今回は第五話、色々と物語が動くための準備回です。それはそれとして、年末サービスも盛り込んでます。
どうぞ、お楽しみください。
酒呑童子との遭遇から数日後。
カズキは、郊外のとある山へとやって来ていた。麓にバイクを停めて、山を見上げながら、身体を伸ばしていた。
「お疲れ様、カズキ君」
そんなカズキの後ろから声をかけてくるのは、記者の南文香であった。
近くの自販機で買ったらしい缶コーヒーを差し出しながら、笑顔で労ってくる。
「ありがとう、文香さん」
そう言ってカズキは缶コーヒーを受け取り、蓋を開けて一口飲んだ。苦い味が広がり、疲れが多少は和らいでいく。
「大丈夫? このまま山に入るのはキツいんじゃない?」
「いや、大丈夫です。せっかく文香さんが調べて来てくれた情報なんだ、早めに確認しておきたいんだよ」
そう言って笑うカズキ。
文香が調べて来た情報――この山に妖怪らしき異形が目撃されたという噂、それを確かめるために二人はやって来たのだ。
また、正式に協力関係となったことで、互いに敬語を止め、対等に接することにしたのだった。それでもカズキの方は少し抜けきれないようだが。
「ここ数日、この山で異形の怪物を見かけたっていう噂。ネット上のアングラサイトで数える程しか無かった書き込みが元だけど、本当にそんな情報で良かったの?」
「ええ、一般人は妖怪のことを知らない。だから表に出てくるような情報はほとんど無い。むしろそういうところから得られるものの方が、信用が置けたりするんですよ」
そう語った後、カズキは少しだけ真剣そうな表情を浮かべる。
「それに、妖怪の情報を表に流すことは、どうやっても出来ないしな――」
「えっ?」
「いや、何でもないです。さて、もう少し休憩したら、山に入ってみますか。まずは普通に登山道を登って行きましょう」
「――そうね、何か手がかりがあれば良いんだけど」
そう言って二人はベンチに座り、コーヒーを飲んで少しの間談笑を始めるのだった。
★
山というものは、自然そのままではなく、人の手により整理されたものである。無論、全ての山がそうではないが、人の生活圏に存在するものは、ほぼ例外無く人に都合良く形を変えられている。
それは資源のためであったり、食料のためであったり、はたまた自然への敬意から来るものであったり、形はそれぞれだが人の在り方と共に山もまたその在り方を変えていった。
そして、この山もまた人の手で、とある目的のために在り方を変えていた。
山道を歩くのは二人、一人は人間。中肉中背でラフなシャツとズボンを身に纏っている男である。
もう一人、否、もう一体は異形。全体的に毛深く、少し猫背気味な体型をしている。黒を下地に所々に茶色の毛が混じっている身体の中でも、頭部の上部に生えている丸い耳と、腰の部分から生えている尻尾が特徴的だ。特に尻尾は丸く太いもので、長さは身体の半分ほどはあるだろう。
「本当にこの山の中にあるんだろうな?」
歩みを進めながら、異形は口を開く。その口も鋭い牙が幾重にも並び、見る者の恐怖を煽る。事実、声をかけられた隣の男は、その様に恐怖を覚え、ひきつった声で答える。
「は、はい、確かにこの山の中にあるはずです。化け狸様」
その答えに異形――化け狸はフンと鼻を鳴らして前を向く。
「まあ良い、もし間違っていたら貴様を食い殺すだけのことだ」
化け狸の言葉に、男は再び震え上がった。
妖怪である化け狸が人間を伴っているのには理由があった。
この山の中に、妖怪達が探しているある物が存在しているという。それを見つけ破壊する命を、幹部である女天狗から受けたのだ。
だが、問題が一つあった。妖怪達が探しているある物は、妖怪達には認識出来ない。視覚で捉えることも、聴覚や嗅覚で探すことも出来なかった。
そのため、ある物を認識出来る存在ーー人間を使い、探させる必要があったのだ。
故に、化け狸は男を伴って山の中へと入っていた。内心で荒れ狂う人間への殺意を抑えながら。
「そ、それで、化け狸様……」
「ん、なんだ」
化け狸が必死に殺意を抑えていると、男が声をかけてくる。極力感情を出さないようにしながら、そちらに顔を向ける。
「今回の件が上手く行った暁には、私も妖怪にしていただけるんですよね……?」
「ああ、そのことか。安心しろ、俺の
化け狸の答えに男はホッとしたように笑う。それを横目に見ながら、化け狸は内心で不快感を増していた。
一人と一体がしばらく歩いていると、木々の合間に開けた場所が見えてくる。そこへ踏み込むと、鬱蒼とした雑草が辺り一面を覆っていた。だがその面積は広く、例えるならサッカー場一つ分の広さがあった。
「こんな山奥にここまでの空間が存在しているとはな……」
「あっ、あれじゃないですか、お探しになっている物は」
男が指差した先にあるのは、石で作られた祠のような物であった。その表面には苔が大量に生えており、一部は朽ちて崩れている部分もある。何百年も前に作られたことが容易に推測できる。
しかし、化け狸はその方向へ目を凝らしても、祠のような物が見えなかった。正確には、そこに何かがあることはぼんやりと認識できるが、ハッキリとした実像は捉えられない。
「ハッキリとは見えない……やはりこれか、人間共が作った忌々しい祠は」
「な、なるほど、ではこれを壊せば、目的は達成というわけですか」
一人と一体は、会話をしながら祠へと近付く。やはり化け狸の目には実像が捉えられないが、近付くにつれて祠の形は認識できるようになる。
やがて間近まで来ると、祠の輪郭がハッキリと見えるようになった。それでも明確な姿を捉えることは出来なかったが。
「見えはしないが、そこにあるのは分かるな。お前の目から見てもそうだな?」
「は、はい、私の目にはちゃんと祠が見えてます」
男はそう答える。事実男の目には祠が正常に見えていた。その言葉に、化け狸は獰猛な笑みを浮かべる。
「ならば、問題は無い。一撃で破壊する」
そうして、右腕を大きく振り上げ、勢い良く祠へ向かって振り下ろした。
★
一方その頃。山道を歩いていたカズキと文香の元に、何かが崩れるような大きな音が届いた。
「い、今の音は……!?」
「何かあったのかも、行ってみよう!」
驚いて顔を見合わせる二人だったが、すぐに走り出し山道を進んでいく。
数分走ると、開けた場所へと辿り着く。その中心部分では一人の人間と一体の妖怪が立っていた。その足元には、大きな石の欠片がいくつか転がっている。
「妖怪……! ここで何をしている!」
その姿を認識した瞬間、カズキは叫んでいた。その様に文香は驚いて半歩下がる。
対して、石の欠片――祠の残骸を蹴り飛ばしながら、化け狸は振り返る。
「なんだ、人間か。誰かは知らんが、死にたいのか?」
「そ、それよりも、化け狸様、約束は果たしました。私を妖怪に……!」
男の言葉に、カズキと文香は息を呑んだ。
「まさか、妖怪になるつもりか……!? やめろ、そんなことしちゃいけない!」
「ああ、そうだったな。そういう話だった」
化け狸はゆっくりと男に向き直り、ゆっくりと口を開き、獰猛な笑みを浮かべる。
その様子に何が起こるか勘付いたカズキは、その場から走り出した。
「やめろっ!!」
「望み通り、妖怪にしてやろう。我が血肉と成るがいいっ!」
そう言うと、化け狸は口を大きく開き、男の頭へかぶり付いた。そのまま食い千切ると、首から上が一瞬で無くなった死体が出来上がる。そのまま大口を開けると、残った肉体も次々に捕食していく。
「き、貴様っ……!!」
「そんな……!」
その惨状を目の当たりにしたことで、カズキはその場に立ち止まり、怒りに拳を握り、後ろで見ていた文香は思わず両手で口を覆っていた。
男の身体を捕食し尽くすと、化け狸は口元の血を拭い、二人の方へと向き直った。
「さて、鬱陶しい人間は消えた。ずっと食い殺したいのを我慢していたからな、実に良い気分だ。次は貴様らだ。運が悪かったと諦めることだな」
二人に向けて、強い殺意を向けながら獰猛に笑う化け狸。カズキは怒りに歯を噛み締めながら、ドライバーを取り出す。
「ふざけるな……絶対に許さないぞ、お前っ!!」
叫びながらドライバーを腰に装着し、アヤカシバレットを取り出しボタンを押し込む。
《ラセツ!》
ドライバー上部右端のボタンを押すと、側面から扇形にマガジンが展開、その一番上のスロットにアヤカシバレットを装填してから、マガジンを元に戻す。
続いてドライバー上部中央のボタンを押すと、荘厳な待機音声が流れ始め、赤と黒のエネルギーがカズキを包み込むように円柱型に現れる。
その中でカズキは両腕を正面で交差させ、勢い良く左右に広げる。そこから右手を銃の形にしてこめかみに当てると、周囲のエネルギーが右手に集まり輝き始める。
「変身!」
カズキは叫びながら自らの頭を撃ち抜く。すると、収束していたエネルギーが解放され、カズキの全身を包み込んでいく。
まず、銀色のアンダースーツをその身に纏い、その上を赤いラインが無数に走っていく。上半身には筋肉質な黒いアーマー、下半身にも同色のアーマーが形成される。その要所には銀色のパーツがアクセントのように取り付けられる。
頭部には冠を思わせる三本角のアーマーが装着され、複眼が黄色く輝く。
《ジゴク・レンゴク・ヘンゴク!》
《ゴクオー・ラセツ!》
最後にドライバーから高らかな電子音声が響き渡ると、周囲に漂っていたエネルギーが解き放たれ、突風を巻き起こす。光と風の中、カズキは仮面ライダー獄王へと、変身を遂げた。
「仮面ライダー獄王。お前を地獄に送ってやる」
「ほう、貴様が獄王だったか。丁度いい!」
鋭い眼光を向けるカズキに対し、化け狸はこれ幸いと言うように笑いながら、懐から何かを取り出す。それは直径2センチほどの石ころのようなものだった。それが無数にあった。化け狸はそれを無造作に宙空へと放り投げた。
石ころは紫色に妖しく光りながら地面に落ちる。すると、石ころが大きく膨れ上がったかと思うと、中からみすぼらしい鬼のようなものが現れる。肌の色は灰色で鋭い牙と爪を携えている。それが放り投げられた石ころと同じ数だけ地面に降り立っている。中には棍棒のようなものを持っている個体もいる。
「こいつら、『餓鬼』かっ!」
「ご名答。貴様を見つけたら必ず殺せと命じられているのでな。こいつらの数で蹂躙してくれる」
餓鬼。妖怪の持つ石ころ――魔石から生み出される下等妖怪で、雑兵あるいは戦闘員と言える存在である。一体ごとの戦闘力は低いが、数を容易に揃えることができるのが最大の武器とされる。
カズキにとっては滅多に見ない相手ではあったが、その存在は知っていたため驚きこそすれど冷静さは失わなかった。武器を構えてしっかりと相手を見据える。
「そういうことなら、やってみろよ。文香さんは下がっててくれ」
「う、うん、気を付けて!」
文香が急いで離れていくのを確認すると、カズキは両手に力を込めながら餓鬼達の方へと歩き出す。餓鬼は皆激しく吠えながら、カズキへと殺到していく。
一匹目が鋭い爪を伸ばしながら飛びかかってくる。カズキはそれを身体を横に反らせることで避ける。目標を外し地面に転がる形になった餓鬼に対し、左足で顔面を蹴り飛ばす。当然避けることなど出来ず、餓鬼はそのまま数メートル吹き飛ばされた。
その間に近付いて来た二匹目の餓鬼は、棍棒を振り回してカズキを攻撃してくる。それを見たカズキは新たなアヤカシバレットを取り出す。
《オニビ!》
《アヤカシバレット! オニビ・フレイム!》
正面に鬼火が3つ描かれたアヤカシバレットを取り出し、右手に握るヘルソードの柄に存在するスロットに装填する。すると、刀身に赤い炎が纏わり付く。そのままヘルソードを振るい、餓鬼の持つ棍棒と激しく打ち合う。
何度か打ち合った後、互いに力を込めて鍔迫り合いになる。だが、ヘルソードの刀身を包む炎が棍棒を溶かしていく。その様子に気付いた餓鬼は、慌てて後ろに下がろうとするが、カズキがその隙を見逃すはずもなく、そのまま真正面から一刀両断にされて爆散する。
仲間を倒されたことでさらに激昂した餓鬼達は、我先にとカズキへと向かってくる。それでも慌てることなく、カズキは新たなアヤカシバレットを取り出した。
《ウミボウズ!》
《アヤカシバレット! ウミボウズ・ウォーター!》
描かれているのは黒い坊主頭の妖怪、それを左腰のホルスターから取り出したヘルガンのスロットに装填する。そのまま腰だめに構えて引き金を引く。
銃口から放たれるのは、水の弾丸。球形のシャボン玉を思わせるような形である。それが猛スピードで餓鬼達に向かい、命中する。
水の弾丸は餓鬼に触れた瞬間に破裂、激しい爆音を響かせる。食らった餓鬼達は数メートル吹き飛び、地面を転がる。その皮膚は衝撃で抉れていた。海坊主バレットの力は、水の爆弾を生み出す力であった。
数体の餓鬼を倒したが、まだ多くの餓鬼が残っている。カズキは舌打ちしながらドライバー上部左端のボタンを押す。左側面から展開されたマガジンにセットされた羅刹バレットを取り外し、今度は右側面からマガジンを展開、犬神バレットを取り出す。
《イヌガミ!》
アヤカシバレットをマガジン中央のスロットに装填し、ドライバーのボタンを押す。黄色のエネルギーが全身を包み込むと同時に、右手を銃の形で突き出し撃つ真似をする。すると一気にエネルギーが弾け飛び、姿を変える。
《ゲキコウ・ライコウ・ホウコウ!》
《ゴクオー・イヌガミ!》
薄茶色のアンダースーツの上半身に黄色のアーマー、下半身にベージュのアーマーが装着、頭部も犬を模したものへと変わった獄王・イヌガミバレットへと姿を変えたカズキは、両腕のかぎ爪を展開し、餓鬼へ向かって走り出す。
向かってくる餓鬼を次から次へとかぎ爪で切り裂いていく。かぎ爪に込められた破邪の力が、邪悪なる餓鬼の身体に作用することで一撃で爆散させていく。
《ライジュウ!》
《アヤカシバレット! ライジュウ・スパーク!》
さらにカズキは新たなアヤカシバレットを発動、ヘルソードを地面に突き刺し、四方八方に電撃が流される。少し距離を空けて構えていた別の餓鬼達はそれに感電し、地面に倒れて爆散した。
「もう一発だ!」
《ユキオンナ!》
《アヤカシバレット! ユキオンナ・ブリザード!》
叫びながら再びアヤカシバレットを取り出して発動、今度はヘルガンのマガジンに装填し、その場で回転しながら乱射する。
銃口から放たれた氷の弾丸は、餓鬼の身体を貫通する。すると、貫通した部分から一気に凍結していき、全身が凍りついたものから砕け散り消滅していく。
そこまで行ったところで周囲を見るカズキ。多くの餓鬼を倒したが、まだ半分ほどの数が残っていた。カズキは舌打ちしてから、八咫烏バレットを取り出す。
《ヤタガラス!》
《テンクウ・カックウ・シンカク!》
《ゴクオー・ヤタガラス!》
アンダースーツは白色へ変わり、全身の装甲はローブを思わせるものへと変化する。頭部は烏を模したものへと変化し、黄色の複眼が輝きだす。
獄王・ヤタガラスバレットへ姿を変えたカズキは、背中から漆黒の翼を広げ空へ飛び立つ。そのまま猛スピードで滑空し、すれ違いざまに餓鬼達を斬り付けていく。
餓鬼達はカズキを捉えきれず、しばらくされるがままだったが、何匹かが適当に棍棒を振り回し始める。カズキはそれを避けながら、上空へと逃れる。
「チッ、面倒くせえ!」
《カマイタチ!》
《アヤカシバレット! カマイタチ・ウインド!》
アヤカシバレットをヘルガンに装填、引き金を引くと今度は風の弾丸が発射される。弾丸が地面に着弾すると、竜巻が起こり餓鬼達を空中へと巻き上げる。当然、餓鬼は身動きが取れず手足をばたつかせることしかできない。その隙にカズキはさらにアヤカシバレットを使用する。
《ヌリカベ!》
《アヤカシバレット! ヌリカベ・グランド!》
今度はヘルソードに装填、すると刀身に土の塊が次々と纏わり付く。やがて巨大な土の剣へと変貌したヘルソードを構えながら、カズキは餓鬼達へと向かって加速する。
「ウオオオオオオオッ!!」
空中で動けない餓鬼達は、土の剣で次々と斬り裂かれていく。いや、正しくは鈍器のような剣を叩きつけられ、地面に叩き落されていく。地面に激突した餓鬼はその衝撃で爆散していく。
最後の一体を倒したところで、カズキは地面に降り立つ。すると、それまで黙って見ていた化け狸が感心するように笑いだす。
「ハハハ! 噂通り中々やるじゃないか! 幾度も同胞を倒したというだけのことはある!」
「…………」
大声で笑う化け狸、それに対してカズキは無言で返す。その表情は仮面に隠れて見えないが、強い不快感を表すようなしかめっ面であった。
そんなカズキの内心など知る由もなく、化け狸は言葉を続ける。
「ならばこの化け狸が、貴様を始末し、同胞の無念を晴らすとしよう!」
そう言うと、化け狸は地面を蹴りカズキへと飛びかかる。両手から鋭い爪を伸ばし、一気に引き裂こうとしてくる。
対するカズキは距離を詰められるより先に、ドライバーのアヤカシバレットを交換する。
《ジゴク・レンゴク・ヘンゴク!》
《ゴクオー・ラセツ!》
ラセツバレットに姿を戻したカズキは、ヘルソードで爪を受け止める。互いの得物がぶつかり合う衝撃波が周囲の木々を激しく揺らす。その衝撃波は遠く離れた場所にいる文香の元へと届くほどだった。
鍔迫り合いがしばらく続くと、互いに後ろへ飛び退いて距離を取る。化け狸はすぐさま前へ走り出し、爪で何度も攻撃を繰り返す。カズキは剣で受け止めるのをやめ、後ろに下がりながら避けていく。
「どうした! さっきまでの威勢はどこに行った! それとも餓鬼共との戦いで、力を使い果たしたかぁ!?」
化け狸は叫びながら攻め続ける。その顔は自らが優位に立っていることを確信しているのか、獰猛な笑みを浮かべていた。
それでもカズキは無言を貫く。やがてその背中が一本の木にぶつかり、動きが止まる。
「馬鹿め、死ねぇ!!」
それを好機とばかりに、化け狸は爪を勢いよく突き出してカズキを貫こうとする。鋭い爪が容赦なく顔に向かっていく。当たれば無事では済まないことは、火を見るよりも明らかだろう。
だが、カズキは慌てることもなく、木を背にしたまま滑るように地面に倒れる。身体ごと倒れることで、狙いを外した爪が木に深く突き刺さる。相当強い力であったためか、根元まで突き刺さり簡単には抜けないほどであった。
「何っ!? クソッ……!」
慌てて引き抜こうとする化け狸であったが、深々と刺さった爪はそう簡単には抜けない。その隙に、カズキはドライバーから取り出したラセツバレットを、ヘルガンに装填する。
《ファイナルバレット!》
《獄王羅刹消却弾!》
ヘルガンの銃口を化け狸の腹部に押し付けるカズキ。すると、銃口に赤黒いエネルギーが収束し、サッカーボール程の大きさの球形になる。引き金を引くとその球が放たれ、化け狸の腹部に炸裂した。
「ガァァァァァァァ!?」
強烈なエネルギーを至近距離で浴びた化け狸は、全身がボロボロになりながら地面に叩きつけられる。その様を見て、カズキはようやく口を開いた。
「俺は、ただ単に避けていたわけじゃない。お前の動きを止められる場所に誘導していた」
「な、なんだと……あのわずかな時間でそこまで考えていたというのか……」
「妖怪というのは、自分が有利だと思えば簡単に慢心する奴ばかりだ。少しそれらしく振る舞えば、勝手に思考を止めてくれる。本当に単純な生き物だ」
そこまで言って、カズキはヘルガンから取り出したラセツバレットを、今度はヘルソードの柄に装填する。
《ファイナルバレット!》
《獄王羅刹滅却斬!》
電子音声が鳴り響くと、ヘルソードの刀身に赤黒いエネルギーが溜まっていく。その様はまさしく地獄の光景を思わせる程、禍々しいものだった。
カズキはヘルソードを構えて、立ち上がった化け狸に向かって三度斬り付ける。最後の一撃で水平に剣を振るった勢いで、背後に向き直る。
斬られた場所からエネルギーが流れ込み、化け狸の身体を爆発させる。その衝撃でさらに吹き飛んだ化け狸だったが、最早死に体と言って良い状態まで追い込まれていた。そんな姿を後目に、カズキはゆっくり振り返りながら口を開く。
「妖怪ってのは、下劣で短慮で最低な存在だ。そんな奴らが人間を喰らい、人間を殺す。我が物顔で世界を自分達のものにしようとしている。――そんなことは許せない」
静かに語るカズキ。だが、その声には隠しきれない怒りが滲み出していた。その気迫に、化け狸も、後ろで見ている文香もわずかに気圧される。
「だから俺は、全ての妖怪を倒す。例えこの身が滅んだとしても、世界を、人間を、お前達の好きにはさせない」
淡々と、しかし怒りを込めながら語り、カズキはドライバー上部中央のボタンを二回押す。ドライバーから放出されるエネルギーが、下半身――両足へと収束する。
カズキは右足を大きく後ろへと下げ、腰を低く構える。やがてエネルギーが十分に溜まったことを確認すると、両足を揃えて勢い良く飛び上がる。
空中を、化け狸の方へと飛び上がりながら、カズキは飛び蹴りの態勢になる。突き出した右足にエネルギーが収束し、激しい音と光が周囲を覆い尽くす。
《ファイナルバレット!》
《獄王羅刹破壊脚!》
その音声と同時に、カズキのライダーキックが炸裂。化け狸の胸部を蹴り抉る。
「ハアアアアアアアッ!!」
「グワァァァァァァッ!!」
大きく吹き飛ばされた化け狸は、太い木の幹に叩きつけられ、流し込まれたエネルギーに苦悶の叫びをあげながら爆散した。
着地したカズキは、しばしその様を無言で眺めていた。やがて、ゆっくりと立ち上がり変身を解除する。
「お疲れ様ー! カズキくーん!」
背後から聞こえる声に振り返ると、未だ木を盾にしながらこちらを見ている文香が、大声で叫んでいた。その様にホッとし、微笑を浮かべるカズキだったが、ふと気になることを思い出し、正面に向き直ってから歩き出す。
向かうのは、最初に化け狸達が立っていた場所だった。そこにいくつかの石の欠片が転がっているのを確認すると、片膝をついて欠片を拾い上げる。
「奴は、一体何をしていたんだ……?」
握った欠片を見ながら、そう呟く。
その時、カズキの頬を一瞬だけ風が撫でるような感覚が通り過ぎていった。
「教えてあげようか?」
気付いた時にはカズキの真後ろに誰かが立っていた。屈む背中に覆いかぶさるように柔らかい何かが触れる。聴こえてくるのは女の声だった。
そこまで認識した瞬間、カズキは背後の何かを振り払うために、全力で身体を動かした。背中に触れていたものはその動きに合わせて離れ、遠くの木の枝まで移動した。
そこに立っていたのは、群青色の髪に琥珀色の瞳、紅白色の山伏衣装を身に纏ったスタイルの良い女だった。
「誰だ、お前は」
カズキは立ち上がり、その場で身構えながら問いかける。
声をかけられるまで、背後に近付かれていることに全く気付かなかった。後ろで見ていたはずの文香も何も言わなかった。そんなことができるのは妖怪しかいない。自身の油断を内心で恥じながら、カズキは女を睨みつける。
そんな視線を受けても、女は涼しい顔で枝の上に立ち続けていたが、やがて口を開いた。
「はじめまして。私は女天狗。さっきあなたが倒した化け狸ちゃんの、なんて言うのかしら――まあ、上司とかボスとか、そんなところにあたる妖怪よ」
「女天狗……!」
軽い口調で、あっけらかんと口にする女――女天狗。その名を聞いた瞬間、カズキはドライバーを腰に装着する。それを見て、女天狗は両手を前に出して、手を振って否定の意思を示す。
「待って待って、今日は顔を見に来ただけなのよ、戦うつもりなんて無いわ」
「そんな言葉を信じられるとでも? そっちにその気が無くても、こっちはお前達を倒すために戦ってるんだ。ここで戦わない理由が無い」
「うーん、止めといた方が良いと思うけどなぁ、だって――」
そこまで言うと、女天狗の姿が視界から消えた。どこへ消えたのか――そう考えるよりも先にカズキの視界が埋め尽くされた。至近距離まで近付いて来た女天狗の顔によって。
「――今の君じゃ、私には敵わないでしょ?」
「――――ッ!!」
顎を指で持ち上げられている態勢、それを認識した瞬間、カズキは拳を振るっていた。だが、その拳は虚しく空を切るのみであった。気付けば女天狗は、十数メートル程離れた位置に立っていた。その顔には心底愉快そうな笑みが浮かんでいた。
「ね? 今戦っても何の意味も無いのよ。あなただって犬死にはしたくないでしょ?」
「…………」
女天狗の言葉に、カズキは何も言えなかった。実際に全く動きが見えず、反応出来なかった。それでは戦いにもならないだろう。ただ悔しさをこらえるために、拳を握ることしか出来なかった。
「今日は、ちょっとした用事のために化け狸ちゃんを動かしたのと、酒吞が気にかけてる人間がどんな人なのか見に来ただけ。他に何かをするつもりは無いわ。あなたの前で人間を食べることもね」
その場をクルクル歩きながら、そう語る女天狗。歩く度に下駄の音が鳴り響く。カズキはそれを見ているしか無かった。
やがて、女天狗は立ち止まり、背中から翼を生やす。布の無い背中から生えた黒い翼をはためかせ、口を開く。
「それじゃ、私はそろそろ帰るとするわ。また縁があれば会いましょう」
最後に一つウィンクを残し、女天狗は飛び去って行った。その動きも一瞬であり、気付いた時には視界から消えていた。
「今のままじゃ勝てない……もっと強い力がいる……」
その場に舞い散る羽根を忌々しく見上げながら、カズキはそう呟いた。
★
同じ頃、雑貨屋東堂。その地下に存在する一室。
壁一面に巨大なモニターがあるその部屋に、東堂早苗と父親の健児がいた。
二人はモニターに映された映像を見て、眉を寄せていた。
「父さん、これは――」
「ああ、いよいよ不味い展開になってきたようだ」
早苗の言葉に沈痛な面持ちで返す健児。
二人の視線の先にあるモニター、そこには日本地図、関東一帯を描いた地図などが映し出されていた。その地図の上、無数に存在する赤丸の内の一つが黒く塗りつぶされている。
その場所は、現在カズキ達がいる地点と同じ場所だった。
「――全く、厄介なことになってきたものだ、どうも」
心底から不愉快であると言わんばかりに、健児はため息交じりに呟くのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか、楽しんでいただけたなら幸いです。
今回は年末ということで、本家に習った大判振る舞いを意識しました。そのせいでかなりギリギリの投稿になったのは申し訳ない。
短いですが、こちらで謝辞を。
今年は新作たる仮面ライダー獄王をお読みいただき、ありがとうございました。
来年もまた、よろしくお願い致します。
次回もお楽しみに。