それでも私は走る   作:茶蕎麦

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 評価どうもありがとうございますー。
 そしてここまで読んでくださってまた、嬉しいです!
 GWに実家に帰ったりしていて遅くなりましたが失礼しますー。

 今回はグラスさん回であり、色々伏線回ですね。
 ノイズちゃんは果たして何なのでしょうか?


掴む

 生きることは、燃やすことである。そして、死に向かうことでもあるだろう。

 また、生まれてから死ぬまで、その間隙が酷く美しければ誰かの記憶に深々と残ることもあった。

 それはたとえば活躍した競走馬の魂の形。綺麗に綺麗に彼らの活躍はラッピングされるなどして様々な媒体へと転写されていく。

 やがて、高名になったそれらは他所の世界の幼子の魂にまで女神の手にて写されていったのだ。心から、その活躍を期待して人々の希望になるようにと。

 

 

 ああもし、そんな現実がもしこの世にあったのだとしたら。

 

「……私は、何なの?」

 

 そう、死へと自ら走り切ることすら許されず、不完全燃焼にて閃光のようにすら輝くことも出来なかった彼の魂を負ってしまった私は、何だ。

 

 

 

 

 グラスワンダーは、予定として9月の中ごろには3歳新馬戦に挑み、それに勝利を上げて朝日杯3歳ステークスまで一直線に勝ちを積んでいくつもりだった。

 そのための準備は、担当トレーナーでありチームリギル(美浦に栗東の両寮長に三冠ウマ娘二人までもが在籍している!)を指導する女傑である東条ハナと共に充分に重ねてきている。

 

「はぁ……」

 

 果実の唇から溢れるのは、小さなため息。

 貴女は負けないわ。そうトレーナーに太鼓判を捺されて尚、グラスワンダーは不安だった。

 最近のサイレンススズカという先輩の不調に気を揉んでいる様子のハナへの負担を増やすことが出来ずに言えなかったが、少女はこのまま勝って()()()()大丈夫かと心配に思うのである。

 

 つい、心細くなってグラスワンダーはその長い御髪に指を通した。掴むところすらなく、はらりと落ちるばかりのそれに救いなどなく、また放課後学園内に一人きりの現実も助けにならない。

 思わず救いを、いや誰かを求めるように、髪の毛を掴みそこねた彼女の手は空を掴むためにぐーぱーと動く。勿論、何一つ、掴めない。

 

 今彼女が廊下をひとり歩んでいる故。それは生徒会長であり偉大な大先輩で、更には同じチームの一員もあるシンボリルドルフに、頼まれたお使いによるもの。

 生徒会室の施錠の代わりの確認という名目の、少しターフから離れて冷静に、という彼女の気遣いを受けて尚、グラスワンダーは落ち着かなかった。

 焦りに尻尾を下がって、ついに頭頂の耳二つもぺたりとなる。少し寂しそうに、彼女は言った。

 

「私はまだ、――に、一度も勝っていないのに……」

 

 そう、不安要素は唯一つ。グラスワンダーは――――という少女に、一度も勝ちきれていないという事実。

 勝負に勝った。記録で大差をつけた。だが、それがどうしたのだろう。それくらいで、あの――――というウマ娘に自分は勝てたのか。

 

「あの娘が万全だったら……」

 

 それは最早妄想に近いこと。もし、――――というウマ娘が加護すらも万全で、あの同期の誰よりも優れたフォームであの根性とスタミナを持ってして相対してきたとしたら。

 絶対に、敵わない。それは間違いないことだとグラスワンダーには思えた。

 

 勿論、そんなことは実際にはなく、――――は弱いウマ娘。もし端に少し勝てたところで、重賞まで勝利できるほどの器はない。

 だがあの娘はそんな弱い弱い器を持って、絶対に敵わないであるだろう自分に、喰らい付けずとも決して目をそらさないのだ。負けても負けても、私だけを見てくれる。

 それはなんて、嬉しいのだろう、哀しいのだろう、それらがごちゃまぜになって、どうしてこうも愛おしいのだろうか。グラスワンダーには分からない。

 そして、分からないなら。

 

「知りに、行きましょうか」

 

 答えを知るために、歩を進めよう。それは、お使いの帰りを待つ先輩のためにも。

 

 

 ――――。

 私はきっと勝つのでしょう。栄光を、一人掴むかもしれません。だが、果たしてそれで良いのか、分からなくなってきました。

 

 だって、それは貴女を一人置いていくことと同じでしょうから。あの、光なき冷たいばかりの暗闇へと。

 私は、貴女のライバルなのに。私のための貴女で、貴女のための、私なのに。踏みつけて、行くのか。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!

 

 

「――……」

 

 そして私はそれに怖じ、一歩、下がったのです。下がって、しまいました。

 

 

 ああ、今の私には貴女の叫びすらも、遠い。

 

 

 

 

「ん……」

 

 大きな瞳をパチクリ。陽光差し込む室内にて、天板の白を見る。

 ――――が目を覚ました時は、既に日が昇ったばかりの朝だった。とはいえ目がくらむような日差しでもない、柔らかな明かりの中にて視界がぼやかされるのはそう長くない。

 もう一度二度、目を閉じ開けばもう何時もと大差はない視界に。透明綺麗な水晶体は、大いに脳に光景を写していく。

 

「え?」

 

 それこそ否応なしに、驚くべき光景だろうと一緒くたに。彼女は、彼女たちを見つけた。

 

「エル、と……グラス?」

「すぴー」

「すぅ」

 

 それは、愛らしい相貌二つ。一人は自分の寝入っていたのだろう布団のシーツによだれを垂らしている、昨日対決した相手エルコンドルパサー(仮面のまま)。

 もう一人は、パイプ椅子にてゆらゆらと揺れている少女、――――のライバルでもあるグラスワンダー。

 彼女たちが、どうして寝入っていた自分の側にいるのか。そして。

 

「あれ、ここ……保健室?」

 

 ――――は今更になって、天井が見慣れないものであったことに気づくのだった。

 どうしてこうなっているのか、よく分からず身じろぎ僅かな音を立てる少女。その僅かなノイズに。

 

「ん……」

 

 薄く寝入っていたばかりのグラスワンダーが気づいた。

 開いた青い瞳に、マヌケな顔をしたウマ娘が映る。その少女は、青い目の持ち主に向かって微笑んで、言った。

 

「おはよう、グラス」

「……おはようございます、――」

 

 おはようを、まさか彼女と交わすことになるとはとちょっと面映ゆい思いをしている――――に、寝起きの頭をようやく起こしたグラスワンダーは、浮かべた笑顔から一転眉を寄せる。

 そして、口を尖らせ、言った。

 

「それにしても――、ズルいです」

「えっと、何のこと?」

「私じゃなくて、エルに対して本気を出すなんて」

「それは……」

 

 拗ねるグラスワンダーの心に宿るのは、嫉妬の緑。

 それはもう、最初は心配したし、中々起きてくれないことに涙すらした。でも、今はざっと見てもう元気そうだし、こうして話もできる。ならば、ちょっとは文句を言いたくなってしまうのが、乙女心。

 それが、どうしてそんな無理をした、という詰問ではなくどうして自分に本気になってくれないのかという文句であったのが、自分らしいとはグラスワンダーも思っていた。

 

「えっと」

 

 当然、口ごもる――――。まさか、心配より先にこんなことを言われるなんてと思う少女に、存外自分は束縛する性質なのですね、と思いながらグラスワンダーは。

 

「ずっと待って、いますからね」

 

 それだけ言って、微笑みかけるのだった。

 

 

 

 それから。エルコンドルパサーとグラスワンダーが学生の本分のために戻る中、多種の検査に質問などなどが医師も教師も交えて大いに行われることとなった。

 

 身体はあの一走りでどうにも疲れてしまったが、しかしそれ以外には違和感もない。ならば、問題ないだろう。

 そんな言葉を信じる人はあまりいなかった。なにせ、あの日多くのウマ娘が――――の疾走に何かを感じたというのだ。

 そして、それは良いものではない。そうあのシンボリルドルフまでが口にし心配するのであれば、その影響の精査は深くなって自然なこと。

 

 とはいえ、本人にその自覚もなく明らかに怪我も痛みもないのであれば、次第にどうにかしてあげようという熱も消えていく。

 何かあったら言うんだよ、という言葉を最後に大人がはけたのは、しかし大分遅くなった。

 

「んー……ああ、もうお昼過ぎ、か……」

 

 そして、自室に戻った――――は、目覚まし時計(くすみ一つない銀色)が指し示す現在時刻を覗いて、どうしようかと思う。

 昼も遅く、果たして学食にご飯は残っているだろうか。また、お腹がどうにも減っていない。これなら、昼を採らずとも大丈夫かな、と考えた。

 

「あれ……はい、どうぞ」

 

 だが、そんなこと、許されるわけもない。ノックを三回。彼女の一時の管理を任された彼女は、当然のように湯気とともに顔をだすのだった。

 

「やあ、――。ポニーちゃんのために、お昼ごはんを持ってきたよ」

「フジキセキさん……えっと、私、今お腹空いてなくて……」

()()()()()()。でも、ポニーちゃんはこれからのためにも確り食べておかないとだめだよ?」

「どうして、ですか?」

 

 ショートヘアに、白い流星がきらり。これまたとんでもないウマ娘であり、栗東の寮長であり――――の頭の上がらない一人であるフジキセキは彼女の疑問をニヤリと受け止める。

 そして、ふふと笑みながら携帯電話を操作し、そこに表示された文言を――――に見せつけながら、言うのだった。

 

「どうやら、キミのトレーナーの長ーいお説教が待っているようだからね。体力は付けておかないと」

「……分かりました」

 

 フジキセキに送られたのだろうメールにあったのは、説教がありますので、様子をみてA室(トレーナーが借りられる空き教室)に寄越して下さいという短い文句。

 正直、先の検査の疲れもあって嫌ではあるが自分は真面目だと直々に宣言した身でもある――――は、それをサボタージュすることは流石にない。

 だがせめて、説教にかかる時間を減らせれば、とご飯をゆっくり食べることに決めるのだった。

 

「どうぞ」

「いただきます」

 

 匙を持って、カレーとの対決を始める少女。食事を渡してから当然のように、空いた椅子(キングの私物)に座してこちらを見つめるフジキセキのことは、あえて気にしない。

 一度入れてみれば意外とお腹が求めだすようであっては、スプーンは軽快に進むようになった。

 パクパクといただく――――をじっと見つめていたフジキセキは、おもむろに口を開く。

 

「――。キミは……奇跡を信じるかな?」

「んく……そうですね」

 

 聞かれてから――――は食べるのを止め、リスのように頬張っていたご飯をもぐもぐとする。

 言葉の主がどこからともなく水の入ったコップを取り出して渡してくれたが、またその内容を無理に気にすることもせず、彼女は勢いよくごくりと飲み込んだ。

 すっきりした口内。そして、少女は一考もすることなく、言う。

 

「信じたいですけど、待てません」

「……なるほどね」

 

 頷く、フジキセキ。神妙な表情になる年上、いくら尊敬していようがつい隔意を持ってしまうほどかけ離れた才能を他所にして。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ――――は、食の残骸に向けて祈るように、手を合わせるのだった。

 

 

 

 A室に着いて無事を確認してから早々。机越しに向かい合ったてから、直ぐ。

 身体は平気と言い張る――――に向けて、しかしトレーナーは毅然として言い張った。

 

「キミがもう一度アレを使ったら、その瞬間僕はキミの担当を辞める」

「えっ……それは……」

 

 困り顔になる――――。少女はそもそも、ああなったのは偶発的で、もう一度使えるようなものではない。そう考えていた。

 しかし、もう彼女が()()()()()()()()()のだと確信しているトレーナーは、訥々と続ける。

 

「アレを使えば、キミは勝つだろう。使わなかったら、負けるかもしれない。そして、アレを使って勝ったキミの担当を降りるのは、後ろ指をさされて仕方ないくらいの愚行かもしれない」

 

 目を瞑ってもその裏にて鮮明に思い返せるほどの、輝き。それをトレーナーはあの時の――――から感じていた。間違いなく、あの状態のこの子なら、天下を取れる。

 だがあれは花火のように、自己を燃焼させたものでもあると、優秀であってしまったトレーナーは分かっていたのだ。

 

 勝ってほしいのに、アレで勝ってほしくない。そんなアンビバレンツ。

 この世は素敵なばかりではない。それでもいいと思っていたけれども、いざ対面すると、これは辛いと彼は思った。

 

 思わず、膝に爪を立てる。

 痛い。だがこれくらいが、何だ。きっと、彼女はこれからもっと痛い思いをするだろう。

 自分が代わってやれない苦しみに、声を強く出しながら、トレーナーは――――に向けて叫ぶ。

 

「でもっ、あの走りは間違いなく何時かキミを殺す……僕はそれだけは、許せないんだ!」

 

 そう、見たものですら分かる、奈落へ向かうための走り。それを本人が察せていないはずもない。だが、きっと――――はもう一度あの走りをしたがるだろう。その名のために。

 でも、トレーナーとしても、一人の少女の幸せを望むものとしても、それはさせられない。

 しかしアレは、間違いなく少女の必死の結果。それに抗うならば、自分も必死でなければならないだろう。心の底からの本音のために頭まで下げながら、彼は彼女に向けて真摯に頼む。

 

「頼む……僕に、キミを諦めさせないでくれっ!」

 

 そう、自分はまだまだ諦めていない。あんな無謀な走りでなくても、少女はきっと輝くことが出来る。いや、輝かせる。

 そして、この子はスポットライトのもとで踊るのだ。愛らしいこの子の笑顔、それが楽しみなのには違いない。

 

 叫ばなくても、――――という少女は愛されている。そして、これからはもっと。だから、それを信じる僕を諦めないでくれ。

 そんな想いは目尻の涙となって溢れた。そんな彼の男泣きを見て。

 

「分かり……ました」

 

 ――――は、確かに頷いたのだった。

 

 

 

 じりじりじりじり、既に導火線には火が点いている。そして少女は導火線をむんずと掴んでいた。

 奇跡を待ちきれなかった彼女は、焦がされ続けて果たしてどれだけ辛抱することが出来るのだろうか?

 

 

 

「……なるほど。彼女が本気で嘶けば、それは恐ろしいに決まっているな」

 

 扉の外。

 薄い隙間から覗いた彼女は、それだけ口にして、去っていった。

 

 

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