俗世が好きで何が悪い!? 作:みども
……尤も、すでに天花さんは戦闘不能ですが。
心の迷いから生じた一瞬の隙。
その致命的な隙により青羽の放つビームが掠めることとなり、天花は戦闘不能に追い込まれた。
咄嗟にビームを躱そうと優希の元へ瞬間移動した天花だが、完全には回避しきれず、重傷を負い倒れる。
(天花さん……!)
すぐにでも駆け寄りたかった優希だが、青羽の髪で拘束されているため目の前で倒れる天花に駆け寄ることも声をかけることもできなかった。
「私のビーム……少し浴びたみたいね」
その天花のそばに、青羽が降り立つ。
青羽の方も肩に受けた傷があるものの、もはや立ち上がることもできない天花と違い、人型醜鬼となった事で得た人間離れした再生力を持つ強靭な肉体によりすでに塞がりつつあり戦闘に支障が出る怪我ではなくなっていた。
青羽と天花の戦いはすでに決した。
だが、お互いは敵同士。無力化されたとはいえ、生かして逃せばいずれ復帰し再び相対することになるだろう相手。
青羽には確実にとどめを刺し、天花の命を奪う理由がある。
それでも絶対に殺さなければいけない相手というわけではなく、青羽の性格から立ち上がることもできないほどの重傷を負った相手にとどめを刺すような真似を嫌うこと、交際相手を宣い愛する弟に寄ってくる危険因子といえども優希の目の前で彼の知人を殺すのを忌避したこと、そして何よりビームを放つ直前に意図的に天花が青羽に対してとどめを刺すことを躊躇した件に関しての理由を聞きたかったことから、敵に向ける冷たい目で見下ろしつつも手を下すことはしなかった。
「さっき攻撃しなかったのはなんでよ?」
お互い命をかけてでもなすことのために交渉が決裂して火ぶたが切られた戦い。
優希に人型醜鬼の正体を伝えられても、その上で戦いを選択した。それは天花も承知の上だったはず。
だが、絶好のタイミングで天花は攻撃を止めた。
その理由が、陰陽寮へ送るために生け捕り目的で手を抜いた、もしくは哀れみを向けられたようなものならば、青羽にとっては優希が見ている前であっても今すぐその虫の息を止めるだろう激怒するに値する理由である。
口から出任せでも侮辱とみなして殺す。
そんな敵意が込められた冷たい声で問う青羽に対し、天花は消えそうな声で正直な気持ちを吐露した。
「仕留めてしまったら……優希くんが、悲しむなって……」
天花が絶好のタイミングで攻撃の手を止めた理由は、その相手が優希の家族だったから。
初めて恋愛という感情を知ることができた相手。その優希にとって、ただ1人の大切な姉。
その青羽が帰らぬ人となったら、きっと彼は悲しむだろう。
それを思った時、とどめを刺すことができなかった。
魔防隊組長という立場上、冷酷な決断をしなければならないこと、後ろ暗い現実の存在を知ることは多々あった。
魔都の資源を狙うテロリストの存在もある。
本来ならば人を守る組織であるはずの魔防隊だが、その実態はやはり国家の傘下にある機関の一つ。人の命を奪ってでも国家と国民の安全と利益を守ることを要求される組織であり、清廉潔白ではいられない。
優希と出会う前の天花ならば、きっと青羽を手にかけていただろう。
例え日本政府の暗部が作り出した被害者だとしても、現世で発生する被害を顧みず鬼童丸のような極めて凶悪な個体も含めた醜鬼を使った暴動を起こすことを宣言した青羽たちは、国民を脅かし国家に仇なすテロリストである。
魔防隊の使命として、国家を守るために説得が通じなければ殺してでも止めなければいけない敵であった。
それでも、天花はとどめを刺せなかった。
魔防隊員としての使命にすら迷いが生じ、こうして瀕死の重傷を負うことになっても、戸惑いこそあれ後悔はないと感じるほどに迷いを生んだ思いは強かった。
「敵を攻撃できない自分に驚いてたら……こんな不覚……」
自分自身も感じている戸惑いや驚き、それらの感情を言葉にして出す。
それは青羽の問いに対する答えであるともに、自分自身や優希にも聞いてもらいたい心情を吐き出していた。
「最近……初めての気持ちだらけだよ……」
「…………」
天花の言葉を聞いた青羽の表情は、先ほどまでの答え次第によっては今すぐ殺してやると言わんばかりの敵意に満ちたものから、予想外の答えを聞いたことで驚きを感じるものに変化している。
「私はタフだから余計な心配だと思うけど……」
天花の言葉に嘘はない。
本気で彼女は優希のことが好きで、その優希が悲しむからとどめをささなかった。
「優希の気持ちを考えたのは素敵だわ! いいやつね、天花!」
それは青羽にとって下手な同情よりもよほど納得のいくものである。
人型醜鬼となり凶暴性が増したとはいえ、身内や仲間を大事にし、弟を溺愛し、感情豊かで絆されやすい絵に描いたようなガキ大将気質の持ち主である青羽は、嘘偽りのないその答えで天花のことをすっかり気に入ったようす。
ふさがる傷とともに表情からは敵意が消え、優希のことを思ってくれた天花に感謝も込めた満面の笑みを向けた。
そして、嬉しそうな青羽の声を受けた天花は、青羽に認められたと受け取ったのか──
「……お義姉さん」
幸せな優希と家族になる未来を思い浮かべて、まだ交際にも至っていないのにその先の結婚してから使うべき呼称を早くも使い始めた。
そしてすぐさま青羽にツッコミを入れられた。
「だからお義姉さんじゃないって!」
重傷の割に喋るし、案外大丈夫そうである。
……ちなみにこの間、京香は鬼童丸と真剣に戦っており、ようやく引き離しすことができたので急いで天花の元に駆けつけてきたところである。
「優希を放せ! 天花、大丈夫か!?」
「戦闘はきついな……」
優希を拘束兼守っている通信機を携えた醜鬼を一瞬で斬り伏せ、2人をかばうようにしてすでに敵意のない青羽の前に立つ京香。
天花の怪我の具合から、命に別状はなさそうだがとても戦える状態ではないことを確認。
京香を追ってきた鬼童丸も青羽の後ろに立ち、再び一触即発の雰囲気となる。
優希の方は捕まえていた──正確には護衛していただが──醜鬼を倒して取り返したが、髪の拘束は解かれていない。
青羽も鬼童丸も健在の状況で、天花を守りつつ
現状まともに戦えるのは京香1人であり、この場で戦闘再開となればかなり不利な状況である。
「逃げるなら見逃してあげるけど?」
だが、天花の言葉を聞き戦いの熱が冷めた青羽はやる気をみなぎらせている鬼童丸を手で制し、京香に対してこちらもこれ以上の無用な交戦は望んでおらず退けば見逃す意思を告げる。
そして京香の後ろに優希がいる現状、本人が納得しているなら優希も連れて帰ることを認めるという、京香たちの本来の目的である優希の奪還を叶える、天花の気に入った故に青羽の方が大きく譲歩したものだった。
「私たちが暴れることに変わりはないけど」
──但し、青羽達の目的である仲間たちの奪還と日本政府の闇の告発、すなわち陰陽寮襲撃に関しては取りやめる意図はないという宣告もつけた上で、だが。
そして、現世に多大な被害を出すことになるだろうテロ行為を働く宣言を受けては、たとえ不利な状況であろうとも魔防隊員として退く選択はない。
「退きはせん」
天花が戦闘不能となり、無窮の鎖が使えない状況であっても、鬼童丸や熊童子といった危険な醜鬼を現世に解き放つことで起こるだろう惨劇を止めるためにも、京香は命をかけても止めてみせると刃を下げることなく青羽の慈悲に拒絶の返答をした。
やはり戦いは避けられそうにない。
ならば此方の組長も黙らせると、青羽が鬼童丸を制している手を下げようとした時──
「青羽姉〜!」
青羽の名を呼ぶココを背中に乗せ、洞窟の中腹の方から熊童子と通信機を携えた醜鬼が走ってきた。
「ココ!?」
予想外の仲間の登場に驚く青羽。
ついでに鬼童丸を制止していた手が下りたものの、鬼童丸は空気を読んで同じくココの登場に驚いている京香に襲いかかることはせずおとなしく待機してくれている。
本能のままに人間を襲う醜鬼の知能は例外を除き獣以下の場合が多いものだが、月山大井沢事件の際も魔防隊がくる前にうまく逃げおおせたこともあるので、鬼童丸の知能は高いのかもしれない。
「ごめん、やられちゃった!」
一方のココと熊童子だが、青羽の元にかけつけるなり揃ってスライディング土下座をする。
青羽のそばに置いていた通信機は醜鬼ごと京香に両断されたので、ココたちが負けたことをまだ知らなかったのである。
ジョン・ドゥが近場の醜鬼を総動員して作った巨大化醜鬼を盾にして時間を稼いだことにより、バラバラにされたが何とか熊童子の再生が間に合い、撤退に成功したのである。
だがサハラもチャージを終えて復帰し、巨大化醜鬼も朱々に敗れ、波音も負けてしまったのか援軍に来てくれる様子がなく音信不通となり、さらにはジョン・ドゥの方にも敵が来たということを通信越しに聞いたことで、不利を悟ったココはこれらのことを伝えるためにも青羽と合流するために逃げてきたのである。
そして、その後ろからはココたちを追いかける朱々とサハラが駆けつけてきた。
「ユッキー!」
「組長!?」
一方、洞窟内の味方同士の通信手段を持たない朱々とサハラはこの洞窟の奥の状況をココを追いかけてきたことで初めて確認することとなる。
朱々は優希の無事を確認するとすぐに京香と並んで青羽から守るように立ちふさがり、サハラは天花が倒れていることに驚きつつもこちらも負傷した組長を守るように立ちふさがった。
これで先ほどまで京香1人に対し青羽と鬼童丸で対峙していた場は、4対3の状況となる。
しかしココと熊童子は再生したばかりで消耗しており、通信機を携えている醜鬼は魔防隊員ならば容易に蹴散らせる雑魚である。
対して朱々とサハラは戦闘も十分可能。能力も存分に活用できる。
更には戦力が増えたことで、京香が優希の拘束を解き無窮の鎖を使用可能とする時間を作ることもできるようになった。青羽と戦わせるわけにはいかないので、京香自身にその選択をする意思はないが、それでも戦力的には不利な状況から一転、優勢な形となった。
「仲間は随分消耗しているようだな」
そしてこの状況は、今度はこちらの交渉を通すことができるということ。
「今度はこちらが問おう。投降するか?」
「冗談」
だが、京香の降伏勧告を青羽は拒絶する。
彼女たちにとって陰陽寮の壊滅と仲間たちを助けることは絶対に譲れない事柄である。京香たちの危惧する一般市民への危害を加えることはジョン・ドゥとの共通の誓約で決して起こさないようにするつもりではあるが、それを言ったところで京香たちは退かないだろう。
それに、京香たちは信用できるとしても、日本政府の傘下である魔防隊に降伏すれば人型醜鬼を人体実験の材料にしか見ていない陰陽寮に送られることは確実であり、苦痛の日々にココたちを落とさないためにも投降はできない選択だった。
やはり戦って白黒つけるしかない。
両者ともにそれを再認識し、再度一触即発の空気となった時だった。
「やあ、降臨だよ」
──洞窟の天井が閃光に包まれるとともに、巨大な爆発となって大穴を開き、そこから降り注ぐ光を背に八雷神が姿を現したのは。