それでも私は走る   作:茶蕎麦

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 今日も皆さんお疲れ様ですー!
 また今回早めに書けました!
 感想お気に入りなど大変嬉しく、原動力に成っていますー。

 そして、今回もまたスペちゃん回の続きですね……夢中に入り込みすぎて雲行きが大分おかしくなってしまいましたが。
 まだまだ先どろどろする予定ですが、さて、それ以降はどうなってしまうのでしょう?


私のせいだ

「うぅ、ん……」

 

 それは慣れない枕に依るものだろうか、はじめて寮にて寝入ったスペシャルウィークはその夜奇妙な夢を見た。

 はじまりは、靄。その深き中から注目すべき光を、少女は見つける。

 

「あの子……」

 

 スペシャルウィークが発見したのは一人のウマ娘。見つめるその一歩一歩は、彼女の理想。

 それは、星の夢。瞬きの未来。眩しくて見ていられないくらいの、少女が駆け抜ける軌跡は正しくシューティングスター。

 だから、彼女はそれがもしもの彼女自身だということにすら気づくことなく、その光に燃えるたてがみを見つめるのだった。

 

「綺麗……」

 

 夢のためにひたすらに進んだ彼女は勝って、負けて。そして勝敗に関係なく輝いた。 

 一人きりで冠を数々は戴かない。でも、その分得難いライバルには恵まれていて。故に、彼女たちが駆ける時代は殊更黄金。

 

「わぁ……」

 

 夢の中でスペシャルウィークは、彼女の蹄が歴史に残した鉄の深き跡を覗いていく。

 間違って、痛みに悲しんで、それでも輝く前へ。

 友と切磋琢磨し、それでいて夢から背を向けずに駆け抜けた、その戦績は十七戦十勝。

 優れた彼女にも決して絶対などはなく、だからこそ勝負の妙に恵まれて愛された。

 

「凄いっ!」

 

 最中舞台の上にて、後ろ姿の少女は再び壁にぶつかる。相手は世界。果たして頂点にその手は届くのか。

 でも、どんなものにだって負けないのだ。だって私は日本一のウマ娘になるのだから。

 

「やったぁ」

 

 そして夢は極まり、少女は彼女に勝った彼女に勝つことで日本にその名を轟かせるに至る。

 喝采は、最早少女の周囲で鳴り止まない。それは、雑音など消してしまうに充分なくらいなもの。

 やがて、彼女は夢のトロフィーにまで手を伸ばして一歩駆け出し。

 

 そして。

 

「あれ?」

 

 スペシャルウィークは思わず振り向く。思わず見惚れる輝きから、目を背けた。

 何かがおかしいと気づいて。だって、この夢の中にはあの子が居ない。

 大好きな――――という、ウマ娘。私の夢を愛おしんで、認めてくれた優しいあの子。

 

 ――ちゃん。あの笑顔の可愛い彼女が居なければ、どんな綺麗な夢にだって価値はない。

 このスペシャルウィークはそう思えるし、むしろ思い込んでしまっている。

 

「っと」

 

 だから彼女は、振り向いたよく分からない光射さない夢中の暗がりを、整地されてすらいない凸凹の上を、ゆっくり進んだ。

 身体が左右に揺れた。今なにか、不味いものを踏んだ気がする。次第に脚が、痛みを覚えて悲鳴すら上げはじめた。

 一体全体この夢は変だ。そもそも、私がこの路を進むのは正しいことなのだろうか。

 

 でも全ては、あの子を見つけるため。なら、辛くとも我慢しなければ。だから彼女は頑張って踏みしめた。

 

「何、これ……」

 

 そうして喝采から離れた耳は、次第に些細な音を拾い出す。それは、どうでも良いはずの、終わった音色。

 でも、或いはそれらを無視していたのかもしれないスペシャルウィークには、その諦めの響きがどうしても胸に響いてしまう。

 

 ――ごめんなさい、駄目、どうして私は、もう走りたくない、こんなの嫌だ、夢なんて見なければよかった――

 

 全てが全て、前以外に進むための方便。夢から遠い、哀しみばかりの音符。

 目を背けていたい程暗い、そんな悲鳴の唄の中心を目を凝らして見ると。

 

「え?」

 

 そこに――――というウマ娘が斃れていた。

 どうしようもなく終わって崩れて、彼女は消えかけながら存在していたのだ。誰かの夢の道を仰ぎながら、少女は最早何も見ていない。

 

「――ちゃん……」

 

 そう、それは知らずにスペシャルウィークですら轢き潰していたもの。誰彼の夢に踏まれて躙られて、彼女に希望なんて何一つ残っていやしない。

 彼女はもうボロボロだ。瞳輝かず、笑顔は作れずに。最早、少女は哀しくすらないのかもしれなかった。

 ただ、それでも、目を開いて死に体になりながらも、口を開いてその名を呼ぶのである。

 

「――、――――」

 

 ああ、そして夢の世界に一筋のノイズが走った。

 

「あ……」

 

 歪みきった響きは、終わりの合図。世界はひび割れ、端から端から、即ち――――というどうでもいいものから真っ先に消えていった。

 どうしたって、終の少女に未来なんてなく、だから終点が彼女のこんなで夢も直ぐにその内容だって忘れて去られてしまうのだろうけれど。

 

 一つだけ、スペシャルウィークには忘れられない感情が苦く心に残るのだった。

 

「――ちゃん、一度も私のせいだって、言わなかった……」

 

 そう、彼女はあれだけ痛めつけたところで自分という存在を彼女の心に傷としてすら残せなかったことを、悔しく思ったのである。

 

 

 

 やがてレムの浅き睡眠から、起床へ。倒錯した心を、浮上した意識が迎合していく。

 

「ふぁ……んー……ヤな夢だったなぁ……」

 

 眠りが人を一様に変えることなどあり得ず、当然のように目覚めたスペシャルウィークは欠伸一つで溜まっていた嫌気を吹き飛ばせた。

 だが、寝ている時に涙でも流したのだろうか、しばらくしょぼしょぼしている目を両手で擦りながら、彼女は顔を上げて。

 

「……あれ?」

「ん。おはよう」

 

 どうしてか自分を心配げに覗き込んでいる――――を起き抜けに見上げるのだった。

 桃のような唇が間近に、ぱちくりと円かな瞳が魅了してくる。

 ああ彼女はどうして私の寝込みにこんな顔を近づけて来ていたのか。もしやと、慌てたスペシャルウィークは騒ぎ立てるのだった。

 

「えー! どうして――ちゃんが私の寝床に居るんだべー! 夜這い……えっと朝這い? 都会は進んでるって本当だっぺー!」

「声、大きい……それに違う。ただ、中々スペちゃんが起きないから起こしてってスズカさんに任されただけだよ」

 

 けれども、そんな桃色予想は大外れ。うんざりとした――――の表情が明確な答えだった。

 実際のところは、スペシャルウィークの寝起きの悪さを気にしたサイレンススズカが、普段からハルウララの目覚ましをやっている――――に起こすのを頼んだというだけ。

 勿論、それはサイレンススズカの優しさから来るもの。決して認めてはいないが、どうせなら好きな人に起こされた方がいいだろうという、新入りへのちょっとしたプレゼント。

 決して、彼女が思わず嘘でしょと思ってしまうくらい昨日――――のことばかりを夜更けまで聞いてきた後輩とこれ以上関わるのが、眠気もあって面倒になったというわけではないのだ。

 

「あ。そ、そうなんだ……それで――ちゃんが私を起こしてくれてたの?」

「うん……なんだかうなされてたけど……大丈夫?」

「あ……」

 

 そして、再び表情を心配そうなものに戻した――――が、スペシャルウィークに聞いた。

 未だに夢の殆どを覚えいている彼女は、ぐずぐずになるまで壊れてしまった少女の姿をすら忘れていない。

 それに何となく、スペシャルウィークは、あの夢が一つの可能性を象徴的に表していたのだとは察していた。

 ああひょっとしてこのままだと、全てがあのようになってしまうのだうか。

 

「ううん、なんでもない!」

 

 でも、そんなことはあり得ないとスペシャルウィークは知っている。

 

 だって、私は、私だけは決してこの子を、――――という少女の夢を踏み躙ったりはしないのだから。そう、彼女が私の夢を肯定してくれたように、それは間違いなく。

 

「そう……」

 

 けれども、首を振って綻ばせた少女の笑顔に、彼女はどうしてか不安を覚えて口を閉じるのだった。

 

 

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 その後――――の朝食を一緒に採ろうという提案に、スペシャルウィークは容易く乗っかった。

 二人は食堂に持ち込んだ軽めのご飯をもぐもぐ、カリコリ。方や山となった人参をいただき、方や様々な形をした手作りらしきチョコをいただいていた。

 途中まで食欲でその異常に気づかなかったが、これは一体どういうことだろう、と双方思う。視線が探るようにふらふら、やがてぶつかる。

 まずは、――――の方から疑問に口を開いた。

 

「それ、お母ちゃんが作ったんだって言ってたけど、一度にすごい量。スペちゃんって……結構大食いなの?」

「んぐ……――ちゃん、ストレート……えっと、そう、かも……」

「ん。それはいいね。私は食が細いほうだから、羨ましいな」

「へぇ、そうなんだ……」

 

 スペシャルウィークは、軽く一本齧りきってから、人参と一緒に納得を飲み込む。

 ――――は出るところは出て、よく引き締まっている少女である。節制は確りとしているのでは、と伺わせるに充分なくらいに、余計な脂肪が伺えなかった。

 ちょっと気を抜くとぷにっとしちゃう私と違うな、と何となくスペシャルウィークは哀しく思うのである。

 だが、慰めるでもなくごく当たり前のように、――――はこう呟くのだった。

 

「いっぱい食べる子、私は好きだよ」

「っ、そう言ってくれると、嬉しいなっ!」

「なんか、自分も食べてるみたいな感じになって幸せな気持ちになるから」

「そんなこと言われたの、はじめてかも……」

「そう?」

「うん」

 

 食いしん坊のスペちゃん。北海道の地元の後輩のヒト属の子どもたちには、よくそう言ってからかわれたものである。

 実際、周囲に比較対象となるような食欲旺盛なウマ娘が存在せず、またスペシャルウィークは並大抵のウマ娘とは比べられないレベルの大食らいであったからには、それもむべなるかな。

 お母ちゃんにも、もう少し量を控えてもらえれば、と言われたくらいであるから筋金入りである。

 だが、大食い番組やオグリキャップのブラックホール食いを観るのが好きだったりする――――は感想が違った。

 意見感想は十人十色。こんなこともあるのだろうと思うが、しかし好きな相手が自分の悪いと思っていたところを褒めてくれるのだから、嬉しくてたまらない。

 尻尾をぶんぶん振りながら、スペシャルウィークは上機嫌に問った。

 

「ねえ、なら――ちゃんが今チョコいっぱい食べてるのも、カロリーを効果的に取るため、だったりするの?」

「あー……これはちょっと違う」

「え? どういうこと?」

「……昨日、なんて日だったか覚えてない?」

「……あー、バレンタインデー!」

 

 問われ、彼女も思い出した。

 そういえば、東京の街中どこかピンクな感じしていたなあ、と。更にはなんかバレンタインステークスとかいう文字もあった気がするし、間違いない、とも。

 ということは、――――が朝飯代わりに食べているコレらは、想いのこもったバレンタインプレゼント。理解し、雑にカリコリ食んでいる少女を横に見て戦慄するのだった。

 

 そう、スペシャルウィークの抜け駆けというか、猛烈なかかりっぷりを目撃したのは、栗東寮の面々だけでなかった。

 その美浦寮のウマ娘であるセイウンスカイにエルコンドルパサーにグラスワンダーがバレンタインデーの昨日、栗東寮に顔を出していたのは単純である。

 一番に想う相手へのプレゼントのため。互いに機を見て駆け引きを行っていたために門限ギリギリになってしまったが、どうやら皆確り照れながらも渡せたようである。

 

「じゃあ、その手作りっぽいっチョコってひょっとして……」

「ん。友チョコって奴だと思うよ」

「そう、かなぁ……」

 

 スペシャルウィークは、思いの重さを計ることすらなく、チョコを少しずつ食べていく――――を胡乱げに見る。

 実際のところ、八百屋のおじちゃんから貰った一番お世話になったヒトにあげなさい、と言われて素直に――――にプレゼントしたハルウララのチョコビスケットも含め、その全てが本命。

 たとえば、今その小さな八重歯で真っ二つにしたグラスワンダー製のトリュフチョコなんて、とても手が込んでいるものだというのに。

 

「ちょっと消費するの大変だけど、甘いのは好きだから嬉しいな」

「あはは……――ちゃん、ひょっとして鈍感なのかな?」

 

 しかし、自分なんかと言う自己評価が癖になっている――――には、ものに込められた想いの違いなど分からずに、ただ美味しく少しずついただいているのである。

 勿論、そんな全てをまだ仲良くなりきってもいないスペシャルウィークが理解している筈もなく、しかし零した言葉は真を言い当ててしまうのだった。

 

「ん。そうかもね」

 

 そう、実のところ彼女は、もう甘いものくらいしか分からない。

 

 

 

「ほら、早くいかないと遅れちゃうよ?」

「うう、緊張するよぉ……」

 

 初めてのマンモス校の威風に怯える彼女の手を引き歩く彼女。

 彼女が彼女に甘えているのはまるわかりだ。そしてそれは、逆さにしてみても同じ。

 強き彼女の弱さに、弱い彼女は強がれる。

 

 二人は割れ鍋に綴じ蓋というには歪んでくっついていて、間違いなく大いに不釣り合いであって。

 

「ねえ、――ちゃん」

「なに、スペちゃん」

「どうして、私を置いていかないの?」

「それは……置いていきたくないから」

「……一緒だねっ!」

 

 けれども、ぴったりだった。

 

 

 三女神の像は、今日も変わらず微笑んでいる。

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