宿スレDQ3ネタ投下まとめ(仮タイトル)   作:Rasny

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Stage.18 SAKURA MEMORY -Part2-

 

----------------- REAL SIDE ----------------- 

 

 繋がらない。

 何度リダイアルしても、タツミは一向に携帯に出る気配はない。

(とうとう面倒になったのかね……)

 テレビ画面には、青い海原と船だけがドットで映し出されていた。船の名前は、俺が最初に旅をした時と同じ「リリーシェ号」だと前に聞いたことがある。白百合(しらゆり)の名を冠する船はタツミの旅にこそふさわしい気もするが、それにしても、時々表示される会話ウィンドウの中身はとてつもなく変だ。

 

  ※「いいじゃないか 少しくらい うわきしても」

     はい

    ▶いいえ

 

  ※「せめて チューくらい いいだろ?」

     はい

    ▶いいえッ

 

  ※「そうは言っても 君の年なら たまってたりしない?」

     はい

    ▶い い え!!

 

  ※「どんな プレイでも 応じるけど」

     はい

    ▶……………………ィィェ

 

「なに迷ってんだお前は」

 どうやらタツミ君ってば、レイおねーさまにモーションかけられまくってるらしい。さっきからずっとこんな調子だ。

 

  ※「私だって おんな だ 恋のひとつやふたつは したいじゃないか」

 

 という決定的なセリフがあったお陰で、レイが実は女だったということがわかって俺もホッとしてはいるんだが(あいつ女だったのか)、しっかし勇者同士でなんつー会話をしとるんじゃ。

「とりあえず、命に関わるような大事にはなってないみたいだな……」

 試験で合格をレイに譲った時は妙に胸騒ぎがしたんだが、なにごとも無く済んだみたいだ。まあ試験は所詮ただの試験だし、落ちたところで死にやしないが。

 

 

 ——実際はアリアハン国王によってあやうく腕を切り落とされるところでした、という話を俺が聞いたのは、ずっと後になってからだ。

 もしこの時、俺がそのことを知っていたら……どうしたんだろう。

 

 

 

 俺が現実に来てから、今日で三日目を迎える。

 起きてからとりあえず顔を洗って、それからずっと、俺はベッドに寝っ転がったままぼんやりテレビを見つめていた。携帯を片手に、延々とリダイアル操作を繰り返している。

 タツミの方は大きな戦力となるレイを仲間に引き入れ、なんだかんだで順調に旅を進めている。このまま放っておけばまさかのクリア=俺の強制送還もアリ。以前ショウに忠告されたように、俺もヤツをうまく誘導して向こうに永住させるよう仕向けるとか、なんらかの手を打たなきゃいけないんだろうが……。

 こうも予想外のゴタゴタが続くと、あまり動く気になれなかった。まったく、俺はなにをやっているんだか。

 

 なんとはなしに部屋の中を見回した。向こうにある俺の部屋と比べると物の数も色彩も格段に豊かではあるが、面白みがない感じがする。オーディオ機器だとかマンガや雑誌とか、そういった道楽に関するものが、この部屋にはまるで見あたらないのだ。

 ゲームもドラクエ3だけ。他のソフトは一本もなかった。ユリコやカズヒロは、タツミはあまり外出しないと言っていたが、アイツは普段どういう休日を過ごしているんだろう。

「エロ本くらいねえのかよ」

 起き上がってベッドの下をのぞき込んでみても期待するようなものはなにもなく、片手に収まるくらいの透明な空のビンがひとつ無造作に転がっているだけだった。拾ったビンを机の上に置く。今までは「移行が完了するまでは」と遠慮していたが、あいつの過去に通じるものがなにかないかと、机の引き出しを開けてみた。筆記用具やファイルの類などが整然と収まっているだけで、見事になんにもない。日記でもあれば助かるんだがな。

 

 プルルルルルル! プルルルルルル!

 

「お、タツミか?」

 てっきりヤツが折り返しかけてきたと思ったんだが、相手はユリコだった。

『もしもしアル君? あれから身体の具合はどう』

 心配そうな声だ。考えてみれば、謎のサイコ野郎に襲われて意識不明になったのって、つい昨日の話だもんな。しかもユリコパパとも真剣勝負しちゃってるし、彼女が不安に思うのも当然か。

「大丈夫だよ。傷もほとんど治りかけてるし」

 そう答えつつ、サイコさんに斬られた左手の甲に目をやると、うっすらと赤く線が見える程度にまで回復していた。俺としては普通のことなんだが、

『本当に一晩で回復しちゃったの!? ゲームの人ってすごいのね』

 ユリコは心底驚いている様子だ。現実ではありえないらしい。

 それなら、と彼女の声が明るくなった。

『昨日頼まれてたやつ、いくつかいいの出てきたんだけど。良かったらついでに、あたしとデートしない?』

 

  ◇

 

 公園で待ち合わせた俺たちは、ユリコの案内で街に行くことになった。「街」とは言っても、向こうでルーラ座標に登録されるような大きな単位のことじゃなく、おもに駅前や繁華街といった中心部を指す言葉だそうだ。

 そして「地下鉄」初体験。

 昨日乗った「電車」と似たようなものだが、なんだか落ち着かない。真っ暗な中を高速ですっ飛んで行く体感だけがあって、まるで明かりの無いダンジョンをなすすべも無く延々と滑る床に運ばれているような、妙な気分だ。

 次の駅で降り、地上に出たところで、今度は正面の大きなビルに目が釘付けになった。高さだけなら神竜の塔の方が遥かにあるが、全面に鮮やかに空が映り込んでいる。

「ああ、あれね。イグリス・グループの本社ビルよ。ミラーガラスっていうのを使ってて、外から中が見えないようになってるの」

「あれじゃ鳥が間違ってぶつかったりしないのか?」

「よくあるわ。だからってわけじゃないけど、あたしはあんまり好きじゃないわね」

 ふと、ラーミアが激突してしまうシーンが頭に浮かんだ。大量のガラス片とともに墜落していく奇跡の鳥を、俺はただ見ているしかなくて……。

「アル君?」

 ハッとして首を振った。つい後ろ向き(ネガティブ)な想像をしてしまうのは、自分が異端者という負い目があるからだろうか。

 

 二人とも朝メシはまだだったんで、手近なファーストフード店で食べながら話すことにした。席に着き、オーダーが出来るまでの間に、ユリコはいくつかの書類を狭いテーブルに広げた。

 本題に入りますか。

「アル君が帰ったあと、お父さんの会社の人に聞いてみたら、うちの系列のホテルで何人かバイトさん募集してるって。ただ学校はバイト禁止だから、うまくごまかないといけないけど」

「ありがとう、助かるよ」

 昨日、帰りがけにユリコに頼んでおいたことだ。こっちじゃ経歴に『勇者』なんて書けないし、早めに簡単なアルバイトでもして現実に慣れてから、本格的に生活を考えるのが妥当だろう。最初はタツミの名前で大学まで行くつもりでいたが、ヤツの家庭の事情がはっきりした今は、そこまで甘える気にはなれない。

「へえ、住み込みの働き口なんてのもあるんだな。これは三食付き? ああでも寮費でけっこう天引きされるんだ。となると、こっちの家賃と水光熱費だけ徴収って方が節約できていいのか……」

 バイトの募集要項に目を通していると、向かい側が妙に静かになった。ユリコが、なんだか曖昧な表情で俺を見ている。

「……もしかしてアル君、自分の世界に帰りたくないの?」

「まさか。帰れるなら帰りたいさ」

 即答する。でも心の中ではNOだ。俺はあの世界に帰るわけにはいかない。

「心配すんなよ、万が一の話さ。昨日も話したけど、タツミが戻ってきたあとも、いったん実体化してしまった俺が必ずゲームに戻れる保証はないし。一応の準備はしときたいんだ」

 タツミが戻ってきたあと、か。俺もよく言うな。

 だが、もしヤツを犠牲にすることなく俺がこの世界にとどまれる方法があるなら、その方がいいけど……。

 

 彼女はまだ納得しかねる様子だったが、そこにいいタイミングで店員がオーダーを運んできた。

「食べようぜ。こっちってなに食ってもうまいもんな、感心するよ」

 これは嘘でもなく本当に思う。東西南北あらゆる食材が集まってる国ならではの、深みのある味わいというのか。俺が頼んだ照り焼きポークバーガーも、いったい何種類の調味料が使われてるのか見当もつかない。

 ユリコは自分が頼んだフィレオフィッシュを見つめて首を傾げた。

「そうなの? アル君の世界の方が、天然物で新鮮そうで、おいしそうな気がするけど」

「宮廷料理ならともかく、庶民のメシはシンプルだよ。乾パンとたっぷり塩のきいた薄切りベーコンだけってのが三食とか。干すか塩漬けにした保存食がほとんどだし」

「そっか、冷蔵庫なんて無いもんね。モンスターも食料になるの?」

「食える種類はほんの一握りだからなぁ。ゾンビ系は言わずもがな、毒攻撃を使わないやつでも体内に毒素を持ってるのが多いし」

 食料調達は冒険者にとっても頭を悩ませる問題だ。戦闘なんてこなせば嫌でも腕は上がっていくが、どんな熟達者でも食えなきゃ死ぬ。

「俺も旅の間に食料が底を付いて、仕方なくガルーダって鳥型のモンスター食ったら腹壊してエライ目に遭ったよ。あ、食事中に失礼」

「いいえ。それにしても——」

 ユリコはハンバーガーの包みを片手に、ふう〜と溜息をついた。

「アル君って本当に普通なのねぇ」

 っう。そんなしみじみ言わなくたっていいじゃないか。

「どうせ俺は勇者様らしくねえ小物っすよ」

 俺が頬を膨らませると、ユリコは慌てたように手を振った。

「そ、そうじゃなくて! 逆よ、感動してたの」

「カンドー? なにが」

「だって、たった数人で世界を救っちゃうんだから、勇者ってすごい人なんだろうなって思ってたんだもん。世界一の学者みたいに頭が良くて、演説したら大統領みたいにカリスマ入ってて、それで、一国の軍隊なんか軽くひとひねりで、しかも一目見たら卒倒するくらい超絶美形で——とか」

「……いまどきのゲームってそんな超人が主役なのか? 俺なら興醒めするな」

「違うけどっ、なんかそういうポテンシャル? 秘めたる力みたいな? そういうのを最初から持ってる人を想像してたの。だから……」

 普通の人が一生懸命に努力して『勇者』になったんだってわかって、感動したの。

 一息に言って、彼女は照れたように笑った。

 

「………」

「やだ、ちょっと黙らないでよアル君。ごめんってば、変なこと言って」

「あ、いや」

 なんか、びっくりした。

 初めてかもしれない。こんな風に、俺自身の努力をストレートに認められたのは。

 

 あっちじゃいつも、「あの」オルテガの息子ならこれくらい出来て当然って目で見られてたから。何事も人並み以上で当たり前、ちょっとでもしくじれば、まるで俺がとんでもない怠け者かと言わんばかりに責められた。身内や仲間は、俺が寝ないで努力していることを知っていたから決して責めたりはしなかったが、それでも俺は特別な人間だと心から信じ切っていて。

「あなたはあの人の息子なんですもの。絶対にできるわ!」

「アルス様なら大丈夫です。オルテガ様のご子息なのですよ? 誰にも負けませんわ!」

 ……結構、プレッシャーだったんだよな。

 

 「普通」だよ、俺は。

 どこにでもいる、ただのガキだよ。

 ずっと誰かに言いたかった。その上で頑張ってるんだってわかって欲しかった。

 それがまさか、こんな別世界の人間にあっさり言われるなんて。

 

「あ……あのさ、ユリちゃん」

「ん、なにアル君?」

「もしも、だけどさ。もしも、タツミが……」

 

 プルルルルルル! プルルルルルル!

 

「タツミから!?」

 途端に彼女の空気が一変した。キラキラと期待に満ちた目がジッと俺の手元に注がれる。

 携帯の表示は「SHO」。そういえば、わざわざ俺の携帯に登録してくれたっけ。

「ごめん、俺の知り合いだ」

「あ、そうなの」

 見るからに落胆する彼女に、俺の中に生じた妙な気分も霧散していく。

 

 所詮、他人。

 深入りしてはいけない相手だ。

 

「悪いユリちゃん、ちょっと待っててくれな」

 いったん席を離れて着信する。

『良かった! 出なかったらどうしようかと思いましたよ』

 いつも落ち着いた印象のあるショウにしては、妙に焦った口調だった。

『今どこにいます?』

「中心街の、なんつったかな、駅前の店でハンバーガー食ってるが」

 切迫するような問いかけに、やや戸惑いつつ答える。

『ああ、わかりました』

 そこでショウは気が緩んだのかもしれない。本来なら言わないつもりだったのだろうが……こいつは口を滑らせた。

『昨日ゲームサイドの男に襲われたでしょう。気をつけてください、そいつがまたあなたを狙う可能性があるんです』

 

   ◇

 

 俺が最初に胸に抱いたのは、慌てたように警告の電話を入れてくれたショウに対する感謝ではなく、「また面倒ごとかよ」という唾でも吐きたくなるような気持ちだった。

 次から次へとなんだってんだ。ここは「テレビゲーム」なんてハイテクな玩具が日常に溢れてるような、平和な国じゃないのかよ。

 それでも冒険者のサガとでも言うか、デートなんてシチュエーションにちょっとふわふわしていた俺の意識は、その瞬間に自動的に警戒モードに切り替わった。

「俺が襲われたことを、なんでお前が知ってるんだ、ショウ?」

 

 昨日の晩ショウに会った時、俺はわざと昼間に起きたことをひとつも話さなかった。朝早くから花見に行ったことも、行った先で他のゲームサイドの男に襲われたことも、そのあと夕方までタツミの女友達の家で寝込んでいたことも……なにひとつ。 

 ショウの登場のタイミングがあまりに良すぎたから。まるで俺を見張っていたかのようで、少し胡散臭いものを感じてカマをかけたのだ。他のゲームキャラに襲われるなんて出来事、知っていたなら必ず話題を振ってくるだろうし、逆になにも知らないなら、こいつを変に巻き込まない為にも俺からわざわざ口にするべきじゃない。

 だがどちらでもなく、こいつは「知っていて」話を避けた。俺だって赤の他人を頭から信じるほど単純じゃない。

「お前、何者だよ」

 

『なるほど、昨日そのことに触れなかったのは、僕を試したんですね』

 電話の向こうでショウは感心したように溜息をついた。そして、

『なかなかキレるじゃないですか、かえって安心しました。少なくとも僕は敵じゃないですよ。まずは話を聞いてください、あなたに危険が迫っているんです』

 自分のことなどどうでもいいとばかり、あっさり要点を戻された。気に食わないが、俺が疑っていたこともショウは最初から想定していたようだ。

『あなたを襲った男について、僕も詳しくは知りません。僕と違うゲームナンバー出身の人ですしね。ただ僕は、こっちに来てからすべてのドラクエをプレイしてるんで、あなたとあのPCとの関連は知っています。あなたの子孫なんですよ、彼は』

「待て。昨日のあいつが俺の子孫だぁ?」

 そう言えばあのサイコさん、アレフガルド流の騎士の礼を取ってたな。

「それにPCって……」

『ああ、僕はゲームサイドの人間のことを『プレイ・キャラクター』の略で『PC』と呼んでるんです。子孫と言っても、あくまでゲーム上の設定ですし、深く考える必要はないと思いますよ』

「ちょっと待てって」

『とにかくですね、僕が今からそっちに迎えに行きますから、あなたはそこを動かないでください』

 やはりショウは焦っている。まくし立てるような口調で、俺はロクに言葉を挟む余地もない。

『アルス君は今ひとりですか? もし誰かと一緒なら、うまく説得して離れてもらった方がいいと思います。僕もすぐそちらに向かいますから……』

「だから待てっつってんだろ!」

 怒鳴りつけると、はっと息を呑むのが聞こえた。

 

 ったく、従うのが当然みたいに指示すんなよ、シャクに障る。俺への隠し事はもっとあるだろうし、信用できない人間の言うことを聞く義理はねえぞ。

「今デート中なんだ、邪魔しないでくれるか」

『はぁ? あの、アルス君……?』

 俺の投げやりな返答に、ポカンとしているショウの様子が手に取るようにわかる。

『た、確かに僕もいろいろと黙っていたことは悪かったと思いますが、それも会った時にぜんぶお話しするつもりです。今だけは信じてもら——』

「ウザいんだっつーの。あのイカレ頭が襲って来るかもってんだろ? そうなった時に考えるからいい。もう面倒くせえのはたくさんだ」

 こっちに来てからずーっとワケのわからん状態が続いてるんだ。ようやく穏やかなひと時を楽しんでるんだから、少しはノンビリさせやがれ。

 はっきり言って、ストレス溜まってんだよバカヤロー!

 

『冷静になってください。女性と一緒というなら、片岡百合子さんでしょう? 彼女もあの男に顔を見られてるじゃないですか、危険なのはあなただけじゃないんですよ』

 まあね。それどころかユリコちゃん、ボッコボコの返り討ちにしちゃったし。

「それもこっちでなんとかする。心配なら勝手に来いよ。どうせ見張らせてんだろ?」

『確かに昨日まではあなたを監視してましたけど、今朝になってやめさせたんです。あなたがまっとうな人だとわかったから、プライベートを尊重して。だからさっき居場所を聞いたでしょう?』

「あっそ。そりゃどうも」

 自分でも少し素直じゃねえなとは思うが、今はまともに対応する気になれない。

 

 互いに沈黙する。

 時間にしたら数秒も無かっただろう。さっきとは違う性質の溜息をついて、ショウはワガママな子供に言い聞かせるように言った。

『わかりました。でも、僕があなたを心配してるってことは信じてくれたんですよね? 僕も二〇分くらいでそちらに行けると思いますから、できればそのあたりにいて下さい、お願いします』

 そうして電話は向こうから切られた。

 

 溜息をつきたいのは俺の方だ。

 断っておくが、俺はユリコを危ない目に遭わせる気はない。ショウは離れろと言っていたが、彼女もあのサイコ野郎の標的にされる可能性がある以上、かえって単独行動をさせる方が危険だ。

 それにショウは一日でユリコの身元を割り出す調査力と、人を使って俺を見張らせるくらいの組織力を持っている。そこから逃げ出して未だに捕まっていないのだから、あのサイコ野郎もそうバカじゃない。こんな街のド真ん中で後先考えずに奇襲をかけてくることはまずないだろう。

 ならいっそ、いつ襲われるかわからずビクビクしながら隠れてるより、人混みに紛れて動き回り、相手を引きずり出してやる方が対策を立てやすいと——

 

 

「なんか難しい顔してるね、アル君」

 いきなりユリコが、ヒョイっと腰をかがめて下から俺を見上げてきた。

「うひゃ!? い、いや別に、たいしたことじゃないんだ、うん」

 あーあのですねユリコさん。その角度だと、隙間というか、谷間というかがですね、よく見えちゃうんですが。目のやり場に困るんですけど。

 一瞬この女ワザとかと思ったが、どぎまぎしている俺をユリコはきょとんと見つめている。もしかユリコちゃん、かなりの天然系?

「待たせて悪い。冷めないうちに食べないとな」

 慌てて席に戻ったが、ほら〜どこまで考えたかわかんなくなったじゃねえか。

「今の電話、お友達から?」

 無邪気に聞いてくる彼女に、俺は再び思考を巡らせた。どうすっかな。

 この子は俺の正体もあのサイコ野郎の存在も知っているから、今さら無理に隠す必要はない。でも変に深入りさせて、俺たちゲームサイドの人間——ショウの言う『PC』が、実はプレイヤーを「犠牲」にするつもりで現世に来ているということまで彼女に知られるのはマズイ。

 

<ゲームは所詮ゲーム、絶対に安全だし、もちろん死ぬこともない。

 クリアすればいつでも帰れるが、現実世界に戻れば二度と交換できない。

 なのでわざとクリアを延ばすプレイヤーもいるらしい……>

 

 俺がユリコにした説明だ。一番最初にタツミにも同じ内容を伝えた。

 嘘は言ってないが、肝心なこともなにひとつ言ってない。あのお人好しが庇ってくれたのをいいことに、俺はこの瞬間も、彼女をいいように利用している。

 

「友達じゃないんだ。役所の人でさ」

 特に悩む間もなく、そんなセリフが出てきた。

「タツミになんか頼まれてたの?」

「そうそう。ほらアイツ、国から援助金みたいなのもらってるだろ。その書類関係のことで今の電話の人と、タツミの代わりに何度か話してたんだ」

 いまさら嘘のひとつやふたつ重ねたところで同じだ。

「了解です。それにしてもタツミのヤツ、アル君を使いッパにするとはねー」

 ユリコはまったく疑う様子もなくクスクス笑った。俺も愛想笑いで調子を合わせる。

「まあドラクエもお使いイベントが多いしな」

「もうアル君ったら、勇者様がソレ言っちゃおしまいじゃない」

 

 勇者様、ねえ……。

 

 残りのハンバーガーを口に放り込むと、まだ温かいのに急に味気なくなったような気がした。そんなのは無視して立ち上がる。

「ごちそうさま。次はどこに案内してくれるの、ユリちゃん」

 彼女もハンバーガーの最後のひとかけらを口に放り込むと、指先についたケチャップをペろっと舐めつつ視線を泳がせた。こういうちょっとお嬢様っぽくない仕草は親しみやすくて好感が持てる。

「できるだけアル君のリクエストに合わせるよ?」

「あんまりこっちのこと知らないからな。普通でいいよ、デートの定番コースってやつ。俺、職業が職業だから向こうでもあんまりそういう経験ないし」

「あらら、アル君モテそうなのに。よーし、そういうことなら任せなさい!」

 張り切ってガッツポーズを取るユリコちゃん。ウザかわいいってやつだな、うん。

 悪いなタツミ君。まあ今日だけだから許せ。

 

 

 今はまだ、もう少しだけ。

 「普通」の十六歳でいさせてくれ。

 

   ◇

 

 色んな場所を回りたいから、遊園地のような一日がかりになる大型施設は避けることにした。だいたい安全を保証されたアトラクションや、動物園や水族館で人形みたいにおとなしい生き物を眺めてても、俺は全然おもしろくない。

 まずは映画館に行った。女の子が好きそうな、異国の若い男女が恋愛がらみでごちゃごちゃやってる内容だった。日本語字幕(俺にとっては向こうの公用語)だったからいまいちストーリーが掴めない部分もあったけど、まあ概ね楽しめたかな。

 

 俺がそう感想を述べると、ユリコは「ああ!」と声を上げた。

「ごめん気付かなくて! そうだよね、日本語が読めるわけないもんね」

「違う違う。それじゃさっき見てたバイトの書類も読めないだろ」

「あ、そっか」

 この子やっぱ天然だな。

「実は俺、あんまり目が良くないんだよ」 

「え……!? アル君って目が悪かったのぉ!?」

 そこまで大げさに驚くことかね。

「もともと小さい頃から弱くてさ。それに俺の世界じゃ夜はロウソクかランプを使うしかないから、遅くまで勉強してるとどうしてもね」

 冒険に出た最初の頃は、延ばした自分の指先も二重に見えるくらいひどかった。旅をしてる間にかなり回復したが、まだ映画館のような薄暗いところで字幕なんて読めない。

 もっとも向こうは視力を測る習慣が無いから、気付いてないだけで目が悪いやつは他にも大勢いると思うが。

「じゃあこの世界だとなおさら不便でしょ。なんかゲームの世界より、細かいものが多い気がするもの」

 実はその通り。初めて外出した時も「標識」の多さに圧倒されたが、現実世界はそこら中に「文字情報」が溢れている。無意識に片っ端から読もうとしてずっと目を凝らしてるもんだから、結構しんどいんだよな。

 ユリコは腕を組んで少しうなっていたが、すぐに俺の手を引いて歩き出した。

「よし、お姉さんが眼鏡をプレゼントしてあげよう!」

「いいの? マジで?」

「現実世界に来た記念にね♪」

 ユリコちゃん優しいなぁ。でも以前、インテリ眼鏡ってアイテムを装備した時に仲間に爆笑されたんだよな。

「俺に似合うかな」

「アル君くらいイケメンさんだったら、なにやったって大丈夫だって」

 それは暗にタツミがイケメンだとノロケてることになるんだが、気付いてないな。

 

 映画館から一番近い眼鏡専門店に行った。落ち着いた雰囲気の店内には、ズラリと陳列された眼鏡が照明を反射してきらきら光っている。

 ユリコが店員に話をつけ、俺は店舗の奥にある別室に連れて行かれて妙な機械の前に座らせられた。

「そこのレンズに片目をつけてくださ〜い。奥に何が見えてますか〜?」

 妙に間延びした口調の白衣の女性が、機械を挟んで向かい側でなにやらカチャカチャ操作している。言われたとおり見てみると、奥に確かになにかの映像は見えているんだが、映っているモノの名称がなんだかわからん。

「ユリちゃん、ちょっと」

 俺は目を離して、そばに立っている彼女の袖を引いた。小声で「アレなに?」と聞いたら、ユリコもレンズを覗き込んでから「気球だね」と囁き返してきた。

「えーと、キキュウ……ですね」

「二重に見えてますか〜?」

 白衣のおねーさんがまたカチャカチャなにか操作したら、

「おっ、きれいに見えた。すげえな」

「では反対側の目で見てくださ〜い」

 

 そのあといくつか検査をやって、右が「0.2」、左が「0.8」という数値が出た。かなり悪い方らしく、結果を聞いたユリコがまた驚いていた。向こうじゃそこまで不自由は感じてなかったんだけどな。

 再び店舗内に戻り、ユリコは並んでいる一つを手に取った。

「フレームはこれがいいんじゃないかな?」

 彼女が差し出したのは濃い青色の金属製のやつで、全体的に細いタイプのものだった。一見ヤワそうに見えるが、形状記憶なんとかって金属でできていて、多少なら折り曲げても元に戻るそうだ。

「少しくらい暴れても壊れないヤツだよ」

 にっこり笑う。ゲーム世界に戻ったあとも使えるようにと、強度を重視して選んでくれたのだろう。チクッと胸が痛んだが、顔には出さずに素直にそれに決めた。かけてみると、うん、そこまで変じゃないし。

「じゃあフレームはこれでお願いします。時間かかりますか?」

 そばにいた女性店員にユリコが尋ねると、こちらは黒い制服姿のおねーさんがはきはきと答えた。

「いいえ、こちらですと在庫がありますので、40分ほどお待ちいただければ出来上がりますよ」

 

 眼鏡が出来上がるまでその辺をブラついて時間を潰すことにした。ずらりと並んでいる店を片っ端から覗いて歩く。どれも向こうにはない珍しいものばかりでちっとも飽きない。

「こういう時の『金持ちのトモダチ』でしょ! 遠慮しないで買っちゃいなって」

 というユリコちゃんに甘えさせてもらい、気がついたら服も靴もフルチェンジしていた。どんどん増えていく手荷物が邪魔になり、一度駅に戻ってロッカーに荷物をぶち込んだところで、あっという間に約束の時間になった。

 さっきの眼鏡屋に戻り、先の女性店員からケースに収まった眼鏡を受け取る。さっそく取り出してかけてみると、信じられないくらいクリアに見えた。ってか今までずいぶん見えづらい生活を送ってたんだな、俺。

「世の中ってこんなにクッキリしてたのか……。本当に嬉しいよ、ありがとう」

「どういたしまして。こっちに来て見てみなよ、似合うよ」

 ユリコに言われ大きな姿見の前に立つ。そこには、表通りですれ違った若者たちと大差のない少年が、どこかぼうっとした表情で俺を見返していた。なんだかなぁ、俺ってもう少し賢そうな顔してなかったっけか。

 

 

 店を出て、さてこれからどうしよう、とユリコと顔を見合わせた。さすがにちょっと疲れてきたな。

 少し休もうか——と思った直後、すぐ近くから柔らかいメロディが聞こえてきた。ユリコが慌てたようにハンドバックを探る。彼女の携帯電話だった。

「戸田? どうかしたの」

 カズヒロからのようだった。そういやカズの方は中途半端になってたっけ。ユリコの方でうまく誤魔化してくれたようだが。

「そうよ、今朝言ったじゃない。今日はタツミとデートだからって……え?」

 急に彼女の顔がこわばった。

「それ誰に聞いたの!? なに? ちょっと聞こえないよ、あんたどこにいるの? 戸田? ……やだ切れちゃった」

「どうした?」

 ユリコは戸惑うように俺を見上げた。

「戸田、アル君のこと知ってる」

「なんだって?」

「あたしは言ってないよ。でもあいつアル君の名前を知ってて、それになんか変だった。なんていうか、泣きそうなっていうか……すごく怯えてるみたいな感じで」

 

 まさか。

 

「場所も変だよ、声が反響してるみたいで、とにかく聞き取りづらいの。電波も悪くて何回も途切れそうになってたし」

 俺の中で不安がふくれあがっていく。嫌な予感。ほとんど確信に近い。

 

 プルルルルルル! プルルルルルル!

 

 今度は俺の携帯が鳴った。予想通り表示は「KAZUHIRO」だった。

 

『よう、ご先祖様。もうこっちの女をモノにしたのか。なかなか手が早いじゃないか』

 確かに声が反響して聞こえる。

 それは向こうで散々迷いまくった、暗く湿った洞窟の中を思い出させた。

 




次回の投稿は9月5日予定です。

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