それでも私は走る   作:茶蕎麦

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 こそりと、続きかけました!
 年末ということで皆様ご無理しすぎずー。お元気で!

 悩めるハルウララさん回ですねー。
 ノイズちゃんも覚悟決めている感じで……有マ記念に何が起こるのでしょう?

 よろしくお願いしますー。
 ちなみに、次の次のお話が最終回となる予定ですー。


貴女と一緒で幸せ

 

「うーん……」

 

 桜色した髪の上に、長めの耳がぺしゃり。そんな分かりやすい見目の通りにハルウララは悩んでいた。

 それはお昼時に暇している今どころか、朝に――――が彼女を起こしに訪れて髪をセットしてくれていた時ですらそうであったのだから中々のものだ。

 普段より明るいお日様のような少女がそんな風に思案しているようであれば、多くのウマ娘達がその故を聞いた。

 

「どうしよー」

 

 どうしたの、大丈夫、確りしなさい、等など優しさに溢れるそれらを耳にしながらも、ハルウララのへにょりとした耳は立ち上がらず、またはっきりと返事すら出来ていない有り様だ。

 どうしてか――――だけは懊悩を察しながらもただ一度撫でただけで何時もと違った様子は何もない。

 だが、むしろそんな態度こそ気を遣われているのではとハルウララは気にしている。

 またそこにはあったまいい――ちゃんならきっとわたしの気持ちなんてお見通しだよね、という過ぎる信頼もあった。

 

『――ちゃん……』

『……ウララ?』

 

 総じて、それは菊花賞のあったあの日()()負けた彼女を何時ものように慰めようとして、どうしてか出来なかったその時から。

 その理由は、最近判じている。笑顔で、でも――――が何時もよりずっと落ち込んでいたから。

 これはわたしでは助けられないと、そう分かってしまったから手を差し伸べることも出来なかったのだ。

 

 笑顔で負けを重ね続けるハルウララにとっては、たかが一敗である。

 だが、明らかに全てを今にかけてすらいそうなあの子にとって、負けとは全てを否定されることに等しく。

 あの日彼女が無理してわたしのためにと笑っていたことすら最早おかしくて。

 

「無理、させちゃった……」

 

 だからこそ、ハルウララは悩む。

 何時も優しくしてくれるあの子のためになりたいけれど、あの子とわたしは違う。

 なら、どうすればまたあの自然なかっわいい笑顔を見せてくれるようになるのだろうか。

 

「わたし、間違ってたのかな?」

 

 そして何より、あのとってもいい子な――とわたしが重ならないならわたしは間違っていたのか、という疑問すら湧いてくる。

 傷だらけを絆創膏で隠してばかりの足を、じっと見ながら少女は思い続けるのだ。

 

 間違いなく、ハルウララにとってレースは楽しい。それこそ、勝ち負けこそ関係ないくらいに皆と走るのって喜ばしくて。

 だがそれが、ただ浮かれているだけではと一度考え出してしまえば、純粋無垢な彼女は困ってしまう。

 レースはお祭りではない、勝利を目指すために走るのだと、そういえば誰かが昔言ってくれていたのに。

 

 でも、ハルウララはやっぱり今の()()()()()()()が幸せで堪らないのだ。

 すっごい皆と走って、追いつけないことすら容易く認められてしまうくらいに、誰もかもが好き過ぎて。

 

「でも、わたしは……」

 

 しかし、何時の日からだろうか。仕方ないなあと、お母さんのように世話をしてくれる――――の背中ばかりをハルウララが追いかけるようになったのは。

 勿論、ハルウララは――――が大好きである。優しくて、あったかい、それでかっわいくて格好いい。そんな子に懐くのは少女の当たり前で。

 

「うう……」

 

 だからこそ、彼女は涙してしまう。ぽろりぽろりと続けざまに落ち行くそれはてんでバラバラにスカートを濡らすだけ。心に染み付く痛みは一向に流れてくれない。

 あの子とお揃いを喜びたいのに、全然違うのは嫌だ。それに何よりあの子と別れるのなんて考えられないくらいに酷いこと。

 でも、別離の恐怖が今もハルウララの心を捉えて離さない。

 何せ、()()「有マ記念」に出走できると知ったときの――――の表情は。

 

「とっても、哀しそうだった……」

 

 それこそ、何もかもから別れる覚悟を決めてしまったかのようで、もう二度と――を追いかけることも出来ないのではと恐れたハルウララは、こうして中々顔を上げられないのだった。

 

 

 

 

「年末が楽しみだね」

「誰が勝つんだろー」

「センパイの誰かじゃないかな?」

「私はセイウンスカイさんを応援してる!」

「ああ、世界レコード持ちの子かあ……確かにチャンスがありそうだよね……あっ」

 

「ふぅ」

 

 年の暮れ。ウインドブレーカー等を羽織った少女も増える中、ジャージ姿の――――は見知らぬウマ娘の無闇な気遣いに、そっとため息を付いた。

 ウマ娘でごった返す食堂に入ってみれば中心で大きな声で会話していたウマ娘のその題材は今年最期のレースに対するものだったようで、一斉に突き刺さった視線が――――には痛い。

 まして、自分が出走するレースの話題だったからこそと、勝利予想をする声を小さくさせ、つまり盛り下げてしまったこと等彼女には中々残念なことだった。

 

「もぐもぐ」

「失礼します」

「もぐ」

 

 とはいえ、トレセン学園の広い食堂の全てが「有マ記念」一色になっている訳でもない。

 今日も当然のように大盛りに過ぎる食事を広げて頬張り続けるオグリキャップの空いた隣に座して(最後のもぐがああという意味と理解するようになるくらいに――――は食堂で毎日一緒している)彼女も落ち着く。

 最初はあまりの食いっぷりに逆に食欲がなくなるからと食事中は空席が目立つオグリキャップの周囲に気にしない彼女はあえて座していた。

 また目を離した隙に空になっていく凄いねウマ娘の身体という光景(時々スペシャルウィークという同レベルの猛者が反対隣で食し出すことで食事スペースが窮屈になることもままある)にも既に慣れた――――。

 自然、隣の暴食の化身を気にせずむしろ咀嚼音以外静かでここはいいとすら思いながら野菜炒めに箸を向けようとしたその時。

 

「もぐ……ん。そうだ、――」

「……なんですか?」

 

 ハムスターのような頬を一瞬で通常に戻してから、ちょっと前それこそ有マ記念で伝説を作ったことすらあるオグリキャップは――――に問い出す。

 途端コミカルからシリアスに変わるものだから、このヒトに付いて行くの大変だなと思いながら彼女は首を傾げた。

 口の周りにソースを付けたままオグリキャップは、指を一つ上げてからこう続けた。

 

「気負いすぎるのは、止めたほうがいい」

「そう、ですね……」

「タマも心配していた……まるであれは引退する時の私みたいだって」

「っ」

 

 心より気遣いの籠もったオグリキャップのハの字の眉を見て――――思っていたより大勢に見られていたことに気づく。そして、考えていたよりもずっと察されていたということも。

 

「……心配、ありがとうございます」

 

 これは会話中にいつの間にか消え去っていた大盛りチャーハンの謎なんてどうでもいいな、と思いながら取り敢えず彼女は感謝をする。

 だが、それだけでは承諾に足りないそれこそ灰色の返答だ。何時も聞き分けのいい彼女がこんな曖昧なのは珍しいなと、オグリキャップも困惑し更に眉根を潜める。

 努めて優しく、本当に「有マ記念」を引退レースにして奇跡的な結果を出した大先輩はこう続けた。

 

「――。キミはまだ走れるじゃないか」

「今走れる。それだけなんです」

「っ、そういうことか……なら、私はもう何も言えないな」

「……助かります」

 

 短い会話。しかしそれでも表情に声色に、感じるところが鈍感気味なオグリキャップであっても多分にあったようだ。

 これが最後になってもいいという、そんな感情を彼女だってよく知っている。そして、偶々後輩のそれがこんなに早すぎただけで。

 

 何となく、物理的なものだけでなく心でも近くなった感を覚えたオグリキャップはあえて笑みを浮かべてこう宣言した。

 

「私は、――――を応援するよ」

「いいんですか? オグリ先輩の食事のライバルであるスペちゃんも……」

「ああ、そういえばそうだった……どうしようか」

「はは……」

 

 そう。オグリキャップが気に入っている後輩は二人いた。

 ――――とスペシャルウィーク。二人とも可愛がっていて同じくらい好きであれば、どうしようと悩める灰かぶり。

 天秤定まらず頭まで左右に揺らしだしたセンパイに思わず笑みを浮かべた――――は。

 

「大丈夫です。オグリ先輩はスペちゃんを応援してくれて大丈夫です」

「いいのか?」

 

 何でか酷く申し訳なさそうにしている、ちょっと変わったところのある彼女に向けて。

 

「ええ。それでも私は勝ちますから」

「……そうか」

 

 あえてそんな、勝利宣言をしたのだった。

 

 

 

「あれ? 私の野菜炒めが空に……」

「もぐ……すまない。間違えて食べてしまった……代わりに私のこの手を付けていない青椒肉絲を食べていいぞ?」

「わ、分かりました……」

 

 それはどんと目の前に置かれたオグリキャップ仕様の青椒肉絲の山に――――が音を上げる、10分ほど前の話である。

 

 

 

「さて……ウララには話しておこうかな」

 

 食後。ハルウララがちゃんと歯磨きをしたかチェックしに――――が彼女の部屋へと向かうそんな頃合い。

 多量のピーマンと牛肉等でちょっと大きくなったお腹を気にしてジャージの前を閉めながら――――はそう独り言ちた。

 

「あの子はきっと、私と似ていて、違う」

 

 改めて――――は勝てなかっただけのウマソウルを得たばかりの自分と違う、勝てなくっても愛されたウマソウルの影響を多分に受けているのだろうハルウララを思う。

 ――――にとってウマソウルが感じていた孤独の克己こそがモチベーション。しかし、走るだけで満ち足り得たハルウララは勝ちにこだわる理由を持てていない。

 だからふわふわしていて、故にこそ人を幸せにできるのだろう。それはきっと、得難い個性だ。

 

「だからこそ、私なんかのためにあの子を違えるのは、ダメ」

 

 人を幸せにするために走れない少女はだからこそ、そう断言する。

 

「楽しく走るだけ……それでもいいよ」

 

 悪く言えば未熟。それでも、あんなに美しく咲いていれば認めてあげたっていいじゃないかと思う。

 そして続けて――――願う。

 なるだけ早くあの子が次に追いかける相手を見つけられますように、と。

 

 

 いつものノック三回。しかしそれに返答がなければ気になってしまうのが自然。

 扉の前で、思わず――――声を上げた。

 

「ウララ?」

「――ちゃん? ……わわ、今入っちゃダメだよー! ちょっと待って!」

「ん……分かった」

 

 しかし、返って来たのは思いの外元気な声。

 それがたとえ空元気だったとしても、そう装える時点でそう深刻なものではなさそうだ。

 たっぷり十分間バタバタうるさい部屋の扉の向こうで待った――――は、もういいよー、という言葉に応じてがらりと扉を開けた。

 

「お邪魔しま……ウララ。どうしたの、そのサングラス」

「え、ええと……格好良かったから、付けてみた?」

「はぁ……出処はゴルシちゃんかな? それにどうしてウララったらそんな疑問形なの……ほらちょっと待って」

「わわっ、――ちゃん、それ取らないで……」

「……やっぱり」

 

 遠慮ない接近に再び慌てだすハルウララ。しかし、きっと学園で誰より彼女のことを理解しているだろう――――に、小細工は通じない。

 そっとサングラスを取り上げてから、その向こうの腫れぼったい赤い目を覗いて案の定だとため息を飲み込むのだった。

 

「あのね! さっきわたし、目にゴミ入れちゃって……痛かったの! だからこんなになっちゃって……」

「ウララ」

「う、うう……」

「大丈夫だよ」

「ごめんね、――ちゃん……うう」

 

 更に優しい嘘で誤魔化そうとするハルウララに、――――は真っ直ぐ目を合わせて頷く。

 目の前に映る大好きな子の優しさに、ハルウララは思わず抱きついてまた泣き出してしまうのだった。

 背中をとんとんとしてあやしながら、彼女は彼女に問いかける。

 

「怖かった?」

「う、うう……そう、かも……」

「そっか」

 

 一言とそれに対する返事。それによって大凡の涙の理由を――――察した。

 ついそのために自分を引っ叩きたくなるような心地になるが、しかし縋り付くハルウララを前にそんな奇行なんて出来やしない。

 彼女はただしばらく、タオル代わりになることを、決めるのだった。

 

 

「ウララ。ウララは私と違う道を目指していいんだよ」

「う……そう、なの?」

「うん。ウララは笑顔が誰よりも可愛いんだから」

「それを言うなら、――ちゃんの方が、可愛いよっ」

「そっか。なら、私も次のレースで勝って笑わないとね」

「――ちゃん……」

 

 一部ずぶ濡れのジャージの奥で、響く哀しげな声。

 それが自分のせいだというのが、――――には悲しい。

 

 ハルウララというウマ娘は、有マ記念というレースに出たいと少し前までは考えていたし、公言すらしていた。それこそ、後援会すら出来ていて商店街あたりなんか随分と盛り上がっていたくらいだ。

 しかし、出走叶わなかったそれでも夢見る彼女の前で――――は全てを失う覚悟すらしてしまう。

 それが少女の夢を壊すことに繋がったのかもしれない、と何となく彼女は察していた。

 

 きっと優しきハルウララは勘違いしてしまったのだ。自分もああならなければいけないのかな、と。

 でも、――――は、それは違うと思っている。

 走り方なんて自由で良い。それでも伴に走れもするのだから、実際そんなに嬉しいことはないはずだった。

 

「ウララ。本当はね。私も、楽しくて走っているんだ。それに色んな重しを載せているから辛そうに見えちゃっているだけ」

「そう、なの?」

「うん。一緒」

 

 勝負を理解できなくても貴女は本質を間違えていなくて、だから他と違っていても泣かなくていい。

 なんて、私達の間でそんな難しげな言葉なんて操る必要はないか。そう思って彼女はやっと顔を上げたハルウララの眦にまだ溜まった涙を指先で拭って。

 

「大丈夫。私は貴女と一緒で幸せだよ」

「あ……」

 

 そして、何よりハルウララが求めていた言葉を続けた。

 湿潤した瞳は、続けて目の前の栗色の大きな目が笑みを作ったことを理解して、ぱちぱち。

 向けられたそれが何時ものとってもかっわいいあの笑顔だったことに、心より安堵したハルウララは。

 

「良かった……」

「あらら」

 

 瞳閉じ、そのまま力失い寄りかかる。そしてあっという間に寝入ったハルウララに、――――は手のひらで御髪を整えてあげてから。

 

 

「そう、幸せだったよ……」

 

 そんなもう誰にも届かない一言を、続けてから少女の寝支度のために動き出すのだった。

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