疾走の馬、青嶺の魂となり   作:乾いた重水

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Q.そういやブルボン何してるん
A.国内のマイルを荒らし回ったり“海外旅行”に行ったりしてます。現在G1五勝目。
 もうクラシック終わったし、国内の中長距離は変なのが多いし、自分の本来の得意距離行くよね。
 短距離? まだバクシンオーいるんで……

「九龍城もリゾート地も行きました。……マスター、次はイギリスに行きたいです」
「いや……あそこの料理は正直……」
「イギリス料理ではなく、その他の国の料理を食べればいいのです。……そうですね、おにぎりなんて如何でしょう」



43.爪痕

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、…………」

 

 

 走る。

 速度を上げ、後ろの“ナニカ”から逃げる。

 

 

 早く終わってくれ。

 50メートル先のゴール板がやけに遠く感じる。

 加速しているのに。できる限り逃げようとしているのに。

 

 

 “ナニカ”は確実に近づいてくる。

 

 

 “ナニカ”は凄まじい形相でぼくを追いかける。

 お願いだから何処かに行ってくれ。

 怖いんだ。

 

 

 何がそこまでおまえを駆り立てるんだよ? 

 すぐ後ろまで来て。そして横に並んだ。

 

 

 抜かれるわけにはいかない。絶対に。

 残った力を振り絞り、恐怖を振り切るように━━あるいは、恐怖による馬鹿力をもって━━少しだけ抜け出した。

 ゴールして、やっと終わったと安堵する。

 

 

 でも。

 

 

 あいつは終わっていなかった。

 

 

 ゴール板を越えても、”ナニカ“は止まらなくて。

 そのまま地面に転んでも、口から泡を吹いても、なお進み続けていた。

 

 

 なんなんだよあれは。

 

 

 怖い。恐い。こわい。

 

 

「ひっ……」

 

 

 口から悲鳴が漏れた。

 

 

 それに反応するかのように、”ナニカ”がこっちを向いた。

 

 

 

 

 

 

 そこで目が覚めた。

 

 

 またこの夢だ。

 動悸と冷や汗が止まらない。

 

 

 少し落ち着いてから、時計を見る。

 午前4時15分。

 まだ早朝ですらない。

 もう一回寝ようと思っても、不安が抑え切れない。

 

 

 居ても立ってもいられず、自分のジャージを取り出す。

 同室の子を起こさないように、静かに着替えて外に出る。

 とにかく何かしてないと不安になる。

 

 

 暗い河川敷を走る。

 走っていても、後ろにいるんじゃないかと非現実的な想像をしてしまう。

 いないと分かっていても、自然と脚が速まる。

 そのうち全力疾走に近くなって、やがてスタミナが切れた。

 

 

 ゆっくりと後ろを向く。

 当然、何もいない。

 馬鹿げたことだと分かっているのに、ほっとする。

 そして、来た道を戻る。

 

 

 

 

 

 

 最初の地点で休んでいたとき。

 

 

「やほー」

「!!!!!!!」

 

 

 あいつがいるのかと思わず飛び上がる。

 

 

「あああごめんごめん驚かすつもりはなかったんだって。いやホントに」

 

 

 声で違うとは分かっていたけど、それでも驚いてしまう。

 

 

「……ネイチャ寮長」

「はーい、寮長さんですよー、っと。……いやー、やっぱ寮長って呼ばれるのはまーだ慣れないねぇ」

 

 

 声をかけてきたのはナイスネイチャさんだった。

 

 

「えーっと、まー、最近よく夜に抜け出してるでしょ?」

「あ……ごめんなさい」

「ああいや怒ってるんじゃないよ、別に。原因はわかってるし。不安で仕方ないのもよくわかるよ」

「…………」

「アタシだってちょっと見ててビビっちゃったもん。『なんなのあの子』って」

 

 

 ぼくの横に座って、話を続ける。

 

 

「こうやって抜け出すのも、まあ止める気はないよ。アタシとしてはもうちょっと寝て欲しいかなー、って思うけど」

「…………」

「もちろん、アタシは寮長だから、外に出るのを無理やり止めることもできる。でもそれじゃあ根本的な解決にはならないじゃん? 

 それに、アタシの仕事は『禁止する』ことじゃなくて『しなくてもいいようにする』ことだから。

 あと、ブライアンはお姉ちゃんに見栄張って強がっちゃうでしょ? 

 わかるもん。大事な人に心配かけさせたくない、強くありたいって。

 だからさ、アタシに話してみてよ。

 独りで抱え込んでたら、どんどんそれに引き摺り込まれちゃうもん」

 

 

 

 

 ぼくは、ポツリポツリと話し出した。

 

 

 

 

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 ━━━━━━

 ━━━

 

 

 

 

 ダービーも終わり、オフトラも退院した。

 

 

 うちのトレーナーが上からお小言を頂いてしまった。

 現役全滅が原因だ。

 とは言うが全体的に見たら元よりマシなんだよな。

 怪我するやつばっかりスカウトするトレーナーは本当に運がないと言うかなんというか。

 

 

 でも怪我が原因で引退したのはいないし、ちゃんと復帰しても勝ってるし。

 もう少し言うなら私が勝手にやっただけのものもあるし。

 それもきちんと監督しろと言われたらぐうの音も出ないけど。

 だからお小言程度で済んだのだろうな。

 

 

 ふと気になったんだが一度も怪我をせずに引退まで行った馬ってどれぐらいいるんだ? 

 どんなのも大小はあれど怪我してる印象があるんだが。

 馬とウマ娘がリンクしてるなら“こっち側”でも分かるだろ、と思って調べても出なかったんだよな。

 検索の仕方が悪いのか? 

 

 

 

 

 ナリタブライアンは、この後は菊花賞に直行するらしい。

 いやー宝塚に出ると思ったんだが。

 まあ、宝塚がボーガンのラストランだって伝えたからな。

 凄まじく睨まれたが。

 

 

 

 

 そんな宝塚記念。

 

 

 

 

「……なあ、本当になんかやらかさないといけないのか?」

 

 

 ごねるボーガンに詰め寄る。

 

 

「当たり前だろ。私もやったんだから」

「…………はぁ。安全に行くわ」

 

 

 心の中でガッツポーズを決める。

 

 

「で、何すんの?」

「まあ見とけって」

 

 

 

 

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『━━さあラストランとなるキョウエイボーガンは、なんと()()()に位置しています!!!』

 

 

 

 

 マジかよお前。

 

 

 会場が騒然となっている。

 そりゃそうなるよ。

 

 

 ウマ娘全員が動揺しているうちに、ぐんぐんと追い抜いて挙句の果てに5バ身差つけて勝ちやがった。

 

 

 お前いつの間に追い込み━━いや、もはや捲りだなこれ━━なんか練習したんだよ。

 私と同じく大逃げ仕掛けると思ってたんだが。

 おそらくガッチガチに大逃げ対策を組んでいたであろうビワハヤヒデが不憫でならない。

 

 

 そんなビワハヤヒデを10秒以上置いてけぼりにした奴がいるらしい。

 一体どこの誰なのやら。

 全く身に覚えがございません。

 

 

 

 

「…………」

「……オフトラ、何その目は」

「あなた達って何かやらかさないと気が済まない人種なんですか?」

 

 

 

 

 私は目を逸らした。

 

 

 

 




ナイスネイチャ寮長の発想は自分でも天才だと思うんですが、皆様いかがでしょうか。


Q.もしオフトラがダービー勝ってたらどうなるん?
A.ジリリリリリリリリリ

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