俗世が好きで何が悪い!?   作:みども

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乱れ山桜①

 醜鬼を憎み、魔都を憎み、戦いに身を投じる全てのきっかけとなった日。

 優希の背に乗り、その原点にいる因縁の敵に向かっていく京香の頭の中を、かつての記憶がよぎる。

 

 幼い頃に見ていた、彼女の故郷の光景。

 その地は、東北地方の日本海側、山形県に聳える出羽三山の主峰『月山』の麓にある街。

 日本有数の豪雪地帯の一つである山形県の中央部に存在するその町は、冬の寒さが厳しく決して住むに快適とは言い難い場所である。

 それでも、その厳しい冬を乗り越えれば山桜が咲き、その中を故郷の同年代の子供たちとともに春を祝うのが好きだった。

 

 家族とともに山に入り、雪の齎す恵みを存分に受けて育った山菜を収穫するのが好きだった。

 手製の髪飾りを友人に作ってもらい、それをつけた自分の姿を恥ずかしくも嬉しく感じ、喜び合うのが好きだった。

 

 ずっと、この豊かな自然に囲まれた故郷の中で生きていく。

 

 ──そう、思っていたのに。

 

 そんなかけがえのない平穏を、()は、無慈悲に、無差別に、理不尽に破壊し尽くした。

 

 色褪せる事のない故郷を移す記憶の中に、最も鮮烈に、一切色褪せる事なく、その光景は刻まれている。

 

 突如として出現したクナドをくぐり抜けて襲来した、醜鬼の軍勢。

 血のつながりがなくとも、一つの大きな家族のような存在だった故郷の人々が焼き殺され、悔いこそされ、踏み潰され、そしてあのツノに貫かれて引き裂かれた。

 燃え盛る家屋と、先ほどまで悲鳴をあげていた人々の流した血で赤に染まった景色。

 恐怖と絶望に心が壊れかけた少女を見下ろす、その凶悪さを一切隠そうとしない赤く輝く瞳。

 

 ──許さない、お前だけは! 

 

 その日、自然を愛し、故郷を愛し、家族を愛し、平穏に生きるはずだった少女は。

 愛する全てを破壊した()()()への復讐を果たすために、平穏に生きるはずの未来を手放し刀を手に取った。

 

 

 

 

 

「隊長格とはいえ、苦戦すると思うなぁ」

 

 鬼童丸は雑多の通常の醜鬼とは桁違いの強さを誇る。

 その武器は、ただひたすら単純明快に強い肉体。

 他を圧倒する強大なパワー、疲れ知らずのタフネス、多少の傷も意図にも返さぬ屈強さ、その身にまとう鎧すら飾りに過ぎない鋼のような肉壁、巨体を構成する質量。

 巨大な頭部の角に目がいくが、他を圧倒するシンプルに強力な肉体こそ、鬼童丸の最大の武器であった。

 その単純明快な強さというのは、ある意味多様な能力により戦う魔防隊の人間側にとって最も苦戦する存在といえるだろう。

 

 故に、紫黒は京香たちでも鬼童丸には苦戦すると思っていた。

 あの強さに加え、鬼童丸には一定の知性もある。

 己の強さに自負を持ち、そしてそれを生かして獲物をいたぶり殺すという狡猾さが。

 それらを解き放った今、鬼童丸を止めるのは容易な事ではない。

 

 だが──

 

 最初の激突で押し勝ったのは、優希の方だった。

 

「え?」

 

 鬼童丸の突進に対し、右の拳を振り抜きその巨体を殴り飛ばして押し除けたのである。

 

 予想外の展開に驚く紫黒だが、それでは終わらない。

 当然押しのけられたとはいえ、殴られた程度で倒れる鬼童丸ではない。

 倒れる事なく踏ん張りその場にとどまると、よくもやったなと言わんばかりに拳を振り抜く。

 

「────ッ」

 

 それに対し、優希は静かに息を吸うと、拳に己の力を集中させる。

 そして鬼童丸の拳に合わせるように、力を集中させたその拳をぶつけた。

 

 すると、ぶつかり合った両者の拳は、本来質量と頑強さにおいてで上回るはずの鬼童丸の方の拳が一方的に砕かれた。

 

 肉体の一部に力を集中させる事で、突き出す拳や振り回す蹴りの威力を一時的にだが飛躍的に高める事ができる、力の集中を応用した技、隸架拳(れいかけん)である。

 

 日万凛が主となる場合の形態、スレイブ旋風(つむじかぜ)

 魔都交流戦にて八千穂に勝つために日万凛の能力で無窮の鎖を発動した時、スレイブは京香のものとは異なる形態をとった。

 手数と速度に利点を持つ旋風の形態は、一撃の強さが通常の形態に比べ劣る。

 その欠点を改善するべく、脚や腕など身体の一部に力を集中させ、局所的な強化を図る技術である『力の集中』を獲得するに至った。

 突撃や離脱などの際に脚に力の集中を行うことで高い加速を得たり、敵に攻撃する際に拳や爪に力の集中を行う事で攻撃力を飛躍的に高めたり、力の集中はうまく切り替えを行う事で戦闘の幅を大いに広げる。

 

 無論、優希は通常のスレイブの形態でも力の集中を扱える。

 隸架拳は文字どおり、相手の攻撃に合わせて突き出す拳に力の集中を行う事で、質量が勝る相手であってもタイミングを合わせる事によりかち合った相手の拳を破壊することもできるカウンター攻撃である。

 

 破壊と殺戮を求める本能の赴くままに暴れる鬼童丸は、さながら獣だ。

 獰猛な気質と強靭な肉体を持って、野生の前には弱者である人間を圧倒する。

 

 だが、そこには技がない。知識がない。共に手を取り合い支え合う仲間がいない。

 持って生まれた力を振り回す化物には、その力を覆してみせる執念がない。

 

 鬼童丸から見れば、潰されるしかない人間風情を背に乗せただけの、背丈は己の腰程度にしか届かない小さな存在。力もはるかに劣る相手。

 単純な力で見た強さでしか測れない獣には、そんな優希に合わせた拳を砕かれた事が理解できなかった。

 

 忌々しい。弱者の分際で。人間風情に使役される矮小な芥如きが。

 猛る感情のままに優希の背に乗る人間を睨みつける。

 

「怒っているのか一本角。だがな──」

 

 だが、その人物を見た瞬間に鬼童丸の中にある脆弱で破壊して潰すしかなく潰すべき存在である人間という弱者の認識が、覆ることとなる。

 

「こちらの方が百倍! 荒ぶっているぞ!」

 

 刀を構えるのは、故郷を滅ぼされた復讐を誓った戦士。

 醜鬼を能力無しで打ち倒す技術を獲得した、鬼の組長の異名に相応しい、その昂ぶる怒りを剣に乗せる京香。

 

 鬼童丸の目に、仇を前にした彼女は正に怪物を従える鬼神のように映った。

 

 ────!? 

 

 鬼童丸はその鬼神を見て、初めて人間に対し『恐怖』という感情を抱く。

 常に狩人の側に立ち続けた者が、初めて命を奪われかねない立場に──否、奪われる立場に追い込まれた事に、獲物として狩り続けたもの達の立っていた場所に引き摺り下ろされた。

 

 認められるか、と。

 自らが初めて抱いた恐怖の感情を振り払うかのように咆哮を上げる。

 もはや加減は無しだ、と。人間には使う必要もないとした、自分と同じ格の存在を相手にした時に使う、持てる力の全てを持って自らの肉体を膨張させ、強化する全力形態への移行を発動する。

 

 さらに膨れ上がった巨体に、防具でありまた拘束具でもあった甲冑が破壊される。

 肉体がむき出しとなったが、膨張した肉の壁はむしろ甲冑よりもはるかに強靭である。

 

 そのまま角を前に突き出すように構え、手足を地面に着く。

 獲物ではなく敵。狩人としててはなく、戦士として相対する事を選んだ。

 

「!」

 

 形態が変化した鬼童丸に、京香と優希は驚くが、それも一瞬の事。

 鬼童丸が持てる最大の武器である己の屈強な肉体とその巨大で鋭利な角を生かした突進攻撃を仕掛けてくると瞬時に理解し、優希は手足に力を集中させる。

 

 自慢の角を生かした突進攻撃。

 全力形態となった事でさらに巨大化した鬼童丸の突進を、優希は正面から受け止めた。

 

 だが、今度は拳のぶつかり合いのようにはいかない。

 鬼童丸の乾坤一擲の突撃に、優希は押され、ツノがその頭部を貫く──かに見えた。

 

 とっさに優希は敢えて手に向けていた力の集中を弱め、口にて力の集中を発揮させた事により、一歩間違えれば喉を貫かれていた角をその口で受け止める事に成功した。

 

「わあ無茶苦茶するなぁ、面白いやつ!」

 

 背に乗せた主を守り、攻撃の機会を作るために、死すらも恐れない無茶な行為。

 それをやってのけた優希を見て、なんで面白い奴だと笑う紫黒。

 

 乾坤一擲の攻撃を止められた鬼童丸は驚愕する。

 優希の背には既に京香の姿はなく、驚き動きが完全に止まった鬼童丸の角の上から刀を振り下ろし、その最大の武器を根元より切り落とした。

 

 京香の刀によって切断された角が落ちる。

 刀を振り下ろした姿勢のまま、鬼童丸の方に顔だけを向ける京香。

 

「そろそろ死ね」

 

 ガアアアア! 

 

 鬼童丸がその京香に向かってまだ壊れていない方の腕の爪を振り下ろしたのは、人間に角を切られた屈辱から、ではなく。

 自慢の角を切り落としながら、そんな事もさほど気にとめる事もなく矮小な人間のはずなのに、弱者である人間とは思えないほどの重圧を乗せる殺気をぶつけひたすら自分の命を狙ってくる鬼神に対する恐怖、その自己防衛行動だった。

 

 襲いかかる鬼童丸を冷静に見据えながら、京香は刀を構える。

 

 故郷を滅ぼされたあの日から、一時も忘れる事がなかった復讐に向けて磨き続けた。

 この時をひたすら望み、お前を刻むために身につけた、反撃する暇も逃げる暇も与えない無数の斬撃からなる剣技。

 

 向かいくる鬼童丸に、京香はその斬撃を叩き込む。

 爪を、指を、腕を、肩を、胸を、腹を、頭を、胴を、足を──その身が細切れになるまで。

 

 細切れにする敵の血飛沫と肉片は、まるで風に吹き回される桜吹雪のように──

 

 ──乱れ山桜ッッ!! 

 

「反撃回避の隙など与えん! 

 

 問答無用の斬撃で滅べ! 

 

 屈服の────ッ! 

 

 時間だぁ────っ!!!」

 

 無数に切り刻まれた鬼童丸だったものの欠片が、あたり一面に舞い散った。

 

 忘れる事のない災厄に見舞われた日から、その一本の角を掲げて平和な町を火と血の海に覆い尽くした醜鬼の姿に占領され、懐かしむ事も許されず止まっていた光景。

 赤と黒と灰色に塗られた世界が、溶けるように変わっていく。

 

 そこにあったのは、薄桃色の桜の花びらが舞い、自然に彩られた町中で春が訪れるたびに喜び笑顔を浮かべる家族達の集う、あるべき故郷の姿だった。

 

 この瞬間を、我が故郷に捧げる……

 

 滅んだ日の光景で凍り付いていた記憶の中、復讐が果たされた事により訪れた春の姿。

 その懐かしく、尊く、そして2度と帰ってくる事がない在りし日の故郷に向けて、京香は刀を静かに掲げた。




アニメの方は、個人的には『42話 スレイブの決意』か『44話 スレイブの主』までになるかなと予想してます。
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