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私は、ベッドに横たわる管まみれのライスを見ていた。
幸いにも一命は取り留めた。
ちょっと傷口からの雑菌がヤバかったらしいが、なんとか山場は越えたようだ。
しかし、一向に目覚めない。
だけど、どこか安心していた。
あの場所で死ななかったのだ。
鎌はすでに振るわれた。
ならば、もうこれ以上はない。
きっと大丈夫だ。
実際、怪我も癒えつつある。
ちゃんと心電図も脳波も出てる。
今までの栄養管理が功を奏したのか、はたまたここの医者が有能なのか。
両方だろうな。
まさか緊急手術にメジロ家お抱えの面々が来るとは思ってもみなかったが。
あとは、こいつが目覚めるのを待ち続ければいい。
暗くなった窓の外を横目に、備え付けのテレビの電源を入れる。
「さーて、いまからKGQEだぞ。ブルボンの奴めっちゃ意気込んでるからな。『なにが神のウマ娘ですか』ってな。ちゃん見とけよ、ライス」
数日後、病室に送られた見舞いの品の中にトロフィーが一つ増えた。
なあ、見ただろ?
すげぇじゃねぇか、あのラムタラに勝ったんだぞ?
インタビューでもずっとお前のことばっかしゃべって。
お前が怪我しても折れずに、見せつけてやるって前向いて。
そんで勝ったんだ。
だから、早く起きてやってくれ。
あいつ、お前の言葉をずっと待ってるんだから。
凱旋門は直接見てやれよ。
だから──
「起きろよ、なあっ……!」
脳波は変化しなかった。
そのまま数か月が過ぎた。
────────―
──────
──―
その日、日本中が湧き立っていた。
日本初の凱旋門賞制覇。
それを成し遂げたウマ娘が帰国するのだから当然か。
空港のゲート付近には大量のカメラマンが。
飛行機が到着したのはその場の全員が把握済み。
今か今かと待ち構えていると、その姿が現れた。
誰もがテレビの向こうで何度も見たウマ娘が、
──全力疾走で突っ込んできた。
片手には大きなキャリーバッグ。
カメラに向かってサービスする暇なんかない、と瞬く間に出口に向かった。
全力疾走するウマ娘を至近距離からカメラに入れるのは至難の業だ。
局によってはすでに走り去った後の通路しか映っていない、なんてこともあった。
すぐさま車に乗り込みその場を去ったミホノブルボンを、誰もが呆然と見つめていた。
法定速度スレスレで走る車の行く先は病院。
着いた途端また走り出し、面会許可を得る。
受付の人間はこれを予想していたのか、非常にスムーズに手続きが終わった。
エレベーターを待つ時間が惜しいとばかりに階段を駆け上がり、そして一つの病室の前に着く。
扉を開けて、その部屋の主を見た。
彼女は未だに眠っていた。
「……早すぎんだろお前」
既に部屋に居たボーガンが、呆れた声を出した。
息を整え、ケースから一つのトロフィーを取り出す。
「──ライスさん。勝ちました」
どうかこの人に見てほしいと。
そんな思いに応えるかのように、わずかに脳波に変化があった。
が、すぐに元に戻る。
「……起きろよ」
ボーガンの声が響く。
しかしブルボンは諦めなかった。
「......トロフィーで腹部を殴ったら起きませんかね」
「ごめん今なんて?」
「叩けば起きますか?」
「お前は何を言っているんだ。人体は昭和の機械じゃねぇんだぞ?」
「怪我そのものはほぼ完治したのですよね?」
「うん、してるけどちょっと待て。一応こいつ怪我n」
ごすっ。
鈍い音と共に、ごふっとライスシャワーの口から空気が漏れる。
眉がやや顰められるのがブルボンの目に入った。入ってしまった。
「まじかよお前!?」
「反応あり。続行します」
「おいちょっと待て何もう一回振りかぶってるんだおい!?」
慌てて奇行を止めるボーガン。
しかし。
脳波が、確実に反応した。
「……え?」
ライスシャワーの顔が歪み、そしてうっすらと目が開く。
「…………ってぇ」
「……は? まじで? こんなので?」
「…………ブルボン?」
弱弱しく、ライスシャワーが言った。
「おはようございます。 凱旋門勝ちましたよ」
「ああ……やっぱり」
そう笑って。
「にしたってその起こし方はどうなんだ」
「結果目覚めたので大丈夫でしょう?」
「そういう問題じゃ……いや、まあいいか。
…………おはよう」
「はい。おはようございます」
End.
後
後日蛇足を投稿します。
それがどんな蛇足かはともかく。
簡単な後書きもその時に。