宿スレDQ3ネタ投下まとめ(仮タイトル)   作:Rasny

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Stage.5 ミイラ男と星空と(中編)

 

 <GAME SIDE>

 

 

「もう二度と頼らないから、そっちも勝手にすればいい!」

 怒鳴り散らして通話を切り、直後、僕は壁に背をつけてずり落ちるように座り込んだ。

 バカなことをしたのはわかってる。電波状況が最悪のこのダンジョンで奇跡的につながった瞬間だったってのに、なんで切っちゃってるんだよ僕。

 まあ今のこの状況で、電話越しのナビがどの程度役に立つかは疑問だけど——。

 すぐに「圏外」表示に戻ってしまった携帯をぼんやり眺めた。ここは、そこら中に散らばる白骨死体がぼんやりした燐光を発している以外、いっさい光の差さない闇の回廊。小さなモニターから漏れるわずかな明かりさえ、まるで太陽みたいにまぶしく目に映る。

「……ゆ、勇者様……?」

 エリスが身を起こして、不安そうに僕を見上げた。携帯を閉じる。

「ああ、ごめんね。なんでもないよ」

 腕を伸ばし、その頬に手を当てながら「大丈夫だよ。大丈夫だから」と何度も繰り返して言ってあげると、彼女は微笑んで、また目を閉じた。

 冷たい石畳に僕のマントをひいて、エリスはぐったりと横たわっている。

 さっき火炎ムカデにやられた彼女の右足は焼けただれ、真っ赤に腫れ上がっている。手持ちの薬草で簡単な応急処置はしたが、早くロダムに回復してもらわないとまずい。

 ロダム、サミエルの二人とはぐれて、どれくらい経つのか。現実の時刻を示すだけの携帯じゃよくわからない。このダンジョンに入った時間を考えれば、もうじき外は日が暮れる頃だろう。炎天下の外と違い地下は昼間でも肌寒かったが、これからもっと冷え込むだろうか。

 まったく。一六歳の健全男子が可愛い女の子と暗闇で二人っきりだっていうのに、まるで色っぽい思考に走れないって、なんなんだろうね。

 生き残ることしか頭にないって——そんな状況って、なんなんだよ。

 

   ◇

 

 ロマリアから使者が馬を飛ばして追ってきたのは、僕たちがアッサラームまでまだ三分の一も来ていない森の中で、早々に野営準備を始めた頃だった。

 

 二つに斬られて のたうつ魔物〜♪

 飛び散る内臓や 跳ねる血しぶき〜♪

 呪文でバラバラ 見る影もなく〜♪

 勇者がまたもや うしろで吐いた〜♪

 

 近道しようと公道をそれたせいか、あの後、何度もモンスターと戦うことになった。

 慣れる間もなく次々に惨殺シーンを見せつけられ、かといって戦闘を任せきりにしている仲間に申し訳なくて目をそらすこともできず、吐く物もなくなって完全にグヘ〜となってしまった僕を心配し、まだ早いけど今日はここでキャンプをしましょう——という運びになったのである。なんとも情けない。

「どうかお気になさらずに。まだ一日目なんですから、当たり前です」

「ありがとう。本当にごめん、必ず近いうちになんとかするから」

 正直なところ僕「血」はダメなんだよ。ホラー映画もサイコ系は平気だけど、スプラッタは気分が悪くなって観られない。いざとなればなんとかなるかなーと思ってたんだけど、なんともならなかった。人間、簡単には変われないもんだね。

 そこへ息を荒くした人馬が走り込んできたのだ。

「ゆ、勇者様でいらっしゃいますね!?」

「そうだけど……」

「良かった、間に合った!」

 国に遣わされたのではなく、ある人からの個人的な使者だというその青年は、ろくに封蝋(ふうろう)もされていない書状を僕に押しつけるように手渡してきた。

 この場で読んでくれ、と急かされて、目を通した僕は思わず舌打ちした。

「どうなさったんです?」

 声を低めるロダムに、黙って書状を回す。

「なになに……魔法の鍵を壊した? 勇者様が!? どういうことですか!?」

「罪をなすりつけられたんだよ。ま、きっかけを招いたのは僕だけど」

 ポルトガとの重要な陸路であるはずの関所が、何年も閉鎖されているのは不思議だったが、なんのことはない。

 ロマリアの現国王が、イシス女王から親善の証として贈られた「魔法の鍵の複製」をダメにしちゃって開けられなくなっていたのだ。当然、んなアホな失態を表沙汰(おもてざた)にはできないから、適当な理由をつけて閉鎖していたらしい。

 ところが僕が開門命令を出したので、ポルトガとの交易を望む商人を始め、国民は大喜びした。王様が戻ってすぐに撤回されたが、そりゃ不満の声も出てくるだろう。

 今まで閉鎖理由を心底では納得していなかった国民は事実を疑い始め、困った王様は、

「勇者が国王代理を務めている間に勝手に持ち出して壊しおったのだぁ!」

 と思いっきりデタラメこいてくれたのだった。小学生かおまいは。

「んで僕たち、お尋ね者になっちゃったワケだ」

「もちろん勇者様に(とが)はございません。真実をご存じの前国王様も、まずは勇者様に事の次第をお伝えし、ご助力差し上げよと私を派遣なさったのです」

 助けたい、ねぇ。

「でもこの手紙の内容だと、結局僕たちが責任を取るんじゃないの?」

 “追っ手は差し止めておくから、その間にピラミッドから『本物の』鍵を取ってくれば万事解決だよ”ってアンタ、アドバイスにかこつけた命令じゃないか。

 僕がジトーッと横目で睨むと、使者の青年は済まなそうに目を伏せた。

「行くことないッスよ! 真実を話して本人に責任を取らせればいい」

 サミエルがそう息巻くのももっともだ。エリスもロダムも難しい顔をしている。

 

 だが僕はその時、もう少し別の観点から物事を考えていた。

 ——たぶん僕が懸念していた通り、このイベントはカットできないのだろう。

 だから本来のシナリオに対し、本当に飛ばしても構わないノアニールの話はその片鱗も出てこないし、魔法の鍵にいたってはやや強引とも思える選択肢がここに用意された。

 「はい」と「いいえ」。僕の中でなにか予感めいたものが「断るな」と告げている。

 ここで無理に断れば、物語が破綻(はたん)して身動きが取れなくなってしまうような……。

「わかりました。お引き受けしましょう」

「勇者様!」

 そろって抗議の声をあげる三人に、僕は苦笑を返した。

「仕方ないよ。どちらにしても鍵は必要なんだから、僕たちが責任を取ってなんとかするのが一番すっきり治まる。一度そう発表されてしまった話を二転三転させても、ロマリア国民の不安を煽るだけだしね」

 それから小声で、

「ヘタに言い訳したって話がややこしくなるだけだしさ。鍵さえ手に入れば、今度はこっちから王様に『いろいろ』お願いできるかも?」

 とたんに三人の目がキラーンと光る。

 薄ら笑いを浮かべ合う僕たちには気付かず、使者の青年はブワッと涙を溢れさせた。

「すばらしい、さすが勇者様です! 感動です! あの、これ!」

 ふくろからゴソゴソと引っ張り出してきたのは、キレイな装飾の腕輪だった。

「前国王より預かって参りました、『星降る腕輪』というものです。不思議な力が込められているそうで、きっと勇者様の冒険をお助けしてくれるだろうと」

 ほお、ここで手に入っちゃうんだ。話が話だけにイシス女王に挨拶には行けないから、さっき引き受けた時点でコレは諦めていたんだが。

「そしてこれがですね……」

 使者の青年はさらになにか取り出して、満面の笑みで差し出した。

 今度はなんだろう。前国王ってばなかなか気前いいじゃん。

「ピラミッドの場所を記憶させた特別なキメラの翼です。追っ手をとどめるにも限界がございますし、すぐにも向かった方がよろしいかと」

 ちょ、待てコラそっこう行けってかww

 そうこう言ってる間に、遠くにロマリアの旗を掲げた一団が現れた。本当に追っ手を差し止めていたのか? なんて考えるだけムダだ。王族なんてもう信用ならない。

 僕たちは慌てて、渡されたばかりのキメラの翼でピラミッドに飛んだ。

 

   ◇

 

 乾燥したきった空気と照りつける日差しの強さは、想定していたから驚きはしなかった。

 砂漠とはこんなものなんだろう、と認識するに留まる。問題はピラミッドだ。

「結構……きれいなんだね」

 本物は観たことないが、現実側のそれはしょっちゅうテレビで紹介されている。今その通りの光景が目の前にあり、それがかえって僕に奇妙な感想を抱かせた。

 観光名所として手入れの行き届いているエジプトの王墓ならともかく、こちらはもっと自然のままに、砂に埋もれたり崩れたりしているもんじゃないのかな。

「きっとイシスの人間が、定期的に清掃を行っているのかもしれませんね」

 王墓なのだからあり得そうだが、そう言うエリスも腑に落ちない顔をしている。国が管理している遺跡に、他国の冒険者が土足でズカズカ入り込むことを黙認するだろうか?

「あ、そうだ」

 僕はロマリアでくすねてきた紙の巻物を取り出した。この世界は羊皮紙が一般的だが、普通の「紙」の方がインクのノリも良いし薄くて軽い。でも高くてなかなか手に入りにくいから、ここぞとばかりいただいてきたのだ。

 巻物には、これから向かうことになるダンジョンのマップが描かれている。ロマリアに泊まった夜に、僕が事前に描いておいたのだ。

 最初の方にピラミッド内部の簡易図もある。念のため描いておいたけど、まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかった。

 そこをビリッと破ってロダムに渡す。僕は頭に入っているから、実質二枚の内部図を分けて持つことになる。

「これもルビス様のお告げですか? どれが人食い箱かもわかるのですね」

 ロダムが苦笑する。

 まあ自分でもちょっと異常な気はするけど、そこは気にしない気にしない。

 その他、簡単に打合せを済ませて、いよいよピラミッドへ突入だ!

 

 と、勇んで踏み込んだは良かったが……。

 中に入った瞬間だった。いきなり僕たちのうしろで「ズゥゥン!!!」と大きな音がした。

「うそ、閉じこめられた!?」

 こんな演出、ゲームにはなかったはず。

 わずかな明かり取りの窓から入る光だけとなり、視界の明度が一気に落ちる。サミエルが手早くたいまつに火を灯すと、それが合図だったように、暗がりから大量のモンスターが襲いかかってきた。

 それでも普通に戦闘をこなすだけならば、出発時よりさらにレベルが上がっているエリスたちの敵ではない。

 中も存外に広い造りで、人が三人余裕で並んで歩けるくらいの通路が真っ直ぐに続いている。天井も高く、これくらい広さがあれば互いにカバーしながら戦える。余裕のはずだ。

「持つよ、気をつけて」

 僕がサミエルからたいまつを受け取ると、彼はニカッといつものいい笑顔を見せて、前に出た。

 だが、切り込みを買って出たサミエルが、何歩か進んだそのとき——。「うあ!」と叫んで剣を取り落とし、彼はその場に倒れ込んでしまった。

 エリスが慌ててベギラマを唱え、倒れた戦士に群がるミイラたちを牽制する。

 駆け寄ってたいまつをかざすと、サミエルの脇腹に数本の矢が刺さっていた。

「トラップ……?」

 全身から血の気が引いた。

「みんな伏せてぇ!!」

 エリスとロダムが弾かれたように身を伏せる。瞬間、風を切る音がいくつも聞こえ、近くまで寄っていた蛙型のモンスターが真っ二つになって吹っ飛んでいった。今度は矢ではなく、巨大な刃物のようなものが横切っていったのだ。

 入り口からたいした進んでもいないのに、ここまでのわずかな距離に、一撃で命に関わるような罠がいくつも仕掛けられているのだ。

 なにこれ。話が違いすぎだろ?

 

   ◇

 

【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】

 どこからともなく低くくぐもった声が響いてくる。これって確か、上の階の宝物庫にある宝箱を開けたときのセリフだったっけ? 内容が少し違う気もするが、それなりにゲームを継承しているわけだ。

 こんなえげつない罠が仕掛けられている時点で、すでにドラクエとは言えないけどさ!

「く……油断したッス……」

「大丈夫サミエル!?」

 苦しそうにうめくサミエルの脇腹に、みるみる血がにじんでいく。人間の、まして仲間のケガだ。心臓が跳ね上がった。でもここで血はダメだなんて言ってられない。

「立てる? 早くロダムに回復を——」

 瞬間、目の前にユラリと黒い影が現れた。そいつの腕が首に巻き付いてきて、一気に締め上げられる。見た目と裏腹にとんでもない力だ。

「!……!…!!」

 声が出ない。く、首の骨が折れる〜!

「青き女王の御子ら氷の精霊たちよ古き盟約に従い我が戦陣に馳せ汝が力を示せヒャド!」

 エリスがものすごい早口で詠唱を完了させた。青く煌めく氷の刃が、僕をシメあげていたモンスターに突き刺さった。

 グギャア、とおぞましい悲鳴をあげて飛びすさる影。

 その場に投げ出された僕は、肺に無理やり新しい空気を送り込むのと、転がってるたいまつを手に持つのと、反対の手でサミエルを引きずって後ろに下がるのとを同時にやってのけた。おお、すごいぞ「星降る腕輪」効果。

「……の精霊の名においてかの者たちに癒しの光をーーホイミ、ベホイミ!」

 先に詠唱を開始していたロダムが、這い戻ってきた僕とサミエルにタイミング良く回復呪文をかけた。喉の痛みがすうっと引いていく。サミエルの脇腹から折れた(ヤジリ)が自然に押し出されて出血も止まった。

 瞬間的に負傷度合いを測り、呪文を使い分ける年配僧侶に感心しつつ、僕は通路の奥に向き直った。

 さて、仕切り直しだ。

 

【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】

「うるさいなぁ。エリス、なるべく中央に向けてベギラマお願い」

「はい勇者様っ」

 彼女の閃光呪文が、追いすがってきたモンスターを散らすついでに、通路の奥の方まで明るく照らし出した。

 両サイドの壁にはいかにもエジプトっぽい絵が延々と描かれている。

 そして床。

 僕たちが待機している場所は真っ平らだが、やや先の方から、床に一メートル平方の大きな石がタイル状に敷き詰められているのがわかった。タイル一枚一枚にエジプトの象形文字のような(あるいはそのものか)レリーフが刻まれている。

 そのうち数枚が、周りと比べてやや下に引っ込んでいた。一枚はちょうどサミエルが踏み出したあたりではないだろうか。「蛇」の形をしたマークの文字だ。

 一番手前に目をやる。たいまつの光に浮かび上がるのは「鳥」をかたどった文字のタイル。さっき戻ってきたときに、間違いなく僕はこれを踏んでいるが、なにかが動いた気配はなかった。暫定的に「鳥」は安全ルートと決定。もう少し検証したいところだが、そんな余裕はない。

 エジプト神話における「蛇」の象徴は多々あるが、ここは有名な悪い蛇の神様「アポピス」と見立てていいだろうか。「墓守の蛇の女神」といういかにもな神様もいるけど、壁画はその女神とは無関係の神話のものだし。だとすると……アレかな。

 

 ——ここまでの思考を数秒でまとめる。

 えい、読みが外れたらそれまでだ。僕は腹を据えた。

「この中で一番身軽なのは、今のところ僕だよね」

「それはどういう意味ですか」

 トラップ地帯をすり抜けて迫ってきたあやしい影を真空呪文で吹き飛ばしつつ、ロダムが(いぶか)しげに問う。

「なにかわかったんスか!?」

 逆にサミエルが期待に満ちた声を上げる。剣を構えて前方を睨みつけているが、接近戦が得意の彼としては、思い切り戦えないこの状況が歯がゆいだろう。

「うん、任せて」

 その彼に僕は持っていたたいまつを返した。星降る腕輪が「途中」で外れないようグッと上に押し上げて、それから片膝を立てて前傾姿勢で両手を床につける。

 こういうのは勢いが大事。クラウチング・スタートの体勢から重心を前に移動し——、

「まさか、勇者様?」

「援護ヨロシク!」

 タイルの模様と位置は、さっきベギラマで見えたときに、すべて頭に叩き込んだ。

 通路は薄暗いが、敵のモンスターがどこにいるかくらいは視認できる。トラップ障害の条件は敵方も同じ。まごついているモンスターたちの足下をすり抜け、飛び石を渡るように「鳥」のタイルを踏みながら、目的の場所へ!

【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ……】

「だからうるさいっつーの!」

 襲いかかってきたミイラ男のすぐ前にあった「蛇」マークを思いっきり踏んづけて、横の「鳥」に転がる。ドカカッ!と矢だらけになってひっくり返ったそいつを飛び越えたところで、物理トラップ無効のあやしい影が、サッと前に回り込んできた。

「ヤバ……」

 仲間の援護を信じて、とっさにその場に伏せる。

「「バギ・ベギラマ!!」」

 同時に、灼熱を伴った真空波が実体のない魔物をぶち抜いていった。その狙いの精度と、仲間に向かって迷い無く呪文を放てる思い切りの良さは、大したものだ。

 チラッと壁に目をやる。延々と続く壁画は、数あるエジプト神話の中でも最も有名なストーリーを描いたものだ。僕が目指しているのはそこにいるべき、ある神様。

 ヘリオポリス九柱神の一人であり、厄災の蛇神「アポピス」の天敵とされる、地下世界の王「セト」。「蛇」を鎮めるなら、そのお方しかいないでしょう!

 ……たぶん。

 ノーヒントじゃこれが限界です。これで読み違えてたら諦めるしかありません。

 モンスターたちは目標を僕に絞ったらしい。例のセリフを繰り返しつつ、トラップにもガンガン引っかかりながら、とにかく追っかけてくる。

「これだけの殉死者を道連れって、ここの王様も最悪だな。——おりゃ!」

 再び「蛇」を踏んで「鳥」に待避。天井から円盤形の刃物が降りてきてミイラが胴体から半分になって転がった。これが自分だったらと思うとゾッとするけど、今は考えない。

「勇者様、大丈夫ですか!」

「今のところはね。えーとオシリスが暗殺されてイシスが逃げて……」

 エジプト神話なんて、小学生のときに軽く流し読みしただけだからなぁ〜。

 しかも暗くてよく見えないから、ところどころ天井の隙間から漏れてくる光で見える場所から、前後を推測しなきゃならない。

「イシスがホルスを産んで、セトと一騎打ちになって……っていたぁ!」

 セトちゃん発見! 動物のかぶり物しててちょっと愛嬌のある絵だけど!

 壁、壁、なんかスイッチとかないか!?

 あれ……なんにもない?

 うーわー、まさかやっぱり読み違えたんじゃ——。

「勇者様危ないですぅ!」

 立ち止まったせいでミイラ共がわらわら集まってきてしまった。気がついたらすっかり

取り囲まれている状態だ。

【【【我ラガ王ノ眠リヲ妨ゲル者ハ誰ダァ〜!】】】

「ごめんアルス、僕死んだかもww」

 ミイラが一斉にたかってきて、僕は反射的にその場にしゃがみ込んだ。

 

 ——と、目の前にいかにも「押してください」といわんばかりの丸いボタンが、床から

出っ張っている……。

 あったじゃん。

 ポチっとな。

 

 

 ガコン!

 ——という大きな音が、通路全体に響き渡った。

 

 今にも僕を袋だたきにしようとしていたミイラたちが、一瞬、動きを止める。

 同時に、

「勇者様になにさらすんじゃワレァ!!!」

 戦士らしからぬ素晴らしいスピードで走ってきたサミエルが、一振りで三体まとめて薙ぎ飛ばした。エリス・ロダムの呪文組が一気にとどめを刺し、ハイ、終・了。

「……普通に戦えればホント強いよね、うちのパーティ」

「いやはや、いきなり飛び出して行かれるから、びっくりしましたよ」

「さすが勇者様、ちょこまかと素晴らしい動きでしたね!」

 サミエル、それ微妙に褒めてない。

「なにをのんきなことを! もう、一人でご無理はなさらないでください!」

 泣きそうになってるエリスに、僕は手を合わせた。

「ごめんごめん。また誰かが罠にかかったら、って思ったら、嫌だったから」

「勇者様……」

 それになんとなく、こういうドラクエらしくない部分は、僕が担当のような気がする。

「しかし、こんなものよく見つけましたね」

 ロダムが足下のボタンを指して感心する。そこは影になっていて、確かに言われなきゃ気付かないような場所だ。

 だから、そのボタンの上に文字が彫りつけられているのも、今気がついた。 

「ふむ、『礼節を知る者、客として歓迎する』という意味ですな」

「読めるの? さすが宮廷司祭殿」

 そうか……神の前ではひざまずくもの、だよな。

「そう言えば、魔物の気配が消えましたね」

 エリスがあたりを見回した。さっきまであれだけいたモンスターが消えていた。

「じゃあ俺たち、ここのお客様になったんスかね」

 うーん、だといいんだけど。

 あとは普通のダンジョンであることを祈って、僕たちは先に進むことにした。

 

 ガコン!

 ——という大きな音が、通路全体に響き渡った。

 

 なんだこの前述に出てきたのとそっくり同じ文章は。作者の入力ミスか?

 とか思ったら、なんか、急に、フワッと身体が、軽くなった、ような……。

「落とし穴忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「きゃあああ勇者様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 僕とエリスが落ちたとたん、頭上で穴が再び閉じ始めた。

 慌てて追ってこようとするサミエルたちに気付いた僕は、とっさに叫んでいた。

「構うな! 鍵を探せ!」

 

   ◇

 

 あとのことは、正直あまり語りたくない。

 魔法が使えないピラミッドの地下で、この組み分けが最悪だってのは説明不要だよね。

 上と違って肌寒いくらいのジメジメした地下室を、逃げ回って逃げ回って、なんとか身を隠せる場所を見つけ出して、今はつかの間の休息を取っている状態だ。

 いつ敵が襲ってくるかわからない緊張感でほとんど休まる気はしないが、エリスの様子があまりに痛々しくて、これ以上動かすのは可哀想だった。

 

 ここでようやく、このパートの「1」に続くってワケ。

 さーて、次はどうしたもんかな。

 寒さ、飢え、疲労。さすがに考えがまとまらなくなってきた。

 上でちょっと張り切りすぎたかな。

 ——でも、考えなきゃ。どちらか一人でも、ここから生きて出るための方法を。

 

 

 

 <REAL SIDE>

 

 

 久しぶり、と言われた相手をまったく覚えていないというのは、普通は失礼な話だ。

 ヤツの日常を「夢」という形で見ていた俺は、曖昧だったり、抜け落ちている情報も多分にある。あまり下手(したて)に出るのは得意じゃないが、最初のうちは「すまん、ど忘れした」と頭を下げなきゃならん場面もたくさんあるだろう、と覚悟はしていた。

 が、こいつらにその必要はないと思われる。

「さっき見てたけど、お前ゲームもすげえのな。さすが天才?」

「俺らもれんしゅーしてえんだけど、先立つモノっつーのがちょっと無くてさ」

「なあタッちゃん、また貸してくんねーかな〜? 二、三万でいいからさー」

 お決まりの要求パターンだ。ったく、五体満足で衣食住にも恵まれてそうなのに、こいつらはなんでこんな、場末でやさぐれてるゴロツキみたいなマネをするんだ?

「おい三津原、聞いてんのかよ」

「無きゃそこのコンビニで降ろしてくりゃいいし。な、俺らの仲だろ?」 

 ねとねとした口調がひどく勘に障る。しかも今の話だと、

「アイツ、以前からこんな連中にカモにされてた、ってことか……」

「へ?」

 最初に殴りかかってきた少年が一番近かったから、そいつにした。

 相手を見ることもなく逆手で襟元をひっつかみ、そのまま振りかぶって、

「な……」

 丁度そこにいたお仲間のひとりに適当にブン投げる。一回転して背中から激突し、巻き込まれたガキ共々、そいつは数メートル先までフッ飛んでいった。

「そんな、片手で投げた……!?」

 残ったひとりが引きつった声を出す。

 右腕を回すとコキッと音がした。思ったより重さを感じたな。

「やっぱちょっと肩にくるな。向こうの半分ってとこか」

 元の世界じゃボストロールにヘッドロックかまして遊んでたからな。

 さすがに「現実」だと制限がかかるようだが、今の自分のステータスが把握できてないから、かえって加減の取り方がわからん。

 かなり力を抜いたつもりだが、やりすぎたかね。

「悪い。いちおう教会、じゃねえ病院? 連れてった方がいいかもよ。んじゃ」

 お前らみたいなのに構ってるヒマはねえんだよ。

 

 と——。

「ふ、ふざけんなぁ!!」

 甲高い叫びが上がった。投げ飛ばしたガキが立ち上がる。そいつの手元でチャキっと音がして、なにかが小さく光った。

「おい……」

 どうやらナイフらしい。待て待て、向こうならともかく、こっちの世界でそんな簡単に刃物を持ち出していいのか。

「お前、それはまずいんじゃないか? ケーサツとか大丈夫なのかよ」

「黙れ!」

 相手は完全に激昂していて、俺の言うことなんかまるで聞く気なしだ。周囲から悲鳴や制止の声があがる。

「やべえって栄治、ほんとに捕まるって……うわ!」

 エージと呼ばれたそいつは、止めに入った仲間にまで斬りかかった。

「落ち着いてくれよ栄治!」

「うるせえ! タツミてめえ! 俺にそんな、く、口きいていいと……!」

「なんだよこいつは——」

 わざと力の差を見せつけてやったのに、まるで前後がわかっていない。こっちの若者はキレんの早すぎだ。

 ラリホーでも使えれば一発で片がつくんだが、「しかしなにも起こらなかった!」って地文にテロップが流れるだけだろうしな。

 しゃあねえ、殴って気絶させるか。「当てる」となると手加減が難しいんだが——。

 

「三津原やめろ!」

 今度は俺の方が止められた。聞き覚えのある声に振り返ると、戸田和弘が必死の形相で俺の腕を押さえている。

「ダメだろ、手ぇ出したら! 今度こそ取り消されるって言ってたじゃねえか」

「取り消される……? なんだよそりゃ」

「なんとかって奨学金、出なくなるんだろ? 学校これなくなるって」

 は? そんなの知らねーぞ!?

「とにかく逃げるぞ」

 軽くメダパニっている俺は、カズヒロに引っ張られるままその場を離れた。

「待ちやがれ、このクソヤロウ! 死ね!」

 エージ少年は、ザキが発動しそうなくらい憎しみのこもった叫びをあげながら追いかけて来る。もしやタツミの方があのガキになにかしたのか?

 あんなザコ相手に逃げなきゃならんってのもめっちゃストレスだし、ホントどうなってんだよ、ったく——! 

 

   ◇

 

 俺たちはひとまず、どこかの路地裏に入って相手をやりすごした。

 これだけ建物が密集していると追っ手をまくのも容易だ……が、俺はすでにここがどこだかわからなくなっていた。こっちの街って、ホント似たような景色ばかりなのな。

「よりによって一條たちに出くわすとは。ゲーセンに誘ったの、悪かったよ」

「いいけどさ。しかし、アイツらはなんなんだ」

 神妙な顔で謝る友人に、俺はつい、自分が関係者であることを忘れてぼやいた。

「おい三津原、まさか心当たり無いとか言わないだろ? お前って肝心なことはなにも言ってくれねえし……。本当は一條となにかあったんじゃないのか?」

 逆に問われる。そんなの俺が聞きてーよ。

 

 正直、一分一秒でも惜しいところだが、俺は思い切ってカズヒロに聞いてみた。

「あのさカズ、いきなり変なこと、聞くけどさ」

「お、おう。なんだ?」

「俺は……『三津原辰巳』ってヤツは——そんなに特徴的な人間か?」

「そりゃそーじゃねえ? 本読むのメチャクチャ早えーとか、見た物ぜんぶ写真みたいに覚えられるとか。言っちゃ悪いがちょっと普通とは違うと思う」

 やっぱりか!

 ユリコが言ってた「忘れるなんて珍しい」って言葉も、アイツらが天才呼ばわりしてたことも、これで納得がいった。俺とは少し方向性が違うようだが、ヤツも「思い出す」に類する特技を持っているらしい。

「うちみたいな進学校で、満点以外取ったことねえヤツが他にいるかよ」

 しかも遠慮なくフルで能力発揮しまくりかよ。

 となると、さっきの「しょーがくきん」ってやつも、たぶんアレだろ。

「それで国とかそういう上の方から、特別な援助金が出てたりするのか」

「俺はよく知らねえよ。お前んち、一度も学費払ったことないって聞いてるけど」

 マジかーッ。これじゃうちと一緒じゃねえかよ!

 

 嫌なことを思い出す——。

 勇者オルテガの名前のせいで、うちはやたらと国王から厚遇(こうぐう)されていた。親父が死んでからさらに、高額の生活補助金まで支払われるようになった。

 でも魔王討伐に「失敗」した勇者の家だぜ? そんなのやっかまれるに決まってる。

「……この家はどうも、風の突き当たりになっているみたいねぇ」

 直しても直しても割られる窓ガラスを、おふくろは困ったように見つめていた。じじいは出歩かなくなったし、俺の友達は全員「敵」か「他人」でしかなくなった。

 俺が周囲を、実力で黙らせるしかなかったんだ。

 逆に俺が「夢」で知っている「三津原辰巳」は、学業も運動も人並みで、一般的な家の生まれという設定だった。おとなしくて目立たない少年だが、人当たりはいいのでいじめに遭っていることもない。

 特に問題は無いが、強いて言えば父親が単身赴任とかって遠方勤務で留守がちの上、母親が子供に無関心で少し寂しい家庭だ、とかそんな程度。

 ごく平凡なそこらの学生、のはずだった。

 なのに「夢」と「現実」がズレてる。俺がなにか大きな勘違いをしているのか——?

 

「あ、俺バカだ!」

 カズヒロがいきなり叫んだ。内側に向いていた意識が引き戻される。

「完全に振り切ったら、アイツらお前の家の前で待ち伏せするに決まってるよな?」

 うへー? あのキチ○○君、タツミんちも知ってるのか。

 カズヒロは眉根を寄せて考え込むと、すぐに「よし」とうなずいた。

「俺が引きつけとくから、お前先に帰っとけ」

「え、ちょっと——」

「いいか、お前は顔を出すなよ。大事になるから警察とかにも捕まらないように!」

 止める間もなく行ってしまう。追いかけていいのかどうか迷ってるうちに、カズヒロは雑踏の中に紛れてしまい、俺はぽつんと一人、薄暗い路地裏に取り残された。

「おーい……こっからどうやって帰れと」

 拝啓、母上様。

 アルスはただいま、異世界で迷子になりました。

 

   ◇

 

 とにかく帰ろう。住所はわかっているから、誰かに聞くのが早いよな。

 路地から表を観察し、エージ少年らがいないことを確かめてから出ていった。

 最初に近くを通りかかったオッサンを捕まえる。

「あの、すみません」

「ん?」

 頭のてっぺんが横にシマシマになっているオッサンは、あからさまに迷惑そうな顔を向けて来た。

「道に迷ったんですけど、教えてもらえないかと——」

「忙しいんで他の人に聞いてくれる?」

 足を止めることさえなく、スタスタと行ってしまう。

 ずいぶん淡泊な反応だ。そんなに忙しそうに見えなかったが。

 まあ人口の密集度はすさまじい世界だ。すぐに別な人間に声をかける。

 今度はまじめそうな雰囲気の、年配の女性だ。

「すみません、道を——」

 が、その女なんか目も合わせようとしない。いきなり歩調が早くなって逃げるように離れていく。

 なにそれ。俺そんな不審人物? 慣れない反応に戸惑うが、とにかく時間がない。合間に携帯のリダイアルを続けているが一向につながる気配がないし。

「ちょっと! 道をですねっ」

 次にもう少し若い女を捕まえた。今度は俺のウケの良さそうな二十代くらいのお姉さんで、案の定、彼女は変な顔もせず微笑んでくれた。

「どうしたの?」

「はい、あの、道を尋ねたくて」

 住所を告げる。彼女は首をかしげて「ごめん、わからない」と言った。

「交番に聞いた方が早いんじゃないかな。すぐ近くだし、案内するよ」

 コーバンって、ケーサツの詰め所のことだっけ?

「いやあの、ケーサツはまずいっていうか……」

 途端に相手の顔が険しくなる。

「ああ、やっぱり。もしかしてと思ったけど、あんた家出してるのね」

「はぁ?」

「近頃のガキはホントどうしようもないわ。さっさと帰りなさい、かまってられない」

 厳しい口調で言い捨てて、やたらかかとの細い靴をカッカッと鳴らしながら去っていく。

 だから、その家に帰れなくて困ってるんだってば!

「なんだかなー……」

 そりゃ向こうでも、話しかけても冷たい反応を返されることはあった。だがたいがいの街人は、きちんとこちらを向いて丁寧に情報提供してくれたものだ。

 それに比べてこっちの人間は、冷淡すぎやしないか。他人のことなんか、本当にどうでもいいみたいな……。

 ふるっと震えがきた。この時間にもなると一気に冷え込むようで、肩にひっかけていただけの上着の前を合わせる。

 日の暮れた街は、たいまつやランプとはまるで違う白く冴えた光で溢れかえっていて、なにもかもが作り物めいて見えた。

 作り物は、向こうの世界のはずなのに。

「なんでつながんないんだよ、タツミの野郎……」

 

「あはははは!」

 いきなり後ろから笑い声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、一人の細身の少年が立っていた。

 俺と同い年か、少し上くらいだろうか。ダフッとした黄色のシャツを着て、首回りや両腕に幾重にも派手なアクセサリを巻きつけている。

「いや失礼。ここは場所が悪いんですよ。さっきみたいに家出少年か、キャッチだと思われちゃうんですよね。もう一本先の表通りに出れば、また反応も違いますよ」

 少し長めの茶色の髪をかき上げる。チャラチャラした格好だが、エージたちよりはずっとまともそうだ。

「さっきの立ち回りを見て、もしやと思って追いかけてきたんですが……。良ければ僕が家までお送りしますよ?」

「それは助かるが、あんた誰だ」

 タツミの記憶にはないし、相手も知り合いというわけではなさそうだ。

「そうですね、今は詳しいことは秘密にしておきますよ」

 唇に人差し指を立てて、彼は人好きのしそうな笑みを浮かべた。

「あなたも『移行』が完了しないうちは、簡単に素性を明かさない方が賢明でしょう」

 移行……? って、まさか!

「お前も『向こう』の人間なのか!?」

「ええ。僕もまだ1ヶ月くらいですけどね」

 彼の左耳で、小さなピアスがきらりと光った。

「ここではショウと呼ばれてます。どうぞよろしく」

 


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