俗世が好きで何が悪い!? 作:みども
破壊された天井から降りてきたのは、かつて六番組と七番組による魔都交流戦にて、突如として襲撃を仕掛けてきた雷煉を名乗る謎の存在の仲間と目されていた、和装と毛先が蛇になっているのが特徴の黒髪の人物と、露出の高い装束と龍を彷彿とさせるツノを額に宿し翼を持つ人物であった。
いや、その2柱は容貌こそ人と似ているが、その正体は人でなければ人型醜鬼でもない。
醜鬼を束ね人を滅ぼすことを目的とする者達──八雷神を自称する人ならざる存在である。
八雷神である紫黒と壌竜の登場に、戦闘が再開される直前だった青羽達と京香達は、戦いを始める手が止まりその新たな乱入者の方を見上げる。
「…………」
神々しく派手な演出による登場という紫黒の要望を叶えるためにこのような登場をした壌竜は、次は残る仕事を片付けるべく自分たちを見上げる存在を一通り見渡し、その中で最も強い生命力を持つ存在である青羽に視線が向けられた。
「派手に動いてくれたおかげで見つけられたよ」
直後、紫黒を下ろすとともに地面に降り立ち、同時に大きな衝撃が発生する。
その際発生した土煙が落ち着くと、着地地点にいた通信機を携える醜鬼は跡形もなく消され、そして着地からの一瞬の間に壌竜の手によって青羽とココが首を掴まれて捕縛されていた。
「いい生命力だ。こっちの2体も持ち帰ろう」
落下からわずかな間。
いかに戦闘を中断されたところだったとはいえ、その間にやすやすと拘束されてきたことに、捕まえられるまで反応できなかった青羽は驚きつつも、自分の首を絞める壌竜の腕を自慢の怪力で潰そうと試みる。
だが──
「!?」
岩塊もたやすく破壊する青羽の握力でも、壌竜の肘まで覆われた鱗のような手甲はビクともしなかった。
それどころか、壌竜は青羽の力を確認すると、その抵抗など無視できると言わんばかりに興味をなくしたように視線を外す。
「ッ!」
それが青羽の負けず嫌いなプライドに火をつけた。
こいつらが何者であるかを青羽は知らないが。
それでも手を出してきた上に嘲るような態度を取られて、黙って捕まえられている青羽ではない。
力が無理ならと、腕のような鎧に守られていない壌竜の顔を狙って髪を操り、串刺しにしようと伸ばす。
「──遅い」
だがその切っ先が届く前に壌竜の腕が振り回され、青羽は弾丸のような速さで投げ飛ばされた。
「青羽姉になにしやがる!」
自分の尊敬する姉貴分を投げ飛ばされたことに激怒したココが、首を掴まれながらも体液の操作を利用してうまく滑り抜け、壌竜に殴りかかる。
能力で抜け出されるのは想定外だったのか、壌竜は反応が遅れ顔面にココの拳が突き刺さった。
「嘘だろッ!?」
だが、人型醜鬼の怪力で振るわれる拳が鎧に守られていない顔面を直撃したというのに。
ココの拳を受けた壌竜は、まるで何かしたかと言わんばかりの無表情で微動だにせず無傷だった。
「この──うッ!?」
めげずに攻撃しようとしたココだが、一瞬壌竜の腕がぶれたように見えた瞬間、その横顔を無造作に振り回された拳で殴られ、その衝撃によりボールのように飛んでいった。
「こいつら仲間じゃないの!?」
いっぽうで魔防隊員達の方は、乱入してきた八雷神が人型醜鬼達を攻撃したことに戸惑いを隠せない。
それを聞いた紫黒が、表情は笑みを浮かべつつ不快だという感情が見える声色で否定する。
「中途半端なやつと一緒にされちゃ困るな」
たった一瞬で、人型醜鬼達が圧倒された。
急展開すぎてその光景を見ていることしかできなかった魔防隊の面々に、表面に謎の模様が描かれている舌を見せながら、外見はあどけない少女のようだがその身が放つ威圧感が人ならざる者であることを告げる紫黒が名乗る。
「僕達は八雷神! 醜鬼達を束ねる存在さ。神様だからね、崇めていいよ」
「……八雷神だと」
初めて聞く名前である。
日本神話にてその名前が登場するが、そこに出てくる死者の世界、黄泉の国の女王であるイザナミに宿っていたとされる八雷神は蛇の姿で描かれる。
自らを神と称する紫黒は、容姿は人間のようなれども明らかに人型醜鬼達とは違う存在であることが対峙すると肌で感じる。
「そうだよ」
確認するようにその名を口にした京香に、紫黒は生者らしい温かみが一切感じられない冷たい笑顔を見せながら、頷く。
そしてそのあとに紡がれたのは、八雷神の目的。
「人を、滅ぼす存在さ」
明確に魔防隊に、いや人類に対する敵対宣言と受け取れる発言である。
同時に、威圧するように壌竜から肌がひりつくような重圧が向けられる。
(優希に乗らんとマズいな……)
壌竜の放つ重圧をうけ、この敵は無窮の鎖を使わなければマズい相手であると判断。
そのためには優希の拘束を解く必要がある。
「朱々」
「はい! いくよ、サハラ!」
「任せて!」
すぐに京香の意図を理解した朱々が、勇気の拘束を解く時間を稼ぐために
それとほぼ同じタイミングで、人型醜鬼特有の再生力とタフさで立ち直った青羽とココがよくもやってくれたなと言わんばかりに壌竜に向かって走ってきた。
「何が神よ、私は姉よ! 鬼童丸!」
「こっちも行くぞ熊!」
それぞれの相棒である鬼童丸、熊童子に指示を出し、四方から壌竜に殺到してきた。
それを受けた八雷神は、しかし何の脅威も感じていないようで──
「壌竜」
紫黒が声をかけ、それに無言で足を上げて答える壌竜。
その足を振り下ろした直後、音が消えたと感じるほどの巨大な衝撃波が発生し、立ち向かってきた青羽達を一撃で戦闘不能に追い込んだ。
特に距離的に近かったことで先頭で突撃していた2体の特殊個体である醜鬼が受けたダメージは大きく、鬼童丸は兜が凹み蜘蛛の巣のようなひび割れが胴体を守る甲冑を走り抜け、熊童子に至っては頭が千切れ飛ぶ損傷を受けたほどである。
肉弾戦向きの能力を得た正規の魔防隊員と、そんな彼女達とも渡り合う人型醜鬼や、他の醜鬼と比較して遥かに強力な力を持つ特殊な個体の醜鬼たち。
それほどの面々が一斉にかかってきたのを、壌竜はただの一撃で触れることすらさせずに壊滅に追い込んだのである。
そしてその一撃は青羽達を蹴散らすだけにとどまらず、洞窟を崩壊に追い込むほどの破壊力を持っていた。
崩壊に進み始めることを知らせるように、洞窟が揺れ始める。
それを見て、洞窟を崩せとは言ってないと紫黒は壌竜に文句を言う。
「ちょっと過剰な威力だよ壌竜」
「すまない。加減を間違えた」
「まあ、最低限の餌は確保してあるし、便利な駒も手に入ったから収穫は及第点だけど。崩れる前にあの蜘蛛の醜鬼を連れて戻っててよ」
「分かった」
紫黒達は元々、こちらには人間側に対する名乗りと宣戦布告を目的としてきていた。
あわよくばもう1人か2人ほど空折の餌を確保したかったが、崩れだす洞窟を見てこれ以上の長居はせっかく手に入れた収穫も潰されかねないと判断し、紫黒は壌竜へ今回の戦利品を持って拠点に撤収するように言う。
了解した壌竜だが、まるで自分はまだ残るというかのような紫黒の言い方に引っかかり、一度出ようとした足を止めた。
「紫黒は戻らないのか?」
「うん、少し見たいものがあるからね」
「……すぐ来いよ」
紫黒の返答を聞いた壌竜は、そのまま翼を広げて最初に開かれた穴から出て行く。
それを見送った紫黒は、近くに倒れている熊童子を袖から取り出した一枚のカードに取り込んでから、同じく倒れていた鬼童丸に髪の蛇を伸ばして軽く噛みつかせた。
「可哀想に。ほら、これで自由だよ、好きに暴れちゃえ!」
ゴオオオオォォォ!!!!
直後、鬼童丸が急に立ち上がると巨大な咆哮を轟かせる。
さらにそれがまるで拘束されていた者を解き放つように、その肉体も一段と膨れ上がり、それまで青白く灯っていた目が、強烈な光を放つ血のような赤い色に変化した。
青羽がかつて力ずくで屈服させ、従わせ、押さえ込んでいた楔が全て解き放たれ、本来の本能の赴くままに人々を殺戮する醜鬼のあり方に戻っていく。
それは京香の記憶に鮮明に残っている、かつて故郷で見た人々を殺し平和を破壊し尽くした敵の姿そのものであった。
「…………」
幼い頃は想像もしていなかった、醜鬼という異形の存在との戦いに身を投じることになった全てのきっかけ。
故郷の仇の姿を前に、京香の心の内から怒りを燃料とする激情の炎が湧き上がってくる。
京香の手助けで拘束から解放された優希は、傷ついた仲間達や隠れ里でお世話になったココ、そしてようやく再会を果たした姉の傷ついた姿に、それを起こした八雷神の一角である紫黒へ怒りを向けた。
「あいつら……!」
普段の温厚な彼からは離れた、冷静さをかなぐり捨てるような怒り。
その優希に向けて、怒りに我を忘れ朱達の窮地を見過ごし部下を危険にさらしてしまったかつての自分が重なる京香。
今にも飛び出しそうな優希の前に、スッと手を差し伸べる。
「私とお前で、屈服させる!!」
「!」
主人のその声と差し出された手で、冷静になれた優希。
京香の手を受け取り、スレイブ形態へと移行した。
「その調子で好きに暴れちゃえ!」
「ぶっ潰す!」
紫黒の手で解き放たれ、けしかけられるままに獲物となる人間に向かって突撃していく鬼童丸。
仲間達を、家族を傷つけた代償を必ず払わせてみせると、闘志をみなぎらせ京香を乗せてその鬼童丸にまっすぐ突っ込む優希。
そして、故郷の仇を今度こそ取るべく、刀を片手に、鎖を片手に握り、奴隷の背に乗り鬼童丸に立ち向かう京香。
──三者の因縁が重なり、決着の時を迎える戦いが、幕を開けた。