こんな明日はいかが?   作:ケット

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第8話

 何の夢だったのか……岡野?

 早く目が覚めてしまって飛び起き、ちょっと運動しておかなければと気がついた。

 テスト勉強で義務がたまっている。このままじゃオンラインの貯金が減る。

 着替えて運動場に行くと、岡野が中国系の人たちと太極拳をやっていた。

 目が離せなかった。

 四つ上で、大きな賞を取った江さんもいた。一度ケンカしたから、どうしようもなく強いのも知っている。でも、岡野はそれよりきれいな動きだ。

「何見てんのよ」

 葉波に背中を叩かれた。怒ったような声。

「え、あ」

「おはよう。運動がたまってるんでしょ、ほら」

 と、いきなり背中合わせにくっついて、ストレッチを始めた。

 どうしたんだろう……春おじさんがいるなら、嫉妬させたいんだろうけど、どうしたのかな……まあ気持ちいいからいいか。嬉しすぎて恥ずかしくて、なんだか居心地が悪いような気もするけど。

 

 今日のテストは自宅からネットで。

 昨日は学校でケーコを取り上げられ通信を遮断され、代数と航路計算と、英語と漢詩の暗記暗唱だったが、今はむしろコンピュータや教科書があっても力を試せる試験科目が多い。逆に完全に修得しないと単位が認められない……毎日のように小テストを完全にできるまでやらされるのが辛い。

 これから岡野のように脳直結が増えたら、コンピュータを取り上げることはできなくなる。そうなったらどうなるやら。いや、もし脳直結のレベルが上がり、誰もが常時円卓について聖杯に接している状態になったら……

 そしてオヤジを迎えに、みんなで……岡野も葉波一家も……家を出たら、埠頭に峰が待っていた。

「よ」

「おう」

 次の瞬間、目に映った腕、頭に散る星……呆然とした。殴られたのか。

「な、なにすんだ」

「きゃあっ」

「何を」

「峰くん」

「この野郎!」

 再び拳がめりこむ。やっと痛みを認識し、血の臭いをはっきりかぎつけた。

「約束じゃねえか!」

「てべぇ!」

 それからはオレもあまり覚えていない。ある部分は妙に冷静だったが……仲間とのケンカと、人外動物(ヴァーレルセ)から身を守るのは区別しなければならないから、区別して……って、噛みつきは反則だぞ! しまった、肘が入っちまった。

 気がついたら、オヤジや通りがかりの船員たちに取り押さえられていた。

「約束、しただろうが……葉波が船長、おれは機関長、由は一等航海士……」

「おいおい、どうしたんだ?」

 苦笑気味のオヤジ、峰がしばらくもがいて……ふっとむき出した出っ歯をしまい、折れた歯を吐いた。

「お帰りは?」

「あ……お帰り!」

 と、美香がオヤジに飛びついた。

「大きくなったな、寂しくなかったか?」

「ううん、ネット映話でいつも話してたし、みんな誰かいないもん」

 オフクロが控えめにオヤジに寄り添う。

 オレはどうしていいかわからなかった。

「さて……どうしたんだ? 正式な決闘だった、ってことにするかい」

 オヤジが峰を放し、声をかけた。

「ずいまぜん……」見ると、彼は泣きじゃくっている。「ぐぁ、あ……」

 オヤジの目配せを受けた相原一家が、峰を連れていった。

「いきなり心配させるな」

 ぽん、と頭に手が乗る。

「大きくなったもんだ、しかもずいぶん元気にな」

「そんな……」

 嫌味のつもりか……くそっ。

「峰くんもずいぶん強くなってたよ、前見た時はこんな子供だったのに」

 と、腰ぐらいに手を、頭をなでるように出す。なんだかむかむかする。もう腕力じゃ負けない自信は……だめだ、あっさり取り押さえられた。くそ……くそっ!

「ちゃんと仲直りしろよ」

「しらねーよ、いきなりあんな……」

 はっ、と気がつく。オレが、例の講座を受けに本土に行くことは……海とメガフロートから出てしまう、ってことになるのか? 本土に出て行って、稲刈りと正月ぐらいしか帰ってこない連中のように?! 単に面白い勉強、ってだけじゃなく?

 それに、三人で船を持ち世界中を回る、って子供の頃の約束……あいつはいまだに本気だったのか……

「やれやれ」

 と、オヤジは呆れたように肩をすくめ、

「まったく……」

 ちょっと遠い目で水平線の水鳥を追った。

「どうするんだ、今からでも予定を変えるか?」

 オレはどうしていいかわからなかった。

「ありがとうございます」

 オヤジが、取り押さえるのを手伝ってくれた船員に礼を言う。一人の初老の黒人が特に気になる。

「元気ね、君が“嵐の長谷川”? わしはジョンソン。よろしく」

 重みのある声、船乗りっぽいがしっかりした日本語。握手した、皮手袋より厚い鋼のような手。筋金入りの海の男だ。

「は、はい、よろしく」

 ちょっと意味ありげに苦笑し、なぜか岡野と……多分ケーコのテキストで少し話して、ぴしっと敬礼して立ち去った。

 カッコイイ……それにオヤジ以上に、ものすごい力だった。

「知り合い?」

「何度か世話になってる」

 オヤジもちょっと意味ありげに見送った。岡野も。なんだろ?

「おっとすまんな……えまちゃん、いきなり騒がせて悪かったな」

 と、オレの頭を後ろから小突く。去年まではこういうときは、頭に手を乗せて押さえつけたんだが。

「小さい頃会ったことがあるけど、覚えてるかな?」

「はい」

「そろそろ予約の時間よ、いきましょ」

 パーティには岡野ももちろん相原一家も誘って、ちょっと盛大に外食した。

 主に船員など外から来た人のため、安くておいしい店もたくさんある。海からも農地からもふんだんに色々とれるし、海にはアジア各国から人が集まっている。今日はずっと中国奥地にいたオヤジのためだから港の寿司屋。

 オヤジの「生魚なんて半年ぶりだ」が何回でたことか。

「本土じゃ、ここまで新鮮な魚やカニなんて食えないだろ?」

 岡野をからかうと、

「バカにしないで、普通にあるわよ……これもおいしいけど」

 と怒っていた。

「仲悪いのか? 居心地いい?」

「ううん、すごく仲いいよ」

 葉波がフォローしていたけど、どう見ても仲悪いと思うな……でも全部岡野が悪いんだぞ?

「いえ、みなさんよくしてくれて、とても居心地はいいです」

「だってあたし、えまお姉ちゃんとなかよしだもん! お兄ちゃん、そのイクラちょうだい」

「いいよ」

 美香もバカだな、本土から何日かけて運ばれてきたと思ってるんだ。

「へぇ由、さび抜き卒業したんだ」

 葉波の一言に凍りつく。葉波ならともかく、岡野にまで子供扱いされたらたまらないから頼んだのに……あ、オレが我慢しているのばれてたんだ……

「あのねえまちゃん、由ってついこのあいだまで」

「もうやめてくれ」

 

 テストが終わる頃、稲刈りが始まった。

 大きくひたすら広いメガフロートに着くと、金色の野が広がっていた。

 重く垂れる稲穂、はちきれそうなネイ……広いあぜ道の両脇に茂る、防風を兼ねた高いサトウキビ、各種豆、灌木など。

 こんなにたくさんどこにいたのか、と思うほど多くの人が集まる。

 あちこちに行っている住民の家族や、アジア中から集まった渡り鳥たち。

「ちょ、ちょっと……」

「ん?」

「どこに行くの?」

 葉波が向こうに回り、オレと岡野は……

「ぶらぶらしてればすぐ声かかるって、」

「ほらそこの二人! これB……33に持って行って」

「はい。な?」

 重くはないが結構長い板で、一人では持てない。

「そっち持ってくれよ」

 と、ばたばたやっている。

「鎌で稲刈りなんてやらないのね」

「コンバインで全部できる、平坦なメガフロートの利点さ」

 いろいろなことで手が必要ではあるけど。赤道付近では、近くの大人口を吸収するためほとんど人手でやってるらしい。

「おい、これでもどうだ」

「サンキュ。ほら」

 と、おっさんが切ってくれたサトウキビを分けてみんなでかじる。

「甘い……」

「そりゃな。ほら、こっち手伝えって!」

「う、重い……」

「がんばれ、落とすなよ」

「もうちょっと、ファイト」

「ふう……あれ?」

 と、H鋼をみんなで運びこんだ、まだ刈り取っていない田を見て岡野が、

「これ……知ってる稲じゃない」

「ネイだよ」

「ネイ?」

「遺伝子改良水稲の一種で、ヒエとかの遺伝子が入ってる。光合成がどうとか」

「ちょっと待って」

 と、数秒目を閉じると、

「なるほどね、C4光合成できわめて耐塩性が高い……わたしがとってる生物学2で光合成は、低緯度地域での収量がきわめて多く、主に飼料用……あ、なるほど……」

 便利なもんだ。欠陥品だけど。おっと、

「ほらこっち! サトウキビばっかかじってないで塩水のんどけ、熱射病になるぞ。おーい!」

 葉波たちとまた合流した。

 

「お、始まったか」

 空が黄昏れてくると、刈られて肥料を混ぜて掘り返され、あちこちサトウキビが残るのみの田を背景に、たくさんの人たちが集まる。

 漁船が直接横付けされ、魚がホースで巨大な桶に注ぎこまれる。オレたちもどろどろになって魚をさばき、種類や部位によって刺身、海水で煮る、揚げるなどに流れ作業で分ける。やっぱり水産処理場のプロは違うよな……

「こら、ぼーっとしてないで手を動かせ。プロのみなさんみたいにできるわけがないんだから、丁寧に、怪我しないように」

 はいはい。

 次々におけ一杯になる内蔵などが運ばれていく。砕かれて肥料になるのだろう。

 他にもたくさんの食べ物飲み物が運ばれ、板を敷かれた祭場を埋めていく。

 櫓ができ、夜店も出る。

 葉波たち女子はもう着替え、トランペットの練習を始めている。

「みんなももういいぞ!」

 と待ちに待った声、男子は裸で海に飛びこんだり大きなホースの水を浴びたりして汚れを落とし、浴衣に着替え、好きな楽器を手に集まった。一昨年までは家族に着付けてもらったが、去年から男子どうしでやっている。

「お……」

 葉波と岡野の姿に、思わず言葉を失った。

 いつもと違う、華やかな朱とまばゆい緑に負けない葉波と、濃紺に白とかすかな金が凜とした気品をかもす岡野……

「どうしたの、そんなに見とれて!」

 葉波がいつも通りの声で、身を寄せてきた。

 何人もの男に誘われている岡野がちょっと助けを求める目でこっちを見たので、葉波と二人で蹴散らした。

 そして熱い風の中花火が上がり、音楽が始まる。

「これなに? 星みたい」

 岡野が夜店でいろいろ買い食べている。

「スターフルーツさ、熱帯フルーツならみんな食べ飽きてるよ」

「わたしには珍しいの!」

 みんな夢中で飲み食いし、演奏し、歌い、踊った。

 オレは声変わりが終わるところで大声ばかり出していてあまりいい声は出ないが、精一杯張りあげる。

「おい、声小さいぞ」

「おいじゃないんだけど。それに海のみんなって声大きすぎ」

 あ……

「どう呼びたい? どう呼んで欲しい?」

 と、葉波がおれたち二人に後ろから飛びついてきた。

「きれいだなあ、二人とも」

 オヤジ! オフクロもいい年してめかしこんじゃってまぁ……

「そうだ由、それにえまちゃんも知らせが来てたぞ、例の講座。二人とも合格」

「え……やったぁっ!」

 ぱんっ、と葉波とハイタッチし、岡野ともしようとするが岡野は葉波の陰に隠れ、

「ありがとうございます」

 とオヤジにだけ頭を下げた。

「じゃあ、ちゃんと二人とも守れよ。去年みたいなバカはするなよ」

「わかってるよ」

 くそ、思い出させるなよ……

「ねぇ、こっちいくわよ!」

 葉波が引っ張った先で、若い衆に担ぎ上げられた神輿が豪快に動き回る。

 花火が次々に空に花を咲かせる。

 時々誰かに殴られては殴り返すが、それもまた楽しい。殴ったやつと次の瞬間には肩を組んで歌い、飲み、食っている。

 とにかく風が熱くて、なんでもうまくて、気が変になりそうだ。

 夜も深まり、そろそろ帰らないと……でもまだ風も体も熱い。

 オレは埠頭に行き、ヨットを見つけた。去年は十何人か子供たちだけで酒に酔って、船を勝手に沖出しして……思い出したくもない。錨をつけて三キロの海底に沈めたい。

「どこか行こうか?」

 いきなりの葉波の声にびっくりした。

 そして、岡野もそのうしろにいる。

「また行きたいのか?」

「……」

 葉波がじっと沈黙し、いきなりオレと岡野と肩を組み、ぎゅっと、二人とも抱き寄せるようにした。

「どうした?」

「なんでもない」

 と、海の彼方を見つめる。

 オレはふと、宙を見上げた……

 岡野は何を見ているのだろうか、少し気になったが、それでも銀河から目を離せなかった。

「どこか、遠くに行きたい」

「オレも」

 あまりに遠い星空に胸が痛くなり、無性にどこかに行きたくなって寂しくなって、葉波の腰にまわした腕にぐっと力をこめる。

 岡野の手が、腕に触れて……手摺りにしがみつくように、握ってきた。

 また、花火がはじける。

「三人で、どこか、遠くの無人島……」

 葉波がつぶやく。

「ずっと……」

 岡野のすすり泣きが聞こえた。

 そろそろ台風シーズン、この田もひと時休む。今年はいつもと違う夏……

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