「カツラギと走ったレースは8回。先着を許したのは4回。4勝4敗、これがアタシとアイツの成績」
「彼女は最高のライバルだよ」
数十年ぶりにクラシック三冠を成し遂げ、その闊達な人柄と予測不能のレース運びから『最も自由な三冠ウマ娘』と謳われる名選手。トゥインクルシリーズからは身を引き、現在はシンボリルドルフやマルゼンスキーとドリームトロフィーにて覇を競っている。
「歴史上の名選手……例えばシンザンやセントライト、キンチェムと走れるとしてもアタシはカツラギと走る方を選ぶ。だって楽しいって知ってるからね。知らない伝説より知ってるライバルさ」
「そう、よく知ってる。誰よりもね」
「出会い? そんな劇的なもんじゃないよ。入学式で見かけたってだけ。寮も違ったしほんとそれだけ。あの頃のカツラギは痩せっぽちで、悪目立ちっていうのかなぁ、浮いてる感じだったんだよね。聞けば北海道のあんまり人の居ないトコ出身で、ウマ娘どころか人の多さに戸惑ってたんだって」
「ただ、最初からアイツと走るのは楽しかったな。なんだろうね。他の子より速いとか特別ガッツがあるとかそんなことなかったのに。違ったのは……眼、かな。自分で言うのもなんだけど、諦めたとか絶望したとか憧れとかそういう眼で見られるのは慣れてたんだ。でもアイツは――アタシを獲物と見ていた」
「模擬レースで何度も負かした。この時点じゃ一度も勝ちを譲らなかった。今度こそ心が折れたかな、って振り返れば肩で息をしながら私を睨みつけるカツラギが居た。次は勝つなんて生温いもんじゃない、隙を見せれば今すぐにでも命を奪わんとするかのような狩人の眼。幸運なことにアタシはそこで、デビュー前に学んだよ。レースっていうのは命がけでやるもんだってね」
「仲が悪かったとかそういうことはないよ? 世話焼きっていうか、細かいとこに気が付くヤツでさ。アタシも何度もお世話になるくらいにはフツーに接してたし。レースの遺恨をターフの外で見せるようなヤツじゃなかった。その分レースじゃのめり込み過ぎるくらいでね。ペース配分誤ったり不器用なとこ見せてたなぁ」
「それでも特別ってわけじゃなかったね。一緒に走ると楽しいってだけ。追いつめられるってこともなかったしモンスニーとかウイナーとか他の子を意識してたな」
「変わったのはクラシックが終わる頃だったよ」
「クラシックシーズンの京都新聞杯。アタシが初めてカツラギに先着を許したレース。言い訳にしかならないけど、このレースじゃアタシ調子悪くてね。なんとなく今日は勝てないかなって思ってた。実際いい位置を取れなくて前に出辛かった。カツラギはいつもの先行策。でもまあ、最終直線で差せるだろうと見ていたよ。そしたら、爆発したみたいな末脚だったね。7バ身は離されたかな? ゴールを駆け抜けて感じたよ。ああ、こいつは、本当にアタシの首を獲れるヤツなんだって」
「ついにこの時が来たって、嬉しくて体が震えたね。アタシをずっと狙っていたヤツが、ようやくこの首に手をかけるとこまで来たんだ。あの瞬間のワクワクは忘れられない。次の菊花賞は距離適性もあって残念な結果に終わったけど……中距離のレースなんていくらでもある。次があるんだ、次で最高のレースができる。ってね。だけど、まあ、知っての通りアタシはそこで足を故障した」
数十年ぶりのクラシック三冠。
その栄光の陰で最も自由な三冠ウマ娘は誰もが逃れられない宿命と戦うことになる。
脚部故障。怪我との戦いだ。
「菊花賞直後のジャパンカップを回避したのは今でも判断ミスだと思う。アレさえやってなけりゃカツラギともっと早く楽しめてたかもしれないのに。……海外からの批判? ああそんなのあったね。マスコミが騒いだとかどーとか……いや別に知らない人にどうこう言われてもなんとも思わないよ。一緒に走らないでしょ? じゃあどうでもいい。そんなのよりカツラギと走れないことの方がストレスだったよ。ジャパンカップの2400m、カツラギの成績からすると長すぎるかもしれないけどまだ中距離の範囲。これならって思いの方が強かった」
「なら次走で、と思った頃には脚に違和感が生じていた。菊花賞からこっち走りたいのを我慢したってのに違和感はどんどん大きくなって痛みにまで発展した。アタシは元々指まわりが強くなくてね……診断結果はシーズン全休。一年休んで復帰できるかどうか。ますますジャパンカップなら間に合ったのにって悔いたよ」
「不安ってより苛立ちの方が大きかったな。走りたい、走れない、走れなくなったらどうしよう、こんな無駄なこと考えてること自体が腹立たしいって感じでね。まあ……そんなヤツが同期に居れば、世話焼きが見逃すはずないよ」
「学園での生活、リハビリ、ストレス発散の愚痴。カツラギはなんでも付き合ってくれた。苛立ってしょうがないって精神状態でも申し訳ないって思う程度にね。だからついごめんねって言っちゃった。一緒に走れなくてごめん。せっかく追いついてくれたのにごめんって。そしたら叩かれちゃった。ああいやこう、両手で顔挟まれてさ、その勢いがいいもんでいい音出てね」
「次は勝つからだって」
「アタシが復帰すること疑ってなかった。絶対レースして、そこで勝つんだって本気で言ってた。鬱屈した気分なんて消し飛んだよ。迷いも苛立ちもなくなった。また走れるに決まってる。コイツが道の先で待ってるなら走れないわけがない。カツラギとなら、怪我の先でも最高のレースができるんだってね」
「生涯成績ダブルスコアにしてやるって言ったらひっくり返してやるよだって」
「カツラギのことライバルだって意識したのはこの時だったな。ターフの上じゃなくて、日常の中で。ふふ、締まらないでしょ? こんなもんだよアタシたちは。それが……とても心地よかったよ」
「それからの治療とリハビリは辛くなかったな。カツラギに勝つって明確な目標が出来たから。その間にアイツがGⅠとったり、並ばれたなーって焦ったりと色々あったけど楽しかったよ。走れないのに楽しいってのは新鮮だった」
「走れる目途が立って、目標レースは天皇賞とジャパンカップにすることが決まった。どこ走るかってのはお任せだったから去年色々言われた影響がどーのって言われた気がするけど憶えてない。なによりカツラギと走れる方が大事だからね」
「ジャパンカップか……去年走れていれば、とか思うところはあったけど、それ以上に衝撃的なことがいっぱいあったね」
「カツラギの覚醒。アイツの本当の走りを見れたんだ」
「初めて見せる走りだった。……そう、今まで逃げなんて打ったことなかったんだよアイツ。そんなもの見せられたから混乱しちゃってね。自棄を起こしのか、2400は長過ぎたのか、勝負を投げたのか、なんて意味の無いことで頭がいっぱいになっちゃった」
「悔しいけど、この辺は間近で見てたルドルフの方が詳しいんじゃない? アタシは……近づけなかった。混乱した、驚愕した、脚が竦んだ。鮮やかなんてとても言えないアイツの二の脚が、背筋が冷たくなるほどキレイで――追いつけなかったんだ」
「そして、惨敗。10着なんて初めてだった」
「運命的だと思わない? 1番人気だったアタシが10着で、10番人気だったアイツが1着。アイツが真の実力を開花させた瞬間アタシは総崩れで何もできなくなった。まるで鏡写しだよ……それだけ繋がりが強いのかなって、嬉しくなっちゃったね」
「悔しくなかったのかって? そりゃ悔しかったよ。でもそれ以上に、カツラギがまだまだ速くなるってのが楽しかった。このライバルはどこまでアタシを喜ばせてくれるんだ! ってね。限界が見えない、勝つか負けるかわからない。それでこそライバルってもんでしょ?」
「――アイツとのレースは特別なんだ」
「昂るとね、アイツ以外が居なくなる。他の子には悪いんだけどさ」
「毎日王冠がそうだった。カツラギを追う中で、ターフの上からアイツ以外の全てが消えた。狙いをカツラギに絞ったからかな? 観客の声援も、皆の走る音も、風を切る音だってなくなった。他に何もない、最終直線、アタシとカツラギだけが走っていたよ」
「こんなの、アイツだけなんだ。アイツのアタシを狙う眼が、アイツのアタシを狩ろうとする息遣いが、アイツのアタシを追いつめる振り上げた脚が、どうしようもなくミスターシービーの視線を奪う」
「ジャパンカップでもずっと遠くにいるアイツだけが見えていた。でも、遅れたからかな。それは一瞬で、とても寂しかったよ。だから次は掴まえるって心に決めた。二人だけの世界を一瞬で終わらせるなんて冗談じゃない。アタシは、ずっとあそこを走りたいんだ」
「有馬記念は逃がさないって決めてたよ」
「スタートと同時に抜け出すカツラギを認識した瞬間アタシも前に出た。普通の追い込みじゃカツラギに届かないって前のレースでわかってたからね」
「最初から最後まで、アタシはカツラギ以外見えなかった。ルドルフがカツラギを追い抜いたのにも気づかなかったよ。あの瞬間、アタシは一着じゃなくアイツに、カツラギに追いつくことだけ考えていた」
「――追いつけなかった。毎日王冠より差が広がっていた。悔しくて、まだ強くなるんだって嬉しくて、ウイニングライブもまだだってのに踊り出しそうだったよ」
「もっと楽しめる、カツラギと走ればこれがまだまだ続くんだってね。だから、次走は何って訊いても曖昧に誤魔化されて、ライブまで終わった後に引退発表された時は、わけがわからなかった」
『彼女』の引退発表は突然だった。
怪我を抱えていたわけでも病気を患ったわけでもない。周囲に相談することもなく決めたようで当時を知る人々に取材を重ねても皆口をそろえて知らなかったと証言した。
そしてそれは、ライバルであるミスターシービーも同じだった。
「……控室のドア、蹴破っちゃったよ。初めてやったけどあんなに脆いなんて思わなかったなー、はは。ああ、うん……びっくりした顔でアタシを見てたよ、カツラギは。こっちは、びっくりどころじゃないってのにね」
「カツラギの顔を見た瞬間頭に血が上っちゃってね、声をかけるより早く胸倉引っ掴んで押し倒した。腹に乗って逃げられないようにしてどういうことだって問い詰めた。アイツは、もう決まったことだからとしか言わなかったよ。――ふざけるなって叫んだところまでは憶えてる。気づいた時には、いつの間にか来てたルドルフやダイナカールに取り押さえられてた」
「良かったと思うよ。取り押さえられなきゃ多分、暴力事件起こしてたかも、だし。あんなに、意識が飛ぶくらい熱くなったことなんて他にないからさ。ほっといたらどうなったのか、自分でもわからない。それぐらい頭の中がぐちゃぐちゃだった」
「アイツが、悔しそうな顔をしていたことだけは憶えてる」
「最後までアイツは引退する理由を話さなかった。そのまま、一度も話し合う機会がないままカツラギは学園を去って行ったよ。……張り合いがなくなっちゃってね、アタシは休養に入って、脚の治療に専念した。ジャパンカップの前に天皇賞取れてたからか突き上げもあんまなかったな。そんで脚が完治して、何度か走って――ってこれは別にいいか」
「――――もしかしたら、アイツは気づいてたのかもしれない」
「あのまま走り続けていたらアタシはカツラギに追い縋って、脚の不調なんか無視しちゃって、潰れてたかも。我慢できるわけないよ。カツラギと走れるんなら何を代償に支払ったってアタシは満足してた。それくらい、カツラギと走ることが楽しかった」
「だからアイツはアタシが引き返せる内に身を引いたんじゃないかって、考えちゃう。……勝手に決めるなよ。それでもアタシはアイツと走りたかったんだ。脚が潰れたって、血塗れになったって、倒れて泥まみれになったって、カツラギが隣にいる方がよかった」
「……どんな悲惨な最期を迎えても……アタシの隣からアイツが居なくなる結末よりはマシだったよ」
「あれ以来アイツとは会ってない。どこに行ったのかも知らない。アイツがそう決めたんなら追いかけるのも違うしね。それらしい噂も聞かないからなぁ……どこでなにしてるんだろうね」
「アタシの話はこれでおしまい。次はルドルフのとこに取材に行くの? アイツの行方だったらルドルフの方が詳しいかもね。まだ探してるみたいだし。ま、仮に見つけててもルドルフが教えるわけないか。個人情報だのなんだのにうるさいからねー」
「ああそうだ」
「コレはアイツも見るのかな? そう? じゃあちょっとだけお時間いただける?」
「――やあ
「アタシはまだ走ってる。トゥインクルとは違う舞台だけど、楽しいよ」
「それでも足りないんだ。君が居ないターフは色褪せている」
「だからねカツラギ」
「待っているよ。君が帰ってくるのを、君とまた走る日を」
「じゃあね
ジャパンカップで栄冠を手にした次走の有馬記念。
時代の頂点に名乗りを上げた直後に『彼女』は引退を表明した。
その後の消息は不明。
かつてのライバルたちさえ行方を知らなかった。
流星のように現れ王座に手をかけたウマ娘は、流星のまま去って行った。
『中距離の王者』
『しじまの王』
『ミスターシービーのライバル』
様々な名で呼ばれる『彼女』は多くの謎も残していった。
曖昧な出自。
そして絶頂期での突然の引退。
『彼女』は何者で、何を求め走っていたのか。
わからないことは多い。謎は謎のままだった。
でも、ファンの言葉がただ一つの真実なのかもしれない。
『もう一度、君とミスターシービーの対決を』
終わったレースをもう一度。
そう望まれることは、レースを走る者にとってなによりの幸福だろう。
個人的にカツラギエースが筆頭ですけどシービー世代はみんなキャラが濃いからほんと実装して欲しいですね