疾走の馬、青嶺の魂となり   作:乾いた重水

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4.何だお前!?

 

 

トレセンに入学して数ヶ月が過ぎた。

とはいえトレセンで特筆すべきことなどは特に無く。

授業受けて合同トレーニング受けて自主トレしての日々を送った。

 

 

授業に紛れて工作は行ったが。

別に怒られるようなことでは無く、美術の時間に競走馬の絵を描いただけである。

先生に聞かれた時は適当にはぐらかしたが、これは私以外にも前世持ちのウマ娘がいないかどうかを確かめるためである。

書写は得意だったのでかなり本腰を入れて描き上げ、その結果無事に美術室前に飾られることとなった。

作者名も付記してあるので、もし前世持ちがいたら私に接触してくるだろう。

……私の他にもいてくれたら嬉しいな。自分だけというのはなかなかに孤独なものなのだから。

 

 

ちなみに同室の先輩だが、ついに先日GⅢを勝利した。

これが初めての重賞勝利とのことだったのでそれはもう盛大にお祝いした。

自分が重賞をかなり勝っていたから感覚が麻痺しているが、中央というのは7割近くのウマ娘が未勝利戦を突破できずに終わるような世界である。

そんな中で重賞を勝つというのはとても素晴らしいことなのだ。

この調子で勝ち進んで欲しい。

 

 

今の私の状態だが、まあ当たり前ではあるが本格化の兆候はない。

今はマックイーンの世代がクラシックの時期なのでデビューは来年になるだろう。

それまでは普通に学園生活を送るとしよう。

 

 

──と思っていたのだが、計画に若干の修正を加える必要が出てきた。

理由としては、レースの変化である。

レースの主な変化としては、ジュニア期にホープフルステークス(GⅠ)が追加、シニア期の大阪杯がG1に昇格など。

私に関係があるものとすれば、3歳時に走った新潟3歳Sが1200mから1600mに、芙蓉Sが1600mから2000mに距離延長。

4歳時のNHK杯が廃止。

といった具合。

 

 

これらの影響により、ミホノブルボンの出走予定の正確な把握がやや困難になった。

別に馬時代に出走したレースが変わる、ということではない。

新設されたレースに追加で出走する、ということが大問題なのだ。

過去のレース結果を見ていると、何人かのウマ娘の勝ち鞍が馬時代よりも増えているのだ。

また、レース場や距離変更があったレースでは、当然ではあるが出走したウマ娘が馬時代とは異なる、というのもかなり面倒くさい。

もしもブルボンが余計なレースに出て、そこで負けて無敗じゃ無くなりました、なんてことになったら折角のお楽しみが消えてしまう。

 

 

頼むから前世通りダービーまで全勝してくれ。そうしたら心置きなく菊花賞でぶっちぎれるから。

 

 

一方、変化しなかったレースは前世通りの展開になるのかという点に関してだが、こちらに関してはおそらく心配しなくても良いだろう。

シンボリルドルフが皐月で斜行やらかしても、降着せずに無敗三冠を達成していたのが一応の根拠となる。

 

 

幸いにも菊花賞は何の変更もないため、まあ安心して大丈夫だろう。

重賞にあまり出ないと決めたため、そこまでのレースに関しては自分で決めなければならず、展開も当然わからないが。

取得賞金が足りなくて菊花賞に出られませんでした、なんてことにはならないように気をつけなければ。

 

 

 

─────────

──────

───

 

 

やることも無くなって校内をぶらついていたある日のこと。

そういえば今日は選抜レースが開催される日だったな、と思い出して会場に足を向ける。

 

 

会場はなかなかに盛況で、ウマ娘をスカウトせんと若干ヤバい目つきで見るトレーナーや、友人を応援しにきたウマ娘、はたまた自分の参考にしようと必死になってレースに食らいついて見るウマ娘などでごった返している。

 

 

人混みを避けて4角のあたりからレースを見ることにした。

 

 

 

──ああもうそこで仕掛けちゃダメだって。前離れてて焦るのはわかるがありゃあ垂れる。

だからもう少し経ってからじゃないと……ほーらお前も垂れた。何やってんのもう。

でも別のあいつはよく展開見てたな。流れに惑わされずに脚溜めてたわ。

……はい、無事に差し切って勝利。あの子は伸びるな。今後も頑張れ。

 

 

 

などと後方競馬厨面して観戦していたら──

 

 

「ほぉう、いいトモだな……ちゃんと鍛えられて美しく締まっている……こりゃ天性のステイヤーの脚だな……」

 

 

突如オッサンに後ろからトモを触られた。

 

 

え?は?何してんのコイツ?

 

 

しばらく硬直してしまった。マジで何してんの?

その間にも男はブツブツいいながら脚を撫で回している。

するとウマ娘が3人走り寄ってきて──

 

 

「「「オラァ!!」」」  「へぶっ!?」

 

 

哀れオッサンはウマ娘3人に蹴り飛ばされてしまった。

しかし男は何事もなく起き上がった。クッソ丈夫だなお前。普通馬に全力で蹴られたら死ぬぞ?

 

 

「コイツま〜た勝手にウマ娘の脚触ってんじゃねぇか!何回目だよお前!」

「トレーナー、そろそろ良い脚見かけたら触りに行くのやめたらど〜お?」

 

 

3人のうち鹿毛とデカい方の芦毛の2人が男に詰め寄って行った。

ていうかこの男トレーナーだったのか。じゃあ問題ないな。調教師は普通に全身触ってたし。

残った小さい方の芦毛が申し訳なさそうな顔でこちらに来た。

 

 

「大変申し訳ありませんでした、うちのトレーナーが粗相を働いてしまって……」

「いえいえ大丈夫ですよ、テキの方ならこういう事もあるでしょうし」

「たとえトレーナーでもダメですわよ」

 

「おいトレーナー、あの子に敵呼ばわりされてるぞ。とっとと土下座した方がいいんじゃね〜のか?」

「いやテキっていうのはトレーナーの別の言い方であってenemyの方の敵じゃねえから」

「でもやったことは敵そのものだろ」

「それは……まあそうなんだが……」

 

 

別に脚を触られたぐらいで何を大袈裟な、と思ったが自分が馬ではなくウマ娘であることを思い出した。うん大袈裟でいいわ。

やはり馬の記憶があると周囲の常識と若干のズレが生じてしまうな。これは前世持ちの数少ない欠点といったところか。

 

 

「いやその……さっきはすまなかった」

「いえいえ全然気にしてませんから大丈夫ですよ。

 

 

……ちなみにどこか修正すべき所ってありますか?」

「いや、上手く鍛えられているから問題はないぞ。せいぜいほんの僅かに重心が右に寄っていることと上半身が若干下半身より鍛えられてないことぐらいだな」

「成程」

 

 

「……え、本当に気にしてないの?」ボソボソ

「痴漢してきた相手によく聞けますわね……」ボソボソ

 

 

……おいそこの3人、何故そんな目で私を見る。

足を触られたのだから、別に自分の状態を聞くことぐらい要求してもいいではないか。

 

 

「……それで、トレーナー、えーっと……触りに行ったってことはそれなりの才はあるってことなんだよね?」

「おう、コイツはステイヤーの才能の塊みたいな脚を持ってる。それこそマックイーンやゴルシ並みにな」

「……本当ですの、それ?」

「ああ、間違いねぇ」

 

 

おい待てトレーナー。今マックイーンって言ったか?

マジで?じゃあこのデカい方の芦毛がマックイーンなの?まあアイツデカかったしな。

ゴルシについては名前を聞いたことはないが、鹿毛か小さい方の芦毛かのどっちかだろう。

 

 

「マックイーンって、メジロマックイーンさんのことでしょうか?」

「はい、私がメジロマックイーンですわ」

「……!?」

 

 

小柄な方だった。

……お前そんな上品な奴だったっけ?

もっと面白おかしい奴だったと記憶しているのだが。

 

 

「同じステイヤー同士、いずれ春の天皇賞で戦う時が来るかもしれませんわね。

……ですが、天皇賞の盾は私の使命。到底譲るつもりはありませんわ」

「……え、ええ。こちらも全力で立ち向かおうと思います」

 

 

……OK、何とかまともな返答ができた。

いや、まあ、その。

 

 

 

 

──お前絶対そんなキャラじゃなかっただろ!!!

使命という言葉から滅茶苦茶離れた場所にいるような奴だっただろお前!!

私知ってるからな、お前春天のファンファーレ聞いた瞬間「うっわ今日長い奴じゃんめんどくせぇぇぇぇ」ってやる気無くしたの見てたからな!!

引退後に主戦騎手が会いに行ったらまた走らされると思って逃げ出したの知ってるからな!!

……普通に考えて、そんな状態で2着に食い込むあたり本当に強かったんだろうけど。

こっちの世界だと性格が大きく変わった奴が多くて困惑する。

 

 

やがてトレーナーがこちらに向き直り、口を開いた。

 

 

「そういえば名前を聞いていなかったな。教えてくれるか?」

「ライスシャワーです」

「OK。さてライスシャワー、俺はチーム『スピカ』のトレーナーをやっている者だ。お前の才能を見込み、是非スカウトしたい」

 

 

……ふむ、どうしようか。

この男やチームに関しては何も知らないのだ。

しかし、マックイーンが所属しているというだけでかなりの有能性を感じる。

先程も私の脚を見ただけでいいトモだと判別し、その後ちゃんとステイヤーとしての才能を見抜いてきた。

何より、中途半端な知識で自主トレを続けるよりも本職のトレーナーの下指導を受けた方がいいに決まっている。

というわけで答えは一択。

 

 

「では、そのスカウトを受けます」

 

 

チームメンバーから歓声が上がった。

鹿毛が早速駆け寄って来た。

 

 

「ボクはトウカイテイオー! これからよろしくね!」

「はい、よろしくお願いします」

「も〜、そんなカタくなくてもダイジョーブだよ〜」

「……うん、わかった」

 

 

トウカイテイオー。無敗三冠馬シンボリルドルフの産駒。

前世では2度、どちらも有馬記念で競った相手だ。

まあ1回目はどちらも悲惨だったが。私が8着でテイオーが11着。ひっでぇ結果だ。

確かその時の勝ち馬がメジロパーマーだったはず。

……そういえばパーマーって春秋グランプリ連覇してたな。いいこと思いついた。

それはそれとして、2回目ではトウカイテイオーが1着で私が再びの8着。

ついでに言えばナイスネイチャの3回目の3着でもある。

あの頭のデカくて白いビワハヤヒデが2着だったが、コイツ滅茶苦茶調子悪そうだったんだよな。弟は三冠馬だし兄弟揃って滅茶苦茶強かったな。

この時はトウカイテイオーも1年振りのレースだったのに勝ちやがったので大概バケモンだが。

このチーム、マックイーンに加えテイオーもいるとかちょっと強すぎないか……?

 

 

「アタシはゴールドシップ!趣味は蒙昧の字を書きながら未来を考えること!特技は美術館での人探し!好きなものは三角定規のレバ刺し!これからもよろしくな!」

「よ、よろしく……?」

 

 

ダメだ、このデカい方の芦毛からは関わっちゃいけない香りがすごいする。

ゴールドシップに関しては聞いたことがない。

ゴルシはゴールドシップの略称だろうか。

先程トレーナーが、「ライスシャワーはゴールドシップに並ぶ才能を持つ」と言っていたのでおそらくコイツもなかなかに強いのだろう。

 

 

……私が入ったことにより、このチームにG1級の実力を持つウマ娘が4人集まったことになる。

強すぎないか?前世は厩舎に一頭でも重賞馬がいればいい方だったぞ……?

 

 

「では改めまして、メジロマックイーンですわ。これからよろしくお願い致します」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 

メジロマックイーン。説明不要。

 

 

──やっぱ慣れねぇよコイツが上品な言葉使うの!

もっとはっちゃけて欲しい。ゴールドシップと性格入れ替えたらいい感じになるんじゃないか?

そうそう、春天では覚悟しとけよ。前世より馬身差つけてボッコボコにしてやるから。

 

 

その後、チームの部屋に行こうという話になり、場所を案内してもらっている時に、テイオーがポロっと、

 

 

「新しい子をスカウトするために選抜レース見にきたのに、結局レース走ってない子をスカウトすることになっちゃったね〜」

 

 

と口にした。

……そういえば選抜レースの会場だったな、あそこ。

まあ見た感じあそこで走ってる連中よりも私の方が強いし、このチームにとって最善の結果になったんじゃなかろうか。

チームメンバーが中長距離に偏っていることからトレーナーの得意な育成が長距離というのは判断できるし、私にとっても最善である。

早めにこのチームに入れたのは実に運が良い。

 

 

これからはチーム『スピカ』のメンバーとしてトレーニングを積むとしよう。

 

 

 

 

 


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