらも、勇者に足る能力と資格を有し、実際に過酷な使命を成し遂げてみせるだけの——。

 

「…………」

 なんか胸につっかえる感じがする。少し外の空気を吸ってこようか。

「ヘニョも行く?」

 まん丸の目で僕を見上げたヘニョは、当然のようにピョンと僕の腕に飛び込んできた。抱っこ犬とか抱っこ猫とかはよく聞くけど、こいつは抱っこスライムなのかな。ヘニョを抱いて階下に降りる。

「ちょっと散歩してきますね」

 台所の方に声をかけたが、サヤお母さんの姿がない。どこに行ったんだろう。

 

   ◇

 

 玄関を出て城壁沿いに歩いていった。

 アリアハンは初夏を迎えた頃。現実側よりはだいぶ暖かいけれど、夜風はまだ肌にひやりとして、身体の熱と一緒にくだらない考えも奪っていってくれる。

(ま、アルスはアルスで、僕は僕なんだし……)

 正面入り口を守る夜番の兵士さんに挨拶しつつ、適当にブラブラしていたら、やがて共有井戸がある広場に出た。いつの間にか街の端っこまで来ちゃったらしい。

 そろそろ戻るか。そう思ってUターンしようとした、その時だ。 

 

 風に乗って女性の声が聞こえてきた。聞き覚えのある——サヤお母さん?

 広場の隅の薄暗いところに人影が見えた。間違いない、サヤお母さんだ。人目を忍ぶような暗い色のマントを着ていて、彼女の前にも同じような格好をした背の高い人がいる。

 そのもう一人が、低い声で言った。

「そなたはなにを考えておるのだ。これ以上好きにさせておく法はないであろう?」

「しかし真相がはっきりするまでは、様子を見るべきかと存じます」

 深刻そうな空気を感じて、僕は咄嗟に物陰に隠れた。相手は男の人みたいだけど……ん?

 え——!? こんな夜に男の人と密会デスカ? これなんてFLASHネタ?

「余はもう我慢がならんのだ! あのような紛い物がアルセッドの名を騙り、世界を偽り、遊び半分に勇者ごっこをしておるのだぞ?」

「ですがいきなり捕らえるとは性急にすぎます。もしあの子の言っていることが真実だとしたら、ルビス様の遣いを害することになる。そうでございましょう、陛下?」

 “これなんてFLASHネタ?”じゃねーや。思いっきり僕のことじゃん。どうやらアリアハン国王その人が、僕の処罰をどうするか、サヤお母さんに聞いているようです。

 まあ王様にはバレてて当然か。僕の仲間は全員、城勤めの人間なんだから。

「ルビスの遣いなどと、そんなたわごとを信じろと? おおかた、どこぞでご子息を見かけたあやつめが、似た容姿を利用して成り代わろうと画策したのではないのか」

「しかしそれでは、うちの息子がなぜそれを許したのかが……」

「そこらの小童に遅れをとるような子ではないが、ご子息は情が深い。聞けばあの紛い物め、頭は回るようだからな。騙されてどこぞに封じられておるのやもしれん」

 苦々しく吐き捨てる王様の言葉に、僕は思わず苦笑が漏れた。ま、普通はそう考えるよねー。ある意味、この世界に来て一番常識的な意見を聞いた気がする。実際「ルビスの遣い」なんてデタラメだしね。

 王様は怒り心頭といった様子だ。

「忌々しい。いっそ今すぐ捕らえ、手足の一本も落とせば吐くのではないか? もっとも亡き親友の忘れ形見を偽った罪、その程度で済ます気はないがな」

「おやめください陛下。仮に偽りであったとしても、魔物に親を殺されたかしたみなしごが、生きるために取らざるを得なかった手段かもしれません」

「今の世に、親のない子が他にどれだけいると言うのだ。みなそれぞれに働いて生きている。勇者を騙る理由にはならん!」

「ですが、アルセッドと同じ年頃の、それもうり二つの子に、そんなひどい目に遭わせるなんておっしゃらないで。あなたはもっと優しいお方のはずです」

「……まったく、優しいのはサヤ殿だ。そなたは昔からそうであったな」

 そうか、王様とオルテガさんって親友だったんだ。あの親しげな雰囲気を見るに、昔はサヤさんを巡って二人が争ったり、なんて青春の日々もあったのかもしれないなー。

 

(紛い物、か)

 必要とされているのはアルスであって、僕ではない。ここに僕の居場所はない。最初からわかっていたことだ。

「誰かそこにおるのか!?」

 王様が鋭く叫んだ。僕はヘニョにこの場で静かにしているよう言いつけて、両手を挙げて出て行った。

「すみません、聞いてしまいました」

 

   ◇

 

 サヤお母さんが、まるで僕を庇うように王様との間に入った。

「なりませんよ、陛下っ」

「……わかっておる」

 咄嗟に剣の柄に手をかけていた王様が、しぶしぶという感じで一歩下がる。どうもサヤお母さんには弱いらしい。この王様も、基本的にはいい人なんだろうね。

「ご処断はお任せします」僕は言った。「手でも足でも、どうぞ」

「なにを言うの!?」

 驚いているサヤお母さんを制して、僕は王様と向かいあった。

「ただし、それは僕が旅に失敗してからにしてください。僕が勇者の後継を任されてここにいるのは本当です。そして旅が無事に終われば、本物のアルスが戻ってくるということも。でも、僕が勇者でなくなったら、それは叶わない」

 

 神竜の前で交わした契約の中に、「主人公」をやめない、というのがある。

 主人公、つまりこの世界における中心キャラクターとしての特別な立場を放棄、あるいは資格を失うと、物語を進める力がなくなるんだとか。

 たとえば僕が「勇者」でなくなり、町民Aみたいな1NPCになってしまえば、普通に生活はしていけるだろうけど、魔王を倒すことも、神竜に再び会うことも出来なくなる。でなければ、僕は「勇者」なんてとっくに辞めていただろう。ただ神龍に会えばいいだけなら、もっと合理的な方法が他にいくらでもあるしね。

 

 ひゅんと風を切る音がした。王様が剣を抜き放ち、その切っ先をぴたりと僕の喉もとに据えていた。

「貴様は何者だ」

「言えません」

「アルセッドはどこにいる」

「言えません」

「なぜ言えない?」

「僕にとってもアルスは大切な人間だからです。僕は絶対に彼を連れ戻します。あなたが信じようと信じまいと関係ない」

「答えになっておらんわ!」

 気色ばんだ王様は、次の瞬間にフッと笑った。

「本試験は明後日だったか。貴様の条件からすれば、まず試験に合格しなければ、勇者ではなくなるぞ?」

「そうですね。ですから、その時は」

 ご自由に。

 しばし無言の時が過ぎた。

 射殺さんばかりに睨み付ける王様の目を、僕はただ見返していた。すうっと頭の芯が冷めていく、いつものあの感覚。こんな時の僕は、きっとまた冷淡な人間になっているんだろう。

「——まるで正反対だな。その目、見ているだけで虫酸が走る」

 王様が剣を収め、マントを翻して背を向けた。サヤお母さんを一瞥し、通りに向かって歩き出す。

 二人の兵士が音もなく寄ってきて、王様を守るように前後につくと、彼らは闇に紛れるように去っていった。

 

「もう……タツミさんっ。私でも怒るわよ?」

 サヤお母さんが僕の腕をつかんで、強い口調で言った。そりゃそうだよな。僕に騙されてたんだと、明白になったんだから。

「ごめんなさい、サヤさん。確かに今は言えないんですけど、でも近いうちに……」

「そうじゃなくて!」

 遮られて、僕は口をつぐんだ。

「なんであんな無茶をするの。無茶な約束を平気でしちゃうの。冗談じゃ済まないことだとわかってるでしょう。もっと自分を大切になさいっ」

「サ、サヤさん?」

「どうせなら『知らない』とシラを切ればいいのに、『言えない』なんて正直に言っちゃうんだもの。あの子よりよっぽど賢そうなのに、あなた、アルセッドより無鉄砲だわ」

 あのぉ、えーと。……ど、どうしよう。僕の頭が珍しくパニックを起こしている。こんな予想外の反応をされるとは。

「そんなことより、アルス君のことは気にならないんですか?」

「だから『そんなこと』とか言わないの。もちろん気になるわよ、実の息子のことだもの。でも元気でいるのは本当なんでしょう?」

「ええ、まあ(ちょっと今は寝込んでるみたいだけど)」

「ならいいわ。あなたの言い分だけを信じることもできないから、あの子が帰ってきたら、一緒にみっっちり話を聞かせてもらいます。いいわね?」

「は、はいっ」

 ぶんぶん首を縦に振る僕に、サヤお母さんはまたいつものフワンとした笑顔を浮かべた。マントを脱いで僕の肩にかけてくれる。

「なにが起きてるか、私にはよくわからないけれど。でもあなた、あの子を庇ってくれてるんでしょう? ありがとう、ごめんなさいね」

 ああ、お母さんなんだな——と思った。

 この人は、アルスが自分の意志で消えたことをわかっている。でも、そこには必ず正当な理由があるはずだと信じてる。そのせいで僕に迷惑がかかっているのなら、責任は母親の自分が負うべきだという覚悟も持っている。

 そして、僕を真っ直ぐに見る彼女の目には、ちゃんと僕のことも映ってる。アルスへの信頼と同じように、僕のことも信じようとしてくれている。

 参ったな。今ちょっとでも気を抜いたら……泣きついちゃいそうだw

 

 僕は慌ててヘニョを呼び出した。我慢しきれなくなったみたいに勢いよく飛び出してきたスライムに体当たりされて、その場にひっくり返る。

「ごめんヘニョ、忘れてたわけじゃないってば」

 プニプニの身体をなぜてやると、まん丸の目がウルウルしている。スライムにまで気を遣われるとは情けない。

「王様との約束に関しては心配ありません。僕もそこまで無謀じゃないですよ、それなりの計算はあります。試験には絶対に合格しますから」

 僕が断言すると、サヤお母さんは「本当に?」と念を押してきた。しっかりうなずいて安心してもらう。僕だって腕や足を切られたかないもんね。

「ただ世の中に一〇〇%なんてないですし、これからエリスの家に行って、打ち合せしてきます。今晩はそちらに泊まりますけど、いいですか?」 

 サヤお母さんはまだなにか言いたいことがあるみたいだったけど、

「わかったわ。でも無理はしないでね」

 僕のおでこにキスをして、家に戻っていった。

 

「ま……やるしかないよな」

 自分に喝を入れるという意味では、今回の厳しい条件も良かったかもしれない。

 正直なところ、胸の内はまだちーっとも整理がついていない。アルスが羨ましいのは本音だし、なんで僕がこんな苦労しなきゃなんないんだとも思うし。

 でも僕には、そうするだけの理由がある。立場を完全に交換するわけにはいかないけど、少しくらいなら、わがままを叶えてあげたい。

 伝説の勇者に実際に会ってみて、ショックなことも多かったけどさ。それでも僕にとってアルスは命の恩人なんだよね。一方的な話ではあるけど。

「向こうは……5時間か。さすがにもう起きたかな」

 携帯を取り出し、リダイアルボタンを押す。最近はこれしか使ってないな。

「もしもし片岡? アルスの様子は……って、え? アルス!?」

 出た相手は、ユリコではなくて彼本人だった。

「ケガは大丈夫なの? うん、うん。ならいいけど——って、はぃい? 片岡のお父さんと? 試合? ちょ、なにやってんの! ええ?」

 なんか向こうはえらく盛り上がっている。

「ふーん……。あーそう、良かったね」

 話を聞いているうちに、僕は再びイライラしてきて、話の途中で通話を打ち切った。こっちは君の立場を考えて、自分の命もヤバイところで駆け引きしてるってのに……。

 ああもう! 電源も切っちゃえ! エリスのとこで試験準備してこよう。

 え、なに話したかって? 次のリアルサイドで本人に聞いてください。ではまたねっ。

 

 

 

 <REAL SIDE>

 

 

「なに考えてるのランバート君、危ないよ。まだ起きたばかりだし」

 ユリコが慌てて俺の腕を引っ張った。まあまあと抑えて、先を歩き出したあのオッカネー親父さんの後についていく。

 しかし広い家だな。エキゾチックな庭園がずーっと奥まで続いている。池があって、小さな橋までかかってるし。タツミもすごいトコのお嬢さんに惚れられたもんだ。

「ランバート君! さっきのことは代わりに謝るから、まずタツミに連絡取って……」

「アルスでいいぜ、アルとか。別に叩かれたのを怒ってんじゃねえよ。ただ、せっかくのチャンスを利用しない手はないだろ? 今は俺が『タツミ』なんだから」

 ユリコは先を行く父親の背中に視線を向け、少し黙った。俺の真意に気付いたようだ。

「でも、もしラン……アル君になにかあったら、あたしがタツミに怒られるよ。お父さん、ああ見えて免許皆伝なの。意味わかる?」

「強いってこったろ? 雰囲気がそうだもんな。——だからこそなんだが」

 

 あれだけ厳格な父親が、自身も相当の腕前を持ってて、娘にもしっかり武道をやらせてるってことは、だ。価値観もそういうところにあるタイプと見ていいだろう。

 あの手合いを黙らせるには、実力を認めさせるのが手っ取り早い。まだあちこち痛みはあるが、こっちの人間相手なら、このくらいのハンデがあって丁度いい。こういう荒事は、あのお人好しは苦手だろうし。

「一肌脱いでやるさ」

「なに?」

「いや。そうだ、すまないが時間を計っておいてくれないか」

 それに、早いとこ自分のステータスを正確に把握しておきたい、という理由もある。

「もし試合の途中で俺の力や動きがガクっと落ちたら、それがリミットらしい。まあ負けることはまずないと思うが」

「よくわからないけど……じゃあ時計、見ておくね」

 

「なにをこそこそ話しとるんだね。着いたぞ」

 長い渡り廊下の突き当たりに、これまた古風な趣の家が独立して建っていた。板張りの

床で、真四角の広い空間になっている。壁にいくつも竹製のカタナが掛けられていた。

 この国流の稽古場らしい。

「そういや、戸田和弘はどうしたんだ?」

 小声でユリコに聞くと、彼女は少しバツが悪そうに答えた。

「適当にごまかして先に帰ってもらったよ。すごく心配してたけど……」

 あいつもイイヤツだもんなぁ。本当のことを伝えるかどうかは別として、あとで謝っとかないとな。

 さて、と。

「まさかとは思うが、真剣でやる気かね?」

 ユリコの親父さんが、俺の手元を見て小馬鹿にするように笑った。

「ああ、そうですね。怖いんでしたら、そこに掛かってるのに換えますけど」

「——口だけは達者だな」

 向こうも控えていた女中にホンモノを持って来るよう命じた。マジで真剣勝負に乗ってくれちゃうらしい。いいねー、俺はこういう思い切りのいいオッサン好きだぜ。

 ユリコは頭を抱えているが。

「あ・ん・の時代錯誤のバカ親父〜! まさか試合中の事故で片付けようって魂胆!? アル君、本っ当に大丈夫なんでしょうね?」

「どうかねぇ」

 軽く身体をほぐしてから、中央に進み出る。

「そうだ、俺、外国で剣術を習ったんで、日本式の礼儀とかは全然わかんないんですよ。

そこは許してもらえます?」

「好きなようにしたまえ。しかしそれならなおさら、日本刀など扱えるのかね?」

「心配ご無用♪」

 一級討伐士、いわゆる「勇者」の認定条件においては、初級剣術や初級槍術の他に特殊武器の技術も必要とされる。鎖鎌からブーメランなんてものまで使いこなせなくちゃならんのだ。俺もそういう訓練をしてきたから、手に持っただけでだいたいその武器の特性をつかめたりする(だから鉄杭でも戦えちゃうわけ)。

 それに……この日本刀ってやつ。なんというか、慎ましくも凜とした雰囲気がどこか俺の愛剣に通じる物があって、妙に手に馴染む。

「では、いざ尋常に——」

 勝負!

 

   ◇

 

「……っつーわけで、ユリコパパをゲットしちゃったわけ。すっかり気に入られちゃって、すっげーごちそう出てさぁ♪」

 最初はマジで危なかったんだが(オッサン本当に強かったよ。ナメてましたごめんなさい)、上手に引き分けに持ってったら手の平返したみたいに待遇が良くなったのだ。

 実は会った瞬間に、このオッサンとは気ぃ合うなと思ったんだよ。「男は黙って拳で語れ!」って感じの武闘派バカ(またもや失礼)、俺も嫌いじゃないからさ。

「まさかこんな劇的にうまくいくとは思わなかったけどなw」

『あーそう、良かったね』

 携帯の向こうで、タツミは思いっきりふて腐れたような声を出している。

「なに怒ってんだよ、むしろ感謝してほしいぞ。これでお前も彼女と堂々と付き合えるだろ? 悪い印象ってやつは、いったん覆したら逆に前よりずっと良くなるもんだしな」

『でもそれは……僕じゃないもん。ってか君は僕をそっちに戻す気ないんじゃなかったっけ? 適当なこと言うなっつーの』

「そこはフェアだろうが。クリアすれば帰れるんだし、俺はそれを邪魔することはできないってルールなんだから。なんだよ妬いてんのか? お前もけっこう——」

 プッ ツー ツー

 あ、切られたw あいつも素直になりゃいいのに。

 

「アル君……タツミなんて言ってた?」

 ユリコが顔をのぞかせた。気を利かせて離れていたらしい。

「僕のユリコに手ぇ出したらタダじゃおかない、ってさ」

 携帯を放ってやると、受け取ったユリコはカァっと耳まで赤くなった。

「冗談でしょ? あいつそんなこと、絶対言わないわよ」

「確かめてみれば?」

 ユリコは少し携帯を見つめていたが、なぜか小さく首を振って、俺に返してきた。

「今度ね。それより、お父さんのせいでまたケガ増えちゃって、ごめん」

「え、いや俺の方こそ、親父さんケガさせちまって悪かった」

 思った以上に腕の立つ相手だったから、無傷で済ませられなかったんだよな。どちらも軽傷とはいえ、今は片岡氏もあちこちに包帯が巻かれている状態だ。

 もっとも、本人はまったく気にしていないようだが。

 

 俺が中座していた宴席に戻ると、片岡氏は庭に面した廊下(エンガワというらしい)で、静かに酒を飲んでいた。

「終わったのかね?」

 続きをやろう、と盃を掲げてみせる。ハイ、最初は未成年だからと断ったんだけど、片岡氏があんまり勧めるのでいただいちゃってました。「ダイギンジョウ」ウマー。 

 外は夕暮れ。ここから見る庭にも見事な桜があって、薄桃色の花を風に散らしている。

 漆塗りの雅な盃に、ユリコがいい香りの酒を注いでくれる。「こーん」とたまに小気味のいい音を響かせているのは、シシオドシというらしい。風流だねぇ。

 

「しかし、少し見ない間にずいぶん変わったものだ。まるで別人だな、今の君は」

 そりゃあ別人ですから。

「タツ……じゃない、以前の俺と、そんなに違うんですか?」

「まったく違う。あの頃の君は『自分の命などどうでもいい』という者の目をしていたぞ。あんな生きた屍のような人間に、大事な娘は近づけられんよ」

「はぁ。え、そうなの?」

 なんかすごい言われようだぞタツミ。ってか、お前そういうキャラだったっけ?

「ちょっとお父さん、変なこと言わないでよ! ……ええとほら、本人の前で」

「ははは、失礼。だが今は、あれだな、親の屍を食ってでも生き残るようなしたたかさを感じるよ。そういう人間は信用できる」

 そ、そうすか。俺もすごい言われようだな。ってユリコ、今度は笑ってるし。

 片岡氏はしみじみと酒をすする。

「この子の母親は早くに亡くなってね。私も過保護だとは思っているんだよ——」 

 ふむ。人にはそれぞれの事情ってのがあるんだな。

 

 そのとき、ピリリリリリ! と甲高い音が鳴った。一瞬タツミからかと思ったが、片岡氏が胸元から携帯を取り出してその場を離れた。

 今までとは違うせわしない口調で、なにやら難しい単語をやりとりしている。

「やはりイグリス社か? そのルートだけは必ず確保しろ。私もすぐ行く」

 仕事のことでトラブルが発生したらしい。こっちの人ってよく働くからなぁ。

「すまんな三津原君、急用ができたので私は失礼するよ」

「ああ……じゃあ俺も帰りますよ」

「なに、ゆっくりしていきたまえ。ユリ、あとで送ってあげなさい」

 言うだけ言って、片岡氏は颯爽と去っていった。

 

「あんなにタツミのこと毛嫌いしてたくせに……なんなのよもう」

 ユリコもすっかり呆れていたが、俺と目が合うと苦笑に変わった。

「まあいいや、結果オーライよね。もう一杯いかがですか、勇者様」

「お、もらおうかな。こんな美人の酌なら何杯でもいけるやね♪」

「っぷ、どこのおっさんよぉw アル君って、本当に異世界で魔王を倒した勇者なの?」

 実はちょっと自信なくなってきたかも。すまんゾーマ、宿敵がこんなんでw

 

 と——。

「あの、アル君。もしかしてだけど……タツミから、なにか聞いてたりする?」

 ユリコが急に神妙な声で切り出してきた。

「なにかって、なにを?」

「あいつが人を避ける理由。アル君にはなにか言ってるかなって思って」

「いや、そんな話はしてないけど」

 俺が首を振ると、ユリコは「そう……」と、少しだけ肩を落とした。

「タツミってけっこうモテるのよ。顔はいいし頭もいいし、性格だって悪くないし。でも誰とも付き合おうとしないのね。っていうか、友達も作らない感じ。要領がいいから周囲に悟らせないようにうまく逃げてるけど。休みになったら、ほとんど外出もしない。あたしと戸田くらいかな、しつこくまとわりついてるの」

「なんだそりゃ」

 ヒキコモリっぽいとこがあるなぁ、とは思っていたが、そこまで徹底していたとは。

「だから今日の花見みたいに、強引に誘うこともあるんだけど。……あたし、実はタツミにフられちゃったのね。去年の暮れかな、あいつに『もう僕に近づかない方がいい』って言われたんだ」

 ユリコの表情は硬い。その時も、そんな顔をしていたんだろうか。

「でもその理由が理解できなくて。正直、今でもどう受け取っていいかわからないのよ」

「あの親父さんが怖くて、適当な理由で遠ざけたんじゃねえの?」

「普通はそう考えるわよね。でもそれにしては、なんか強烈な言い訳だったし」

 そこで逡巡するユリコ。

「タツミね……『僕は何人も殺してる人間だから』って、そう言ったの」

「こ、殺してる?」

「うん。『君まで巻き込みたくない』って……。亡くなったご両親も自分が殺したんだって、そんなこと言うのよ」

 

   ◇

 

「亡くなったご両親——? タツミの親、両方とも死んでんの!?」

 俺は思わず叫んでいた。ユリコの方は別の意味で驚いている。

「知らないで入れ替わってたの? あいつが引っ越したあとのことで、詳しくは知らないんだけど。事故でお父さんが亡くなって、その三ヶ月後にお母さんも亡くなったって」

 おいおいおい、なんだその話。じゃあ今マンションに同居してるあのオバチャンは誰なんだ。単身赴任とやらで遠くにいるはずの父親って?

「一緒に住んでる人はタツミのお母さんのお姉さん、つまり伯母さんよ。彼女は独身だから他に家族はいないと思うけど……。アル君、いったいどういう風に聞いてたの?」

「聞いてたっていうか、勝手に覗いてたっていうか——」

 タツミの生活については、俺が向こうにいる間に“夢”を通して知ったのだ。それが事実と食い違ってる部分は今までにもあったが、まさかここまで違うとは思ってなかった。本人に確かめたくても、なーんかずっとバタバタしてて聞きそびれていたし。

 

 ……いや、俺も無意識に、タツミに聞くのを避けていたかもしれない。

 あいつ、一度も俺を問い詰めてきたことがないから。いきなり命懸けの冒険を押しつけられれば、わめき散らしたって当然なのに、タツミはいつも「仕方ないなあ」って感じで飲み込んでくれてて。

 だからなおさら、こっちだけ詮索するのも悪い気がして。

「でも殺したってのは、尋常じゃないよな……。他には?」

「ううん。あいつ、肝心なことはなにも教えてくれないもん」

 昨日カズヒロも同じようなこと言ってたな。こうなったら腹を据えて聞いてみるか!

 

 ——おかけになった番号は、電波の届かないところにおられるか、電源が入っていないため、かかりません。

 

 ……orz またかよ〜。もしかして本格的にスネちゃったんか?

「つながらないの?」

「ん。まあそのうちかかってくるだろ。連絡が取れたら、あんたにもすぐ伝えるよ」

 俺が立ち上がると、ユリコは心配そうに袖を引いた。

「帰るの、危険じゃない? 今日はうちに泊まっていったら」

「いやーさすがにタツミに悪いから帰るよw」

 別にやましいこたぁないけどさ。それに、ゲームがどこまで進んだかモニタリングしとかないと、俺の方も連絡をつけるタイミングが計れない。

「それでユリちゃん、ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだが——」

 

 その後、ユリコにタクシーを呼んでもらい、俺はタツミのマンションに帰ってきた。

 くだんの「伯母さん」はまたでかけているようだ。甥っ子の面倒を独りで見ているわけだから、もしかしたら夜系の仕事でもしているんだろうか。

 ゲーム画面は、帆船が夜の海を西に進んでいた。ランシールに到着し、一行は真っ直ぐ宿屋に入っていく。「一晩」たてばほとぼりも冷めるだろうし、少し待ってもう一度かけてみよう。

 

 それにしても、両親を殺した、なんて冗談で言えることじゃないよな。

(自分の命などどうでもいい、そういう者の目をしていたよ——)

「タツミ……お前いったい、なにしたんだよ」

 ゲームキャラの俺よりプレイヤーの方が謎って、なんか変じゃね?

 


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