それでも私は走る   作:茶蕎麦

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 皆様ここまで見てくださってどうもありがとうございますー!
 今回は、次のどっかん回の前の準備回ですね……心の準備がついて、そして彼女らは走り出します。

 これで少しでも楽しみな感じになって下さると嬉しいですねー。


命をかける価値

 

 可愛らしいものは、大なり小なり好かれるもの。

 だからウマ娘全体が愛らしい見目、整った顔に心をしているのは、きっと偶然ではない。

 種族特性ともされる優しさや美しさは、端から彼女らが愛されるべきであると神が丹念に捏ね創ったからではないか。そうまで言われる。

 ウマソウルの置き場、慰労の寝床、絢爛な蝋細工。等など様々な考察が成され、神格化されがちなウマ娘たちは、しかし今を生きる存在でもある。

 だから、当然流行りに乗ったり遅れたりして各々がオシャレに親しんだりもした。当然誰もがナウくてバッチグーではないが、それも愛嬌だろう。

 

 さて、そんな彼女らにとってオシャレの極みの一つ。それが勝負服という衣装だった。

 多くが求め、袖を通すことも注文することすら出来なかった、特別なレース(GⅠ等)においてのみ着用を許される衣服。

 4月を過ぎた頃。それがようやく彼女の元へも届いたようである。

 

 最近ようやく取り戻せた元気にその長い尾っぽをぱたぱたとさせ――――は、にこりと喜色を隠しもせずに吉報をくれた我がトレーナーに向かって駆け寄り、問った。

 少し遅いためか、他に誰一人居ないトレーナー室に少女の高い声は大きく響く。

 

「ん。私の勝負服ができたって、本当?」

「ああ。つい先程送られてきたよ。いや、丹念に作ってもらったためか時間が掛かったみたいだけれど……良かったね」

「そうだね。頑張って作ってくれたのは……デザイナーさん、私のお母さんのお友達だからかな?」

「へぇ……伝手があると聞いたときはびっくりしたけれど、そういうことだったんだね。ほら、これ」

「ん。確かに」

 

 デザイナーの癖で、上等な用紙によって包みに包んだ分厚いそれを、軽く――――は持ち上げる。

 少し幅ったいが、ウマ娘パワーの前にこれくらいの重みはなんのその。むしろ少しは感じられるくらいだからこそ、愛おしくすらあった。

 がさりと強く抱いてから、にへりとだらしなく少女は笑んだ。

 童女のようなそのあどけない笑みに、トレーナーは一時静止。しかしドキドキと止まらない胸元が勝手に頬にまで熱量を持たせようとするから、それを嫌がって咳払いとともに彼は続けた。

 

「……こほん。そうだ。後で良かったら、一度着て着心地を見てくれないかな? 大丈夫とは思うけれど、直前でどこか合わないとかあったら大変だからね」

「ん。スリーサイズは最新のを送っておいたけど、もしかしたらがあるかもだからね」

「あはは……コメントしにくい話題だけれど、ただ成長期は油断が出来ないというのは確かだよ。僕も中学の制服、長く使えるようにサイズ二つは大きめのにしたから最初は捲ってたくらいなのに替えなかったら最後らへんキツくなってたものなあ……」

「へぇ……」

 

 実感というか、実際の話を持ち出されて、なるほどと思う――――。

 この未熟な大人が小さい頃も当然あって、成長期もあったのだ。今の整いぶりを見れば信じがたいが、愛らしかっただろうその時を一緒したかったという気も少女にはなくもない。

 

「服に着られてるトレーナー、見てみたかったな」

「僕は、君に見られることなくてホッとしているよ。もし見られてたら恥ずかしくってどうなってたことやら」

「ふふ」

 

 男女というよりは信頼できる人間としてだが、――――は当然トレーナーのことが好きだ。

 それは、平均的なウマ娘達よりも上であるとの実感もある。もし彼に死ねと言われても死ねないが、絶対に彼は死ねとは言わないだろうという信頼は持っていた。

 

「ふぅ」

「ん」

 

 そして、だからこそ空気を変えるように息を吐いた彼が次に言うだろうことだって自ずと察せるというものだ。

 これまでむしろどうして黙って我慢していてくれたのか不思議なくらい。何しろ、先に自分はスペシャルウィークに言っていた。皐月賞では本気で勝つと。

 勿論、そのことはトレーナーも伝って知っているだろう。だが前に、この人はあの本気を出したら担当を辞めるとまで言ってくれていた。

 なら、そのことについて確認するのは当然。案の定、彼は苦渋を表に出しながら、問う。

 

「それで……やっぱり――。君は皐月賞でアレを使うつもりかい?」

「ん。そう……ごめんなさい。私はトレーナーを天秤にかけるつもりはないけれど、それでも……」

 

 言い難い。それは当然である。アレを使うということは、つまりトレーナーに担当を辞めてもらっても良いという覚悟を示しているということでもあるのだ。

 命をかけて、それで良い訳がないということくらい、――――にだって分かる。心配してくれているというのは、理解は出来ているのだ。

 でも、それでも。小女の柔らかな頬は酷く悲しみに歪み、そしてそれを嫌って、彼はあえて朗らかに言った。

 

「……ああ、別に責めている訳じゃないよ。それは、当然だ。ウマ娘が本気で走るのは権利であるし、誰も止められるものじゃない。むしろ、止めようとした僕の方が間違っていたかもしれない」

「えっ、と……」

 

 怒って見放されてしまうかも。そんな――――の疑念はあっという間に払拭される。

 しかしそれは何度も考え、悩んだ果ての言葉なのだろう。実感が強くこもっていて、何より信じられる本音だった。

 ああ、この人だって間違えるのか。でも、それでも、そんなだからこそ信じたい。そう思えるから情というものは不思議だと少女は思う。

 

 そして、落ち着いた――――を前に、改めて彼は語る。

 

「でも、僕はそれでも君に止まって欲しい。負けても良いと、言い続けるよ。だって、僕は……」

「トレーナーだから?」

「違う。君という個人が好きな一人だからだ」

「個人……」

 

 ウマ娘は、前世とは切って離せない。何しろ、ウマ娘をウマ娘たらしめているのが、前世であるウマソウルそのものだから。

 それを抜かしてしまえば、ここにあるのはただの小娘。しかし、何故かそんな程度の低いものこそを見つめて、大人未満は微笑む。

 一度好きだと言って、そうしてからまたトレーナーは首を振って続けた。

 

「死ぬ気に成らずに無事にGⅠで帰ってこいなんて、そんなの僕の願望だ。普通なら、一等なんてそれこそ全てと引き換えにしたっていいくらいの、価値がある。僕の心なんて吹けば飛ぶようなものだ」

「そんな、こと……」

「あるさ」

 

 彼のために首を振ろうとする少女を、トレーナーは諫める。

 この痛む心なんて、どうでもいい。何しろ、ウマ娘の活躍こそ、トレーナーという人種の望むべきものであり、それが全て。

 だから、彼女のためになるなら己の心にすら蓋をして。そして。

 

 この世ではじめての――――という少女のファンとして、続きを笑んだまま叫ぶ。

 

「でも、君が本当に死に向かいそうになる前に、振り返るきっかけになればと思って、僕はもう一度言うよ」

 

 そう、少女の口から出るのは破滅の音色ばかりであって良いはずがない。

 歓喜の生命の唄こそを願い、そのための軛になるために。

 ぎゅっと、大切な服ごと自分を抱くようにした――――に向けてトレーナーはそれこそ優しく優しく。

 

「何位になろうとどうなろうと、僕は最後まで――――、君を愛しているからね」

 

 たとえその言葉が大人としてトレーナーとして間違っていたとしても、少女のために彼は愛を告げるのだった。

 

 

 

 多少の喧嘩があっても、二人は優しく共に好きあっていれば、仲が戻るのは自然。

 それが少々歪であっても、スペシャルウィークと――――は、今日も放課後に走り出す前の少し。ゆったりとした柔軟の時間を一緒していた。

 ぐんにゃりと芝に頭を付けたりして、それこそかのトウカイテイオーに準ずる軟体を存分に発揮している――――。

 だが、ウマ娘というよりタコ娘かなとすら思える驚きの光景にも慣れたスペシャルウィークは、ニコニコしながら少女が発信した話題に乗っかった。

 

「へぇ、やっと届いたんだね、――ちゃんの勝負服!」

「ん……スペちゃんの勝負服は一週間より前に届いてたっけ? 白が基調だったけど、桃と青も特徴的でバランス良くて素敵だったね」

「うん! 試しに走ってみたら、以前とは比べ物にならないくらいに気持ちよく走れたんだー……私も、――ちゃんが勝負服着た姿見てみたいなー」

「後でなら、いいよ」

「え、本当? わぁ――ちゃんのはじめての勝負服姿、ひょっとして私が独り占め!?」

 

 何事も、最初をいただくのは嬉しいものである。そして、それが好きな相手のなら尚更。

 普通に絵が上手だった――――の作った詳細な勝負服のイラストは、絵に穴が空かんばかりに見つめていた。

 だがなんとなく、新雪を踏むような嬉しい心地で出来上がったあの鍵盤と流星がモチーフという衣装に身を包んだ少女の綺麗をスペシャルウィークは望んだ。

 思わず少しだらしない笑みになるお友達。だが、等の彼女はきまり悪そうに笑いながら、残念にもこう言うのだった。

 

「あはは……最初は、もう見られちゃってるかな」

「えっ、誰に?」

「同室のキングに。ふふ、着替えてる途中で入ってきて、キングにはそれこそ上から下まで色々と見られちゃったな」

「キングヘイローさん……なんてうらやま……ううん、――ちゃんもダメだよ! 服を着替えるなら、せめて鍵くらいはかけとかないと!」

「そうだね。キングは許してくれたけど、失礼だったね、っと」

「よいしょ」

 

 話しながらそれでも手足はしっかり動かし、柔軟の順番の結果、背中を押し合い出す二人。

 先に自分で行っていたものより更に可動域を広げられたそのことに一方は喜び、そしていつもの事だが異様な頭の位置にドン引きする。

 そんなこんなを続けて、ああだこうだ。

 上辺ばかりのなかよしを続けていると、ぽつりと虚しくなった一人が言ってしまうのだった。

 

「でも、私も――ちゃんも、勝負服が届いて準備が整って……どうしても、思い出しちゃうな、あの約束」

「ん。それって……」

 

 青空のもと、少女は俯く。反して、――――は空を見上げた。

 雲の陰りは殆どなく、しかし逆につまらなさすら覚えるほど単調な青。だがそこに心を乗せて、一途にも少女は思う。

 ああ、私は真にこの子と仲直りしたいな、と。微かなその願いを知らず、足もとの陰りばかりを見つめながら伸ばす手をすら止め、スペシャルウィークは続けた。

 

「皐月賞で、――ちゃんが本気で私に勝つっていう約束。私も頑張って皐月賞に出ることになったけれど……」

「スペちゃんは本気に、なれそうにないの?」

「……そう、かも」

 

 首を傾げる、愛らしい見目。また、その奥にとても優しいものがあると知っている。

 ああ、こんなものをどうして敵と思えようか。何を思って、これに勝ってしまえるだろう。

 それが、スペシャルウィークには分からなかった。だから、うじうじと悩み、そもそも自分が夢見たことすら後悔を始めるのである。ふと、思いついたように彼女は言う。

 

「ねえ――ちゃん。どうして私達は、走り始めちゃったんだろ」

「それは、深い質問だね」

「あはは……そんなに意味は無いんだ。ただ、私は一度夢に見ちゃったの」

「夢?」

 

 首を傾げ、――――はお下げ髪の一方を肩につける。

 夢とは果たして何か。見る夢か、思う夢なのか、それすら想像できずに不思議がる少女に、スペシャルウィークは優しく微笑む。

 再び柔軟を始めながら、彼女は想いを吐露する。

 

「うん。私ね。それで勝つことが誰かを抜かすことっていうことに気づいてしまったんだ。そして、最悪置きっぱなしにしたその中に、――ちゃんが居て、傷ついてしまっていたらと思うと」

「怖い?」

「うん……」

 

 スペシャルウィークにとって、それはとても怖いことである。夢の中のあんなに、ズタボロになってしまうと思えば身が竦む。愛が傷んでしまう。

 本当は、勝ちたい。でも勝って、その先にこの少女の幸せがないなら、どうすれば。

 悩める彼女にしばらく返答はなく、しかし。

 

「あはは」

「え」

 

 高く笑い声はそこらに響いたのだった。

 困惑する乙女を前に、――――は少し経って目頭の涙を拭ってから口を開く。

 

「違うよ。スペちゃん。違う。夢の中にあった、それは私じゃない」

「え? そんな……」

「違うよ。だって、この世界は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

 そう。この世にレールはない。勿論、ウマソウルなんて怪しいものを持った自分らは、とても前世に近い道程を歩みがちである。

 だが、それだって完全一致はあり得ない。全ては創られたレールの上にあるものでないと、何より――――こそ知っているのだから。

 

 ああ、もし私の今こそが真実であったなら、どれだけ良かったか。それだったら、――――という競走馬だって生命を永らえた。でも、そうじゃないのだ。少女の心は、ひび割れんばかりに、痛い。

 

 そして、そんなだからこそ、この世はとても挑み甲斐があるのだ。

 明日の天気は分からない。そして真実、これからどう転ぶか分からないから、希望はあって。

 

「たとえもし、スペちゃんが日本一、それこそ日本総大将として立つ未来があったとしても、それは絶対じゃない。それこそ私達の進む道は夢のように不確かで、逆に私が貴女を不幸せにしてしまうかもしれない」

「あ……」

 

 そもそも、勝つのが決まっているわけがない。勝利は全て、そのために頑張った必死が得たもの。だから、当然の正反対だって起こり得るだろう。

 抜きん出て、でも絶対は存在しない。それはどうしようもない程、この世の当たり前。

 そんなことすら自分は忘れていたのだと、あんぐりと驚きに実力にあぐらをかいていたスペシャルウィークは口を開ける。

 

「でも」

 

 しかし、どうしたところで無理に近いことだって勿論あった。それこそ、順位は本気だけではきっと変わらない。

 だから、きっと――――という少女は死力を尽くすだろう。それこそ、殆ど全てをすら燃やしてしまうかもしれない。

 

「だから、私はスペちゃんに勝ちたいんだ」

 

 でも、彼女はそうしたかった。

 その答えは目の前で、瞳潤ませ、泣きそうになりながら続きを待っている。

 だから、柔らかに――――は断言するのだった。

 

「こんなに優しい貴女の心に残るためなら……それこそ、命をかける価値だってある」

 

 勝つとは、負かすだけではない。次こそ私が勝ちたいと相手の心を未来に燃させるものでもある。

 

 そして、炎によって焦げついた相手の記憶は友情と同じく、きっと永遠。

 

「負けないよ」

 

 そう――――という名を負う少女は思いたいのだった。

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