続きは明後日。
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宝塚記念。
私の目的地。
私が死んだ地。
なぜこのレースに出ようと思ったのか。
初めは出る気なんてさらさらなかった。
なんで自分が死んだレースに出なくちゃならないんだ、と。
出なかったら何も起きないのだろう、自分からわざわざ死にに行く真似はしたくない。
予定が狂ったのは、最初の有馬記念だった。
本来怪我をするはずのサンエイサンキューが出走せず代わりにボーガンが出走したのだが、そのボーガンが負傷したのだ。
その時ほど、運命というものを呪った時は無い。
レースの順位は勝手に変えられたのに、怪我が発生するということは変えられないのか。
きっと偶然だろう。
その希望は、テイオーの怪我や他のレースの結果から絶望に変わった。
レースの女神は随分と寛容なようだが、死神はとても仕事熱心らしい。
幸いにも、発生そのものは抑えられなくとも軽減・遅延程度であれば見逃してくれるようだが。
となると、もし私が宝塚に出走しなかった場合、他の誰かが重症またはそれ以上の怪我を負うのは確実だろう。
私の時は四足歩行だったから何とか立つことができた。
しかしウマ娘は二足歩行。
時速70km近くで疾走する生身の生物の足が、途中でへし折れたらどうなるか。
まあ──酷いことになるのは確実だ。
他の奴らが死にかけるのは見たくない。
何も知らずに宝塚に出て、何の兆候も無いのに死にかけるというのは余りにも心が痛む。
アレは痛い。そして怖い。
誰かがそんな思いをするぐらいならば、全部を知っている私が万全な対策をもって痛い目に遭うほうが何倍もましだ。
何事も起こらずに平和に終わるのであれば一番だ。
だが、恐らくそうはいかない。
死神が見逃してくれる回数は決まっているように感じる。テイオーの最後の方の怪我はもうどうにもならなかった。
何度も許してくれるわけではないらしい。
私はもう死神の免罪符を使い切ってしまったかもしれないのだ。3歳時の骨折が起きなかったから。
あと少しは残っていると信じて、何も起きないことを願うばかりだ。
私はこのレースで引退する。
事故で走れなくなるから、というのもあるが、春天で実力が衰えていることを痛感した。
ならば全力で命乞いさせてもらおう。
後のレースのことは考えなくていい。
どれだけ不格好でも、生きてりゃ何とかなる。
とにかく対策を練った。
受け身の練習、体の強化、勝負服の調整。
折れる箇所が左脚だとわかっているのなら対策はいくらでも立てられる。
これらが結実することを祈る。
何度も吐いて、魘されて、それでも続けた。
そして、その日が来た。
────────―
──────
──―
重い足取りでゲートに向かう。
少しでも時間が伸びてくれれば。
そんな私の願いを無視して、時間は無情に過ぎる。
何事もないかのように振舞ってもやはり少しは外に出てしまうようで、一部観客から私の不調を見抜かれてしまった。
残念、不調どころか絶不調だ。
出走者は何人かが入れ替わってはいるが、私の番号は変わらない。
8枠18番。
ゲートの数メートル前で立ち止まる。
他のウマ娘はもう入った。
私が最後だ。
ゆっくりと息を吸い、ゆるやかに吐く。
覚悟を決して、ゲートに入る。
『さてラストランのライスシャワーがゲートに入り、──宝塚記念、今スタートです!!』
このレースでやることは一つ。
あの時を再現しろ。
他の奴に鎌を触れさせるものか。
あの時の自分をマークしろ。
完全にトレースしろ。
一歩一歩まで、正確に再現しろ。
あの場所が近づくにつれ、体感時間が引き延ばされていく。
景色が二重に見える。
馬とウマ娘が重なって見える。
存在感も、体温も、駆ける音も、何もかもが記憶のそれと合致していく。
それでいい。
結果だけを捻じ曲げろ。
一歩が数十秒に感じられる。
迫る恐怖を押しのけて足を進める。
あと三歩。
あと二歩。
あと一歩。
そして、私の左足は折れた。
やはりだめだったか、と悔やむ。
だが元々こうなることを予期して準備してきたのだ。
痛みは未だ脳に達していない。
酷くゆっくりと流れる時間の中。
私は受け身をt
メギャッ
は?
────────―
──────
──―
ボーガンは見た。
そのへし折れた
バランスを崩し、大きく転倒した黒い彼女を。
何度も地面を跳ね、やがて動かなくなった友人を。
むき出しになった白い骨が、彼女の血で赤く染まる様を。
会場は数瞬静まり返り、そして悲鳴で埋まった。
柵から乗り出して、今すぐにでも駆けつけようとして──やめた。
今自分が行ったところで何ができるのか、と。
自分を戒めるかのように柵を強く握りしめる。
ひしゃげた柵の破片が掌に刺さり、血が流れだす。
ただ、彼女の足に赤色が広がるのを見ていることしか出来なかった。
後