仮面ライダー獄王(ゴクオー)   作:アカミツ書庫

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 どうも、アーニャです。
 ご無沙汰の方はご無沙汰してます。
 色々ありましたが、今年もよろしくお願いします。


第十六話 情欲の瞳

 薄暗く湿り気を帯びた路地裏。そこには街灯の光も届かず、漆黒の闇が広がっていた。

 その中で(うごめ)く気配が一つ。その何かは、地面に(うずくま)るような体勢で身体を動かしていた。その動きに付随するように、血生臭い匂いも漂っていた。

 その何かの背後から、近付く影もまた一つ。それは白髪を持ち、ゴスロリ衣装の上から白衣を羽織った少女――スノーであった。スノーは鼻につく悪臭も気にすることなく、早足で動く影の元へと歩み寄る。

 

「全く、随分と楽しそうにしていますね、レーナ」

 

 スノーは呆れを込めた声音でそう話しかける。

 その声に気付いて、暗闇の中の何かが振り返る。それは、黒髪のサイドテールを揺らす少女――レーナであった。レーナの口元には、真っ赤な血がたっぷりと付いている。

 自らの口に付いた血を拭いながら、レーナは笑みを浮かべる。

 

「あれぇ、スノーじゃん。何か用?」

「『何か用』じゃありません。私のやるべきことは終わったというのに、貴女がいつまで経っても行動を起こさないから、様子を見に来たんですよ」

「あらら、それはゴメンねぇ? ちょっと準備をするのに手間取っちゃってぇ」

「……そうやって無意味に人間を食い殺すことが、ですか?」

 

 スノーは訝しげな視線を向けて、レーナの足元を見る。

 レーナの足元には、腹部を食い千切られた人間の男性が倒れていた。(おぞ)ましい凄惨な死体と言える状態だが、その顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。

 

「それが妖怪としての特性とはいえ、相変わらず趣味が良いとは言えないものですね」

「そんなこと言わないでよぉ。これが私らしさなんだからさぁ」

 

 スノーの苦言に対して、レーナは笑いながら反論する。とはいえ、本気で嫌がっているという様子ではなく、口先だけのやり取りであることは互いに理解していた。互いに互いのことを深く理解している間柄であると言える。

 そこまで言葉を交わした後、レーナはその場で立ち上がり、服の汚れを払う。

 

「大丈夫、もう準備はできたから。ほら、出ておいで」

 

 レーナが手を叩きながら虚空へと声をかける。

 すると、路地裏に備え付けられた側溝から、青い水のようなものが溢れてくる。青い水は一箇所に集まると、徐々に大きくなっていき、やがて人型へと変わっていく。

 それは頭部が魚を思わせる形であり、胴体は柔らかな曲線を描くも、手足にはヒレと呼べる突起が付いている。水を司る精霊――ウンディーネがその場に現れたのだ。

 

「お呼びですか?」

「うん、貴女を紹介しておこうと思ってね。ほら、スノー。ウンディーネは立派に成長してるよ。貴女が選んだ人間は、ちゃんと素体として相応しかったみたいだね」

「当たり前でしょう。私の能力なのですから。とはいえ、確かに役に立ちそうです。既に十全な力が宿っているのを感じます」

「うんうん、私と一緒にこの辺りの人間を皆殺しにした甲斐があったねぇ」

 

 そう言って笑うレーナ。それに合わせてウンディーネも笑う。そんな二体を見て、スノーは肩をすくめた。

 

「趣味と実益を兼ねる、やはり貴女に相応しい言葉ですね、レーナ」

「そうかなぁ? ちょっと人を食べると興奮しちゃうだけなんだけどなぁ」

「その興奮は性欲に近いものでしょう。多くの妖怪にとっては無縁なものです。食欲と性欲を同時に満たせるなんて、妖怪どころか生物としても奇特なものでしょう」

「フフフ、そうかもねぇ。でも私は楽しいし、人間はどのみち減らせるんだから、なんの問題も無いよねぇ」

「まあ、それはそうですね」

 

 ここに来てようやくスノーも微笑を浮かべる。そして、レーナとウンディーネを再び一瞥すると、

 

「では、今回は貴女達にお任せします。しっかりお願いしますよ」

 

 そう言って歩き去って行った。

 レーナは手を振りながらその背中を見送り、ウンディーネの方へと振り返る。

 

「さあ、私達も行こうか。明日が楽しみだねぇ」

「かしこまりました」

 

 そう言葉を交わすと、二体の妖怪は闇の中へと消えて行った。

 

 ★

 

 翌日。

 雑貨屋『東堂』にて、桜井カズキは品出しの仕事をしていた。

 仮面ライダーとして戦うことも重要なタスクだが、普段の仕事も(おろそ)かにはできない。そう考えて、カズキは仕事に取り組んでいた。今日も店頭に並ぶ商品を入れ替えて、売上を向上させることを目論んでいた。

 そんな彼を後ろから見ている人物が一人。東堂早苗である。

 

「相変わらず真面目に働いてくれるわね。少しは休んだらどうなの?」

 

 呆れ半分、喜び半分な表情でそう言うと、早苗はコーヒーの入ったカップを差し出す。

 それを見て、カズキは手を止めて、カップを受け取った。

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ。ちゃんと休憩は取ってるし、今はお客さんもいないからね。気楽なものさ」

 

 そう笑って、カズキはコーヒーを一口飲む。しっかりとした苦味とほのかなミルクの香りが口内に広がる。

 早苗も自分用に淹れたコーヒーを飲み、カウンターに腰掛けながら口を開く。

 

「そうは言ってもね、アンタはいつも戦いだってしてるんだから。それに時間があればトレーニングもしてるじゃない。疲れが溜まってるんじゃないかって心配になるわよ。アンタ、無理し過ぎるところがあるから」

「そ、そんなことはない、と思うけど……」

 

 図星を突かれたのか、軽く吹き出しながら、カズキは苦笑する。

 早苗は一つため息を吐くと、カズキに向かってズカズカと歩き出す。思わず後ずさり、壁を背に立つカズキ。

 

「そうやって隠そうとするところが良くないのよ。一人で無理をしない、抱え込まない。疲れた時はしっかり休む。全部を完璧にする必要なんて無いんだから。アタシも父さんも、いつだってアンタを支える。分かった?」

 

 身体が触れ合うほどの至近距離で、指を差しながら顔を見上げて、真剣な表情で早苗が言う。

 その様子に押されて、カズキはたじろぎ、視線を泳がせる。やがて、観念したように両手を挙げて、降参の意を示す。

 

「――分かったよ、俺の負けだ。無理はしないし、何かあればすぐに言うよ。約束する」

「分かれば良いのよ。可愛い彼女からのアドバイス、ちゃんと聞いてくれて何よりだわ」

 

 笑顔になって距離を取る早苗、その様子にカズキも笑顔を浮かべる。

 そうしていると、店の外からドタドタという大きな音が聞こえてくる。二人は何事かと思い、入り口の方を見る。

 その音はどんどん近付いており、やがて入り口の扉の前と思しき辺りで止まる。そして扉が勢い良く開かれる。

 扉を開けたのは、茶髪に赤いバンダナを巻いた男、赤獅子ダイヤであった。

 

「早苗ちゃ~ん!」

 

 そう叫びながらダイヤは、早苗に向かって飛びかかる。その顔には満面の笑みを浮かべて。あまりに突然のことに、カズキも反応が遅れてしまう。

 しかし、早苗は慌てることなく、両腕を組みながら右足を上げて前蹴りを放つ。それは飛んでくるダイヤの顔面ど真ん中に命中した。

 

「ブフッ!?」

 

 強い衝撃を受けて、ダイヤは悲鳴をあげる。

 早苗はそこから間髪入れずに、右足を更に上げて、ダイヤの脳天にかかとを落とした。

 

「ヘバァ!?」

 

 勢い良く顔面から床に叩き付けられる。その仕打ちには流石のダイヤも悶絶する。潰れた虫のような体勢で這いつくばり、床とキスをしながらもダイヤは声を絞り出した。

 

「っ~~! な、なるほど……思ってた以上に良い動きだな……!」

「お前は一体何がしたかったんだ?」

 

 足蹴にされながら称賛の言葉を贈るダイヤに、まるでゴミを見るような目でカズキが聞く。

 そんなことをしていると、開きっぱなしの扉から、一人の女性が入ってくる。

 紫色のツインテールを揺らしながら、メガネをかけた女性、レイ・キリエであった。

 

「こんにちは~。すみませんね、ダイヤさんがいつものように迷惑をおかけしまして」

「いえ、レイさんが謝るようなことじゃないですよ。で、結局コイツは何を?」

「それが『不意打ちなら早苗ちゃんに抱きつけるかもしれない』っていきなり走り出したんですよね。まあ、結果はご覧の通りですが」

「なるほど。早苗もよく間に合ったな」

 

 苦笑しながらカズキは早苗を見る。早苗は肩をすくめて、

 

「なんとなく嫌な予感がしたのよね。それに最近はレイから少しだけ体術を習ったりしてるから」

「それにしても良い動きでしたね。飲み込みが早いのはお父さん譲りだったりします?」

「さあ、どうかしら。少なくとも父さんから直接教えてもらったことは無いけど」

「おやっさんも親として色々思うところがあるんだろう。仕方ないさ」

「お前ら、オレの上で雑談するんじゃねえ!!」

 

 床に倒れたままのダイヤが叫ぶ。その言葉通り三人は、頭を踏みつける早苗、背中に乗るレイ、腕を押さえつけるカズキ、という形になって集まっていた。

 

「そもそもがお前の自業自得じゃないか。甘んじて受け入れろ」

「いきなり女に飛びかかってくるとか最低も良いところよ。反省しなさい」

「なんならナイフで背中に色々と書いてあげましょうか?」

「それは最早拷問だよね!? 助けて大人の人ぉ~!!」

 

 ドタバタと騒ぐ四人。ある意味では平和な日常であった。

 そんな時、レイの持つスマホに一件の通知が届く。その内容を確認すると、レイは真剣な表情を浮かべる。

 

「みなさん、どうやら街に妖怪が現れたようです。《教会》の偵察部隊からの連絡です」

「っ! 分かりました、急いで向かいます!」

 

 見せられたスマホに映された内容を確認して、カズキと早苗は一足先に店から飛び出していく。

 二人を見送ると、レイはダイヤの背中から降りて、問いかける。

 

「さて、ダイヤさん。私達も行きますか?」

「へっ、当たり前だな!」

 

 自由になったダイヤはすぐさま起き上がり、店の外へ向かって駆け出す。その背中を追って、レイも店から出ていくのだった。

 

 ★

 

 ビル街・路地裏。

 カズキ達が連絡を受ける少し前に、妖怪はここに現れていた。

 レーナとウンディーネは、人間態の姿でこの場に現れ、目に付いた人間を襲い始めた。例え見た目が同じ人間だとしても、ただの人間では敵うはずもなく、次々と捕食されていった。

 生きている人間が最後の一人になったところで、レーナは朗らかに話し始めた。

 

「ねえねえ、今どんな気持ち? いきなり目の間で人が死んで、何がなんでも死にたくない、って思ってるぅ?」

「は、はい……」

 

 壁を背にして答える男。その場で尻込みし、目前に迫る死の恐怖に顔がひきつり、汗を溢れんばかりに流している。

 その様子を見て、レーナは満足げに頷く。

 

「うんうん、そうだよねぇ。でも――」

 

 言いながら、レーナは男に向かって歩み寄る。距離が縮まると腰の抜けた男に合わせて、四つん這いの体勢で更に近付く。お互いの顔が触れ合いそうな距離まで。

 

「すぐに死にたいと思わせてあげるからねぇ」

 

 そう言うと、レーナの両目が桃色に光る。濃厚な桃色に輝く瞳が、男の瞳と交錯する。

 その瞬間、男の様子が変わる。つい先程まで恐怖に歪んでいた顔が、途端に蕩けたようなものへと変わる。頬には燃えるような赤が差し込み、息も荒く興奮した様子になる。

 その変化を確認したレーナは、満足げにニヤリと笑う。

 

「それじゃ改めて聞こうか。貴方のこと、食べて良〜い?」

「は、はい! どうか私をお召し上がりください!!」

 

 レーナの問いかけに、男は異常に興奮して答える。まるでそうすることが絶対の真理であると言わんばかりの様子で。レーナに食われることが、この上なく幸せなのだと思わせる。

 

「うんうん、良くできました。それじゃ、いただきま〜す」

 

 満面の笑みを浮かべて、レーナは大きく口を開く。そして男の首に噛みついた。そこから歯を突き立て、一息で肉を(えぐ)り取る。

 一口で首の半分を食い千切られた男は、当然死ぬ。だが、その表情は最後まで幸福感に満ちていた。

 そんな死体の有り様など気にすることなく、レーナは次々に捕食していく。数十秒経つ頃には、死体があった痕跡は血溜まりだけとなった。

 

「うん、やっぱり私に魅了された人間の味は美味しいねぇ。興奮してきちゃう」

 

 口元の血を腕で拭いながら、レーナは周囲に目を向ける。

 そこでは連れてきたウンディーネが、人間を水に飲み込んで捕食していた。彼女の手から吹き出す水が、捕食器官の役割を果たしているのだ。

 

「ウンディーネも良い感じに食べてるねぇ。これなら大分パワーアップ出来たんじゃない?」

「ええ、昨日よりも力が増しているのを感じます。良い気分です」

「それなら良かったぁ。――さて、そろそろ次の相手が来そうだよ。準備してねぇ」

「仰せ通りに」

 

 ウンディーネの成長に喜んでいると、耳に不快なエンジン音が聞こえてくる。その正体にいち早く気付いたレーナは、ウンディーネを伴って路地裏から街中へと出ていく。

 そこにはバイクで駆け付けたカズキとダイヤ、二人の仮面ライダーが立っていた。

 

「見つけたぞ、妖怪。これ以上人を食わせることはしない!」

「またハヤトの取り巻きやってる奴か。しかも手下も引き連れてやがる」

 

 各自の変身アイテムを装備しながら構える二人。

 対するレーナは、面倒くさそうな表情を浮かべてため息を吐く。

 

「う〜ん、貴方達は美味しくなさそうだから、あまり相手にしたくないんだけどなぁ。まっ、仕方ないか。ウンディーネ、やっちゃおうか」

「分かりました」

 

 そう言うと、二体は黒いアヤカシバレットを取り出して、起動する。

 

《リリス!》

《ウンディーネ!》

 

 そして、アヤカシバレットを自身の胸に突き刺す。

 レーナは全身が桃色に染まり、瞳が黄色に輝き、腰からは細長い尻尾が伸びた悪魔――リリスへと姿を変える。

 更にウンディーネも妖怪としての姿へ戻り、臨戦体勢を取る。

 

「私達が相手をしてあげる。かかっておいで? 本当に強いのか試してあげる」

「ふざけた奴だ、絶対に許せない」

「全くだ、趣味の悪い女はモテないぞ?」

 

 リリスの挑発を受けながら、カズキ達も銀色のアヤカシバレットを取り出し、起動する。

 

《ラセツ!》

《ウリエル!》

 

「「変身!」」

 

《ゴクオー・ラセツ!》

《クルセイド・ウリエル!》

 

 そしてすぐさまに変身すると、各々の武器を構えて走り出す。

 妖怪二体も走り出し、お互いの攻撃がぶつかり合って、火花を散らすのだった。

 

 ★

 

 カズキが変身する獄王は、リリスと対峙していた。

 

「ハアッ!」

 

 カズキの振るうヘルソード、その剣筋が空を切る。リリスは軽い身のこなしで、いとも簡単に攻撃を避けていく。

 そんな相手にも怯むことなく、カズキは攻撃の手を緩めない。続いて二回、三回と剣を振るって切り裂こうとする。

 

「ウフフ、鬼さんこちら~」

 

 しかし、リリスは一切焦る様子を見せない。巧みな動きで攻撃を避け続ける。更には煽る余裕まで見せる。

 

「クソッ、ちょこまかと!」

「簡単に捕まるなんて思わないでねぇ。私だって西洋妖怪の幹部なんだから」

「なるほど、確かにそれに相応しい身のこなしってわけか。避けてばかりで面倒だがな!」

「さぁて、君に捕まえられるかな?」

 

 苛立つカズキを更に煽るリリス。何度目かの大振りを飛び退く形で避けて、距離を取る。

 このままでは埒が開かないと判断したカズキは、ヘルソードを収めると、ヘルガンを取り出した。

 

「近接攻撃が駄目なら――!」

 

 そう言いながら、ヘルガンのスロットに雪女バレットを装填する。

 

《アヤカシバレット!》

《ユキオンナ・ブリザード!》

 

「遠距離ならどうだ!」

 

 叫びと同時に引き金を引く。銃口からは氷柱型の弾丸が五発飛び出し、リリスへと向かっていく。

 迫る弾丸を目にしても、リリスは余裕を崩さない。

 

「そんなもの、当たるわけがーー!?」

 

 そう言いながら避けようとした時、氷柱の側面から氷が伸びて、弾丸同士が連結される。隙間を埋めるように展開されたそれは、リリスの逃げ場を奪う。

 

「くっ!」

 

 予想外の事象に動揺したことで、避けられないと判断したリリスは、翼を正面に展開して盾代わりにする。

 五つの氷柱が翼に当たると、一瞬で氷が広がり凍結させる。まだ動かすことは出来るが、本来の飛行能力としては使えなくなる。

 それを好機と見たカズキは、再びヘルソードを抜いて、走り出す。

 

《アヤカシバレット!》

《ヌリカべ・グランド!》

 

「喰らえっ!」

「っ!」

 

 塗壁バレットを装填し、岩と砂で作られた大剣へと変わったヘルソードを振り上げ、リリスに向かって叩きつける。

 リリスはギリギリで後ろへ飛び退き、直撃を避ける。だが、それこそがカズキの狙いでもあった。

 地面に叩きつけられた大剣が、その瞬間に弾け飛ぶ。岩が四方八方に飛び散り、当然リリスにも向かって飛んでいく。

 

「ぐうっ……! ああっ!!」

 

 凍った翼を再び盾代わりにしても、無数の石礫(いしつぶて)を防ぐことはできず、全身を撃ち抜かれて大ダメージを受ける。

 思わず片膝を付いたリリスに対して、カズキはヘルソードを振りかぶって切り掛かる。

 

「ハアッ!!」

「ぐうっ!?」

 

 カズキの振り下ろしたヘルソードは、リリスの肩に直撃する。そのまま胴体まで切り裂こうとするが、その前にリリスが刀身を掴んで動きを止める。

 互いの力が拮抗して、硬直状態に陥った。

 

「くっ、手を離せよ。このままぶった斬ってやる」

「ハハッ、結構野蛮なんだねぇ。もっと紳士的かと思ってたよ」

「ふざけるな、お前ら妖怪に丁寧に対応するわけがないだろ」

「手厳しいねぇ。なら――」

 

 言いながら、リリスは更に左腕に力を込めて、刀身を固定する。意味深な行動に、カズキは一瞬そちらに意識を向ける。

 

「こっちも少し荒っぽくやろうかな!」

「なっ――!?」

 

 カズキの視線が逸れた一瞬の隙に、リリスが右腕を伸ばして首に手をかける。そのまま身体を引き寄せて、視線を合わせる。

 

「さあ、私の目を見てね?」

「……っ!?」

 

 リリスの瞳が桃色に輝き、カズキの瞳を貫く。

 その瞬間、カズキの全身に悍ましいほどの寒気が走る。それに続き、言いようのない興奮が生まれ、全身が火照り出す。

 その様子を見て、リリスはほくそ笑み、両腕を離す。

 

「ぐうっ……!? な、何を、した……!」

 

 胸を押さえながら、フラフラと後退り、その場にへたり込むカズキ。スーツの中では顔が火照り、汗が尋常でない勢いで吹き出している。

 リリスはゆったりと余裕を持った動きで、カズキの顔を覗き込む。

 

「アハハ、気持ち良い? 私の目を見ちゃった人間は、私のことが大好きになっちゃうの。私に食べられることだけしか考えられない、哀れで可愛らしい奴隷にね? 魅了の魔眼って言うんだよぉ」

「魅了……だと……。ふざけるな、誰が、お前なんかを……!」

「強がってもダメだよぉ。私の目を見ちゃったらもうおしまい。私のことが嫌でも好きになって、全てを捧げたくなるんだからぁ。ほら、君ももうそうなってるんでしょ? 素直になりなよぉ」

「……っ!!」

 

 歯を食いしばって耐えようとするカズキ。だが、リリスの言う通り、胸の高鳴りは収まらず、耳に入る声すらも愛おしく思えてくる。何より、視線をリリスから離すことができない。このままでは時間の問題であった。

 

「ぐうっ……! くそっ……!!」

「アハハ、さあ、いつまで耐えられるのかなぁ?」

 

 苦しむカズキを嘲笑いながら、リリスは声を弾ませるのだった。

 

 ★

 

 一方その頃、ダイヤはウンディーネと対峙していた。

 

「オラァ!」

「フッ!」

 

 トマホークを振り回して迫るダイヤに、腕から生えたヒレによって対応するウンディーネ。そのヒレは非常に硬質で、一切の傷が入らない。

 

「ヘッ、結構硬いな! 斬り甲斐があるってもんだぜ!」

「この私の身体が、そう簡単に切り裂けると思うな!」

 

 叫びの後に再びぶつかる両者。お互いの技量は互角と言っても良い程に拮抗していた。

 やがて、互いの攻撃が弾かれたタイミングで、ウンディーネが後方に飛び退く。ダイヤはそれを追わずに、トマホークを構えて様子見する。

 

「このままでは埒が明かない。私の能力で終わらせてあげますよ!」

 

 そう言うと、ウンディーネが両手を正面に突き出す。その両手は青く輝くオーラを纏うようになる。

 すると、ウンディーネの周囲から水が集まってくる。それは側溝に流れる水であったり、地面にこぼれた飲み物であったり、建物内に流れる水道の水であったりと様々である。それら全てがウンディーネの元に集まり、凝縮して一つの大きな水球を構築する。

 その光景に、ダイヤも仮面の下で片眉を上げる。

 

「へえ、周囲の水を吸収して自分の力にできる、ってことか?」

「その通りですよ。そしてこれら全てを、貴方を殺すために注ぎ込む!」

 

 ウンディーネが叫ぶと、水球から小さな水球が弾丸のように放たれ、ダイヤに向かって飛んでいく。

 ダイヤはすぐさまその場から走りだし、攻撃を避ける。水の弾丸が着弾した箇所は、あっさりと抉り取られる。その威力にダイヤも舌を巻く。

 

「高圧水流みたいだな、当たったら痛そうだ!」

「痛いで済むとお思いですか!」

 

 全速力で走るダイヤを追いかけるように、ウンディーネが水の弾丸を撃ち続ける。弾丸が着弾する度に、地面や壁などがいとも簡単に削られていく。

 更に、着弾した水はすぐさまウンディーネの元に吸収され、水球の中に戻っていく。

 

「実質弾数が無限ってわけか。弾切れは狙えそうにないな」

 

 あわよくば弾切れしたところを狙うつもりだったが、それが不可能だとダイヤは判断する。急ブレーキをかけてその場に止まり、ガブリエルバレットを取り出す。

 

「待っててもしょうがないなら、ゴリ押しでぶっ潰すか!」

 

《ガブリエル!》

 

 ダイヤはガブリエルバレットをSMGのスロットに装填、スロットを押し戻してから引き金を引く。

 

《バース・ブレス・ノティス!》

《クルセイド・ガブリエル!》

 

 青い外套を纏った姿、ガブリエルバレットに変身したダイヤは、自らの手のひらに水を作り出す。

 そしてそのまま、水鉄砲のようにウンディーネに向かって水を発射する。

 ウンディーネは嘲笑する。

 

「正気ですか? 私に向かって水で攻撃などと……!?」

 

 迫る鉄砲水を操ろうと手をかざしても、何故か操ることが出来ない。困惑している内に、水が胴体に命中し、大きく吹き飛ばされてしまう。

 

「ガハッ……!? な、何故水が操れない!?」

「他の奴はどうだか知らないがね、この水はオレの能力で生み出したものだ。当然、支配権もオレにある。テメェなんかが操れるわけねえだろ」

「……なるほど、その水を操るには、まず貴方から支配権を奪う必要があると。それには嫌でも時間をかけなければならない。戦闘中にそんな暇はありませんね、これは迂闊でした」

「まあそんなところだ。妖怪がオレの力を奪おうなんて、一千年早えよ」

 

 ヒラヒラと手を振って煽るダイヤ。それを見て、ウンディーネは集めていた水を細分化し、大量の小さな水球へと変える。

 

「ならば、私が操れるだけの水で、貴方を押し流せば良いだけのこと!」

「ヘッ、面白え。やれるもんならやってみろ!」

 

 ダイヤもSMGを正面に構えて、引き金を引いて弾丸をばら撒く。

 互いの攻撃がぶつかり合い、撃ち落とされていく。弾丸と水が地面に落ちる音が、無数に響く。

 ならばとウンディーネは水を再び凝縮させ、巨大な水球を作り出す。

 

「喰らいなさいッ!」

 

 ウンディーネが手を振りかざすと、巨大な水球がダイヤに向かって放たれる。それは触れるものを容易くえぐり取る激流を伴っていた。

 ダイヤは何発か弾丸を撃ってみるが、破壊するどころか勢いを削ぐことすらできなかった。

 だが、ダイヤは焦ることなく、ニヤリと笑う。

 

「なるほどな、挑み甲斐のある相手だぜ!」

 

 そう言いながら、ダイヤはゴーレムバレットを取り出し、SMGの銃床を引っ張って出したスロットに、バレットを装填する。

 

《モンスバレット!》

《ゴーレム・ロック!》

 

 その電子音声と同時に、ダイヤの両腕が岩に包まれ、巨大な腕へと変わる。

 岩で出来た両腕を大きく後ろに引くと、ダイヤは水球に向かって飛び上がる。

 

「ウオラァァァァ!!」

 

 叫びながら両腕を正面に振り抜いて、水球を挟み込む。巨大な岩の手のひらが水球を包むと、そのまま握り潰さんと力を込める。

 

「正気ですか!? 真正面から握り潰そうなどと!」

「正気か、生憎そんなもんは、生まれた時から持ち合わせちゃいねえ!!」

 

 驚愕するウンディーネを他所に、ダイヤは更に腕に力を込める。

 水球は徐々に圧縮されていき、小さくなっていく。その度に岩にもヒビが入っていくが、構わずに力を込め続ける。

 

「ウオオオオッ!!」

 

 気合いの入った叫び。それと同時に水球は握り潰されて爆散した。そして両腕に纏った岩も砕け散る。

 水しぶきと岩の破片が舞う中で、ダイヤはウンディーネを睨みつける。その視線に、ウンディーネも思わず恐怖する。

 

「さあ、懺悔の用意は出来てるか?」

 

 ダイヤはそう言うと、SMGの銃床を二回引っ張り、引き金を引いて必殺技を発動させる。

 

《ファイナルバレット!》

《クルセイド・ガブリエル・フィニッシュ!》

 

 青いオーラを全身に纏い、走り出すダイヤ。向かう先は当然ウンディーネである。

 ウンディーネは無数の水弾を発射して牽制するが、その全てを避けながらダイヤは迫る。

 やがてウンディーネの懐まで入り込むと、水を纏った掌底をその顎に叩き込む。避ける間もなく殴られたウンディーネは、そのまま無防備に空中へと浮き上がる。

 それを追いかけるように、背中から青い翼を生やし、ダイヤは空中へと飛び上がる。そこから右足にエネルギーを溜めて、飛び蹴りをウンディーネへと撃ち込んだ。

 

「ハアアアアッ!!」

「ぐ、ぐわぁぁぁぁ!?」

 

 抵抗することもできず、ウンディーネは蹴りを喰らって爆散する。

 地面に降り立ったダイヤは、その残骸に一瞬目を向ける。やがて、完全に倒せたことを確認すると、視線を外す。

 

「さて、あとは取り巻きの方だな」

 

 そう呟くと、カズキとリリスが戦っている場所へと走り出すのだった。

 

 ★

 

「ぐうっ……!!」

「まだ耐えるの? いい加減にしてほしいんだけどなぁ」

 

 一方その頃、カズキは未だに魅了の力に苦しめられていた。

 身体が勝手に従いそうになるのを、強い自意識でなんとか食い止めている。だが、それでも長くは保たないだろうことは、嫌でも分かっていた。

 

「もういいや、そろそろ飽きてきたし、トドメ刺しておこうかなぁ」

 

 リリスはそう言うと、尻尾を一度しならせてから、真っ直ぐに伸ばす。それはまるで一本の槍のように鋭く、硬質化していた。

 

「心臓を突き刺してあげようか。それとも頭? 首を突くっていうのもありかもねぇ」

「ふざけるな……!」

 

 カズキはなんとか声を絞り出すが、依然として状況を打開できる方法は見つかっていない。万事休すかと思えたその時。

 

「カズキ!」

 

 トマホークを振り回しながら、ダイヤが二人の間に割って入る。銀色の刃を避ける形で、リリスは後ろへ飛び退く。

 ダイヤはカズキを庇うように立ち、軽く振り向きながら声をかける。

 

「よう、随分キツそうだな。大丈夫か?」

「ああ……あいつの目は魅了の魔眼らしい……気を付けろ……!」

魅了(チャーム)か、確かに厄介そうだ、な!」

 

 ダイヤがトマホークを振り抜くと、こちらに迫っていたリリスの尻尾が弾かれる。

 リリスは尻尾を戻しながら、軽い口調で話しかける。

 

「もう~、邪魔しないで欲しいよねぇ。せっかく良いところだったのにぃ」

「ハッ、そりゃ悪かったな。詫び代わりにトマホーク(コイツ)を喰らわせてやろうか?」

「それは遠慮しておこうか、なぁ!」

 

 話しながら心臓を貫こうとしてくる尻尾が、トマホークによって防がれる。

 それを皮切りに、二人の戦いが始まる。互いに攻撃を防ぎながら、懐に飛び込まれないように中距離を意識して立ち回る。

 その攻防を見ながら、カズキはなんとかして身体を動かそうともがく。リリスから離れたことで、魅了の影響が多少薄れたのか、少しだけなら動かせるようになっていた。

 

「ハア……ハア……くそっ……!」

 

 自らの頭を叩き、なんとか魅了を振り払おうとする。それでもそう簡単には影響は消えず、カズキの精神を蝕んでいく。

 何か方法は無いか、と考えていると、誰かに名前を呼ばれる。

 

「カズキ!」

 

 声のする方へゆっくりと視線を向けると、そこには早苗が立っていた。その隣にはレイがいる。カズキ達が戦っている間、一般人を逃していたのだ。今はそれが終わり、戦いの様子を伺いに来ていた。

 カズキを見る早苗の表情は、心配と不安が入り混じったものになっていた。目の間で苦しむ姿を見たことが、大きく心が揺さぶられていた。

 その姿を見た瞬間、カズキはヘルソードを抜いていた。

 自分が不甲斐ないせいで、大切な人を傷付けている。その事実が許せなかった。このまま無様に這いつくばるわけにはいかない。

 

「フッ! ぐうっ……!!」

 

 カズキはヘルソードで、自身の左太ももを突き刺した。激痛が走り、意識がハッキリとしてくる。剣を引き抜くと、多量の血が流れ出すが、それに構わずに立ち上がる。

 その光景を見た早苗は思わず息を飲む。隣に立つレイが、それを慰めるように支える。

 

「ごめん、早苗。後で謝るから……!」

 

 カズキはそう呟くと、温羅バレットを取り出し、ドライバーに装填する。

 

《キジン・センジン・カイジン!》

《ゴクオー・ウラ!》

 

 そのままウラバレットへ変身すると、激しい戦いを繰り広げる二人の元へと割って入る。

 ダイヤは駆け付けたカズキを見ると、その左足の傷に気が付き、眉をひそめる。

 

「なんだお前、自分で自分を刺したのか? 覚悟決まりすぎだろ。少し引くわ」

「うるさいな、これしか思い付かなかったんだよ。あと、お前にだけは言われたくない」

「酷いねぇ、まあお前のためにもさっさと片付けるとしますかね!」

 

 そんな軽口を叩きながら、二人は己の得物を構える。

 対するリリスは尻尾を硬質化させたまま、二人を睨みつける。

 

「もう、せっかく魅了してあげたのに自力で解いちゃうなんて。面白くないよ!」

 

 リリスは翼を使って飛行しながら、二人に向かっていく。十分な距離まで近付いたところで、尻尾を正面に突き出して貫こうとする。

 

「お前に面白く思われる必要は無い!」

「悪趣味な女には興味が無いんでね!」

 

 カズキはヘルズロッドを、ダイヤはトマホークを重ね合わせて、迫ってくる尻尾を防ぐ。更に力を合わせて、大きく弾き飛ばす。空中で姿勢を崩されたリリスは、そのまま無防備な状態となる。

 

《ファイナルバレット!》

《獄王温羅爆砕斬!》

《ファイナル・ジャッジメント!》

《クルセイド・トマホーク・ブレイク!》

 

 その隙を見逃さずに、二人は必殺技を発動する。真紅と紺青のエネルギーがそれぞれの武器に纏わると、同時に振り抜いた。

 

「「ハアアアアッ!!」」

 

 放たれた斬撃は、空中で身動きが取れないリリスへ向かって飛んでいき、炸裂する。

 大きな爆発と煙が巻き起こり、その姿が見えなくなる。

 

「――やったか?」

 

 間違いなく命中したはずだが、確証は持てなかったので思わずカズキは呟く。

 すると、大きな翼が煙の中で羽ばたき、煙を吹き飛ばした。そこにはリリス――だけでなく、灰色の悪魔、パイモンが立っていた。思わぬ展開にカズキ達は再び身構える。

 

「――全く、少し遊び過ぎですよ、リリス。本気も出さずにいつまでも戦える相手ではないでしょう」

「アハハ、ごめんごめん。ちょっと油断しちゃったよぉ」

 

 呆れた声音で話すパイモンに、バツが悪そうにしながらリリスは答える。その左腕からは血が垂れ流さており、ダメージは与えていることが分かる。

 カズキ達は臨戦態勢を崩さないが、パイモンは特に何をするでもなく、冷静に話を続ける。

 

「まあ良いでしょう。ウンディーネの魂は回収できました。もうここに用はありません。撤退しますよ、リリス」

「はぁ~い、仕方ないね」

 

 そう言うと、二体の妖怪は闇に包まれて姿を消した。

 気配も完全に消えたことで、本当に撤退したことを理解したことで、カズキとダイヤも変身を解除した。

 

「カズキィ!」

「うおっ!?」

 

 その直後、走り寄ってきた早苗が、カズキに思い切り抱きついてきた。不意を打たれたことで、カズキも受け身を取れず、尻もちをつく。

 

「もう! 無理をしないって言ったばかりなのに、自分で自分を刺すとか馬鹿なの!?」

「い、いや、あの時はああするしか方法が無かったから……」

「だからってもうちょっと躊躇いなさいよ! 迷いなく刺すからこっちの心臓が止まるかと思ったわ!」

「わ、分かった、分かったよ! ごめんって!」

 

 馬乗りになりながらまくしたてる早苗に、完全にマウントを取られてタジタジになるカズキ。

 そんな二人を微笑ましく見ながら、レイとダイヤも合流する。

 

「本当に早苗さんはカズキさんを大切に思っていますね」

「だな。おいカズキ、その傷治してやろうか?」

「あ、ああ、頼む。このままじゃ早苗の怒りが収まらない」

「怒るに決まってるでしょ!!」

「わーっ! 本当にごめんってぇ!」

 

 戦いが終わった直後と思えない程に騒がしくなる。

 そんな一幕に安心感を覚えながら、カズキ達は騒ぎ続けるのだった。

 

 

 

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