疾走の馬、青嶺の魂となり   作:乾いた重水

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1.第3コーナーのその先で

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「おっと一頭落馬! 一頭落馬! これは何が落馬したんでしょうか!? 

 

 ライスシャワー落馬! ライスシャワー落馬であります! 

 

 大波乱! 大波乱! 第3コーナーの下りであの、あの天皇賞では先行でわたったライスシャワーが落馬しています! 

 

 第3コーナーで大アクシデント! 第3コーナーで大アクシデント!」

 

 

 

 ───────────

 ───────

 ───

 

 

 

 ……妙に明るいな。

 ここはどこだ? 

 京都競馬場? いやいや、私はあそこで死んだのだ。そこにいるはずがない。

 

 

 じゃあ一体……? 

 

 

 周囲を調べようと、妙に見えづらい目で周囲を見ようとして──

 

 

 

「──!?」

 

 

 

 待て待て。

 

 

 何で私は仰向けに寝っ転がることが出来ているのだ!? 何でその姿勢で安定しているのだ!? 

 

 

 しかも困ったことに、体が思ったように動かない。

 

 

 兎にも角にもどうにか立ち上がらねば。

 前脚と後脚をこう上手いこと動かしてだな──

 

 

「──!!? ────!?」

 

 

 脚が──────白い。

 何より脚の先が5本に分かれている。

 待ってくれ本当に理解できない何があったの誰か教えて助けてぇ……

 

 

「ひっぐ……」

 

 

 待って何今の嘶きどうやって出したの私!? 

 

 

 お、OK、一旦落ち着け私。

 状況把握だ、状況把握をするんだ私。

 

 

 どうにかこうにか首を動かして自分の体を見る。

 

 

 白い体。

 妙に丸っこい四肢。

 5本に枝分かれした脚先。

 何よりそのヒトデ型の体型は────

 

 

 人間だ──!? 

 

 

「ああああああ──!?!?」

 

 

 

 すぐにデカい人間がカッ飛んできた。

 

 

 

 

 ─────────

 ──────

 ───

 

 

 

 いやぁしかし、死んだと思ったら人間の仔になっていたとは。

 実に奇妙なこともあるものだ。

 

 

 さて、私の前にいるこの人間。

 関わってきた人間が雄ばかりだったから自信がないが、おそらくこの人間は雌。

 普通に考えて私の母親に当たる存在であろう。

 これからよろしくお願いします。

 

 

 しかし、妙に気になる点が一つ。

 

 

 

 人間の耳ってそんな形だったっけ。

 

 

 

 なんか葉っぱを丸めたみたいな変な形だったと思うのだが、目の前の人間のそれは馬のそれと酷似している。

 

 

 人間の雌は馬のような耳になるのだったか? いやでも前世の記憶だったら雌雄共に変な形だったしなぁ……

 

 

 などと考えているうちに、人間が後ろを向いた。

 

 

 

 その尻には立派な尻尾が生えていた。

 

 

 

 

 ──ちょっと待て流石に人間に尻尾が生えてないことぐらいは覚えてるぞ! 

 

 

 

 

 待って? 本当にこいつ人間? 実は馬だったりしない? 

 いや絶対馬じゃねぇわなんなの君馬と人を混ぜたみたいな存在なの? 

 

 

 

 疑問が頭の中を濁流のように過ぎ去った後、ふと思い立ったことがある。

 まさかと思ったが、恐る恐る手を頭の横まで上げてみる。

 

 

 何もない。

 

 

 そのまま頭頂部へと──

 

 

 

 あったわ耳。

 

 

 

 次に、ほぼほぼ確信しながら尻のあたりまで手を動かして──

 

 

 

 あったわ尻尾。

 

 

 

 なんということだ。私も馬人だったのか。

 

 

 

 

 ?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????? 

 

 

 ─────────

 ──────

 ───

 

 

 あの衝撃の時から暫く経ち。

 とりあえずなんとか立ち上がって数歩歩けるようになり、不明瞭ながらも言葉を発せるようになった頃。

 

 

 ──いやしかし人間の成長って本当に遅いな。立ち上がるどころか這いずって移動できるようになるまでもかなりの日数を要したぞ。よくここまで繁栄できたな。

 

 

 断片ではあるがこの世界について学ぶことができた。

 まず、私や母親のような人間は「ウマ娘」と呼ばれる種らしい。

 名前の通り、馬と人が混ざったような存在のようだ。

 馬のごとき速さと力。人のごとき知能と器用さ。

 なんと素晴らしい存在ではないか。

 なお、ウマ娘になったということは男から女になったということである。

 この時点で前世も今世も童貞が確定した。なんで。

 

 

 そして、これは動物図鑑を読んで(字はまだ読めないので絵を見ていた)気づいたのだが──

 

 

 

 この世界に馬は存在しない。

 

 

 

 どこかのタイミングで馬と人が混ざったのか、はたまた最初からウマ娘として存在したのか。

 それについては分からないが、ともかく馬及びその近縁種は存在しないらしい。

 

 

 では競馬は存在しないのかというと──

 

 

 これはいつだったか、両親とテレビ(人間が作ったなんかすごい箱)を見ていた時。

 画面に複数のウマ娘が映り、台の上に立った後、芝の上を走っていた。

 どこか見覚えのあるような景色だったのだが──

 

 

 その後のファンファーレの音で一気に理解した。

 

 

 間違いない! G1ファンファーレだ! ならばこれは競馬か!? 

 

 

 テレビから聞こえる「東京優駿」の単語。

 画面に映る東京競馬場の景色。

 

 

 ああ間違いない、これは日本ダービーだ! 

 

 

 ゲートに続々とウマ娘たちが入っていき、全員入った時──

 

 

 

 

 

 

 その後は一瞬だった。

 テレビから聞こえる歓声。抑えられない興奮。記憶の底から蘇る数々のレース。

 

 

 ──ああ、私もまたあの場所で走りたい。

 

 

 母親は、目を輝かせる私を見て「やっぱりこの子もウマ娘なのねぇ」と呟いていた。

 

 

 あの日のことは忘れられない。

 

 

 その後思い返して色々と考えていたのだが──

 出走していたウマ娘は齢14〜17と思われる。

 身体が完成するのがその辺りなのであれば、私があの場所に立てるのは当分先。

 それこそ私の前世の寿命を二倍しても足りない時間だ。

 

 

 ならば、今は人間らしく知能を鍛えるべきだろう。

 

 

 人間の脳みそというのは本当に素晴らしく、馬時代よりも遥かに物覚えがいい。

 せっかく人間として二度目の命と高度な頭脳を得たのだ。色んな知識を追い求め続けようじゃないか。

 

 

 きっと、人としても生まれたことに意味があるのであれば、知識を得ることがあの先へ進むための条件であるのならば。

 

 

 私が、こちらの世界でも「ライスシャワー」という名を得たのであれば。

 

 

 私が、世界が、そう望むので有れば。

 

 

 競走馬「ライスシャワー号」は──

 

 

 

 ──人間としても、馬としてでもなく──

 

 

 

 ──ウマ娘「ライスシャワー」として、再びターフを駆けよう。

 

 

 

 

 

 

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