それは始業前のある日の事。秀知院学園の生徒会長、白銀御行は日々の勉学とバイトによる疲労が溜まっていたのだろう。担任の先生が来るまでの間、机に突っ伏していた。
「まさか振られるとは......。絶対オッケーもらえると思ってたんだけどなー」
「(振られたのか。高橋のやつかわいそうに)」
まだ眠りに入っていなかったためクラスメイトの会話が聞こえる。どうやらクラスメイトの高橋が玉砕したという話のようだ。
「(まあ俺は振られた事ないし。四宮も俺の事が好きだろうけどな)」
あまり他人の恋バナというものを聞いた事がない白銀。自身も絶賛恋愛をしているという事から少し話が気になった。白銀は若干の罪悪感を抱きながらもその話に聞き耳を立てる事にした。
「いやお前それ初耳。誰がどう見ても脈無しだったろ......。やけに自信満々だと思ったら......何か彼女に直接言葉で言われたりしたか?」
「いや、言葉じゃ何も......。ってかそういうのって言葉じゃなくて目線とか雰囲気とかで何となく分かるもんだろ!」
「(分かる。その気持ち分かるぞ! ふと振り返ると目が合ったり、熱い視線を向けられているとか分かるもんな)」
白銀は高橋に同情した。しかし高橋の話し相手、山本の見解は違ったようである。
「はーお前なぁ......。基本好きになったら相手の事を都合の良いように見てしまうんだ。俺達男はちょっとした事でも「もしかして俺の事が好きなのか?」とか思っちまうもんなんだよ。だから直接言葉で言われない限りそういった判断するなよ。その人の事が好きなら尚更な」
「(し、四宮も俺に対して好き、とかは別に言ってないがそれでも......)」
「そうだなー。俺も振り返って考えてみたらちょっと
童貞、という単語が白銀の心を貫いた。
「何......だと.........」
白銀御行は大ダメージを受けた!
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「(ほ、本当に四宮は俺の事が好きなのだろうか......)」
白銀は今朝のクラスメイトの会話が原因で今日一日ずっと上の空であった。勉学を大事にし、生徒会長は全校生徒の模範たるべき! という強い信念を持った白銀が授業に集中できないくらいには動揺していた。
「(いや、動揺するな白銀御行。直接確認すればいいだけの話だ。......どうせいつかは告白しないといけないって事は分かっていたんだ。覚悟を決めろ!)」
白銀はいつもとは違う、強い覚悟を持って生徒会室に足を進めた。
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「おへそ取られちゃいますー」
しかし肝心なところでチキンな白銀。いざ生徒会室でかぐやと相対すると折角固めた決意も揺らいでしまった。......いつものように二人の関係に何の進展性もないまま今日が終わろうとしていた。しかし白銀の意識、目下の課題はそんな恋模様とは別のところに向いていた。
「電車が止まっている......だと.........」
白銀はスマホで交通情報を入手する。白銀家に車などない。そして学校から白銀の家までは徒歩で帰れるほど近くもない。そして何よりこの問題が白銀にとって重要な理由は......
「やばいな、今日バイトあるんだよ。シフトに穴空ける訳にはいかないし......」
責任感の強い白銀にとっては由々しき問題であった。
「そうですよね。台風だからといって休むなんて社会人としてはあり得ませんよね。日給より高いタクシーを使うか、誰かに乗せて行ってもらうか......。社会人なら当然の選択ですよね」
かぐやはこの状況を即座に恋愛頭脳戦へと結びつけた。彼女の目的は白銀を自分の車に乗せて彼の家まで送迎......もといドライブデートをする事である。しかしそれを彼女の側から言えば......
「(それって私がデートに誘ってるって事になるじゃない!)」
......との事なので、その頭脳をフルに活用し、白銀の側から「車に乗せてくれ!」と懇願するような作戦を立案したのである。
「......ちょっと考えついでにトイレに行ってくる」
「(一番厄介な藤原さんも帰らせました。責任感が強い会長がバイトを休むという選択をとる事はないでしょう。そして守銭奴の会長が働いてお金を得るためにそれよりも多いお金を支払う決断などできないでしょう。さあ! 私の車に乗せてくれと頼むのです! さて、勝ちは確定しました。早坂にメールでもしましょうか)」
一連のやり取りを受けて白銀が他に採れる選択肢はなかった。彼女のプロファイルは完璧である。一言一句違えずに今の白銀の心境を把握していた。白銀は席を立ったが、かぐやの目的は達成されるだろう。......前提が変わっていないのなら。
「って! 電車復旧してるじゃない!」
「(なんでこのタイミングで? もうちょっと頑張りなさいよ台風! これを会長に知られるわけにはいきません!)」
そもそも電車が復旧してしまえばドライブデートも、赤信号で「このままずっと青にならなければいいのに!」などといった甘酸っぱいイベントも、これまでかぐやが立てた計画も全てが水の泡になってしまうのである。かぐやとしては白銀に電車が復旧した事を悟られる訳にはいかない。
「こうなればやる事は一つです」
かぐやは白銀のスマホのバッテリーを交換するという荒技を用いて、白銀がスマホを見られないようにと工作を始める。
「会長がトイレから戻ってくるまであとおよそ一分。この短い時間だけど私ならできる!」
もろ犯罪行為なのだが......しかし恋する乙女は無敵なのである。かぐやはその持ちうる才能の全てをこの一分にかけていた。
「(ど、どうする......? バイトに穴は開けられない。四宮に頼むか......?)」
白銀はトイレなどには行っていなかった。生徒会室を出て、誰もいない廊下で頭を抱えていたのだ。
「(いや、これじゃあ俺がド......ドライブデートに誘いたいと言ってるみたいじゃないか!)」
その選択肢を相手に採らせるためにこの半年、かぐやと白銀は恋愛頭脳戦を繰り広げてきたのだ。今更自分からその選択を採れる訳が無い。そんな簡単に採れるのならこんなにも拗れていない! そして......もし採ってしまえば、ここで自分がかぐやに頼めば、これまでの半年は無駄となり自身の敗北が決定するという事を白銀は理解していた。
「(だが......どの道今日言うつもりだったんだよな)」
ここにきて白銀は自ら固めた決意を思い出す。......ここらが潮時かもしれない。
「(そうと決まれば!)」
このまま考え続けてもまた決意が鈍るだけだ。白銀は走った。自分の想いを、そのまま生徒会室に一人いるかぐやに伝えるために。このまま考え続けても自分の決意が鈍るだけ。それを分かっていたから一心不乱に、ただ何も考えずに来た道を走って戻った。が......
「しのみ......や.........?」
トイレなどせず走って戻ったきたからか、白銀が廊下にいた時間は一分も経っておらず......白銀と一心不乱に彼のスマホに対してドライバーを振るうかぐやが相対してしまった。
──────
「早坂ー!」
四宮家別邸。あれから白銀とかぐやはお互いに何を話したらいいか分からず無言のままそれぞれ帰宅した。かぐやは帰宅後、自らの近侍に泣きついていた。
「事情はわかりました。十中八九かぐや様が悪いです。もう本当の事を話すしかないんじゃないですか?」
「それじゃあ私が会長をドライブデートに誘いたかったって事で......それもう告白じゃない!」
「だからもうそうすればと言っています」
早坂愛。代々四宮家の使用人の家系に生まれ、現在四宮かぐやの近侍を務めている女子高生である。主のかぐやの今日の大失態を聞いて......
「(もうこれ告白するくらいしか誤解解く方法ないでしょ......)」
と思っていた。
「あーもう本当にダメダメですね。どうやったらここまで下手を打てるんでしょうか」
加えて最近主が恋愛方面で驚くほどにポンコツであるという事からかなりの負担を強いられており、彼女のストレス値は驚くほど高騰している。そのストレス発散も兼ねてか、使用人の身分ではあるまじき悪態を彼女についた。
「......早坂だったら会長を落とせるって言うの?」
「まあおそらく」
まさしく売り言葉に買い言葉。しかしそのやり取りはかぐやの中の絶対に超えてはならない一線を超えてしまったようで......
「言ったわね! ならやってみなさいよ! 早坂にかかればどんな男もイチコロって言うなら会長も一日で落としてみなさいよ!」
爆発してしまった......。
「イチコロとは言っていないです」とかぐやの発言を訂正する早坂であったがその言葉はかぐやには届かず、かぐやは自分の苦労をノンストップで喋り続ける。
「口ではいくらでも言えますからね。大言壮語も程々にして欲しいわ!」
最初は無理難題を押し付けてくる主に対して少し意地悪をしてやろうといった軽い気持ちからの発言であったが......
「......かぐや様がやれと言うのならやりますが?」
「やれるものならやってみればいいわ」
普通にかぐやの発言にイラついたのか、割と本気で白銀を落とそうと準備に取り掛かり始める早坂であった。
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白銀御行を落とすため、早坂愛はスミシエ・ハーサカに変装し、学校近くの本屋を訪れていた。
「(白銀君が今日、参考書を買いに本屋に寄る事は既にかぐや様に命じられて調査済みの事です。この後バイトがなく時間もあるという事も。......冷静に考えて何で私はこんな事を......。しかし昨日のかぐや様の発言には普通に腹が立ったので命令通りに白銀君を落としてみせましょう。かぐや様は少し反省するべきです。丁度白銀君の後ろに並ぶ事に成功しましたね。それでは......作戦開始です)」
「あ! やっぱり白銀君だ!」
聞き覚えのある声。後ろから肩を叩かれたので白銀は振り返る。
「ああ。確か四宮のとこのメイドさんのスミシエ・ハーサカさん、だったか?」
白銀は数日前にこの擬態の状態の早坂と出会っていた。「白銀御行と会話する」第一関門、まずはクリア。
「ピンポーン! 覚えてくれたんだ!」
「いや、前の時と雰囲気違ったから一瞬分からなかったよ」
いつもと完全に違う、猫を被った状態で早坂は更に会話を進める。
「それにしても日本語上手になりましたね」
「猛特訓したから! 白銀君こそ本当に勉強熱心なんだね!」
当たり前だが早坂は日本で育ったため日本語など最初から習得している。そんな中、白銀は彼女がパソコンに関する本を数冊か持っている事に気がつく。
「パソコンの本を探してるのか?」
「ノートパソコンを買おうとしてるんですけどね。あ、そうだ! こういうのって男の子の方が詳しいって聞きますしよかったら教えてくれませんか?」
早坂は巧みな会話テクニックと、人間が持つ「他人に教えたい」という欲求を利用する。そしてカフェテリアで白銀と隣り合わせのカウンターに着席する事に成功した。その様子を......
「か、会長...!」
どうしても様子が気になったために着いてきたかぐやが建物の陰から見ていた。周りから見れば若干......いやかなり行動がストーカーのそれであるのだが。
かぐやは後悔していた。何が楽しくて自分の好きな人と部下がイチャイチャする様子を見せられなければならないのか。かぐやが早坂に一言謝るだけでこの茶番もすぐに終わるだろう。かぐやからの謝罪さえあれば、早坂が白銀を落とす動機は
しかしかぐやに謝罪する気はない。一度言った事を曲げたくない! というか......正確には早坂に謝りたくない! というか......何だかそれじゃあ自分の負けを認めたみたいじゃない! とか......とにかくかぐやは負けず嫌いだったから。それに白銀が自分以外の女性に靡く事はないだろうと確信していた。かぐやには正妻の余裕といった安心感があったのだ。だが実際はどうだろう......
「ねえ、白銀君。試しに私と付き合ってみない?」
白銀への告白という、まだ自分もやった事のない行為を早坂に許してしまう。
白銀は嬉しかった。勿論これまで誰かに告白をされた事がないという事もある。しかしクラスメイトの話からきちんと言葉にして伝えるという事を意識し、ずっと悩んでいた。何か裏心があったとしても直接言葉にして好意を伝えてくれた事が何より嬉しかった。
「......ありがとう。すごく嬉しい」
想いをストレートに伝える事を考えてきた白銀。やはり飾らず自分の想いを伝える事が肝要だと思い直す。だがそんな嬉しい告白も、白銀は受け入れる事ができない。
「ちょっと話してみて思った。勘違いだったら本当に申し訳ないんだが......ハーサカさん。本心じゃ別に俺の事好きじゃないだろ? なんか演じている気がして」
「............」
早坂は自分の演技に自信があった。白銀に悟られる訳がないと思っていた。
「(一体どこでボロを出してしまったのでしょうか......)」
何にせよ、演技が見破られたという事はかぐやからの指令、「白銀御行を落とす」という作戦がこれ以上遂行不可能だという事、つまり失敗を意味する。その事を建物の陰からこちらを監視していたかぐやも分かったのだろう。勝ち誇った顔をして鼻歌を歌いながら去っていった。
「演じるのは好きじゃなかった?」
もはや早坂の頭の中から「白銀御行を落とす」という思考は消えている。
「まあ......。素で接してくれる方が嬉しい」
「嘘よ」
任務とは関係なしに早坂は白銀に尋ねたくなった。純粋に意見を聞きたくなった。
「人は演じないと愛してもらえない。弱さも、醜さも演技で包み隠さなければ生きていけない。赤ん坊だって本能で分かっている。ありのままの自分が受け入れられる事などあり得ない」
『四宮』という、人間の汚い部分を知り尽くしているのは何もかぐやだけではない。近侍の早坂もその一人である。早坂もかぐや同様、他人に対して絶望しているのだ。でも主が惚れ込んだ白銀ならばもしかしたら違うかもしれない、と一縷の望みを抱いて尋ねているのである。
「そんな事は......」
「だったら、君は見せられるの? 背伸びも虚勢もなく、弱さも全て隠さない、本当の白銀御行を」
そう言うと白銀は言い返せないのか、顔を俯かせてしまう。
「......確かにそうなのかもしれない」
「(やっぱり彼も違うのですね......)」
勝手に他人に期待して勝手に裏切られたような......。そんな事を思ってしまう自分に早坂は自己嫌悪を覚える。しかし白銀の言葉はそこでは終わっていなかった。少し前までの白銀だったらここで沈黙していたのかもしれないが......今の白銀は違った。
「でも自分のそんな弱い部分も、醜い部分も全て曝け出せる相手が見つかれば、見せてもいいと思える相手が見つかればそれでいい。早坂の言うとおり、全ての人に好かれる事はできないのかもしれない。それでも相手の事を知りたいとお互いが思い、自分の事を知られてもそれでいいと思える相手がいるのなら、俺は弱さを見せられる」
そこには言葉で伝える事を考え続けた白銀の確かな答えがあった。
「早坂は四宮の専属メイドなんだな」
「はい。先程は嘘をついて申し訳ありません」
「別に気にしてないぞ。それに俺たち、友達だからな。そんな畏まった口調をしなくていい」
「友達、ですか」
「ああ。早坂がどう思ってるのかは分からないが、俺は早坂に自分の弱さを見せた、いや出せた。だからと言って早坂にそれを求めてるわけではないがな。俺が勝手に親しみを持っているだけだ」
「(何だろう、この気持ちは。自分の弱さを見せたからだろうか? 学校でも常に張ってる虚勢を脱いで人と話しているからだろうか? 初めて感じる気持ちだ)」
──────
「白銀君。また会えない?」
「......いいぞ。」
白銀は早坂に対して、早坂も白銀に対して最初とは違った感情を抱いていた。しかしこれが恋なのか、二人には分からない。むしろ色々なものを抱えた二人にとっては恋でない方がいいのかもしれない。だから恋という気持ちと向き合わずに二人は仲を深めていった。
「四宮と話している時より楽しい......」
二人がお互いの気持ちに気づくのはもう時間の問題である。
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