仮面ライダー獄王(ゴクオー)   作:アカミツ書庫

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 どうも、アーニャです。
 これを出せているということは、シン・仮面ライダーを見る準備が整ったということです。ネタバレは許しません(ガチ)
 今回は獄王初めてのクライマックス。前回のピンチをどうやって切り抜けるのか、是非御覧ください。


第八話 真紅の鬼

 都内・とある病院。

 今ここは大量の患者が押し寄せて、軽いパニックを起こしていた。

 文車妖妃の被害に遭った人々が次々と運び込まれ、その対応に追われているためだ。ここだけでなく、都内の病院で同じような状況に陥っている。

 その病室の内の一つに、東堂早苗が運び込まれていた。早苗は意識を失ったまま、ベッドに寝かされている。その脇には桜井カズキが椅子に座って彼女を眺めていた。さらにその隣には、東堂健児と南文香が立っている。三人とも浮かない表情をしており、沈黙が続いていた。

 

「……おやっさん、早苗の容態はどうなんですか」

 

 カズキがゆっくりと口を開く。その声は暗く重く、絶望感に打ちひしがれていることが誰にでも分かるようであった。

 対する健児も、この状況を受け入れるのが辛いのか、目を閉じ痛みに耐えるような顔になりながら口を開く。

 

「――医者の話によると、このままの状態が続けば、もってあと二、三日とのことだ」

「そんな……!」

 

 健児の言葉に、隣にいる文香が悲鳴にも似た声をあげる。目の前にいる人間があと数日で死ぬ。その事実は非常に恐怖を煽るものであり、未だ非日常に慣れ切っていない文香の心胆を寒からしめるものであった。

 逆にこれまで多くの経験をしてきたカズキは、そう言われることをある程度予想していたのか、大きく取り乱すことはなかった。だが、抑えきれない激情を表すかのように膝の上で拳を強く握っていた。

 

「助ける方法は、無いんですか」

「……方法は無い。今のところはな」

「――そうですか」

 

 カズキは淡々と答える。その様子を見て、健児は一つ息を吐き、隣に立つ文香の方へと顔を向ける。

 

「南くん、我々は先に戻ろう。ここはカズキと早苗の二人きりにしてやりたい」

「えっ……でも……」

 

 言われた文香は、思わずカズキの方を見る。カズキは視線をベッドから逸らすことなく答える。

 

「文香さん、俺なら大丈夫です。先に戻っててください」

「……分かりました、そうします」

 

 そう言うと、二人は病室から出て行く。後にはカズキと眠ったままの早苗だけが残される。

 出口へ向かって歩きながら、我慢の限界が来たかのように文香は言葉を発する。

 

「良いんですか? カズキ君を放っておいて。なんだか凄く危ないように見えましたけど」

「今我々にできることは何も無いよ。カズキを信じるしかない」

 

 健児はそう言うと、病院の駐車場まで向かう。そこに止めていたワゴン車に乗り込み、病院の方へと視線を向ける。

 

「――お前ならどうするか、なんとなく分かる気がするよ」

 

 一言呟くと、車を動かして病院から去って行った。

 一方、病室に残ったカズキは無言で椅子に座り続けていた。部屋の外の喧騒も気にならない程に、ただ早苗を見つめていた。

 その心中には、このような事態になってしまったことへの自責の念、無力感、後悔、様々なものが渦巻いていた。どうすれば良いのか、何ができるのか、何も分からず暗闇の中で道に迷っているような気分であった。やがて、力無く項垂れてしまう。

 

「早苗……!」

 

 逃げるように、縋るように、ただただ呟くことしかできなかった。

 

 ★

 

 妖怪達が根城にしている廃墟。今ここには無数の妖怪達が集められていた。

 普段は各々が自由に活動しているが、今日に限っては幹部達の命令で強制的に集合させられている。本来の姿を晒している者、あえて人間態のままやって来た者、様々な個性が見える。

 彼らの正面にあたる場所には、酒呑童子と文車妖妃が立っている。その後方には九千坊と女天狗が控えている。酒吞童子は全員の視線を集めるために、一度地面を強く踏みつけて廃墟全体を揺らしてから口を開いた。

 

「今宵、貴様達を集めたのは、新たな力を与えるためだ。昨今の妖怪は、人間ごときに遅れを取るような醜態を晒す者が多い。完全に滅せられ、命を落とす者も増えた」

 

 その言葉に、妖怪達は自分達には関係ないと言わんばかりに騒ぎ始める。自らの欲求を満たすことを主としている妖怪にとって、他の者が死のうが生きようが大した関心は無い。それなのに、死んだ者の責任を擦り付けられるような物言いに、反感を抱いていた。

 しかし、酒吞童子はそれらを無視して続ける。

 

「そこで、貴様らに新たな力を与える。ここにいる文車妖妃が集めたのは、人間共の魂だ。これを貴様ら全員に分け与える。そうすることで、単に人間を喰らう以上の力を得られることだろう」

 

 途端に妖怪達が色めき立つ。普通に人間を喰らうだけでは味わえない魂と呼ばれるエネルギー。それを全員が分けてもらえるという気前の良さに、各々が興奮している。

 酒吞童子が一歩下がると、文車妖妃が手に持っていた小箱を開く。そこに収められていたのは、無数の手のひらサイズの光の球。それらがひとりでに宙に浮かび、目の前にいる妖怪達の肉体に吸い込まれていく。

 

「おおっ、極上の味だ……!」

「力が漲る……!」

「素晴らしいぞ、これは!」

 

 妖怪達は次々に喰らった魂の味に酔いしれる。全身を駆け巡る生命力は、これまで味わったことの無い程に濃く、甘美なものであった。

 その様子を確認した酒吞童子は満足げに頷き、

 

「これで貴様らの力はより高まった。これからはさらに、我らの悲願を成就するために励むが良い」

 

 酒吞童子の言葉に、妖怪達は雄叫びをあげて答える。やがて、それぞれが元居た場所へと戻っていく。ある者は闇の中に、ある者は人間社会に紛れ込む。

 全員が去った後、廃墟に残ったのは三幹部と文車妖妃のみであった。

 

「よくやった文車妖妃。これで我らの戦力はより盤石なものとなる」

「お褒めに預かり光栄でございます。ですが、まだまだこれからでございましょう?」

「ああ、今回集めたのは極一部だ。我らの同胞はこの国だけでもまだまだ存在する。奴らが集まれば、また力を分け与えなければならぬ」

「承知しております。早速これから、別の場所で人間の魂を集めてくることに致します」

「うむ、期待しているぞ」

 

 酒吞童子の言葉に、文車妖妃は衣笠と布で隠された口元を少しだけ緩めて、廃墟を出て行く。その様子を見ていた九千坊と女天狗も口を開く。

 

「なんか嬉しそうだな、文車妖妃の奴」

「そりゃ酒吞の役に立てた上に褒められたからねぇ。あの子、生まれてからずっと酒吞にゾッコンだもの。内心小躍りしたいくらいなんじゃないかな」

「ああ、恋文の妖怪だもんな。そういう感情は俺らよりずっと強いか」

 

 笑みを浮かべながら語り合う二体に対し、酒吞童子は冷たい視線を向ける。

 

「貴様ら、くだらぬことを話している場合ではない。さっさとやるべきことをやりに行くぞ」

「はいはい、そんな怒んなよ」

「全く、本当に冗談が通じないわね」

 

 そう言って、三体も廃墟から出て行くのだった。

 

 ★

 

 一年前。

 桜井カズキは大学を卒業し、就職のために上京していた。これから始まる新生活に胸を踊らせ、希望に満ちた人生を送るはずだった。

 だが、そんな理想は呆気なく打ち砕かれた。

 

「……なんだこれ」

 

 カズキの目の前に広がるのは、凄惨な破壊の跡だった。これから働くはずだった場所、共に精進するはずだった同僚、それら全てが打ち砕かれ、切り裂かれ、ねじり潰されていた。とても人間業とは思えないグロテスクな惨状。思わず口元を抑えて吐き気を堪える。

 そうしていると、瓦礫の中から一体の異形が現れる。赤黒い筋肉質な肉体に、身の丈ほどの大剣と瓢箪を持った鬼であった。鬼は口元に付着した血を拭いながら、周囲を見回す。

 

「空腹を満たそうと思って適当に入り込んだが、予想よりも人間の数が少ないな。これでは中途半端に腹が膨れただけか……ん?」

 

 そんなことを呟いた後、鬼はカズキの存在に気付く。視線が合った瞬間、カズキは全速力で走り出した。何も分からないがあのまま留まっていれば、確実に殺されるということだけは理解できた。振り返ることなく、ただひたすら鬼から離れるために走り続ける。

 対する鬼は、カズキが走り去って行くのを確認すると、下半身に力を込める。筋肉が隆起し、血管が浮き出るほどの力が溜まり、やがて限界まで達すると同時に地面を蹴る。地面が抉れ、周囲の瓦礫を風圧で吹き飛ばし、走るというよりは跳ぶと言ったほうが正しい形で、カズキのことを追い始める。

 カズキは建物を飛び出し、人気のない路地裏へと逃げ込む。人のいる場所にアレを連れては行けないこと、入り組んだ道なら追跡を撒けるかもしれないこと、そんなことを考えていた。

 だが、土地勘の無い場所でそのようなことをするのは無謀であった。あっという間に行き止まりに辿り着いてしまい、逃げ場が無くなる。引き戻そうと振り返った瞬間、追い付いて来た鬼が道を塞ぐ。

 

「全く、余計な手間をかけさせてくれるな。さっさと我の餌となるが良い」

 

 そう言って近付いてくる鬼。しかしその背後から、何者かが現れ斬りかかる。鬼は即座にそれに気付くと、大剣で攻撃を防いだ。

 弾かれて地面に降り立ったのは、機械的な鬼の鎧を纏った存在だった。その姿を見て、鬼は眉を寄せて不快感を示す。

 

「また貴様か、獄王。我らの邪魔をするなと言ったはずだがな」

「そのようなことを聞くはずが無いだろう、酒吞童子。今日こそお前を倒す!」

 

 鬼と戦士――酒吞童子と獄王は互いに睨み合い、出方を伺い合う。その様子を見る羽目になったカズキは、何が起こっているのか分からず困惑する。

 

「一体なんなんだ……」

「ちょっとそこのアンタ、ボサッとしてないでこっちに来なさい!」

 

 そうしていると、鋭い女性の声が響く。見ると緑色の長髪をたなびかせた女性が、こちらに向かって叫んでいる。カズキは必死に女性の元へと走り出す。睨み合う二人の横を通り過ぎるが、こちらには目もくれなかった。

 カズキが女性の元へと辿り着くのと同じタイミングで、酒吞童子と獄王が動き出す。互いの得物に必殺の力を溜め込み、同時に振り抜いた。ぶつかり合うエネルギーが大爆発を起こし、周囲を巻き込んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 当然カズキ達も巻き込まれ、光と煙に飲み込まれる。やがて煙が晴れると、立っているのは酒吞童子だけであり、他の者は皆倒れ伏していた。

 

「むうっ……少々手傷を負い過ぎたか。ここは引くしかないな」

 

 血を垂れ流す左腕を庇いながら、酒吞童子は去っていく。その場に残った人間達には目もくれずに。

 しばらくしてカズキが目を覚ますと、そこは先程までの路地裏ではなく、見知らぬ建物の中であった。いきなりのことに困惑していると、横から声をかけられる。

 

「目が覚めたのね」

 

 声のした方を向くと、先程助けてくれた緑髪の女性が立っていた。女性は腕を組みながらカズキを見据えている。

 

「アタシは東堂早苗。アンタを助けて私達の家まで運んだ。見たところ怪我は無いようだけど、どうかしら?」

「え、ええ……大丈夫、だと思います。あっ、俺は桜井カズキって言います」

「そう、よろしくカズキ。早速だけどアンタには色々話さないといけないことがあるわ」

 

 そう言うと、女性――早苗は事情を説明する。妖怪のこと、仮面ライダーのこと、これまでに起こった人間と妖怪の戦いのこと。それら全てを事細かに説明される。全て聞き終わったカズキは、頭を抱える。

 

「なんなんだよ……そんな話を信じられるわけ……」

「そうね、でも事実なのよ。アンタもさっき体験したでしょ?」

 

 早苗の言葉に、カズキは先程の出来事を思い出す。現実とは思えない体験だったが、五感全てで感じた事実はそれが現実だと嫌でも伝えてくる。

 

「受け入れられないのも無理はない。だが、我々の本題は別のところにあるんだ」

 

 その言葉と共に現れたのは、初老の男性だった。声の感じからして獄王と呼ばれた戦士と同一人物だと察せられた。男性は早苗の隣に座ってから自己紹介をする。

 

「初めまして、俺は東堂健児。早苗の父親で、仮面ライダー獄王として戦っている者だ」

「あなたが……」

「うん。そして早速だが君に一つ相談がある」

「えっ?」

 

 カズキが疑問符を浮かべると、健児は膝に手を置いて頭を下げる。

 

「君に――獄王を引き継いで戦って欲しい」

「はっ、はあ!?」

 

 突然の要求にカズキは驚き、思わずソファから立ち上がる。

 健児は頭を上げて、真剣な表情を向けながら続ける。

 

「君の治療をする際、血液を少し採らせてもらった。それを調べた結果、君の肉体は獄王システムと相性が良いことが分かった。適合率は85%、これは今の俺よりも高い。君のような人間が見つかることは貴重だ。この幸運を逃したくはない」

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなりそんなこと言われても困りますよ! 俺はただの人間、バケモノと戦うなんて無理です!」

「もちろんそれは分かっている。だが、我々にとってももう他に選択肢が無いんだ。ここで獄王が消えれば、妖怪達が好き勝手暴れて人間を殺し尽くすだろう」

「そ、それなら、あなたが戦えば良い話じゃないですか! なんで俺が……」

 

 カズキの言い分に、健児は自嘲するような笑みを浮かべる。

 

「……恥ずかしい話だが、俺の肉体はすでに限界を迎えている。獄王の力について行けなくなり、これ以上の戦いは不可能に近い。娘の早苗も、獄王への適性は無いに等しい。今この瞬間、獄王の力を受け継げるのは君しかいないんだ」

「そんなこと、言われても……」

 

 あまりにも突拍子の無い話であった。カズキは当然渋る。

 すると、早苗の方から口を開く。

 

「もし、獄王がいなくなれば、アンタが見たような惨劇が毎日のように繰り返されてしまう。アタシ達はそれを防ぎたい。でも戦える人間はアンタしかいない。無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる。それでも、アンタのような人間に頼むしか無いの。だから――お願いします」

 

 そう言って早苗も頭を下げる。

 カズキは考える。自分の未来をぶち壊した惨劇を思い出す。当たり前の日常を生きていた人々が、理不尽にも命を奪われる。それもただ殺されるのではなく、目を覆いたくなるような惨いやり方で。

 元来、カズキは心優しく真面目な人間であった。困っている人がいれば可能な限り手を差し伸べ、不正を行う人間がいれば真っ当なやり方でそれを正してきた。そんな彼からすれば、確かに妖怪という存在は許し難いものであった。

 今ここで目を逸らせば、それは大きな後悔になって残るだろう。命懸けの戦いなどやったことはない、一つ間違えれば自分が死ぬ。だがそれを差し引いても、カズキの心には大きな正義感が燃え上がる。

 迷いはある、恐怖もある。しかし、それでも見捨てられ無いものがある。

 そこまで考えて、カズキはようやく口を開いた。

 

「……分かりました、やります。俺に、何がどこまで出来るのかは分からないけど」

 

 そう言うと、健児と早苗はホッとしたように胸を撫で下ろし、笑顔を浮かべた。立ち上がってそれぞれが手を差し出してくる。

 

「そうか……ありがとう、本当にありがとう……!」

「私達が全力でサポートするわ。だから――絶対に死なないで」

 

 二人が差し出した手を握り返し、カズキは硬い握手を交わす。

 こうして、桜井カズキは仮面ライダーとしての道を歩むことになった。

 それからの日々は、まさに激動の日々であった。

 健児の指導の元に戦い方を学び、早苗のサポートを受けて妖怪達と戦った。

 何度も死にかけた、何度も逃げようと思った。それでも、己の正義感を支えに戦い続けた。全ては人類を守るために。

 ある日、トレーニングを行うカズキに対して、早苗が問いかけてきた。

 

「ねえ、アンタはなんで逃げなかったの? アタシ達はアンタを無理矢理巻き込んだ。正直、いつかは逃げられるものだと思ってた」

「――そうだな、確かに逃げたいと思ったことは数え切れないほどあるよ。苦しいし、死ぬのは怖い」

 

 でも、とカズキは続ける。

 

「俺が味わってる恐怖や苦痛は、妖怪に襲われる人々も味わってるものだ。俺が逃げれば、それを多くの人々に味わせることになる。俺一人が我慢すれば、被害は最小限に抑えられる」

「……それだけのために?」

「それだけのために、俺としてはそれで十分かな」

 

 そう言って笑うカズキ。それを見て早苗の心には暖かいものが込み上げてくる。

 

「――あの時、獄王に選ばれたのがアンタで、本当に良かったと思うわ」

「そうかな? 俺も今となっては感謝してるよ。俺を選んでくれた君とおやっさんに」

 

 カズキがそう言うと、早苗は頬を赤らめてそっぽを向く。

 

「そ、そういうことは言うべきじゃないでしょ。アタシ達はアンタを無理矢理巻き込んだんだから」

「確かに始まりはそうだった。それでも今は良いって思えるんだ。本当にありがとう」

「~~っ! 勝手にしなさいよ」

 

 早苗はそう言って足早に去って行った。

 その背中を見ながら、カズキは思う。

 始まりこそ無茶な形であったが、人々を守ることが出来るのは嬉しい。それに加えて早苗達の助けになれることも。この気持ちに嘘は無い。

 故にこれからも、戦い続けよう。そう心の中で誓うのだった。

 

 ★

 

 ふと、カズキは目を覚ます。

 周囲を見回すと、そこは病室だった。目の前にはベッドに横たわる早苗の姿がある。どうやら考え込む内に眠ってしまっていたらしい。

 

「……懐かしい夢を見たな」

 

 そう呟く。夢に見ていたのはかつての記憶。早苗達と出会い、仮面ライダーになった始まりの出来事。あれから一年、変わらぬ想いで戦い続けて来た。

 だが、今はそれだけでは足りない。どれだけ想いを込めても、勝てない相手がいる。力が足りなければ、守りたい人も助けたい人も取りこぼす。必要なのは今よりも強い力。

 

「……早苗、俺は君を助けたい。だから、もっと強い力が欲しい」

 

 眠る早苗の顔を見ながら呟く。その表情は硬く、強い覚悟を感じさせるものであった。

 カズキは立ち上がり、病室から出ていくのだった。

 

 ★

 

 雑貨屋東堂、その奥のリビング。

 ソファに静かに座り込むのは、東堂健児。彼は目を閉じ、腕を組みながら微動だにしない。彼は待っていた。必ずここに来るであろう人物を。

 そうしていると、玄関の扉が開く音が聞こえる。それから誰かが歩いてくる足音も。

 リビングに入って来たのは桜井カズキだった。彼はズカズカと歩き、健児の目の前に立つ。

 

「――来ると思っていたよ、カズキ」

「おやっさん、貴方に話があります」

 

 目を開き、見上げる形になりながら口を開く健児。対するカズキは仁王立ちのまま答える。

 

「貴方は言いましたよね。『方法は無い、今のところは』と。つまり、何かしらの条件を満たせば、助ける方法は存在するってことですよね?」

「ちゃんと伝わっていたようで何よりだ。確かに、早苗や人々を助ける方法はある」

「だったら――」

 

 息巻くカズキを、手を差し出して制する健児。彼は立ち上がり、カズキと視線を合わせる。

 

「この方法は、お前にとって更なるリスクを伴うものだ。こちらとしても安直に教えられない。だから今は方法が無いと言ったんだ」

「リスクなんて、今更気にしませんよ。最初から命懸けの戦いをやってるんだ、恐れるものなんてありません」

「お前はそう言うと思っていたよ。だからこそだよ」

 

 健児は真っ直ぐにカズキを見つめながら、さらに続ける。

 

「確かにお前は、俺達の無茶な頼みを聞き入れて今日まで戦ってきてくれた。それはお前自身が、平和を愛して邪悪を憎む心を持っていたからだろう。それ自体は素晴らしいことだ。だが、そんなお前に全てを押し付け、さらにリスクを与えて苦しめることになるかと思うと、俺も早苗も、胸が張り裂けそうになる」

「…………」

 

 淡々と語る健児、その表情は苦悩を思わせるように歪む。カズキは無言で聞き続ける。

 

「だが、お前が戦わなければ誰も救えないことも分かっている。特に今回は、早苗が犠牲になっている。必ず救って欲しいと思っているよ。だからこそ、お前に負担をかけることが心苦しい。そんな矛盾した想いを抱えて悩んでいるのが、今の俺だ」

 

 だから、と健児は更に続ける。

 

「俺の悩みを消せるように、改めてお前の覚悟を聞かせて欲しい。お前は何故戦い続ける?」

 

 健児は真っ直ぐにカズキを見据える。その視線を受け止めて、カズキは臆することなく口を開く。

 

「俺は――人が死ぬのを見たくありません。それを放っておくことも、見なかったことにもしたくない。人を助ける力があるなら、俺は躊躇いなくその力を使います。それに何より、早苗は俺にとっても大事な人です。彼女がこのまま死んでしまうなんて、俺は嫌です。だから戦います――命を懸けて」

 

 力強く、真っ直ぐな視線を返し、カズキは言い切った。それはこの上なく正直な気持ちだった。

 それを受け取った健児は、しばし目を閉じて沈黙する。やがて大きく息を吐くと、柔和な笑みを浮かべた。

 

「――そうか、そうだったな。お前は本当に優しくて勇敢な男だった。良いだろう、今のお前になら新たな力を託せるだろう」

 

 そう言うと、健児は懐から小型のケースを取り出す。それを開けると、中には赤く染まった髪とヒゲを蓄えた大柄の鬼が描かれたアヤカシバレットが入っていた。

 

「これは?」

温羅(うら)バレット。獄王の強化アイテムだ。これを使えば、これまで以上の力を持った姿に変身できる。羅刹をベースに犬神のパワーと八咫烏のスピードをかけ合わせて、三位一体の能力へと昇華させた。さらに、妖怪の魂を浄化して無力化することもできるようにしてある」

 

 ただし、と健児は付け加える。

 

「その分、肉体にかかる負担はこれまでの比ではない。単純計算でも、羅刹の三倍以上の負担がかかることになる」

「……なるほど」

 

 その言葉に一瞬だけ眉をひそめるが、すぐさま温羅バレットを手に取るカズキ。言うまでもなく、とうに覚悟は決まっていた。

 

「ありがとう、おやっさん。必ず奴らを倒して早苗を――人類を救ってみせます」

「ああ、頼んだぞ、カズキ」

 

 そうしていると、カズキのスマホに着信が入る。画面を見ると表示されているのは文香の名前だった。カズキはすぐさま通話に出る。

 

「もしもし、文香さん?」

「カズキ君、今街中で怪しげな四人組を見かけたっていう情報が入ってきたの。もしかしたら、前に戦った妖怪達かもしれない」

「っ! そうですか、ありがとうございます。俺は今すぐそこへ向かいます」

「……カズキ君、調子を取り戻したみたいだね。それなら大丈夫か、場所は――」

 

 文香から目的地の情報を聞いたカズキは、通話を切ると健児に向き直る。

 

「そういうことなんで、すぐに向かいます。おやっさん、後はお願いします」

「ああ、行って来い」

 

 頷きを返し、カズキは外へ飛び出す。表に停めてあるバイク――ヘルスピーダーに跨がり、エンジンがかかった瞬間、最高速で飛び出していく。

 

「待ってろよ、早苗――!」

 

 力強く呟きながら、カズキは真っ直ぐ目的地へと向かっていくのだった。

 

 ★

 

 都内の商業施設、その中央広場。

 大きく開かれた屋外スペースだが、今そこは無数の人々が倒れている地獄と化していた。

 人々の近くにばらまかれているのは、古臭さを感じさせる紙切れ。皆、文車妖妃の能力で魂を奪われて、力尽きているのだ。

 その光景を眺めながら、人間態の九千坊をは高笑いをあげる。

 

「ハハハ、人間共がくたばる様は何度見ても愉快だな。胸の奥がスッとするぜ」

「ええ、か弱い生き物が弄ばれるのは、刺激的で興奮しちゃうわ」

 

 九千坊の言葉に女天狗も同調する。そんな二体を後ろから眺めていた酒吞童子は、ふと隣に立つ文車妖妃に声をかける。

 

「どうだ、文車妖妃。魂の量は十分か?」

「はい、ここで集められた魂は必要数を上回っております。そろそろ戻ってもよろしいかと、酒吞童子様」

 

 傘布越しに微笑を浮かべて答える文車妖妃。その声音は少々弾んでおり、愉快であるという内心を隠しきれていない。

 そんな風に妖怪達が話していると、けたたましいエンジン音が聞こえてくる。それは徐々に近付いてきており、どんどん大きくなってくる。

 屋外へと続く出入り口から、ヘルスピーダーに乗ったカズキが突入する。妖怪達はその光景に驚くも、すぐに平静を取り戻して様子を伺う。

 カズキはある程度の距離を保ってバイクから降りる。目の前に立つ四体の妖怪を睨み、怒りの形相を見せつける。

 

「来たか、獄王。だが今更貴様に出来ることは無い。貴様では我々に勝てない。ここで死ぬが良い」

「そういうこと、諦めてお家に帰りなさい? まあ、帰ったとしても殺しに行くけどね」

「ハッ、せっかく自分から来てくれたんだ。ちゃんと嬲り殺してやるのが礼儀ってもんじゃないか?」

 

 三幹部はそれぞれ好き勝手に語る。だがカズキはそれらを無視し、腰にゴクオードライバーを装着する。

 

「お前達の言い分なんてどうでも良い。俺はなんの勝算も無しにここに来た訳じゃない」

「何――?」

 

 カズキの言葉に、酒吞童子が眉をひそめる。

 カズキは温羅バレットを右手に握り、側面に付けられたボタンを押す。

 

《ウラ!》

 

 高らかな電子音声が鳴り響くそれを、開いたドライバーのマガジンに装填し、すぐさまマガジンを閉じる。その勢いのまま、ドライバー上部の中央にあるボタンを押し込む。

 ドライバーから赤い稲妻状のエネルギーが迸ると、カズキの身体に刺されるような痛みが広がり、胸を押さえて苦しみだす。

 

「ぐっ……! ううっ……! なるほど、羅刹よりキツいってのは本当みたいだ……!」

「新たな力を手に入れたというわけか。だが無謀だな。その様子では使いこなすことはできまい。自滅するつもりか?」

「うるせえよ……お前らを倒すためなら、いくらでも無茶をしてやるよ……!」

 

 額から脂汗を流し、心臓が早鐘を打ち息が乱れる。全身の内側だけでなく外からも針で刺されるような鋭い痛みが走り、足がガクガクと震え、視界もボヤけてくる。

 それでも、カズキは諦めない。こんなところで諦めるわけにはいかない。人間を脅かす妖怪を倒すため、何より早苗を救うために。そのためにも。

 

「この程度の痛み、苦しみで、負けるわけにはいかねえんだよぉ!!」

 

 拳を握り、歯を食いしばる。目の前の邪悪にも、己の身体を苛む痛みにも、負けられない。負けたくない。その一心でひたすら耐え抜く。

 

「ウオオオオオオオオオッ!!!」

 

 叫ぶと同時に全身に力を込める。肉体を覆う激しいエネルギーを無理矢理抑え込み、一箇所に集中させる。最初は暴れまわっていたエネルギーも、徐々に落ち着き制御下に入っていく。

 やがて、カズキが大きく右手を振るうと、全てのエネルギーが右手に集約する。その形は銃を模した指を覆うように変わっている。

 

「――ほう」

「あら、本当に制御しちゃった。意外とやるのね」

「おいおい、余興にしちゃ随分やり過ぎなんじゃねえか?」

 

 様子を眺めていた三幹部達はそれぞれの感想を述べる。口調は軽いが、状況が変わったことに対し各々が警戒心を高めている。背後に立つ文車妖妃も、両手に握る小箱を強く抱きかかえて警戒する。

 そんな妖怪達を尻目に、カズキは笑みを浮かべながら、右手をゆっくりと動かす。そのまま持っていくのはこめかみ――ではなく、自らの顎下だった。

 突きつけた右手で顎を押し上げ、一つ息を吐いてから、カズキは叫ぶ。

 

「――変身」

 

《キジン・センジン・カイジン!》

《ゴクオー・ウラ!》

 

 

 右手で顎を撃ち抜くと、放たれたエネルギーが空へ飛び出す。宙空に留まったエネルギーは、すぐに拡散してカズキの全身を覆っていく。

 銀色のアンダースーツが形成されると、その上に赤い装甲が装着される。装甲には黒、白、黄色のラインが三本並んで走る。

 頭部は羅刹に似た、しかしより厳つい表情を象っており、小さめの二本角の中心に赤い一本角が生えたものになる。

 赤い装甲から同色の稲妻と蒸気が吹き出すと、周囲で荒ぶっていたエネルギーが霧散する。

 ここに、仮面ライダー獄王・温羅バレットが誕生した。

 

「これが――新しい獄王の姿か。確かに、これなら勝てる――!」

 

 スーツの中で荒ぶる力を実感し、カズキは確信を持って前に進み始める。

 一方、妖怪達は一層警戒心を強めることになった。

 

「あの力、確かにこれまでとは違うようだな」

「ええ、空気を通じて伝わってくる気配だけで分かるわ。あれは中々凄いわね」

「言えてるな。だが、放って逃げるわけにも行かねえだろう?」

 

 そう言って笑う九千坊に、他二体も同意する。自らのアヤカシバレットを取り出し、胸に突き刺す。

 

《シュテン!》

《ニョテング!》

《クセンボウ!》 

 

 各々が怪人態に変身すると、一斉に飛び出しカズキへと向かう。それぞれの得物を構え、一気に勝負を決めようとする。

 対するカズキは落ち着き払い、両手を正面に突き出す。そこに現れるのはヘルガンとヘルソード。二本の武器は、瞬時に原子分解され、一つに集まっていく。

 再構築されてカズキの目の前に現れたのは、真紅に染まる巨大な金棒だった。身の丈ほどもある巨大な金棒が、カズキの両手に握られる。名を銃皇棍(じゅうおうこん)ヘルズロッド。温羅バレットにおける専用武器である。

 カズキはヘルズロッドを横向きに構えて、三幹部達の攻撃を受け止める。大剣、羽扇、刺又による同時攻撃を受け止めても、微動だにせずに耐え抜く。

 

「何っ――」

 

 思わず驚愕する酒吞童子。これまでの獄王とは違うとは感じていたが、まさか自分達の攻撃を完全に受け止めるとは思わなかった。その事実に驚いてしまう。

 

「おい、何を驚いている。今度は、こっちの番だぜ――!」

 

 三体の武器を弾き飛ばし、カズキはヘルズロッドを腰だめに構える。そこから勢いよく振り抜き、三体にまとめて攻撃を仕掛ける。

 態勢を崩されていた三体だが、そこは人間を遥かに超える身体能力を持つ妖怪。常人なら動くことすら不可能な態勢から、無理矢理地面を蹴って回避する。

 しかし、わずかに反応が遅れ、それぞれがダメージを受けてしまう。そのことに更に驚いた三体は、瞬時に最初の位置まで引き下がった。

 酒吞童子はダメージを受けた左腕を見る。わずかに一太刀、切り傷を付けられた。だがその一太刀は、これまで遥か格下だと思っていた人間から受けたもの。その事実に、内心で舌打ちをする。他の二体も同様であった。

 

「ああっ、酒吞様!」

 

 だが、そのことに本人よりも動揺している者がいた。文車妖妃である。

 彼女は酒吞童子の左腕を手に取り、その傷を見て顔を青ざめさせる。そして小箱の蓋を開け、その中に収められていた魂の一部を取り出す。

 

「さあ、この魂で傷を癒やしてくださいませ!」

 

 文車妖妃がそう叫ぶと、魂が霧散し三幹部の傷へと注ぎ込まれる。傷はあっという間に塞がり、完全に癒してみせた。

 それを確認すると、文車妖妃はユラリとカズキの方へと向き直り、傘布越しに怒りに満ちた視線を向ける。

 

「よくも酒吞様の玉体に傷を……しかも、一度ならず二度までも、貴様のような下劣な人間風情が……! 許せない……!」

 

《フグルマヨウキ!》

 

 文車妖妃は取り出したアヤカシバレットを胸の中心に突き刺し、その姿を変える。

 身体は着物と一体化したような皮膚へと変わり、頭部からは衣笠が消滅、人の顔をベースにしながらも二本の角が生え、牙も生えた鬼の姿――それが文車妖妃の真の姿であった。

 

「酒吞様、ここは退却を。あの不埒者は私が必ず始末致します。これ以上、酒吞様のお身体を傷付けるわけにはいきませぬ!」

 

 怒りの形相のまま、文車妖妃は叫ぶ。その姿に酒吞童子は、再び内心で舌打ちする。

 酒吞童子を慕うあまり、その身にほんのささいな問題が起こるだけで頭に血が登り、制御不能になる。それが文車妖妃の欠点であった。

 こうなってしまっては酒吞童子の言葉でも止まらない。狙った相手を殺すまで暴走は続く。酒吞童子はこの時点で、文車妖妃を切り捨てることに決めた。

 

「女天狗、九千坊、撤退するぞ。今のこの状況は我らに好ましくない」

「そうねぇ、仕方ないかしら。妖妃ちゃんがあの調子じゃ、私達まで巻き込まれちゃうわ」

「へっ、まあぶっ殺すのは次の機会だな」

 

 そう言うと、三幹部達は闇を纏って消え去っていく。それを見送った文車妖妃は、両手に大量の魔石を抱え込み、地面に向かって放る。

 魔石が地面に触れると、灰色の鬼――餓鬼が大量に現れる。

 

「さあ、餓鬼共よ、我らが主君に仇なす不埒者を抹殺せよ!」

 

 文車妖妃の叫びに呼応し、餓鬼達は一斉にカズキへ向かって走り出す。

 しかしカズキは落ち着き、ヘルズロッドを構えて迎え撃つ。近付いてくる餓鬼を打ちのめし、弾き飛ばし、叩き潰す。巨大な金棒の質量で、強引に倒していく。

 やがて、自らの周囲を囲まれる形になると、ヘルズロッドを地面に突き刺し、ドライバー上部の中央のボタンを二回押す。

 

「邪魔だ!」

 

《ファイナルバレット!》

《獄王温羅爆裂脚!》

 

 そう叫び、右足に力を込める。左足を軸にその場で回転、その勢いで右足による回し蹴りで周囲の餓鬼を一掃、爆散させる。

 蹴り終わりの態勢から身体を戻すと、文車妖妃が小箱を掲げてエネルギーを溜めていた。そのエネルギーは巨大な球体状に形成され、邪悪な雰囲気を醸し出す。

 

「これを喰らいなさい!」

 

 叫ぶと同時にエネルギー球がカズキに向かって放たれる。猛スピードで向かってくるエネルギー球を避けることは叶わず、直撃を受ける。着弾と同時に爆炎と砂煙が巻き起こり、カズキの姿を隠してしまう。

 

「ふうぅ~……これで木端微塵に――」

 

 そう呟く文車妖妃の耳に、けたたましいエンジン音が聞こえてくる。次の瞬間、砂煙の中からヘルスピーダーに乗ったカズキが飛び出してくる。カズキはそのままの勢いで文車妖妃を跳ね飛ばした。

 

「があっ!? くっ、おのれぇ……!」

 

 地面に転がるもすぐさま立ち上がった文車妖妃は、今度は虚空から一台の文車を召喚する。その屋根に飛び乗ると、文車を引っ張る幻影が現れ走り出す。見た目は木造であるはずの文車が、バイクにもひけを取らないスピードで動き出したのだ。これにはカズキも面食らう。

 

「おいおい、なんでもアリかよ!」

「機械ごときに遅れを取るなどと、思わないでいただきたいですね!」

 

 猛スピードで突っ込んでくる文車から逃げるように、ヘルスピーダーを走らせるカズキ。

 文車妖妃はその背中を追いかけながら、紙をまとめて作った爆弾を打ち込んでいく。カズキの周囲に落ちて爆発するが、直撃には至らない。爆発を避けながら、カズキはヘルスピーダーを走らせていく。

 やがて、ある程度の距離が開いたところで急旋回、正面から文車妖妃と向かい合う形になる。そのまま最高速でエンジンを吹かし、一気に接近していく。

 突然の転換に驚く文車妖妃、だが負けじと乗っている文車のスピードを上げさせ、真正面から迎え撃つ。

 互いがすれ違う瞬間、カズキはヘルズロッドを取り出して振り抜く。その一撃は文車妖妃の胴体に命中し、大きく吹き飛ばす。本体たる文車妖妃との距離が離れたことで、文車の方は地面を横転して消滅した。

 

「ぐうっ!? 馬鹿な、私は酒吞童子様に仕える妖怪……人間如きに苦戦するなど……!」

「理由は二つあるな。まず、お前は元々荒事が苦手だったんだろう、だから幹部達が護衛に付いてた。でも、頭に血が登って冷静な考えができないまま、一人で戦った。だから負けるんだ」

「なんっ……いや、だとしても人間相手にここまで……!」

「それともう一つ」

 

 地面に転がり、苦しげに呻く文車妖妃に対し、カズキは淡々と語る。

 

「今の俺は、本気で怒っている。お前の力や怒りなんてちっぽけに思えるくらいにな」

「怒り……そうか、あの女性のため、ですか」

 

 思うところがあったのか、文車妖妃は一瞬目を伏せる。しかし、すぐに狂気的な笑みを浮かべて笑い出す。

 

「アハハハ! ちっぽけな人間風情の恋心に私が負ける? そんなこと、あり得る訳がないでしょう!!」

 

 目を見開き、歯をむき出しにしながら文車妖妃は立ち上がる。その瞳には強い怒りの炎が爛々と燃えていた。

 

「私は五百年以上、あの方を想って尽くしてきた! その想いは誰よりも強く、誰よりも重い! その私が、百年も生きていないような人間のつまらん恋心などに負けることなど、あってはならない――あってはならないことなのですよ!!」

 

 血涙すら流しながら叫ぶ文車妖妃。すると、両手で何かを包むように構えて、力を込める。文車妖妃の体内から溢れ出すエネルギーと、周囲から集まってくる紙が合わさり、直径十メートルに及ぶ巨大なエネルギー弾を作り上げる。

 

「これが私の最大級の技、見せてあげましょう、誰かを想う心の真の強さを!」

 

 叫ぶと共に、エネルギー弾を解き放つ。地面を抉りながら、溢れる余波だけで周囲の建造物を破壊し、カズキへと迫る。

 これを見て、カズキは避けることなくヘルズロッドを構える。持ち手の部分を九十度曲げると、金棒部分が二つに割れ、カバーのように開く。内部から現れたのは黒光りする巨大な砲身だった。

 

《カノンモード!》

 

 電子音声が鳴り響くと、カズキはドライバーから温羅バレットを取り出す。そして持ち手に備えられたスロットに装填する。

 

《ファイナルバレット!》

《獄王温羅爆発弾!》

 

 必殺の赤黒いエネルギーが砲身に溜まっていき、解き放たれるのは今か今かと待ち構える。十分に溜まったを判断した瞬間、カズキは引き金を引く。

 放たれた赤と黒のレーザービーム、それは文車妖妃の放ったエネルギー弾と激突、一瞬で貫き消滅させる。それだけでは止まらず、文車妖妃の胴体をも貫き、大ダメージを与える。

 

「がはっ!? そ、そんな、馬鹿な……」

「お前、なんだかごちゃごちゃ言ってたな。想いがどうのこうのって」

 

《ロッドモード!》

 

 カズキはヘルズロッドを金棒に戻しながら、ゆっくりと文車妖妃へと歩み寄る。

 

「確かに誰かを想う心ってのは大事なものだ。だがな、他人のそうした想いを踏みにじる奴が、語って良い理屈じゃねえんだよ!!」

 

 怒りを込めて、カズキは叫ぶ。

 脳裏に浮かぶのは妖怪に殺されてきた人間達、その死を悲しむ様々な人々、病室で眠る早苗、そしてそれを見ているしかない自分。妖怪達が踏みにじってきた、誰かを想っていた人々の姿。その記憶が、カズキの中にマグマを思わせるような怒りを湧き上がらせていた。

 カズキはヘルズロッドを両手で真正面に構え、温羅バレットをスロットに再装填する。

 

《ファイナルバレット!》

《獄王温羅爆砕斬!》

 

 ヘルズロッドに赤黒いエネルギーが収束し、金棒に付いている棘が長くなる。それを横薙ぎに構えながら、カズキは地面を蹴り走り出す。

 文車妖妃は無数の紙製爆弾を放ってくるが、ダメージのせいで狙いが定まらないのか、周囲を爆散させるだけで直撃することはなかった。

 真っ直ぐ突っ込んでくるカズキに対し、焦りと恐怖を覚えた文車妖妃は、思わず叫ぶ。

 

「あ、あなたは……あなたは、何なんです!?」

 

 その言葉を聞きながら、カズキは目前まで迫る。ヘルズロッドを振り上げながら、最後の問いに答える。

 

「教えてやる。俺は仮面ライダー獄王。お前を地獄に堕とす者だ――!!」

 

 そう言うと同時に、カズキはヘルズロッドを振り下ろす。

 それは文車妖妃を頭から叩き潰し、一瞬で物言わぬ肉塊へと変えてしまい、爆散させた。

 すると、潰した跡から大きな光が溢れ出す。それは球体になったかと思うと、急激に離散する。一部の光は周囲に倒れている人々へと降り注ぎ、残りは空を飛んでどこかへ行ってしまう。

 何事かとカズキが思っていると、光が降り注いだ人々が目を覚まし始める。

 

「そういや、妖怪の魂を浄化して無力化するって言ってたけど、もしかして、奴が奪った魂の代わりとして被害者の元に戻ってるのか……」

 

 思わぬ効果に感嘆するカズキ。そして空へ飛んでいった分がどこに行ったのかを考える。あの方角なら、病院があったはず。

 

「まさか、早苗――!」

 

 そのことに気付くと、カズキは変身を解除して病院に向かおうとする。しかし、変身解除した途端、それまでの負担が一気に来たのか、思わず膝を付いてしまう。

 

「くっ……! いや、ここで倒れるわけには……」

 

 カズキはなんとか立ち上がり、ヘルスピーダーに跨る。朦朧とする意識を気合いで保ちながら、病院まで走り出した。

 

 ★

 

 なんとか病院まで辿り着いたカズキは、フラフラになりながらも院内を歩いていた。目指すのは当然、早苗の居る病室である。

 周囲では目覚めた人々の対応で慌ただしくなり始めている。それを横目に見ながらも、カズキは不安と戦っていた。

 もしも、早苗が目覚めていなかったら。周りを見ていれば、それは杞憂と考えることもできたが、直接確かめるまで安心することはできなかった。

 やがて、早苗の居る病室の前まで辿り着く。閉じられた扉を前に、心臓が早鐘を打つ。もしも、もしも――そんな考えが頭を過ぎる。少しだけ深呼吸をして、意を決して扉を開く。

 病室の中に居たのは、ベッドの上で起き上がり、自分の様子を確かめている早苗だった。

 その姿を見て、カズキは心底から安堵の息を吐く。その声を聞いて、早苗もこちらに顔を向ける。

 

「カズキ……」

「良かった……本当に、良かった……!」

 

 フラフラとその場にへたり込み、疲れ切った笑顔を浮かべるカズキ。早苗はその様子をキョトンとしながら見ていた。

 やがて、落ち着いたカズキから説明を受け、早苗も状況を理解した。ベッドに背中を預けて、天井に目を向けながら、早苗は息を吐く。

 

「今回も、アンタにはとてつもなく負担をかけちゃったみたいね。本当にごめんなさい」

「いやいや、早苗が悪い訳じゃないだろ。悪いのは人間を襲った妖怪だ。そいつはもう倒したから、これで今回の件は終わりだ。全部解決、それで良いじゃないか」

「それはそうかもしれないけど、アタシとしては情けないわ。アンタを支えるって決めたのに、この体たらくじゃ……」

「そんなことないよ。俺は早苗が居てくれるから戦えるんだ。それで十分なんだよ」

「カズキ……」

 

 ベッド脇の椅子に座って語るカズキに、早苗は複雑そうな、それでも嬉しさを滲ませた笑顔を浮かべる。

 その顔を見て、カズキの胸中にある言葉が浮かんでくる。そしてそれを伝えるならば、今なのではないかと。 

 そう思ったカズキは、早苗の顔を見ながら口を開く。

 

「早苗、俺は――君が好きだ」

「…………はあっ!?」

 

 余りに唐突な、それでいてストレートな言葉に、早苗は耳まで真っ赤にして飛び起きる。ベッドの上で限界まで後ずさり、距離を取ってしまう。

 

「あっ、ごめん、ちょっといきなり過ぎたな」

「い、いや、それもそうだけど、アンタ、自分が何言ってるか分かってんの!?」

「ああ、それは分かってる。俺は君が好きなんだ。もちろん異性として。ライクじゃなくて、ラブの方で――」

「ああああああああっ!?」

 

 臆面もなく続けるカズキの顔面に、思わず枕を投げつける。無理矢理言葉を中断させて、早苗は自分の胸に手を当てて、深呼吸を行う。

 

「はあ……はあ……アンタ、もうちょっとタイミングとか考えなさいよ……」

「うん、それは俺も思ったんだけどさ、ようやく自覚できた気持ちだから、早く言わないといけないかなって」

 

 脳裏に浮かぶのは文車妖妃の言葉。自分の想いを恋心と表現した妖怪、気に食わない相手ではあったが、その言葉だけは自分にとって踏み出すきっかけになったと言える。そんな風にカズキは考えていた。

 そんな彼の態度に、早苗は両手で顔を覆い、項垂れながらため息を吐く。

 

「確かにアンタは真っ直ぐなところがあったけど、まさかここまでとはね……なんでそんなに度胸あんのよ……」

「そりゃあ、この一年妖怪との戦いの中で鍛えられたから、かな?」

「そういえばそうだった……」

 

 項垂れ続ける早苗に、カズキも少し不安になり始める。

 

「ごめん、やっぱり急ぎ過ぎたな。嫌だったなら今のは忘れて――」

 

 そう言って立ち上がろうとするカズキの左腕を、ガシッと掴む早苗。その顔は未だに真っ赤であるが、覚悟を決めたように口を一文字に閉じている。

 

「……嫌じゃないわよ」

「えっ?」

「……アタシも! アンタのことが好きなのよ! アンタと一緒にいる内に、アンタの真っ直ぐなところや、優しいところに惹かれていった! アンタが傷付くと不安になるのは、アンタのことが好きだからよ! ほら、これでおあいこ! 良いでしょ!?」

 

 勢い良く叫ぶ早苗に、カズキも呆気に取られる。しばらくして、小さく吹き出して笑い出す。

 

「なあっ……!? そこ笑うところじゃないでしょ……!」

「いや、ごめんごめん。早苗もそう思ってくれてるってことが嬉しくて。そうか、両思いだったかぁ、そうかぁ」

「本当に面と向かって言うのやめて……凄く恥ずかしいから……」

「ええ~? 俺は凄く嬉しいんだけどなぁ~。早苗は嬉しくないの?」

「いや、確かに嬉しいけれど……! もう、アンタには敵わないわね……」

 

 和やかに話続ける二人。二人を隔てていた壁はようやく消え去り、本当の意味で分かり合うことができた。

 お互いの想いを打ち明け、真の理解者となれた二人は、これから先も手を取り合って歩き続けることだろう。

 いつまでも、どこまでも。

 




 総文字数:18000文字(過去最高)

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 上に書いてる通り、とんでもない長さになってしまいました。その分、やりたいこととやるべきことは詰め込めたかと思います。楽しんでもらえたでしょうか。
 これにて、仮面ライダー獄王の第一章は完結となります。物語も一区切り付きまして、ちょっと最終回っぽい感じになっております。まあ一応気持ちの上では最終回を書いてるつもりでした。
もちろんここで終わるはずもなく、次回からは新たなステージに入っていきます。今後も広がるであろう獄王ワールドを、是非お楽しみください。

 さて、今回はこの辺で。
 次回もお楽しみに!
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