疾走の馬、青嶺の魂となり   作:乾いた重水

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なんと40話ですよ。
4月に始まってよくここまで継続できたなぁ……
今のうちに予告しておくと、多分50話ぐらいで終わると思います。
とは言っても、「予定してる終わりまで大体こんぐらいじゃね」という曖昧な予測ですのであしからず。


40.94春天

 

 

 

 

 春天。

 

 

 出て来る中で一番ヤバいのがビワハヤヒデ。

 どうにかしてコイツに勝たなくては。

 

 

 マックイーンの時みたく全力マークでもいいのだけど、対策されてそうな気がしなくも無い。

 幸いにも不調は克服したと思われるので、95の時と同じくマークせずに行っても良さそうではある。

 

 

 というか、やっっっっっっっと身体が合った。

 1年だぞ1年。

 日経賞でようやく10割までいった。

 おそらく10割から更に伸びると思われたので、春天までにゴリゴリ詰め込んでいた。

 

 

 

 

 滅茶苦茶骨折に気を付けながら。

 テイオーとか見てると怪我は避けられない気がして仕方がない。

 なんなら「なんか折れそう」という謎の勘がビンビン働いている。

 万が一レース中に折れたら最悪だぞ。

 一応、骨密度を高めたりとかの対策はやってきたけども。

 まあ、こっちは治った方の骨折だし、最悪折れても走ればいいか。

 

 

 

 

 

 

 ただ、ある日とあることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 全部ぶっ壊してやるか。

 

 

 

 

 ━━━━━━━━━

 ━━━━━━

 ━━━

 

 

 

 

「ハロー」

 

 

 ターフでビワハヤヒデに声を掛ける。

 

 

「……ライスシャワーか。今日はよろしく」

「えぇ、こちらこそ」

 

 

 互いに握手をする。

 

 

 身長差が20cm以上。

 黒と白。

 いい対比じゃないか。

 

 

 コイツに1番人気を取られたのが癪でならないが。

 

 

「……まあ、なんだ。そっちの妹が随分と派手なことをなさっているようで」

「ははは。最初は私も止めたさ。……だが」

 

 

 ビワハヤヒデは賞賛するような、しかし何処か諦めの入った声で、

 

 

「皐月賞の疲労具合を見て『いける』と思ってね。……つくづくブライアンには驚かされる」

「……ああ、全く。ウチのチームも大概な目にあったよ」

「ふふ。だが次も勝たせてもらうよ」

「勘弁してほしいね」

 

 

 

 

 他愛もない話が続く。

 

 

 

 

「ああ、そうだ。ウチのチームと言えば」

「……?」

「ウチにはあなたと同じ芦毛がいてね。……正確にはいたんだけど」

「…………」

「実は最近また来てもらってね。色々と手伝ってもらったんだよ」

「…………ッ!」

「どうも最近はあなた達姉妹ばっかりが話題になっているらしい。ここらでちょっと乱してやろうと思ってね」

「……何をするつもりだ?」

 

 

 

 

 何を? 

 やることは決まっている。

 

 

 

 

「……3分12秒5」

「…………なに?」

「どうも、そのうち春天で出るタイムらしい」

「待て、そのうち出るとは……」

「例の芦毛と色々やっているうちに、それから10秒以上縮められるんじゃないかと感じてね」

「…………は?」

 

 

 

 

 唖然とした表情が見える。

 実に愉快だ。

 

 

 

 

「ある時疑問に思ったんだよ。『なんで斤量が無いのにこの程度の速度しか出せないのか』って」

「キ、キンリョウ……?」

「やがて気付いた。元の魂がこちらの肉体、或いは(ことわり)に縛られていると。じゃあそれを解放すればどうなるんだろう?」

「…………」

「騎手やその他装備含めて58kg。一般に斤量1kg当たり一馬身、または0.2秒と言われている。単純計算で58*0.2=11.6。12.5から引いて0.9秒。あと0.9秒なら行けるんじゃないか?」

「な、何を言って━━」

「問題はこれが可能なのが私とボーガンしかいないこと。アイツに教えることができたらよかったんだけど。

 ともあれ、つい先日ここを借りて実験してみた。どうも12秒5を出したのは逃げ馬だったらしい。幸いにも私は逃げも出来たからね。とはいえかなり抑えてやったんだけど。

 ……どうなったと思う?」

「一体何を━━」

「今から再現してみせるさ。どうせ秋まで暇になるだろうし、いっそ全力で行ってみるよ」

「ま、待ってくれ!」

 

 

 

 

 手のひらだけ振り返して、その場を離れた。

 

 

 

 

 見とけよ、全人類。

 

 

 

 

 

 

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 ━━━

 

 

 

 

 

 

『━━ライスシャワー、圧倒的大差で1着!! タイムは━━

 

 

 ━━に、2分59秒8!!? 

 

 

 さ、3分の大台を切りました……!!』

 

 

 

 

 ゴール板を駆け抜けて、すぐに邪魔にならないようにして観客席側へ移動。

 そして観客を見ながら、左手首を指先でトントンと叩く。

 

 

 

 

「━━ろーく、なーな、はーち、きゅーう、じゅーう、…………」

 

 

 

 

 カウントを続ける。

 やけに静かな場内で、私の声はよく響いた。

 

 

 

 

「じゅーご、じゅーろk…………意外と早かったね」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、━━」

 

 

 

 

 ビワハヤヒデがようやく2番目にゴール。

 息も絶え絶えになっている彼女を見つめながら、笑顔で━━

 

 

 

 

「━━でも残念。全員まとめてタイムオーバーだよ」

 

 

 

 

「━━━━━━━━」

「まあ安心して。出走停止は1ヶ月だけだから宝塚には出られる」

 

 

 他のウマ娘もぞろぞろとゴール。

 

 

「さて、トレセン学園の標語はなんだったか分かるか?」

「……Eclipse first, the rest nowhere」

「そう、その通り。そして、どうやら━━

 ━━私はそれに最も従順なウマ娘らしい。実際私もエクリプス系の血統だしね。まあほとんどがそうなんだけど」

 

 

 ビワハヤヒデが、いや観客を含めた全員が、私を化け物か何かのように見ている。

 

 

「……一体何をしたんだ」

「さっきも言った通りだよ。自分の核となるモノを解き放つんだ。別にドーピングなんかじゃぁない。検査も白だよ」

「……訳が、わからない」

「まあ、そうだろうね。でも━━」

 

 

 自分の脚を見る。

 

 

「━━やはり駄目だったか。秋までとは言ったけど、来年まで伸びるかもね」

「…………脚を犠牲にしたのか!? 最初からそのつもりで!?」

「大きな結果には、それ相応の対価は必要だよ。動きを減らせばライブには出られるから問題はない」

 

 

 どうせ暇になるんだしな。

 

 

「……なぜそこまでする?」

「可能だったから」

「は?」

「よく『できる』と『しなければならない』は別だと言われている。しかし、それは『してはならない』ということじゃない。そして、私はこれがやりたかった。だからやった」

 

 

 それのどこが間違いだと言うのか。

 

 

「そもそも最初は、菊花賞で全員に中指を立てて、賞金を得るためにトレセンに来たんだ。私は自分の欲望のために走っているんだよ」

「…………そんなもののために……ッ」

「そんなもの?」

 

 

 思わず聞き返す。

 

 

 

 

「では聞くがあなた達はなんのために走っているんだ? 栄誉が欲しいから? 勝ちたいから? それとも単に走りたいから? 結局のところ欲望じゃないか。あなた達こそ欲望でのみ走っているじゃないか。あなた達にとって走ることは義務なんかじゃない筈だ。私は義務だった。走ることこそが生存手段だった。だがその手段の中に欲望を見出した。過去の義務に欲望の可能性を見出した。義務が義務で無くなった時、私の目的はまさにその欲望の追求へと変わった。可能性が行動の大きな前提となることについて疑問の余地は無い。そして何より『欲望の実現可能性』こそがもっとも大きな動機となり得るのはあなた達もよく理解しているだろう━━中央を目指すのは速く走れるから。重賞に出るのは中央で勝てるから。G1に出るのはG2・G3に勝てるから━━、これらの行動は全て欲望によって行われているのだろう? 欲望のために行動することそのものは何も悪しきことではない筈だ。何より私は強欲だった。強欲であるが故に目的に対し努力を重ねた。既に可能な手段に更に磨きをかけた。可能性を限りなく1に近づけようと邁進した。故に勝った。負けたあなた達の一体どこに『そんなもの』と言える根拠があるんだ? あなた達にああだのこうだの言われる謂れは無い」

 

 

 

 

 何も返答は無い。

 

 

 私は脚の痛みを堪えながら地下バ道へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ライスシャワーのひみつ

コーヒーにミルクと砂糖を多く入れると、なぜか周りから驚かれる。

━━━

ぼく「エクリプス系は競走馬の95%ね。念のためにライスの父系調べとくか」

ぼく「ヘイルトゥリーズンと芋おって芝」

ついでにゴルシ調べたら牝系に星旗いてびっくりしたんですよね

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