俗世が好きで何が悪い!? 作:みども
長く感じるかもしれませんが、ご了承ください。
京香の手によって、鬼童丸は葬られた。
熊童子のような極めて強力な再生力を持つ個体の醜鬼や、ジョン・ドゥのような斬撃が有効とならない醜鬼ならばともかく、鬼童丸は純粋なパワーによる強さに特化した個体の醜鬼である。
そのため細切れにされて仕舞えば再生は不可能であり、京香の『乱れ山桜』によって切り刻まれサイコロステーキ加工され細かな破片となるまで解体された鬼童丸は、完全にその存在に終焉が打たれた。
故郷の仇を取り、その残骸に振り向く京香。
再生の様子がない事を確認すると、ようやく重荷が降りたような感覚を覚え、息を吐く。
「やりましたね京香さん!」
月山大井沢事件の事を以前に京香から聞いていた優希は、彼女が故郷を仇である鬼童丸の討伐という悲願を果たした事に、まるで我が事のように喜びの声を上げた。
優希の力も大きな助けになったとはいえ、最後に鬼童丸を滅ぼしたのは京香の手によるものだった。
敵討ちという一つの大きな目的を達成した事は感慨深い。
「気持ちを切るなよ」
だが、この場には鬼童丸以上に強力な敵が残っている。
戦場では気を抜いた油断が最も大きな命取りとなる。
すぐさま優希に警戒を促し、自らも周囲に目を向ける京香。
「八雷神は……」
醜鬼を束ねる者。人を滅ぼす者。
雷煉が急襲を仕掛けてきた時とは違い明確な人類に対する敵対宣言をし、魔防隊員達を一撃で戦闘不能に追いやった、八雷神を名乗る謎の存在。
「消えたか……!」
しかし、鬼童丸の楔を解き放ちこの場に残って観戦をしていたはずの紫黒という名の八雷神の姿は、すでに洞窟から消えていた。
何らかの手段で移動したのか。
だが追跡しようにも手がかりはなく、また壌竜が放った破壊の一撃が止めとなり洞窟の岩盤は崩落への道を突き進み始めていた。
「洞窟がやばい……!」
「あの一撃か……負傷者を避難させるぞ!」
もはや崩落まで時間がない。
京香の指示の元、立ち上がれる程度には回復した天花と協力して壌竜に倒された負傷者たちの保護、そして避難に移る優希。
ひとまず未だに気を失っているため崩落から自力で離脱が困難である、最優先で避難させるべき対象の朱々とサハラとともに、援軍にきている五番組の待つ洞窟の入り口近くに能力を駆使して天花が撤退する。
非戦闘要員である寧が洞窟に突入していない事は理解できるが、日万凛たちも援軍に来ている事をまだ知らない優希。
今にも洞窟が崩壊するというのに、その只中にいる自分よりもこの場にいない日万凛の所在を気にする。そのあたりは、彼の性根なのだろう。
「京香さん、日万凛は……」
「日万凛には八千穂が付いてくれている、心配ないだろう。それにここに来る前、五番組にも援軍要請を出している」
「そうですか……」
日万凛に信頼を置く京香は、姉の八千穂もいる事だしと無事と思っているが、実際の彼女たちは洞窟中腹の戦いで敗北している。
ココを破り洞窟の入り口から走ってきた朱々やサハラが合流していなかった事を不審に思えば、2人がいない状況が正常ではない事に気づくのだが、他に考慮するべき事が多々あったこの現状で優希も気が回らなかった。
そして、その考慮するべき問題の一つ。
この場に京香と優希以外に残された2人の人物、青羽とココの方に2人の視線が向く。
壌竜の一撃をくらい、ココは気を失ってまだ意識が戻っていない。
耐えたとはいえかなりの怪我を負った青羽は、暴れだした鬼童丸からココを守るために立っていた。そして人型醜鬼特有の人間離れした再生力で十分に完治可能であることが判断できてから、京香と優希に向かい合った。
「姉ちゃん、傷は──」
「心配ないわ。治り早いから」
心配する優希に首を横に振りながら答えた青羽は、細切れにされた鬼童丸を見下ろして、そして紫黒によって嵌めていた枷を外され暴れ出す本来の姿、そして全力形態の姿を思い返し、自分が駆使していた醜鬼の本当の姿というものを初めて見た。
「鬼童丸が……あそこまでやばい醜鬼だったとはね」
もしも、この醜鬼を現世に解き放ち暴れさせていたら、陰陽寮だけの破壊で済んだだろうか。
いや、陰陽寮の破壊だけでも救うべき仲間たちに多大な被害を出していかもしれないし、魔防隊との戦闘で鬼童丸が追い詰められる事があればこの形態を解放し自分の言う事も聞かなくなっていたかもしれない。
そうなれば、多くの無関係な民間人にも被害が出ていただろう。
その未来を想像すると、青羽は自分たちがいかに愚かな行いをしようとしていたのかを深く考えさせられた。
「熊みたいなのも現世で暴れていた個体だぞ」
鬼童丸だけではない。
熊童子の方もココに首輪をかけられていたとはいえ、かつて鹿児島で多大な犠牲者を出した魔都災害を引き起こした個体である。
あれもまた、現世に解き放つ事があれば多くの犠牲者を生み出していただろう。
「そういやあいついないな。消し飛んだか?」
京香の言葉に周囲をもう一度見渡す優希だが、いつの間にか熊童子の姿は消えていた。
鹿児島の魔都災害でも魔防隊が到来するとともに魔都に逃げ帰ったというし、そもそも壌竜の一撃で頭が破壊されていた。死体がないので断定はできないが、あの攻撃で倒されたのかもしれない。
すると、そこに天花が能力を使って戻ってきた。
「天花さん!? 何故戻って──」
「家庭内の問題だから、当然だよ」
朱々たちと違い、優希と京香は負傷し疲労しているといえども軽傷のため自力で洞窟から脱出できる。
わざわざ立ち上がれるようになったとはいえまともに手当もできていない天花が、崩落寸前の洞窟という危険地帯の中に戻るリスクを負う必要はないはず。
危険を冒して戻るよりも外で朱々達と一緒に素直に待つ方が安全なはずだが、困惑する優希に対して天花は京香達を離脱させるために戻ってきたのではなく青羽と話をするために戻ってきたという意図を告げる。
……家庭内の問題という言い方に語弊があるけれども。
「皆の心配はいらない。洞窟の入り口に援軍が来た」
「読み通りだな」
「ただ……洞窟内は通信も“視る”事もできないから、話すには直接来ないと」
京香の肩を借りながら、洞窟の外に援軍が来てくれた事を伝える天花。
五番組の面々に彼女達は預け、京香たちを回収するという名目で再び洞窟に戻って来たという。
青羽達と話をするには、再度洞窟の中に戻る必要がある。
それは事情を知らない五番組に青羽達の存在を知られないようにするためでもあり、通信にしろ千里眼の能力にしろ洞窟の奥というのはそういった干渉が届かない場所のため青羽達と話すためには直接ここに戻る必要があった。
「青羽、まだ暴動を考えているのか」
天花が戻ってきた事で、洞窟の崩落まで時間もないので何よりも優先しなければならない確認を行う京香。
その問いかけに青羽は一瞬の沈黙を挟み、洞窟の惨状を見ながら首を横に振った。
「その気はもうないわ。集めた醜鬼は全滅……さすがにこの戦力で勝てるとも思えないし、鬼童丸のあの姿を見たらもう醜鬼という手段も使う気は起きないから」
鬼童丸の暴れる姿を見て、現世で暴動を起こすという気は失せたらしい。
ジョン・ドゥに頼もうにも彼の作る醜鬼で軍勢を揃えるにはある程度の時間が必要であり、魔防隊員相手では時間稼ぎや陽動程度にしか使えない。
鬼童丸ら主力となる醜鬼を失った時点で戦力的に陰陽寮を襲撃するという計画はほぼ成功不可能となっており、今から再度強力な醜鬼の個体を募ろうにも鬼童丸の本性を見て現世における被害を鑑みれば無関係な人々を巻き込むリスクが大きすぎる手段である事を認識させられた。
それに、暴れて熱が冷めたからかもしれないが、青羽自身に暴動を起こす気が無くなっていた。
「暴動を起こす気がなければ私もお前とは戦わん。優希の姉であるお前を信じよう」
「私もです。むしろ協力したいです」
そして、現世で暴動を起こさないというならば京香も天花も青羽と戦う理由はない。
彼女達は魔都災害から人々を守る事を使命とする魔防隊員であり、陰陽寮の研究材料を人権を無視してかき集めてくる政府の手駒ではないのだから。
しかし、政府の意向もある。元人間だからといって、青羽達を大手を振って保護する事もできない。
魔防隊も一枚岩ではない。政府の意向を強く受けている組もあれば、陰陽寮の手駒として動いている組もいるだろうし、京香達のように政府の隠す闇を知らずに任務を全うしている組もある。
誰が信用できるかわからない現状、保護を求められれば全力で動くつもりではいるが天花には青羽達を守りきれる確証がなかった。
「姉ちゃん、魔防隊に保護してもらおうよ」
「天花と京香は信じられるけど、組織自体を信じるのは無理」
優希は青羽に魔防隊の庇護下に入る事を提案するも、京香達は信用できるが魔防隊組織そのものを信用する事はできないと青羽自身が拒絶した。
だがこの隠れ里が崩壊したいま、彼女たちはどこに隠れ続ければいいというのか。
その事を不安視する優希だが、青羽達はこの洞窟以外にも隠れ里を複数確保している。ジョン・ドゥが非戦闘員を避難させている場所もその一つであり、当面はその拠点で身を隠すつもりだった。
「隠れる場所があるなら、今は保護を求めないのも一つの選択肢ですね」
青羽の話を聞き、天花はあえて保護を受けずに隠れる道もあると頷く。
「やばい組織って自覚があるわけ?」
「思想の問題です」
「……山城総組長か」
「……どういう事ですか?」
青羽の問いに頷く天花と、彼女のいう思想の問題というものが誰を示しているかその対象を察する京香。
一方で京香と天花以外に魔防隊の幹部である各組長、そしてそのトップに立つ人物と面識のない優希は2人の話についていけていない様子。
これまでの日本政府からの仕打ちにより陰陽寮と同じく日本政府傘下の一組織である魔防隊を敵対組織として見ていた青羽も、最大の敵となる総組長に関してはジョン・ドゥから名前などを多少聞いただけであまり詳しくは知らない。
天花達は青羽の保護に動きにくい障害となっている、魔防隊総組長の事について簡単に説明をした。
「魔防隊を束ねる総組長は、愛国心が強いのはいいんだけど強い性格でね……国のためなら少数に犠牲を強いるやり方を選びかねない人なんだ」
魔防隊総組長、山城 恋。
実力主義の組織である現在の魔防隊のトップに立つその人物は、強い愛国心を持つ。
それは反面、日本を守るためならば、国益のためならば、人道に悖る行いだろうと許容し、少数に犠牲を強いるやり方をためらう事なく選ぶ苛烈な思想の持ち主でもあるという事。
仮に青羽達が暴動を起こしていれば容赦なく殲滅し、陰陽寮のやり方が国益になり得ると判断しているならばその意向を受け人型醜鬼の捕縛を平気で行うだろう。
「陰陽寮の行動が真実だとしたら、談合している可能性は十分にあるな」
陰陽寮の行動も、魔防隊に何らかの形で協力しているものがいる可能性が高い。
それが総組長ならば、多少の無茶も通るはずである。
彼女が魔防隊のトップにいる現状では、むしろ青羽達の保護はリスクがある。
六番組と七番組で保護に動くよりも、こちらは陰陽寮の調査を行い人型醜鬼達には自分たちで隠れていてもらった方がむしろ安全かもしれない。
「保護を求めるならば全力で動きますが、状況を整理すると……隠れていた方がいっそ安全かもしれません。幸い洞窟内の会話は外に漏れていません」
「こちらも陰陽寮を調べられるな」
八雷神という未知の敵も現れている。
魔防隊も発生する多くの問題、その対応に追われることになる。
その間青羽達にはできる限り隠れてもらい、現状で信用できる六番組と七番組が陰陽寮の調査に動くことになる。
「でも、そうなると姉ちゃん達はいつまで隠れていれば……」
「簡単な話だろ優希。前から言ってた事を実行するまでだ」
魔都という危険地帯に隠れ続けなければならない姉たちを心配する優希に、京香はそれこそ明確でわかりやすい話だとその心配を払拭するように言う。
「私が総組長になればいい!」
総組長になる。
そもそも青羽達を表立って保護できない最大の理由は、魔都を利益にしようとし、その犠牲者を人とすら扱わない方針を取る日本政府であり、それに協力している可能性の高い人物が魔防隊という魔都災害から人々を守るべき組織のトップに君臨しているからである。
ならば、その総組長の地位を京香が獲得し、魔防隊の方針を変えれば、実験動物として陰陽寮が確保するのではなく魔都災害の被災者として魔防隊が保護できる。
総組長ともなれば一組長とは大きく異なる権限も得られる。
「隠れるのは次の組長選挙までだ。魔都の存在を国の利益にしようとするからこんな事が起こるんだ」
守るべき国民達に犠牲を強いる日本政府のやり方も、国家の後ろ盾を元に人を人とも思わぬ行いを続ける陰陽寮のやり方も、変えることができる。
魔防隊は醜鬼と戦い、魔都災害を防ぐための実働部隊の組織である。
魔都の桃の能力が力関係を変えたこの世界において、最強の戦力を持つ組織と言っても過言ではない。
そのトップである総組長の地位ならば、国益などと論じる政府もその意向を無視する事はできない。
京香が総組長の地位に立てば、現状の政府の方針を変える事も可能となる。
「私が魔防隊の方針を変える! 醜鬼達は全滅させ、青羽達は保護して治療方法を探す! 強引な実験は無し! これでどうだ!」
京香が魔防隊総組長となり、魔防隊と政府の方針を変える。
青羽達を被災者として保護し、強引な人体実験は行わず、その上で全力で治療を行う。
魔都災害を防ぐため、醜鬼達は徹底的に殲滅する。
魔都という存在を国家の利益に利用するのではなく、国民の安全を脅かす脅威として排除する。
もう、2度と魔都のために犠牲になる人を出さないために……。
「それなら、私達も安心して保護を受けるわ」
それを聞いた青羽は、穏やかな顔でそうなれば安心して保護を求める事ができると頷いた。
「姉ちゃん……!」
京香が総組長になればいい。
そうすれば、姉を本当の意味で救う事ができる。魔都災害で苦しんできた、家族を失う悲しみを背負った人たちをこれ以上出さずに済むようになる。
今までのあやふやなヒーローを目指すという道ではなく、明確な目的ができた。
「……でも、総組長に選ばれるのって具体的にどうすれば?」
決意を新たにする優希だが、そういえばどうすれば総組長になれるのかという疑問に至るが、それは京香が教えてくれた。
「とにもかくにも手柄がなくてはな。醜鬼は当然として、熊童子のような魔都災害において大きな被害を出している特殊個体の醜鬼の討伐、それに八雷神とやらも倒していけばいい。奴らは明確に人類を滅ぼす存在を宣言しているからな」
つまり、総組長に至るために必要なのは、武力と実績。
まさに実力主義の魔防隊らしい、この上なくわかり易い物である。
そして、それならば京香からもらったこのスレイブの力が役に立つだろう。
優希も京香の総組長への道の力となれる。
洞窟が揺れ、岩がポロポロと落ちてきた。
本格的にもう洞窟が持たない、崩落寸前の状態のようである。
他にも波音の行方やジョン・ドゥといった協力者の存在など話し合いたい事は多々あったが、もう時間がない。
「また地震……!」
「そろそろ全員出たほうがいい」
やむなくここで解散となる。
しかし表立って魔防隊が待機している表の方から青羽達を出すわけにも、京香達の誰かが付き添うわけにもいかない。
裏手の逃げ道から出るから心配ないと、ココを背負いながら青羽は京香達とは別方向に向いた。
「私は奥から逃げるわ」
「…………」
「……優希」
せっかく再会できたのに、一時的にとはいえまた離れるしかない。
寂しさを隠しきれない優希の頬に、青羽の醜鬼化したとはいえ家族を思いやる温かさは変わらない掌が触れる。
「見守っているからね」
「姉ちゃん……」
姉から向けられた、やさしい激励。
それを受け、優希の中に大きな決意が生まれる。
今まで漠然とヒーローを目指していた時とは違う。
魔防隊の使命だけではなく、1人の人間として、醜鬼と戦う組織に身をおく個人として、成し遂げてみせるという目標が。
青羽を治す。
そのために、京香を魔防隊総組長の地位に登らせるための手柄を作るために戦う。
(──それが、俺の戦う理由だ!)
必ず取り戻してみせると。
拳を握りしめて、優希は決意を口にする。
「俺……姉ちゃんの事、絶対なんとかするから!」
弟の強い意志を感じつ決意の言葉。
家族のために戦ってくれるというその言葉を受けた青羽は、花が咲くような満面の笑みで愛しくも強く成長した弟に抱きつき喜びをあらわにした。
「強くなったわね! 百兆点よ……!」
八雷神側の話を挟み、次はジョン・ドゥの方に場面が移ります。