疾走の馬、青嶺の魂となり   作:乾いた重水

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テイオー(ウマ娘) ←かわいいね♡

テイオー(競走馬) ←(写真を見る)なんだこのイケメン!?

参考画像: https://cdn.netkeiba.com/img.db/v1.1/show_photo.php?horse_id=1988101025&no=7692&tn=&tmp=no


42.日本ダービー

 

 

 

 

 

 

東京優駿。

またの名を、日本ダービー。

 

 

オフトラが全てを懸けるレース。

ブライアンに喧嘩を売りに行くレース。

 

 

さて、そんな当のオフトラ本人は━━

 

 

 

 

「ハ~ナ~シ~テ~ェ……」

「嫌ですもう少しだけお願いします」

 

 

 

 

テイオーをがっちりと抱きかかえていた。

なんでだよ。

 

 

その様子をバッチリ動画に撮っている私が言えた事ではないが。

後でTwitterに上げるか。

 

 

「デ、デレナイ……」

「ドリームに行った人に負けるようなヤワな鍛え方してないんで」

「ライス、キタエサセスギダッテ~」

「いやテイオーもマックイーンも嬉々としてトレーニングさせてたよね?」

「ム~……」

 

 

しばらくしてテイオーが諦めた。

オフトラのなすがままにされている。

 

 

「……なんでずっと抱きしめてくるのさ」

「いやぁ……こう、三冠ウマ娘を吸ってそれっぽいのを得ようと……」

「それっぽいのって何!?」

 

 

まあ、願掛けのようなものだろう。

 

 

倒すべきブライアンだが、当然のようにNHKマイルを勝った。

だが問題が一つ。

NHKマイルでかなり抑えていた。

体力を温存し、半バ身程度と無駄に差をつけずに勝っていた。

これでは消耗を期待することはできない。

 

 

しかもブライアンは大外枠、8枠17番。

東京競バ場はかなり外側不利とされているが、ブライアンであれば問題はないだろう。

そして外にいるということは、檻を形成しづらいということ。

皐月賞ではあんな檻からも逃げ出した。

何より、他のウマ娘たちに若干諦めの空気が漂っている。

おそらく、今回も檻に閉じ込められるとは考えない方がいいだろう。

 

 

 

 

要するに、ほぼ真正面からやりあうしかないということ。

 

 

「いや〜キツイでしょ……」

「まだ時間はあるし、もう少し考えを詰めようか……」

 

 

 

 

━━━━━━━━━

━━━━━━

━━━

 

 

 

 

「……やっぱこれしかないか」

「そうだな」

 

 

全員の意見が一致した。

 

 

「ライス、オフトラにできるんだな?」

「勿論。ただブライアンだしデバフは望めないと思う」

「それでもやるしかねぇ」

 

 

時間が近づく。

 

 

一つのレスを投稿して、スマホを置く。

 

 

「準備はできた?」

 

 

ライスさんが尋ねる。

 

 

「……ええ、なんとか」

「ならよかった」

 

 

控室のドアノブに手を掛ける。

 

 

ああそうだ、とライスさんが呼び止める。

 

 

「何ですか?」

 

 

 

 

「━━━━━━━━━━、━━━━━━━━━━━━━━━━」

「……っ」

「わかったか?」

「━━わかりました」

 

 

 

 

さて、それじゃあ━━

 

 

 

 

「━━行ってきます」

 

 

 

 

 

 

444:イッチ

ちょっと命懸けてくる

 

 

 

 

━━━━━━━━━

━━━━━━

━━━

 

 

 

 

 

 

『さあバックストレッチに入りまして先頭は依然アイネスサウザー、その後ろにメルシーステージ。注目のナリタブライアンは中団前の方。そのすぐ後ろにはオフサイドトラップがピッタリとついています』

 

 

 

 

ザザッ、ザザッ、ザザッ、ザザッ、と二つの足音が重なる。

目の前の黒い髪が揺れる。

この距離を保ち続けろ。体力を使うな。

そのことだけ考えろ。

今は必要じゃない情報は考えるな。脳をも温存しろ。

 

 

 

 

もうすぐ第3コーナー。

ブライアンはいつ仕掛ける?

同時に行く? でもブライアンの末脚に並べる?

━━いや、並んでみせる。

 

 

600だ。

それまでにブライアンが仕掛けなかったら行こう。

 

 

緩やかに坂を下る。

6のハロン棒が近づいた時、ブライアンが動いた。

フェイントを警戒する必要はない。

どうせ他の誰も視界に入ってないんだから、わざわざ騙す必要はない。

 

 

今は無理に抜かすな。

だが抜かされるな。

並び続けろ。

 

 

一人、また一人と抜かして行く。

ブライアンのギアも一つずつ上がって行く。

 

 

上がれ。

上がれ上がれ上がれ!

 

 

死ぬ気で並ぶんだ。

最後に少しでも抜かせばいい。

 

 

坂を登り切り、残り300の平坦な直線。

そして、前に誰も居なくなった。

いるのは横のブライアンだけ。

 

 

「ああああぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!」

 

 

全力で脚をぶん回す。

 

 

まだか。

ゴールはまだなのか!?

 

 

速度の限界が近い。

でも、ここで超えなきゃどうするんだ。

 

 

ブライアンが、こっちを見た。

━━私を見た。

 

 

怪物が、深く踏み込んで前に飛び出す。

まだ上がれるのか。

 

 

でも私だって、まだいける筈だ。

追いつこうと更に前傾して━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶちぶちっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脚から嫌な音がした。

 

 

━━嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

ここで、こんな時に。

 

 

少し前のブライアンに、三女神の幻影が重なって見えた。

私は邪魔だとでも言うように、脚が鈍くなる。

 

 

「く、そがっ……っ」

 

 

私にやる冠はないってか。

クソどもめ。

 

 

これで終わりか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━

 

 

 

 

「何ですか?」

 

 

 

 

「本当に勝ちたいのなら、たとえ脚がもげたとしても走り続けろ」

 

 

「……っ」

「わかったか?」

「━━わかりました」

 

 

 

 

━━━

 

 

 

 

ああ、そうだ。

まだ脚はもげてない。

なら走れる。

 

 

なあクソ女神。

私を止めたきゃ、脚ぐらい取ってみせろよ。

 

 

 

 

私は、案外しぶといぞ。

 

 

 

 

「━━━━━━━━━ッ!!!!」

 

 

 

 

声にならない咆哮を上げる。

内からの衝動に突き動かされる。

全身がひび割れて行く感覚。

自分がどうやって前に進んでいるのか、自分でもよくわからない。

 

 

ゆっくりと流れる時間の中、ブライアンの背中が近づく。

でもその姿はすぐにボヤけてくる。

 

 

いや、これでいい。

何も見るな。

この流れを止めるな。

ただ前に進むんだ。

 

 

何も感じない脚で、何も見えない視界で、何も聞こえない世界で、走り続ける。

 

 

前に行くんだ。

前に、前に、前に。

 

 

『━━━━━━! ━━━━━━!』

 

 

走れ。

前に。

 

 

 

 

まえ?

 

 

前ってどっちだっけ?

 

 

どこに行けばいいんだっけ?

 

 

でも走らなきゃ。

 

 

進んで、進んで、すすんで、すす━━

 

 

 

 

━━━━━━━

 

 

 

 

━━━━━━

 

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 

━━━━

 

 

 

 

━━

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━

━━━━━━

━━━

 

 

 

 

白い。眩しい。

 

 

思考に靄がかかっているみたいだ。

ぼーっと白を眺める。

 

 

ゆっくりとピントが合ってくる。

白い天井。白い照明。視界の端には白いカーテン。

それと同時に思考も晴れる。

 

 

ここはどこだろう。

いや、とにかく起きなきゃ。

 

 

そう思っても、身体がうまく動かない。

 

 

「起きたか」

 

 

聞き覚えのある声がする。

声は近くからするのに、なぜか遠く感じる。

目を向けると、ライスさんが居た。

 

 

「……おはよう、ございます」

「ん、おはよう」

「……ここは病院ですか?」

「そこ以外にどこがあると思う?」

「……確かに」

 

 

ライスさんは手に持っていた本を置き、こっちを見つめる。

 

 

「どれぐらい寝てたんですか?」

「2日」

「…………」

「ゴール板過ぎた後も速度を落とさず、そのままバランスを崩してぶっ倒れて転がって、なお地面に這いつくばって前に進んでた。んで救護班に回収されてここに運ばれて今に至る」

 

 

あの時、前に進むことしか考えていなかった。

多分意識もなかっただろう。

 

 

「……結果は」

「?」

「ダービーの結果は、どうだったんですか」

「ああ…………」

 

 

ライスさんが遠くを見つめて、

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けたよ。ハナ差だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、ですか…………」

 

 

虚無感に包まれる。

頭の中で事実を反芻する。

 

 

しばらくして、悔しさが込み上げてきた。

 

 

病室の中、私の泣き声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

包帯で巻かれた脚を見る。

もう走れないのだろうか。

 

 

「さーて」

 

 

ライスさんが呼びかける。

 

 

「来年の予定を決めなくちゃな」

「……え?」

「え?」

「いや……私走れるんですか?」

「え、うん」

 

 

マジですか。

正直ほとんど諦めてたのに。

 

 

「今年いっぱいは治療とリハビリに専念しなくちゃいけないけど。来年は多分大丈夫らしい。全く頑丈な奴め」

 

 

若干羨ましがるような声で言った。

 

 

「ま、とにかく……怪我人同士がんばろう」

 

 

そう言えばあなたも脚やってましたね。

というか、この状況って。

 

 

「……あの」

「?」

「私もライスさんも怪我で休養じゃないですか」

「そうだな」

 

 

「ウチのチーム現役全滅ですけど大丈夫なんですか?」

 

 

「……………」

「……大丈夫なんですか??」

「多分……多分? テイオーとマックイーンがドリームにいるし大丈夫でしょ……大丈夫だよな?」

 

 

……トレーナーの胃が無事であることを願う。

 

 

 

 

「あ、そうだ」

「はい?」

「はい、チーズ」

「えちょ待っ」

 

 

慌ててピースと笑顔を作る。

 

 

「てかそれ私のスマホじゃ」

「そうだよ」

 

 

そう笑ってスマホを投げ渡す。

 

 

「オフトラのこと心配してる連中がいるんだろ? ちゃんと無事だって報告してやれ」

「……はい!」

 

 

まったく、気の利く。

 

 

掲示板でスレを探す。

いつのまにか2つも完走していて申し訳なく思う。

 

 

文章を打ち、画像を添付して送信。

 

 

 

 

 

 

364:イッチ

ただいま起きました

心配かけてごめんね

[画像]

 

365:レース好きの名無し

!!

 

366:レース好きの名無し

大バカ野郎が帰ってきたぞ!

 

367:レース好きの名無し

何やってんだバカ野郎!

クッソ心配したんだぞバカ!

 

368:レース好きの名無し

マジで不安だったんだからなこの大バカ野郎!

それはそれとして無事でよかった!

 

369:現地勢

ガチで夜寝れなかったんだからな!?

無事でよかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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