仮面ライダー獄王(ゴクオー)   作:アーニャMK9

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 お久しぶりです、アーニャです。
 本日5月26日は、私の活動8周年の日。
 そんな日に合わせて、最新話を更新致しました。どうぞ、御覧ください。


第二話 天空の烏

 草木も眠る丑三つ時。

 街に残る光もわずかになるような時間、暗闇に包まれたビルの屋上。そこに立つ男が一人いた。

 和服に身を包んだ白髪の青年――酒呑童子である。酒呑童子は眼下に広がる世界を無表情に見つめていた。

 

「ハハハ、相変わらずの仏頂面だな。そんな風に見て、何が面白いんだ?」

 

 背後から響いた声に、酒呑童子は振り返る。そこにはノースリーブの緑色のシャツを着た金髪の男が立っていた。男は服に付いている鎖をジャラジャラと鳴らしながら、ニヤリと意地の悪さを感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「何の用だ、九千坊(くせんぼう)

「何の用とはつれねえな。お仲間の様子を見に来てやっただけじゃねえか」

 

 変わらず無表情で問う酒呑童子に、男――九千坊は肩をすくめて答える。

 

「なんでも、せっかく作った同胞が呆気なくやられちまったらしいじゃねえか。へこんでねえかと思ってよぉ?」

「――何も問題はない。生まれ変わりが一匹、成りそこなったところで我らの繁栄には然したる影響は無い」

「なんだよ、冷たいねぇ。お仲間が増えるかもしれなかったのによぉ」

 

 そう言って、九千坊は目を覆って泣き真似をする。だがその表情は笑みを浮かべており、本気で悲しむ気持ちなど微塵も無いことが分かる。その様子に酒呑童子はなおも表情を崩さぬまま。

 

「くだらぬ真似をするな。有りもしない感情を演じることに何の意味がある。用が無いならとっとと失せろ」

「なんだい、本当につれない野郎だね。少しは余裕を持てよ」

「無駄なことをすることに、理解が及ばぬだけだ。貴様のやることは特にな」

 

 辛抱ならんという風に、酒呑童子はその場を離れようとする。すると、今度は頭上から声が響く。

 

「こらこら、酒呑は真面目なんだから、からかったってしょうがないでしょ?」

 

 酒呑童子が見上げた先、ビル用の避雷針の上に立っていたのは、紅白色の山伏の衣装を身に纏い、背中から漆黒の羽根を生やした女性だった。闇の中でも琥珀色の瞳が強く輝き、獲物を狙う猛禽類を思わせる。

 

「貴様も来ていたのか、女天狗(にょてんぐ)

「まあね。中々面白そうなことが起こってるって聞いたから」

 

 女――女天狗は、片足でバランスを取りながら答える。文字通りの針の上で、下駄を履いた状態で軽々と行う姿は、まさしく人間離れしていた。

 その姿に、酒呑童子はようやくため息を吐いた。

 

「どいつもこいつも、暇を持て余しているようだな」

「アハハ、そりゃ私も、九千坊も不真面目だからねぇ。それでも上手いこと同胞は増やしてるんだから、問題は無いでしょ?」

「そういうこったな。俺達、ちょうど暇を持て余してたんだよ。面白そうなことがあるなら、一枚嚙ませろよ?」

「……我らの目的を忘れた訳ではあるまいな?」

 

 軽い調子で語る二人に対し、酒呑童子は静かに言う。その瞳にはここで初めて苛立ちの感情が現れた。

 その反応に、二人はさらに楽しそうな笑みを浮かべた。酒呑童子の本気の反応を引き出せたことを愉快に思っているのだ。

 

「そう怒るなよぉ。もちろん忘れてなんかいねえよ」

「我らが主のために、同胞を増やし、人間を殺していく。片時だって忘れることは無いよ」

 

 口調は軽いが、はっきりと答える二人。その様子を見て、酒呑童子はひとまず矛を収めることに決めた。

 

「ならば良い。我らが主のため、饗宴(きょうえん)の時まで決して手を休めるな」

 

 そう言い残し、酒呑童子は床を蹴り宙へと舞った。そのまま闇に紛れると一瞬で姿が見えなくなった。

 その様を見届けると、九千坊と女天狗もまた、闇に紛れて姿を消す。

 後には誰かがいた痕跡も残らず、ただ暗闇があり続けるのだった。

 

 ★

 

 あくる日、雑貨屋東堂にて。

 桜井カズキは普段通りに店で働いていた。雑貨屋東堂で売られているのは、主にアクセサリーや文房具、キッチン用品などである。学生や主婦をターゲットにした商売を行っている。

 そういう店だと、客層も自然と女性が多くなる。男性の客もいるが、常連になるのは女性が多い傾向があった。そしてそういう客の目的は、カズキの姿を見ることも含まれていた。

 

「ありがとうございました、またお越しください」

 

 客に商品を渡し、笑顔でそう言うカズキ。整った顔立ちでそれをやるのは、多くの女性客にとっては目の保養だった。今、会計を済ませた女子高生も、頬を赤らめて店を出ていった。

 

「相変わらずの人気っぷりね」

 

 そう言うのは、店の奥から出てきた東堂早苗だった。その手には商品が入った箱が抱えられていた。

 

「そうか? そんな大したことじゃないと思うけどな」

「アンタがここに来てからの一年、アンタ目当ての客で倍くらい売上が伸びてるのよ。大したことだらけよ」

 

 キョトンとするカズキに対して、早苗は呆れた顔になる。

 手にしていた箱をテーブルに置くと、その中から商品を取り出して棚に並べていく。今の雑貨屋東堂では、接客をカズキが、商品の管理を早苗が行うのが当たり前になっていた。

 

「別に俺がいるってだけで売れてる訳じゃないだろ。商品が良いからみんな買ってくれるんだろ?」

「こんなの、どこにでも置いてるようなもんだけどね。それを売る力が、アンタにはあるんでしょ」

 

 どこかつまらなそうに言う早苗。そんな彼女の態度に、カズキはあることに思い至った。

 

「やっぱりお前は、ライダーとしてのことに集中して欲しいと思ってるのか?」

「――そうよ、こんなところで働くよりも、アンタにはライダーとして、妖怪との戦いに専念して欲しい。そう思ってるわよ」

 

 手を止めて、正面に向き直ってから早苗は言う。その瞳には強い意志と、かすかな迷い、後悔が混ざっていた。カズキはその視線を受け止め、ゆっくり口を開く。

 

「確かにお前の言う通り、ライダーとしての活動にだけ集中してる方が効率は良いかもな。より多くの妖怪を倒せるだろう」

「だったら――」

「でも、俺が守りたいのはこういうありふれた日常でもあるんだ。人の命と同じくらい、当たり前の今日や明日は大事だから。それを忘れないためにも、こうして働くことは必要だと思ってる。自分が守りたいものを、直に感じることが出来るから。――おかしいかな?」

 

 ゆっくりと柔らかな口調でカズキは語る。その言葉には強固な決意が込められていた。

 それを聞いた早苗は、再度口を開こうとするも、躊躇いが勝ったのか口を閉じる。拳を握り、行き場の無い思いをどうにか抑え込もうとする。

 

「まあ、お前のことだ。口ではそう言いながら、本当は俺を巻き込んだことを後悔してるとか、そんなことを考えてたんだろ? それくらいは俺にも分かるぜ。何も気にすることは無いよ」

「…………」

「最初に言っただろ。きっかけはなんであれ、決めたのは俺だ。俺がライダーになると決めたんだ。お前が気に病むことじゃない。こういう形で働き続けるのも、な」

「……相変わらずのお人好しバカね」

 

 カズキの言葉に、早苗も薄く笑う。目の前のお人好しを見ていると、自分が悩んでいることも馬鹿らしくなってきていた。

 

「なら、これからも散々こき使ってあげるから、覚悟しなさい? ウチの稼ぎ頭として、休む暇なんて無いと思いなさい」

「ハハ、そりゃ恐ろしいな。でも、それくらい太々しい態度の方が、早苗らしいよ」

「あら、失礼ね。これでも優しいお嬢さんとして、ご近所じゃ有名なんだけど?」

 

 二人で軽口を叩きながら笑い合う。そんなことをしていると、新たに店に入ってくる客がやってきた。常連の女子高生であった。

 

「こんにちは~。あれ、二人ともまたイチャついてるの?」

「こんにちは。またって何だ、イチャついてるつもりは全く無いけど?」

「そうそう、コイツとイチャつくとか絶対無いわね」

「めちゃくちゃ息ピッタリじゃん……まあいいや、なんか新しいもの無い?」

「その辺りの棚の物は、新作のはずだぞ」

 

 カズキが入り口近くの棚を指し示すと、女子高生は興味深そうにそこを眺めだす。しばらく見た後、気に入ったいくつかの雑貨を手に取り、レジまで持ってきた。

 

「はい、これお願いしま~す。そういや聞いた? 最近流行ってる噂」

「噂?」

 

 女子高生の言葉にカズキは首を傾げる。その間にも手は澱みなく動き、会計を済ませていく。

 

「うん、なんか夜中に歩いてると、ひったくりに遭うんだって。しかもただのひったくりじゃないの、デカい化け物に襲われるって」

「化け物……」

 

 その言葉に、カズキは早苗と顔を見合わせる。早苗も真剣な表情となり、頷きを返した。カズキは女子高生に質問をする。

 

「それって、どんな化け物かって話は出てるか?」

「えっ? あ~話に聞く感じだと、なんかデカい黒っぽい奴――蝙蝠に似てるって話らしいよ」

「蝙蝠……なるほど」

 

 カズキと早苗の頭に、一つの可能性が浮かぶ。もしこれが本当であれば、放っておくことはできない事態である。

 カズキは袋に包んだ商品を渡しながら、女子高生に警告する。

 

「そんな噂があるなら、早く家に帰って出歩かないようにしないとな。お前も早く帰れよ」

「まあね、噂よりも学校の先生達が見回りとか強めちゃって、あんまり遊べないんだよね〜。収まるまでは早く帰らないとダメそう」

 

 女子高生は肩をすくめて語り、商品を受け取って店から出ていった。

 その背中を見送ると、カズキは営業スマイルを消して、真剣な表情になる。

 

「妖怪の仕業か?」

「可能性はあるわね、目撃証言も出てるみたいだし」

「なら、早く調べた方が良いな。女子高生に噂になってるなら、ネットにいくらでも情報がありそうだ」

 

 そう言って、カズキはカウンターから出て、入り口に向かう。そのまま扉を開けて、外に出る。

 扉にかけてある看板を「CLOSE」へと変えて、店の奥まで戻っていく。もう一つの仕事の準備を始めるために。

 

 ★

 

 慌ただしく走り回る人々。机の上に山積みされた資料。鳴り響く電話。

 とあるビルの中、新聞記者達が務めるオフィスにて、一人の女性が頭を抱えていた。

 女性の名は、南文香(みなみあやか)。新聞記者として働いている。だが今の彼女は、記事にできるネタを持たず、困っていた。

 

「ああ~……マジでネタが無い……締切もうすぐなのに……」

 

 机の上に突っ伏して、力無く呟く。決して手を抜いて仕事をしていた訳ではない。ただ本当に記事にできるようなネタが掴めず、困っているのだ。

 うんうん唸る文香の元に、一人の女性が近付いてきた。

 

「お疲れ様、南さん。随分困ってますね?」

 

 女性は、文香の同僚であり、長年一緒に仕事をしてきた仲であった。

 

「そうなんですよ、これといったネタが全く掴めなくて。久々のスランプですよ……」

「それは大変ですね。なら、ちょっとネタに出来そうな話があるんですけど、提供しましょうか?」

「えっ、本当ですか!?」

 

 女性の言葉に、文香は色めきたって立ち上がる。女性は落ち着いた口調で答える。

 

「あくまでもネタに出来るかも、ですけどね。最近流れてる噂なんですけど、夜に一人で歩いてると、ひったくりに遭うらしいんです。どうやらその犯人が、人間じゃない、みたいな話なんです」

「は、はあ……?」

 

 予想外の内容に文香は首を傾げる。普通のひったくりならともかく、その犯人が人間ではないという話は、どちらかというと都市伝説やオカルトなど、そういった類にあたるはずだ。それが一般的な新聞のネタになるとは思えなかった。

 そんな文香の思考を察してか、女性は付け加えて言う。

 

「まあ、そんなオカルト染みた話は置いといて、夜間に多発するひったくり、しかも犯人がまだ捕まってないってやつなら、なんとか記事に出来そうじゃないですか? 少し調べてみるのも悪くないと思いますよ」

「なるほど……確かにそうですね」

 

 文香は腕を組み考える。正直な話、ひったくりなどあまり目立つ記事には出来ない。だが今はどんなに小さくてもネタが欲しい。それに犯人がまだ捕まっていないのなら、そこから話を広げられるかもしれない。

 しばらく考えると、意を決したように文香は顔を上げる。

 

「分かりました、そのネタについて少し調べてみます。場所はどの辺りですか?」

「それなら地図で教えますね」

 

 女性はスマホの地図アプリを起動し、周辺の地図を表示する。示された場所は、オフィスから数km離れた場所だった。

 

「この辺りで起こっているらしいです。夜にしか起こらないらしいので、十分気を付けて行ってくださいね」

「分かりました、ありがとうございます!」

 

 礼を言いながら、文香は飛び出して行った。周りの記者達も何事かと思いながらそれを見送った。

 そんな中で、文香を送り出した女性だけが、意味深な笑みを浮かべていた。

 

 ★

 

 その日の深夜、文香は教えられた場所で待機していた。噂のひったくり犯が現れることを待っていたが、すでに数時間経っても中々現れなかった。長時間物陰に隠れていると、自分が何か悪いことをするつもりのように見えてくる。そんな状況に、文香は少し辟易としていた。

 

「そんな簡単に行かないとは思っていたけど、今だけはさっさと現れてほしいと思っちゃうなぁ……」

 

 眠気を堪え、周囲の様子を伺いながら、そう一人ごちる。締切に間に合うようにするには、何としても今日中にネタが欲しい。だがこういう時に限って、望むものは現れてくれないらしい。

 もう諦めるべきか、そう考えていると道の奥から何かがやってくる気配を感じる。物陰に隠れたまま様子を伺うと、徐々に何かが近付いてくる。

 その姿は、一応は人型であった。しかしその姿は人ではなく獣に近いものであった。頭部はイタチとも蝙蝠とも思える形をしており、腕にはムササビのような翼に近い膜が垂れ下がっている。そんな異形が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。その様に、文香は強い恐怖を覚え、身体が震えだす。

 

「な、なんなのあれ……!?」

 

 思わず震え声で呟く。隠れている場所から一歩も動けず、ただ異形が近付いてくるのを見ていることしかできない。

 やがて、異形が電柱の元で立ち止まる。明かりに照らされ、その姿がよりはっきりと見えるようになる。異形も文香に気付き、視線を向けると口を大きく開き笑みを浮かべた。

 

「ああ、南さん。そんなところにいたんですね」

「え……?」

 

 文香は息を呑んだ。何故目の前の異形は自分の名前を知っているのか。

 そう思っていると、異形は自らの胸に手を当てる。すると胸から黒い弾丸のようなものが取り出され、姿が変わる。異形の中から現れたのは、文香の同僚、この場所を教えてくれた女性だった。

 

「な、なんで……」

「まあ、色々とね。私の趣味的な話なんですよ」

「趣味……?」

 

 笑いながら言う女性に、文香は言い知れない恐怖を覚えた。気付かれないように少しずつ後ろに下がり始める。そんなことを知ってか知らずか、女性は言葉を続ける。

 

「私、昔から人を驚かすのが好きでしてね。隠れて驚かせたり、罠を仕掛けたり、いろんな方法で人を驚かせて、その顔を見るのが好きだったんです」

 

 まるで子供のような無邪気な表情を浮かべ、女性は語り続ける。文香の恐怖はどんどん増していった。

 

「大人になってからも、その癖が抜けなくて、その上ただの悪戯だけじゃ満足できなくなってきたんですよ。もっとスリルのある、危ないことをしたくなってきたんです」

「まさか……!」

「察しが良いですね。そう、それでひったくりを始めたんですよ。この辺りで噂になってたひったくり、犯人は私なんです」

 

 自分の胸に手を当て、堂々と女性は言う。まるで人に誇れることをやったという風に語るその姿に、文香は思わず2、3歩下がる。

 

「暗闇の中から鞄や荷物を奪い取られた人の驚いた顔、最高でしたね。そうやって遊んでたある日、白髪のイケメンさんが現れたんです。そしてこの弾丸をくれたんですよ」

「弾丸……?」

 

 女性は先程身体から取り出した黒い弾丸を見せ付ける。そこには蝙蝠もしくはムササビのような獣が描かれていた。

 

「その人が言うには『この力を使えば、もっと多くの人間を驚かせることができる。お前の趣味をもっと楽しめる』って。だからこの力で妖怪になったんです。そしたら本当にたくさんの人が驚いてくれて、楽しませてもらいました」

「妖怪……そんなものが……」

 

 信じられないと文香は思った。だが、目の前で見せられたものは、全て疑いの余地が無い事実であると、否が応でも突き付けられる。

 

「で、そのうちなんだか物足りなくなってきて、なんでだろうと考えたんですよ。それが今日分かりました。――私、人間を食べたくなっちゃったんですよ」

 

 そう言うと、女性は目が黒く輝き、頬が裂けるほどに大きく口を開いて笑う。これは自分の知る人間ではなく、とっくの昔に中身が変わってしまったのだと、文香は理解した。

 

「それで初めての食事に誰を食べようかと考えて、この人間の記憶に強く残る人間を食おうと考えました。それがあなたですよ、南さん」

「そんな……!」

 

 絶望的な宣言に、いよいよ文香の顔から血の気が引く。その表情を見て、女性はまた愉快そうに笑う。

 

「アハハ、良いですね、その表情。凄く食欲をそそりますよ!」

 

《ノブスマ!》

 

 女性は弾丸を鳴らし、胸に突き刺す。赤黒いエネルギーが溢れ、その身を包み込む。やがて、光が収まるとその姿は最初に見せた異形――妖怪・野衾(のぶすま)へと変わっていた。

 その瞬間、文香は振り向いて走り出した。今更遅いと感じてはいた。だが、死を恐れる本能が無理矢理身体を動かしていた。

 その背中を見つめていた野衾、やがて両手を大きく広げると、地面を蹴り飛び上がった。腕から生えた膜は風を受けて硬質化、翼のようにはためかせ、空を飛べるようになる。翼を動かし空を飛ぶ速度は、文香の全速力を容易く上回るものだった。一息で追い付くと、文香の背中を蹴り地面に転がした。

 

「うあっ!」

「フフ、じっくり追いかけてあげても良いんですけど、そろそろ空腹が限界なんで、早めに捕まえちゃいました」

「ああっ……」

 

 背中に足を乗せられ、地面に押さえつけられる。その力はまるで何十キロもある重りを乗せられているようで、全く動くことができなかった。

 唯一動かせる首で後ろを見ると、野衾は口を大きく開けて近付いていた。

 

「それじゃ、いただきま――」

 

 野衾が首に嚙みつこうとしたその時、何かの駆動音が聞こえてきた。その音はどんどんこちらに近付いてくる。思わず野衾は顔を上げて正面を向く。

 その瞬間、大きな二輪の乗り物――バイクが目の前に現れ、それを認識した時にはバイクに轢かれて引きずられていた。

 

「ぐべらぁ!?」

 

 情けない声をあげ、野衾はそのままバイクに引きずられ、遠くへと運ばれていった。

 

「な、何が……?」

「大丈夫?」

 

 自由になり、起き上がった文香。その傍らに一人の女性が近付いてきた。

 

「どうやら大きなケガは無いみたいね。良かった」

「あなたは……?」

「アタシは早苗、貴方を助けに来たわ」

 

 街灯の光を受けて輝く緑色の髪を持った女性――早苗は文香に手を貸し助け起こす。

 

「もう大丈夫よ、あの妖怪はアタシのツレが倒すから」

「ツレ……? いや、あんな化け物を倒すなんて……警察に言った方が……」

「本当に大丈夫。心配しないで、安心して待ってれば良いのよ」

 

 笑顔でバイクが駆け抜けた方を見る早苗に、文香は首を傾げるしかなかった。

 

 ★

 

 カズキはバイクに乗り、野衾を引きずっていた。一般人を襲っていたので急いで突撃したのだが、どうやら上手くいっているようだ。野衾はバイクの先頭部分に固定されるような形で引きずられていた。

 やがて、進行方向に広い場所が見えてくる。工事現場だ。戦いを行うために周囲に人気の無いここを選んで走行していた。

 

「この……調子に、乗るな……!」

 

 すると、野衾がなんとか腕を動かし、カズキを攻撃しようとする。それを見たカズキは、バイクのハンドル部にある赤いボタンを押す。バイクの先頭部分に取り付けられたマシンガンが作動し、野衾の身体に零距離で炸裂した。

 

「ぐあああっ!?」

 

 野衾は銃弾で吹き飛ばされ、工事現場の砂利の山に突っ込む。カズキも工事現場に入ると、バイクを止めて降りる。

 野衾は砂利の山を崩しながら抜け出し、カズキを睨みつける。

 

「貴様ぁ……何者だ!」

「簡単な話だ、お前を裁く者だよ」

 

 怒りの叫びもどこ吹く風という様子で、カズキは淡々と言う。懐からゴクオードライバーを取り出し、腰に装着、羅刹が描かれたアヤカシバレットも取り出し、そのボタンを押す。

 

《ラセツ!》

 

 高らかに響く電子音、その音を聞いた野衾は一瞬たじろぐ。カズキはドライバー上部の右側のボタンを押して、側面からマガジンを出し、アヤカシバレットを一番上のスロットに装填、マガジンをドライバー内に戻し、真ん中のボタンを押す。

 ドライバーから溢れ出したエネルギーがカズキの全身を円柱状に包み込むと、両腕を正面でクロスした後、勢い良く左右に広げる。そこから右手を拳銃の形にして、自らのこめかみを打ち抜く。

 

「変身!」

 

 カズキの叫びと同時にエネルギーが解放され、赤いアンダースーツを形成、黒と銀の装甲が装着され、最後に頭部に三本角の装甲と黄色の複眼が装着される。

 

《ジゴク・レンゴク・ヘンゴク!》

《ゴクオー・ラセツ!》

 

 最後にドライバーから電子音が鳴り響き、カズキは仮面ライダー獄王・ラセツバレットへと変身を遂げる。

 その姿を見て、野衾は圧倒的なプレッシャーを覚える。相手はとてつもない強者であると、本能で理解した。

 

「ふ、ふん! 姿が変わったところで人間が妖怪に勝てるわけがない!」

 

 内心の恐怖を隠すように、野衾は強気な言葉を放ち、地面を蹴る。そのまま一直線にカズキへと向かい、拳を突き出す。

 対するカズキは身体を横にずらすことでその拳を躱し、返しに左拳で顔面を殴り付ける。顔面が一瞬大きく変形するほどの衝撃を受けて、野衾は数メートル吹き飛ぶ。地面を転がっている間に、カズキは右腰のホルスターからヘルガンを取り出し、野衾へ向かって構える。野衾が立ち上がると同時に引き金を引き、弾丸によるさらなるダメージを与える。

 

「ぐあああっ!?」

「お前が生まれたせいで、一人の人間が死んだ。さらに人間を食い殺そうとした。お前のような存在を許すわけにはいかない」

「ほざくな、誰の許しも必要ない! 妖怪が人間を食らうのは当たり前のことだ!」

 

 野衾は叫ぶと、両腕を広げて空を飛び、凄まじいスピードで接近する。そのまま体当たりでカズキを吹き飛ばした。

 

「ぐおっ!」

「ハハハ、人間が妖怪に勝てるわけがないんだ、このままなぶり殺しにしてやる!」

 

 ダメージを与えたことに気を大きくしたのか、高笑いしながら連続で体当たりを仕掛ける。上昇と降下を繰り返し、ヒット&アウェイで攻撃し続ける。カズキはなんとかガードして、致命傷を避ける。

 

「野衾、確か蝙蝠が年老いて化けたとか言われてる妖怪か。ムササビだかモモンガみたいに空を飛んでるとは聞いてたが、やはり面倒だな」

 

 攻撃を防ぎながらカズキは呟く。その状態で冷静に動きを見切ろうとしていた。何度目かの体当たりが飛んできた瞬間、左のホルスターに収まっていたヘルソードを引き抜き、カウンターのように一気に振り抜いた。

 勢い良く突っ込んでいた野衾に避けることはできず、胴体を切り裂かれた。それによりバランスを崩し、後方の機材置き場へと突っ込んでいった。

 

「ぐへぇ!? この……!」

「お前みたいな奴に対抗するための力もあるんだ、見せてやる」

 

 そう言うと、カズキはドライバー上部の一番左のボタンを押し、左側へマガジンを引き出す。そこから羅刹のアヤカシバレットを取り外し、マガジンを戻す。

 そして、黒く三本足のカラスが描かれた新たなアヤカシバレットを取り出し、ボタンを押す。

 

《ヤタガラス!》

 

 カズキはドライバー上部の右のボタンを押してマガジンを再展開、三つあるスロットの一番下にアヤカシバレットを装填し、ドライバーに戻す。そして、真ん中のボタンを押す。

 再びドライバーから溢れるエネルギー、だが今回は黒い羽根を模した形で展開し、カズキを包み込んでいく。エネルギーの一部は右手に集約し、正面に突き出し、銃を撃つ真似をすると、エネルギーが一気に弾ける。

 アンダースーツは赤から白に、筋肉質な装甲はローブを思わせるものへと変化する。頭部も鬼からカラスを思わせる鋭いものへと変わり、唯一変わらない黄色の複眼が輝きを残す。

 

《テンクウ・カックウ・シンカク!》

《ゴクオー・ヤタガラス!》

 

 音声が鳴り響くと、エネルギーが霧散する。そこに立っていたのは先程までと大きく姿を変えた、獄王・ヤタガラスバレットであった。

 カズキは右腰のホルスターからヘルガンを抜き、野衾へ向けて引き金を引く。放たれた弾丸は、瞬時に黒い羽根へと変化し、鋭い音を立てて野衾を狙う。

 

「くうっ、うおおおおっ!」

 

 野衾は気合いの雄叫びをあげて、両腕を広げて飛び上がる。黒い羽根は野衾が飛び立った後のアスファルトを、まるで紙を引き裂くように抉り取った。それを見て、野衾は驚愕する。

 

「なんて危ないものを放ってくるんだ!」

「こっちは妖怪に容赦する気は無いんだよ」

 

 淡々と返すカズキ。仮面の下の表情は、冷たく研ぎ澄まされていた。

 野衾は空を飛び回り、再びヒット&アウェイで攻め立てようとする。それに対し、カズキは背中に力を込める。

 背中にエネルギーが溜まり、翼の形へと変わっていく。それは漆黒の翼であり、まるでカラスを思わせるものだった。翼はカズキの意志に従い、自在に動かせる。一つはためかせると、勢いよく空へと飛び上がった。

 カズキと野衾は同じ高度で睨み合う。やがて互いに動き出し、激しくぶつかり合う。弾丸、羽根、牙、爪、互いの得物がぶつかり合い、暗闇の中で火花が散る。

 やがて、カズキの放った羽根が、野衾の翼膜を貫く。それによりバランスが崩れた野衾の動きが一瞬止まる。その隙に、カズキは新たなアヤカシバレットをヘルガンに装填する。

 

《ライジュウ!》

《アヤカシバレット! ライジュウ・スパーク!》

 

「ハアッ!」

 

 ヘルガンから放たれたのは電撃。激しい光と音を伴う電撃が、野衾の身体に直撃、全身を痺れさせる。

 

「ギャアアアアアア!?」

 

 たまらず悲鳴をあげ、落下していく野衾。それを追いかけながら、カズキはドライバー上部の真ん中のボタンを2回押す。

 

《ファイナルバレット!》

《獄王八咫烏殲滅刃!》

 

 ドライバーから黒と白のエネルギーが溢れ、両腕に集まっていく。それを確認すると、カズキは身体を回転させる。回転はどんどん速くなり、やがて小さな竜巻のようになっていく。高速回転を続けながら野衾へと接近、エネルギーを纏った手刀を連続で叩き付けていく。

 

「ハアアアアアアアッ!!」

「グアアアアアアアッ!?」

 

 高速回転が加えられた手刀は、あらゆるものを斬り裂く刃と同義であった。全身がズタボロになるまで斬り裂かれた野衾は、限界を迎えて爆発した。

 それを見届けたカズキは地上に降りる。舞い散る火花と羽根が、その姿を幻想的なものへと演出していた。

 カズキはドライバー上部の左側のボタンを押し、マガジンからアヤカシバレットを取り外し、変身を解除する。

 

「終わったか……」

 

 カズキはバイクへ乗り、早苗達が待つ場所へと戻っていった。

 

 ★

 

 傷付いた文香を介抱する早苗は、遠くから聞こえて来るバイクのエンジン音に顔を上げた。

 バイクに乗るカズキは、早苗達がいることに気付くと、近くでバイクを止め、二人に近付く。

 

「お疲れ様、カズキ。今回もなんとかなったわね」

「そっちもな、早苗。まだ人間を食ってなかったから、そこまで苦労せずに済んだよ」

 

 微笑を浮かべて語り合う二人。その様子を文香は放心したように見ていた。

 

「もう、本当に、何がなんだか……」

「ああ、彼女はどうする? 怪我は軽症だったし、このまま送る?」

「そうだな、念のため送り届けよう。万が一、他の奴に襲われたりしたら大変だからな」

 

 地面に座り込んだままの文香に、二人は近付いて声をかける。

 

「すみません、大丈夫ですか? 災難な目に遭いましたね。今から貴方を家まで送りたいんで、場所を教えてもらえますか?」

 

 穏やかな口調と表情でカズキは語りかける。それを見て、少しだけ文香の動揺が解消される。落ち着きを取り戻した頭で、どうするべきかを考える。

 

「あ、あの、私、南文香といいます。新聞社で働く記者でして……!」

「新聞記者? ああ、だからこんな時間にここにいたのか」

「は、はい、その通りです。それでですね――」

 

 文香は少したどたどしく喋る。その表情からは恐怖が消え、興奮があらわになっていた。その変化にカズキは首を傾げるが、早苗は何かを察し、嫌そうな顔になる。

 一度深呼吸をしてから、文香は口を開いた。

 

「貴方のこと、取材させてくれませんか!?」

「…………はい?」

「そんな気はしてたわ……」

 

 興奮を隠さずに言う文香、予想外のことに呆けるカズキ、両目を覆って天を仰ぐ早苗。三者三様の行動を示す。

 

「お願いします! ジャーナリストの端くれとして、こんなことを放っておくわけにはいきません! それに私を送ってくれるんですよね、その間だけでも良いですから!」

「そう言われても……どうする?」

「どうもこうも、このまま放っておくわけにはいかないでしょう。ジャーナリストなんて、下手に扱ったらどうなるか分かんないわよ」

 

 困り果てるカズキ。少し考え、ため息を吐いてから答える。

 

「……分かりました、とりあえず貴方を家まで送りましょう。話はそれから、ということで」

「本当ですか、ありがとうございます! 私の家はこっちです!」

 

 そう言って立ち上がった文香は、早足で駆けていく。それを追いかける形で早苗も歩き出す。

 最後に残ったカズキは、二人の背中を見ながら頭を掻き。

 

「どうしたら良いんだろうな、本当に……」

 

 そう呟いて、歩き出すのだった。

 

 

 




★簡単なキャラ紹介

・酒呑童子…妖怪をまとめる幹部。人間態は長い白髪で和服を着た男性。自らの使命に忠実。
・九千坊…酒呑童子と同格の幹部。人間態は袖なしの鎖が取り付けられた服を着た若い男性。かなりチャラい。
・女天狗…上記二人と同格の幹部。人間態は背中が大きく開いた紅白色の山伏服を着た女性。巨乳。享楽主義。

・南文香(あやか)…新聞社に勤める記者。栗色のセミロング、普乳。26歳。

・獄王・ラセツバレット…基本形態。銃と剣を使うマルチなバランス形態。
・獄王・ヤタガラスバレット…派生形態。翼で空を舞うスピード形態。

 また、リア友が主人公のカズキとヒロインの早苗のイラストを描いてくれたので、こちらに載せさせていただきます。


【挿絵表示】


 ここまでお読みくださりありがとうございます。今回も1万文字を超える長文になりました。その分、読み応えがあれば良いのですが。
 どうにも1話書くごとに時間をかけてしまうので、現状は月一更新が限界だと思われます。ゆっくりとしたペースですが、お付き合いいただけると幸いです。

 それでは今回はこの辺で。良ければ感想やお気に入り登録等、よろしくお願い致します。
 次回もお楽しみに!

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